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第1章 第3話 復讐の方法

「磯子、やろうぜ」

「……はい」



 自殺を決意した数時間後。僕は防具を身に着け、打越さんとの試合形式の剣道を行っていた。



 道場に入った瞬間。打越さんと目が合った瞬間、僕は後悔した。あの時死んでいればよかったと。



 一度は復讐を決意した。打越さんと恵子に目に物を見せてやろうと本気で思った。だがそれは旭ヶ丘さんに乗せられただけだった。



 旭ヶ丘さんに話を聞いてもらったことで吹っ切れたかと思ったが、全てはまやかし。僕の心の弱さは変わっていない。



 だが今の僕は1人じゃない。旭ヶ丘さんがついている。



「とりあえずてっとり早い方法でいこうか。打越とかいう奴が君に暴力を振るう姿を私が隠れて録画する。それを武器にして戦おう」



 旭ヶ丘さんはそう言っていた。この程度の暴力では大学剣道部のエースを退学や退部に追い込むことは難しいとも。



 だがその映像は必ず武器になる。これの公開を盾にすればいじめを止めることができる。



 だから今は堪えろ。恐怖を押しとどめろ。全ては僕が、生きるために。



「相変わらずうっぜぇな……っと!」

「ぐぅっ!」



 打越さんは鍔迫り合いの状態から俺の足を勢いよく踏みつけてくる。



「おらおらどうしたぁっ!?」

「がぁっ!」



 足の痛みに一瞬悶えると、密着した状態から僕の面の横を叩きつけてくる。クッションの薄い場所をはたかれたことで視界が一瞬白くなる。だがそれだけでは終わらない。



「突きぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ぐ、ぉえっ……!」



 喉を守る防具の横をすり抜ける腰の入った一撃に、身体が大きく後方へと吹き飛ぶ。実際に死亡例のある攻撃だ。それが6歳も年上の大人から繰り出されたんだ。息ができず、床に這いつくばることしかできない。



「ほんとよえーなぁ……。なぁお前剣道部辞めろよ。あぁ推薦だから剣道部辞めたら退学になるんだっけ? じゃあ学校も辞めろよ、なぁっ!」

「ぁがぁ……!」



 床にうつ伏せになる僕の後頭部を打越さんが打ちつけてくる。防具のない場所だ。その痛みは尋常ではない。そして僕の竹刀をゴルフのように吹き飛ばし、反撃の機会すら奪っていく。



「なっさけねぇなぁ。ほら、さっさと取ってこいよ」

「は、い……」



 剣道家にとって、竹刀を捨てられることは何よりも惨めなことだ。だがこの程度は剣道部にとって日常茶飯事。周りからは少しやり過ぎないびりに見えていることだろう。これだけなら中学時代だってされたことはある。



 問題なのはこれが毎日続くことだ。僕の人生の全てだった剣道が、全て陰湿な悪意に塗り替えられていく実感。そして、



「はい、磯子くん。拾ってあげるよ」

「……恵子」



 1年間付き合っていた最愛の彼女を寝取られたことが、何よりも辛い。



「おい気安く名前呼んでんじゃねぇよ。こいつは俺の女なんだからよ」

「ほんとほんと。あんたと付き合ってたとか忘れたい黒歴史なんだからさ」



 嫌がらせのために竹刀を拾ったマネージャーの恵子と、見せつけるように隣に並ぶ打越さん。何度見ても吐きそうになるほどに、悍ましい。



「ねぇ打越くんすごいんだよ? おしゃれなレストランいっぱい知ってるし、かわいい服も買ってくれるの。剣道もあんたなんかより全然強いし、デートも楽しいし、あんたとは大違い!」

「おいおいその話やめてやれよ。やっすいネックレスを誕生日プレゼントだって渡した話だろ?」


「ぷぷ……。中3にもなってハートのネックレスとか勘弁してっての」

「んなことよりさ、今夜はどこ行く? イタリアンでも食い行くか」



 中学生と大学生じゃ差があるのは当然だろ。ネックレスだってうれしいってつけてくれたじゃないか。何より僕は、打越さんより剣道が上手い。



 だが、言えない。反論する勇気が出ない。ただただ無言で2人の嘲笑の声を聞くことしかできない。



 でも今はそれでいいんだ。旭ヶ丘さんが録画してさえくれれば、後は何とでもなる。



「ねぇ。今日私、したいな……」

「ああ。思いっきりかわいがってやるよ」



 だから我慢しろ。我慢しろ、我慢しろ、我慢しろ――!



「道場破りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」



 2人のくだらない言葉が、信念のこもった1人の声によってかき消される。



「旭ヶ丘……さん……?」



 この場面を隠れて録画しているはずの旭ヶ丘さんが、道着を身に着け竹刀を片手に道場に入ってきていた。



「全員面つけてて誰が誰かわかんないな……。まぁいいや、とりあえず一番強い奴出して」



 相変わらずの死んだ目をしたまま我が物顔で道場を闊歩する旭ヶ丘さんの前に、打越さんが出る。



「一番強いのは俺だけどどうした? 彼女希望なら今は……」

「だーってろ雑魚がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 ゆったりと歩く打越さんの横っ面が、旭ヶ丘さんの一撃によって爆ぜる。



「私は一番強い奴って言ったよね? なんであんたみたいな三下が出てきてんの? 自意識過剰? それとも大学生にもなってまだ中二病? 何にせよあんたみたいな小物が私のお眼鏡に適うわけないんだよ」

「て、めぇぇぇぇっ!」



 打越さんが旭ヶ丘さんに詰め寄るが、それだけだ。防具を身に着けていない女子に暴力を振るえばどんな問題になるかわからない。それをわかっている旭ヶ丘さんは、一歩も物怖じせず笑うだけだ。



「ほら、やっぱ雑魚じゃん。私が求めてる強い奴ってのはね、死を選ぶほど辛い場所にそれでも立ち向かえる人間のことを言ってるんだよ」



 旭ヶ丘さんの竹刀が、武器を失った僕の元へと投げ渡される。



「当初の予定から狂ったけど、こっちの方がいいよ。だって君の方がこいつなんかよりずっと強いんだから。何よりさ、」



 竹刀が、重い。物理的な重みではない。想いが。今までどこかに消えていた力が戻ったかのように、力強く感じる。



「復讐ってのは、一番スカッとする方法でやるもんだよ」

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