第7章 第2話 わたしのヒーロー
〇光華
人と話すのが苦手だ。話が噛み合わないと敬遠されるから。
人と関わるのが苦手だ。どうすれば嫌われないかと考えて考えて裏目に出てしまうから。
人として生きるのが苦手だ。わたしがどうしようもなく劣っていると気づかされるから。
そんなわたしを唯一人間たらしめるもの。それがコスプレだった。
そのキャラっぽいことを言うだけで何とかなる。かわいいって褒めてくれる。自分が特別だとその瞬間だけは優越感に浸れる。
普段は正義だなんだと言っているけど、本当のわたしはとっても醜い。承認欲求しか頭にないクズみたいな人間なんだ。
そんなわたしがコスプレイベントに参加するのに時間はかからなかった。初めては小3。がんばって自作した、人気アニメに登場するお姫様の格好をして1人電車に乗ってイベントに参加した。
その時の優越感は今でも忘れられない。文字通り平伏していた。大人たちがわたしを囲んで見上げていた。まるで本物のお姫様になったようだった。
その意味に大きくなって気づいて少しゾッとしたけど、それでもよかった。むしろたったこれだけで。人より劣る自分が認められたという事実に興奮した。それが間違いだった。
あれは中3の時。当時調子に乗りまくっていたわたしは、大きくスリットが開き、腋を露出したチャイナドレスでイベントに参加していた。いつも通り、いつも以上に喜んでもらえて、特別に褒めてもらえて、すっごいうれしかった。
その帰りの時だ。知らないおじさんに告白されたのは。
当然断った。知らない人だし、おじさんだし、太ってるし、臭かったし。よく覚えてないけどひどいことを言って断った気がする。だってわたしはみんなから褒められる、特別なわたしだったから。
そしてその直後からストーカーが始まった。登下校。ちょっと家を出ると、少し後ろにおじさんが常にいた。
怖くなったわたしは警察に相談した。学校にいる時に電話して。1人の若い女性警官が来てくれた。
新治遥さん。わたしのヒーローだ。
その人は登下校時。わざわざ私服に着替えてわたしと一緒にいてくれた。
遥さんもコスプレが趣味だったらしく、色々教えてもらった。衣装の作り方。イベントでの立ち居振る舞い。SNSの使い方。わたしの知らないことを何でも教えてくれる理想のお姉さんだった。
しかも趣味で漫画も描いていて、よく見せてくれた。かっこいい軍服を着た少女が悪を退治する話だった。遥さんの生き写しのようでとても憧れた。
遥さんと一緒に過ごす日々が3ヶ月を超えた頃だったか。ついにストーカーは動き出した。
とあるイベントの帰り道。告白ぶりに正面から姿を見せた。右手に包丁を持って。
遥さんはいなかった。その日遥さんは休日で、普段は代わりの人が一緒にいてくれるけど近くでひったくりがあってそっちの方に行ってしまったから。後で知ったことだけど、わたしを1人にするためにおじさんが仕掛けたらしい。
告白された。包丁をちらつかせながらキスを迫ってきた。遥さんからそういう時は逆上させないようにと教わってたけど、怖くなったわたしは思わず逃げ出してしまった。
簡単に捕まってしまった。路地裏に連れ込まれて服を脱がされた。もう駄目かと思った。
そんな時駆けつけてくれた。わたしのヒーローが。
「逃げてください」。遥さんはそう叫んでおじさんへと飛びかかった。わたしは動けなかった。怖かったから。遥さんの右手に包丁が刺さっていたから。
それでも遥さんはおじさんを抑えつけた。わたしを苦しめていたおじさんは逮捕された。わたしのヒーローの右手を奪って。
だから私は誓ったんです。
もう二度と描けなくなった漫画の続きを。私が体現するって。
その衣装を着て。その口調を真似て。遥さんの正義を借りて。
私がヒーローになるって――。
「――というのが私がこの格好をしている理由です。感動したでしょう?」
「え? 私に話してたの? 独り言だと思ってた」
菜々ちゃんのボディーガードを始めてから数日。金曜日の放課後、私は奈々ちゃんをアイドル部の部室へと送り届けていました。
「とりあえずご安心ください! 明日の試合が終われば宗吾くんが来てくれます! 宗吾くんすごいんですよ? 剣道で何度も全国制覇! どんな相手でもイチコロなんですから! たとえ包丁を持っていようが負けません。ストーカーなんかをする下劣で卑怯なゴミには」
「ちょっ……ちょっと光華ちゃん……!」
菜々ちゃんが小声で注意してきますが、構いません。嫌な癖ですが、人の視線には敏感なんです。
だから気づいています。私たちの後方。壁の陰にストーカーがいることに。そしてこの辺りは人通りも少なく、監視カメラもないことに。
「……追加です。私にとってのヒーローは遥さんだけではないのです」
私が縦岸学園に入ったのは、生徒会の制服と遥さんの漫画のキャラの服装が似ていたから。そんな理由でしたが、本当にここに入学してよかった。
「宗吾の話をすれば仕掛けてくるよね」
私はスマホをインカメにし、肩の上から後方を撮影する。そこには確かに映っていた。あのおじさんより若いけど、よく似た雰囲気を纏った男の姿が。
本当によかった。どんな手を使ってでも自分を貫くヒーローと出会えて。
「逃げてください」
そして私は原点のヒーローと同じ言葉を告げ、スマホと一緒に菜々さんを逃がします。
「で、でも……!」
「大丈夫」
本当によかった。苦しみながらも逃げずに立ち向かったヒーローと出会えて。
「浪花さんは僕が守る」
そしてわたしは、剣を構えた。




