第6章 第3話 裏バナ
「今日はごめんなさい……。何も力になりませんでした……」
数時間作戦会議をしましたが、何も答えは出ず。私と蝦夷町さんはクッキングクラブで反省会をしていました。
「でも最近は毎晩ここで過ごしていますし、ここで待っていればいずれ宗吾くんも来ると思いますよ!」
「ううん……大丈夫。後はあたしでがんばってみるよ」
「そんな深刻に捉えるもんじゃないよ、恋愛ってのは」
そうアドバイスしてきたのは、厨房で煙草をふかしている扇さん。
「高校生の恋愛なんて失敗してなんぼ。いい思い出になるってもんだよ」
「ババアの武勇伝ほどアテにならないものはありません。10年も離れてるんだから価値観も変わってるに決まってるでしょう?」
「あんたさぁ……!」
扇さんがわなわなと震えていますが、そんなことどうでもいいです。どうにかして上手くお二人をくっつけないと……。
「紅梅さんさ……優しいね。初対面のあたしのためにそんな頭悩ませてくれるなんて」
「それは……違いますよ。私は優しくなんかありません」
嘘をついても失礼なので。私は素直に言います。
「本当のことを言うと私……蝦夷町さんのことはどうでもいいんです。ただ宗吾くんに幸せになってほしいんです」
そう。私の正義は宗吾くんを救うことにある。
「宗吾くんは彼女さんにフラれて……いいえ。フラれもせず別の男に乗り換えられて。その人たちにいじめられていたんです。それこそ自殺の寸前まで行ってしまうほどに追い詰められた。復讐しても癒えないほどの傷を負ったんです。だから幸せになってほしい。本当にただ、それだけなんです」
そう語ると蝦夷町さんは。
「じ……さつ……?」
愕然とした表情で固まっていました。そして気づきます。私が失言していたことに。
「ち……ちがっ……! メンタルが弱いとかではなく、それほど凄惨ないじめだったんです! 暴力を振るわれ、大好きな剣道を汚され、ひどい裏切りをされ……。だから地雷とかそういうわけでは……!」
「自殺だなんて……知らない……聞いてない……。あたしのせい……や、違う……。ほとんどあいつがやったから……あたしは……悪くない……」
「……蝦夷町さん?」
どういうわけか蝦夷町さんは頭を抱えてぶつぶつと何か漏らしています。でも考えてみれば当たり前の話。好きな人がそんなことになっていたなんて知ったら誰だってショックでしょう。
「でも大丈夫ですよ! 今の宗吾くんには私たちがいますし、これからはあなたが……!」
「……悪いけど。もう店じまいだよ」
夜遅くまで店を開き昼に起きるという駄目大学生の鑑みたいな生活をしているはずの扇さんが突然そう言い放ちます。
「あんたがあれだったなんてね……。面倒事はごめんだよ。さっさと帰りな」
「残念。もう面倒事来てるんだよね」
そしてガラガラと音を立てて朝陽さんが店に入ってきました。その顔は怒っているようにも真剣なようにも見えます。何はともあれ、普段とは違う。
「……朝陽。問題起こしたら飯食わせないからね」
「大丈夫大丈夫。復讐は終わったし、ただお話するだけだよ」
そしてそう言うと私の隣ではなく蝦夷町さんの隣に腰かけました。お知り合いなのでしょうか……?
「なんで、あんたが……! あんたが余計なことをしたせいで宗吾は……!」
「そうそう。私が余計なことをしたせいで宗吾は生き残った。私がいなければ邪魔者はいなくなってたのにね」
「な、何の話ですか……?」
「……そんなんじゃない。あたしは目が覚めたの。今ならちゃんと宗吾を愛せる」
「いやいや馬鹿言っちゃいけないよ。ずっとあんたは起きてたし自分の意思で行動してた。むしろ今が過去から目を逸らしてる状態でしょ?」
「なんで……そんな話を……」
「関係ないあんたがしゃしゃり出てこないでよ……!」
「確かに関係ない。ただアフターフォローも仕事の内でね。色々調べてたんだよ、あなたのことを」
「本当に……そうなんですか……!?」
ここまで来たらいくら察しの悪いと言われる私でも気づきます。
蝦夷町さんが、宗吾くんを裏切った元カノだってことに。
「なんで……宗吾くんを傷つけたあなたがもう一度……!」
「……だから言ったでしょ。目が覚めたって」
「だから言ってるでしょ。目を逸らすなって」
蝦夷町さんの鋭い敵意のこもった瞳と、朝陽さんの底なしの沼のような瞳が交錯し、言葉が飛び交います。
「あたしが宗吾に告白したのは剣道が上手かったから。でも高校に入って大学生に負けてたから……少し間違えちゃったの」
「有名な男をアクセサリーにしてたけどそれより高価な宝石が手に入ったからゴミは捨てた」
「……元々と言えばあいつが悪いんだよ。あたしはあいつに騙されてたの……!」
「ちょっとおしゃれなとこ行けば簡単に股開く女だって馬鹿にされてたことに気がついた」
「でも別れてからようやく気がづいたの……。あたしが一番愛していたのは宗吾だってことに……!」
「捨てられて寄生する男がいなくなったから、プライドが持たずに捨てたはずの男にしがみつこうとしている」
「変な訳し方しないでよっ! あたしがクズ女みたいじゃんっ!」
「あんたがクズ女だって言ってんだよクソビッチ死ね」
蝦夷町さんがバンっ、とカウンターを叩き、立ち上がります。
「もういい……! あんたみたいな性悪女と一緒にいたら宗吾が変になる。宗吾はあたしが連れ帰るから……」
「……待ってください」
無意識に私は立ち上がっていました。
「紅梅さん、世話になったね。後はあたしでどうにかするから気にしないで……」
「……あなたを宗吾くんに会わせるわけにはいきません」
無意識に私は剣を抜いていました。
「宗吾くんは優しいからあなたにトドメを刺せなかった。だから私が彼の復讐を引き継ぎます。……それが私に今できる、正義です!」
無意識に私は蝦夷町さんに斬りかかっていました。そして、
「いいや。光華さんの正義は僕が守る」
宗吾くんが私の剣を受け止めていました。




