第4章 第4話 母娘
「いっだぁっ!?」
師匠に殴り飛ばされた高砂さんが、頬を押さえながら立ち上がる。
「ちょっと生徒会!? 私暴力振るわれたんだけどっ!」
「あんたが逃走しようとしたからだろ」
「してないでしょっ!?」
「してたしてた超してた」
「朝陽さん、暴力はだめですよ」
「わーってるって。今のはただの逃走阻止。こっからが復讐だよ」
師匠はそう言うと、僕を呼び店の入口を指差す。
「あのレジの金、全部いただこう」
「はぁっ!?」
突っかかってきたのは、おそらくこの店のオーナーであろう男性だ。
「なんでウチの店の金盗もうとしてんだよっ!?」
「聞いてくださいよ旦那ー。うちのボスんとこの店の金がそこのクソビッチに盗まれちゃいましてねー。ほんとなら倍返しで2店から奪うところを、優しいわたしたちはこの店だけで勘弁してやろうって話ですわー」
「知らねぇよお前らで勝手にやってればいいだろっ!?」
「いやいや何言ってんすか。あいつも、ここも。料理研究部のものでしょ? 私たち部外者には違いってもんがわからなくてね。これは正当な要求だと思いますよ」
「ふざけんなよっ!? お前らクッキングクラブんとこだろっ!? あのしけた店とうちでどれだけ売上が違うか……!」
「あー100万入ってたから」
「嘘つけぇっ!」
「そんなこと言われたって事実だし。それにさっき勝手にやってればいいって言ってたけど、それはこっちの台詞ですよ。いくら盗まれたかなんてこっちは証明できないし、盗んだ奴が正確に答えるかもわからない。つまりここは交換で手打ちにしましょうってことですよ。後のゴタゴタはそっちで勝手にやっててください」
師匠の復讐で一番重要なのが、ここだ。クッキングクラブの金は微々たるものだろうし、たとえ倍返しにしてもらったところで相手にダメージを与えられない。それに停学退学になったところでこちらにはメリットがない。
だから相手を高砂さんではなく、料理研究部という組織に広げた。レジの金を盗まれたからこちらも盗む。後は内内で解決しろという話。これによってこちらは大金を手に入れられるし、
「高砂……ふざけんなよ……!」
料理研究部の怒りが、高砂さんへと向く。歓迎会の会場は当然儲かる。そしてその権利を有するのは、部内でも高い地位にいる人物に違いない。その人間から嫌われるということは、実質的な退部と同じ。
「ちょっ……! 悪いのはあいつらで……!」
「うるせぇっ! てめぇのせいで俺の店の金がとられちまったじゃねぇかっ! 弁償しろよっ!」
あっちがごたついている間に、僕と光華さんはレジを開けその金をバッグに詰めていく。
「なんだか泥棒してる気分です……。これで正しいのでしょうか……」
「さぁ。でも何も悪くない扇島さんが救われたのは事実だよ。だったらいいんじゃないかなって僕は思う」
うん十万もの金をバッグに詰め終えた僕たちは店を出る。
「あとでごちゃごちゃ言ってきたらさっきの録音を公開する。自業自得ってことであきらめなよ」
高砂さんの退路をしっかりと断って。
「お前ら……覚えてろよ……! 絶対に復讐してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
店の外に出ると、防音設備もあるだろうに高砂さんの叫び声が聞こえてきた。
「それはこっちの十八番だよ」
だが師匠は一瞬も気に留めずに、ただクッキングクラブへと急ぐのだった。
☆☆☆☆☆
「ただいま」
師匠はそう言い、さっきの店の喧騒とは真逆の客一人いないクッキングクラブへと入り金を全額扇島さんへと渡す。
「金は取り返してきた。それと今後1年間の飯代もね。金を受け取っておいて飯を出さないなんてないでしょ。だから続けてよ、部活。私が絶対に守るから」
「……あんたは本当に馬鹿だね。するなって言ったのにさ……」
カウンターに立っていた扇島さんはバッグを受け取ると口から白い煙を吐き、笑った。
「ま、計算通りだけどね」
「……は?」
師匠の呆然とした顔を見て、扇島さんはさらに大きな笑い声を上げる。
「金盗まれて放置するなんてありえないでしょ。でもあんたに取り返してこいって言ったら飯代タダにしろとか言うだろ? そんなの御免だよ。だから自発的に動いてもらった。そしたら……クク。計算通りすぎて笑うしかできないよ」
つまり……あれか。あの昔話は、師匠を焚きつけるためのもの。そして師匠はまんまとそれに引っかかった。
「やられましたね」
「よかったではないですか。食事代も手に入って」
「あーそれとこの余剰分の金は今までツケにしてきた分から引いとくから。ちゃんと次からも金払いなよ」
「てめぇぇぇぇクソババァァァァァァァァっ!」
僕たちから煽られた師匠は、床に倒れて手足をバタバタとさせて叫ぶ。よっぽど悔しかったんだろうな……。
「まぁとりあえず座りなよ」
そんな師匠の前の席に、扇島さんはコトンと音を立てて料理を並べていく。
「……金ないよ」
「仕込みをしてたのに全然客来ないからさ。腐らせてももったいないし、あんたらに食わせてやるよ」
出された料理は、白米、トンカツ、野菜、味噌汁という家庭的なもの。僕たちは席に座り、手を合わせる。
「「「いただきます」」」
……おいしい。すごいおいしい。近頃食べてなかった母の料理のような温かさだ。
「どうだい? 美味しいかい?」
「……いつもと同じだよ」
誰よりも幸せそうにごはんを食べながら、師匠はそう答えた。




