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第4章 第2話 煙に巻く

「じゃあ状況を整理しようか」



 全員が目覚めた後、クッキングクラブのソファー席で扇島さんが言う。



「昨夜7時に始まった歓迎会。最初は和やかに進んでいたが、8時頃。10年生2人が突然眠ってしまった。それを放置して最後に時計を確認したのは10時くらいだったかな。私と朝陽もいつの間にか寝てしまった。そして起きた時、レジの中の金が全てなくなっていた」



 扇島さんの言葉を素直に受け止めたら、寝ている隙に泥棒が入って金を盗んだ、となるが、たぶん違う。



「僕と光華さんの飲み物にはたぶんお酒が入ってたと思います。じゃなきゃ突然眠くなったりしない」

「そうですね……頭いたい……」



 光華さんが青ざめた顔で僕に寄りかかってくる。女子にということで慌てたいが、そんな状況でもない。



「おそらくそれだけじゃない。それに加え、睡眠薬が入れられていた。私が酒にやられるわけないからね」



 それが事実だとしたら、こうだ。



「誰かが意図的に飲み物に酒と睡眠薬を盛った。金を強奪するためにね」



 楽しかった歓迎会がこんなことになるなんて……。どうしたらいいんだ……。



「とりあえず生徒会に言いましょう。指紋や監視カメラを確認できれば犯人なんてすぐに……」

「犯人? そんなのみんなわかってるでしょ」



 珍しく静かに話を聞いていた師匠が、高砂さんの胸ぐらを掴み立ち上がる。



「こいつしかありえない。飲み物をついでいたのはほぼこいつ。最後まで起きてたのもこいつ。何か言い訳ある?」

「言い訳というか……証拠はありますか?」


「そんなのいらねぇよいいから金返せ」

「そんなこと言われても……ねぇ!」



 ずっと困った顔で笑っていた高砂さんが、がら空きになっていた師匠のお腹に鋭い膝蹴りを入れる。普段なら反応できたが、頭がふらついて動けない。情けない。



「て……めぇ……!」

「そんな睨まないでくださいよ。それとも本当に学校側に調査を依頼しますか? やめといた方がいいと思いますけど」


「どういうことだよ……!?」

「どういうことも何も、当たり前じゃないですか。高校生が飲酒をしていた。問題にならないと思いますか?」


「飲ませたのはお前だろうがっ!」

「いいえ、罰せられるのはクッキングクラブですよ」



 師匠の強い瞳が、揺れる。ソファーに座り黙って煙草を咥えている扇島さんを視界に入れて。



「それに加え、ガキの1人はスポーツ推薦らしいじゃないですか。飲酒がばれたらどうなるでしょうねぇ」

「く、そがぁ……っ!」

「ようやくわかったようですね。あなたたちは泣き寝入りするしかないんですよ。あ、もちろん私はやってませんけどね」



 最後にそう付け加え、高砂さんは悠々と店から出ていった。綿密に立てられた作戦、というわけではない。ただそれでも、僕たちは完全に詰んでいた。現状では。



「……師匠、いいですよ。僕のことは気にしないでください」

「宗吾……」



 僕が諦めることで状況は一変する。ならこうする以外ない。



「僕はあなたに命を救ってもらいました。なら高校生活くらい、いくらでも差し出します」

「もういいよ」



 怒りと使命に囚われ目の前のこと以外見えなくなった僕たちの視界を、煙が覆う。



「クッキングクラブは廃部にする」



 扇島さんのその言葉と共に。



「……なに言ってんの扇。お金なんか倍ぶんどってくるから……そんなこと……!」

「ちょっと昔話に付き合ってくれよ。ババアの武勇伝だと思ってさ」



 師匠の掻き消えそうな声を、まるで母親のような優しい声が抑え込む。



「私ね、昔料理研究部に所属しててさ。しかも圧倒的なエースだった。テレビから取材が来る程度にはね」



 再び煙草の煙が宙に舞い、溶けていく。



「あれは中学か高校の頃だっけな。昔過ぎて思い出せないが、あの顔だけは今でも鮮明に思い出せる。食べるものがなく、私の店に土下座しに来た小学1年生の顔は」



 煙に満ちるその空間の先に師匠の目から零れる涙を見ながら、僕たちは話を聞く。



「その子は親から邪魔だと思われててね。普通の小学生は家族寮に入ったりするんだけど、その子は1人部屋に預けられてた。言うなら金を払って子どもを捨てたようなもんだよ。しかも必要以上の金は出さずにね。そんな話を聞かされた私はパンをその子に渡した。冷たいと思われるかもしれないけど、私は自分の腕をタダでやるほど安くないと思ってたから」



 いつの間にか僕に寄りかかっていた光華さんが姿勢を正していた。それは僕も同じだ。



「そいつはパンを美味いとも不味いとも言わなかった。ただ毎日来た。料理を作ってやっても何も言わなかった。それが1年くらい続いて、やっとわかった。そいつは生きるのに必死で飯を味わう余裕がないんだって」



 ……きっとその人は、泥だらけのおにぎりを食べても何も言わないのだろう。昔からそういう人だったんだ。



「ある日、私は部長に怒られた。乞食に餌を与えることで評判が悪くなっているらしい。速攻料理研究部を辞めてやったよ。ただ料理研究部の奴らからは恨まれて色々な嫌がらせを受けたけどね。今では来るのもガキとその連れだけになっちまった」



 確か高砂さんは、料理研究部を辞めたとか言っていたか。つまりあれは嫌がらせの一つ、ということか。



「私はそのガキがかわいくてね。いつか私の料理を美味いって言わせるためにがんばってたんだ。でもそれももういい。私のせいであの子を復讐の鬼にするのは御免だからね」



 煙草が灰皿に押し付けられ、その火を消す。



「親は子どもに幸せになってほしいだけなんだよ。だからさ、もうこれ以上はやめてくれ」



 残ったのは、灰だけだ。

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