第3章 第3話 一方通行
「実は僕、つい最近まで部活の先輩にいじめられてたんだ。しかもその先輩に彼女まで寝取られた」
「あの……お手洗い行きたいんですけど……」
「辛かったよ。すごい辛かった。自殺の寸前まで行った。そんな僕を師匠が救ってくれたんだ」
「あのー……聞いてますか……?」
「だから復讐っていうのも言うほど悪いものじゃないんじゃないかな。少なくとも僕はそう思ってる」
「あのー! お手洗い! 行かせてくださいっ!」
師匠から託され、紅梅さんの説得を試みる僕。だがどうにも上手くいかない。やっぱり師匠のようにはいかないか……。
「ていうか、え? トイレ?」
「はい! 漏れちゃいそうなのでこの縄解いてもらえませんか?」
「いやでも……逃げるでしょ」
「逃げません! 望むならスマートフォンやお財布、下着も置いていきましょう!」
「いや下着はいらないけど……わかった。僕も一緒に行くよ。でもスマホだけは渡してほしい」
「はい。ありがとうございます」
とりあえず紅梅さんを解放し、2人で部室を出る。そして紅梅さんをトイレに送り、しばらく待つ。
「お待たせしました」
ほどなくして紅梅さんが手をハンカチで拭きながら戻ってくる。1分も経っていないので2つ目のスマホで連絡、ということもできないだろう。
「それで何の話でしたっけ。彼女さんをいじめるのが楽しい?」
「してないねそんな話は」
部室に戻りながらさっき話した僕の復讐を語る。神妙な顔をして聞いていた紅梅さんは部室に戻ると、椅子に座り直した。
「さぁ、縛り直してください」
「え? なんで?」
「え? 解いてもらったのはお手洗いのためですし……」
「真面目なのか馬鹿なのかわからないね紅梅さんは。いいよソファー座って。縛り方なんて知らないし」
そう言うと紅梅さんは僕の隣に腰を下ろす。正面座れよと言いたいところだけど、この子に余計な話をするとどんどん変な方向に進みそうなので話を再開する。
「それで、どう思った? 僕のこと」
「いじめはよくないことですが、暴力もまたいけません。この場合生徒会や先生に話をし、いじめをやめてもらうのが正しかったと思います」
「……紅梅さんが生徒会に入ったのはなんで?」
「制服がかっこいいからです」
「……え? 正義やら平和とかじゃないの?」
「9:1の1ですね。見てくださいこの衣装! かっこいいでしょうっ!?」
「僕君と話すの苦手だわ……」
「よく言われます」
駄目だ……真面目な顔してどんどん話がおかしなことになる。この子に対しては正面から話さないといけないようだ。
「生徒会は警察みたいな組織なんだよね。もし僕が君に相談してたらどうした?」
「そうですね……。その先輩に話をし、いじめをやめるよう頼みます」
「でもそれじゃあ恵子……彼女はどうなる? それにいじめは続くかもしれない」
「それは……。復讐したって同じことでしょう。彼女さんは返ってこないし、新たないじめが生まれただけです」
「そうだよ。復讐なんて意味はない。でもだからこそ、やり返さないと。復讐しないと僕の心は晴れなかった。先輩にも彼女にも怯えたままだった。僕を救うには復讐しかなかったんだ」
「平行線ですよ、磯子くん」
紅梅さんの鋭い視線が僕の瞳をまっすぐと見据える。
「あなたが言っていることを理解することはできます。確かに復讐は人を救う一つの手段かもしれない。ですが私は1とはいえ、正義を。平和を貫くために日々を過ごしています。説得など土台無理な話。なぜなら復讐は正義や平和とは正反対の位置にある行為だからです」
そう言うと紅梅さんは自分の胸に手を当て、苦しそうにしながらも続ける。
「私は……一時期ストーカー被害に遭っていました。コスプレイベントに参加した際に告白を断っただけで、復讐の対象となったのです。それを救ってくれたのが警察の方です。毎日毎日私を守ってくれて、取り押さえる時には相手が凶器を持っていたのにもかかわらず果敢に向かっていってくれました。私もそういう人間になりたい。だから私は正義を貫き平和を守ります。それだけは決して譲れません」
ああ、僕と同じだ。自分が憧れ、信じる道を歩いている。そんな人の道を外すことなんて無理なのかもしれない。
「僕は復讐を正義だと思ってるよ」
だからこそ、僕も道を外れることはできないんだ。
「師匠はたぶんこんなこと思ってない。きっと自分が悪だと考えている。でも僕はそうは思わない。復讐は正義だと。復讐は平和を作れると。そう思えて仕方ないんだ」
だって僕は、復讐以外では救われなかったから。
「そんな……はず……」
「だったら一度見てほしい。自分の目で見て、考えてみてくれ。復讐は間違っているのかどうかを」
そして僕たちは、師匠がいるであろう小等部の校舎に移動する。その道中。校舎裏で師匠を発見した。
「おらぁっ! てめぇら舐めてんじゃねぇぞコラァァァァっ!」
3人の小学生を壁際に追い詰め恫喝をする師匠を。
「あれのどこが正義なんですかぁっ!?」
「や……それは……ごめんなさい……」
思わず謝ってしまうほどにその姿は犯罪チックだった。




