母なる思い
私には婚約者がいた。
結婚の準備をしているときに、私のお腹に赤ちゃんがいることが判明した。
しかし‥‥‥ とある雨の日、一人出掛けた彼の傘に‥‥落雷した‥‥‥ 即死だった‥‥
彼は結婚を待たずに天に旅立った‥‥‥
彼にも私にも、身寄りがなかった。だから私に残された縁は、お腹にいる、彼の忘れ形見だけだった。
‥‥‥産もう‥‥‥
そう‥‥覚悟を決めた。そしてこの子の為に、一生懸命頑張ろう‥‥‥
この子が生まれてから、それはもう身を粉にして働いた。
‥‥‥でも‥‥‥その無理が祟ったのかもしれない‥‥‥
ある日、突然頭が割れる様に痛みだして倒れた。
駆け寄り、涙を流して私を揺する我が子の顔を見上げながら‥‥
あぁ‥‥この子を一人にしたくない‥‥‥ずっと見守っていたい‥‥‥ そんな思いを抱いた‥‥‥私は意識を手離した‥‥‥
‥‥‥再び意識を取り戻したとき、私は幽霊になっていた。
もう一度我が子と言葉を交わしたい‥‥‥ この子に私のことが見えて欲しい‥‥‥ そう、強く願ったそのとき‥‥‥ 目の前にいた我が子の瞳に涙が浮かび‥‥‥泣きじゃくりながら、私のことを何度も呼んだ‥‥‥
後に、この子にだけは姿を見せることができることを知った。
この子に身寄りはある訳がない、そもそも親に無いのだから。だからこの子は施設に入ることになった。
そこで待っていたのは‥‥‥イジメだった。
「お前なんて死んでも、誰も悲しむ奴なんかいないんだよ~~ 喜ぶ奴しかいないんだぞ~~~」
「違うもん!! お母さんが‥‥お母さんが絶対悲しんでくれるもん!!!」
「バ~カお前の母ちゃん、もう死んでるだろ~~。 知らないのか~~ 死んだ人間はな~~、悲しんだりしないんだぞ~~~」
「また言ってるよ~~」
「変な奴~~」
「気持ち悪いからあっち行って~~~」
‥‥‥手をぎゅうっと握りしめ‥涙を堪えながら震える我が子の姿に‥‥‥ 私の怒りは頂点に達し‥‥‥それと同時に幽霊である身の無力感ともどかしさが押し寄せた‥‥‥
私はこの子の為に何が‥‥‥
考え‥‥そして‥‥‥‥
祟ることにした。
初めはお灸を据える程度の、三~四日寝込み、魘される程度に止めたが‥‥ それでイジメを止めるのはほんの一握りだけ‥‥‥
なので、よりしっかり深く祟った。
心を入れかえればそれでよし。 さもなくば祟り続け‥‥‥ 心を壊したり、後遺症や障害が残ったり‥‥などして、施設から姿を消して行った。
その行く先は知らない。
知る気も無い。
施設の職員にもおかしな者がいた。
「アンタ達は社会の邪魔にしかなってないんだから、せいぜいアタシの手を煩わせるんじゃないよ!このグズ達が!!」
勿論きっちり祟ることにした。
あの子から遠ざけることは、意外と簡単だった。
一週間ほど働けない程度に弱らせる祟りを、こまめに掛けるだけだった。
しばらくすれば、施設に顔を見せなくなった。
離職したかクビになったのだろう。
可愛いあの子には、里親の希望者が何度も来た。
‥‥‥でも、その素行を盗み見ると‥‥‥
外面だけは良い凶状持ち‥‥‥
子どもをアクセサリーぐらいにしか考えていない者‥‥‥
そもそも危ない嗜好の持ち主‥‥‥
勿論もれなく祟った。
‥‥‥ある日、一組の夫婦がまた、里親に志願してきた。
ごく平凡な印象だった。
その普段の生活を覗いても‥‥‥ 穏やかで‥静かな幸せの香りを感じた‥‥‥
そして‥‥‥幽霊の我が身が‥‥ とたんに頼り無く、不甲斐なく感じる思いが押し寄せた‥‥‥
‥‥‥思ったからだ‥‥この夫婦なら‥‥と‥‥‥
「‥‥いい‥‥? あの人達を‥‥‥お父さんと‥新しいお母さんだと思って‥‥」
「違うもん‥‥お母さんはお母さんだけだもん!!!!」
‥‥‥その気持ちは、とても嬉しかった‥‥‥ でも、この子の将来を考えると‥‥‥ 私なんかに捕らわれているよりは‥‥‥ ちゃんと母親らしいことができるあの人の方が‥‥‥
‥‥‥その日以来‥‥この子は私に強く甘え、私が姿を見せなくなると、不安に捕らわれ泣きだす様になった‥‥‥
‥‥‥私のせいで、人生を棒に振って欲しくない‥‥‥
‥‥‥だから
「───ねぇ、お母さんとかくれんぼしましょ? 最初の鬼はあなたね。 じゃあ目をつぶって、十数えてね。」
「うんわかった! い~~ちっ、に~~い‥‥‥」
‥‥‥そして私は‥‥‥この子の目から、姿を消す決心をした‥‥‥
あの子は私を探し続けた‥‥‥何日も‥‥‥
瞳に涙を湛え‥‥‥手のひらを傷だらけにして‥‥‥
‥‥胸が‥‥‥締め付けられた‥‥‥
でも私は‥‥涙をのんで思いを押し殺した‥‥‥
‥‥‥大丈夫‥‥あなたが本当に困った時は、またあなたの前に現れて‥‥絶対に力になってあげるからね‥‥‥