私と婚約を続けるか、廃嫡されるか、どちらを選びますか?
「リリアナ、すまなかった! クリスティーナに騙されていたんだ! どうか婚約破棄を撤回させてほしい!」
そう言って我が家の応接室のソファに座り、サラリとした金髪に埋もれる旋毛を私に向けて頭を下げているのはこの国の第三王子であるハーラン殿下だ。
「そう言われましても…… 先週の卒業パーティーで、殿下自ら皆さんの前で宣言された後ですから、私にはどうしようも出来ません」
「父上からは、君さえ許してくれれば婚約を続けてもよいと、許可をもらっている」
……はぁ?何を許すって?
「許すと言うのは、具体的に何のことをおっしゃっているのですか?」
「……それは……私が先週の卒業パーティーで……君を謂われのない罪で断罪し、婚約破棄と国外追放を命じたことだ……」
私は腕と足を組み背もたれに寄りかかりながら、未だ頭を下げたままの殿下を冷めた目で見下ろす。
品が悪いのはわかっている。わざとだ。
「謂われのない罪というのは?」
ゆっくりと頭を上げ、ばつが悪そうにこちらを見る殿下の碧眼には、後悔と羞恥、そしてほんの少しの怒りが滲んでいる。
――その怒りは何に対してかしら?
「……君がクリスティーナに罵詈雑言を浴びせながらナイフで切りつけ怪我をさせ、私に近づくなと脅した後、治癒魔法を使って傷を治し証拠隠滅を図ったことだ……」
魔力を持つものは魔法が使える。魔法には属性があり、基本的に火・水・風・土属性に分類され、これらの属性は誰でも使えるが得手不得手がある。
この国では子供が7才になると魔力判定を受ける義務があり、そこで魔力の有無、大きさ、属性の得手不得手を判定する。
そして私は、適正がないと使うことができない光属性魔法を使うことができる。光属性魔法の使い手は百年に一人しか生まれないと言われ、大変希少な者とされている。
光属性魔法の代表的なものとして、治癒魔法があり、今のところ使えるのは私しかいない。
他に解毒魔法や身体強化魔法があると言われているが、なにぶん例が少ないため詳しい記録は残っていない。
その希少な光属性魔法の使い手を王家に取り込みたいという思惑のもと、魔力判定後すぐ私と同い年である第三王子との婚約は決まった。
「何度も否定しましたがようやく信じて頂けましたか。そもそも成り上がりの新興貴族である子爵令嬢が公爵令嬢を脅すなんて馬鹿げた話、信じる方がどうかしてますけどね。」
そう、うちは平民の商人であった祖父がその功績を認められ男爵位を賜った、いわゆる新興貴族だ。
そして父が伯爵令嬢である母に一目惚れし求婚した際、伯爵家から出された結婚の条件が子爵位への陞爵とそれに見合う功績だったため、父は祖父から爵位と商会を(無理やり)引き継ぎ、革新的な魔道具を開発し商会を盛り上げ、国の覚えめでたく子爵へと陞爵し、母と結婚した。
常々「貴族やめたい……」とぼやいている父だが、愛する妻のため愚痴を言いつつも頑張っている。
二人は今でも仲良し夫婦だ。羨ましい。
クリスティーナ様は公爵家の次女で、私との権力差は一目瞭然である。
「……あの時はあまりにもクリスティーナが泣いて縋ってくるので、つい信じてしまったんだ。服も切り裂かれていて、ひどく脅えているように見えてしまって……」
服を切り裂かれ、顔を赤らめながら涙を流し、あられもない姿で縋ってくる女はさぞ扇情的だったのだろう。美人だし胸も大きいものね、あの人。
少し頬を染めながら気まずそうに答える殿下を汚物を見るような目で見くだす。相変わらず単純で愚かな男だ。
「それで何の証拠もないまま、公衆の面前で断罪したと?仮にそれが事実だとしても、公爵令嬢を物理的に傷つけたとなれば傷害罪です。大人の第三者を介入させ、法に則った調査を行い裁判をするべきでしょう。そもそもクリスティーナ様のお父上である公爵がこの事を知らないなんて事がありえません。」
「クリスティーナが、傷もの令嬢だと思われてしまうから大事にしたくないと…… 治癒魔法で怪我は治っているし、謝ってくれればそれでいいと言って……」
「傷もの令嬢と思われたくないのであれば、なおさら卒業パーティーでの断罪などあり得ないでしょう。 あぁ、もしかして、嫉妬した婚約者のせいで傷ものになったのだから自分が責任をとるとでも言ってプロポーズとかしました?高らかにクリスティーナ様との婚約を宣言してらしたものね。」
「……っ! ……本当に……申し訳ない……!」
「だいたい、私がクリスティーナ様に嫉妬する理由はなんです?まさか、私が貴方のことを好きだとか思ってたんですか?勘弁してくださいよ。どんだけ自意識過剰なんですか?」
ギリリと音がしそうなほど手を固く握りしめ、羞恥で赤くした顔を歪ませながら俯く殿下を、鼻で笑いながら鷹揚に見下ろす。
品が悪い?わざとだ。
「それで、私のことはあれほど言っても信じなかったのに、なぜ今になって信じる気になったのです?」
「義姉上が、クリスティーナがリリアナに襲われたと言っていた日時に君と会っていたと証言した。君はその日、王宮に来ていて他にも多数の目撃者がおり明らかに冤罪だと。ウィル兄上からは、義姉上の出産の祝いに王宮に訪れる旨の先触れの手紙と出産祝いの品を証拠として提示され、ろくに調べもせず婚約者を責め立て断罪するなど王族の恥だと叱責を受けた。クリスティーナは欲しいものを手に入れるためなら平気で噓をつき人を陥れる人間だと二人から諭され、実際にその現場を記録した証拠の映像も見せられた。クリスティーナとは幼少期からの付き合いだが、私にはまったくわからなかった」
クリスティーナ様とハーラン殿下は再従兄妹で同い年のため、私と婚約する前は遊び相手として多少交流があったと聞いている。
だがクリスティーナ様のお姉様であるマリアージュ様が当時の第一王子であるウィルフリード殿下と婚約しており、権力闘争や派閥等を鑑み、二人の婚約はないとされていた。
現在ではウィルフリード殿下は王太子、マリアージュ様は王太子妃となられていて、三月ほど前に第一子の男児が生まれたばかりだ。
そして公爵家の姉妹仲は良くない。いわゆる放置される姉と甘やかされる妹状態だ。我が儘な妹は姉の物はなんでも欲しがり、姉を貶めるために平気で噓をつく。
公爵夫妻はしっかり者の姉より甘え上手な妹を愛したため、マリアージュ様は荒んだ幼少期を過ごしたが、ウィルフリード殿下がそんな婚約者を守るため早いうちに王宮に迎え入れ保護した。そのおかげで、学生時代は穏やかに過ごせたようだ。
3週間前に出産のお祝いに王宮のマリアージュ様の元へ伺った際、我が子を胸に抱きながら「これでやっと愚妹を始末できる」と言って見せた晴れやかな笑顔はとても強く印象に残っている。
姉のものを何でも欲しがるクリスティーナ様は、姉の結婚後も王太子にちょっかいをかけて未来の国王の母を狙っていたようだ。
もちろん、ウィルフリード殿下はマリアージュ様を溺愛してらっしゃるので、クリスティーナ様の事はいつも邪険に追い払っていた。
王太子が手に入らないから第三王子に鞍替えしたのかしら?
第二王子は隣国の王女へ婿入りしているし。
というか、そもそも姉が王太子妃なのだから王族は無理だとなぜわからない?
しかも私が王宮で王太子妃にお会いしている時に冤罪をかけてくるなんて、事前準備が甘すぎる。冤罪かけようとしてる相手の予定は真っ先に確認するものだろう。
いや、そういえばクリスティーナ様の成績は下から数えた方が早いくらいだったな。どうしようもないな。
それを信じたこの第三王子はもっとどうしようもないが。
「その証拠映像とは私の父が開発した記録魔道具を使用した物でしょうか。以前からマリアージュ様はうちの記録魔道具を愛用してくださっていましたし。出産祝いに小型に改良したものをお渡ししたらたいそう喜んでおいででした。娘を冤罪で陥れた人間の本性を父の魔道具が暴くなんて、なんとも感動するお話ですね。」
足を組んだままソファの背もたれに肘をかけ頬杖をつき、心底馬鹿にしたような態度で皮肉を言ってみる。
ええ、品が悪いのはわかっています。
顔を上げた殿下はかすかに目を瞠り、すぐさま非難するような目をこちらに向けた。
「リリアナは、以前からクリスティーナの本性を知っていたのか? 知っていたなら、なぜ教えてくれなかったんだ!」
「私はどこかの元婚約者と違って、片方の意見だけを鵜呑みにして為人を判断したりは致しません。マリアージュ様からクリスティーナ様の事については世間話の1つとしてお聞きすることはありましたが、それを盲目的に信じ、第三者へ吹聴するなんて事は致しません。それに私は殿下と違ってクリスティーナ様と二人きりでお会いする機会などありませんし、学園でお見かけしてもたいていは殿下か他の殿方がご一緒で私を睨みつけていましたから、お話しすることもありませんでした。騙されたのはご自分のくせに、人のせいにするのやめてもらえます?」
殿下は歯嚙みし俯きながら黙って私の話を聞いている。手は固く握りしめられたまま、肩をプルプルと震わせて。
少しくらい感情を隠す気はないのか?
「婚約破棄を撤回してほしいって言ってましたけど、私と殿下の間には婚約当初から愛も信頼もありません。ご自分の愚かな言動を反省している様にも見えませんし、わざわざ撤回したがる理由がわかりません。目的はなんです?」
「反省している!」
「してませんよ。後悔はしているでしょうが。反省と後悔は違います。貴方は未だに自分が被害者だと思っている。クリスティーナ様が噓をつき自分を騙したのが全て悪いのだと。私から言わせれば、10年以上婚約している人の話をいっさい聞かずに公衆の面前で断罪し、国に決められた婚約を勝手に破棄したうえに裁判もせず国外追放を命じるなんて、そっちの方がよっぽど質が悪いですよ。挙げ句の果てに先触れもなく急に我が家に押しかけて、反省の色も見えないまま形だけの謝罪をするなんて、お茶を出す気にもなれませんね。」
私はこいつが先触れもなく屋敷に押しかけた時点でもてなすつもりは無かったので使用人すら呼んでいない。当然、お茶も出していない。今この応接室には私と殿下の二人きりだ。殿下の護衛は部屋の外で待っている。私ではなく殿下が追い出した。おそらく謝罪する姿を見られたくなかったのだろう。プライドだけは高い男だ。
「すまなかった! 何度も謝っているだろう! これ以上どうすればいいんだ!」
「だから、婚約破棄を撤回したい本当の目的を聞いてるんじゃないですか。さっさと答えてくださいよ。」
「それは……」
モゴモゴと言葉を濁し、目を泳がせていっこうに話そうとしない殿下に苛立ちを募らせながら、探るようにジッと見つめる。
このプライドだけは山のように高い男が私に頭を下げるのだから、よほどのことだろう。おそらく保身に関する何か。
………あぁ、なるほど。
「婚約破棄を撤回できなければ廃嫡だとでも言われました?」
「っっ!!」
「やっぱり。そうでなければ貴方が私に頭を下げるなどあり得ませんものね。兄君達の婚約者は公爵令嬢や隣国の王女なのに、自分の婚約者はたかが子爵令嬢だなんて、自分はなんて不幸なんだと常々嘆いていらしたし」
「なっ! 誰から聞いた!?」
「初めてお会いしたときから顔にそう書いてありましたよ。王子のくせに感情を隠すこともできないなんて、本当にどうしようもないですね。そんな人間が王族に相応しいと本気でお思いですか?素直に廃嫡されたらいかがです?」
「ぐうぅっっ……!」
私に文句を言いたいが、婚約破棄を撤回しないと廃嫡なので込み上げる怒りを抑えてひたすら我慢している。
そんなあからさまに悔しそうな顔して我慢されても、あんたの言いたい事は全部顔に書いてありますよと言ってやりたいが、言って文句を言われてもうるさいので黙っておく。
「そもそも私と貴方との婚約は、光魔法を使えるものを取り込みたい王家からの要請で決まりました。我が家は恋愛結婚派なので政略結婚、しかも王族相手など出来ることなら断りたかったのですが、さすがに子爵家が王家の要請を拒否するなど外聞が悪いですからね。渋々お受けしました。そしてこの度めでたく婚約破棄の運びとなり、家族みんなでお祝いしていたところなのに、それをわざわざ撤回して婚約を続けなければならないメリットがうちにありますか?」
卒業パーティーから帰ってすぐ婚約破棄を報告すると、父は喜び勇んで王宮へと手続きに向かった。国外追放も一応伝えたが、忘れているのだろう。私も無視している。それについて今に至るまで何か言われたことはない。
「は? そんなもの、王族と縁続きになれるのだから充分だろう。」
「私も我が家も貴族社会に興味はありませんのでメリットになり得ません。むしろデメリットです。ついでに言っておくと、うちの商会は財産も潤沢にありますのでこれ以上お金は必要ありません。あぁそれから、冤罪について公の場で説明し、私の名誉を回復させることは婚約をせずとも当たり前の事ですからメリットにはなりませんよ。」
「そ、そんなことはわかっているっ! ……君が謝罪を受け入れ、婚約を続けてくれるのならば、私ができる事は何でもしよう。」
――ほぉ、何でもですか。
いいでしょう。そこまで言うなら試してみましょう。
「何でもする。その言葉に二言はありませんね?」
「わ、私が出来ることであればだ!その範囲内であれば、何でもすると約束しよう!」
「いいでしょう。私がして頂きたいことは1つだけ。今後、政治・職務・不貞に関する内容以外の私の言動について、一切の邪魔をしない事。それだけです。」
「ふん。なんだ。それなら元からお前に干渉するつもりはないから構わんぞ。」
「そうですか。それは良かった。では早速……」
そう言いながら立ち上がり、ゆっくりと殿下の前まで歩いていく。
「ん? 何を……」
する気だと言い切る前に、拳で殿下の顔面を思いっきり殴りつける。
ガターン!!と大きな音をたてて床に倒れ込む殿下の胸倉を掴み上げ、鳩尾にさらにもう一発。
メキッと肋骨が折れる感触がしたのですかさず治癒魔法でコーティングする。内臓に刺さると危険だからね。
家族以外には話していないが、私は身体強化魔法も使える。筋骨隆々の大男並みに体を強化して殴りつけているのでさぞかし痛かろう。
殴りつけると同時に緻密にコントロールした治癒魔法をかけ、出血しないギリギリ程度の治癒を行っている。服に血がつくとなかなか落ちないからね。
「ごほっ……」
咳き込む殿下を休ませることなく頭を掴み顔面から壁に叩きつける。バキッと大きな音がしたので慌てて床に放り、壁を確認する。
やばい。壁に穴が空いてしまった。さすがに治癒魔法では直せないわ。
ごめんなさいお父様。
「がぁっ! は、鼻が「折れてませんよ。治癒魔法かけてますから。」……え?」
殿下は痛みで涙を流しながら恐る恐る鼻に触れる。当然、そこにはいつもと同じ形の鼻があるだけ。
「そ、そんな」
突然の出来事に混乱し、恐怖と痛みに歪む殿下の顔を微笑しながら見据え、ゆっくりと近づいていく。
「や、やめろ! 来るなぁ!!」
殿下は腰が抜けたのか、座り込んだまま後退る。
「先ほど私の邪魔をしないとお約束したばかりではありませんか。もうお忘れですか?」
殿下の右肩を蹴りつけ押し倒し、仰向けにさせたまま勢いよく二の腕を踏みつける。
「ぎゃあぁぁあぁ!!」
治癒魔法をかけ続けながら、踏みつけた腕をグリグリと甚振る。
ミシミシと骨の軋む感触がするが、決して折れることはない。
「私はね、殿下。最初は王家が押しつけてきた婚約でも、殿下と仲良くすごせればいずれは愛し愛される夫婦になれると思っていたんですよ。それがどうです?初めての顔合わせのお茶会では子爵令嬢ごときと小馬鹿にするような目を向けられ、2度目のお茶会ではこんなやつが婚約者かと侮蔑するような目を向けられ、3度目のお茶会の時点で仲良くする気はとうに失せました。それからはずっと、鏡の様に貴方と同じ態度をとることにしたんです。正直、さっさと婚約破棄して欲しかったのですが、プライドは高いくせに臆病な貴方はなかなか動きませんでしたね。だからクリスティーナ様には感謝してるんですよ。いいきっかけを作ってくれて。でも、冤罪は良くありません。もし冤罪だと認められなければ、私や家族はやってもいない罪で刑罰を受け、最悪処刑されていましたからね。ですので殿下には、王族としてご自分がどのような責任を持つのか、何をしでかしてしまったのか身をもって知って頂かなくては。元婚約者とその家族の人生を棒に振るところだったのですから、それ相応の償いをして頂かないと。手始めに、貴方がふっかけようとした冤罪がどういうものなのか、実感してもらいます。」
「あぁぁ! 悪かった! すまない! 謝るから! 足を退けてくれ!うでがぁ!」
「大丈夫です。治癒魔法かけてますから」
にっこり。痛みに叫く殿下の腕をジリジリと踏みつけながら晴れやかな笑顔で答える。マリアージュ様もこんな気持ちだったのかしら。
「くそっ! 誰かぁ!! 誰か来てくれぇ!!」
踏まれていないもう片方の手で私の足を掴み、必死に退けようと力を入れる。身体強化魔法をかけている私の足は微動だにしない。外の護衛に助けを求めるが、誰も部屋に入ってくる気配はない。
「無駄ですよ。この部屋は商談にも使う応接室ですので、防音の魔道具が設置されています。あんな大きな音を立てておいて誰も来ないなんて、おかしいと思いませんでした?ですが足を掴まれるのは不愉快です。とりあえずこれくらいにしてあげましょう」
掴んでいる手を振り払うように二の腕を蹴りつけ、足を退ける。
最後に殿下の襟首を掴み上げ、全身を治癒させながらソファに放り投げる。
「うわっ! ……はぁっ……くそっ。こんなことしてタダですむと思うなよっ!」
どこぞの悪党のような負け惜しみを言う殿下を尻目に、服についた埃をパタパタと手で払い落とし対面のソファに腰掛け平然とした態度で答える。
「どうぞご自由に。どうせ誰も信じませんよ」
「なんだと?」
「殿下はどこも怪我していないし血の跡もない、私が暴力を振るったなんて証拠はどこにもありません。そもそも最初にそういう冤罪をかけてきたのは殿下です。信じる人なんて誰も居やしませんよ」
ろくに調べもせず、何の証拠もないまま暴力を受けたという女の嘘を信じて衆目の前で婚約者を断罪する愚かな男の言うことなど誰が信じるというのか。それも、女の言った嘘と同じ内容を主張して。まともに相手にする者など居やしない。
自分が犯した過ちを思い出したのか、殿下は目を見開いたまま呆然と座り込む。
「さて、それでは本題に戻りましょう。私が貴方との婚約を続ける条件は一つだけ。今後、政治・職務・不貞に関する内容以外の私の言動について、一切の邪魔をしない事。先ほどのように、やめろ・来るな等の制止の言葉や逃げる・足を掴むと言った行動は邪魔と見なします。1度約束を反故されましたから、次からは誓約魔法か隷属魔法をかけることにします。婚約者を蔑ろにし、冤罪をかけ、一方的な婚約破棄と国外追放を命じ、約束まで破る人間の言う事なんて到底信じられませんからね」
私が出した条件を理解した殿下の顔からは一気に血の気が引き、瞳には恐怖が滲む。
口を動かし何かを言いたげだが上手く言葉が出ない。
「自分に出来ることなら何でもすると言ったのは殿下ですよ?私が言ったことは全部、殿下に出来る範囲内のことです。私は婚約してから10年以上、貴方が私に向ける侮蔑や嫌悪といった感情を鏡の様に返してきました。貴方にも同じ事を要求します。私にとって愛も信頼も信用もない殿下との結婚など苦痛でしかないですから、貴方にもそれ相応の苦痛を味わって頂きます。毎日死ぬまでずっと」
姿勢を正し、淑女の笑みを浮かべ、本日初めて貴族令嬢然とした態度で殿下に相対する。
「さぁ殿下、私と婚約を続けるか、廃嫡されるか、どちらを選びますか?」
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