Chapter 7 連絡先を交換してみた①
九条と「朝だけなら話していいぞ」と約束してから数週間が経った。
話していてわかったのだが、彼とは趣味嗜好が合う。
好きなアーティスト、好きなアニメ、とにかく趣味嗜好が近い。初めの段階で無視したり、「もう近づくな」と言ったりしなければよかった、と今になって後悔している。
このような背景もあるので、前に九条とした約束を僕自身が忘れてしまうことが何回かあった。自分が言い出したことを守れないのはよくない。何か手を打たなければ、と近ごろ考えるようになった。そうしなければ、九条のせいで、僕の時間がたくさん削られてしまう。
──どうすればいいのだろう?
初夏の暑さに、たくさんの人が発する熱と湿気が加わった満員電車の中にある吊革にゆられ、郊外の街並みを眺めながら、一人考えてみる。
車窓の景色は、住宅や高層マンションが立ち並ぶ街並みから、朝日を反射し、ゆったりと水が流れる川へと変わる。
いつでも話しかけてもいい、と言えば、九条は確実に僕の時間を邪魔して来るだろう。逆に、前みたいに冷たく突き放してしまえば、また九条のことを傷つけてしまう。
悩んでいるときに、母親からメールが入ってきた。
送られたメールを見てみる。
内容は、今日は知人の葬儀に行くので帰りが遅くなる。だから、用意しておいた夕ごはんを温めて、お父さんと食べてというものだった。
僕は、わかった、と返した。
「そういえば──」
返信したあと、あいつとは連絡先を交換していなかったな、ということに僕は気づいた。
孤高で優雅な高校生活を送ろうと考えていた僕は、人とは関わらないでいようと思い、周囲とは距離を置くようにしていた。当然友達や僕のことを好きになる異性もいないので、連絡先を交換するなんてことは一切ないんだろうな、と思っていた。
そこに九条という、予想外の人物が現れたことにより、当初より大きくズレてしまった僕の計画。
──やっぱりズレてるよな、僕。
ズレている。
普段僕は、クラスメートとは全然話さない。他クラスの同級生はもちろんのこと。だから、いつも顔を合わせているクラスメートのみんなが、どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか、よくわからない。
それに、九条がただ絡んでくるだけで、気持ちを伝えれば、暴力を振るったり恐喝したりせずに、しっかりわかってくれる人間だということを忘れているなんて。
僕はため息を1つついた後、再び車窓に目を配る。
先ほどまで見えていた川沿いの工業団地から、小高い台地へと街並みが変わっていた。
その台地には、上はもちろんのこと、その斜面にも競うようにして家が建っている。
(そろそろ着くな)
僕は垂れ下がっていたリュックサックの肩ひもを再び肩へと戻し、電車を降りる準備をする。