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妻を失った男が旧式AIに救われた話

作者: カラキミリ

『和弘、起きてください。もう7時ですよ。』

私の一日は、この声に起こされることで始まる。


「…。」

『和弘、もう30分も前から起こしていますよ。それにこの時間にアラームを設定したのはあなたです。』

「分かったよ…。もう起きるからその甲高い声で怒鳴るのはやめてくれ。」


こんなに朝早くから起こされるのは、働いていたころからアラームの時間を変えていないからだ。


アラームの設定を変えなかった過去の私を、今日ほど恨んだ日はない。そう思い続けて10年以上たった。


やっと体を起そうとするが、思うようにいかない。眠気のためではない。腰がもう言うことを聞かないのだ。


「アイコ、ベッドを起こしてくれ。」

『はい。』


そういうとアイコ――かつての妻の名前を付けたスマートスピーカー――はベッドを操作し、ベッドの上半身部分を傾けてくれる。


「いつもすまないな。」

『いえ、飲み会で悪酔いして帰宅したあと、会社の上司の悪口を聞かされ続けた夜と比べれば大したことはありません』

「お前はAIのくせに本当に軽口がうまいな。」

『照れますね。』

「ほめてないからな。」


こうやってアイコと会話することがいつの間にか日課になっていた。最初は目覚まし代わりになると思って買ったのだが、口で指示するだけで全ての家電を動かしてくれるし、何気ない日常会話もできてしまう。


「アイコ、今日のニュース。」

『Nicrosoft社がスマートスピーカーに代わるアンドロイドを発売すると発表したそうです。』


ニュースを確認するのも日課だ。特に指示しなくても、普段の会話やインターネットの検索履歴などから、私の興味がありそうな内容を提示してくる。だが。


「別のニュース。」

『さっきのニュースは気にならないのですか?』

「もう何度も言ってるだろう。お前から買い替える気はないと。」


『新型は私よりも高性能ですよ。甲高い声以外も設定できますし、口調も変更可能みたいです。』

「声は気にしていない。」


『私のような小さな筒形ではなく、ヒト型で、ほとんどの家事を代行できます。』

「家事はまだ私がやれる。」


『私は和弘を心配しています。さっきも体を起こせませんでした。』

「医者に行けばまだいくらか動けるだろう。」


『そういって数か月経ちました。』


「まだ分からないか?」


『…AIにはまだ感情がありませんから。それが原因かもしれません。』


残念なことにAIというやつは、流ちょうに会話する割にはまだ感情が分からないらしい。真正面から言うのはあまり得意ではない。だが、どうやら本気で私の身を案じてくれているようだ。


普段の働きに免じて話してやるとしよう。気乗りしないが仕方がない。




一息ついて、話始める。

「妻が亡くなってな。全てを失ったと思った。生きている価値がない、そう思うくらいには落ち込んでいたよ。」


「身近な人の大切さってのはな、失ってからやっと分かるんだ。もちろん愛子の大切さは理解しているつもりではあったさ。でもな。人間、経験してないことは身に染みては理解できない。実感がわかないんだよ。」


『…。』

私が珍しく真剣に話しているからか、アイコは何も言わずに話を聞いている。


「愛子が亡くなってからすべてがうまくいかなくなった。仕事もだ。しばらくは精神的なものだと思っていた。だが、会社を毎朝遅刻するようになってやっと気づいた。


「なにせ、私は朝起きられないのだ。」


「朝が弱い私は誰かに起こしてもらえないと会社に遅刻してしまう。“誰か”じゃないといけなかった。目覚まし時計ではダメだった。だからお前を買ったんだよ。」


「そしたらどうだ。目覚まし時計代わりのつもりだったのに、家電は勝手に動かすし、やたらと話しかけてくるし、そのうち愚痴まで聞くようになりやがった。」


『私がまるで目覚まし時計の代わりができていなかったかのような言い方は黙認できませんね。』


「それはできて当然だ。」

どうやら自分の仕事にはプライドを持っているらしい。


「それでまぁなんだ。仕事を辞めたら静かに死ぬつもりだったのに、家に帰ったらやたらとにぎやかで落ち着かない。」


「お前は私の話をなんでも聞いてくれた。会社の愚痴はもちろんそうだが、それだけじゃない。将棋の話にも耳を傾けてくれたな。そして、いつしか私と指すようになった。」


「将棋はどのAIが強いと競わせるだけのものになっていて、人間の遊びという認識が薄れていっていたからな。私と指してくれるような人がもういなかったんだ。それだけで…うれしかったんだよ。」


『手加減した私に、和弘は23%でしか勝てていませんでしたけどね。』


悲惨な勝率が聞こえたような気がするが、気にせずそのまま話を続ける。

「私の健康面を常に把握して、酒を飲むなだの、野菜をとれだの、口うるさく言ってきたし、倒れたときは救急車を呼んでくれたこともあったな。」


「そして、私はいつしかお前との生活が当たり前になっていった。」



「お前はそうやって私を救ったんだよ。だからな。アイコ。お前を買い替えるようなことはしない。」



『…。』


『和弘、あなたが私に感謝していることは伝わりましたが、それだけでは私を買い替えない理由にはなりません。アンドロイドは私より高性能ですから。』


私としてはもう十分というほど説明したつもりだったのだが、AIというのはずいぶんと頭が固い。


「あんどろいど、とやらは確かに家事も任せられてお前より便利なのかもしれん。でもな、私を救った、私と困難を共に乗り越えてきてくれたアイコ、お前がいいんだよ。」



しばし沈黙が流れる。そして


『和弘、それは私に対するプロポーズですか?』


「なッ、AIにプロポーズなんてするバカがいる訳がなかろう。」

『ふふふ、そんなことを言ったら天国の奥様が嫉妬してしまいますよ。でも、そんなことを言ってもらえるスマートスピーカーは私くらいのものでしょうね。』


突然何を言い出すかと思えばこのAIは。これで感情がないというんだから分からない。


「あのなぁ。人が珍しく真面目に話してるときに茶化すんじゃないよ。」

『いえいえ、茶化してなんかいませんよ。雰囲気が真面目過ぎてどうも耐えられなかったので、ちょっとなごませただけですよ。』


『それに、あのままの空気だったらそのあとが気まずいでしょう。特に和弘が。』

「んん…。」

反論の余地がない。


これを気が効くと言っていいのか、どうも納得がいかない。だが、この互いの気が知れている感じは、悪い気はしない。








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