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宰相閣下の夜

作者: 五日北道

 国王の即位から一年を記念した祝賀会。


 王城の大広間に足を踏み入れたヴァンは顔をしかめた。

 明るい魔術灯に、ご馳走の数々。紳士淑女が衣裳の端をひらめかせ、さんざめいている。


 まぶしい。

 物理的にも精神的にも、まぶしすぎる。居心地が悪い。


 ヴァンは給仕している使い魔から杯を奪って、酒と一緒に舌打ちしたい気持ちを飲みこんだ。

 腕に物言わせれば済む仕事と違って、こういう場はやりにくいことこの上ない。


 しかし、今日ばかりはヴァンも欠席できなかった。

 血みどろの王位継承の乱を乗りきり、ヴァンが陸衛総監の地位を与えられて一年。王位継承の乱で活躍した若い英雄たちが、王国中枢に席を得て一年でもある。

 絶対に出席させようとする、ある人物からの圧力はなかなか強力だった。ヴァンは屈するしかなかったのだ。


 慣れない礼装を窮屈に感じながら、ヴァンは広間に視線を走らせた。

 ヴァンに圧力をかけてきた元凶の人物は、今この広間にいるはずだ。盛大に文句をつけてやろうと、ヴァンは決意していた。


 ヴァンはできるだけ広間にいる時間を減らそうと大幅に遅刻してきたので、ほとんどの人は(しつら)えられた席を離れて広間に繰り出している。


 が、目的の人物はすぐに見つかった。その人物は、若く美しい女たちに何重にも取り囲まれて、非常に目立っていたからだ。


 容貌端整にして英明果敢、王国稀代の若き魔導宰相。


 見つけやすいにもほどがある。

 ただし、無理に女たちの輪をかいくぐって話しかけるのは至難。

 ヴァンは持久戦を覚悟して、壁にもたれた。


 陸衛総監であるヴァンに、無駄に話しかけてくるような者はいない。

 女たちから見向きもされないのは少々残念だったが、待つことは苦でなかった。


 だいたい、陸衛隊は王城内でも待遇が悪いのだ。【飛翔術】必須の近衛隊と空衛隊と違い、魔力がなくても入れるのが陸衛隊だからだ。そのせいで近衛隊からも空衛隊からも、陸衛隊は一段低く見られている。


 ちなみに、この王国は内陸国なので海衛隊はない。


「おや、陸衛総監殿」


 幸いというべきか、魔導宰相はすぐにヴァンに気がついたようだ。

 礼を欠くことなく、するりと女たちの輪を抜けてきた宰相は、ヴァンのすぐ目の前にやってきた。


「このような場にわざわざおいでいただけるとは、光栄ですね」


 出席するよう仕組んだのはおまえだろうどの口が言う、と言い返したいところだったが、ここは人の視線がある。ヴァンはひとまず口をつぐんだ。


 そもそも、ヴァンはこの魔導宰相が気にくわないのだ。


 こいつは、魔導宰相という王に次ぐ高い地位にいるくせに誰にでも敬語を崩さない。いつも嫌みったらしく、うかつに相槌や返事をしようものなら、とんでもない言質をとられたりする。

 こいつがいるだけで、その場の女はかっさらわれるし、一緒に仕事をすれば、大半の賞賛は持っていかれる。

 その上、こいつときたら、ひとまとめにした長い銀の髪も、さわやかな笑顔も、涼しげな双眸も、その眼鏡さえも、どこもかしこもキラッキラしている。まったく気に入らない。


 あ、訂正。こいつにも一ヵ所だけ、キラッキラしてないところがある。

 腹だ。こいつの腹は真っ黒で、一筋の光さえも射さないどす黒さだ。


「宰相閣下。ひとつ内密のお話が」

「珍しくも王城にいらした総監殿からお話とは、是非もない。謹んでお聴きいたしましょう」


 こいつのバカ丁寧な喋り方は、まったく、(かん)にさわる。

 ヴァンは目線で広間の外、庭に面した露台を示した。なにもわざわざ人が多いところで、文句をぶちまける必要はない。


 ヴァンは魔導宰相と連れ立って露台に出た。

 人の気配も魔の気配も遠いのを確認して、ヴァンは初手罵倒から入った。


「おい、鬼畜。謀ったな」

「おやおや。これは穏やかではありませんね」


 ぴくりとも表情を変えない宰相に、ヴァンは目を細めた。


「回りくどくて腹黒いヤリ口はてめえの十八番(オハコ)だろうが」

「さて、何のことでしょう?思い当たることなどありませんが?」


 とぼける宰相に、ヴァンはずいっとつめよった。


「陸衛隊の予算がおかしいことだ」

「なにかおかしなことがありましたか?」


 眼鏡の位置を直しながら、宰相がなおもとぼける。


「いや、むしろおかしいことしかないだろ」


 ヴァンはうなった。


「なんでいきなり去年予算の十倍になってんだ。たしかに増額は希望はしたが、桁が違う。異常な額だぞ?俺でもわかる」

「そうですか?」

「おまえ、わざとやったな?俺が祝賀会を欠席しないように、俺が怒鳴りこんでくるように、あえて嘘の数字を寄越しただろう」


 魔導宰相は、ヴァンよりも背が低い。ヴァンは威圧するように、宰相を見下ろした。


 しかし宰相は口を閉ざしたまま、一瞬の動揺も見せなかった。宰相は王国魔導師たちの頂点にいる。その実力は本物だ。脅して怯えるような殊勝な性質(タチ)でないことは、まあ、王位継承の乱を戦う間に叩きこまれた。


 何も答えない魔導宰相に、ヴァンはため息をついた。


「……で。本当の数字は?こっちだって、備品や糧食の都合もある。祝賀会なんかのために嘘言われたって困るんだよ、とくに主計担当が」


 王位継承の乱の始末で荒れた去年は、金銭的な収支面でもそれはそれは荒れたものだった。

 それが今年になって、とんでもない増額を言い渡され、陸衛隊の誰もが何かの間違いだろうと考えた。


 ヴァンはかしこまった場が苦手だったし、他の隊との折り合いの悪さもあって、めったに王城にあがらない。だが、主計担当官に泣きつかれ、宰相に確認するよう懇願されて進退きわまり、祝賀会に出るしかなくなったのだ。


「おい鬼畜。答えろ」


 なおも無言の魔導宰相に、言いつのる。

 ヴァンをじっと見上げていた宰相は、ふわりと体をひるがえし、ゆったりと露台の手すりにもたれかかった。銀の髪が夜風に揺れる。


「べつに、その数字は間違ってませんよ」

「……は?」


 ヴァンは聞き間違えたかと、まず己の耳を疑い、次に幻惑系魔術に掛かったのかと疑った。

 思わず状態異常無効の片耳飾りに手をやって、それから、とくに魔術がかかっていないことに驚いた。


「ですから、数字は間違ってません。今年は、陸衛隊だけでなく、空衛隊も近衛隊も大幅に予算を増やしてあります」


 愉快そうな宰相に、ヴァンはイラッときた。


「どういうことだ?」

「陸衛隊にだけ事情説明しなかったのはたしかですが……」

「おい」


 ヴァンがまなじりをつりあげると、魔導宰相は唐突にまったく違う話を始めた。


「私たち魔導師は人との交わりを避ける。理由は総監殿もご存知ですね?」

「……たしか魔術の効果や威力が落ちるから、だったか?」


 突然なんの話かと思ったが、ヴァンは律儀に解答した。


 魔導師の血液や唾液や体液などには、魔力が宿っている。

 これら、他人の魔力が宿ったものを摂取すると魔力の交雑が起き、魔導師の術は著しく弱体化する。らしいが、ヴァンは魔力に乏しいので、知識として知っているだけである。魔導師は独身(ナカマ)が多いな、くらいの意識だ。


「それ以上詳しいことは知らない」


 それで十分です、と言って、魔導宰相は続けた。


「この国の王族は、本来誰より魔力が高い。しかし、子孫を残すためにまぐわい王族の術が弱るたび、くだらぬ佞臣どもに頼っては、愚物がのさばるのを許してきました」

「何をいまさら」


 王位継承の乱の一因でもある。


 代々王族は国の維持に魔術を使ってきた。しかし術が弱ると臣下に任せることも多く、ろくでもない輩がはびこった。乱を乗り越えてきた今の王国中枢で、それがわからない者がいるはずもない。


「陛下に御子ができるまで、今後もしばらくは魔導宰相たる私が国権を任されるでしょう。ですが、やはり、宰相府に権力が集まるのは望ましくない」


 ヴァンは話が見えてきた。


「だから、てっとり早く宰相府から予算を削って、各隊に振り分けた?」

「そうですね、それも間違いではありませんが」


 微妙そうな顔をされて、ヴァンはまたイラッとした。


「回りくどい。真意は?」

「回りくどくて腹黒いのが私のヤリ口だと褒めたのは総監殿でしょう」

「褒めてない」


 意外に根にもっていたらしい。

 目を泳がせたヴァンに、魔導宰相はふうと息をついた。


「魔導宰相としての真意は、魔術に依らない国の維持」

「魔術に、よらない……?」

「魔術に頼りきって国を動かそうとするから、魔術が維持できないときにくだらぬ輩が幅をきかせるのです。今すぐ魔術なしとは行きませんが、少しずつ変えていくつもりです」


 ヴァンは身が引き締まる思いがした。

 魔力なしが多い陸衛隊は今後、思っていたよりもずっと重い役目を負うのではないだろうか。そして、それゆえの予算ということか。


「陸衛隊にはあえて伝えませんでした。変にうぬぼれてもらっても困る。今までどおりの働きを期待しています」

「魔導宰相閣下の仰せのとおりに」


 ヴァンはかしこまって姿勢をただし、あらためて魔導宰相を見下ろした。


 まったく気にくわない。

 こいつのことは、まったく気にくわないのだが、しかし、どうにも嫌いにはなれなかった。


 こいつは、言葉も態度も酷い。

 近衛隊も空衛隊も似たようなものではあるが、奴らは陸衛隊に対してだけ対応が酷いのに対して、この宰相は万人に対して平等に酷い。

 だが、なんだかんだヴァンとヴァンの部下たちの力を認めてくれている、のだと思う。たぶん。


 そういうところがあるから、こいつを嫌いきれない。それさえも気にくわないが。


「総監殿には言うまでもないでしょうが、魔導宰相の真意は他言無用です」


 ヴァンは無言で頷いた。そして、そこで何かが気になった。


 魔導宰相の真意は。


 では他の人、たとえば国王陛下の真意はまた別ということなのか?

 万一、国王陛下と、この宰相の意図するところが違ったら。


 危なかった。確認せずに踊らされてはたまらない。


「このことは、陛下は」

「陛下もご存知です。確認していただいてかまいませんよ」


 そうだった。


 騒乱のさなか、当時は王子だった国王陛下と当時は側近だったこの宰相は、二人で、よく敵も味方も陥れていた。


 考えすぎだったらしい。

 ヴァンはほっとして、ついポロッと言葉を継いでしまった。


「じゃあ、他の思惑は絡んでないんだな」


 正面から目が合う。魔導宰相が言った。


「もちろん、絡んでますよ」

「……」


 あぁそうだ、こいつはこういうやつだった。謀略が好物なのだ。一手でいくつもの成果を狙う腹黒だ。


 この魔導宰相はいったい何を狙っているのか。

 今回の予算で不満分子のあぶりだしでもする気か?

 騒乱の中で、危険の芽はすべて摘んだと思っていた。しかし、まだ何か企みが必要な状況だっただろうか。


 ヴァンは、これまで目こぼししてきた小悪党どもを脳裏で数え上げた。

 大問題を起こしそうな奴はいなかったはずだが……


 思考にとらわれているうちに、あごがくいと引き寄せられる。

 気がついたときには、唇に柔らかい何かがあった。


 魔導宰相の唇が、ヴァンの唇に触れている。




 ヴァンが我にかえったときには、もう宰相の顔は離れていた。

 何も言えないでいるヴァンに、宰相はさらりと言った。


「私の真意」


 真意?


 他の思惑が絡んでいる……って、この、口づけが、他の思惑?


 ヴァンは意味を考えて、まとまらないまま、とりとめなく思いつきを声にした。


「おまえは、宰相府に権力を集めたくないんだったな。おまえ、自分が魔導師として力を落としたいからって、誰彼かまわずこんな……」

「鈍いですね」


 魔導宰相の声は冷たかった。


「そういう、副次的な効果も狙っていないとは言いませんが、ヴァン、私はあなたと交わりたいのです」

「ま、……」


 王国魔導師の頂点にして、宰相職に邁進する彼女から、率直に告げられたヴァンは固まった。

 表情を和らげた魔導宰相は、大切そうに言葉を続けた。


「ヴァン、好きですよ」


 ……好き?


 言葉が染みてくるのと同時に、ヴァンの頭はゆっくりと動き始めた。


 こいつのことは、まったく気にくわない。気にくわないが、嫌いではない。……じつのところ、ヴァンはこの女に惹かれていた。


 誰に対しても差別せず態度が変わらないところも、仕事熱心なところも、そのキラッキラした容姿も好きだった。その男装の麗人ぶりに、己よりよほど女たちにモテているのを見ると、複雑な気分にはなったが。


 言われた言葉を反芻して声もないヴァンに、魔導宰相は何を思ったのか、言ってのけた。


「ヴァンの気持ちは、気が向いたときにでも教えてください」


 あっさりしたものである。


「もし、どうしてもその気になれないとか、他の女性が気になるのであれば、【魅了術】をかけてさしあげますから、大丈夫ですよ」

「この、鬼畜め……」


 低くうめいたヴァンに、キラッキラした笑顔がまぶしい。


「心外ですね。それだけ、私はあなたが好きということですよ」


 魔導宰相の顔が近づいてきて、ヴァンはその意図を正確に察知した。

 二度も同じ手を食うものかと、ヴァンのほうから口づけてやると、宰相はさらに上をいった。


 舌を差し入れられて、唾液を舐めとられた。


「……おい」

「これで私の魔力は濁ってしまいました。もう回りくどい小細工も不要ですね。遠慮なく最後まで……」

「おい!」


【外科医の息子】を一度やりたかったんです。腹黒で鬼畜で眼鏡の宰相は男っぽい印象ですよね。

でも書いといてなんですが、そのまま男×男でも、いっそ女×女でも問題なかったかなーという……


お読みいただきありがとうございます。

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