ダチョウ並に大きい鳥になった令嬢
(はあ……なんてこった……)
今の自分の姿を鏡で何度も見て、その度に深い溜め息を吐き、二度と戻れなさそうな現実に絶望してしまう。人間が映るであろう鏡には、ダチョウ並の大きさを誇る白い鳥。……私である。
私はとある国の伯爵家に生まれた次女。名前はカサンドラ=エイル。十二歳。何が悲しくて人間から大きい鳥にならないといけないのか。鳥類に詳しくないから何の鳥かも分からないし。
コンコン、と扉がノックされた。どうぞーと声を掛けると扉が開いた。
入って来たのは、私の姉メーネ。十四歳。母上譲りの蜜柑色の瞳がキラキラしているのは何故。
「おはよう。カーサ」
「おはようございます、姉上」
「もうっ、何時になったらカーサは私をお姉ちゃんと呼んでくれるの?」
「姉上。私達は貴族です。庶民のように馴れ馴れしく呼ぶのは出来ません」
「家の中でくらいいいのに……」
姉上はぷうっと頬を膨らませた。美人は何をやっても美人だ。姉上のお姉ちゃん呼びを希望するのは昔からで、普通教育に厳しい筈の両親までお姉ちゃんと呼んであげてと姉の味方。更に言えば、二人も母上父上よりもお母さんお父さん呼びが良いのだとか。飽くまで家の中限定で。
姉上は私の羽を優しく撫でる。くすぐったい。
「戻らないわね」
「ですね……。時間が経てば戻るかと期待していたのですが」
「爺やによれば、カーサは誰かに呪いをかけられて鳥になってしまったみたい」
「呪い……ですか」
心当たりが全くない。私何した?最近した悪い事と言えば、厨房にあったクッキーを二枚盗み食いしたくらいだけど。
体はこんなんでも、言葉が喋れるのが救いだ。でなければ、私が私だと証明出来なかった。
「ふふ……柔らかくて触り心地が良くてふわふわしてる」
「お気に召して頂けたなら嬉しいです」
「ねえ、乗っても大丈夫かしら?」
「姉上ならいいですよ」
「ありがとう!」
椅子を使って恐る恐る私に跨がった姉上。「動いてもいいですか?」と声を掛けたらOKの返事が。ゆっくりゆっくり室内を移動すると姉上は感嘆の声を漏らした。
「夢みたい……!鳥に跨がれるなんて……!」
「お気に召して頂けたのなら嬉しいです。鳥になって良い事もあるんですね」
「でも、やっぱり、ずっとは寂しいわ。元のカーサに戻る方法を探さないと」
「あるんでしょうか?」
「分からないわ」
困ったと頬に手を当てる姉上。私も困ったと「くえっ」と声を出した。鳥の鳴き真似が上手になってきたの。
「メーネ様。カサンドラ様。食事の準備が出来ましたので旦那様と奥様がお呼びです」
「分かったわ」
「はーい」
私達姉妹を呼びに来た侍女にお礼を言い、本当は降りないといけないのだが姉上は乗ったままがいいと仰有るのでそのまま両親のいる食堂へ向かった。侍女が私の姿を見て驚かなくなるのに一週間も掛からなかったな。
中へ入る目前で私から降りた姉上の後ろに続いて私も食堂へ入った。私達に気付いた両親に姉上は貴族令嬢らしく礼儀正しく、優雅にポーズを取る。鳥になった私も出来るだけ人間だった時のようにポーズを取るも、体が大きいように羽も大きいので広げたら両親の顔が吃驚した表情になったので慌てて閉めた。
普段の定位置に座った姉上、座れないのでテーブルの横に立つ私。
家族三人と大きくて白い鳥が一羽。奇妙な食事風景を赤の他人が目にしたら驚くだろうが、適応力が高いのか、もう誰も奇妙とは思わなくなった。
「カーサ。今日も体に異常はないか?」
「はい。父上。鳥になっている以外何も」
「そうか。カーサが鳥になってもう一ヶ月が経つな。最初は、人間が鳥に、ましてや、娘のカーサが鳥になったなどと誰が信じるものか!と疑ったが……中身も、声も、カーサなのだよなあ……」
「あらあら。旦那様ったら、元気を出してください。まだ、カーサが元に戻れないとは決まってないのですよ?」
遠い目をする父上を励ます母上。父上の不安は仕方ない。私が父上でもそうなる。
一ヶ月前、朝目を覚ますと私の体は今の体になっていた。ダチョウ並の大きさを誇る体、アヒルとニワトリを足して割ったような顔、白くて姉上や両親曰くふわふわな羽毛。驚愕のあまり悲鳴を上げた私の部屋に姉上や両親、更には屋敷に仕える使用人が一同に押し寄せた。そして、押し込んだ部屋にでかい鳥がいて、私がいない事に……最初は鳥に私が食べられたと勘違いされた。誰だってそうか。で、口を開くと人間の言葉、しかも私の声で話せるので一生懸命説明して私だと納得してもらった。
数日もすれば、誰も違和感なく普段と何ら変わらない様子で私と接するのだから、この家に生まれて良かったと心底安堵した。
皆が普通に食事をする横で漸く慣れてきた鳥の食事方法でご飯を食べる。今日の私のメニューは、リンゴ、ニンジン、レタス、キャベツ、焼いた鶏肉である。リンゴや野菜は丸ごと。鳥になったので人間と同じ食事は駄目だろうと判断された為。焼いた鶏肉も味付けはない。鳥が鶏肉を食べるの可笑しいとか思わないでください。
最後に桶に入れられたお水を沢山飲んで私の朝食も終了。姉上も終わったらしく、椅子から降りて私の体を撫でた。
「そうだわ!お母様、お父様!お二人もカーサの背に乗ってみて!とても、乗り心地がいいのよ!」
「まあ!カーサの背に乗っていいの?良いのなら、是非乗ってみたいわ!」
「う、うむ。だが、私は遠慮しておくよ」
「何故です?」
はて?と首を傾げると父上は伸びた顎髭を撫でながら、自分は重いからと告げた。
「メーネやキャンディは軽いからいいが、大の男である私が乗ったらカーサが潰れてしまう」
「大丈夫ですよ、父上。この体結構頑丈ですし、父上を乗せてもびくともしませんよ」
「ほ、本当か?」
「はい!」
「そ、そうか」
あ、父上嬉しそう。乗りたかったんだね。一人乗れないのも家族としては嫌だよね。
場所を食堂から庭へ場所を移した。最初は、母上から乗せた。
姉上の時と同じようにゆっくり歩く。
「大丈夫ですか?母上。揺れたりしていませんか」
「平気よ。馬車に乗るより、カーサに乗る方がとても快適だわ。毛もふわふわもこもこしてて触り心地も最高」
「ありがとうございます」
数分経って次は父上を乗せた。父上にも、ゆっくりと歩く。
「どうですか?父上」
「うむ。とてもいい乗り心地だ。お前こそ体は平気か?つらくなったらすぐに言いなさい」
「大丈夫ですよ。へっちゃらです」
実際、父上一人くらいならなんてことない。庭を一周して、最後にまた姉上を乗せた。
同じく庭を一周して屋敷の中に戻った。この後、両親は仕事を、姉上は家庭教師と勉強を、私は部屋に待機。外の人にこの姿を見られるのはまずいからね。
私と一緒に部屋に戻った侍女ーベリルに話し掛けた。
「ああ、楽しかった」
「皆様、とても楽しそうでしたね」
「うん。鳥になっていいこともあるもんだわ」
「ですが、やはり元の姿に戻る方法を探さなければ……」
「だよねえ……」
本音を言おう。
ぶっちゃけ――ずっと鳥のままでもいい。
面倒な勉強をしなくてすむから。鳥だから、基本ご飯食べた後は自由行動である。行っていい場所は制限されるが。
誰が、何の目的で私を鳥にしたのかは後回し。
今は、鳥生活を満喫しようではないか。
本心をベリルに言えば、綺麗な顔を歪めてしまうので敢えて言わないけど。
「姉上が言っていたのだけれど、爺やがこれは呪いだと仰有っていたみたい」
「呪い……誰がお嬢様を……」
「人に恨まれるような事した覚えがないよ。もしかしたら、知らない内に誰かの恨みを買ってたのかも」
くえぇ~と鳴き声と一緒に溜め息を吐くと「お嬢様が鳥になりきってる……」と唖然とされた。
鳥だからね。
「しかし、困りましたね。このままですと、お嬢様の婚約者であるグラート様とお会い出来ません」
「ああ、それならいいよ」
「いい、とは?」
「だって、あの方が真に好きなのは私ではなく、フロメーノ様だもの」
「フロメーノ様?確か、最近グランブル男爵が引き取ったという少女、ですか?」
「ええ」
驚いた顔をするベリル。グラート様は、ヘルメルム公爵家の次男で私と同い年。会った時から性格が合わないとは思っていたが、まさか、ヘルメルム公爵家と懇意にあるグランブル男爵家に引き取られたばかりのフロメーノ様に一目惚れするとは思ってみなかった。
「お嬢様は何時お知りに……?」
「ん?ああ、グラート様の十二歳のお誕生日パーティーにお呼ばれした時にね。良いじゃない。元からこの婚約嫌だったし、伯爵家からじゃ公爵家との婚約は破棄できないもの」
「でも……」
「いいのいいの。こんな鳥になってしまっては、もうどうしようもないわ」
寧ろ好都合だ。実は、父上にはグラート様との婚約を白紙に戻して欲しいとお願い済み。何時人間に戻るかも、永遠に鳥のままかもしれない不安定な状態なので、先方と上手く話をつけてくれるよう頼んだ。流石の父上も、次男と言え、公爵家の令息とこのまま婚約状態を続けるのは無理だと判断して下さり、今色々と動いている最中。
「ベリルも私の体撫でてみる?」
「い、いいのですか?」
「どうぞどうぞ」
「では、お言葉に甘えて」
慎重に体を撫でてくるベリルの手が擽ったい。触り心地は抜群なので「ふわふわ……」と嬉しそうなベリルの姿が見れて私も嬉しい。
早く父上から、グラート様との婚約を無しにしたという話が聞けないかしら。
――そんな事を願って日々を過ごしていた私ですが、遂に父上から私とグラート様との婚約が破棄になったと教えられた。
「やったー!」
羽を広げて執務室を走り回ると「落ち着きなさい!」と怒られた。ごめんなさい。羽が床に沢山落ちてるのを見てさらにごめんなさい。
良かった良かった。数度、父上と言葉を交わした私は「くえ♪くえ♪」とルンルンで私室へ戻ろうとしたが……玄関から騒がしい声が。
何だ何だと様子をこっそりと窺ったら――なんと、めでたく私と婚約が解消となったグラート様がいるではないですか。何故に。
「カサンドラを出せ!婚約解消とはどういう事だ!」
「ですから、カサンドラお嬢様は今屋敷にはいません」
「なら何処にいる」
「カサンドラお嬢様は、今遠縁のエヴァン子爵の所へ行っております。今朝出発されました」
「何!?」
行ってないよ。いるよ。
執事に私の居場所を聞き出すと「くそ!絶対に問い詰めて白状させてやるっ!」と綺麗な顔を歪めて屋敷を出て行かれた。何?私に罵声の一言でも浴びせようとしたの?鳥で良かった。
にしても、何を怒る必要があるのか。婚約を破棄されて困るのは主に令嬢だ。一度婚約を破棄された令嬢は、傷物となり、その後の縁談が中々決まらないのが貴族の常。次男とは言え、公爵家のグラート様には影響がない。それ所か、大好きなフロメーノ男爵令嬢とさっさと婚約関係を結んだらいいのに。
「まあ、私には関係ないか」
今の私は鳥。謎の、でかくて白くて羽毛がふわふわもこもこしてる鳥である。
「家庭教師との勉強が終わったら、また背中に乗せてって姉上にお願いされてるんだっけ」
姉上が終わって呼びに来るまで私室で待機しようと私は私室への道を歩いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
転生要素も乙女ゲーム要素もない話を考えていたらこんな話になりました。