1.2
おれは半月型のタワーホテル『ジャグラーズ・ネスト』の地下二階に連れて行かれた。カジノバー『ダウンウォッシュ』。いまどき店名を印刺した紙マッチを置いてる珍しい店だ。
街は同じくエクス・マイアミで、ブラッドリーの指示に従い裏路地をふらふら歩けばたどり着く、照明と経営者の経歴と客層が薄暗い店だ。
ただし、おれがいるってことは強烈な賭場であり、ブラッドリーが紹介したからには保安官に黙認されてて、経営者は敵対してるか、それに準ずる。
ブラッドリーがカモると決めたそいつらは、『キングス』って名乗っていた。ホテルとカジノバーの経営者で、いま怒り心頭になってもいる。
なぜなら、おれはそのとき、鉄火場にしばらく立った後だったからだ。
おれがクラップステーブルにつけば、たいていはそうなる。
なんでそうなるのか不思議だろ?
あの女もそんな目をしてこっちを見てた。バーのカウンターで、肩と背中がガバっと開いた真っ赤なドレスの美女だ。
場が温まりすぎると危険だ。だから、おれは女の隣に座ってこう言った。
「すごいだろ? おれには特別な神様がついでんだよ」
なんでおれがクラップスを得意とするか。
その答えが、確率の神様だ。名前はヤコブ・ベルヌーイ。ヨハネの兄貴と同じ名前だけあって、やんごとなきご加護を与えてくれる。
なんと、おれは、人の三倍ほど狙った目を出しやすくできているんだよ。
分かりにくいか?
たとえば普通の奴がコインを弾いたとして、表が出るかどうかは五分五分だ。つまり五十パーセントだが、おれが弾くとそうはならない。人の三倍だから、五十パーセントを三回分さ。しょぼいと思わたら心外だから、先に言おうじゃないか。
こいつは、まさに、天才だ。
クラップスでは六面ダイスをふたつ使う。最初に投げたとき、出目の合計が七か十一だったら投げ手の勝利だ。
もう分かったか?
出目のパターンは全部で六×六の三六通り。第一投で勝利する出目は一と六、二と五……六と一までの六通りに、五と六、六と五を加えた八通り。確率で言えば約二二パーセントになる。これが普通の奴がサイコロを振った場合。
しかし、おれが振れば別だ。二二パーセントが三回分。累積確率の話は省かせてもらって結論を言おう。おれは約五二パーセント、つまり常人の二倍以上勝てるのさ。
まだショボイと思うなら、それはクラップスの本質を知らないからだ。
クラップスの第一投で負ける出目は、合計が二、三、十二になるときだ。つまり一のぞろ目、六のぞろ目、一と二の組み合わせと、四通りしかない。
勝つか負けるか以外の出目ならポイントといって、客――つまり、おれがもう一度サイコロを振る。そして出目の合計が四、五、六、八、九、十なら勝ちとなり、七を出したら負けになるんだ。勝利の確率が跳ねあがったのが分かるだろ。二回振れば六回分、三回振れば九回分、おれの勝ちの目は百パーセント未満で限りなく増加していく。
こっからが大事だ。
クラップスの面白いところは、ポイントナンバーが出てシリーズが始まったときだ。
シリーズが始まると、見ている客も勝負が決するまでの出目に賭けられるのさ。もちろん賭けた目の配当金は期待値に従う。簡単にいえば、出やすい目なら一.二倍の払い戻しがついて、出にくい目なら二倍つく、みたいにな。
たとえば第一投で四を出す。出目の期待値は一個につき三.五、ふたつ合わせて七になる。だからディーラーが勝利するのは七なんだ。出やすいからな。
言い換えれば、七を基準に出現率は下がり、倍率は反比例する。四の出現率は三六分の三で、倍率は二倍、なんて具合だ。
ところが、おれが振った場合は?
ベルヌーイ試行で八.三パーセントを三回分だ。
確率が違うだけだから、もちろん、毎回勝てるわけじゃない。けれど勝負を繰り返す程に、ディーラーの設定している『公平な率』を上回っていくってわけだ。
しかもクラップスは他のギャンブルと違って、客同士じゃなく客とディーラーで勝負する。おれも客たちもディーラー側の負けに金を張る。
あとは簡単な話だ。
おれはブラッドリーと賭場に行き、サイコロを振ってりゃいい。当然、奴はおれの勝ちに賭ける。賭け続ける限り金が増え、おれの借金は減っていく。ついでに人の三倍勝てるといっても確率で負けることもあるから、イカサマを疑われる心配もいらないってわけだ。
ディーラーたちの胃が痛み始める頃には夜が明け、暗雲も晴れる。
そうやって、おれは街中の賭場で荒稼ぎをしてきたし、ブタに牛革の椅子を買えるくらいの金を稼がせてやった。すごいだろ?
おれには二項分布の神様、ベルヌーイがついてんだ。
……と、まぁ、おれはそんな話を、美女にしたんだ。