2018年9月12日②
病院に着いたのは午後4時位だったと記憶している。
大学の名前が頭に着いた病院で、彼女の家に行く時に使う駅の一つ前の駅にある病院だった。
ただ、最寄りの駅といっても、駅から歩くのは難しいらしく、行くにはバスかタクシーになるみたいで、バスは良く分からなかったので、タクシーで向かいワンメーターちょっとの金額を支払った。
病院に着くと、既に彼女の母親が正面入り口のところまで出迎えに来てくれており、彼女の母親はボクに気が付くと、優しく、寂しそうな笑顔で□□君? とボクの名前を口にしたのだ。
そこで、互いに簡単な自己紹介をしたのだが、名前を言っただけなのに、ボクの背中からはグッショリと汗が滲んでいた。
かなり大きな病院で、科毎に病棟が異なり、まるで迷路のような道程をボクは彼女の母親と、多少の気まずさを感じながら、彼女のいる病室へと向かう。
その道中、彼女の母親は、「○○(彼女の名前)から貴方のことは良く聞いているわ。あの子、貴方のことばかり私に話すのよ」とか「大学の授業があるのにごめんなさいね」などの言葉を、やはり哀しそうな笑顔でボクに語りかけてきたのだ。
そんな言葉にボクはどう返事をすれば良いのか分からず、ボクは頷く事しか出来なかった。
なんとも表現のしようもない空気感の会話に、ボクが耐えられなくなるギリギリのところで、漸く彼女の病室へとたどり着いた。
良く覚えていないのだが、彼女のいた病室はICU的な(横文字だったけど、ICUではなかった)明らかに緊急を要する人が入るべき病室だった。
彼女の身体中に無数の管が取り付けられており、口許には酸素を送るためのマスクが着けれ、彼女の枕元には、ドラマでしか見たことがない機械があり、ピコン、ピコンと一定のリズムを刻んでいる。
彼女の病室には、彼女の父親が憔悴しきった表情で、彼女の顔を覗き込むようにして座っていた。
ボクと彼女の母親が病室に入ると、彼女父親はゆっくりと顔をあげる。
「あなた□□君よ」と彼女の母親がボクの紹介をすると、彼女の父親は「学生をこんな時間に呼び出して申し訳ない」と微笑みながら几帳面にボクに頭を下げた。
ここでも、ボクは背中をびっしょりにしながら自己紹介をした。そして、彼女の父親から昨日の事、2018年9月10日の事を聞いたのだ。
彼女の父親が口にした内容をかいつまむと、
昨日、仕事現場が自宅の近くで、天気も悪かったので何時もよりだいぶ早い時間に帰宅した。
妻(彼女の母親)も働いており、自分(彼女の父親)が帰宅した時間では、家には自分と娘(彼女)だけのはずなのに、玄関を開けたときドスンと物凄い音がした。
娘に声を掛けても返事がなく、不信に思って娘の部屋を開けると、カーテンレールが外れており、そこから伸びたビニール紐が床に倒れている娘の首に結びつけられていた。
必死の応急措置と救急車が迅速に来てくれたお陰で、一命はとりとめたが、見ての通り意識が戻らない。
娘は自分の意思で首を吊ったのだろうけれど、遺書もなく、自分も妻も何で娘がこんなことをしたのか皆目見当がつかない。
もし君が何か知っていたり、心当たりがあるのなら、どんな些細なことでも良いから教えてほしいとのこと。
……この時のボクは、心当たりどころか、彼女が首を吊ったっていう事実を受け止めるだけで、全ての脳のメモリーを使いきってフリーズしていた。
そんなボクを見てか、彼女の母親が「今じゃなくても良いから、何か思い出したら教えてね」とフォローしてくれた。
そしてボクは、首に青いアザを作った彼女の顔を見て、彼女の両親と当たり障りのない会話をしたのち、一人病院を後にしたのだ。
帰りはバスを使ったのだが、そのバスを待つ間から、日付が12日になり、日が登り、そして日が沈むまで、ボクはネットで、首吊り、後遺症、回復の確率など、思い付く限りの言葉をパソコンで検索をして、2018年9月12日という日を過ごした。