2017年10月13日
2017年10月13日 金曜日 雨
文芸部の部室から今年の部誌を借りてきた。
こんなことなら、あの時素直に貰っておけば良かった。
まあ、良くも悪くも折角の記念なのだろう。
それにしても、やっぱり改めて読んでも暗い・・・・・・
これが鏡だとしたら何を映しているのだろう?
自分にはとても対話や読み取りなんてできない。
・・・・・・どうしたものか。彼氏なんだから気の利いたことの一つでもしてあげられたら良いのに何も思い浮かばない。
・・・・・・
以上、217年10月13日の日記より(一部抜粋)
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この日のボクは、前日の彼女の言葉が気になって仕方がなかった。
『作品って作者の事を映す鑑だから』
彼女は間違いなくこう言った。
正直ボクにはいまいちピンと来ない。恐らくは文章に作者の人柄がでるという意味なのだろう。
そうしたら、ボクが部誌用に書いた文章も?
・・・・・・思い出しただけでも目眩がする。
誰か偉い人が焚書でもしてくれないだとうか。
・・・・・・あの禁断の書を自分の家に持ち帰りたくないから、ボクは部誌を貰わなかった。
本当は文章を書いた人には、無料で配布するそうなのだが、丁重にお断りをしたのだ。
もう二度と、目にするはずのなかった部誌をボクは家へと持ち帰った。
そう。全ては彼女の書いた文章をもう一度読むため。
もちろん、部誌が完成した時に彼女の作品に目を通してはいた。
彼女の作品の作品以外にも、A子や他の部員の作品。他の部活の実績報告やら勧誘の文章。顧問や国語の担当教師、はては教頭が寄せた面白味なんて一切ない文章。
全てを読んではいた。
読んではいたけど、この時は自分の書いた文章が有るという気恥ずかしさが勝っていて、正直他人の作品処ではなかったのだ。
だから、彼女の作品についてもボンヤリとしか覚えていなかった。
その薄っすらとした記憶を辿ると、彼女の作品は暗かった。
只々、暗いイメージの作品。
たしか、最初に読んだ時に『なんでこの作品?』と思った記憶がある。
もともと彼女はどのジャンルも書くというのは知っていた。
それは、ミステリーのトリックについて意見を求められたり、雑誌のコンクールに応募するからと童話を読まされたりもしたことがあるからだ。
なんでも書けるからこそ、何故部誌の作品でこんなにも暗い作品を書いたのだろう? と疑問に思った。
彼女のストックの中でさえ、もっと相応しい作品があるのではないか? とボクは感じていた。
なのに彼女は、部誌のためにその作品を書き下ろした。
前日の彼女の言葉が正しいのなら、あの作品は彼女を何を写し出していたのだろう?
ふと過った疑問が頭から離れない。
学校でいつもと変わらない、あの素敵な彼女の笑顔を見ても、その笑顔の奥に何か有るのではと、ボクの心中は穏やかでなかった。
ほんとはこの時、しっかりと彼女に作品の意図なり、何か不安が有るのか? 何て事を聞けば良かったと思う。
ただ、この時のボクはそれが出来なかった。
部誌に書いた作品について、彼氏が勝手に妄想して、勝手に相談に乗ろうとする。
もし逆の立場で、作品に何の意図もなく彼女から説明を求められたら、それはちょっとしたホラーだ。
何の意図もないから、返答しようがない。
だから彼女と話すのは、一旦彼女の作品を読み直してから。
そうやって自分で自分に言い訳をしながら、ボクは部誌を開いた。
部誌に載っていた彼女の作品は、
端的に言えば、ある農村に住んでいる貧乏な一家の物語。
真面目で働き者の父と、病弱な母、主人公の少女と幼い弟。
この家族はとても貧乏で、毎日の食事すらもままならない。しかも病弱な母親のために毎月高価な薬を買わないといけない。
農作業は父親と少女がやって、母親は弟の世話と家事。病弱な母親も無理してでも働かなくては一家の生活が出来ない。
一家の周りには広大な土地が有るけれど、荒れていて作物が育つのは開墾してあるごく一部。
そのごく一部の畑で農業をしている。
採れた野菜を町で売って、生活費や母親の薬代にするのだが、当然に作物は種を植えてから収穫出来るまでには時間が掛かる。
その為、父親は植え付けから収穫までの期間は木こりとして仕事をする。
木を切って売ればすぐに収入になるから。
しかし、木を切ると家の周りは更に荒れ地となっていく。
木を切れば金になるが、このまま土地が荒れれば将来生活が出来なくなる。
その事に気が付いた父親は娘や息子の為を想い、なるべく家から離れた場所の木を切るようになる。
家から遠く、遠く離れたところの木を切り、必死になって切った木を引きずってくる。
そうすると、必然的に農業に割ける時間も減ってくる。
だから収穫までの畑の維持は少女に任せることにした。
父親は娘に、「しっかりと野菜が大きくなるまで収穫してはいけない。大変だけど、除草や防虫に勤めなさい」と口酸っぱく伝えた。
娘も言いつけを守って農作業をしていたが、草は毟っても毟っても生えてくるし、羽の這えた虫や全身毛だらけの虫など、触るどころか見るのすら嫌になる虫たちがいくら捕殺しても野菜に集まってくる。
それでも娘は大きく育った野菜を売った沢山お金を稼いで、今よりも良い薬を買って母親の体が良くなることを願って、毎日朝から晩まで、全身泥だらけになりながらも農作業を続ける。
そのまま季節が過ぎ、収穫までもう少しというところで、突然娘は高熱を出して倒れてしまう。
体を酷使し続けたことによる疲労だった。
幸いにも熱は二日で下がり、三日目には娘の体調は畑に出れるまで回復していた。
病み上がりの体で、畑に着いた娘の目に写ったのは、野菜と同じ背丈にまで育った青々とした草と食害された野菜だった。
丸々と大きく育った野菜にはいくつもの小さい穴が開いており、そこから緑色の虫が美味しそうに野菜を食べていたのだ。
しかも、実だけではなく、これから育っていく新芽にも、無数の茶色い虫がたかっていてあちこち食い散らかした痕がくっきりと残っていた。
父親や母親は収穫期間は始まったばかりで、今しっかり対策をすれば大丈夫と娘を励ましたが、娘のなかでボッキリと何かが折れてしまった。
家族の助けもあり、どうにか畑は持ち直したが、娘に以前のような姿はなかった。
少しずつだけど、着実に草丈は高くなり、野菜の葉の裏には小さな虫の卵がびっしりとくっつくようになっていた。
父親は娘を励ますようにと檄を入れるが、娘は不貞腐れた態度のままであった。
そして物語は虫食いの野菜が食卓に並び、家族が無言でそれを食べるシーンで終わる。
・・・・・・ある貧乏な娘の失敗談?
やっぱり、何度読んでも何を伝えたいのかボクには分からなかった。
もっとも、ボクに意味が分かればもう少しマシな要約が出来たかも知れない。
これを彼女に置き換えると?
受験? だけど・・・・・・彼女の成績はメチャクチャ良い。高校では彼女より上を探す方が大変だし、塾の全国模試ですら上から数えた方が早い。
彼女のお父さんはいかにもって感じのエリートサラリーマンでとても貧乏とは程遠いし、彼女のお母さんは普通に元気で、体が悪い何ていう話は、彼女から聞いたことがなかった。
それに、彼女は一人っ子だ。幼い弟は居ない。
だから、ハッキリいって、彼女の作品の家族と実際の彼女の家族とは相違点はない。
やはりボクの考えすぎか?
誰だよ、作品は作者を映す鏡とか言ったやつは。
この時、ボクは『きっと彼女の根暗なところでも映したんだな』と勝手に悩んで、勝手に解決してこの問題を頭の中のメモリーから消去したのだった。




