2018年9月11日
この物語の全てを、
自分で毒リンゴを食べた白雪姫に贈ります。
愚かで無力な小人より
2018年9月11日 火曜日
昨日、ボクの彼女が首を吊った。
彼女の部屋のカーテンレールにビニール紐を結びつけて。
一人っきりで、彼女は自身の人生を終わらせようとした。
何で?何で?何で?
頭の中で?マークが渦巻いている。
何で首を吊ったのか? 何が理由なのか? 何でボクに相談してくれなかったのか?
彼女に聞きたいことが一杯ある。
彼女が目を覚ましたら、山ほど聞いてやろうと思う。
以上、2018年9月11日の日記より抜粋
◇◆◇◆◇◆
これは彼女が首を吊った翌日のボクの日記。
あれから1ヶ月以上たって、あの時は分からなかったことも、今では分かってきたこともあるし、より分からなくなったこともある。
確かなのは9月10日に彼女が首を吊ったこと。
日記によると、10日は夕方まで雨が降っていて、ジメジメと蒸し暑かった日だ。
ボクはそんな不快な日に、一限目から難しくて良く分からない、経済学の授業を受けて、グッタリしていたらしい。
良く覚えていないが、10日の日記には雨への不満と経済学を教えている若い准教授への不満がビッシリと書かれていたので、きっとそうだったのだろう。
不快さと不満が溢れる9月10日が、彼女も嫌になったからなのかは分からないが、彼女はこの日、間違いなく彼女の人生における大きな選択をし、それを実行に移した。
近所の100均で買ったビニール紐を、あの素敵な部屋のカーテンレールに結びつけたのだ。
彼女の部屋にはボクも何回か行ったことがある。
白を基調にした部屋で、いつも綺麗に片付いていた。ボクが行くから片付けたのではなく、きっといつもきちんとしているのだろうと思わせるような部屋だった。
赤い参考書と古いノートパソコンが置かれた勉強机の並びに、大きめの白い木製の本棚が2つ。
その本棚にはどういう基準で選んでいるのか、ボクにはさっぱり理解できないラインナップの本がビッシリと収まっていた。
勉強机と本棚以外にはベットしかなく、ボクの中の常識として部屋に備わってなきゃならない、テレビやゲーム、マンガもない部屋だった。
男の部屋では当たり前にある物が無くて、初めて行った時は、女性の部屋ってこんな感じなんだ! と軽い衝撃が走ったことを良く覚えている。
綺麗で飾り気の無い部屋であったが、一つだけ異彩を放っていたのが、ベットの上で枕代わりになっていた、ボクにはとても太々しく思えた、大きなタヌキのヌイグルミ。
ヌイグルミと言っても、平べったくて、頑張れば枕にできなくも無いようなものだ。
それ以外には特に何もない・・・・・・ああ、良く分からないものが一つだけ。
部屋の入口の隣にあるウォークインクローゼット。結局、これだけは良く分からなかった。
というのも、近寄っただけで、彼女が少しピリッとした雰囲気を醸し出していたし、一度、何が入っているのか質問したところ、「面白い物は無いから、絶対に開けないでね」と、ボクが見たこともない、笑顔で優しく注意されたから、それ以来、ボクは近づくことさえ出来なかった。
とまあ、一部、彼女の言葉を借りるなら、勉強机と本棚が2つ、タヌキのヌイグルミが枕代わりのベット、そして特に面白い物が入っている訳ではないウォークインクローゼット、これが彼女の部屋の全てだ。
文字にするとシンプルだが、実際はとても気取りがない、素敵な部屋で、ボクは今でもこの部屋で彼女が首を吊ったのが信じられない。
何で?
何で首を吊ったの?
ボク一人では解決できないことを、彼女が目を覚ましたら力一杯に抱きしめた後聞こうと思う。
ただ、それをする前には、彼女の部屋について、色々と書いてしまったこの文章は絶対に消そう。
またウォークインクローゼットの時の様な笑顔がボクに向けられるかもしれないから。