口で音を聞くカエルの話
前回のディッキンソニアの話は、新しい道を模索したものの結局生き残ることのなかった生き物の話だったわけですけど、それじゃあちょっと寂しいなあというのもあって、今回は今でも生き残っている生き物の話を。
まあタイトルに書いてますが、口で音を聞くカエルの話です。
口で音を聞くカエルってもうこれだけでなんだそれって感じでちょっと面白い感はありますが、他のいろいろな情報と照らし合わせるともっと面白くなると思うのでそんなことを話していきます。
当たり前の話ですが、普通音は耳で聞きます。
で、人間含め哺乳類は、外から見て見える部分(ネコミミとかウサミミの部分)、耳の穴、鼓膜、耳小骨、うずまき管でできています。
細かいメカニズムを言うと、外から見える部分は周囲の音を集める働きをしていて、その音が耳の穴で増幅されて、鼓膜が震えて、耳小骨が鼓膜の振動をうずまきに伝えて、うずまきが振動を電気信号に変換して、神経を伝って電気信号が脳に届く、とこういう仕組みになっているわけです。
耳の穴で増幅されるっていうのは、鉄琴やら木琴の下についている管と同じ理屈です。管のサイズ、音の高さ、音の速さの条件が整うと管の中で反射した音同士が重なり合い、より大きな音となって外に出てくる、とまあざっくりいうとそんな感じです。楽器の場合は管の長さを変えて共鳴させる音の高さを調整できますが、耳の穴は長さを調整できませんから、だいたい3kHzあたりの音が一番大きく聞こえて、その周辺のわりかし広い範囲の音を聞くことができます。
哺乳類はこういったかなり高度な仕組みで音を聞いているわけですが、この耳の穴で行なっている音の増幅に関しては、管・筒状の機構さえあれば何も耳の穴でなくても構わないわけです。
ということで口で音を聞くカエル。耳の穴の代わりに口を音を増幅させる管として使う稀有な一族。一風変わっているように感じるけれど、その実ものすごく理にかなっているのです。めでたしめでたし。
となるところですが、この話にはもう少し続きがあります。それは、その口を増幅器として使う生き物がなぜ"カエル"だったのかということです。
事実カエルだったんだからなぜも何もないだろうと思うかもしれませんが、進化の流れをふまえるときっとなるほどと思っていただけるんじゃないかと思います。
ここで話は哺乳類の耳に戻ります。哺乳類は先ほど話したようなかなり高度な耳を持っていますが、こんなにも発達した耳を持つことができたのにはわけがあります。
っていうのはですね、前回も話しましたが人間含め哺乳類は、魚、両生類、爬虫類っていうふうに段階を踏みながら進化してきたわけです(実際には爬虫類ではない別の分類になりますが)。その中で耳も初めから複雑な仕組みを持っていたわけじゃなくて、進化とともにだんだん高度な構造になっていきました。
もともと音を聞く機能自体は魚にもありました。
でもそのころは振動を電気信号に変える部分しかなくて、外から振動を取り込む部分はまだありませんでした。
でも当時はそれでも普通に音が聞こえてたんです。
なぜなら周りは全部水だったから。
人間の体は7割が水、みたいな話をみなさん聞いたことあるんじゃないでしょうか。
乱暴な言い方ではありますが、人間に限らずほとんどの生き物はだいたい水です。
空気と水では音の伝わり方が違うので、違うものどうしの間では音が伝わりにくいのですが、魚はほぼ水、周りも水ってことで、振動を感じ取る部分さえあれば音が聞こえていたんです。イルカの音を発する部位が頭の中にあるのも同じ理由ですね。
しかし、やがて魚の中から陸上に進出する奴らが出てきます。
両生類となった彼らが陸に上がるとそれまで聞こえていた音を感じる器官がほとんど役に立たなくなりました。
どうにかして体の中にある振動の感知器まで音を届けないといけない。そうなったとき、彼らは体にもともと開いていたある穴を使うことにしました。口ではなく、別の穴です。
彼らにはちょうど陸に上がって不要になったエラがありましたから、別の用途に転用するのにもってこいだったのでしょう。複数あったえらのうち一番前方の1対は耳の原型となり、残りは進化の過程で退化しました。耳は昔はえらだったのです。
両生類の時代に起きた進化はそれだけじゃあません。唯一残ったえら穴の上には皮膚と同じ面に皮が張って鼓膜になりましたし、顎を支えていた骨の一部はその鼓膜と振動感知器を結ぶ耳小骨となりました。
それから、爬虫類になると鼓膜が少しずつ内側に凹んでいって、哺乳類になると穴と呼んでいいくらいの凹みになり、さらにその周りに音を集めるためのでっぱりができます。さらに哺乳類の時代には耳小骨に使われる骨が3つになり、てこの原理で振動の大きさを増幅するようになりました。
とまあこういったように、哺乳類に至るまで脊椎動物は音を聞く機構を進化させてきました。これは現代で最も優れた音を聞く機構と言ってもいいかもしれません。
しかし、哺乳類の耳へと連なる者たちとは別の分岐が耳の進化の歴史の中には存在しました。
両生類から進化した者たちが鼓膜を陥没させて音を増幅させられるようになっていく中、彼らは既に体に開いていたえらとは別の穴を音を取り入れるために利用しました。すでに別の用途で使っていた口を活用したのです。さらにそこを音を増幅させるための管として用いました。
すでに耳へ至る道を進みつつあった爬虫類や哺乳類ではなくまだ音を聞く可能性を模索していた両生類だったからこそ口で音を聞くという別の可能性に至ることができたのです。
というわけで、他の両生類が音を聞くための進化の歩みを止めつつある中新たな可能性を模索した、口で音を聞くカエルのお話でした。