5話 出立、手土産の準備
変身ベルト(?)の件はナインに任せることにし、ディティールや詳細な打合せを済ませた後、サキカワ工房の空き部屋に移動して、私は私で祖父と共に研究を開始していた。
ナインと会うより数日前から、ヒノワ様の領地に行ったら行ったで手土産の一つも必要だろう、といくつか上程すべき議案を作成し始めていたものが、ここ数日ナインとのやりとりで停滞していたので、出立前には段取りだけでもしておきたかった為だ。
1週間ほど前まではアグリア商会か祖父宅で研究・実験・検査を繰り返していたけど、祖父に頼んで全てサキカワ工房まで運んでほしいと既に依頼して移管してあり、それはゴーベルト様、サキカワ所長にも了承してもらっていて、下準備は済んでいた。
以前、ゴーベルト様に提供した舗装技術は現代で言えば水をかけたら固まる土、と言った所だ。
真砂土を選り分け、こちらの世界に存在する市販素材で固化材を化学的に合成し、現地で混ぜ合わせて敷設して水をかけておしまい、牛馬やゴムタイヤを履いた馬車の車輪の通行程度なら十分な舗装だろう。
水はけもいいし、伸縮用の打ち継ぎ目地だけ石等でジョイントを作る必要はあるだろうけど、凹凸の大きい石ばかり並べた舗装よりは簡単だし、凹凸も少ないし、傷んだらすぐ補修できるし、便利だろうから。
石油が存在しないそうなのでアスファルトがない、コンクリートで舗装するには工期的な問題と費用的な問題が大きい為、大通り等だけが石造りの舗装となっており、基本的に城壁に囲まれた都市内であっても舗装はなく、砂利だけが除けられた土敷のままだった。
コンクリート舗装や石造りの舗装と比較すれば、水をかけて固まる土というものは相当軽量かつ手間が少ない為、かなり低予算、超短工期で収まるし、数日の研修を終えた職長を据えれば特殊な技術が必要ないのも大きい。
材料さえ普及してしまえば、運送も楽だし全職人に施工知識や施工技術を周知して監督しなければならない舗装技術ではないので、人工の確保も容易だろう。
簡易舗装ではあるが、石のガタガタか土のドロドロかの二択よりは余程いい。
先日、ヒノワ様とゴーベルト様のお屋敷でお話した数日後、詳細にゴーベルト様にプレゼンしたけど、評価は『すこぶる優』だった。
高すぎると初期導入が難しいので初期は赤字になるが、徐々に利益がとれるようになるまでの初期設定単価と、量産を開始して生産システムが構築完了した後の普及単価を提示し、初期投資費用がどれくらいの発注量でペイできて、利益が出始めるのはいつくらいなのか、特別なスキルや知識がなくても施工可能であることによる職・仕事にあぶれる労働者を雇用することによって得られる生産力上昇とならず者になる者が減少することによる将来的な治安の改善、道路の通行環境を改善することによる通商の速度・故障等のリスク減少、その他諸々を説明したところ、即答で大規模な投資を確約していただいた。
きっと私達のいるこの領地のインフラ整備はもう少し改善することになるだろう。
取っ掛かりで規模の大きい物を提案してしまった感はあるが、ナインとの繋ぎを手に入れる為にもあれはあれでよかったとは思っている。
ヒノワ様の件は完全に予想外だったけど、ヒノワ様の元へ行くことについても色々便宜を図ってくれているので、手土産は大事だったな、と痛感した。
おそらくこちらの世界で一番お世話になることになる大本命であろうヒノワ様には、更にいい手土産をお渡しした方がよいだろう。
かと言って、現況、市販されている物をお渡ししても相手は貴族の中でもより上位にある戦貴族の直系の方で、手持ちの資金で入手可能な物で満足していただけるのかという疑問と、まずあまりお会いしたこともないので詳しい嗜好が分からないという意味でも、現況用意できる物では私個人も満足できない。
食材等は、既に百年以上前から根差している異世界転生者や異世界転移者の『来訪者』達が作りまくってしまい、私に思いつく物は粗方作られてしまっている。
というか、『来訪者』は日本、その他の地域を含む地球全域から人が集められているだけでなく、地球以外からの『来訪者』も結構いるらしく、見たことも聞いたこともない食材、機械や建材も多数存在しているという。
『来訪者』の方自体が今いる都市には少なく、関係性もあまりないので、ナインを含めても3人しか会ったことはないけれど、それは大多数の『来訪者』が首都で生活している場合が多く、あまり前線近くの領地にはいないせいだった(国王の配下に有能な人材を集めるという主旨が存在する為、田舎ではない領地でも領主は国王に『来訪者』を紹介、登用推薦を行うのが通例になっている)。
現在把握されているだけでも、現在生存している『来訪者』が300人以上は存在しているということなので、完全に周囲に溶け込んでいる野良の人や私のような公表を控えている者も含めると倍以上、ひょっとすると1000人くらいはいるかもしれない。
というこちらの世界の背景の経緯もあるので、こちらの世界では画期的な科学的なブレークスルー感のある物は、現況なかなか作れない。
それくらい思いつきそうな物で実現可能な物は作られているといっても過言ではない。
最近ナインが開発した粒子絶縁技術を用いない場合、まず施設の前提となる発電設備や弱電配線が造れず、化石燃料も存在しないので発電の為の蒸気機関も作れない、という状況だった為、まず工場自体が造れない状態であり、その技術の何世代も先の技術である精密な機械加工工業はまだ一切発達していないのだ。
そして粒子絶縁機能はナインから
「絶対に製作技術については公表してはいけない、これは『傾国の技術』に該当する。
サキカワ工房では、初代サキカワさんの意思に従う職人達で構成している工房だ。
そして僕もそこに所属している者であり、離れるつもりもない。」
と言われている為、公表することはできないので、関連技術をヒノワ様に提供することはできない。
『傾国の技術』とは、ナインがこちらの世界に転生する際に異世界の神様と契約した条件に該当する技術だ、とのこと。
戦争兵器になりうる物で一部、異世界の神様からレギュレーションの制限を受けている一定以上グレードの技術に関しては、公にしていないどころか、工房内の職人達同士ですら具体的な内容は説明せずに『存在する』という情報しか共有していないらしい。
サキカワ工房所属の職人達は、異世界の神様からそういう技術契約を持ち掛けられ、同意を交わした人達のみが所属している工房だそうで、サキカワさんはこの世界生まれの何世代目かであるが、物心つく頃には異世界の神様から呼び出しを受けて契約を交わしたらしい、とナインが言っていた。
私の開発する技術に関しては異世界の神様から何も聞いていないので、問題ないんだろうね、とはナインの言。
尚、『傾国の技術』は、製品の製作に使用して完成させた製作物は表に出してもいいが、製作技術についてはサキカワ工房から絶対に表沙汰にはできず、出た場合は異世界の神様から関連した者全ての一族郎党が全滅するレベルの罰が下るらしいので、技術を表に公開した場合、おそらくサキカワ工房ごと消えてなくなるとのこと。
『傾国の技術』でアイテムを製作していいのは、その技術の開発者だけであり、製作者はその技術を持って必ず完成品を作らなければならない、という呪いのような物も存在するらしいが、それは割愛。
そうなるとやはり、生前専門職として本業だった建築、資材関係がいいだろうか?
舗装資材はここ数週間、ゴーベルト様やアグリア商会の担当者と打合せしているところだけど、生産自体は量を作る前提としての素材の運搬、パッケージさえ賄えれば量産も安易なので、割に早い段階で単価を下げて生産できるだろうと聞いている。
私自身がゴーベルト様と交渉した結果、ヒノワ様の領地には、他と違い原価に近い安価で卸していただけそう(私から情報流出しないように自分達でやるよりは安いと思わせる意図と思われる)なので、舗装に関しては重車両の通行がない限りはいずれ充足するだろうし、その営業成果を以って手土産としても普通は問題ないだろうけど・・・ゴーベルト様と比較されたらどちらに心を配ったかと思われても癪なので、別途何かメインの手土産を用意した方がいいかもしれない。
領地運営でお金の掛かる最たる物と言えば領地転封の際に築かれる城壁だが、城壁関連の工事の研究をした方がいいだろうか?
「重機やトラックがないけど、舗装とか城壁や石造りの建物は重機を作ったら作業改善できないかな?
うーん・・・。」
「重機やトラックとはどんなものなんじゃ?」
「重機は表現が難しいけど、馬車の御者みたいな感じで、操縦する人がいればヒトが一人で出来る作業の何倍何十倍の仕事が可能な物、で分かるかな?
主に土木作業とか建築作業で使われる物なんだけど・・・。
トラックはたくさんの荷物を運ぶ鉄の馬車みたいなものだね。」
「わしにはちと想像のつかん技術のようじゃが、土木・建築を請け負っておる職人達は尋常ではない速度でプロとして仕事を進めておるから、よほど便利な物でなければ受け入れられないのではないかのう。
城壁に使われる石なんかは頑丈な鉄の台車のついた複数頭つないだ馬車で運んでおって現状問題なく建設されておるしの。」
重機の方向は無理そうだった。
言われてみれば、こちらの世界は、家ごとに水道管が樹脂管で引かれてる、なんてことはないけど、下水溝のような石造構造物が地下に計画的に埋設されており、上水道も清潔で、ちゃんと煉瓦とコンクリートのようなもので成形された管を通って、都市内であれば一定距離ごとに水くみが出来るようになっている。
重機なしでどうやって作っているのかは謎だけど、ひょっとすると戦闘のプロである戦貴族と同じような感じで、土木建築の化け物みたいなプロ的存在がいるのかもしれない。
「上下水道もしっかりしてるし、都市計画専門の『来訪者』がいたのかな?」
「地下の下水溝はすごいぞ、下水を流して居るのに全然汚水の臭いがせんし、全然汚れておらんからな。」
「お爺様も入ったことあるんだ?」
「専門職の建築技術はすごいぞ、一度見学してみるとよい。
わしは建物に関しては専門ではないからあくまで客観的な感想じゃが、わしらが日曜大工と呼んでいるような作業とは次元が違う仕事じゃよ。
城壁や地下下水溝、領主様の公邸や庁舎関係なんかも美しく、わしではどうなっとるのか分からんくらいにはすごい出来だ、とてもヒトが造っているとは思えないくらいの物じゃ。
ただ、舗装については、全然進捗しとらんようだったし、わしは他の全てが発展し終えてから順次整えられて完成するものとばかり思っておったからな、フミフェナ、お前の開発した舗装材は驚嘆の一言じゃよ。」
「ゴーベルト様のためにも、各都市の商人の為にも売れてくれるといいんだけどね・・・。」
ペラ、ペラと色々書いた資料をめくりながらあーでもない、こーでもない、と祖父と相談しながらいくつかの研究を進め、2か月ほどかけ、ヒノワ様の領地に持っていく移管事業と、こちらで完成させてゴーベルト様に提供する物を選り分けて、満足の行くものを選抜した。
どのみち、ベルトが完成するまでは効果的なレベリングは望めないのだから、時間のあるうちにやっておくが華だろうしね。
さて、後は、ヒノワ様の領地に行った後のレベリングの方向性を決めなければ。
まず、自分の適性はどうだろうか。
これについてはヒノワ様に見ていただくのが一番良いだろうとは思う。
それによって大幅に変動する可能性もあるから、今結論を急ぐのは拙速だろう。
どのようにレベリングするのが良いだろうか。
これは適正にも寄るだろうけど、本業の商人という仕事がある限りは、ガチ戦闘職の廃人達と差が開くようではいくらガチ戦闘職ではない商人だとは言ってもレベリング廃人の私の沽券に関わる。
何らかの方法で仕事をしながら絶えず粒子を入手する術は存在するだろうか。
外部に分身を作ることは可能だろうか?
いや、おそらく遠隔で自己判断のできるほどの分身は余程チート性能の能力でも持っていないと無理だろう。
自然に粒子が湧き出しているパワースポット的な場所は確保できるだろうか?
常時噴出している場所なんかはもう戦貴族とかレベリングに貪欲な人達が確保してそうだし、奇跡的に発見できる可能性もあるけど、ヒノワ様の領地にもあるとは限らないし、遠方や何もない場所に固定されるようではアテにはできない。
となると・・・。
毒や病気を魔獣やモンスターに付与して討伐した場合、粒子はどう動くのだろうか。
例えば、毒なんかは毒単体は化学物質であって生命がないから使用者、つまり暗殺者に粒子が吸収されることになるだろうけど、菌やウイルスを使った殺害方法だとどうなるのか、菌やウイルス自体に粒子が吸収されるのか、使役した者に粒子が吸収されるのか。
もし菌やウイルスを使役、操作して他者に干渉することで経験値の一部を手に入れることが出来ないか。
もし操作や使役が可能なら、他者の身体にいる菌等を操作して治療することも可能ではないか。
菌やウイルスも悪い物だけではなく、良い効果をもつ物も多数あるし、生ごみ等の処理も可能ではないか。
この方向も面白いかもしれない。
これはこれでやれることがたくさんありそうだ。
方針はこんなものだろうか、後はどうやってレベリングをするか、どれくらいの速度で成長するのか、どうやってスキルを選定して育成するのか、そういったことはこれから決めればいい。
ふふ、楽しみで仕方がない。




