1話 出立(レベリング)の準備
商会内でヴァーナント技師作の作品をいくつか、その他の商品やアーティファクトも見学させてもらった後、私とヒノワ様は応接間に戻り、今後の話について打ち合わせた。
ヒノワ様との話し合いの末、人身の売買ではないという旨の念書(貴族や戦貴族が一般人を自分付きの従者にするという口実で誘拐や従属強制をしないよう法律で決められており、定められた様式の念書を提出する必要がある)と、支度金のようなものを用意してもらえたので、それを両親に渡し、実家を離れることになった。
一般人が戦貴族直系の従者になる、と言えば、大半の人間はその実績を讃える。
功績次第では、一財を成すことも可能な仕事ではあり、戦貴族と言えばヒト、人類の防人であり、彼らの力となれる能力がある、ということは羨望の的でもあるから。
ただ、男性の戦貴族が嫁候補とするならともかく、女性の戦貴族が戦闘力のない、それも3歳ちょっとの女子を青田買いする、というのは稀を越した特異な例ではある。
始めはヒノワ様側から6歳になってから、という提案もあったけど、一刻も早くレベリングしたいという熱意を伝えて、出来るだけ早いうちから、なんなら明日からでも構わない、という話をしてヒノワ様と祖父母、叔母を困らせてしまったが、12歳くらいまでレベリングできないと絶望していた私にパワーレベリングまでしてくれるという希望を与えてしまえばこうなることはヒノワ様には分かっていたはずなんだけど・・・。
一応、スカウトした異世界転生した子供達を集めて教育する体となっている施設がアキナギ領の中、ヒノワ様が管理する領地に存在するらしいが、そちら側にも準備が必要だということと、出す側、つまりアグリア商会側としても出す前に私の教育に時間を貰いたいという話で、年明け(公転周期等も変わらないのか、前世とほぼ同じ暦がそのまま採用されている)、つまり4か月後から灰色の戦貴族にお世話になることになった。
その期間のうちに、私個人の礼儀作法の知識や必要な手続きや取引業務等を、アグリア商会で教育していただけることとなった。
現地研修としては、最前線の荷役、営業取引等に立ち会わせてくれる、という非常に価値のある研修を行ってくれるらしい。おかげで、ある程度こちらの世界での商売の流れなどを実際に体験させていただけることになった。
何から何まで有難いことだと思ったけれど、これもアグリア様なりの舗装技術供与への報酬だったのかもしれない。
いや、というよりアグリア商会にいるうちにアグリア商会の技術者に技術継承してから行け、ということでもあるのかもしれない、一応そういう旨の話も聞いているし。
親切な方ではあるけれど、無償で様々なノウハウを譲渡するなんて、中々できることではない。
一通りの話がついた後、祖父スヴェル、父レナルト、アグリア様も同席し、ことの顛末について説明することになった。
祖父は急な話で驚きはあっても、ヒノワ様の傘下で活躍の目があるのであれば栄転であり、私にとっても幸福なことではないか、と喜んでくれた。
父に至っては戦貴族の直系が今日いることも知らず、しかもその直系の娘が自分の3歳の娘を青田買いしにきていた、という完全に蚊帳の外からの話だが、話を聞いている最中から諦めの表情と、安堵の表情の入り混じった顔をしていた。
その様はまるで借り物のガラスの飾り物を返却したような、そんな表情だった。
分かるよ、お父様。貴方は何も悪くない。
「スヴェル老、レナルト殿、アグリア殿。
彼女の身については、今申し上げた通り、年明けから私が引き受けることになった。
支度金については、彼女が将来こちらの商会で勤めた際に得られたであろう、ペペントリア家とアグリア商会の利益を計上して十分な金額を用意するつもりだ。
まぁ、アグリア殿はこの子の土産話だけで相当な財を成せるだろうから、それで納得してもらいたいところだけれど。」
「フミフェナ嬢の教育についてはお任せ下さい、私は技術供与と資材の精製設備の提供を受けられるそうですので、win-winですから、対価をいただいた限りはばっちり仕上げて納品致しますよ。
レナルトが取引を担当しているヴァーナント技師についても、可能な限り口添えして紹介する予定にしておりますので、ご安心ください。
まぁ、商売は抜きにしても、フミフェナ嬢は将来が有望過ぎるだけに、非常に心苦しいのですが、確かに我が商会に埋もれさせるには勿体無い才かもしれません。
ヒノワ様の施政下で彼女の将来が幸せになることを祈るとします。」
「うん、まぁ、ご存知の通り、うちの領地で集めた子供達は皆、有能だ。
この娘なら私の期待にも応えてくれると思うし、私もこの娘も幸せになるはずだよ、『色々』な意味で。
『色々』あると思うけど、アグリア殿も息子さんの教育頑張るんだよ。」
「ははは、これは手厳しい。
しかし、ヒノワ様やフミフェナ嬢のような人間は多くない。
これは侮辱や差別ではありませんが、貴方がたは正直、いい意味でも悪い意味でも普通の人間ではない。
天才は、凡人の嫉妬でその才能を殺される場面も非常に多い。
今まで、そういう人間達や、そういう場面はたくさん見てきております。
息子は、凡人の域は超えないかもしれませんが、商会の跡継ぎとしてはそれくらいで良いでしょう、天才の苦労は私や息子には縁遠い物であることを祈りますよ。
息子に苦労をさせない為の教育と会社の組織化を私がしっかりやればよいだけの話ですから、私の代で更に洗練させ、息子、孫がこの商会を引き継いでくれる、それだけで私は満足です。」
「少し怪しいけど、褒めてくれたのかな?と思っておくことにするね。
まぁ、私が天才であることは否定しないよ、自分を過少評価するつもりはないから。
レナルト殿も、唐突に申し訳なかったね。
3歳の、こんなに賢くて、こんなに可愛い娘さんを預かることになったけれど、この子の命と健康、幸せは私が保証するので、業腹であったとしても呑んでいただきたい。」
「いえ、ヒノワ様。
私は父として、正直この子を持て余していたのは、確かです。
私の両親と、妹レアナ以外は、真摯にこの子の優れた能力に向き合えていなかった。
この子に寂しい思いをさせていたかもしれません。」
父は、別に私を愛してくれていなかったわけではない。
生まれてすぐは一番期待して愛してくれていたんじゃないか、と思うほどだ。
嫌悪の対象にされても仕方ないであろう私を、嫌悪せずに巷から守ってくれたし、家族内で差別も行わなかった人格者だ。
最近は少し疎遠になり気味だったけど、それは私が祖父のところに籠りきりだったからだ。
「とても早熟な子で、今まで何の苦労もさせられたことがない。
この子が色々なことを考えた末に出した答えなのであれば、私からは多くは申しません。
ヒノワ様に無礼のないようにな、フミフェナ。」
「お父様。このような、迫害を受けてもおかしくない娘を愛してくださってありがとうございました。
私は家族みんなに感謝しておりますが、お父様とお爺様には特別感謝しているんです。」
「親父だけではなく、私にも、か?」
「勿論、一番はお爺様です。
ですが、私の誕生を喜んでくださり、3歳に至るまで育てていただき、祖父の元で勉強することも許していただけました。これ以上のことはありません。
そしてお爺様、3年もの間、私に多大なる愛と御恩をいただき、ありがとうございました。
フミフェナは、ヒノワ様の元で研鑽を積み、一流の商人になってみせます。」
「うむ、うむ、それがよかろう。
正直、わしではもうこの先、多くは教えられんかった。
まだまだこれからやるべきことも覚えるべきことも多々ある。
普通に考えれば、3歳の子を手放すなどあり得ることではないが、お前は色々な意味で普通ではない。
だから、この爺は気にせずに、やりたいことをやってよいのじゃよ。
わしの家にある、お前の研究途中のデータも、わしが荷物にまとめて送っておくので、心配しなくてよいぞ。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、わしは最早アグリア様の元で働いているわけではないから、フミフェナの所には定期的に行くから、必要な物があれば、その時言えばいい、わしも会いに行く口実になるからの。」
そうして私達はアグリア様やヒノワ様に見送られ、商会を後にした。
荷馬車に乗って帰宅するのは夜になりそうだったが、アグリア様が御者や護衛までつけてくれたので、危険は気にしなくて良さそうだった。
帰路は祖父母、父母、叔母の6人で荷馬車に乗り込むことになった為、少し狭い席で揺られている時、不意に寡黙だった母がポツリと囁いた。
「お祝い、しなきゃね。」
正直、私が4か月後とは言え、戦貴族へ奉公というか登用されて家族の元を離れるということもあり、少し暗い雰囲気が漂っていたところであるが、母のその言葉で荷馬車の雰囲気は明るいものになった。
「そうじゃな、まず親戚一同、皆に声をかけてお祝いの席を設けねばならん。
明日にでも親族を集めてフミフェナのことを報告せねばなるまい。
ヴェナルトとアーリスは寝ていたら起こさねばならん。」
「アグリア商会としてもフミフェナの壮行会は大々的にやらねばならんな、とアグリア様から言っていただいているので、招待客のリストアップを始めないと間に合わないな、親父、しばらく予定あけといてくれ。」
「では、私はフミフェナの衣装を用意しますね!可愛い可愛いお洋服を用意しなくっちゃ!」
「じゃあ服はレアナに任せて、家財を用意しないと・・・。お義母様、ご一緒してくださいます?」
「婆が役に立つかのう、まぁ、邪魔でないならご一緒させてもらうよ。
お財布は爺のを使えば良かろう。」
「おいおい、婆様。孫は三人おるんじゃぞ、皆の分を買う分は残しといておくれよ。」
「お婆様、家財は大半、ヒノワ様がご用意していただけるとのことでしたから、あの、お手柔らかにお願いします・・・。」
わいわいと話が進み、2時間近くはかかった荷馬車の旅はとても楽しいものになった。
思い返してみると、前世では元々親戚付き合いもなかったところに、両親も18歳の時に亡くなってしまって、残してくれた死亡保険金のおかげで生活に苦はなかったけれど、家族の温かみみたいなのは、長いこと感じたことがなかった。
少し、勿体なかったかな、とも思う。
でも、仕方がない。
私は自分の欲望に抗う術を持たないのだから・・・。




