43話 溜め息
「さて、これからのことだ。」
歩きながらだが、幸い、高位戦士の集団、という威圧もあって、視線を集めることはあっても、声の届く範囲には誰もいない。
自分の感知範囲には問題ないように感じたが、一応確認にフミフェナ嬢に目線を送ると、問題ない旨のアイコンタクトがあった。
話が早くて助かる。
「フミフェナ嬢、新しく状況が変わりそうな情報はあるかな。」
レイラの待遇は、ほぼ外出が認められないということ以外に於いては、専属の従者、侍女アリーも含めて非常に手厚く遇された環境下にあり、待遇にはかなりの配慮が窺える。
ボリウス卿の為人は不明だが、少なくともレイラのことを“使える駒”以上には思っているように感じる待遇だ。
ボリウス卿やその取り巻きが愚物だったなら、最悪、ヴェイナー女史がたどり着くまでの間に、聞くに堪えない事態になっていたことも有り得たが、そう言った事態が起きなかった幸運を噛み締め、神に感謝しよう。
ヴェイナー女史は迅速に配置についてくれたし、彼女の調査の結果、状況が悪くないことは常時監視下におけたことで把握出来たし、その保証となる証拠も確保してくれている。
リアルタイムで手に入る情報を元に、無事、レイラの身柄の確保は済んだ。
残るは『名誉』に関してだが、このメンバーで出向き、まだ余裕もある状態だ。
当初の予定通り、レイラの名誉を守る、これを当然とした上で、それ以上も目指せる状況だ。
「現段階においては、状況の変化はございません。
紫色領内において展開している配下の配備状況や監視網の設置も既に展開完了しており、突発的な外部介入の懸念も考えにくい状況です。
レイラ様の身に関しては、外地に於いて可能な限りの最高レベルの防衛陣地の布陣を行っております。
また、最上位の御令嬢の待遇を準備しておりますので、本日夕方にはそういった環境も整うことをお約束致します。」
「了解した、心強いよ。」
「恐縮です。
情報に関しては、新たにご報告がございます。
配下の者が、重要な情報を入手致しました。
ヴェイナー。」
「は。
領館に潜ませていた工作員から、先ほどようやく、ボリウス卿が口を滑らせた、と報告が。
ボリウス卿の考えるレイラ様の降嫁対象が判明致しました。」
「流石だ。
で、その相手とは・・・?」
「は。
紫色戦貴族領の『師』と呼ばれる統帥部の、副師長を務めているリビファ・ダブラート氏です。」
「リビファ・ダブラート氏・・・。
確か、最前線でボリウス卿と人気を二分する優秀な戦士、前線指揮官、参謀部の副長、だったかな?
職務で関わったことがないから、顔と名前くらいしか記憶にないな・・・。
その人物について既に調べているのであれば、分かる範囲のことを教えてほしい。」
「承知致しました。
紫色の軍部有力者リストの最上位に近い人物でしたので、一通りの事前調査はしておりました。
簡潔に申し上げます。」
リビファ・ダブラート。
ボリウスの派閥の側近ではないが、レリスの派閥にも属していない、珍しい無派閥層の、紫色領の軍の最上位に近い役職の『将軍』クラスの将官。
『師』という参謀職に該当する部門の副長ながら、実質的に軍を差配する統帥としての裁量権を持つ立場にあり、紫色領では色付き戦貴族の血族“外”の戦士の中ではトップの立場。
軍の将官クラスは基本的に色付き戦貴族の本家・分家の有力者で固められており、軍の階級で言う『将』と呼ばれる階級になるには血族であることも求められる為、階級には『将』は付いていない。
が、逆に言うと最上位層は社交界との付き合いや、自らの所領の管理、己の麾下の戦士の修練など、非常に多忙であり、各所との調整役を担ってくれるリビファを重用し、実質的にはリビファこそが一般の戦士から見た『将』になる、非常に優秀かつ実績豊富な『将軍』クラスだということだ。
また、所属部署である『師』という軍の参謀職を担う部署で副長を担っている事から分かる通り、明晰な頭脳の持ち主であることに加え、指揮官系のクラス・範囲バフスキルを多数所持しており、前線で軍の指揮系統を担いながら戦うことも出来る『前線に出る』タイプの将で、先だっての魔物の大侵攻においては一軍を率いて最前線で魔物の大軍の主攻を受け止め、ボリウス卿が魔物らを殲滅するまで魔物を一切後逸させなかったという、裏方の有能な将でもあるらしい。
前線に出続けながら縦や横の関係を円滑に繋ぐ優れたバランサーであり、歴代の将官や彼の下で働いた部下達からの評価も良く、周囲から推挙されてとんとん拍子に昇進した紫色領随一の出世頭、と内外に評価されているらしい。
血統というバックボーンのないこの人物が、ここまでの短期間で、そこまでの地位に上り詰めるのだから、“色々な意味で”優秀なのは間違いないだろう。
年齢は23歳と、非常に若い軍幹部だ。
レベルは140前後と、一般家庭出身の割にかなり高い。
そして勿論、ヒトにはよくある例に該当し、総合した実力は守り神級の魔物を討伐するに値するものと評されているらしく、レベル200台の魔物の単独討伐実績も複数あるなど、レベル以上の実力を発揮できる腕前を持ち、兵達を慮る参謀であり、この人物が指揮を執るようになってから戦士、兵の損耗率が激減したと評判であり、最前線の戦士の中では英雄視されるほどの人物。
槍の名手で、王都で開催された各領の槍の名門流派の戦士が集う大会で優勝した経験を持っており、その技術は大陸全土でも最高峰と言って良い水準にあるとのこと。
また、戦線構築の思想は非常に偏っており、愛国心・ヒト至上主義の主張が非常に強く、魔物すべからく速やかに滅ぼすべし、人類の生存圏拡大と安定化を果たす為には一刻の猶予もない、と声高に叫ぶタカ派の最先鋒として有名とのことで、温和なレリスとの相性は最悪だったようだ。
それが本当の心からの言葉なのかはわからないが、広範には戦士、自分や配下達の為の戦功を挙げる為の場を作るためだったのかもしれないが、本来それはヒトという種族が第一義としてきた方針であり、これを認めないレリスへの不満が最前線に所属する戦士達の間で溜まることは避けられなかっただろう。
思想的には右寄りであることは間違いがない。
比較的温厚かつ内政を充実させる路線だった前当主レリスとは正反対の方針の為、レリス治世下においては、領政本部の本軸と最前線の感覚はズレが生じていたらしく、レリスを中心とした幹部達はボリウス・リビファの好戦的な意見を『無謀であり、功績に逸る愚か者達』と反発を招いた。
ボリウスとリビファが幾度も意見具申をしては、その悉くをレリスや側近が棄却、破棄していた光景が日常化していたのだという。
周囲にあまりにも多数、度々目撃されていたことから、以前から最前線と中央の不和が噂されており、不穏な噂を囁く者も少なくなかったらしい。
また、リビファは随分前からそう言った事情を改善する為、と公言し、紫色戦貴族本流かそれに近い女性を伴侶に求めていた。
特に、本家の令嬢であり色付き戦貴族当主に嫁ぐために様々な学業、特に政治を修めているレイラを自分の妻に、と論功行賞の度にレリスに何度も迫り、断られ、しかし戦功を挙げるごとに幾度も諦めずに懇願している姿が確認されていたらしい。
その姿から、レイラに並々ならぬ恋慕、執着を寄せていると思われる、とのことだ。
ボリウスとリビファは最前線に身を置く武官であり、そのほぼ最上位の指揮官。
ボリウスがレリスを打倒した後、中央に染まっていない新たな手駒として若く優秀な将官であるリビファを身内に取り込もうと動くのも分かるし、であるならば、レイラを嫁にし、血縁関係を結ぼう、と考えるのは当然なのかもしれない。
ボリウスの計画は、バランギア卿やフミフェナ嬢から見ても手続き上、ほぼ完璧な計画だったらしい。
完璧な計画であるならば、その調査や根回しは、それこそ年、あるいは十年単位で動いていただろう。
そうなれば当然、有力者の取り込みについても事前に進めていたはずであり、レイラの婚約破棄が可能であることが判明した時点で、リビファを身内に取り込む計画を立てたのだろうことは疑いがない。
その影響で灰色との関係性は悪化することについても検討したはずであるが、どういう議論かは不明にしろ最終的に挽回は可能だと判断したのだろう。
後から挽回可能なのであれば、それよりも喫緊の課題となる地盤固めを優先とし、内外の評価の高いリビファ取り込みを優先するのは、理解出来る。
灰色との関係悪化による、様々な関税優遇措置などの損害や影響よりも、統治安定化を優先するという選択肢をとるのも、新米領主としての地盤を考えれば、理解は出来る。
統治安定化を計るならば、支持率の高い最前線付近はともかく、後方や領の中央には信頼できる配下や側近を配置しなければならない。
が、そうなると身内と呼べる者達の絶対数が足らず、少なからず方針の違う者もそのまま使わざるを得ない。
であるならば、特別優秀な、あるいは排除できない人材は別として、直接派閥や大きな組織、グループのトップとの交渉が断然効率が良い。
『師』という参謀部の実質トップであるリビファを身内にするということは、軍の頭を手に入れたに等しく、軍のほぼ全てを掌握することになる。
金銭は、面子を保つためだけならば、己の資産を切り崩してでもなんとかできないこともない。
だが、人材は金だけでは手に入らない場合の方が多い。
紫色領の有力な参謀、将、戦士を得る方が身内として得ることの方が優先とするのも、理解は出来るのだ。
人気も実力もある有能なリビファを身内に出来るなら、『紫色において絶対的な物理的かつ暴力的な政局の全権』は手に入る。
この世界は『物理』と『暴力』こそが最も雄弁であり、至高のものだからだ。
が、ここまでの話は、ボリウスの立場に立って考えた話。
ボリウス側に立った場合の論理展開的には、こうだと分かるというだけだ。
基本的に、物事は何もかもが片方の論理で片付くなら、トラブルなど起きはしない。
色付き戦貴族の当主同士の約束とは、口約束であったとしても、当主同士の威光と責任によって最大限の努力を以って履行しなければならない。
それをたがえるとなれば、代償について定める約款など、元より存在せず、契約を破る者には如何なる要求であっても応える必要性が生じるのだ。
つまり、補償の内容については、契約を破られた側が一方的に取り決め、相手に強制することが出来てしまうということであり、次期当主である自分の裁量で可能な限りの嫌がらせをされても文句が言えないということだ。
それも、やりすぎてはならない、が、やりすぎていなければやってもかまわない、というのも暗黙の了解である。
領内に意識が集中し、領内での根回しにのみ執着してしまった部分はあるだろうが、当事者である僕や父テンダイにすら根回しせずに話を進める以上、ボリウスがどれほどいい人間だろうがクズな人間だろうが、相応の代償は払ってもらわなければならないだろう。
「領内の安定を取って、その人物に天秤が傾いたんだね。
紫色にとってはリビファ殿にはそれだけの価値がある、非常に優秀な人材であるのは、フミフェナ嬢からの情報で嫌と言うほど感じられた。
僕個人がこれまでボリウス卿とほとんど接触していなかったことを考えると、ボリウス卿の頭の中での評価値はリビファ殿の方が高いのは自明の理、だね。
完全に僕の手落ちだ。
レリス殿の治世に大きな問題を見出していなかった為に盤石だろう、レイラとの結婚式の準備の話し合いなどから徐々に関わっていこう、などと油断していた。
レリス殿とその関係者にしか会ってこなかったのは否定しようのない事実だ。
ボリウス卿やリビファ氏のように前線に詰めている者がそれほどの不満を抱くほどの何かが存在しているとは、思っていなかったんだ。
最前線の軍部と中枢の関係性について、灰色があまりに安定していたが故に、同じように支え合っているのだと、そう思い込んでしまっていた。
そういった隠れた問題がないかどうか、事前に調べておくように情報部やフミフェナ嬢達に依頼していなかった僕の責任だ。
情けない話だよ」
「失礼ながら、現在のところ、実質的には、仰る通り、ボリウス卿は『身近な部分を充実させる』『領内の最高峰の実力者を手に入れる』、この二点のメリットを優先された形かと思われます。
ボリウス卿も色付き戦貴族本家筋であり、奥様は緑色戦貴族本家筋の女性で、こちらも親同士が定めた許嫁同士での結婚だったようで、『色付き戦貴族の結婚とは強い戦士を生み出すことである』という定型通りに生きてこられた方です。
・・・これは蛇足でございますが、ボリウス卿と奥様の夫婦仲は非常に良く、そうあれと定められていた結婚であったとしても、結婚後に幸せな夫婦関係は築ける、と考えているのではないかと考えられます。
結婚後に築ける関係なのであれば、まだ結婚していないのだから別の相手があてがわれたとしても問題ないだろう、と。」
「ボリウス卿がボリウス卿の考えに則って計算し、その中からメリットとデメリットを選択して計画を立てる、というのは、当然だ。
それに、クーデターの発起者であり、そのクーデターを成功させ、実質的に当主となったのであれば、それは履行しなければならない約束でもある。
結婚観に関しては・・・そもそも僕とレイラの婚約の経緯もそうではあるから、客観的に文字だけで見れば確かにボリウス卿から見れば定型通り。
これに関しては直接当人達の事情を認識しているかどうか、で齟齬があるということだね。」
「はい。
客観的に評価すると、ボリウス卿は至極真っ当な、誠意ある人物と評しても良い部分が多くございますので、悪意や確執からくる選択ではなく、色付き戦貴族当主家として当たり前に求められている常識に則り、その通りに選択、行動している、と評価できます。
戦士や従者は血と汗を流し命を賭けて日々戦っており、今以上の適正な報酬と福利厚生を、と強く求められており、戦士達、兵達の支持はレリス様を大幅に上回っており、反発しているのは恩恵を『上前を刎ねる』ように搾取していた腐敗した既得権益受益者達で、ボリウス卿はその老害を排除することも掲げておられ、既に相当数の排除も完了させておられます。
クーデターへの貢献に対しても協力者には約束したことを約束通り遵守する、と言った誠意のある対応を順に履行されており、協力者からの突き上げなどもございません。
また、忙殺と呼んで過言ではない多忙の状況下でも精神的にもまだ余裕を持っており、失言や不用意な行動をしないよう己を律する能力もある、類稀なる自制心の持ち主です。」
「聞く限りにおいては、前評も、フミフェナ嬢の個人評価においても優れた人物のようにしか感じないな。」
「は。
これはレリス様を蔑む訳ではございませんが、レリス様の統治下と比較しても、ボリウス卿の統治下の方が紫色領は圧倒的に戦士も民も潤うでしょう。
戦士達、兵達の環境改善、兵站の充足や待遇の改善、最前線ラインの前進速度の向上、領内の経済状況の長期的展望に立っての改善案とその根拠の提示など、ヒトという種の望む色付き戦貴族当主としての働きを全てこなしておられます。
一言で表現して、非常に優れた人物かと。」
「優れている人物であり、感情を完全に制御できているが故に、僕とレイラの婚姻は感情的にも事務的にも、どうとでもなると判断しているんだね。」
「その可能性も十分ございます。
アマヒロ様に対して正式な謝罪をする予定日を調整したり違約の賠償の交渉で何処までを容認するか、と言った会議もこの数日で幾度か行われており、王都の発表に対して灰色がどのような態度を取るのか調査・報告するよう、諜報要員を灰色に送り込んだ形跡もございます。
これらの要員については、既にヴェイナーの配下が追尾しており、追えています。
リビファ氏とボリウス卿の間の直接の会合は調査を開始してからは一度も行われておらず、秘密裏の親書や暗号などの文書のやり取り、代理の者を介した交渉なども行われておりません。
おそらく、事前の口証のみの取り決めが存在するものだと思われます。
ボリウス卿、リビファ氏、いずれに関しても、以前から調査しておりましたリストに名前が挙がっており、これまでの政治的スキャンダルとなりそうな情報については物証も確保してございます。
別途、書面にてまとめておりますので、後程ご確認いただければと。」
「・・・そ、そうか、いや、そこまで調べられただけでも僥倖だ、ありがとう。
書類があるのであれば、何処かで腰を下ろして確認したいな。
あそこの茶店、今はまだ客も少なそうだ、金を渡して一時借り受けよう。
そこで確認させてもらいたい。
それでいいかな?」
「は、承知致しました。
ノールさん、お店の方は御願いしていいですか?」
「勿論です、行ってまいります。」
僕が指を指した茶店は、少し小さく、おそらく夕方からの深夜の客をメインとしたバーも兼業していそうな店だ。
遠距離で『鑑定』を使用したところ、店内にいる客は1人だけ。
ノールが小走りで茶店に交渉しに行ったが、更にフミフェナ嬢が配下の一人に何かしら呟き、金銭の入った袋を渡して指示を出すと、彼もノールの後を追って走っていった。
おそらく客にも交渉して金を渡すなりして退店してもらうつもりなのだろう。
フミフェナ嬢とヴェイナー女史は己の見た目がどう見られるのかをよく理解している。
早速ノール達から、こちらにハンドサインがあった。
紫色の館まで歩いて数分の距離の通り沿いで茶店を営んでいる店主は非常に察しの良い人物であったらしく、こちらが高位の戦士で何か事情があるのだと一目で見切ると、過分な金は必要ない、席代だけでいい、と言ってくれたらしい。
他の客にも親切に対応して退店を促してくれたらしく、店内には誰もいない貸し切り状態だ。
前領主レリスのお膝元であったこともあって、おそらくあの店主はこの辺りに顔の利く人物だろうし、緘口令が敷かれていると言っても、ボリウスのクーデターの事情もいくらかは知っているだろう。
話を聞いていたとなれば、“口封じ”されるかもしれない、と店主が考えたのかもしれない。
僕が店に入る頃には、店主は僕達を一通り素早く目でなぞると、頷いて氷の入った果実水を人数分置くと、終わったら声を掛けて欲しい、と言って店の看板を下ろし、戸締りをして厨房の方へ移動した。
なんとも察しの良い人物だ。
状況確認を行う中でヴェイナー女史から伝えられたレイラの意向は、端折って言えば『自らの身よりも、紫色領の領民の安寧をまず第一に』という事に尽きた。
民の為に身を尽くすのは領主の娘の一人として当然のことであり、領民の為になるのであれば、その身を崖から投げ捨てよと言われても、魔物への生贄になれと言われても、何処の誰とも分からぬ相手に嫁げと言われても、従うつもりだった、という話だ。
「そうか・・・。
いや、レイラはそういう女性だな。」
「レイラ様は降嫁予定の人物に関しては、一切の詳細を知らされておらず、どういった経緯を辿ってそうなったのかなども、後日説明する、と言われただけであった、と。」
レイラの行動方針は、理想的な貴族の子女として考えるならば、正しい。
本来、貴族の子女の身は、領を預かる者として、領民の献身あっての“物”であり、領を発展させる為の機構の一つでしかない。
民の安寧の為の仕事、つまり縁戚関係を結ぶという貴族の娘としての仕事をこなすことは義務ですらあり、またそれを約束したのであれば履行することも義務でもある、と。
そういう風習があるのも、否定できない事実だ。
この世界の理は、まさしく『暴力』こそが至高であり、それは対魔物に全精力を費やしているヒトという種族の尖兵である色付き戦貴族、更にその当主となろうという者にとって、至上命題である。
ヒトという種族全体がそれを求め続けているのだから、否定するということはヒトという種族全てを、また300年前のようにただ魔物の飯の為に日々生活し、細々と飼われる生活に戻すということだ。
ヒトという種族は『暴力』で以って魔物達を淘汰し、いつかは殲滅を達成し、あらゆる大陸から廃絶させ、生活圏が脅かされない時代の誕生を願い、戦い続けるしかない。
0か、100なのだ。
魔物の繁殖・成長速度はヒトの5倍、10倍ということも当たり前にあるし、種によってはもっと早い。
ヒトという種よりも繁殖力が弱いのはエルフなどの長寿命かつ繁殖期の短い種や、つがいが数年に卵を1つ以下しか生まない魔物である等の特殊な例に限定されるが、それでもヒト2人で生涯に産む子供が少なくて1~2、こちらの世界標準で3~4、多産の家庭で5~10までで、しかも寿命はせいぜい60年70年。
魔物と戦うべく生まれる色付き戦貴族当主となろうという者が、『暴力装置』であることを放棄しては、ヒトという種族は生きていけないのだ。
己の感情よりも、強い戦士を産むこと、それこそがヒトという種から求められている色付き戦貴族当主の生殖、繁殖なのだ。
「本日、先触れからアマヒロ様の来訪を告知されたボリウス卿から、ヴィオーラへ移動するように、という指示を受けた際も、アマヒロ様に直接お会いすれば現況を隠すことなど出来ない、と抵抗なく受け入れておられました。
・・・おやつれになられておりますから、その姿をアマヒロ様にお見せしたくなかった、というようなお考えもあるやもしれませんが。」
顔に感情こそ浮かべなかったが、握る手から硬い皮の擦れる音が鳴る。
ヒノワに手を握られ、ようやく気付いて力を緩めるが、今度は眼光が鋭くなる。
今更、気付いた。
僕は、例えレイラが『どのようになったとしても』、その身を攫ってでも妻としよう、と考えていたが、それが如何に傲慢であるか。
状況に酔っていたのもあるかもしれないが、僕の考え、感情ばかりだった。
まるで彼女のことをトロフィーのように扱っていたのは、僕自身だったのではないか。
『僕が考えるレイラの考え方』ばかりに頓着していたことに、今更気付いたのだ。
今現在のレイラの気持ちを、深く考えていなかった。
愛のない婚姻、あるいは交配とも揶揄される『生殖目的が先行する婚姻関係』ではない、などとほざいていたが、愛しているからとレイラの感情を無視して身柄だけに執着するのでは、これでは『血統至上主義』の貴族の風習となんら変わらない。
レイラへの気持ちは本当だ、愛していると、確信して言える。
だが、これは『恋愛感情の上で結婚した』という、ただの一方通行の、自己満足の一種だったのではないか。
親同士がそうと決めた、本来、愛よりも遺伝子同士の掛け合わせが目的の生まれる前からの婚姻計画。
だが、そこに愛が生まれ、僕は彼女を愛していたし、彼女も僕を愛してくれた。
お互いが政略、いや交配目的であるはずの『色付き戦貴族同士の結婚』を、自ら何よりも望んでいた。
『恋愛結婚』であることに満足したテイだが、実態は色付き戦貴族次期当主候補筆頭とその妻という形式からは、実際外れていない。
これまでのこと、これからのこと、彼女がどう考え、どう悩み、苦しんでいくか、ということを、彼女を愛する伴侶として考えられていなかった。
自惚れている訳ではないが、レイラが僕を愛してくれていたのは事実として理解しているつもりだったが、彼女本人は『どんな姿になったとしても構わない』などと思っていないだろうことを無視していた。
生来、愛を以って努力し、実績を築き、美しく凛々しい姿を磨き築き上げてきた女性にとって、女性として美しくない姿を見せたくない、という当たり前に発する感情も、理解できていなかった。
そしてもし僕が強行して彼女に会おうとした場合に、それすらも彼女の名誉と自尊心を著しく傷つけることも、失念していた。
「すまない、見苦しかったろうな。
・・・これまで嫌悪してきたはずの『色付き戦貴族当主の男女』の男の典型だった。
・・・レイラには本当に申し訳ない思いをさせてしまった・・・。
僕は妻を愛する夫の『フリ』をしていたに過ぎなかったんだな・・・。」
「あ~、兄上、深刻に考えなくても。
世間一般のクソに比べれば、兄上は相当に頑張っている方です、誇っていいですよ。
レイラさんがそのように努力している兄上を好いていることも、間違いないのですから。」
「そうかな・・・。」
「えぇ、忖度とか無しで、実際にそうだと思いますよ。
そこまで完璧な奥さんラブな男性は、逆に一般家庭であっても非常に稀です。
兄上を眺めるレイラさんはいつも幸せそうな顔をしておられますから、兄上の頑張りは功を奏しています、安心してください。
ですが、まぁ・・・あのですね、明け透けな愛情表現は、なんというか、こう、周囲から見ればこそばゆくなります。
惚気たりイチャイチャするのは、レイラさんと会って2人になってからやってください。」
「あ、うん、まぁ、そうだな。」
緊張状態にあったはずだが、赤面を免れ得ない。
ポリポリと頬を掻く。
「はは・・・。
いや、恥ずかしいところを見せた。
だが、レイラを正妻とする、この決断に揺らぎはない。
すまないが、皆、協力を頼む。」
「ま、当然だよね。
レイラさん以外が義姉になるのは私は認めないよ、兄上。」
「レイラ様が、今後、アマヒロ様と幸せな人生を送れるよう、勿論我々も尽力致します。
私もこのような幼い身ではございますが、一応、前世の記憶を引き継いだ“来訪者”の女でございます。
言わば『おばちゃんのおせっかい』のようなものでございますが、やれることは何でもやります、アマヒロ様とレイラ様の恋路、我々にもお手伝いさせてくださいませ。」
ヒノワはニヤニヤとこちらを見てくるし、普段あまり顔に表情を見せないヌアダですらそんなヒノワを見て少し苦笑している。
フミフェナ嬢もニコニコしているが、ヴェイナー女史は笑顔を浮かべながらも何か言いたいような顔を浮かべている。
フミフェナ嬢の配下の戦士達は、何かしら身に覚えがあるのか、目が合うと苦笑を滲ませたり頬を掻く。
まぁ、そうか。
彼ら彼女らからしたら年少者の恋路を見守る格好になっている、ということか。
そう考えると、幼稚な恋愛だったな、と、尚更面映ゆい気分にもなる。
・・・だが、もう格好悪かろうが、不甲斐なかろうが、公私混同になっていようが、ここまで来ればもう構うものか。
結果は出す、レイラにはその後、詫びて尽くす、それしかない。
レイラの周りを全て綺麗にして、無事に帰り、レイラを抱き締める、今はそれしか考えられない。
「僕が青いことは認めるよ、恋愛初心者なこともね、勘弁してくれ。
レイラには、事が済んだ後、彼女の望むままに詫びることにするよ、考え無しだった。
レイラのことはトロフィーではないと、そう自認しているつもりだったが・・・自覚が足りなかった。
・・・満足に役を果たせるかは分からないが、ここまでお膳立てされたんだ、全力を尽くさせてもらうよ。
今、改めて思い返しても、僕はただ、まだ、整えてもらった舞台に立っただけだ。
僕はまだ何も成していない。
そう前置きした上で、矛盾したことを言う。
我儘と言われようが、公私混同と言われようが、レイラの身を最大限保護することに変わりはない。
故に、フミフェナ嬢、レイラのことは、これより一切、全てを任せる。」
「は。
・・・『諸般の後方』に関しては、お任せ下さい。」
「頼む。
僕はこちらに集中する。」
「は。」
「レイラの身が安全である、故に、既にどう動いても後顧の憂いはない。
事ここに至っては、レイラの名誉と、灰色と紫色の利益も守るための行動となる。」
「それは私の為にもそうしてもらわないとね。
で、兄上、より具体的には?」
「そうだな。
レイラの正妻の立場も守り、灰色の利益も確保しつつ、紫色領のことも保全したいと考えている。
より具体的に言うなら、ボリウス卿とリビファ氏の関係も悪化させず、ボリウス卿の権威を失墜させないような展開に持って行きたい。
なるべく交渉でケリを付けたいと考えているが、本気か八百長かいずれにしろ、戦闘は発生する方が自然かもしれない。
その場合は、次期色付き戦貴族当主筆頭候補として、僕が出るから、そこについては皆は僕の万が一にだけ備えていて欲しい。
全力を以ってボリウス卿を圧倒し、しかしボリウス卿にも華を持たせ、出来ればリビファ氏とは上手い事関係を悪化させずに手を握り、そしてレイラを迎えに行く。
それで、どこにも問題はないだろう。」
「いや、あるあるあるある。
全力で戦うのはいいけど、無傷で終えるつもりでかかってもらわないと。
兄上の身も万全でなくては意味がない、ってことも、忘れないでね。
障害残るようなことになったら、ここの皆も責任問われるし、レイラさんが一生負担に思うことになるんだから。」
「はは、いや、それは分かっているとも。
その為に付け焼刃とは言え、死なぬ程度の及第点までフミフェナ嬢が鍛えてくれたのだ。
勿論、レイラの為にも、僕も君たちも無傷で帰るくらいのことはやってみせるつもりだ。」
「分かってるならいいんだけど。
兄上はレベルは高いし、フェーナの防具も持ってるけど、戦歴なんかはボリウス卿よりは大分劣るんだからね、搦め手やら飛び技やら多分たくさんくるよ、防御はしっかりしてよ。」
「分かった、十分気を付けるよ。
フミフェナ嬢、前段の話に戻るが、レイラの名誉を守る、とはイコールで書状を回収する、ということだということは理解してくれていると思うけれど、どれくらいの猶予がある?」
「は。
結論から申し上げれば、本日中であれば、『最小限』の範疇を超えない範囲での解決は可能でございます。
タイムリミットは段階ごとによって段階的となりますが、本日午後3時頃までの解決であれば、書簡の文面を知り得る人数は最少となります。
ボリウス卿からの撤回の書簡が手に入り次第、足の早い者が持参し、1時間程度で走破できますので、選帝侯領と王都の門の手続きの時間を含めても1時間半~2時間もあれば到達できますでしょう。
間に合わないほど遅れた場合は、最も足の早い私が持参致します。
王都政府では“エンテュカのカード使い”殿が、連絡有り次第すぐさま関係部署へ取り次ぎできるよう手配していただけるとの回答でした。」
「万全だね、分かった。
バランギア卿はおそらくまだ橙にいらっしゃるかと思うけれど、そちらにはどう報告すればいいかは聞いているかい?」
「は、橙色には残してきた連絡員がおりますので、速報についてはすぐさま連絡が可能です。
事が成った暁には、御足労頂く方が良いかもしれませんが、橙色では御多忙でご機嫌があまりよろしくない為、速報はした方が良いとは思いますが、直接お会いするのは日を改めてで、橙色領内ではなく王都でお会いする方がよいかもしれません。」
「了解した。
王都の“エンテュカのカード使い”殿にも、後で必ず、直接、お礼を申し上げに参上する、と、お伝えしてほしい。
僕は必ずやり遂げる、とも、ね。」
「承知致しました。」
「当然でしょ、そのために来たんだから。」
「我ら皆、アマヒロ様のお心のままに。」
「はは・・・。
僕は、必要なら道化を演じるのも躊躇しない心づもりで来たが、まだ慣れないことだらけだ、煽ってもらったくらいで丁度いいのかもしれないな。」
ボリウス卿との会談まであと20分というところで、可能な限り情報を頭に詰め込んで作戦を考えようと、フミフェナ嬢から提案があった。
フミフェナ嬢のその言葉に、待ってましたとばかりにヴァーナント技師が背負っていた荷物からてんこ盛りの書類を取り出し始める。
「ボリウス卿が対象人物の名前を全く口になされず、特定にこそ時間がかかりましたが、元々、我々は紫色領の有力者については調べておりました。
その中でも、リストアップすべき人物の上位としてリビファ氏を挙げておりました。
物資などの手配からインフラなどの政治的判断を要することまで、かなりの裁量をお持ちでしたので、“良き取引が出来るよう”、様々な“使える情報”を集めております。
“使えそうな”情報に関しては、使い方も含めて資料にまとめており、提示可能です。
リビファ氏に関する資料だけを抜き出して、今ナインがまとめてくれていますが・・・。」
「まとめ終わりました、こちらになります。」
店の外に下ろした大荷物からてんこ盛りの書類を出して整理していたナイン・ヴァーナント技師が、荷物の中からファイルを抜き出し、インデックスを探り、ササッと幾つか引き抜き、サイズの揃えられた紙をまとめなおし、別のファイルにまとめて、手渡してくる。
その書類さばきは洗練されており、熟練の行政係員かと見紛うばかりの動きだ。
彼の背中にあった背嚢は、まるで金属製のクローゼットに架台を付けてそのまま背負っているかのような大きさで、縦横70cm、高さ2mあり、先ほど扉を開いている所を見た限り、中身はほとんど隙間なく書類が詰め込まれているようで、おそらく重量は200kgは下らない。
ここまで一切下ろさず運んでいながら、疲れた素振りも全くないし、身長160cm程度の彼が運ぶと背嚢の高さは3mにも達しており、彼のその姿を見たほとんどの者は「本当に大丈夫か?」と尋ねたが、彼は全然平気だ、と返すだけだった。
が、流石にその姿はあまりに滑稽で、皆が笑った。
出立の際には再度、「本当にその荷物で移動するのか?」と問うたが、「そうですが?」と素っ頓狂な顔で回答され、なんとも言えない気分にもなったが、世界有数のレアアーティファクト職人が、荷物持ちをさせられているということに、彼はなんとも思わないのだろうか。
「少し確認させてほしい、フミフェナ嬢。」
「はい、なんでしょうか?」
「君がこういった情報を幅広く手に入れているのは知っているんだが、紫色領の分だけでもこの分量を事前に準備していたのか?」
「はい、ですが、これでも一部を抽出した物で、分量としては少ない方です。
リアルタイムで重要な情報を拾えるほど、集中して情報収集に注力していなかったこともあり、少し古い情報もございますが、使える情報を抽出してまとめておりますので、随分容量は圧縮されたんですよ。
それに、どれがこちらで役に立つか分からない状況だったので、ナインが背負ってくれていた資料庫に入っているのはボリウス卿やリビファ氏だけの資料ではございません。
紫色領で“この人物が重要なファクターになるかな”と考えた情報に関連する資料に絞って一式、持参した次第です。
クーデター関連の情報に関しては、完全に出遅れてしまいましたが・・・。
基本情報、政治・経済情報、有力者の関係各所の時事問題などに関しては網羅できているかと。」
「特段に注力していなかった・・・で、それでもこの量なのか?」
「はい。
私の手落ちで、クーデターの件、レイラ様の件、気付くことが出来ず、申し訳ございませんでした。
隣領ですので、もっと気を回して工作員を潜り込ませておくべきでした。」
「いや、そうじゃないんだ。
すまない、責めるつもりはなかった。
逆だよ、称賛しているんだ、流石だよ。
僕やヒノワが指示していなかったことに関して、これだけ調べてくれていた君を責めることなどできない、故に責任を感じることはない。
むしろ、強く推して指示を出した訳でもないのに、ただこの情報の分量に驚いてね・・・。
・・・もう一つ、これは興味本位で聞くのだけれど・・・。
隣領の紫やその先の橙のことまである程度調べていると言う事は分かった、では隣領よりも近く関係性の深い、活動ベースのある灰色についての情報はこれらどころではないのか・・・?
まさかとは思うんだけれど・・・ひょっとして灰色の内部、アキナギ家についてはもっと詳細情報を・・・?」
「ご提示した情報に関しては、以前から継続的に収集して更新しておりました情報になりますので、確度は高いと自認しております、と申し上げられますが、・・・『灰色の内部』に関しては、わたくしからは“御安心下さい”としかお答えできません。
“御安心下さい”、ヒノワ様からご指示がある場合のみ開示するよう、配下の者にも徹底させております。
こと情報漏洩に関しては、かなり厳格に対策を行っており、配属の折には詳細に罰則と報酬を記載した書面による契約に加えて、『女神ヴァイラスへの誓約』も誓わせております。
開示が認められた者以外には、決して漏れることはございません。」
「そうか、まぁ、ほどほどで頼むよ・・・。
・・・ところで、出発時にはナイン・ヴァーナント技師は僕の装備品の調整や修繕の為に同行してくれていると聞いていたので、彼の大荷物はてっきりそう言った道具や資材を大量に持っているのかと思って申し訳なく思っていたんだが・・・。
ひょっとして彼は技師としての道具や資材ではなく、君の書類や荷物を持っているのかい?」
前述の通り、彼が担いでいる荷物の量は、ちょっと笑ってしまうレベルの容積だ。
そのほとんどが事前にフミフェナ嬢から預けられた荷物なのだとすれば、フミフェナ嬢は彼を専属ポーターとして扱うつもりだったとしか思えない。
「あはは、アマヒロ様、僕も勿論、自分の道具は持ってきておりますよ、ただ、容積比でしたら僕の道具などは10%程度かとは思いますが・・・。
こちらでやる仕事はアマヒロ様の装備のメンテナンス・調整くらいですから、そんなに必要ありません。
それに、よっぽど細かい物でなければ、ある程度『ベルト』で出力した道具で賄えますから、実はあまり持ち歩く物量はそんなにないんですよ。
僕の場合、フェーナと同じく、『ブレスレット』単品よりも基本出力の大きな『ベルト』装備なので、出力は皆さんより大きいですから、労力はそこまで大きなものではありません。
まぁ1tや2tあるとバランスを取りながら運搬するにも技術がいるでしょうから多少苦労するでしょうが、これくらいなら全く問題ありません。」
「いや、しかし・・・世界的に著名なレアアーティファクト職人にこれだけの荷物をまるでポーターのように持たせるのは・・・。」
「語弊があるかもしれませんが、僕は馬車や馬なんて比較にならないほどの高速で重量物を背負って移動可能なので、馬車やらに比べても、僕の方がポーターとしてはかなり優秀だと思います。
それに、僕以外の皆さんが荷物を持つのは恰好も付きませんし、職務上問題があるでしょうから。
僕は職人ですので、荷物を持っていても問題ないでしょうし・・・。
当然、フェーナに関しては背がまだ低いので、これらを背負ったらバランスも悪いですし、下手をすると背嚢が折れ曲がって地面に引き摺ってしまいますからね。」
「失礼だよ、ナイン!
私だってもう数年もしたら大きくなるんだから。」
「はは、まぁ、今の話だよ。
フェーナも戦闘に加わるかもしれないから、身軽な方が良いだろう?
ノール殿達、護衛の方々も、気を使ってくれて荷物を持ってくれると言ってくれたのですが、前述の通りお断りしました。
消去法でも、僕が荷物を持つのが最も効率が良いと思いませんか?」
「ま、まぁ合理的ではありますし、自発的にそう判断されたのであれば構いませんが・・・。
なんとも剛毅というかなんというか・・・。」
「お待ちください!
あの、流石に全部とは言いませんが、皆で分けて持とうと言ったんですよ、私は。
ナインが全部1人で持つと言って聞かなかったんです。
私やノールさん達も、往復の間くらいは多少は分けて持てるのに・・・。」
「いーや、君は威厳の演出というのをもうちょっと考えないといけないよ。
それに、君は荷物を運ぶ時に大事なことを幾つか失念しているね。
自分の事に関してはしっかりできるのに、こと運搬物に対しては気遣いが全く出来ていないのは何故だい?
より具体的に言うなら、座標固定が大雑把過ぎる!
何故自分にやるのと同様のことをアウトプットするときに、同じだけ気にしないんだい?
この間だって、君が加減したっていうから信じていたのに、あのトードマンも外形だけがまともに保たれていたけど、中の骨やら肉やら内臓やら、構造組織はボロボロだったじゃないか、息があったのも不思議なくらいだった。
バランギア卿の配下の方々と協力しながらなんとか延命に成功したけど、治療も大変だったんだよ。
生体だけじゃないよ、貨物だったとしても、見た目だけ固定しても中身ボロボロじゃ意味がないのは商人である君が一番知っているはずだろう?
低速の間はともかく、超高速移動で他者を移送するとなると、そもそも支持ポイントは外形だけじゃなくて_____」
彼のお説教とも取れるクドクドとしたお小言を、圧倒的強者であろうはずのフミフェナ嬢がしょぼくれて「はい・・・はい・・・すみません・・・。」とだけ返す様は、見ていて微笑ましい。
彼は技術者であり、お説教は理論立っていて、僕には分からない専門用語も挟まれていることもあって、正直、反論の余地がない。
おそらく彼に詰め寄られればヒノワだろうが僕だろうが「はい」と「すみません」、しかいう事が無いのだ。
彼のお説教は、2分は続いただろう。
フミフェナ嬢はばっこり凹んでいた。
まだ時間に余裕はあるし、ここで敢えてツッコミを入れる必要もなく、僕は資料を覚える作業に集中しなければならなかったので、フミフェナ嬢には悪いが擁護はしなかった。
お説教されて落ち込んでいるフミフェナ嬢という光景は、中々レアな光景だと思うが、あれはあれで惚気なのだろうか、ヒノワ達を筆頭に、皆ニコニコと微笑ましいものを見るような顔で彼らを見ていた。
まぁ、ヴァーナント技師は僕と同い年らしいが、フミフェナ嬢はまだ4歳だ、恋愛関係に至ったのだとしても、肉体的年齢の問題でまだ10年ちょっとは結婚も難しいだろう、いや長いな、と別の変な感想を抱いてしまう。
・・・それはともかくとして、そんなフミフェナ嬢を背景に眺めながら、ボリウス、リビファに関する様々なことを記載された資料を高速で読み解く。
一巡読み終えた後、再度気になった所を読み直す。
露骨な変化こそないように装ったが、わずかに口角が上がるのが自分でも分かる。
普段の僕に比べるとほんの少し悪い顔になった、擬音を入れるならば小さくニヤリと表されるだろう、ほんの少しの笑み。
提供された文書には、クリティカルな急所を示す記述が順序だててまとめられていた。
目次には要約、それに付随する非常に分かりやすい資料と使い道について記載されており、僕が方針さえ誤らずに使えさえすれば、追い込むのは難しくないように思えた。
お膳立ては完璧以上で、使い方を僕がチョイスするだけに近い形になっている。
僕の中では、勝ち筋どころか、そこから自分のアドリブをどう入れるかを考えることの方が難しく感じるほど、作戦も考える必要がないくらいに、記載されているのだ。
やはり、駆け引きにおいて情報面で相手を上回っているだろうことは、圧倒的に有利。
お膳立てされたストーリーをなぞるだけ、というのを嫌っているのを察して、使える情報の羅列に留め、やり方はこちらに決めさせる。
フミフェナ・ペペントリアという商人。
ナイン・ヴァーナントというレアアーティファクト技師。
ヒノワはこの2人を当たり前に使っていて、事実、今回、ここまで問題なく行動できたのはこの2人のおかげであるが、この2人のやっていることは、もうその職業の職分に求められていることからは逸脱しすぎている。
正直、この2人が色付き戦貴族当主夫婦だと言われても、実力や実績から言えば否定できない存在であるのだが、彼らは弁えすぎていて不気味ですらある。
味方である限り、彼らの配下も含め、領間の形勢すら傾かせかねない頼もしすぎる仲間。
だが、彼ら彼女らは一体いつまで、どこまで仲間でいてくれるのだろうか?
確かに、敵意や下心と言ったものはなく、叛意など抱く必要すらないように感じられる。
殺すつもりなら、既に殺せただろう。
一体、彼らは何が目的で我々に付き従ってくれているのか。
僕の当主としての仕事は、それを見定め、彼ら彼女らを敵にしないよう立ち回ること、それに尽きるだろう。
まるで年齢相応の子供っぽい喧嘩をしてたしなめられているかのような微笑ましい光景のようではあるが、僕にとってみれば、使い方次第で己の身すら滅ぼす諸刃の剣が2本、目の前で揺れているようなものだ。
溜め息が尽きない。
レイラを救出し、レイラの名誉を損なわせず、灰色のアーングレイドに凱旋し、レイラと予定通り結婚式を挙げたとしても、しばらくどころか、おそらく数十年以上はこの溜め息は終わらないだろう。
僕は、ここまで舞台を演出してくれた恩人を、素直に有難く見ることが出来ずにいた。




