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灰色の御用聞き  作者: 秋
46/46

42話 『算段』

フミフェナ嬢の独り言は、最早僕だけでなく、この場にいる全員に聞こえている。

聞こえているが、誰も聞こえないフリをしている。

聞くに堪えない、恐ろしい拷問としか思えない残虐な私刑をどう合法的に行うか、そんなことを超高速で呟き続けている。

特に、元橙色戦貴族当主ヴェルヴィアにどうやって八つ当たりして、どうボロクソにしてやろうか、という事に関して、非常に事細やかに戦略を練っているようだった。

何故ヴェルヴィアに・・・?とか、もし仮に実行するのだとしたら、どうやって殺さずに実行するんだ・・・?と思うが、聞き耳を立てると次第に身の毛もよだつような恐ろしい言葉も表に出てきていて、正直聞いているだけで寒気がするほど恐ろしい。

しかもその言葉を発しているのが、4歳やそこらの幼女なのだ、恐ろしいことこの上ない。

涼しい顔で聞き流しているどころか、子犬の微笑ましいシーンを見ているような笑顔を浮かべているノールやヴァーナント技師を見る限り、彼らはもう色んな意味で手遅れなのだろう。


一応、落ちぶれていたとは言え、元色付き戦貴族の一角の筆頭戦士であり、橙色で起きた事案の際にはフミフェナ嬢の蹴りを受けて数十メートル真横に飛ばされても原型を残していたどころか即死しなかったというのだから、ヴェルヴィアはかなり頑丈だ。

多分だが、僕だったら同じ威力の蹴りを喰らったら死んでいただろう。

彼女のストレスのはけ口になれるほどの頑丈さを持つ物など、そう多くないだろうことは想像に難くない。

今後も末永く、彼女の憂さ晴らしの為に、頑張って耐え続けてサンドバッグ足り得て欲しい。

ヴェルヴィアが彼女やバランギア卿に掛けた迷惑は、比較対象のないレベルで大きく、バランギア卿も彼女が私刑に掛けたとしても殺さなければ(おそらく)問題ないと認めるであろう、うん、多分。

今後も何かあった時に、彼女のストレス発散先であってほしい、できるだけ長く。

彼女は優秀な灰色の有力者の1人であり、彼女がストレスを抱え込まずに仕事をしてくれるだけで灰色の利益が生まれるからだ。


彼女の優秀さは、4歳でありながら既に実績が証明している。

戦士としての能力だけでも、レベル評価では既にヒノワを越えて最上位であり、特に速度を筆頭としたその突出した戦闘力は、既に灰色としても最優の評価を外すことはできない。

ヒノワやヌアダ殿が技術的な部分では未だ大人と子供くらいの差があるらしく、技術的に競い合えば上回っているそうだが、おそらく彼女の装備品の戦闘モードを展開した状態で、彼女が全力で戦えば、ヒノワやヌアダ殿であっても勝ちの目は薄いだろう。

ヒノワはその圧倒的な遠距離攻撃能力でこそ真価を発揮できる戦闘スタイルであり、近接戦もそこそこやれるはずだが、索敵能力でヒノワを上回っているフミフェナ嬢はヒノワから狙われた時点で認識できる可能性があり、回避能力や防御力を鑑みるに、かなり相性が悪いだろう。

ヌアダ殿はヒノワとは逆に、近接戦では破格の反応速度と戦闘能力を持っている為に自身が狙われた際にはまだ対策はあるだろうが、“足”が速い訳ではないので、ヒノワが狙われた時点で彼女を仕留める方法はない。

4歳の幼女の『今現在』を相手にその状況である、ということは、将来的に、なんなら1年、いや数か月で技術ではどうしようもない次元にまで到達する可能性の方が高いだろう、と容易に想像させる。

加えて、“来訪者”としての異世界の知識を応用してこちらの世界での技術開発を既にいくつも成功させた優秀な開発者でもあり、ナイン・ヴァーナント技師と共に開発した僕も装備しているアーティファクトは既に歴史上存在した伝説級の装備品に匹敵するか上回っていると思われる、規格外の性能を有している。

そして、ヒノワの経営顧問であると共に、侍女でもあり、御用聞きの商人、これらは今のところいずれもヒノワ専属を示す役職であり、軍職であるとか、行政方の役職であるとか、そう言ったことでもない。

色付き戦貴族には、指定した御用商人を通してのみ大きい予算帯の買い物ができるようになっており、予算管理こそ戦貴族側が握るが、何処の何をどれくらいの量をいくらで買うか、に関しては適正価格を遵守してやりとりすることが法的に決められており、いわば利権に近い広範な権利を持つことになる為、厳格な自律心と幅広い知識、コネクション、実行力、資金力が求められる役職でもある。

こちらの世界では幼年でありながら大商人アグリア・ゴーベルトの指南や協力を受け、カンベリアとレギルジアを中心として既に数十~百以上の商家を差配する大商家の1人となり、ヒノワの要望に応えられると自認し、その役目も果たしている。

更に、彼女は女神ヴァイラスの姫巫女であり、レギルジアを中心とした灰色の過半に恩寵を齎している基点である。

女神ヴァイラスがどういう存在かは未だ議論のあってほしいところだが、あまりに危険な為に議論はされていない、まぁ民草だけでなく戦士や領主ですら破格の利益を得ており、その恩寵で得られた恩恵は『女神ヴァイラスについて虚偽を言うか、商売にすると、気が付いたら死んでいるかもしれない』という驚異的なリスクですら許容するしかないと考えさせられるほどのものだ。

特に異常なのは、鮮度が異常に長持ちするレギルジア産、カンベリア産の農作物で、これらは生育中に案しても農薬などの対策を用いなくても、虫はつかず、生育や出来高に影響のある病気が全く発生しない上に、一定以上の論理に基づいて作付けされた作物などは、ほとんど不良がなく、一つの苗から複数結実するタイプの物に至っては収穫量が2~3倍に達した物さえある。

この世界で最も人口の多い農業従事者は資金的にも労働力的にも生活が劇的に改善させており、子供を養う余力を生むことが確実視されており、灰色の将来的な人口増加率の一石どころではないきっかけになるだろう、という分析結果が専門家から既に出ている。

そういった分析結果を見ずとも、目に見える恩寵と恩恵、そして信心以外を求めない清廉さは、民衆の心を掴んでおり、灰色において女神ヴァイラスは既に豊穣の恩寵を齎した現実に存在する神として崇拝されている。

その他にも、怪我や病気が治りやすい、特に傷口からの二次感染や疫病が全く起こらないこと、適切な治療を施せば死地からでも生還する者が多数いることから、医療従事者からは医の神、生命を司る神だとも崇められている。

他にも戦士へのバフ効果も大きく、噂を聞いた修行中の戦士やハンター達は灰色に移住したり長期滞在するようになり、前線の戦士達の負担軽減の一役も担っている。

また、後方都市における自然発生型の魔物のポップ数がほぼ皆無に近く、商隊、旅人や行商と言った都市間の移動の多い者達の怪我のリスク、魔物遭遇のリスク、食糧事情も改善させ、物流も都市間移動も活発化させ、そこでまた経済活動が発生することで、物流動線の街道沿いにも宿泊施設を中心とした中継拠点が築かれ、村落が新たに設営されている箇所もある。

いずれか一つの実績についてなら匹敵する人物もいるかもしれないが、戦闘力と女神ヴァイラスの巫女姫である、という2点に関しては、現況、彼女に匹敵する重要度の人物は、灰色どころか大陸中を探してもいないと断言できる。

もう既に灰色を離れてもらっては困る最重要人物の1人であり、僕やヒノワであっても、彼女のご機嫌を損ねるのは灰色の利益を損なうのと同意だ。

彼女の好むものについてはこれから知っておかなくてはならないし、彼女のストレスの発散先を見つけておくのも、重要なことになる。


で、既に優秀である彼女が、更に常に優秀な実績を挙げようと努力し、自らに『人の域を越えないよう』縛りを課しているのは、雇用主であるヒノワを立てる為なのだと推測されている。

自らを側近として取り立て、信頼してくれている雇用主への忠義とは、主へ利益を齎すことは当たり前として、自らの立てた功績への称賛を雇用主へと帰属させることだ、と言う雇用者と被雇用者の立場を強力に遵守している、一種の自己犠牲型の崇拝に近い形だ。

彼女の実績への称賛はイコールで彼女を取り立てたヒノワへの称賛となり、悪評はすなわちイコールでヒノワへの悪評ともなる。

故に、その論理であればフミフェナ嬢の輝かしい第一歩に泥をかけたヴェルヴィアへの怒りはフミフェナ嬢への攻撃であると共に、彼女の主君たるヒノワへの冒涜であり、フミフェナ嬢の逆鱗を撫で散らかす行為となった。

フミフェナ嬢はブチギレしている傍ら、発言からして名誉挽回を図るための行動に移っているのは明確であり、その実績となりうる行動は既にいくつも積まれている。

レイラ救出劇となる今回の行動に関しては、おそらく既に成功はするだろう。

ただ、論功行賞を出来るような類の作戦行動ではない為、彼女には何らかの形で報いなければならない。

レイラを救出した後は、更に彼女に振り回されることになりそうだが、それも致し方ないかもしれない。

これは、次期当主候補筆頭たる僕の役目なのだから。


さて、ではフミフェナ嬢が考え得るヒノワへの貢献とは何か。

ヒノワは元々、“手が長い”。

“来訪者”由来の知的レベルの高さもあるだろうが、生まれてすぐから、様々な事に手を付けていて、多分野にコネクションを作っており、過不足なく都市長足り得る仕事をこなしている。

現状のままであれば、不足などない。

ではフミフェナ嬢は何を以ってヒノワを支えるのか、と言えば、“全て”となる。

彼女はヒノワの配下になった者の例に漏れず、熱心なシンパだ。

ヒノワシンパの家臣団の中でも、特段カンベリア中枢の家臣団はすこぶる優秀であり、カンベリアを開発、建設、運営、魔物の討伐など、様々な分野で既に非常に優秀な実績と名声を築き、積み上げている。

その中で4歳児が台頭しようと思えば、より大きな実績を上げ、優秀な姿を見せる必要があると考えているのだろう。

実際はほぼ敵などいない状態だが、ぐぅの音も出ないほどの最側近を目指しているのかもしれない。

彼女は、優秀この上ないカンベリア家臣団の中でも第一の家臣足り得ることを証明する為に、最初の一歩をとても重要視し、配下の者達も含めて非常に注力していたことがありありと目に見えていた。

その最初の一歩に足払いを掛けてしまったヴェルヴィアは、彼女の私刑に晒されても、彼女のストレスが発散されるならいいんじゃないかなぁ、と僕は他人事ながら思った。


「ほどほどに、死なない程度に留めておいておくれよ。」


と聞こえるか聞こえないか微妙な小声で呟いたが、まぁ彼女の場合、聞こえていたとしても止まるのか分からないので、これ以上何か言うのはやめておこう。

さて、ヴェルヴィアのことはもういいだろう。

直近でヒノワが晒される問題と言えば、新しい最前線都市の開発と建設だ。

サウヴァリー氏と行った都市開発の分野において、特に桁違いの、比類する者なき実績を既に築いているヒノワと言えど、こればかりは簡単な仕事ではない。

端的に言って、カンベリアの繁栄と最前線ラインの前進速度が早過ぎることによって、カンベリアはたった2年で最前線都市ではなくなろうとしていることに関する全て。

名称未定の新しい最前線都市の開発建設計画。

これに携わる人材、そしてそれを補う人材が、不足する予想なのだ。


まず、カンベリアの都市開発・建設については、異能を持つ建築家サウヴァリー氏の協力を得たことが最大の功績とも言える。

破格の彼のスキルやアビリティにより、建築物に関するいずれの実績も他に類を見ない速度で達成しているのだが、彼の安全性が保障できる状況にさえ出来れば、今回も彼の協力が得られそうだとの見解がある為、『建造物』については、幸福な事に問題なく建設できると考えられている。

だが、『中に入る人間』については、様々な所から集めなくてはならない。


ヒノワがレギルジアに関わり始めたのが4歳、カンベリアの都市を築き上げたのは5歳から6歳頃と、非常に短期間で完遂しており、齢6歳の少女の挙げた実績としては破格なのは間違いないが、それには歴史的な背景がある。

カンベリア構築の際には先に赴任したレギルジアを中心とした豊富な優秀な者を多数引き連れており、軍団の編成、前線ラインを構築する城砦の建設なども含めて非常に短期間で達成できたのだ。

勿論、サウヴァリー氏のおかげで年単位で建造物の建設が済んだことは、まさに桁違いの恩恵であるが、安定した都市開発が進められた衛星都市レギルジアが3代に亘るスターリア家の治世のおかげもあり、優秀な人材の質も、数も揃う背景があった。

だが、カンベリアは建設されて、まだたった2年であり、移住者こそ増え続けているが、『カンベリアで生まれた人材』が『新たな都市建設に貢献する人材』になるには、まだ20年ほどはかかるだろう。


だが、今現在、ヒノワは前線前進の計画を更に前倒しするほどの破竹の勢いで勢力を拡大しており、7歳になる前に既に、想定より大幅に前進した距離までのクリアリングを完了する予定である。

前哨基地こそ作りながら進んではいるが、戦士達や補給部隊の危険性が高く、彼らの損耗を考えるならなるべく早く最前線都市を築かなければならない。

二、三か月前から検討を進めていた次期最前線都市の立地選定の最終候補を既にいくつか挙げており、詳細な現地調査に取り掛かるよう指示を出しており、ヒノワは既にカンベリアの次の、つまり彼女にとっての2つ目の最前線都市の計画を始めている。

だが、カンベリアという都市はまだ幼い為、レギルジアのように人材の余力は全くない。

致命的な人材不足ではないが、新たな都市を建設する為の土地を開発し、城壁を築き、建物を建て、田畑を整えると言った膨大な人工を拠出するには潤沢な人材の在庫が必要であり、現状でそれを抽出するとなればカンベリアの中枢は空っぽになりかねないのだ。


通常、一つの最前線都市が建設されるまでには、土地開発から城壁建設までだけでも、7~8年かかる。

土地開発から城壁建設までに関しては、人間重機集団と呼ばれる城壁建設を専門とする業者が大陸中で専門教育・育成されており、彼らに任せれば、というか彼らに任せるしかないのだが、大体はなんとかなる。

おそらく、彼らに任せずに一般建築業者だけでそれを成すなら、30年や40年はかかってもおかしくないのだが、勿論魔物の脅威に晒されながら40年も何万人も人工を雇いながら建設していては意味がない。

ただ、彼らはただでさえ各地の前線城砦建設や既存城砦・都市城壁の修繕や改修・拡張と仕事が積みあがる一方で途切れず、山積みになる一方であり、一つの都市に彼らを全て留め続けることはできない。

横のつながりの強い仕事の為、例えば緩衝地帯や王都近辺の教育課程を通過した者が随時現地に投入され増員が続けられているが、対魔物の城砦建設は絶えず前進している関係で、幾度も、幾度も、前進して建設、前進して建設、となるので全く仕事が絶えることはない。

城壁が建設された後は、これまた都市内の軍事施設の建設を担う専門の業者が存在しており、軍事施設から先行して建設していく。

その後、一般の建設・土木業者により一般市民の居住区が開発されれば、集合住宅がまず建てられ、その後、順次住居が建設されていき、募集していた移住者が移り住んでくる、その辺りでようやく都市という形が見えてくる、という流れだ。

移住者が定住すれば、田畑が開発され、商店が発達し、教育機関が作られ、子が生まれ人口が増え、ベテランが新人に様々なことを教え、世代が繋がる、その時点でようやく都市と呼べる形となる。

都市が都市として形を成した後、都市内が十全に充実するまでには、更に年月がかかる。

最前線都市の計画段階から考えると実に15~20年はかかる計算となるのだ。

色付き戦貴族の当主となった者は、当主の役職に就いている期間は、大半は概ね30年~40年の間であり、その期間内に1~2の最前線都市の前進を目指すサイクルになる。

最前線都市間の目安になる距離は概ね50km単位であり、つまり長短あれども一代の間に前進できる最前線の距離が最低50~100km、躍進した領で150kmという感じだ。

魔物は妊娠、出産、戦闘力をもつまでの生育期間が非常に短く、虫系の魔物に至っては数万単位の卵が一斉に産まれて、1カ月でほぼ成体となり、1年もすれば20年以上鍛えたヒトの戦士よりもレベルの高い魔物となる。

毎日毎日、数百数千と魔物を殺し続けてようやく少し前進するが、魔物は増え続ける一方で、巣などの繁殖拠点ごと滅ぼさない限りは、絶えず攻め寄せてくる。

大きくヒト側の生活圏が広がるタイミングは、大抵の場合は絶えず攻め寄せる魔物の繁殖地を突き止めて滅ぼす、あるいは領域を大きく治めている魔物側の領主、守り神級の強力な魔物を幾匹も束ねる非常に強力な魔物を討伐した際だ。

そのような魔物と戦う戦は、まさに大きな被害を覚悟しながら臨む戦争というに相応しい大戦となり、経済的・資源的・人材的に大きな禍根を残し、ヒト側の戦士にも大きなダメージが残る為、一世一代の大仕事となる場合が多いのだ。


それをたった2年で果たそうとする。

ディーやタルマリン、グジと言った魔物側の大物を討伐し、次の最前線都市を築こう、というのは、その難度を知る者達からすれば信じられない偉業であり、それを果たすのは華々しい実績であり、空前絶後の歴史的栄誉であり、ヒトという種族にとっての繁栄を象徴する計画である、と溢れんばかりの賞賛が降り注ぐ。

が、勿論15~20年かかる事業をたった2年に短縮したことは、内外に様々な面で弊害を生む。

内情を知っている実務者であればあるほど、次代を育てるどころか、当人ですら現役バリバリの状況であることを知っており、ここからそんなに大量の人材を抽出することが難しいことを知っている。

そんな彼らの陳情を受けた身内である分家や側近からですら早過ぎる、時期尚早ではないか、と疑問の声もあがっており、他領からは「調子に乗り過ぎだ」「所詮、子供」などという言葉も聞かれるのだが、実際に期間が短すぎることによる人材不足という問題は露骨に表面化する。

一方、朗報としては、最前線都市前進の打診を打っていた王都政府やバランギア卿など国の中枢の前進至上派は、ヒノワのその勢いを称賛し、後援することを約束してくれている。

だが、後援してくれると言っても、それは例えば資材の面であったり、資金の面であったり、近衛兵団の戦力応援であったり、人工の拠出と言った部分である。

王都政府や選帝侯の身内を都市の中枢に据えるものであってはならない為、都市の中枢、中核を担う人材はこちらで抽出、選定しなければならない。

人材自体は、潜在的には、いる。

カンベリアも驚異的なスピードで建物が立ち並び、住人も既に十万人を超えており、都市運営を担う者を選定さえ出来れば、有能優秀な者の手は挙がるだろう。

だが、ただ優秀な人間だけを集めたドリームチームが得てして上手く機能せず、空中分解に至ることなど数限りない。

やはり問題となるのは、運営を担う、旗を振る人間なのだ。


ヒトは、戦士だけでも、戦士以外の者達だけでも、生きてはいけない。

魔物を倒して前進するだけならもっと早い前進も可能なのだが、戦士でないヒトの脆弱さは低レベルの魔物が走った際に生じる風圧で巻き上げられた石に当たったら死ぬレベルという弱さである為、ヒトの生存圏から出る際には遺書を残すことが必須となるほどのものだ。

、戦士達は都市を守る際よりも更に近距離で、一体たりとも後逸を許さず、攻める際には子猫だろうと美しいエルフだろうと一切の躊躇なくすべからく魔物を淘汰しなければならない。

もし一体一匹だとしても、彼らの後ろへ後逸を許したとあらば、前線前進に最も重要な人材が削られてしまい、ヒトという種の繁殖速度からすると一代分以上の遅延を招いてしまう。

故に、徹底的なクリアリングが繰り返され、・・・もっと端的に言うなら、その地域に存在する知恵ある魔物は根絶やしにする、穴と言う穴、木、山、とにかく虱潰しに探し、とにかく全て殺す、湧いたらまた殺す、産卵地を探して殲滅する。

灰色が相対する種族は、オーク族を筆頭とする亜人系の魔物が中心で、繁殖力は虫系などの卵生の魔物よりは低いのだが、最も繁殖力の低い種族でもヒトの繁殖力の5倍以上はある。

エルフなどのヒトに近い亜人種族は、一部、ヒトよりも繁殖力が低いのだが、エルフなどはほぼ身体が粒子で構成されていると言われており、幼年でも極めてレベルが高く、長命種故に体躯が育たない影響で近接戦闘能力は低いが、戦闘職にない者ですら特殊能力や複雑な術式を使える者も多く、総体としてはヒトとは比較にならない戦闘能力、生存能力を持っている。

更にオークやエルフと言った知恵を持つ亜人種は、ヒトという種に近い文明、文化、技術を持っている。

であるならば、奴等にも村落や町のようなものもあれば、木の柵で設営された山城や、谷間に作られた石造りの城砦、森の大木に作られた天高い村、逆に地下の岩盤を掘り進んで作った拠点などもある。

我々ヒトの戦士は、城塞での防衛線や野戦をこなすだけではなく、そう言った村落や町、城塞、山城を攻め滅ぼし、跡形もなく破壊し、老若男女を問わずに殲滅する。

これに関しては奴隷にするとか慰み者にするとか言った事は、一切認められない。

雄だろうが雌だろうが、美しかろうが醜かろうが、愚かだろうが優秀だろうが、すべからく全て殺す。

ひ弱に見えるオークの子供だろうが、たった一匹で戦士出ないヒトなど100人殺すことなど容易いのだ。

美しくか弱そうなエルフの女だろうが、たった一人で城砦を内側から滅ぼすことすら可能なのだ。

「可哀想だ」「美しいのに勿体ない」そう言った感性の持ち主は、戦士選抜の際に弾かれ、戦士になることはできない。

戦士であれば容易に討伐可能な魔物一匹に、戦士でない者は群れごと葬られる可能性があるのだ。

故に、卵一つ、赤子一匹、老いぼれや満身創痍の者であろうが、一切の躊躇なく破壊し、殺し尽くさねばならない。

そうして初めて、ヒトという種はやっと生きていける。

それほどに、弱い種族でもあるのだ。


彼女のモチベーションから察するに、ヒノワの配下の筆頭となりたいと考えているに違いない。

現状では、カンベリア統括委員会の委員長や、灰色戦貴族の分家筋出身の生まれてすぐからの付き合いの戦士など、ヒノワには側近とも呼べる者達が既に多くいる状況であり、次の最前線都市の領主となるヒノワに彼らもそのほとんどが付いていくだろう。

勿論、ヒノワにカンベリアを頼む、と頼まれて残る者も多くいるだろうが、やはり新しく実績を積みたい者や若い幹部候補も連れ立っていくことだろう。

彼らの中で筆頭足り得ていない、と彼女が考えているのだろうが、前述の通り、彼女は既に家臣筆頭を通り越して最重要人物の1人に至っているので、実際は彼女の目指すべき地位と方向性は誤っている。

ヒノワの執事のような立ち位置をキープしているヴァイス主導で探していた『ヒノワのライバルになりうる配下』としては、フミフェナ嬢は既に十分以上にお役目を果たしているが、彼女はそこに収まる気はない。

『ヒノワの右腕』足り得ることを証明する初仕事においては華々しいデビューを飾り、周囲を驚かせる結果を出そうという強い意志も、ヒノワへの忠誠心の高さが故だと言える。

そして入念な準備と根回しによって、領内においては理想的な形でそれは実現した。

が、その成果を汚す横槍が、相手側の、それも相手に責のない形で入った。

しかもそれが己の企画案の優劣によるものではなく、領主の才覚不足によるものという遠因、近因で言うならば橙色領の置かれた立ち位置について深く調査していなかったフミフェナ嬢のマーケティング調査不足の一端で、だ。

彼女からすれば、相手の環境や性格、領の状況くらいまでは調査して推測していただろうが、バランギア卿が実働に動いているほど、つまり領のお取り潰しにまで及ぶほどの劣悪な状況だったとは思っていなかっただろう。

橙色領とベッティム商会は一心同体であるとも言える関係性であり、橙色領お取り潰しともなれば言わずもがな、だ。

ベッティム商会自体は健全であり、ノルディアス商会長や番頭のレジロック氏などは非常に優秀な商人、あるいは役人であり、彼らと交わした契約がヴェルヴィアというクソに反故にされかねないなど、腸が煮えくり返って致し方なかっただろう。

これは結果論だが、彼女はピンチをチャンスに変換し、なんならバランギア卿から情報の融通が貰えるほどの高評価を受けるまでの功績を挙げて挽回、凱旋したと言っていいだろう。

ヒノワとしてもバランギア卿のご機嫌が取れたことは破格の成果だと評しているし、フミフェナ嬢の橙色での活躍の時点で灰色の評判を挙げる行動としては大成功と評している。

今回の件での僕への様々な助力や練成、装備の融通などで、僕としても相当に恩義を受けている。

フミフェナ嬢が考えている以上に僕もヒノワも他の人間には付け難いほどの高評価をしているし、得られた成果にも満足している。

紫色でのレイラに関する様々な件も、結果論ではあるが彼女のミスは無かったも同然だと言える状態までリカバリーしてもらっている。

レイラをどうしても守るつもりなら、僕からヒノワ経由で彼女にあらかじめお願いしておけばよかった話であり、本来、全く言及していなかったレイラに関するトラブルについて情報が遅れたことに彼女には責は無いのだ。

彼女にとって今回の騒動は名誉失墜のピンチであると共に、名誉挽回のチャンス、好機と捉えたのだろう。

しかし、実際のところ、既に僕にとってもヒノワにとっても、彼女がライバル視しているヒノワシンパの家臣団に対しても、「流石にフミフェナ嬢は最重要人物に設定せざるを得ない」という批評が得ており、つまり名誉挽回は終わっていて、現在は既に規定値を通り越した過剰なものだ。

が、まぁ、特に言う必要はないので利用はさせてもらうが、何処かで行き過ぎないよう制限はしなければならないだろう。

これから僕が取る行動については、僕が恰好をつけるためだけの行動であり、彼女にだけ依存している訳にはいかないものなのなのだ。

彼女には何処かで成果に満足してもらいたいところだ。

出来得るならば、ちょうど良いタイミングで。

ここからは僕の手番だ。

・・・まぁ、僕の手番ではあるが、そもそも僕の手で今回の騒動をコントロールする側に回れたこと、これは彼女の功績以外の何物でもない。


未だにぶつぶつと独り言を続けている彼女をチラリと横目に見るが、彼女の口からまろび出る不穏な言葉を聞かなかったことにすれば、彼女は外見上は未だ幼児の域を出ない小さな子供だ。

一般の家庭で順当に育てられていたとしたら、母親と手をつないで歩き、教育らしい教育すら受けていないような年齢の、可愛らしい子供。

見た目だけなら小さな子供だが、中身は・・・いや考えるのもよしておこう。

実際に彼女の中身が何歳の女性で、どういった人物なのか、詳しく知っている者がいたら聞いてみたいものだ。

ヒノワと2人で馬車に乗っていた時の、仮説的に女神ヴァイラスはフミフェナ嬢の外部端末だろうという説を挙げた際の話を思い出したが、今以ってあの説を否定するだけの根拠は見当たらない。

そして、今思えば、それを女神ヴァイラス、あるいはフミフェナ嬢に聞かれていたのだとしたら、『天罰』がなかったのも気になる、いや、僕はひょっとして『天罰』の対象外なのだろうか?

しかしそれを確かめるには、自らの命が掛かった実験をせねばならず、出来ようはずもない。

女神ヴァイラスか彼女かどちらが本体なのかはともかく、どちらが本体だとしても、そのような恐ろしい存在を敢えて調べようなどと勇み足を踏み、特大の地雷を踏んで粉々になりたくはない。


彼女の独り言独演会が始まって5分ほどが経った頃だろうか。

ほんの少し、ピクリ、と彼女が動いた気がしたので、おそらく、ようやく正常に稼働し始めたのだろう。

自分の無力を痛感しながらも、彼女が鬱憤を晴らす相手が自分ではなく他者であったことにホッとした自分に嘆息し、自嘲気味に苦笑してしまった。

いや、彼女から種類はどうあれ、あれほどの想いを送られるとあらば、ある種幸せなことなのだろうか?

おそらく、そんなことを口にすれば、レギルジアに相当数存在するであろうフミフェナ嬢シンパどころか、彼女のすぐそばにいるヴェイナー女史にすら殺されてしまいそうだ。

彼女の独り言に、また自分も声にならない独り言のように考えるのが、関の山だった。



「さて、これからのことだ。」


一息ついて次の話を進める。

レイラの命と貞操が無事であることが早期に確認できたこと、名誉についても把握している限りにおいては守られる目算であることから、彼女のミスは、これまでとこれからの彼女の貢献で帳消しにできるレベルのものだ。

逆に、レイラにとって将来的に長い付き合いになり、確実に関係性で悩まされるであろうフミフェナ嬢という存在に、多少なりとも今回の件の負い目を感じさせる機会になったことは、ある意味、レイラにとっては幸運であったとすら言えるだろう。

バランギア卿に身柄を管理されている前橙色当主ヴェルヴィアは、彼女の鬱憤晴らしの人身御供となってもらうことになるが、彼女の手が届く範囲でいい感じで飼い殺しにしてもらえないだろうか、灰色からも僕からも出費はないし。

確実に寿命は短くなるだろうが、おそらくすぐ死にはすまい、いや、彼女ならばより長く使えるサンドバッグとして補強すら施すかもしれない。

彼女への福利厚生として、ヴェルヴィアを長く健康で生かす為の提案をしてみてもいいかもしれないが、それが彼女の地雷を踏んでしまう可能性もあるので、放置するのがいいかもしれない。

まぁ“それ”はどうでもいいとしよう。

僕個人としては絶対指示もしていないし、現地がどうなるのかも知らないし、彼女の恐ろしい顔も見ていないし、どういったことを独り言のようにつぶやいていたのかも聞こえていないし、という事にして、自分のことに集中しよう。


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