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灰色の御用聞き  作者: 秋
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39話 レイラ嬢強奪作戦、始動

ヒノワ様は既に紫色領内に設置されているセーフハウスの一つに到着し、既に配下も含めて行動を開始していた。

このセーフハウスは、勿論セーフハウスとしての利用を目的としている為に、灰色の公式名義ではなく、ヌアダ殿の偽装名義で購入されているらしい。

位置はボリウスのいる紫色領当主領館まで直線距離で15km、領都を望む小山の中腹にある村落の中にあるコテージ風の建物だ。

元々その村落は田畑も少なく、建物も少ないのだが、どちらかというと常時住んでいる住民はほぼおらず、猟師がシーズン毎にレンタル式で狩猟小屋にしている建物が多いので、顔見知りの少なさは気にならないし、弓を持った人間がうろついても違和感のない村だ。

外観はその村落の建物群とほぼ同一に見えるが、窓は外観のみ生かしたハリボテで内側は塞がれている。

壁の芯材などに要塞かと言わんばかりの改造がなされており、不意な強襲でも一瞬で崩壊することはないように作られている。

本来用途としては、潜伏・長期滞在用の拠点となる為、居住性よりも襲撃対策や長期籠城の為の食糧や水源・トイレ用の排泄機関と言ったところに重点が置かれた施設になる。

まぁ、ヒノワ様からすれば狙撃するだけなら既に射程内に収まっている距離であり、ここからでも紫色領都は穴だらけに出来る距離だ。

ヒノワ様とヌアダは現地に着いて一段落すると、早速といった感じで夜明け前から鍛錬をしていたらしく、連絡を取った時間には、傍仕えが準備したお風呂に入っていたとのことだった。

アマヒロの起床を待ち、朝食前の打合せとしてヒノワ様に連絡を取ったところ、すぐ打合せで構わないとのことだったので、すぐさま打合せを開始したところだ。


「え?兄上が着いたら、すぐ真正面から強奪して即帰るけど?」

「え!!!???」

「大丈夫大丈夫、ね、兄上。」

「勿論だ、即全員撤収して、即座に灰色領まで戻るとも。」

「えぇ・・・。」


ちゃぷり、という音が聞こえてくるのでまだ入浴してそうであるが、そこは敢えてツッコまない。

現地の映像も拾わないように気を付ける。

聞き専に徹しているナインも横にいるが、少し気まずそうだが、無視するとしよう。


「確かに、レイラさんの政治的立ち位置、そして覚悟は、フェーナの心配している通りだとは、私も思う。

でもね、色付き戦貴族はね・・・、フェーナが思う以上に、『力こそ正義』なんだ。

話し合いはする、けど十中八九ダメでしょ?

むしろ話し合いで解決したらびっくりするけど・・・。

まぁ、話し合いでダメだろうから、レイラさんは正面から強奪して連れ帰る。

連れ帰らせないというなら、邪魔をする者を殺さない程度にボコボコにして、邪魔者を排除して、連れ帰る。

以上。」

「武断的な感じで良いのであれば楽なのですが、それで良いのですか、流石戦貴族・・・。」

「ははは、まぁ、『戦』って頭についてるくらいだからね。

僕もそれでいいと思っているよ、何しろ前例はあるからね。

父上もおそらく文句は言わないよ。

基本的には父上はまだ現役だけれど、もうほとんど隠居を気取られておられるから、王都政府との折衝役、みたいな立ち位置だから、レイラを連れ帰った後に揉めるようだったら、王都政府とボリウス卿との折衝の場に立ってもらおうかな。」

「テンダイ様が可哀想な気もしますが・・・お二方がそうおっしゃるなら。」

「前世の世界だと法的なアレコレが決まってて、法を破ってそんな乱暴なこと!ってなるけど、こっちの世界は倫理観が全然違うから。

あんまり勧められる考え方じゃないんだろうけど、今後のこともあるから言っとくね。

こっちじゃこういうのは、色付き戦貴族に限らず、戦貴族同士でも日常茶飯事・・・は言い過ぎかもしれないけど、まぁたまにはある事例だから、通例としてある程度あるくらいなんだ。

つまり、とりあげて大きな問題じゃあ、ない。

どうしても連れて帰られたくないんだったら、そっちがこっちよりも強くあればいいんだから?

あ~、年下の筆頭戦士でもない戦士相手にボッコボコにされた癖に難癖付けてもらっちゃ困りますよ~、的な事も言っちゃっていいんだよ、まぁオブラートに包みはするけど。

まぁそりゃ当事者はカンカンに怒るだろうけど、『道義的にどちらにも問題ないこと』で『圧倒的強者にここまでされたなら仕方ないな』って感じさえあれば、こちらの世界の文化的には割と、仕方ないな、強い人がそう言ってるなら、と考えるところもあるんだよ。

強ければ何をしても良い、という訳じゃないけど、お互いの利害が相反して話し合いで解決は絶対無理だよね、ってなったら、力づくで解決を図る、殺しは禁止、負けたら基本的には譲る。

流石にその過程で誰かを殺した、道義的に問題のあることをした、既婚者・・・特に正妻、正妻候補の許嫁を無断で暴行したり強奪した、と言った事は、報復的な私刑としてやり返したりすることも容認される場合も多い・・・けど、これもやり過ぎると懲罰を受けるから、まぁ赤穂浪士みたいな感じになっちゃうね。

潔く負けを認めないとか、勝ったからってアレコレやりすぎるとか、色付き戦貴族というブランドを傷付けるような行為をした場合は、『バランギア卿案件』になっちゃうから、避けないといけない。

『あー、なんか知らないけどみんないなくなっちゃったねー(棒読み)』になるからね・・・。

まぁ、やりすぎなければ、大丈夫、なはず。

『引き離された許嫁』を、『許嫁を奪われた元許嫁当人』が、『自分の足で乗り込んで』きて『自分で力づくで取り戻して』、『予定通り正妻として迎えて結ばれた』ってのは、きっといいニュースになるだろうね。

世論的にも多分認められるし、それどころか、なんなら吟遊詩人の詩になる美談になるかもしれないよ。

ま、相手を立てる、ってことも義理として発生するから、発生した不利益分についてはこちら側が相手に借りを作る形になるから、そこは何らかの形で補償してあげないといけないけどね。

例えば、後に政治的な話で駆け引きになった時に、以前の借りを返してもらしてもらうぞ、分かった、じゃあそれは呑むから昔のことは水に流してね、みたいな、ね。

より具体的に言えば、紫色領の最前線で助力がいるようなトラブルがあったなら、灰色は無報酬で窮地を救いに行くよ、って感じでね。

あるいは、灰色の結婚適齢期の誰かで紫色に欲しいと言われて、当人も承諾できるならそっちで吊り合いとってもいいし。

兄上とレイラさんの仲を引き裂こうなんて考えるクソ叔父なんてほんとはぶっ殺したいところだけどね、まぁそれやるとバランギア卿が全速力で走ってくるし・・・、やり返すにしても『そういう慣習』は守らないとね。」

「あ、あはは、まぁ、バランギア卿が走ってこないように努力致します・・・。

しかし、そんな慣習があるのですね、まだこちらの慣習について多く知っておらず申し訳ありません・・・。」

「そこはおいおい勉強してってね。

今知らないのは仕方ないと思うから。

で、兄上単独で何処までやれるのかは兄上の武の成長次第だけど、あのオッサンが兄上を囲もうとしたり、レイラさんを人質に取ろうとした場合以外は基本手出し無用。

流石に命にまで届きそうな攻撃は・・・止められたら止めてもらいたいけど。

で、いいよね?」

「その方針で構わないよ。」

「承知いたしました。」


アマヒロは元々、年齢の割にはかなり強い戦士だ。

筆頭戦士の座こそヒノワ様に任されているが、ヒノワ様さえいなければ、次期当主であり次期筆頭戦士になる素質はあった。

加えて、レイラ嬢救出の為に自らの身体にメスを入れてでも強くなり、己の手でレイラ嬢を取り戻す、という強い決意の下にたった二日だが修練を積んだ。

ただの修練ではない。

修練開始前と比較し、圧倒的強者である私や、ナインや、シアケンにボコボコにされ続け、自分の限界速度を更新し続け、そもそも思考加速能力のバフスキルの成長に加えて、大幅に感知能力や反射神経が発達している。

体感時間が間延びするような感覚すら、既に獲得しているだろう。

“黒装”を纏った状態であれば、通常の戦闘では、最早かすり傷一つ負う可能性すら無いほどだ。

が、ヴェルヴィアですら奥の手を隠し持っていたのだ、真っ当に優秀なボリウスが色付き戦貴族としての奥の手を持っていないと甘く見ることもできない。

万が一を考え、ヒノワ様やヌアダ、私やヴェイナーまで同行するので、万が一は起こらないとは思うが、注意していましたが次期当主を死なせました、障害を負いましたなどシャレにならないので、準備は万全にしていかなければならないだろう。


「まぁ、今回のバランギア卿の情報リークに関しては、後から知っていたとしてもフェーナが対処に当たる可能性が高いだろうな、って考えたんだと思うよ。

フェーナがやりすぎたら過剰戦力なことは間違いないから、バランギア卿としては、後から知らせて焼野原にされたら後処理が困るから、やりすぎるなよ多少は見逃すから、っていう釘を刺しつつフェーナの功績にしたらいいよ的な感じにしたんじゃないかな。

でも、禍根無いようにやれ、ってことじゃないとは思うから。

どう足掻いても、後で取り繕うとしても、ある程度の禍根は残るんだからね。」

「は。」

「ヒノワの言でもあるけれど、・・・ボリウス卿は、一応、レリス殿を『ルール』を遵守して、領の運営的には大きな問題は起こさずにクーデターを成立させた。

正面から一騎打ちで、現筆頭戦士を打倒し、正々堂々と当主として名乗りを上げた。

配下に実権を握られてしまった『白』みたいに、領として大きなトラブルを抱えた形では、ない。

向こうは正当な権利として、そして法的に問題なく、僕とレイラの婚約を破棄し、レイラをほかの誰かに嫁がせようとしている。

法的には問題は、ない。

今回のことは、僕の感情を優先した・・・言わば、我儘だ。

どう足掻いても禍根は残るし、その禍根の行き先は僕でなければならない。」

「うん、まぁ、兄上の言う通り、だね。

ボリウス卿は既に行政部とか色んなところで既に現当主として正式に認められている、ってことは間違いないんだよね?」

「はい、ヴェイナーの報告では、既に領として当主の代替わりを様々な部署に告知し、それを各首長が認め支持することを表明している、とのことでした。

おそらく短期間の根回しではないと思われます。

勝利の目算が立ち、根回しが十分完了し、時節を見計らっていたということかと。

橙色領のトラブルで、『赤』のバランギア卿が動き、それに応じて『白』も、『紫』も動きました。

今からでは知る由もありませんが、王都政府あるいはどこかの情報筋では、橙色領お取り潰しに際してバランギア卿が動く、その際には『赤』の動きがある程度制限される、その間だ、という思惑だったのではないでしょうか。

たまたま重なったのは、バランギア卿としても頭が痛いとは思いますが。」

「まぁ、そうだろうね。

だからまぁ、バランギア卿としては、ルール順守してるボリウス卿に関しては、あまり自主的に罰したり出来ないんじゃないかな・・・というか今グッチャグチャの橙色で掃討戦もやってるわけだし、忙しくて問題ないところに行ってる余裕もないよね。

報告聞いて『仕事増やすなよ!』くらいで、わざわざ出向いて罰するのも面倒臭いし、フェーナがやりすぎたりして大騒動でグチャグチャになったら後処理も面倒臭いしだるい!みたいな感じに考えてるかもしれないね。」

「バランギア卿にもお立場がございますから、あまり適当なことはされないかと思いますが・・・。

意外と面倒臭がりということでしょうか・・・?」

「いや普通に考えて、内政のごたごたにフェーナの相手までしてたらブチギレるでしょ。

誰だこんな厄事を起こした奴は!ってね。」


全員が苦笑いしてあるであろうことは請け合いだ。

流石にバランギアもブチギレとまでは行かかないだろうが、色付き戦貴族お取り潰しに魔物の掃討と領民のサポートと言った事で忙しくしている時に、わざわざタイミングを計ってた色付き戦貴族領のクーデターが2件発生、謎の疫病も発生となれば、誰であっても「ふざけんな!」と匙を投げたくもなるだろう。

ひょっとすると、バランギアは自分の鬱憤晴らしの為の代償行為として、今回の紫へのある種の報復行動を認められたのだろうか。

その可能性もなくはないかもしれない。


「事後に関してですが、ボリウス卿が報復として、バランギア卿に悪く伝えたり、世論に訴えかけてきたりする可能性は考えなくてもよろしいのでしょうか。

事前に対策した方が良ければ、対策も講じておこうかと思うのですが・・・。」

「最後っ屁みたいな感じ?

それやると、ボリウス卿はマジで進退窮まる感じになっちゃうからね、やらないんじゃないかな。

まず、紫色戦貴族自体じゃなくて、バイオレット家が本当に終わってしまう。

色付き戦貴族は、王都政府の言いなりじゃなくて、ほぼその方面、任されている領では超法規的にあらゆることを認められているけど、その代わりに課されている規範も大きい。

その規範を冒すのは、問題があるね、主に名声と信頼で。

折角クーデターで、家族も、自分が欲してやまなかった領地も栄華も、そして最前線を拡げたという名誉も得られる立場になったのに、そして武力に問題もないというのに、名声と信頼を失うことで、それらが全て帳消しになってしまう。」

「なるほど・・・承知いたしました。」


紫色領を任されているのは、バイオレット家。

ボリウスは、建前としては不甲斐ない兄に成り代わり、優秀であると自負する己の能力で名誉を掴むためにクーデターを起こした、という大義を掲げていて、レリスはあっさりボリウスに当主の座を奪われた。

それもまたレリスと紫色を与るバイオレット家の名声と信頼の部分的な失陥とも言え、ボリウスが何らかの理由で失脚したとしても、再びレリスを当主として据え、復権させるのは難しい。

レリスの嫡男のオリレスは、20歳になったところで、レベル100の壁こそ超えているが、当主となりうるほど突出して優秀か?と問われれば能力的には『優』の域を出ないので、10年後に期待、という程度であり、ボリウスを降ろしたとしても、オリレスを据えるほどではない。

では、ボリウス失脚後に紫色を支えられるほどの人材はボリウス側にはいるのか?となると、勿論、いない。

つまり、ボリウスは最後っ屁をかまして灰色にダメージを与えようとしたとしても、自らが失脚すればバイオレット家は色付き戦貴族ではなくなるだろうし、自分についてきてくれた親戚や配下、レリスやオリレスどころか子々孫々にまで影響し、急に当主を失った領の各所にも影響が波及する。

まぁやってることは腹が立つけれど、考え無しではないっぽいボリウスがやる可能性は低くはある。

見方を変えると、レリス殿とほぼ同じ治世を継続するなら、レイラのこと以外では、こちらからイチャモン付けてどうこうするべきだ、というところはほとんどない。

結構良い内政をしているのに、わざわざ外交で体裁の悪いことをするほど愚かではない、ということか。


「ただ、向こうに法的落ち度がなかったとしても、こっちもレイラさんに関しては兄上の想い人なので妥協できないから、強行する。

さっきも言ったけど、紫の有力戦士が良い血筋の嫁を探しているのなら、レイラさんと同年代の、灰色の未婚の女子で領外に出せる子がいればその子を紹介してあげてもいいし、人的補償で済むなら、兄上も私もそうするし、それで承諾取れたら実際に強奪まではしなくてもいい。

ぶっちゃけ、クーデターが成功するに当たって、バタバタしている中で、ボリウス卿としても落ち着いて考えてみたら不味いな、と思うことも多々あると思うんだよね。

もし本心では翻意してたとしても、“ボリウス卿自身が”やっぱりレイラさんを灰色に嫁がせるわ、って言うのは、既に領内で配下にお前に嫁がせるわ、って言った手前、立場的に不味いから言えないだろう、とは思うんだよね。

そうなると、実際のところを話し合って、建前的に戦っていい感じにちょっとボリウス卿に負けてもらって“灰色”がレイラを力尽くで奪っていってしまったので、通例通り、後日政治的に精算させるしかない、代わりの報酬は別途見繕うのでそれで承諾してくれ、灰色が適齢期の令嬢を見繕ってくれるとのことだ、って言い訳して処理はオッケー!みたいになれば、多少はましでしょ?」

「それが最も理想的な解決かとは思いますが・・・、実際は・・・。」

「フェーナの言いたいことも分かるよ。

でも、とりあえず彼我の戦力差を見せつければ、抵抗は無駄だってのは分かるだろうから、賢明な判断としては八百長が一番いいとは思うんだよ。

ボリウス卿的にはプライドと名声に多少傷はつくけど、未成年の少年に言い訳できないほどボコボコにされて分からされてしまいました、姪も奪われました、よりはマシだとは思うんだよね。

まぁ、バランギア卿の手前、ボリウス卿の周囲の評価も気にしてやらないといけないのがメンドクサイけど、八百長で納得してくれるなら、今後の付き合いも“考えてあげてもいい”よね。」


にやり、と、政治的な、悪そうな笑顔を浮かべていそうなのが簡単に想像できるような言葉だった。

言外に、話して分からないようならボコボコにして分からせてやる、みたいな感じでもあるから、本当に死なせないように気を使っておかなければならないだろう。

ただ、ヒノワ様の獲物は矢ではあるが、その破壊力は迫撃砲のようなものであり、そこに手加減と言ったものが存在するのかは、微妙な気がしている。


「私達はレイラさんを保護する為の“応援部隊”だからね、めんどくさそうだったらその辺のフォローは兄上にやってもらおうよ、愛しの花嫁救出作戦を成功させた支援者にそんなメンドクサイことはやらせないよね?」

「そこは父上に任せるよ、一応、ボリウス卿は義叔父になるわけだから、僕があんまりアレコレ言うと問題になるかもしれないしね・・・。」

「承知致しました。」


チャポン、という音の後、少しの静寂があった。

ヒノワ様には今の話に、何か少し逡巡すべき思索があったようだ。


「・・・今回の件、バランギア卿のやりたいことが若干透けて見える気がするんだけど、気のせいかな?

何処まであの人が立てたフラグなのかなぁ・・・。

灰色の戦力が強すぎることへの懸念は、前から気にはされてたんだけど、よくよく考えてみると、今回の件、ちょっと展開が気になるなぁ・・・。

色々考えてみると、都合が良すぎる展開が多い気がするんだよね。」

「都合が良すぎる展開・・・ですか?

しかし、今回のことが無ければ、アマヒロ様とレイラ様は何の問題もなく夫婦となり、このような行動に出る必要もなかったかのように思うのですが・・・。

それに、レイラ様の救出が完了した後、トラブルこそ予想されるものの、灰色にとって実りの多い展開とはあまり思えないのですが・・・。」

「言い方が悪かった、ごめん。

勿論、そうだね。

兄上とレイラさんにとっては、不幸以外の言い様がないし、ボリウス卿も今回はアレコレ被って貰わないといけないし、こっちにとってもあまり旨味がある話じゃない。

なるべくハッピーエンドにする為に、私達がこうやって動いてる訳だけど、都合がいい、ってのは・・・私達にとって、じゃなくて、バランギア卿にとって、ってことだよ。

今回のトラブル、いろんな展開が考えられるんだけど、不測の事態でこうなったら嫌だな、という展開を考えてみると、展開的にこの分岐はやばそうだな、っていうのがいくつかあるんだよね。

んで、一番怖いのは、どう転んでもバランギア卿にとっては都合がいいよね、って展開が多いような気がする、って話だよ。」

「それは・・・紫のクーデターもバランギア卿の仕込みだということでしょうか・・・?」

「いや、多分そんなことはないとは思うけどね。

まぁ、道義的に気に入らないから灰色とフェーナに配慮してレイラさんの件で起きるアレコレについて黙認してやるよ、貸しだからな、って面も、勿論あると思う。

でも、私達はそう受け取ってるけど、深堀りしていくと、そもそも灰色に恩を売りつける為にバランギア卿が謀略を巡らせてこうなっていて、この展開はその通りになってるんじゃないか?ってとこもある感じ。

バランギア卿が世界での出来事のすべてを把握してるのか、と言ったらそうではないと思うんだけど、人の世界においての窮地には大体間に合ってて、解決もできてる。

つまり、化け物じみた情報収集能力を持っているはずで、おそらくあちこちに赤の情報工作員がいるはずなんだよね。

そうなると、紫の今回のクーデター、ほんとに分からなかったの?っていう問題。

橙色にいるから、分かってたけど放置した、ルール無視とかじゃなければ問題もないし、みたいな感じで。

で、フェーナがたまたま橙に来て、灰色の縁者であることが分かってたから灰色に恩を売るついでにフェーナにも恩を売ろう、ボリウス卿が気に入らない人物だった場合は今回の騒動で釘を刺す材料に使おうとしてる、まぁ考えられるだけでもこれくらはあるからね。

バランギア卿ならもっと先まで考えてるんじゃないかと思うんだよね。

それ以外にもいくつか・・・なーんか、後のことまで考えると、そこまでのお膳立てまでされてるような気がしてこなくもないんだよねぇ・・・。

まぁそうだったとして、どうできるんだって言っても、どうにもなんないけど・・・。」

「そこまでの謀略を・・・。」

「私が言ったのは、考えられる、っていうただの羅列だけど、バランギア卿ならどれくらいの確率でこうなるからこうしておけばいい、くらいの展開を読んだ先の先の先くらいまでの手を打ってるような、とんでもない謀略家だと思うよ。

フェーナ、前に橙色領の新当主にならないか、って言われてたよね。」

「はい、ございました。

勿論、即お断り致しましたが・・・。」

「あれも、『明らかに抜きん出て強い戦士を新しい色付き戦貴族として遇して囲う』という意図のスカウトでもあるけど、その時バランギア卿からも説明があったんだよね?

灰色は戦力が揃い過ぎてるから減らしてもいいだろう、的な事を。」

「そう、です、ね・・・。」


確かに、私は以前バランギア卿に橙色にならないか、という誘いを受けたことがある。

勿論、バランギア卿としてはより強く将来有望な若い戦士が当主として座った勢力を据え直す方が、中央政府のトップとしての考えとして望ましいということだったとは思う。

が、その時、バランギア自身も言っていたが、灰色の戦力突出について苦言を呈していた。


「灰色は、色んな要因をまとめると、突出した戦力は強くても赤色にはなれない。

都市や前線を構築するべき『基幹人員層の厚さ』の問題。

実際、ボリュームゾーンというか、所謂中間層が薄くて、増やしていってるとは言っても、人員的な充足が赤色ほど早くない。

魔物を倒す軍は強い、けど、倒した後、前進した領地を管理する為の人員の数が少ない。

緩衝地帯から人足を補充するスキームがまだ全然出来てないのが問題なんだけど、まぁ、私が死ぬまでに改善はするつもりだけど・・・とりあえず前線を前進させても、後ろがスカスカになりかねないんだよね。

だから、灰色は領の前進速度が赤色ほど速くないのがネックなんだ。」

「は、承知しております。」


ヒノワ様が私をスカウトした理由の一つが、それだ。

当初から言われていた。

魔物の領域を侵し、前進し、最前線都市を新たに築く。

物は、サウヴァリー氏がいれば、それこそ一瞬で出来上がるだろう。

そこに暮らす人々は、その前の最前線都市から移住する者も多くいるし、緩衝地帯に住まう家督継承権の無い貴族の三男や四男、相続した土地のない農家の三男や四男と言った、緩衝地帯の住民に募集を掛ければ、ある程度まではすぐにでも集まる。

だが、新しい都市を運営する基幹要員は、血は入っていなくとも、優秀な『灰色の関係者』でなくてはならない。

質の高い人材は、勿論いる。

が、その数が問題となっている。

現状維持には必要十分以上揃っているし、現行のスピードであれば問題はない。

ただ、これから集まった戦力に対して十分なスピードで最前線を前進させて最前線都市を構築していくには、灰色には『都市運営を担える、灰色出身の様々な人材』が不足しているのだ。

アマヒロとヒノワ様が生まれるまで、『灰色』は現在の“序列5位”ではなく、『紫色』よりも低い“序列7位”だったことから見ても、本来この序列にあるのが如何に異常なことなのかが分かる。

お二人が生まれるまで灰色がその順位に甘んじていたのは何故か。

それは、『遠距離戦を主体とした戦闘には秀でているが、前線前進速度に劣っている』という評が昔からあり、それが正当な評価だったからだ。

他色に比べて地域的に寒い大陸北部ということもあり、冬季においては積雪や猛烈な寒波によって都市建設速度が遅く、サウヴァリー氏が訪れる前はカンベリアと比較して相当市壁も低く強度も弱い、正直言ってしょぼいとも言えるレギルジアが最前線都市だったのだ。

サウヴァリー氏が建設を請け負ったカンベリアは非常に短期間に設営されたわけだが、これは完全にサウヴァリー氏のスキルに依存したものであり、領全体の都市建設速度の底上げがあったわけではない。

将来の為に広く人材を求めている、戦闘だけではなく、建設工事従事者や行政の管理職を担える『灰色』として教育を受けて熟練した人材が必要なのだ。

ヒノワ様がそう求められるのであれば、私はそれに応える。

そのつもりで、燻っている人材は逐一、あちこちで拾うようにしているが、足りているかと言われればまだ足りていない。


「国全体のバランスを考える必要があるバランギア卿からすれば、本来はその突出した戦力は、一箇所に固めて配置するんじゃなくて、対守り神級の魔物への対策として、精鋭戦力の低いところを補う為に使いたい、ってことだね。

なんならそこで根を生やして骨を埋めて、新しく強い勢力が生まれたら素晴らしい。

数世代先に利点が生まれるかもしれない、そういう先を見た布石だよね。

新しく生まれるまで待てない場所なんかだと、既にある場所から再配置、分配がしたいと考えているのは当然だと思う。

実際、灰色にとって今となってはフェーナは他に代えられない、捨て難い人材だけど、フェーナがいなかった頃の灰色に、絶対にフェーナがいなければ立ち行かなかった問題がどれほどあったのか、と言われれば、当時は当時でなんとかはなってたのは、確か。

勿論、フェーナがいなければ先日の大侵攻で領としては大ダメージを負ってたのは間違いないし、女神の恩恵が無ければ今の繁栄は無いわけだから、そういうこっちの都合の回答は出来るんだけど、じゃあフェーナがいなかったら領は崩壊したのか?って言われると、父上と兄上と私が健在であれば、まぁ大損害は受けただろうけど、崩壊まではいかなかった、って回答するしかないし、そこで大ダメージを実際に受けた他領の復興も兼ねてバランスを取って~云々、みたいな反論は受けそうだし、そこに理不尽だ!って言うのは難しそうなんだよね。」

「しかしそれは割り振られた担当各領が本来、対処すべきことなのではないでしょうか・・・?」

「まぁ、色付き戦貴族である限りは、本来は、そうだね。

だから、色付き戦貴族失格という烙印を圧された取り潰しにあった領の新しい領主にフェーナみたいな人を据えると、ほら、齟齬がないじゃない?

流石に、私とヌアさんを配置換えする、ってなると、灰色直系ってこともあるし、私達がいなくなったら戦力的にも統率的にも灰色はかなり厳しくはなるだろうし、私とヌアさんのセットを外に出すってのは、おそらく選択肢にはない。

兄上は勿論次期領主なんだから無理。

灰色から新しい色付き戦貴族を輩出する為に、誰を外に出すんだ?ってなったらフェーナやフェーナ配下の強力な戦士が有力候補、ってね。

無理やり考えてこじつければ、まぁ、それくらいはやりかねないかな。

フェーナを色付き戦貴族として叙爵して領地を丸ごと任せる人材としたいから貰い受けたい、灰色領内のフェーナの事業は代官に継続してもらってもいい、と言われれば、絶対引き下がれない公的な関係がないから、私達の一存でフェーナを引き留めるのも難しいんだよねぇ。

私達は『絶対譲りません』『嫌です』とは言えるけど、多くの無辜の民のことを考えなければならないバランギア卿を論理的に論破できるほどの論拠は持ってない。

フェーナが同意するなら、って条件付けるのが精一杯、というのが正直なところなんだよ。

不幸中の幸い、一応、バランギア卿もそれには同意してくれているから、一応踏みとどまれてる感じ。」

「より多くの民のことについて考えなければならないバランギア卿の視点であれば、そうかもしれません。

が、私は色付き戦貴族になるつもりは御座いませんので・・・。

それに、バランギア卿は、その時点では私に強制はなさいませんでした。

どうしても嫌だというのなら、やる気のあるほかの人間を探す、と・・・。」

「強制しなかった、ってことは、まぁなんかフェーナのスカウトがダメだった場合の代替案が腹案としてあったんだろうけど、本命はフェーナだったのは間違いないだろうね。

・・・話が逸れちゃった、まぁ、確かにフェーナを橙色の新しい色付き戦貴族として取り上げた場合、橙色はこれから繁栄し、前線前進速度も急加速するだろうし、民も感謝するし、魔物はどんどん生息域を小さくしただろうから、それはそれでいい未来だったのかもしれないけど・・・。

本題に戻ると、紫のクーデターのこともそうだけど、突発的な魔物の大侵攻はともかく、“そもそもバランギア卿レベルの謀略家が、10年近く取り潰しが検討されていた家の代わりを考えていないはずがない”ってのがあるからね。

どうしてもフェーナが無理なら、その候補の次点の人が選ばれるとは思うんだけど。」

「ごもっともかと。」

「あわよくば、灰色の突出戦力を削いで戦力を分散させよう、っていう考えもあったとは思うんだけど、バランギア卿としては国全体の安定化が最優先のはず。

普通、武名を求める戦士が、伝説の英雄であるバランギア卿から『色付き戦貴族にならないか』と誘われて、否、と言えないから、フェーナが頷けば儲けものみたいな感じだったのかもね。

バランギア卿は頑なに、空いた戦貴族領のトップに赤色から戦士を派遣することはしてなくて、必ず赤色以外の勢力から新しい戦貴族を見繕うことでも知られてるから、多分そのリストにフェーナの名前が筆頭として書いてあるんだと思うよ。

これは都市伝説かもしれないし、父上からも明確な回答は貰ってないけど、バランギア卿は、『自分が死んだ後はバランギア卿を王とする』と建国王が遺言を残していたのに、建国王への忠誠から建国王の血筋を盛り立てることを誓って、遺言を柔らかく拒否して建国王の嫡男を王として立て、自らはその育成者という立場に下がった、って話があるんだ。

更に、国の血統継承の障害となり得る自らの血を懸念し、バランギア卿は結婚もしなかったし子供も作らなかった、と言われてるんだ。

あまりにも強力かつ有能、カリスマ性を持つバランギア卿の血筋は、将来的に王家を脅かす可能性のある血筋でもあるから、それを自身で恐れたんじゃないかって推測もされてる。

まぁ本当のところは分からないけど、客観的に見てバランギア卿の建国王や王家への忠誠度は、この300年衰えていない辺りから考えても、常人には想像し難いほど高いと思っていいと思う。

フェーナを灰色のフリーな環境から、特定の色に移籍・定着させて固定することは、戦力の有効活用という建前と、おそらく『自分亡き後の王家への脅威を可能な限り無くしたい』んじゃないかな。

その為には、ある程度しがらみを作って王都政府、国王の血統への反抗心を削いでおいて、ある程度政局闘争に留まるようにしておいて、完全にフリーで動けてしまう超強力な戦士が宙に浮いた状態を避ける必要がある。

王都を囲う選帝侯に対しても色々な縛りを課していて、“ヒトの脅威”から王都を守るように布陣させてはいるけど・・・これも、『外からの脅威を睨む』為という建前は当然として、色付き戦貴族と対峙させることで睨み合うことを前提として作られた構造だと思うんだよね。」

「確かに、そう考えれば理解できることかと思います。

しかし、私がそこまで警戒されているとは・・・。」

「過剰な心配じゃあないと思うよ?

正直、フェーナが単独で攻め込めば、国王陛下はどう守らてるか分かんないから不明として・・・バランギア卿を除けば皆、大体は死ぬんじゃない?」

「出来るかもしれませんが、流石にそのような虐殺をするつもりは・・・。」

「例えば、私やナイン・ヴァーナント技師をはじめとした灰色領が、王都政府からの非道な手段で虐殺されたりしたら?」

「それは・・・報復はする、とは思います。」

「まぁ、向こうもフェーナと敵対したいとは思ってないだろうけど、場合によっては、そうなることもありうるからね。」

「肝に銘じるように致します。」


勿論、親しい身内を皆殺し・・・暴行を加えた上で残虐な殺し方をして殺された、となろうものなら、止まる自信がない。

女神ヴァイラスをフル稼働させ、ヴェイナーと共に王都へ突撃し、中心でアレラを爆裂させ、特殊な耐性を持つ稀な体質な人間を除いた全てを一瞬でアレラに感染させ、ありとあらゆる苦痛と悲鳴を叫ばせた後に惨めに殺し尽くすかもしれない。

報復として後先を考えない行動を取る場合、バランギア卿が既に死んでいると仮定すると、王都で生存可能なのは特殊耐性持ち・・・と、ひょっとすると何かしらの加護を受けている国王が生き残るくらいか。

バランギア卿が自分の死後の国王の血統と王都政府の存続を願うなら、脅威になりうる存在はどこかに落ち着ける方が、確かに安心はするだろう。


「うん、まぁそういうルートを潰す、ってのも一つ。。

で、まぁ、灰色と紫色はレイラさんさえ奪還できれば血縁自体は繋がることになる。

フェーナと私、兄上には勿論、レイラさんにも恩を売れる。

レイラさんを奪還されたボリウス卿に王都政府として“様々な配慮”をバランギア卿が施せば、ボリウス卿にも恩は売れる。

バランギア卿的にはボリウス卿の次の代には兄上とレイラさんの子供を就任させろ、というような言い方をするかもしれないし、十数年後に『灰色と統合することにしたから、代官に格下げね、後継はフェーナに任せるから』みたいなこともバランギア卿なら可能だろうしね。

ま、どんな展開でもバランギア卿としてはやりようがあるんだよね、心配してもどうしようもないかな。」


アマヒロとレイラの仲を取りもつような形で武力介入を黙認すると都合が良くなる、つまりは灰色次期当主であるアマヒロを紫色に据える配置転換、あるいはアマヒロとレイラの子供・・・例えば子供が3人4人生まれた場合に、その末子を引き取って紫に据えるのは、ボリウスにとっては屈辱以外の何物でもない代わりに、強力な戦士であろうその二人の子供を血族に戻すことができる『紫色』にとっては福音とも言える。

が、どう足掻いても灰色に二人の子供は末子以外は残るはずであり、あまり『灰色の戦力を削ぐ』という効果はなく、力の差は開く一方だろう。

現紫色当主となったボリウスを更迭する、あるいは粛清するには、第三者として俯瞰しても難しそうに見えるし、敵対勢力である灰色勢力の一員である自分から見ても、ボリウスは上手くやり過ぎている。

ボリウスのクーデターは、『ルール』を遵守し、守らねばならない通例に則っており、各所への完璧な根回しや被害を当主直系2人と近衛隊のみの最小限で留めたこと辺りから考えても、バランギア卿がボリウスのクーデターに好印象を抱いていないとしても、ボリウスを処罰の対象とするのは少し無理がある。

ボリウスはヴェルヴィアとは比較にならないほど、まともで有能な人物であり、レイラのことを除いて考えれば、今後もそれほど揚げ足を取れるような大きな失点を犯すとは思えない。

もし現時点で致命的な失点があったのなら、灰色の行動を黙認などせずにバランギア卿自身が乗り込んで粛清したことだろうが、そうはなっていないし、根回しや法的申請に於いても今のところ完璧に済ませていることから、法遵守の精神や理解はほかの色付き戦貴族よりも高い可能性すらある。


「・・・バランギア卿が傍観するのではなく、何かをお考えだと、ヒノワ様は考えられているのですか?」

「うん、まぁ、あくまで可能性としていくつか候補があるだけだよ。

元々、やり過ぎたら黙認のレベル超える可能性高い訳だし、私達はとにかく『大事にならないようにする』、これをとにかく気を付けないといけない、ってことだけ分かってくれてればいいかな。

戦力的には過剰なわけだし、フェーナへの依頼としては・・・“私達じゃない何か”がアレコレ起こさないように、周囲を監視して・・・危険度が高そうなら排除してほしい。

他の可能性については、対策するだけ無駄かな、選択肢が多すぎるし、バランギア卿はどう転んでもいいように出来ちゃうから、不可抗力だよ。」

「なるほど、承知致しました。

現地では、ボリウス卿を守るくらいのつもりで動きます。

一応、技術サポートと援軍の一人として、ナイン・ヴァーナント技師も同行していただきますので、サポートについてもお任せください。」


横で聞いていたナインとも目で合図をし、頷き合った。

アマヒロと打合せをしていた際、ナインもサポーターとして同行してくれることとなっていた。

ナインも替えの利かない重要な人物の一人だが、何故か今回は彼も乗り気であり、『生半可な戦士が相手なら全く問題ない』と自負を語るほど、意気軒高でもある。

『勿論僕も行くよ』と目線とジェスチャーで合図をしてきていたので、私も笑顔で頷く。


「後は、不確定要素となると、兄上の力量くらい・・・かな。

そっちは・・・兄上の調子はどう?」

「とりあえず、フミフェナ嬢から今回のミッションに参加する為の及第点はいただいたところだよ。

昨日までの僕とは全然違う戦士になったことだけは、自分でいうのはなんだが保証してもいい。」

「・・・と兄上はおっしゃってるけど?」

「アマヒロ様のおっしゃる通り、及第点はクリアされておられます。

定着性も非常に順調です。

私の所感ですが、アマヒロ様は元々非常に優れた戦士であった上に“黒装”への順応性・相性も良く、バフ換算の上で、という前提は付きますが、既にレベル200の戦士を優に凌駕するところまで到達していると思います。

通常、慣熟訓練には2週間ほどかかるので、非常に簡略化・・・というか促成訓練用に再構成した訓練を行ったのですが、本来3日程度かかると想定しておりましたところ、1日で及第点まで到達されました。

これほど早く順応されるというのは、非常に稀なことです。」

「兄上は元々鑑定系の能力に秀でているから、訓練しながら自分の状態とかを鑑定してたんじゃない?

やりたいことが分かってて、自分で自分がどうなっていっているかを客観視できる、ってのは、強いよね。」

「自画自賛になるかもしれないが、やはり適正があったということじゃないかな。」


これから自らの許嫁を取り戻しに行く、という生涯における一大イベントを控えているということもあってか、アマヒロは若干興奮気味ではあるが、その自負は誤っていない。

私とナインを除いたほかの被施術者と比較し、アマヒロは随一の適正を発揮していた。


「かもしれません。

私の設定していた及第点を既に少し超えるところまで到達されておられますので、明日、人目を避けたルートで移動し、行動を開始しようかと思っております。

時間はアマヒロ様と打合せますが、おそらくお昼頃になるかと思いますので、決定次第ご連絡致します。」

「分かった、じゃあ、こっちもそのつもりにしとくね。

レイラさんの方はどうなってる?」

「レイラ様は私の配下であるヴェイナーが張り付いておりますので、身の安全についてはご安心下さい。」

「ヴェイナーさんが付いてるんだ、じゃあ安心だね。

じゃあ情報も抜き放題抜いてるってことでいいのかな?」

「はい、現在、ヴェイナーを現地の班長に据え、数人の情報工作員の配置を進めております。

一応、何があるか分かりませんので、王都と橙にも配下を送っています。」

「万全だね、流石フェーナ。」

「ありがとうございます。」

「じゃあ、後は、兄上とフェーナがこっちに到着してから、ヴェイナーさんからの情報を下に作戦考えよっか。」

「ヴェイナーの配下で動ける者に、現況判明している範囲の情報については紙面で届けるよう指示しておきますので、ヒノワ様の下には先行して現行の情報をお届けいたします。」

「助かるよ。」


とは言ったものの、現況、ボリウスの手の内は、今の所ヴェイナーの調査でも良く分かっていない。

『アレラ』の調査を以ってしても、レリスやオリレスは、正々堂々とした立会において、普通に短刀で斬り付けられて圧倒され、倒されたことしか分からなかった。

ヴェイナーが行った様々な調査でも、ボリウスがレリスを瞬殺できるほどの強さである、と断言する者はボリウスの側近に留まっており、ボリウスの最前線での戦いぶりを知っている最前線の戦士達は『ボリウスとレリスどちらが上かは分からない』『ひょっとしたらボリウスの方がちょっと強いかもしれない』と言った曖昧な回答が多かったようで、明確に分かるほどの戦力差はなかった、というのが客観的な調査結果だ。

だけれど、ボリウスは不意打ちではなく、正々堂々とした立会でレリスとオリレス、レイラの親衛隊を無傷で圧倒しており、戦力的にかなりの差があると考えた方が無難だ。

何かあると考える方が当然だ。

が、それでもヒノワ様やヌアダ、私を出し抜くほどのレベルにはないだろうと考えている。

勿論、ヴェルヴィアの奥の手と似たような何かがあるのかもしれないが、クーデター当初の“動き”については既に追跡・分析している。

短射程の近接武器を使う戦士としては順当に“速い”という評価だが、私の知覚速度からすると“遅い”という評価を逸脱するものではなかった。

ただ、戦場におけるボリウスの活躍は、単純な“速い”だけではないようにも思えるので、油断だけはできない。


「ここの場所は・・・まぁ言わなくても分かるよね。

私とヌアさんは出歩いて気付かれても面白くないので、明晩フェーナ達がこっちに来るなら、私達はこのセーフハウスで待機しておくよ。

一旦、皆を連れてここまで来てくれる?

なるべく、目立たないよう、見付からないように来て欲しいんだけど・・・。」

「承知しております、お任せください。」

「分かった。

じゃあ、また昼にね。」




「じゃあ、フェーナ、よろしく。」

「承知致しました。

皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。

資料は各所お渡ししていますので皆さん既にご確認いただいたかと思いますが、本日の動きについて、意見や違和感のある方はいらっしゃいますか?

・・・いないようですね、現在、最終決定権のあるアマヒロ様の御意見をお伺いしても?」

「まず、フミフェナ嬢、ヴァーナント技師を始め、サポートしてくれた皆に感謝を伝えさせて欲しい。

みんな、本当にありがとう。

今回の作戦に関しては、実際に領としての利益はかなり少ない。

勿論、未来の『領の民全ての母』となりうる女性を失うこと、そしてその女性と僕の間に生まれるであろう将来の領を背負う嫡子が望めなくなること、これらについては損害とも言えるが、これは僕の自己満足・・・いや我が儘とも言うべきものだ。

勿論、報酬については言い値で支払うくらいの心づもりではあるが、協力してくれた君達には感謝しかない。

また、まだ研究中の秘匿技術である装備品・施術について供出してくれたフミフェナ嬢、ヴァーナント技師には特別の感謝を伝えたい。

まだレイラ奪還の作戦は実行前ではあるが、僕は成功することを一切疑っていない。

レイラ本人の身も、ボリウス卿からは非常に優遇された軟禁程度であると報告を受けており、内部工作や秘密裡な連絡などに協力してくれたフミフェナ嬢とその配下の方々には感謝すること限りない。

もう一度言う、本当に感謝している、ありがとう。」


ヒノワ様と連絡を取り合った後、朝食を取り、午前7時には簡単なブリーフィングをし、午前10時には紫への移動を開始することを伝えていた。

アマヒロはアマヒロであれこれとレイラを迎えるための演出道具などを様々、バタバタと側近と準備をしていたのも知っているが、ここでは敢えてツッコまなかった。

昼前には作戦参加予定のメンバーは移動を開始し、昼食前にはヒノワ様のおられるセーフハウスに全員到着していた。

元々、谷間の猟師村なだけあって、あちこちの小屋の外には狩猟成果物の獣や魔獣などの毛皮や肉が干されており、狩人達も数人すれ違いはしたが、数人程度のグループの移動にはあまり目くじらを立てるようなことはなかった。

現況報告と現場の情報を共有し、作戦についても詳細を打合せ、事前にやることは全て終わった状況だ。

あとはアマヒロの号令を待つばかりだったの。

彼が満足するまで待とうと全員が頭を下げたままのアマヒロを傍目に見ていたが、十秒以上経過しても彼は頭をあげなかった。

全員の目が私に「早くお前から声を掛けろ」と訴えていた為、私から声を掛けることになった。


「頭をお上げください、アマヒロ様。

我等皆、灰色に住まう民の一人、そしてアマヒロ様の臣の1人でもございます。

貴方様は、将来、領を率いて戦わなければならない御方でございます。

貴方様は『こうしろ』と仰れば宜しいのです、我々は『承知致しました』とお応えするのみでございます。

それに、女の身から申し上げまして、単純な政略結婚ならいざ知らず、相思相愛の許嫁の仲を引き裂こうとは業腹ものです、是非レイラ様をお救いするお手伝いをさせていただきたく思います。」

「ありがとう、フミフェナ嬢。

では、出撃と行こう。」

「兄上、男を見せる時です。

堂々と行きましょう。」

「よし、全員、死ぬのは勿論、怪我をすることも許さん!

ボリウス卿からレイラを強奪し、全員無事に、レイラをアーングレイドまで連れ帰る。

行くぞ!!」

「「「オォ!!」」」


作戦はシンプルだ。

ヌアダ・私を先頭とし、続いてアマヒロ、ヒノワ様の二人、その左右にナイン・ノール、後続にカンベリアでシフト待機していた『黒装』発動可能な文官風の衣装を来たフミフェナ隊の隊員6名と、ヒノワ様とヌアダの側近2名。

計14名で、紫色領都へ正面から進行、紫色領館へ直行し、正面からボリウスに接見し、レイラを強奪する。

ボリウスはいまだに我々が接敵していることには気付いておらず、レイラを隠す、遠ざけるといった対策には出れていない。

ヴェイナーにも随時確認を取っているが、こちらの行動に気付いている様子はないとのことだ。

レイラは領館に半ば幽閉に近い形で軟禁されているが、食事・邸内の散歩・入浴などは侍女と女性戦士の同行を条件にかなり緩い規制しか受けておらず、今現在も自室で過ごしている所が確認されている。

作戦行動を開始し、領館まで現地で雇った幌付きの馬車で向かうこととしたが、道程は概ね1時間ちょっと。

ボリウス達が昼食を取り終えた午後1時になる頃には、現地に到着する予定だ。

ヴェイナーに命じ、先触れとして領館の門番にアマヒロを筆頭とした灰色戦貴族が訪れる予定であることを伝えさせる。

全員油断なく意気軒高、予定外のことさえ無ければ、問題なくレイラ強奪は成るだろう。

『予定外』のことさえ、無ければ。


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