38話 次期当主改造 日が明ける
施術を終えたアマヒロは、翌朝4時丁度に目覚めると、すぐさま身繕いを済ませ、シアケンに各種の修練開始を申し入れてきた。
予定していたスケジュールからかなり時間的に早く、シアケン達は難色を示したが、流石に次期当主候補筆頭であるアマヒロの要望を安易に断ることもできない。
判断に困っている様子だ。
私に確認を取ろうにも、彼らとしては朝4時となると起こしていいのかも分からない。
基本的にスケジュールについては粗方計画して共有しており、私がアマヒロと会う予定の時間は、朝食後の午前8時の予定だった。
彼らは、どうすればいいのか、大丈夫なのか、と躊躇しているようだった。
様々な手配でたまたま1時間前には既に起きていたので、彼らの心労も心苦しいところだし、自分から部屋を出て彼ら彼女らの不安を解消する。
彼らと合流し、共にアマヒロの元に行くと、彼は既に薄手の下着に私の提供した修練用のインナーの上下を着用して、ストレッチを開始していた。
ナインと二人で小さく溜め息をつきながらも、急いで簡単な朝食だけ取るように勧め、小休止を取った後、修練を開始する。
アマヒロの慣熟訓練と修練は、“なるべく早く仕上がる方法でやってほしい”という強い要望もあり、シアケン、私、ナインの三人との組手式で進めることにした。
それも、それほど意欲があるのであれば、と、かなり詰め込んだ内容で、厳しい修練を進めることとした。
簡単に言うと、ボコボコにした。
と言っても、無分別にボコボコにしたのではなく、感覚速度加速や行動速度加速と言った段階を踏みながら、アマヒロが段階を上げるごとに少しずつそれを上回るようにボコボコにしたのだ。
本来なら、修練開始時のマニュアル的には、必要なスキルや術式の習得から開始せねばならない為、こんなにすぐ実戦形式の修練を行うことはないが、アマヒロは偶然、修める体術に要するものとして該当スキル術式を粗方全て網羅しており、その部分についてかなり短縮できた。
そういった前段をスキップ出来たこともあり、アマヒロの修練は計画よりも劇的に進捗し、数時間で及第点のレベルにまで到達した。
既にアマヒロは昨晩までのアマヒロとは隔絶した実力を備えていると表現して問題ないほどの領域にいる。
昨日までのアマヒロとは、既に隔絶した差が生じている。
非常に短期間とは言え、アマヒロは今日、生まれ変わったと言えるほどの変化、進化を遂げた。
修練は終日行ったが、昼食休憩からはナインには修練から外れてもらい、アマヒロ専用『黒装』の特徴的なデザイン面改良設定依頼していたのだが、アマヒロからオプションは可能な限り全て外して欲しいと要望があったため、すぐさま完了した。
『黒装』は基本状態でも本来アレコレとオプションがついている状態であり、最も軽装な状態となると皮膚を覆う全身タイツのような状態まで薄くなる。
アマヒロは鎧調の外装オプションはほぼ全て削り、最小限の“角”っぽいオプションのみを設定した。
本来、『黒装』は外装オプションを追加して使用する前提の装備の為、上から何かを羽織るような設計や設定にはなっていなかったが、首から上の出力のみオンオフ機能を付け、首から下は全身タイツ状の『黒装』を纏ってその上から礼服に近い灰色公式の戦闘服を着こむ、という構成となった。
アマヒロとしては装甲に頼るというよりも、装備バフを主とした機動力を『黒装』の主目的に据え、装甲は万が一の際の防御力を上げ、流れ矢などでの偶然死を避ける為のオマケ、と言った考えを持っているようだった。
余計な外装を減らすのは修練に必要な時間をなるべく減らす為でもあり、いくら重量がほぼ無いに等しいオプションとは言え、出力している外装は防御力を持つ状態にまで厚みを持たせて出力構成している場合、外装同士が動作の際にある程度重ならないように少し間隔を空けて配置する形となるのだが、身体の動きに完全に追随しながら変形するほどの機能はまだなく、動きの中で重なる部分については通常の鎧や装備と同様に、動きの邪魔になる。
既存の身体操作のバランスが崩れるような、空間認識から外れる嵩張った物は感覚の差異が大きい為に避けたい、という意図もあってのことなので、非常に合理的な判断だ。
如何様な武器を用いる場合でも、本来は習熟期間は必要であり、ただでさえ身体操作のバランスを維持するのにかなりの調整力を必要とする全身に影響するバフを盛る『黒装』を纏っている状態であるので、余計な物は無いに限る。
弓と矢に関しては、現状、まだ開発されて間もない『黒装』の概念では、基礎技術の開発が間に合っておらず、量産型どころかワンオフでも設計するのは不可能と踏んでいる。
となると、弓と矢を戦闘に使うのなら、手持ちの現物を持参する必要がある。
アマヒロには、慣熟訓練後の修練時には手馴れた弓を使ってもらったが、『黒装』との相性は芳しくない。
研究状況については詳細に伝えてしまうと問題になる可能性があるので、ヒノワ様にも了承を取った上でサキカワ工房の職人達と私を合わせた15人以外に把握している者はいない。
既に日が落ちるほどの時間が経過していることもあり、私は『壁』や迎賓館の職員にあれこれ指示をしながら、ナインと共にアマヒロの試射を遠目に観察していた。
納得するまで射させてみようと傍観していたが、思いの外早く片付けを開始していて、確認してみると30本程度の試射で何かしら掴んだようだった。
「試射した感じは、どうですか?」
「コレでは・・・今の弓では、もうダメ、だね。」
実戦練習ということで、『黒装』を纏った状態とそうでない状態で、慣熟訓練を経てどれくらいの変化と差があるのかの体感の感覚差を確認する訓練を始めた。
『黒装』の有無、いずれにおいてもいつもの装備で矢を放ってもらったのだが、思ったよりも手応えが良くなかったようで、一射ごとに首を傾げていた。
『黒装』で無理矢理ブーストした訓練を施したことで、加速状態が身に染みて付いてしまい、そして『黒装』の膂力へのバフ効果も今までの感覚も相まって、『黒装』を解いた状態での弓の操作・矢の飛び具合にも不満が生じたのだろう。
アマヒロが使っている弓は、弓に特化した戦士が集まる灰色戦貴族領でも指折りの名弓であり、テンダイの前当主が専用装備として長年使用していた逸品だ。
これ以上となるとヒノワ様の使っている『弓』くらいしかないので、不満があるとしてもこれ以上の用意は、ここ灰色でも不可能。
なので、納得していなくとも今回はこれを使うしかない。
これから特注するとなると、おそらく『黒装』状態のスペックを理解できるローマン技師くらいしか作れないだろうが、いくらローマンさんが優れた技術者であっても、基礎技術研究、プラン起草から設計、材料調達、加工、製造までやっていたのでは数か月単位で時間がかかるだろうから、普通に考えれば年単位での計画で進めなければならないだろう。
とりあえず今回の作戦には間に合わないし、試験的に作成したような無茶な物を実戦に持って行くのは、何があるか分かったものではないので、次期当主候補に持たせるには難がある。
ヒノワ様からの要望も必然的にそうなるであろうことは請け合いである為、『黒装』で使える弓と矢の基礎技術開発についてもローマンさんを始めとしたサキカワ工房宛に依頼はしているのだが、研究状況としては前述の通りあまり順調には進んでいない。
ヒノワ様専用、ヌアダ専用の外装の設計も頼んでいる手前、開発担当者の手も詰まっている。
後は、技術的にブレークスルーが起きない限りは、劇的な開発期間短縮は出来ないだろう。
開発担当者を増やしたとしても、やっていることが高度過ぎてそもそも付いてこれる技術者がいない。
これから教育するにしても、教える側の余裕がない。
それに外部要因を増やすのは機密情報漏洩の危険もあるし、本来、レアアーティファクトを扱う工房は国や行政から保護されている存在であり、公然と無闇に人員を増やしたり減らしたりが出来ないので仕方がない。
「装備バフのおかげもあって、弓の張力が物足りなく感じる。
かといって、この弓の強度的に、今以上に張れる弦がないだろうから・・・弓と弦の更新ができないのなら、僕のスキルや術式でフォローするしかない・・・かな?
ヒノワの専用装備品以外への不満が良く分かるようになった気がするよ。
矢も、動きが少し怪しいし、僕の能力じゃ射出した後の動き的に耐久ギリギリだね・・・。
ヒノワのように矢を超高速で射出した際の圧力に耐えたりするための術式や飛翔弾道の安定化を促す術式をより高レベルで習得しなければ、いくら引く弓が強くなっても狙った所に当てられない感じがする。
これから『黒装』を常用して戦うことを前提とするなら、既存装備のほとんど、既存術式やスキルのほとんどが、今のままじゃ使い物にならない。
とりあえず、今は付け焼刃でもある程度には仕上げないといけないけど・・・時間が出来次第、研究も修練もしなくてはならない、ということだね。」
「ごもっともでございます。」
「つかぬことを聞くんだけれど、『黒装』が『灰色』の兵たちに一般普及し、弓と矢が作れるようになれば『灰色』は生まれ変わるんじゃないか・・・?
術式やスキルに依存しない方法も考えられそうだけど・・・。
フミフェナ嬢、ヴァーナント技師、それらは出来ないのだろうか?」
「ナイン?」
「申し訳ありません。
現段階では、ベルトやブレスレットから出力された粒子が、身体に埋め込んだチップを基点として外装を出力している形です。
どうしても出力装置からの相対座標へ固定出力になりますから、相対距離が離れれば離れるほど操作・処理・出力維持が難しくなります。
おそらく、数十センチまでの短距離射出なら実用に耐えるとは思いますが、灰色本家戦士が扱う弓矢の概念を実現する為には、基礎技術の開発を待たねばなりません。
基本的には、矢のように身体から離れる投射物、しなりや戻りで矢を射出する弓といった特性は、実現できておりません。
武器として、弓と弦のような材のしなり・戻りを構築する為には、『黒装』とは別のアプローチが必要となる可能性が高く、現存の技術では構築不可なのです。
今後の技術発展方針として、各戦士の要求する種類の武具を展開できる機能を組み込む予定ではありますが、弓矢に関してはこれら既存技術と大幅に系統の異なるものとなるため、近々に完成する見込みではなく、数年単位での基礎研究を要するかと思います。
以上の論理によって、『黒装』において、弓矢どちらも構築不可となります。
矢については、今後の研究で比較的短期での開発を目指せるのではないかという展望は持っていますが、弓についてはどうなるのか検討もつかない、というのが正直な状況です。
私以外にもう一人、優れたレアアーティファクト職人がおり、彼と一緒に弓矢についても開発研究をする計画としておりますが、なにぶん、これまでは『黒装』の開発・最適化に注力しており、そちらの研究に時間がかかってしまっておりまして、まだ弓矢を始めとした外付け武装の開発計画は始動もしていない、というのが正直なところです。」
「そうか・・・。
今回の作戦には間に合わないだろうけれど、出来る限り早く、優先的に『黒装』状態でも使える弓矢の研究・開発は進めてもらえないだろうか。」
アマヒロからは、如何に灰色領の戦士達の底上げが必要なのか、という話を滅茶苦茶熱いお気持ち表明を受けた。
『黒装』よりももっとグレードを下げた量産コンセプト品も計画はしているが、アマヒロからすると、肉体的に影響するバフ面を重視しているようだ。
弓矢という灰色のアイデンティティを更に前面に推し出せる、そんな革新的な底上げを欲していたとのことだった。
だが、そもそも機密に関わる装備品の開発であると同時に、非常に高い技術と知識を要する研究ともなる為、外部の増員などは行えない。
開発速度は落ちざるを得ないが、開発については既存の人材のみで進める予定だ。
費用面については、自分の商会の余剰利益も多少は使っているが、そもそも『ブレスレット』の導入開発費、配備費としてかなり潤沢な予算を配されており、現状必要な予算は満たされている。
開発速度については、マンパワーの問題が一番大きい、というところなのだ。
優先順位については、最優先としたいところですが、あくまで応用技術は基礎技術の先に展開するものであって、様々なバリエーションはその土台がなければならない。
研究は随時進んでいくことから、一部にブレイクスルー的なことはあるかもしれないが、物事には順序がある。
そう言った旨の説明をして、とりあえずは納得してもらった。
「あとは、万全の状態で、ナイン達、サキカワ工房の方々を遇せるよう、なるべく良い環境と待遇を更新しております。
ヒノワ様、アマヒロ様におかれましては、我々の力及ばぬ政治的な話の際に、協力いただければという所存でございます。」
「了解した。
『ブレスレット』を含めた装備品の開発は君達が専門だ、僕はそれを信用し、信頼し任せることとする。
身を以って痛感した、これは領の未来を変える装備品、投資先として非常に有望だと思える、是非投資先として参画させてもらいたい。
販売先に関しては、ヒノワとどういう話になっているのかな。」
「基本的に機密扱いとなる為、灰色外への販売は考えておりませんが、政治的取引で他領の有力者などに施術する可能性もあるかもしれない、とはヒノワ様からも言われております。
そのあたりの政治的やり取りは、アマヒロ様・ヒノワ様にお願いできればと思っております。
赤色のバランギア卿、『エンテュカのカード使い』には、私がどう言った装備をしているのか、ひょっとするとバレている、あるいは分析されているかもしれませんが、余程の状況変化がなければ、おそらく外部輸出はないかと思います。」
「分かった。
あと・・・今後、既に施術を受けた者に対しても、新しく開発された装備やシステムなどは更新・・・あるいはアップデートすることも可能なのだろうか?」
「勿論です。
ブレスレットの交換と再調整によって、簡易に交換・アップデートも可能です。
チップの不具合があれば再度の施術は必要ですが、チップの入れ替えも問題ありません。
神経系との深刻な癒着などがなければ、必要なくなった際に摘出することでバフ機能を停止させることも可能です。」
「それを聞いて安心した。
僕はまだまだ強くなれる、と、そういうことなのだな。」
「はい、その通りです。
あくまで、外付けの補助装置への出力部分としてチップを採用しているだけですので、恒久的、不可逆的な人体改造ではありません。
“ブレスレット”とチップが更新されれば更新された機能が手に入りますし、それらを排除すれば機能は安全に完全停止できます。
・・・とまぁ、とりあえず、慣熟訓練としては、元々設定していた及第点以上のラインに到達されていますよ、ご安心ください、アマヒロ様。
1日でここまで達した方はほとんどいないと思います。
後は明日に備え、しっかり身体を癒すことも必要な備えの一つ。
迎賓館で食事をして、整体、マッサージを受けた後、なるべく早くお休みになってください。
明日、早朝より、作戦概要のブリーフィングを行い、その後に最終調整も兼ねた武器慣熟訓練を行いましょう。
現地に既に到着されておられるヒノワ様や私の配下から現地の情報を聞いたり打ち合わせた上で検討することになるかと思いますが、出発は明日の深夜、現地での作戦開始は明後日早朝で予定しようと思います。」
「・・・レイラの状況はどうだろうか?」
「全く問題ございません。
依然、軟禁状態にはございますが、ボリウス卿からは上級貴族令嬢相当の待遇を受けており、監視もしっかりとした教育を受けた上級戦士が付けられております。
現段階においては、領民や領館の者達からも比較的好意的に受け入れられている様子で、レリス殿、オリレス殿の命が危機に晒されている状況もございません。」
「・・・ありがとう、安心した。
では、心置きなくと言ったらレイラには申し訳ないことだが、レイラの環境が今の所問題ないのであれば、今は僕も休むのも仕事だ、しっかりと休もうと思う。
宜しくお願いする。」
「承知致しました。
ミチザネさん、ご案内してください。
整体整復はナガリさんにお願いしてくださいね。」
「承知致しました。」
「フミフェナ嬢、君達はまだ休まないのかい?」
「私とナイン・ヴァーナント技師は、これから現地状況の確認、分析に入ります。
“明日からの事”について、現地諜報員から情報を聴取し、現状確認しうる完全な情報を網羅し、計画立案のための準備を行う予定です。
明朝、ブリーフィングで事前情報については共有させていただきます。
アマヒロ様にはその際、作戦の方針決定をお願いしたく思います。
既に現地におられるヒノワ様とも相談しながら明朝までに準備させていただきます。
アマヒロ様は、ごゆっくりお休みくださいませ。」
「そ・・・そうか。
申し訳ないが、宜しく頼む。」
「接待の責任者は、そちらのミチザネが担いますので、何かございましたら、彼にお申し付けください。
体調不良などあってはいけませんので、明朝まではシアケンさんを近くに付けておきます、体調面での問題は彼女にお申し付けください。」
「分かった、様々ありがとう。」
ヴェイナーを始めとした情報網から得られた情報を、箇条書きにしてブリーフィングルームの黒板にチョークで書き連ねていく。
概ね、察していた通りだ。
レイラ嬢の状況は、監禁というのも烏滸がましいほど、優しいものだ。
邸宅内であれば監視同行の元でどこでも移動可能、食事や入浴、その他生活については今まで通り侍従を随伴して可能、なんなら領館の使用人達を以前通り使うことが出来る、かなり緩い外出制限付き軟禁といったところだ。
自分の政略の為に使う政略結婚の手駒であるし、乱暴に扱うことがなかったことについては、自明ではある。
既にレイラの近衛隊や近しい者もレリスと同時に無力化している。
レイラ個人の武力も、彼女が保有している兵たちの武力も、ボリウスから見れば大したことはない。
父兄であるレリスとオリレスを追いやったというのに、敗れた家門であるということを弁え、無駄な抵抗もしないし、態度も反抗的でもない。
そう言った“敗れた家門の弁えている貴族令嬢”の典型とも言える行動をしっかり踏襲している令嬢を、乱暴に扱ったり悪く扱う方が、ボリウスの器量が疑われるだろう。
・・・まぁ、扱いが悪くないのは、そもそも、レリスとは方針が対立し袂を分かつことにはなったが、その娘であるレイラとは元々家族ぐるみで交流があったわけであり、そう仲が悪い訳でもなかったのだろう。
しかし、この段に至っても、ボリウスが考えているレイラの嫁ぎ先の相手がひょっとすると様子を見に来るのではないか?とヴェイナーに監視してもらっていたが、そういった対象らしき者は現れなかった。
ボリウスの警戒心の強さなのか、対象の警戒心の強さなのかは不明だが、敢えて秘匿しているのなら徹底していて、正直評価せざるを得ない。
ボリウスは、紫色戦貴族領内においては、紫色本家を含めても能力は群を抜いて優秀、人格もカリスマ性も併せ持ちながらも、常人から乖離した感覚を持つ超人タイプではなく、傍流扱いされた経験からか庶民的感覚もある、ある種親近感を抱きやすい英雄、という立ち位置のようだ。
新しき当主となってからは、自分達に反抗的でない者については雇用者や出仕者に対して今までの待遇を変えない、あるいは以前よりもしっかりとした待遇で迎える、という約束をした上で、派閥外の戦士達の取り込みも順調に進捗させており、レリスの近習を除いたほぼ全ての者は、紫色戦貴族領の為、というボリウスの方針に従い、取り込まれる見込みだ。
本家直系の戦士の一人として、新しい当主に相応しいという能力を評価された下地がなければ、これほど容易に取り込みは進まなかっただろう。
レリス達の配下による武装蜂起の気配すら起こさせなかった下準備や根回しからして、かなり有能だと評価できる。
今は、レリス・オリレスの治療が終わって容体が落ち着き、ボリウスにとっては大きな懸念の種はほぼ全て片付いたとも言える状況だ。
彼の懸念は既に王都に送った書状が王都政府に認められて代替わりが正統に認められた後、領の人事内示をどうするかが中心になっており、『その後』について事細かに会議が行われている、とヴェイナーから報告があった。
彼にとっては最早、“クーデター”は終わった後であり、既に“自分の新しい領運営”の為の行動を開始している。
レイラについては、王都へ送った書簡が正式に発布され、国王から新しい当主であることが認められ、新しい人事が発表されてから、ボリウスの手配した相手に降嫁される。
既にクローズドの会議で同席している側近の間でも、そう周知・確定しているようだが、調べ得る限りにおいては、嫁ぎ先について明言されたことがない。
ボリウスは本当に上手くクーデターを成功させ、あらゆる事態を上手く収拾させてしまっている。
情報の漏洩にもかなり気を使って行動していて、各所の不満や不備といったものが本当に少ないイメージだ。
何か失点があろうと、ここまでの運営手法や能力を見る限り、新しい領主として不足はなく、有能という評価は覆らないだろう。
「ふむふむ、レイラ嬢を取り巻く状況は、思ったよりは悪くないね。
ボリウス卿からすると、逆に積極的にその身を保護しなければならない状況と見た方がいいかな。
となると一番の問題は、レイラ嬢の名誉問題のほうだね。」
「そっちについては、時間が勝負になる感じかな。
思ったより王都方面で問題を大きくしようとかその逆の動きは特にない、かな。
『エンテュカのカード使い』殿が言ってたスケジュールが真っ当な感じになるんじゃないかな。」
明日の夜に出て・・・明後日の早朝に解決、ボリウス卿に取り下げの書状を書かせて、足の速い誰かに王都政府までその書状を送り届けて、レイラ嬢に関する件に関して、議会にのぼる前に取り下げさせれば解決、かな?
それで間に合うだろうか。
あまり強引に『アレラ』で解決しようと思うと、バランギアや『エンテュカのカード使い』にこちらの手札を知られる可能性が増す為、あまりそう言った手段には出たくないところなので、既に公に出している移動速度で解決できるような状況が一番ありがたいのだが。
「『ルール』を完璧に遵守する以上、本来のところ、ボリウスに非は無い状況だからね。
実際、よく準備してただろうし、ヴェイナーの報告にある通り、かなり上手い事やってる。
『エンテュカのカード使い』殿の言にあった旨を信じる限り、手続き上も不備もなさそう。
当主交代の不備をつっついて間延びさせる案は、不可だね。
正直、正式に政府に受理されちゃうと、少なからず一部の人には書状の内容が知れちゃう可能性が高いから、理想はその前に書状を破棄する申し出を出さないといけないけど、これはボリウスに書かせないとダメだからね。
現状としては、今はまだ特使が持参した書状が王都の行政府に提出されて、未開封のまま術式やスキルで国王陛下にお渡しして問題ないかと言った検査鑑定が行われているところだから、中身についてはまだ誰も知らない・・・はず。
王都政府宛に移送されるのは明日の夕方で、到着は明後日の朝。
優先的にチェックされるとして、明後日の昼には事務官が各種検査をして、夕方には開封。
3日後の朝には国王陛下の前で内容が読み上げられちゃう、って感じかな。
そこまで行ったらゲームオーバーだね。」
もし開封されたとしても、『エンテュカのカード使い』が異議を申し立てて国王の前での読み上げを順延してくれるかもしれない。
勿論、国王や側近とて愚かではないので、王の間で初めて文書の内容を知る、ということはないので、実際は事前に内容を知らされ、対応については会議を経て事前に決定しているものなので、実際のところ文書の内容については開封された時点で国王やその側近には知られることにはなる。
が、ある意味上層部には知られても別に問題はない。
「貴族の建前上、こういう流れだからこういう文書になるし、彼らは可哀想だがそういうものだ」という判断を下すだけだから、建前や裏側も含めて理解する者ばかりなので、風評の流布という点には逆に十分留意するだろう。
問題となるのは、文書を真に受けて内容をそのまま受け取ってしまう口さがない貴族や戦士、市民といった「貴族の建前」を知らない一般人に知られることだ。
領の為に生き愛を得る予定だった女性が、領民に蔑まれ愛した人との仲を引き裂かれ、見知らぬ男性に嫁がされる。
色付き戦貴族の元本流であった貴族婦女子の“領の資金・資源で領の役に立つために育てられた”という自負を持つ女性であるので、自死するところまではいかないかもしれないが、環境の落差は半端ではないので、気の迷いで万が一はありうる、そうなるとアマヒロも連動して危険な行動に出る可能性やレイラに操を立てるなどの跡継ぎ問題が発生する可能性もある。
外野があぁだこぉだと言っても実際はあっさり片付くかもしれないし、もっとドロドロしてしまうかもしれないものだろうけど、今回はアマヒロが自分で解決しなければならないことだし、本人もその気だし、そこに乗ってやる気出すのも吝かではない。
明日の夜から行動開始して明後日に現地行動、これはアマヒロが自身で今回のことを解決するとなると、短縮は厳しい。
事後のことを考えると、『ギリギリの勝利』では意味がないからだ。
となると、『ボリウスに圧勝できるほどの戦力で、相手の皮算用している計画の修正を促さねばならないほど、ボコボコにして勝利』くらいのインパクトがないとダメ。
ただ、アマヒロの仕上がりは、今日ようやく及第点を超えるところ、と言ったところであったので、仕上げまで考えると、明朝から移動開始まで、もう少し修練と慣熟訓練の時間が必要だ。
日が落ちる前に正面切って乗り込む必要があるので、移動開始は正午過ぎ、現地合流、3時頃にはボリウスと対峙しなくてはいけない。
そこから王都まで可能な限り急いだとしても、取次は明朝。
その時点からの取り扱いで、果たして文書の中身が誰の目にも触れない状況を維持したまま間に合うのかどうか、正直、この辺りは王都政府関係者の対応次第となるので、微妙なラインだ。
バランギアや『エンテュカのカード使い』は勿論、知らない有力者の逆鱗に触れかねない行動は極力カットするに限るので、力業は除外せねばならない。
堂々と対峙して、正面切って対決した上で解決した、という事実が必要なので、文書のみ破壊するなどといった、結果だけを手に入れてもこの場合は不味い。
強引な手法は、事後を考えれば取れない。
あれこれとナインと打合せをしながら、ガリガリとヴェイナーから上がってくる情報を黒板に追記していく。
調べれば調べるほど、ボリウスは良くやっている。
あくどいこともゼロとは言えないが、領を統率しようとする者として倫理的に許されないことはやっていない。
元々担当していた事業においても、堅実に実績をあげており、なんなら非常に優れた成果を残してもいる。
最前線での活躍ぶりも見事で、領内で噂されるほどの逸話や武勲も多いようで、内外問わずに評価は高いようだ。
国中に名が響き渡るほどの破格の戦士とまでは言えずとも、ボリウスを領の英雄だと慕う戦士も数多く、紫色領の戦士は頭がボリウスに挿げ変わっても、そのこと自体に文句を言う姿は見られないらしい。
領民からすれば、現状から大きく生活が悪くなるような制度が出ないのであれば、良い評判ばかり聞くボリウスでも問題なく紫色領が運営されると信じる者も多いようだ。
比較したらボリウスに怒られるかもしれないが、正式に橙色戦貴族の当主、領主だったヴェルヴィアよりもはるかにまともな領主と言える。
実際、ボリウスが「レイラ嬢を予定通りにアマヒロに嫁がせるから今後とも宜しく」、と言ってきていれば、灰色としてはレリスより優秀なボリウスを歓迎したかもしれないし、レリスの頃よりも強い交流を望んだかもしれない。
そうであったなら、こんな作戦に出る必要はなかっただろうに、って感じだ。
ここまで優秀ならボリウスもそれは考えただろうが、それでもアマヒロとの婚約破棄を強要することに利益か意義があったのだろうと思われるが、一体、そこに何があったのか。
自分の主であるヒノワ様の実兄であるアマヒロの想い人であり、将来の色付き戦貴族当主の妻たるべく努力を怠らなかった勤勉かつ実直な女性でもある以上、“灰色戦貴族の次期領主たるアマヒロの伴侶に相応しい女性”は、現状ではレイラ以外にいないだろう。
今レイラを失えば、アマヒロの結婚観は崩壊するかもしれないし、将来の円滑な領運営に差し障る可能性すらある。
灰色で生活していく予定の一領民として、関与できるのであれば放置することはできない。
ボリウスがどういった利益や意義を見出して今回の行動に出たのかが分かれば穏便な解決もあり得たかもしれないが、現状ボリウスは非常に巧妙にそれらを秘匿したままであり、そちらからの解決は難しい。
故に、ボリウスが如何様な事情でもってレイラを使おうとしていようと、基本的には強奪という手法を取ることになる。
「ここまでの経緯と調査、分析から言って、ボリウスはレリス殿よりも優秀な領主になりうる存在だ、の一言だね。
これから紫色戦貴族領は右肩上がりに良い時代を迎えるかもしれない。
単純な第三者じゃない灰色陣営から言わせてもらうと、ボリウスの失点と言えば、レイラ嬢の身も報酬の一部にしなければ、手札が足りなかった、その点に尽きるかな。
もう少し灰色との関係を詳細に知っていれば、レイラ嬢とアマヒロ様の婚約を破棄させて、更にレイラ嬢の名誉を貶めるつもりだ、という情報が入ったら、アマヒロ様がどういう行動に出るか考えたとは思うんだけどね。
後から何を言ってきても問題ない、と考えるほど考え無しではないように見えるから、おそらく後から代替案を提示するつもりだったんだろうと思うんだけどね・・・。
貴族同士の政略結婚なんだから、代わりの者でもいいよね、っていう発想は理解はできるけど。」
「その相手がだれか分からないけど、多分ボリウス卿の娘や親族の女子だと納得しないような人がいたんだろうね。
レリス殿を引き下ろす何らかの助力をするなら、絶対レイラ嬢は欲しい、みたいな人が。」
「両想いの婚約者同士を引き裂いて奪おうってのは、ちょーっと癇に障るかなぁ、まぁ貴族ってのはこう!みたいに言われたら外部からどうこう言ってもしょうがないけど・・・。
それがアマヒロ様と対決して俺が夫になるんだ!みたいなのならまだ納得できるっていうか分かるんだけど、ボリウス卿に協力する代わりに、婚約破棄させて俺がもらう、みたいな間接的な取引で完結してるっぽいのがねぇ・・・。」
「まぁ、そこは僕らみたいな下々で話してても仕方ないし、色付き戦貴族の当人同士に結論出してもらうしかないけどね。
いずれにしろ、フェーナやヒノワ様、ヌアダさんまで同行しているんだ、戦力的に負けることは有り得ないだろう?
最終的に、問題となるのは、どう勝つか、ってことだろうね。」
「まぁ、それはそうだね。
明日のブリーフィングでアマヒロ様がどう言った結論、結末を望んでいるのかを聞いてからにはなるけど、実質的に戦闘で敗北する可能性は皆無に近いかな。
でなければ、現地に次期当主候補の筆頭と次席を現地になんて呼べないよ。」
勝つ。
これに関しては、過剰な戦力を用意した。
どれくらいボリウスが強いのかは厳密なところは不明だが、戦力的には私一人でも対応はできただろう。
そこにホノカとノールも連れていくし、ナインも来てくれる。
ヒノワ様とヌアダも出張っている。
勿論、如何様な介入や想定外が発生したとしても、負け戦どころか美しいヒノワ様に傷一つ付ける訳にはいかない。
油断している訳ではないが、どう想定しても負けるなどという発想は一切ない。
問題は、『勝つか負けるか分からない』ではなく、色付き戦貴族直系同士、他色の新当主と次期当主が争う形となるが、その闘争に関して、あまり無様な展開を披露しては、バランギア卿が出張ってくる可能性があることだ。
どちらに話が転ぶにせよ、最終的には『穏便に解決しました』というテイを取らねばならない。
これは勝った側が『ボッコボコにして納得させました』と公に向かって発する場合の言葉と等しいのだが、そこに至るまでの過程を誤ればバランギア卿の琴線に触れる問題となる可能性も。
例え現段階でバランギア卿が「その話はまだ聞いていない」というスタンスを取るのだとしても、「それはやり過ぎだ」と言われ処罰の対象となる可能性もある。
『エンテュカのカード使い』からの言伝を楽観視して、何をしても良いと考えるほど、能天気ではない。
「事後策まで考えておかないといけないとは思うけど、作戦の主要部、これは政治的な話の方が優先されるから、私たちでは決められないこと。ヒノワ様とアマヒロ様の意向が優先になるかな。」
「ただシンプルにボコボコにされたら、向こうから“このことは黙っていてください、今回は引きます”ってなるかな?
不退転の覚悟でクーデターやったんだろうし、折角クーデターは成功したのに、新当主だって張り切った所で他領の子供にボコボコにされたら、その後にカリスマをもって紫色領の戦士の統率は取れないんじゃないかな。
やるなら相手のプライドというかメンツを考えて人が見てないところで、ってなるだろうけど、そうすると第三者の立会者が必要のかなと思ってたけど、そうではないのかな。」
「それが分かんないんだよね。
ボコボコにされました!って言ったら、ボリウス本人もバランギア卿に処罰されちゃうのは間違いないから、多分告げ口とかそう言う露骨なのはないと思うし、第三者を立たせた場合、違う意図が生まれかねないから、真っ当にタイマンしてね、ってことになりそうな気がするんだけど・・・。
勝ち負けいずれにしても、どっちも『話し合った結果こうなりましたのでお知らせします』ってことにしたい、ってのがこういう場合の両者の共通認識になるんじゃない?
きっとそこはちゃんと空気読むんじゃないかな、とは思うけど。
でも、本当に話し合いで『じゃあレイラは予定通りアマヒロ様に嫁がせます、仲良くしてね』ってことになるか、って言うと、まぁならないよね、建前として話し合いはするだろうけど。
ボリウスも新しい紫色領の運営に必要だから、灰色の次期当主の妻に内定していたレイラ嬢を婚約破棄させて自分の選んだ相手に嫁がせるつもりなんだから、そう易々とそれを翻しはしないと思う。
でないと、クーデターに参加した人達に『自分の約束も反故にされるのでは?』という疑念を抱かせることになるしさ、当主が約束事を守らないとなると、まともな運営は出来ないよね。
ちょっと下調べ不足で、ボリウス卿がどんな人物にレイラ嬢を嫁がせようとしているのか、あるいは他に考えがあるのだとしたらどうするつもりなのか、までは調べ尽くせてないんだよね。
その辺り、ヴェイナー達からもうちょっと情報が上がってきたら、話し合いでアレコレつつきようもあるんだけど。」
「そっか。
フェーナとヴェイナーさんでもわからないなら、そっち方面は厳しいね。
でもそうすると、どういう方針で動く?」
「そこを考えないとかなぁ、って。
レリス殿が治めていただけあって、領として治政に大きな問題がある部分はほとんどない。
ボリウスの主張とレリス殿の方針の違いは、前線の押し出し方針の違いだけ。
若干レリス殿より選民思考はあると思うけど、領民のために今のままではいけない!みたいな愛国者でもある、みたいな感じだね。
実際にレリス殿を無傷であっさり打倒しちゃったところ見ると、個人の戦闘力に於いてはボリウスの主張が正しいということになるのは間違いない、色付き戦貴族当主は本来、負けたらいけないからね。
ただ、ボリウスは赤白黒に倣って、紫と灰も青と協力して更に前線を押し上げるべきだ、そう言った主張もしているんだよね、紫の戦力とか内情までは分からないから、正統性はよくわかんないけど、戦力的にちょっと厳しいよね、はったりなのか根拠があるのかわからないけど。
ヴェイナーが調べ得る限りにおいては、風聞としての評価としては、攻勢に出ても問題ない程度の戦力、人材、内政力は一応ありそうだから、無理のある主張ではないみたい。
本来武に長けるべき色付き戦貴族当主が日和見主義なせいで前線前進速度が遅いのだから、紫としては内政は維持しつつももっと最前線に注力する姿勢を取るべきだって。
まぁ、それは領の方針として悪いことでもないし、そこに口出ししても「だから?」で終わっちゃうしね。
まぁ別にレリス殿も求められている前線前進速度の及第点は辛うじてクリアしながら保守的な方針を取る、若干消極的な方策だったけど、求められている要求点はちゃんとクリアしてるし、それも悪いことじゃないから、その点については評価する人の注目点次第で変動するかなって。
紫の実力ならもう少し前進速度を上げたとしても、それはそれで新しく獲得した土地で資源も回収できるだろうし利益も上がるだろうから、余程無理な進行計画で動かさなければ、領内からの不満はあまり出ないはず。
ボリウスは統治姿勢や統治方針については、多少の違いはあるとは言ってるけど、内政面に重大な問題があるとは一言も言ってないんだよね、だから多分、ほぼ現行維持。
いくらかトップ層は入れ替わるかもだけど、内政面で大きく頭が挿げ変わる可能性は低いし、あんまり相手の失点を探すにしても優秀な相手だと、中々そういう政治的利点を生み出すのは難しい。」
「なるほどね。
そうなると、フェーナの言う通り、レイラ嬢の件以外は、突っつきどころもないほど真っ当に新領主に収まった感じなのか・・・。」
「まぁ、けど、いくらボリウスが優秀でも、元々領主じゃなかった環境で囲える人材の数って限られるよね、本来トップ以外の人間が不自然に人材囲い始めたら問題あるんだから。
レリス殿派とか中立派とかの派閥を脱した、なんかそう言った超派閥的なモノを後から作るのは作るだろうけど、多分、レイラさんを手元に置いておかないといけなくなった、ってのは、すぐに必要な“何か”の為、ってことだろうね。
即戦力が欲しい、政治的な手駒が欲しい、行政的な繋がりが欲しい、となると、中立だった、あるいは元レリス殿派の優秀な人物ともコネクションを築かないといけない、あるいはそういった人物を自分が有利な人物に差し替えないといけない、とか、そう言った相手を自陣営へ引き込むのに手札が足りない状態、ってとこじゃないかな。
ボリウスからすると、やっぱりシンプルにそれが深刻なはずなんだよ。
長期的に考えれば、どう考えても、領の10年先20年先はレイラ嬢をアマヒロ様に嫁がせて、今勢いのある灰色と仲良くした方が絶対に領として受益できるアレコレはいいはずだからね、そんな先のことも考えられないような愚物でもなさそうだし。
短期的な見通しで、必須となる何か、多分そのために急いでるんだ。
時系列的に考えると、クーデターの際に絶対に必要になる戦力となる戦士、あるいは政治的な何かの為に、10年先20年先を捨てる、それくらいしないとクーデターが成り立たなかった、あるいはそれくらいしないとクーデターが認められなかった、そんな理由がないとコレはしないよね。」
「色付き戦貴族同士の繋がりになる政略結婚の、結婚直前の婚約破棄となると、手切れ金これで、みたいに大きい金額ポンとこっちに渡して“はい解決”とは向こうも思ってないだろう?
かと言って、恋仲の婚約者同士を引き離して自分の身内の娘をアマヒロ様にどうぞ、って考えるほど頭が悪いようにも思えないし・・・。
となると、向こうとしてはどう解決するつもりなのかな、ってのも疑問だね。
王都への書状に関してはレイラ嬢の風聞にも関わる問題があるだろうけどこの際置いといて、そもそもそこまで自ら貶めて市場価値を下げたレイラ嬢を嫁がせる相手って誰?ってなるんだけどね。
候補くらいは挙がってないかな?
そこから突っついたりできそうだけど・・・。」
「それが、レイラ嬢をアマヒロ様以外の誰かに嫁がせるから婚約破棄を王都政府に告知した、ということ以外、ボリウスは一言もその関連の話を口にしてないみたいなんだよね。
まぁ、レイラ嬢を身請けした人物やその家族にとっては、“そんな風聞が広がっている女性を何故妻として娶るんだ?やめておいた方がいい”って、なりかねないから、ちょっとどういうつもりなのか測りかねてるところはある。」
「僕もそう思うけどね、貴族は名誉を重視するから、風聞が聞こえなくなった頃ならともかく、そんな風聞を自ら立てて、その女子をすぐに嫁がせるつもりだってのも・・・。」
この世界の女性の立場は、正直よろしくはない。
勿論、ヒノワ様やヒノワ様のお母様をはじめ、女性でも強力な戦士として前線で戦っている人も、少なくない数で存在する。
前線の戦士の男女比率は、概ね8:2~9:1くらいで、1万の軍を組織すれば1000~2000は女性が占めている、という感じなので、半数を占める、とは言えないが、所属する部隊によっては女性が半数以上を占めるようなところもある、という感じだ。
だが、元々色付き戦貴族とは血統に紐づく戦士を多く設けなければならない、という存在自体に掛けられた決まりが存在する上に、より強い新しい戦士を求める気風が強い。
優秀な戦士となれば、より多く子を設けよ、と、上からも仲間からも家族からも求められる。
そうなると、子を一人ずつしか孕めず、妊娠中は無茶な戦闘ができない女性と、母体さえ確保できれば幾人も孕ませることが出来るし、母体が妊娠中であっても前線に出て戦える男性を比較すると、必然的に女性は強い子を孕み、健康に産むことが第一の役目であり、いくら戦闘が強くても子を多く産まない女性は批判されることも多い。
大方の女性戦士は、出産可能な年齢に達すると同時に若いうちに子を幾人も産み、その子達の教育は親族に任せ、前線に出てきている場合がほとんどだ。
未婚のまま30歳を超える女性戦士は、未婚のままであったとしても、優秀な戦士の子を一人でも産んでから戻るように、所属先や家族から命令に近い形の願いを受けて、子を一人は産むようになるのがこの世界のヒトの世界の通例となっているほどだ。
未だ総人口千数百万と、広大な土地に対して人口密度が少なすぎる為に、産めや増やせや、という時代なのだ。
優秀な者であり、そういった義務を忠実に守る者であれば、妻を1人に留める者の方が少なく、色付き戦貴族当主ともなれば大体は4~5人は政治的・戦力的な正妻として迎えており、側室的な妻や妾となるともっと多くなり、それらと設けた子供となると数十いてもおかしくない。
灰色の現当主テンダイがアマヒロの母親の正妻1人と、ヒノワ様の御母上の側室1人(鬼籍)の二人しか妻を迎えていないのは、非常に稀なことだ。
実際に、直系の子供がアマヒロとヒノワ様の二人しかいないので、実際問題、色付き戦貴族を名乗るには非常に子供が少ないのが実情だ。
代わりに、分家の子供が非常に多いことでも有名だが、直系の血族が少ないというのが問題だという声がなくならないのは、そういった文化背景あってのことだ。
色付き戦貴族の当主足りうるかどうかの査定判断は、基本的にバランギア卿をトップとした監査官による監査を定期的に受け、それを満たす者が暫定的に任命を受け、王都での任命式を経て正式な色付き戦貴族として任命される。
その要件は以前述べた通り、本家当主、筆頭戦士が単独で守り神級の魔物を討伐できる実力を持っている事、本家分家で血縁の強力な戦士を多く抱えている事、配下の戦士達の教育・教練を経て戦力を充足させることができる事、この3つの占める割合が大きいと聞く。
灰色においては、順当に次期当主であるアマヒロですら守り神級の魔物を単独で討伐可能なレベルにあること、ヒノワ様とヌアダに至っては守り神級の魔物を蹂躙できるほどの実力を保有し、あまりに強力な戦士であること、現当主であるテンダイもそれに準じるレベルの戦士であること、そしてヒノワ様の御母上を筆頭とした分家の戦士達が非常に数が多く優秀な事、それらが弓を主体とする軍を構成する上で非常に強力に作用すること、これらによってテンダイは本家当主であることを認められていると言われている。
余談だが、灰色は本家を支える分家の人数の多さが黒色とツートップを争っているのだが、他色の倍どころか3倍~4倍ほどもいるという、非常に多いのが特徴だ。
元々強い色付き戦貴族の血統に、弓という遠距離攻撃を主体とする戦闘スタイル、そのあまりに長大な射程距離と破壊力によって、乱戦や険しい地形での近接戦などで殉職する者が非常に少なく、他領に比べて前衛の比率が少ないので、最前線で怪我を負う者が非常に少なくなる傾向にあり、前線に留まれる戦士が多く残る傾向にある。
黒色はヌアダの出身領で、隊列を成す重装歩兵がただただ前進し、蹂躙する軍を構成できるほどの軍勢を常備しており、赤色の隣領ということもあり、大陸の端に到達し折り返してきた赤色の軍と黒色の軍で現在魔物の軍勢を挟み撃ちにしているらしく、黒色の担当領域の魔物の擂り潰しが数年以内に終わりそうだ、と聞いたことがある。
閑話休題。
勿論、灰色以外でもそうだが、灰色においては弓兵だけでなく城壁や前線を支える、一般的に雑兵と呼ばれる兵が特に多く、摩耗が少ないことで他領よりも比較的前線で経験を積みやすい軍構成であることから、男性戦士も比較的安定して家庭を築けている。
故に、新しく台頭した戦士の家系の女性を嫁に欲する戦士は、既に妻を持って所帯を構えている家門であっても数多くおり、そういった女性は需要が絶えることはなく引っ張りだこなのだ。
灰色は男性が長生きなこともあり、男性比率が比較的他領よりも多く、女性需要が他領よりも比較的高い。
男性が長生きであるが故に、多産の家庭も目立つ為、非常に若い世代の人口比率が高い。
灰色と黒色はそういった背景があり、おそらく査定があったとしても、問題なく高位の序列に配されることは間違いがない。
しかし、橙を除いた各色の治政が比較的安定しているとは言っても、場合によっては、“自らの家門の継承者として彼女との子供が欲しい”と、他者の嫁を借りてその女性に子供を産ませ、自らの家門の継承者に据える戦士もそこそこにはいる程度に、より強さに貪欲で、一部の強力な戦士の家系の女性の需要が高く、その癖、尊厳は低い。
いや、性的な用途として欲するというより、『強い戦士を生み出す為に遺伝子が欲しい』という意図がかなり強い為に、『あの美女が欲しい』というような下衆な意図は、戦貴族の場合はあまりないだけ、まだ『比較すれば』マシかもしれないが、孕み袋としてのみ求められる女性の尊厳は、前世の世界の倫理観からするとかなり酷く扱われているように感じる。
そういった経緯で、幾分下衆な風聞を免れることは多いのだが、他所の嫁と自分の旦那が子供を作って、その子供を自分が次期後継者として育てなければならない正妻の立場も本来は哀れであり、1人の女性の立場に立って考えれば業腹なのだが、こちらの世界ではそう言った観念もあまりなく、良い血統に生まれ良い戦士の才能さえ見せれば、ほとんどの正妻はその『外の孕み袋から生まれた子供』であっても、血族の戦士としてしっかりと教育し、自分の子供と同じように育てていることに、ちょっと前に驚愕した。
他所の孕み袋から生まれた子であっても当主の血が残るのであれば、それはその家に嫁いだに等しい自分の子である、と差別区別なく教育する正妻が大半だということで、正妻とは愛で成り立つものではなく立場で成り立つものだという文化なのだろう。
しかし、多くの戦士の正妻は、出来れば自分で寵愛を得て子供を作って家門に強い戦士を多く生み出すことで、自分の生家へ恩恵を返さなければならない、という宿命も本来負っており、その重責は何の貴族教育も受けていない一般人女性では受け入れられないほど要求が高く、子供たちの中で最も優秀な子を産まなければならないはずの正妻が、子供を産めない、あるいは産んだ子が優秀ではなかったとなると、肩身が狭くなるどころの話ではない。
命の危険がすぐ傍に存在するこの世界では、本能的に庇護を受けられる可能性の高い、強き力に惹かれる人間は多いので、戦士ではない一般人女性であっても強い戦士あこがれて嫁ぐ女性は勿論いるが、そう言った重責を担う倫理観や求められる教育を受けていないといった理由で正妻に収まることはほぼなく、戦貴族の男性戦士に嫁ぐ場合であれば、よくて側室、でなければ妾だ。
経済的に余裕のない家庭で、女子の多い世帯などであれば、両親や本人から懇願されて戦士の子種を貰って家庭で育て、戦士を輩出する家となろうとする家庭もある。
戦士は農家や小さな商家よりは給金がよく、昇進すればするほど段違いにその金額は増えていくので、命の危険があったとしても、子供を戦士にしようという家庭は、ある。
レイラがアマヒロに嫁いできたとして、将来的に有望な子宝に恵まれなければ、優秀な女性戦士とアマヒロの間に生まれた子供を嫡男として身請けし、子として育てなければならないが、おそらくレイラは立場上、優秀な子を産めなかった場合はそれを受け入れるだろうし、きちんと育てるだろうし、アマヒロと子を成したいと申し出る優秀な女性戦士がいて周囲が認めるならば、それもきっと受け入れ生まれた子もしっかりと育てるだろう。
そういう女性だからこそ、欲する男性が多いとも言えるが、これはそういう女性に対して責任を負って報いることが出来る人物でなければ、そう言った弁えた女性を妻に迎えることはできない、いうことでもある。
という前置きがあっての話で、逆の話になるが、アマヒロはレイラ以外と子を成すつもりはないだろう。
あまり長い期間接していた訳ではないが、父親であるテンダイがそうであるように、アマヒロも複数の女性と関係を持って、たくさんの子供を設けるタイプではないように見える。
甲斐性とかいろいろな言われ方をするが、想い人以外にあまりマメなタイプではないように見えるし、不誠実だと思っているような、そういう気概は持っているように思う。
もしレイラ奪還に失敗してレイラが他者に嫁ぐ、あるいはレイラが自死してしまった場合は、レイラに義理を立て、領の当主の義務として子を作ったとしても、子を産む母としての女性を妻を心から愛することはないだろうと思うのだ。
妻、と呼称することはあっても、愛しい人と呼ぶことは無いように思うのだ。
テンダイはそちら方面はかなり淡泊で、現在愛人や妾を囲ってもいなければ、たった一人の伴侶である正妻とはずいぶん前から別居しており、衆道でもないとのことで、元々義務的に子供は作っただけで、そう言った行為も子供もあまり好きではない、という人物なのだろう。
「となると、自らの伴侶となる『妻、嫁』という立場でレイラ嬢を欲していない、つまり高位戦士の血筋を取り込むための孕み袋として利用するつもり、って可能性もあるんじゃないかな。
レリス・オリレス両氏が敗北して、その家族が当主ではなくなり、ただの色付き戦貴族の血統の令嬢となったレイラ嬢は、その環境を受け入れる可能性も、ある。
色付き戦貴族の令嬢として育った、責務として。」
レイラは絶世の美女とまでは評されていないが、色付き戦貴族直系ということもあり、代々優秀かつ美しい妻を獲得してきた当主たちの血筋を引いているだけあって、その美貌は上澄みに近い位置にあると言っていい、という評だった。
その上、領地経営を通して事務方にも強い賢い女性、父親が元色付き戦貴族当主の血筋ともなれば、しがらみさえなければ“孕み袋”としての需要は計り知れない。
器量の良い、高貴な女性を慰み者にしようと考える下衆がいる可能性も否定できない。
強き戦士を求める家庭においては、子供は親よりも強き戦士になることを求められ、特に最前線に出ているような男性戦士は、より優秀な子を産むべく、より強く賢い妻を娶ることを目標としているので、おそらくレイラが降嫁されるのであれば、こちらの可能性が一番高い。
より強い戦士が生まれた家は、名誉・財産にも勿論恵まれるのだが、大半の戦士脳の脳内は“これほど優れた戦士が生まれた家、血統、遺伝子の祖となった”という名誉欲が、その大半を占める。
勿論、前線から遠ざかった緩衝地帯、選帝侯領地、王都、その中心と、前線から遠ざかるにつれてどんどんと金銭欲が上回る貴族達が増えてくることになるが、前線近くの貴族達の主目的は『如何に強い戦士を輩出して己の家の家格・格式を上げるか』に尽き、最前線で如何に武功を立てたかでマウントを取合う脳筋達がひしめき合う。
まぁ、そういう思考回路であったとしても、当たり前に『女にうつつを抜かして本業を疎かにして没落する』『商売に失敗してエリートから一転、金銭的にどん底に落ちる』『優秀だと言われた当主、その嫡子、その予備まで一気に魔物との戦闘で失い家格どころか血縁が絶える』と言ったことも起きる訳だが、金銭・財産でどうこう、というより、どの前線でこういった魔物を討伐して何々という褒章を貰った、どういう流派のどう言った技術を習得して、どこそこの免状も持っている、誰それという有名な戦士の配下である、ということが名誉となり、彼らがマウントを取る為の話題になるのだ。
油断すれば殺される、根絶やしにされる、という恐怖を身近に感じやすいこの世界では、それらはただの名誉ではなく、本当に人々の畏怖を集め、彼らを満足させる。
しかし、一方で金銭が無くなると、如何にそう言った金銭に重きを置いていない人達であっても、『困っていない者達』から蔑まれてしまう。
“数代困らない程度の貯蓄はしつつ、侮られない程度に身の丈にあった裕福な暮らしをする”、これが戦貴族や戦士達の生活だ。
よって、政略結婚で嫁いだ娘達は、なるべく旦那に稼いでもらえるようサポートを絶え間なく続けるし、そうやって生まれた有り余る資産の中から自らの実家の為になる金銭や資材を実家に付け届け、実家の不測の事態に備える、それが良い妻の常識だとされている。
戦貴族でなく、通常の貴族であってもそうだ、より良い家格の家に娘を嫁がせ、自分の家への恩恵を受けるように働きかける、そうすることで実家の商売や事業が安定・好転することもあるだろうし、将来の名誉にもつながる、嫁いで行った娘たちはそういった実家への恩恵の返しをするのが当たり前の役目になっている。
そして当然のことながら、その逆の立場、嫁を取った家門は、勿論そう言った“配慮”を家門の資金・資材から返すのが習いとなっており、当たり前となっている。
が、そういった慣例を無視して、その役目を果たせない娘たちもいるし、“配慮”を欠かす家庭も存在する。
“配慮”は主に『良い母体を提供してくれたお礼』と言った、身も蓋もないことを言えば“そちらが提供してくれた娘の子宮を使って、母体と男子の遺伝子を繋ぎ、良い子供が生まれた”ことへの報酬である為、子供が産まれることが当然であるという考えが前提にあり、子供が産まれなければ、様々な恩恵は受けられないのだ。
故に、娘達は、嫁げば伴侶を誘惑するなり説得するなりして、すぐにせっせと子作りに励み、少なくとも二人以上産むのが常識とされている。
戦士を輩出し、前線に送り込む、という通例がある以上、戦死する戦士も数多くいる訳でもあり、二人を切っているようでは戦士の人口比が下がる一方となるからだ。
子供を産まない妻、産んだとしても男子を産まない妻は、嫁ぎ先からの支出が一気に減る。
場合によっては、産まず女と評価された正妻でない女性は、非常に扱いが悪く、冷遇され、その生家へも勿論“配慮”が返されないことも普通にあるし、そう言ったことをしても常識外れではないとされる。
離縁され実家に戻されるだけならばよいが、実家としても子供を産めない女性を輩出した血統である、という事実が広まると不味い、と考えると、実家からも「お前は死んだものとして扱っているので、お前の居場所はない」といった具合に放逐される場合もある。
子供を産まない女性への風当たりが強いのは、生家である実家にすらそう言った扱いを受けるが故でもある。
産まず女と認定されれば、当人の能力や人格を無視され、あらゆる職業分野で不吉なものであるという扱いを受け、生きていくために武家出身の令嬢ばかり集めている娼館に墜ちるしかなくなる場合も有り得る。
こちらの世界では娼婦も立派な仕事であり、あちらの世界のような不遇の扱いを受ける職業ではない。
性病対策や治療も術式やスキルと言った物で行えることで、梅毒やエイズのような性病による“病魔持ち”という扱いをされないことも大きい。
更に、公的機関がしっかりと娼館を合法的企業として扱っている上に給与体系や勤務体系を把握・指導しているので、騙されて金銭が貰えないと言った案件や、過酷な労働条件で身体を壊すようなことも避けられるよう、厳重に保護されている。
というのも、色付き戦貴族領に於いては、男性戦士が一般人に対してあまりにも強すぎるが故に、国の法律として性的暴行を始めとした性犯罪を犯した者は当人だけでなく1親等までの親族まで極刑に処す、ということが定められており、では性的欲求を抑えられない者はどうすればいいのだ、という問題を解決する為に、行政がそう言ったことを解消できる娼館を公的に運営している、ということだ。
また、戦貴族の権限・・・というより武力が余りにも強すぎる影響で、ヤクザやマフィアといったならず者が大手を振って水商売の分野を取り仕切ることが出来なくなっているのもある。
故に、メンタルの強い、器量の良い者は例え産まず女であったとしても、娼館で身一つで立身出世する娼婦もいる。
場合によっては、太客を多数得て娼婦という仕事で財を成す者もいるし、当たりが良ければ身を飾る宝飾品の代わりとして大貴族に身請けされることもあるし、大金を稼いでそれを元手に商売を始めて成功する者もいる。
まぁ、それはそれとして。
前述の通り、政略結婚ともなれば、子がなくとも“正妻”という立場は後から覆すことは難しくはなるのだが、優秀な男性と結婚し、優秀な子を残さねばならないという文化的背景の世界であるので、政治的な立ち位置や出身も勿論重要ではあるのだが、『優秀な血統を引き継ぐ孕み袋』であることも、尊い身分の娘であれば勿論期待されている。
色付き戦貴族本家の娘として生まれた以上、他色との政略結婚は回避できないことであり、その義務を負うが故に戦士でなくとも衣食住に困らず、様々な教育を受け、場合によっては過保護なほどのパワーレベリングを受け、姫やお嬢様と呼ばれながら嫁ぐまでの期間は裕福に育てられる。
故に、嫁ぎ先が何処であろうと、実家の為に多くの優秀な子供を作らなければならない、それはこの世界の常識であり、宿命であり義務でもある。
嫁いだ後は、己の自我は残すにしても、残りの全ては夫や子供達、そして家門の事で手一杯になるのが、そういった立場の娘達の宿命だ。
普通は政略結婚の相手先と恋仲になることは少なく、結婚してから愛し愛され、あるいは良い夫婦を演じながら人生を終えていく娘達が大半だが、なまじ今回はアマヒロとレイラが恋仲であるだけに、今更他の者に嫁がせる為に名誉を傷付けられて数か月後に予定していた結婚式を中止させられた上で、別の者に嫁がされるとは、気持ちの切替がまだつかないだろう。
可哀想だ、という感想しか沸いてこない。
色付き戦貴族の当主の妻となることを生まれた頃から宿命づけられ、そうあれかしと教育を受け、そうなれるよう努力し、次期当主の妻として幼い頃からあちこちの社交界に顔出しもしていた、そのうちに次期当主の妻と内定し恋仲になっていた貴族令嬢が、恋しい相手との仲を裂かれた上でその待遇に耐えられるのかと言えば、かなり難しい、としか言えないだろう。
失恋、十年以上夢見ていた恋しい人との結婚の破綻、生まれてからずっと努力したことを踏み躙られて蔑まれ、その上でまだ名前も顔も知らない者に嫁がされ、すぐさま子作りに励まなければならない、精神がかなり参る可能性は高い。
「それはなんとも、辛い宿命を負っているんだね・・・。」
「レイラ嬢は、自らの立場を全て投げ打って、貴族の責務を全て放棄してまで、アマヒロ様の元に駆け落ちするようなことはしない、のだそうだよ。
今まで自分を育ててくれた資金や資材、教育や時間は、“自らが領の為になる存在となるため”に費やされたものであり、領がそう望むのであれば、自らはそうなる、という覚悟だ、って。
恩を受けたのなら、それに報いるのは当然だ、ってね。
泣けるよね。」
「しかしそうなると、うーん、どうするのがいいのかな、難しいね・・・。
今までの話を総合すると、そもそもボリウス卿と話し合いでの解決することはおそらく不可能。
ボリウス卿としても、相当利点が大きいはずのアマヒロ様との婚約を破棄してまでも、レイラ嬢を嫁がせるのを決めたほど、ボリウス卿にとって大事な人物がいる。
レイラ嬢を強奪した場合、ボリウス卿のクーデターが立ち行かなる可能性があるとすると、どう決着をつけるのが正解になるのかな。」
「それはヒノワ様とアマヒロ様の意向次第でFA、かな。
どういう意向を示されてもいいようにするしかないんだよね。
とりあえず、行程計画とルートについてはまとめるでしょ、んで、橙とアーングレイドと王都の情報収集続ける、ヴェイナーからの現地報告は受ける、くらいは出来る。
そうだね、現地でレイラ嬢を救出した場合でも、更に傷を負っている場合、すぐさま帰還せねばならない場合、大軍に追われる場合、レイラ嬢以外が負傷している場合、私が残らないといけなくなった場合、とかもあるかもだから、それは練っておこうか。」
「うん、そう言った選択肢によって必要になりそうなルート選択の先の必要項目だけ攻めていけばいいんじゃないかな?
詳細は、ヒノワ様とアマヒロ様の意向を聞いて、その意向に沿う形に現地で調整するだけでいいんじゃない?
フェーナが悩んでも、結論出すのはアキナギ家の方々なわけだしさ。
僕も現地には行くけど、緊張感はあんまりないかな、早く研究に戻りたいなぁ~・・・。」
「流石ナインだねぇ・・・。
うん、まぁ、そうだね。」
「え?兄上が着いたら、すぐ真正面から強奪して即帰るけど?」
「え!!!???」
「大丈夫大丈夫、ね、兄上。」
「勿論だ、即全員撤収して、即座に灰色領まで戻るとも。」
「えぇ・・・。」




