36話 次のお仕事『次期当主改造計画』
「ただいま戻りましてございます。
長期間、不在に致しましたこと、まことに申し訳なく・・・。」
「橙色での初任務、お疲れ様、だよ、フェーナ。
頼んだのはこっちだし、成果は十分以上だし、全く問題ないよ!
おかえり。
報告してもらった“紫の件”は、ちょっとまだ結論が出てなくてね。
とりあえず、疲れてるだろうし、出征組は休憩して、お風呂にでも入ってきて。
夕食の準備させてるから、18時頃に迎賓館の特別室に集合してくれる?
実はお客さんも来ててね。
構えるような相手じゃないから警戒しなくても大丈夫だけど、話すことを考えておいてもらえると助かるな。」
「はっ!
それでは、一旦、御前を失礼させていただきます。」
バランギアと『エンテュカのカード使い』から情報を得たフミフェナとノールは、ホノカやイオスを残し、その日のうちに2人で灰色戦貴族領、最前線都市カンベリアに帰還した。
桔梗玉を使ってヒノワに連絡を入れたのが第一報となったが、その一報によって“紫”での騒動が知れ渡ると、灰色では一時、騒然となった。
『灰色への直近の影響については』『“作法”で問題ないとされる約束反故について、何処まで認められて、何処までが認められないのか法的な確認を』『レリス・オリレス・レイラの直系3名は無事なのか(レリスの妻は既に鬼籍)』『レイラ嬢とアマヒロ様の婚約はどうなるのか』『ボリウス殿から灰色には使者や書簡などは届いていないのか』と言った様々なことが同時並行的に確認作業が進められている。
作法等については、前例が存在することから王都へ法としてどう定められているのか、確認の書簡を早速に送り、今現在は回答待ちではあるが、フミフェナの言ではそちらに問題を見出すのは難しい。
レリス・オリレスについては、重傷ではあるが命に別状はなく、治療中であるとのことだが、どの程度の容態なのかは分からず、早急な確認をテンダイは要求した。
レイラ嬢は今の所『命について』は問題ないらしいが、テンダイ・アマヒロ・ヒノワ、その他のメンバーも今一番気掛かりなのはレイラがちゃんと無事であるのか、ということだ。
婚約についてどうなるのか、については、王都からの回答次第になるが、フミフェナから伝えられたバランギア卿も認める“作法”に則ったクーデターであると認められるものである限り、婚約破棄も認められる、とのことだったので、このままいくとボリウスの出方次第では婚約破棄も否定できない。
その辺りについては灰色側の行政機関でも法を確認・打合せをしており、今現在は、テンダイ・アマヒロがこれからどうしていくべきかを相談しているところだ。
フミフェナが橙からバランギア卿発の情報を持って帰還する、という旨の連絡を受けた時点で、ヒノワはすぐにテンダイとアマヒロに報告し、緊急事態に対応する動きを始めた。
テンダイ・アマヒロもフミフェナの帰還に合わせて、大急ぎでカンベリア入りを果たしていた。
「いくらなんでも、私とレイラの婚約が破棄されるなど、ありえません!
紫にとって、灰との政略結婚は20年前から定められた約定のはず、様々な領間の関税優遇や政治的配慮を約束するものであり、それを勝手に破棄しようなど、成り立つはずが!
メリットよりもデメリットが上回ります!
ボリウス殿も、そんなことはお分かりのはずです!」
「それは考えが甘い。
レイラ嬢のことは、正直、手をこまねいで事態を放置することはできん。
事態が進捗してしまっては、どう転んでも彼女に、そしてお前にとって悲劇が訪れる。
それが身体的なものなのか、名誉的なことなのか、精神的なものなのかは問わないが、いずれに転んだとしても、彼女の“次期当主の妻候補”という立ち位置は汚される可能性が高い。」
「何故です!?
ボリウス殿とて、隣領の我々灰色とは今後とも懇意にして付き合っていかねばならない。
私とレイラの婚約を敢えて反故にして、領同士の関係を悪化させることに、どのような意義があるとおっしゃるのですか!?」
「ボリウス殿は戦士としての実力、新しき領主となるための謀略、その両方で力を示し、行政機関も当主交代を認め、ルール上は“問題ない”とバランギア卿も保証しているようだ。
が、成功したが故に、協力してくれた者達へ報いねばならない、財、権利、その他諸々、それも莫大な量を、だ。
しかし、当主ではなかったボリウス殿の手元には、それほどの“元手”がない。
戦と同じだよ、基本的には必然的に継続して発生する争いであれば予算も組めようが、突発的に発生する争いともなれば、“元手”を捻出し、それを以って準備せねばならない。
予め準備することが不可能であるのなら、相手を打ち倒して勝利し、打ち負かした相手から奪う、略奪する、それしかない。
魔物を相手とする戦ならば、魔物の身体を素材を奪い、生活圏を奪う。
人を相手とする戦ならば、相手の財を奪う、権利を奪う、命を奪う、“財と見做す者”を奪う。
レリス殿の資産は奪われ、権利も奪われる。
レリス殿の資産には、当然レイラ嬢も含まれる。」
「・・・それは、・・・そうですが・・・。」
誰も彼もが現領主に不満を抱き、先導者に付き従って傲慢な領主を打ち倒す、そのような物語はあちこちに存在はするし、実際にフミフェナが派遣された橙色などは、まさにヴェルヴィアとレジロックの関係がそのような存在であったが、紫色戦貴族前当主レリスは非常に優れた統治者であり、代替わりが妥当だとは言い切れない状態だった。
レリスに不満を抱き、叛逆の行動を起こしたのは、精々が50人にも満たない面子であり、そのほとんどがボリウスの派閥の、特にボリウスに近い腹心に限られる。
レリスへの不満を抱いていた者は、ごく少数だったが、クーデターが成功してしまったわけだ。
『何故、たった数十分早く生まれただけの双子を兄と、当主と崇めなければならないのだ!』と考え、クーデターを画策し、鍛錬し、根回しし、地盤を固め、有力な戦士を確保し、代替わりの時を窺っていたボリウスと、その側近、ボリウス側についた紫色戦貴族分家や親戚筋。
彼らのクーデターは、ほぼ計画通りに推移し、一瞬でレリス達を制圧し、領の権限を強奪した。
クーデターは成功し、無駄な血をほとんど流さず、領主はボリウスとなった。
が、無駄な血を流さないスマートなクーデターを成功させるためには、様々な権力者や行政機関の幹部等の事前根回しがなければ成立しない。
加えて、領に所属する権力者や幹部、戦士は、当然ながら『紫色戦貴族領に忠誠を誓う者』と『レリス、あるいは本家という組織、または本家個人に忠誠を誓う者』、『ビジネスライクに金銭・名誉・鍛錬の為に所属している者』、『ただ生活の為にそうあることを課した者』が混在している。
流石にレリス個人に忠誠を誓う者を懐柔することは難しいとしても、それ以外の者に関しては、交渉のしようはある。
相手の納得するものが提供できれば、寝返るまではせずとも、法に則った、卑怯なやり方でなければ黙認する、といったような中立の立場で正当な評価をするよう依頼したことだろう。
金銭を欲する者には、レリスや紫色戦貴族本家が所有していた財から。
権力を欲する者には、当主権限が認められるようになればその権限が及ぶ限り既得権益を強奪し、約束した新たな者へ。
名誉を欲する者には、より華々しい戦場、より強い魔物と戦える身分を。
鍛錬を欲する者には、よりレベリングに効率のよい戦場を。
細かくはもっと複雑ではあるが、シンプルに表現すればそう言った報酬でもって、領主交代を容認させる環境を創り出す為、権力者や実力者を懐柔したはずなのだ。
そして、色付き戦貴族の時代を担う者は、優秀で血筋の良い処女の娘を妻に迎えたいと願っている者が多く、それが美しい娘ならば引く手数多であり、レイラはそれに該当する。
「優秀な未婚の婦女子が求められるのは理解できます。
ですが、何故そこに、政略結婚が成立しているレイラが含まれるのです!?」
「分かっていて考えないようにしているのか?
色付き戦貴族領の元当主直系の血筋の、優秀な、適齢期の、未婚の、処女。
未婚の高位戦士ならば正妻に迎えたいと希望する者も多いだろうし、お前とレイラ嬢の婚約破棄に正当な理由が付けられるのなら、ボリウス殿も地盤を固める為に、側近候補の若い戦士を囲い込むのにレイラ嬢を使う可能性は高い。」
「次のレイラの誕生日を迎えた数か月後には、こちらに嫁いでくる予定であったのはボリウス殿もご存知でしょう。
婚約した直後などであればともかく、ここまで進捗し、最早婚姻まで数か月という仲である我々の仲を裂くなど、正気の沙汰とは思えません!
いくら法で認められようと、領と領の関係が悪化するのは明白ではありませんか。」
「まぁ、その辺り、厳密にどうなるのかは今現在では不明ではあるが、対外の方策よりも対内の方策を優先した、ということだろう。
フミフェナ嬢とバランギア卿が婚約破棄の可能性を示唆してきているということは、ボリウス殿が王都に送っている書簡にそう言ったことが書かれているのであろう。
まぁ、紫との取引で尾を引きそうな重要度の高い取引などはない。
灰と紫の関係が悪化して困るのは、向こうだけだ。
問題は、レイラ嬢が婚約破棄され、紫色戦貴族領内で別の戦士と婚姻することが決まった、などという噂が公に流れてしまった場合だ。」
「・・・流れてしまった場合、どうなるというのです。」
「分からぬお前でもあるまい。
“色付き戦貴族直系の妻となる者は、如何なる理由であっても処女でなければならない”。
側室や妾ならば別だが、正室に限っては、必ず処女でなければならない。
よって、ボリウス殿は事実だろうが嘘だろうが、こう言うだろうさ。
『レイラは紫色貴族領の戦士と恋仲となってしまい、不心得にも純潔を散らしてしまった。故に、色付き戦貴族直系の妻としては不適格となってしまった為、アマヒロ殿には別の適格な条件を満たした令嬢を見繕っていただきたい』、とな。」
「そ、そんなもの、『鑑定』をすれば分かります!
第三者に『鑑定』してもらわねばならぬのであれば、誰かに依頼してもよいではありませんか!」
「“婚約者が手籠めにされたかもしれないので処女かどうか確認するために『鑑定』を受けさせてくれ”、そう告げることが生まれてから今までずっとお前の婚約者たろうと努力してきた淑女の誇りを如何に毀損するのか、お前は分からんのか。」
「そ、それは・・・しかし・・・。」
「それに、当件の当事者であるお前が『鑑定』を使ったとしても、我々が用意した第三者に『鑑定』をさせても、保証にはならん。
故に、『鑑定』を受けさせるには王都政府から『鑑定』持ちの女性複数人を手配してもらわねばならんだろう。
だが、王都政府にそんな依頼をし、『鑑定』の準備を進めているということがボリウス殿に知られた場合、『鑑定』前にレイラ嬢が実際に純潔を散らされてしまうかもしれんのだぞ。」
「・・・そんなことになったら、僕はもう納まりが付きません。」
「そうだろう。
だが、お前がヒノワやフミフェナ嬢を連れて紫を虐殺でもしようものなら、バランギア卿が飛んできて、紫も灰も焼け野原になるぞ。
レイラ嬢の身を考えればこそ、事態を放置はできんが、紫も灰も穏当に収拾を付ける方策を考えださねばならん。
なるべく早く事態の解決を図れるもので、だ。」
「しかし、では一体、どうするというのです、父上。
法に則って問題のないクーデターを成立させたボリウス殿の書簡は、今日明日には王都に届いてしまうのでしょう?
審議に掛けられれば、問題のない声明文は王都政府から公表されてしまう。
しかしその書簡を止めようとしても、バランギア卿の処罰が待っているとなると、手出しが出来ません。」
「・・・フミフェナ嬢の報告にはこうもあった。
“バランギア卿はこの情報を知らない”のだそうだ。」
「・・・どういうことです?」
「バランギア卿は“今、橙色戦貴族領に侵攻した魔物の大軍を、赤の戦士団と近衛兵団を直接率いて掃討中、終われば橙色の後処理や戦役の戦勝の宴を催す計画を立てており、非常に多忙なために、紫発の書状の件は王都から連絡が来るまで知らない”ということになっているそうだ。」
「えっと、つまり・・・?」
「王都政府が『ボリウス殿から書簡を受け、王都政府としてアマヒロとレイラの婚約について、定められた法に則り、紫側から一方的に破棄することを認める』と解釈できる発表を行うまで、フミフェナ嬢の言では最短で5日、楽観的に見て7日ほど、だそうだ。
だが、バランギア卿が『紫のクーデターを王都政府から連絡を受けるまで知らず』、『王都政府からの連絡を受けてから橙での所用を全て済ませてから王都に帰る』となると、2日程度の猶予が生まれるのではないか、ということらしい。
バランギア卿を除けば、当たり前のことだ、誰も行き交う書簡、それも領主の封蝋が捺された書簡、そして更に早馬で休みなく走り続行けている物の中身まで知る者はいない。
いやそれ以前に、紫で起きたクーデターもそうだ。
本来隣領の出来事に敏感なはずの我々ですら、ボリウス殿のクーデターのことを知ったのは、バランギア卿から教えられてようやく、だ。
こちらの手の者からの伝令も走っているだろうが、それよりも圧倒的に速くバランギア卿の情報が届けられたから、これだけ早く知れただけだ。」
封蝋の施された書簡とは、親展とされた書簡を記した当人と届けられた当人以外の者が閲覧できないよう設定されたもののはずなのだ。
封蝋はどれほどのセキュリティレベルが設定されたかにもよるが、最も強力なもので書簡自体が消滅するものもあるし、凝ったものだと指定者以外が閲覧した時点で書簡の中身の文章が書き換わるものすらあるという。
使者を殺し、書簡の中身を確認し、あるいはその時点で書簡を入れ替えて、正式な紫色の封蝋や術式を捺し直し、代わりの使者に王都政府まで書簡を届けさせる。
そこまでやらねば本来内容については把握できないはずなのだ。
そして、移動中の書簡は早馬で王都まで届けられているはずであり、紫領で情報を知り得たとしても、その情報を届ける伝令、あるいは書簡は、本来届くのに数日を要するはずなのだ。
時間的な問題でも、明らかに遠地の情報をリアルタイムで収集する能力を有していることを示している、ということでもある。
・・・フミフェナのような例外を除けば、自分達は本来、遠地の情報を知ることはできない。
しかし、非常識が罷り通っている時点で、バランギア卿の情報網は自分達の知る世界を超越しているし、それが可能だからこそ、今までこの国は大きな動乱もなく国政が成り立ってきたのだろう。
「まず、だ。
バランギア卿は、未だに現役だ。
色付き戦貴族の全当主、選帝侯の全当主が束になって掛かっても、おそらく瞬殺されるだろう無双の戦士。
飼っている戦士団の戦士達も一騎当千、国王陛下麾下とは言え、1万単位の近衛兵団も管轄しているようなものだ。
伝説の英雄は伝説でありながらも、現役で恐ろしい戦力も兵力も持っている。
彼の英雄が動くともなれば、狙われた勢力は彼の思うままに蹂躙され、彼の思うままになるだろうことは疑いようもない。」
「承知しております。」
「そして、彼はどうやってか、あらゆる情報を知っている。
情報収集能力も尋常ではない、ということだ。
そもそもフミフェナ嬢を経由して伝えられた情報も、王都にすら届いていない使者の懐にある書簡の内容を知っての急報であり、具体的な書簡の内容まで知っているのはボリウス殿と使者くらいだろう。」
「それは確かに・・・。」
「内容を知り、こちらに通達までしてくれて、その上『自分はその情報を知らない』と公言することを確約したということは・・・大体彼が何を言いたいのかは分かるだろう。」
「バランギア卿は我々にこの問題を解決するための猶予を与えてくれている、ということでしょうか?」
「やり過ぎない程度に、しかしやることはやってこい、という暗喩だろうな。
紫色領で事態を解決し、ボリウス殿に発表を撤回させ、しかし紫色領内で大騒動は起こさず、レイラ嬢をこちらに確保し、王都政府にその旨を伝え、書簡内容を撤回、あるいは書簡撤回が間に合わなければ、婚約撤回に関する発表を撤回させる。
本当の事を言えば、王都政府の面子を鑑みればそれらの発表を行う為の審議会にその書簡が届き、議題がのぼる前に解決するのが好ましいが、今日から2日以内に事を片付けるのは不可能だろう。
噂の元になる『現物』が王都に存在する時間を出来る限り減らす、我々に出来るのはそれくらいだ。
ボリウス殿も、流石に王都政府に審議催促を申し出れるほど強気ではあるまいし、王都政府の高官にそれほど仲の良い人物もいなかったはずだ。
不幸中の幸いと言っていいかは分からんが、内容発表までの期間を短縮させるような行動は出来まい。」
「なるほど・・・。
では、行動に移すとして、どちらに向かうのですか?
ボリウス殿と会談を行うのですか?それとも王都へ・・・?」
「何から何まで質問するな、考えるのだ、アマヒロ。
勿論、ボリウス殿と会って、穏便に“話し合いで解決”したいとは思っているとも。
私もお前と気持ちは同じだ。
レイラ嬢は、必ず嫁として灰色に迎える。
現地で泣いている家族がいるのなら、必ず助け出して連れ帰りたいとは思っている。」
「ありがとうございます。」
「当然のことだ。」
アマヒロが次代当主として王都政府で国王陛下から印璽を賜った帰り道に行った『灰色の粛清』と悪名名高き内規粛清においては、本来飼い慣らし数を増やさねばならないはずの親族の多くの命を奪う、あるいは隠居させる、投獄する、と言ったことが多発した。
アマヒロとヒノワの内規粛清は、かなりの広範囲に亘った。
腐敗の温床となるような地盤を全て砕き、ヒノワを軽視しようとした者やアマヒロを幼い次期当主として手の内で操ろうとした愚物、アマヒロの実母に加担し後ろでヒノワへの虐待を煽っていたクズ共、全てを処刑、あるいは投獄した。
アマヒロの実母が命を拾って比較的穏やかに過ごせているのは、ヒノワからのアマヒロへの配慮であり、アマヒロは内心、実母であっても命を奪うことに抵抗はなかった。
血が降り注ぐほどの粛清を終えた後、テンダイはアマヒロとヒノワにこれまでの治政を詫び、アマヒロがレイラを妻として迎え、男児を設けた後、当主をアマヒロに引き継ぐと内々時期すら明言していた。
内規粛清で血が流れた理由は、ヒノワの母が死んだ後のテンダイの日和見主義な治政が原因として挙げられ、本来であれば自分が行わねばならなかった内規粛清を幼い子供達に担わせたことをテンダイは後悔していた。
故に、アマヒロとレイラの結婚、そしてヒノワとヌアダの結婚までは隠居しながらも後援するつもりでいたのだ。
テンダイとて、今更長男の許嫁を他者から強制されて婚約破棄とされるなど、許せるはずもないし、義理の娘となる可愛がっていたレイラを他者に奪われるなど我慢ならない、と考えていた。
「大々的に動くのが不味いとなると、実働は少人数で、ですね。
となると・・・。
確認ですが、領の状況的に、ヒノワとヌアダ殿と、フミフェナ嬢も同行させて構わないのですか。」
「構わん。
対魔物の最前線警戒網は、フミフェナ嬢の指摘もあって数段グレードアップしておる。
今の所、相対する魔物の群れに大きな動きはない、短期間であればカンベリアや前線砦に詰める将や戦士で十分に戦い得るだろう。
“灰の武の頂点”たるヒノワ。
“守の極致”とも言うべきヌアダ殿。
“一種の化け物”であるフミフェナ嬢。
ボリウス殿やその配下を含めても、戦力的にはこの三人だけでも圧倒的に上回っているだろうし、“ただ殲滅する”だけなら問題ないだろうが・・・今回は殲滅というか殺害はなるべく、いや可能な限り、“無し”だ。
今回はレイラ嬢の身柄を確保し、彼女の名声や純潔を守り、ボリウス殿を殺さずに圧倒し、ボリウス殿の取り巻きもなるべく殺さずに、今回の騒動を収拾させねばならない。
救出行動が必要な場合には人員もいるだろう。
加えて、王都政府へ高速で移動できる者が必要となるはずだ。
そうだな、確かフミフェナ嬢と一緒に、ノールも帰還していたはずだな、フミフェナ嬢の副官をやっているはずだ、彼も連れて行けば、良い世話役にもなるだろうし、王都政府まで非常に短期間で到達できる伝令にもなるだろう。」
「であれば、父上、僕、ヒノワ、ヌアダ殿、フミフェナ嬢、ノール、後は・・・。」
「私は行かんぞ。
私が行ったら大事になりかねん。
かと言って、夫となるべきお前が行かぬわけにもいかんだろうから、“当主として”行くのはお前だ。
それに直系全員で行って、最悪、現地や道中で何か起きて全滅でもすれば、灰色自体も後々問題になってしまう可能性がある。
それと、カンベリアを含む前線駐在・配置予定が入っている兵や将はこれ以上は出せん。
ヒノワとヌアダ殿を抜くだけでも戦力激減しておるのだから、他の有力な戦士は動かせんからな。
出すなら、レギルジアより後方、アーングレイド近辺の者なら多少は捻出してもいいが、そうなると戦力的な問題がある。
現地で犠牲にならない、そして相手に手加減出来る程度の戦力のハードル設定はしろ。」
「・・・現地での行動を考えると、絞るとなると・・・。」
「あぁ、言い忘れていた。
加えて、お前の側近も連れて行くな。
本来お前のサポートをさせるべきだろうが、向こうが武力に訴えてきた場合、万が一があって死なせては、また一から育て直さねばならん。勿体ない。
今回は、戦力的な部分を重視して選べ。」
「それなら、フェーナの配下を連れて行きましょう。」
灰色の現当主、次期当主、その側近数人にしか知らされていない、最前線都市カンベリアの灰城ではない、灰色戦貴族領当主の館と銘打っていない小さな屋敷の、更にその中の秘密の会議室に、灰でありながら白銀とも言える髪をたなびかせた、まだ幼い妹が入室してくる。
「ヒノワ、どうしてお前がここを知っている。」
「前から知っていましたよ、用が無かったから入らなかっただけで。
ここはカンベリアですよ、私が知らない方がおかしくないですか?」
「・・・まぁ、いい。
で、フミフェナ嬢の配下と言うと、誰の事だ?
彼女の下の兵卒はほとんどが橙色領でバランギア卿の掃討作戦に参加していると聞いているが。」
「はい。
大半は今現在も橙色領の最前線近辺で掃討作戦に従事していますね。
ですが、フェーナの直掩部隊は、補充あるいは交代の要員を設ける為、待機メンバーを必ずカンベリアに残しているんです。
編成段階でフルメンバーを動かすことは、今の所していないです。
必ず交代要員を10~20%ほど残すように設定してシフトを組んでいますから、待機シフトの者は訓練、休息、あるいは療養で戦場に出ていないんですよ。
今現在は、カンベリア内に待機しているメンバーは10名ほどですね。」
「その彼ら彼女らは、実力的にはどの程度のものなのだ?」
「おおよそレベル110~120というところでしょうか?
ホノカさん、ノールが組織主導していたレギルジア防衛団の戦士が主要な構成メンバーですが、ヴァイスがフェーナと同時期にカンベリアにスカウトしてきた“来訪者”の子供達も含まれています。」
「ふむ、しかし110~120だと少し力足らずではないか?
実際のところは不明だが、レリス殿を圧倒したというボリウス殿の実力を考えると、レベル160~180はあるだろう。
レリス殿を圧倒したというのであれば、技量や術式、スキルも優れているはずだ。
取巻きの戦士にもそこそこの強者はいるだろうし、そのくらいのレベルでは相手を圧倒するほどの戦力はなかろう。
若干、心もとないように思うが。」
「向こうに変な勢力でも肩入れしていなければ、正直、正面戦力だけで言えば過剰戦力なほどです、違いますか?」
「まぁ、戦力の数値比較だけで言えば、フミフェナ嬢1人でも余るだろうな。」
「1人で何もかもするのは不可能でしょうが、更に私とヌアさんもいく予定なのでしょう?
正面戦力は十分です。
フェーナの配下はあまり名が売れていないのも利点です、あまり有名な戦士ばかり連れて行くわけにもいきませんでしょう?
それに、フェーナの部隊の戦士が向いていると考えられる点としては、まず全員脚が異常に速いことと、装備品が充実していて、重量鎧に近い防御力を持っていることなんですよ。」
「なるほど、確かに、そういうことならば・・・。」
「彼らは任意で全身鎧を展開することが可能なので、重量鎧装備の重戦士並みの防御力でありつつも、軽戦士をも大幅に上回る移動速度で走り回りながら戦闘可能です。
しかも、非戦闘時は装備品としてブレスレットと指輪を装備している程度で、物理的な武器はほぼ持ち歩かないと聞いていますから、持ち物チェックなども素通りできるらしいですよ。
つまり、ほぼ無手でどこにでも出入り出来ます。
その装備品が“そう”であると知らない者からすれば、それがどういった物かは絶対に分かりませんからね。
要人警護等では比較的役に立ちますから、今後そのような場面がありましたら、フェーナに依頼してもらえればいいんじゃないですか。」
「ふむ。
特殊な契約装備のようなものか?
しかし変わった物を開発するものだな、彼女は一体いつそんなものを?」
「私の都市に来る頃にはもう装備品として開発、装備してきてましたよ。
流石にフェーナの専用器は彼女の出力に耐える為にワンオフで作られている物のようなので、彼女の配下が装備している装備品は、その後、かなりグレードを下げて開発された物らしいです。」
「その装備品に興味はあるが、要するに、足が異常に速くてレベル以上の防御能力はあるから、死にはしない、ということか。」
「そうですね。
後は単純に移動速度が速いですから、救出劇を演じるつもりなのでしたら、戦力としてより人手として彼らを連れて行かない手はないかと思いますが。」
「分かった、認めよう。
しかし、彼らの指揮権を握っているフミフェナ嬢の意向は確認せずともよいのか?」
「勿論、これから連絡して承諾は取りますが、彼女は私に忠誠を誓ってくれておりますので、要請に対して拒否されることはないかと思っています。
そして、彼女の配下の配置計画や人員管理、資産管理状況や装備品の詳細については、大きく動かす際は随時報告を受けておりますし、それらは私が有事に動かせる人数をこちらに報せておくためのものではないかと思っています。
実際に動員する人員、人選は彼女に任せますが、適切な人選はしてくれるでしょう。
先程も申しましたが、武力的なことだけを言うなら、フェーナが1人で行くだけでも事足りるのです、私やヌアさん、兄上までいる時点で、戦闘になるだけなら過剰戦力ですから、非武装状態で同行してもらって、文官です、とでも言い繕えば誤魔化せますよ。
どちらかというと、救出行動をするに当たって必要となる人員という要素の方が強いでしょう。」
「ふむ、そうだな。
であるならば、そうしよう。
しかし、あまりにしっかりしすぎておらんか、フミフェナ嬢という幼女は。
いくら来訪者とは言え、こちらの世ではまだたった4歳なのだろう。
戦闘力もとんでもないが、配下の登用や育成、管理状況の徹底や報告まで・・・。
お前達“来訪者”の元居た世界というのは、それほど社会性がしっかりしているのか?」
「一部ではそうですね、しかし、社会全体ではもっとフワッとしてますよ。
まぁ、その辺りはフェーナですから。
さて、御許可いただけるなら、すぐさま彼女に手配に動くよう要請しますよ。
最終的に、どうするのかだけは決めておいてください、私達はそれに従います。」
「・・・そうだな。
父上とある程度打合せ、始動することとする。
フミフェナ嬢には人員の確保を頼んでおいてくれるか。
非戦闘要員は危険なので連れて行かなくていい。」
「分かりました、伝えておきます。
私はフェーナと温泉に入ってますから、動く時間が決まりましたら、誰か使って連絡してください。」
そう言うと、ヒノワは席を外し、颯爽と去っていった。
アマヒロの心の中では、既にどうするのかは、答えは決まっている。
レイラを“非の打ち所ない妻”として迎える。
妾や、側室ではなく、正妻として。
生まれる前から定められていた許嫁である、という事実だけ見れば、アマヒロとレイラの婚約は政略結婚であることは明らかではあるが、アマヒロも、レイラも、その事実に対する思いは世間一般の政略結婚とは似て非なる関係を築いていた。
恋仲睦まじく、次期当主・次期当主の伴侶たりうる教養、礼儀、帝王学も学び、アマヒロは色付き戦貴族次期当主として様々な領域で戦闘に、統治に、人材集めに、と活動している。
レイラは特例的に令嬢であるにも関わらず、大きいとは言えないながらも最前線近くの村落をいくつかまとめた郡の郡長として統治経験まで積み、実際の戦闘こそ経験していないが、自分の管理している郡で魔物の被害を受け、郡の代官を失ったりしたこともあり、自分が信頼し、信用している人が魔物との戦いで失われるといった経験も積んでいる。
2人一緒に経験した社交界のイベントや催しでは、その関係性が自然に発揮されており、二人は既に婚姻関係にあるとすら思われている。
灰も紫も、彼らの仲睦まじい関係を喜んで見守っていたし、これから灰と紫は密接な関係を築いていけるだろう。
誰も彼もが、そしてアマヒロとレイラもそう思っていた。
レイラの父親レリス、兄オリレスについては、命と名誉については救ってあげたい。
紫のレリスからは、場合によっては、紫の次代が女性ばかりだったならば、そしてアマヒロとレイラが子宝に多く恵まれて男子が多くいれば、アマヒロとレイラの令息を1人養子として引き取って紫の女性と結婚させて次期当主としても良いと考えてもいることも伝えられていた。
それほど幼い頃からよく可愛がってくれており、時には訓練もつけてもらった仲だ。
“正式な作法”というものに則って正式に当主を乗っ取られ、行政機関等も既にボリウスを当主として認めているとなると、王都政府に運ばれている書簡が王都政府に届いた時点でレリス達の復権は不可能だ。
アマヒロとて、それは理解している。
だが、『お飾りとして、そしてボリウスの寛大さを示す為だけに活かさず殺さず使われる』という不名誉な戦士としての立場を払拭してさしあげたい。
そして、なるべく、己の力でもって、解決を図りたい。
“ヒノワがボコボコにして解決した”“フミフェナ嬢が一瞬でレイラを救出した”、とあっては、花嫁を助けに行った男として、あまりに情けなさすぎる。
灰色戦貴族領次期当主として、ヒノワやフミフェナにおんぶにだっこでは恰好がつかないのだ。
ここは次期当主として、立場を明確にするほどの力を見せねばならないところだ。
実際問題同行してもらうし力も貸してもらうが、主軸、もし力での解決を要するとなった場合に、自分は最後方に下がって、同行した強者に解決してもらう、という体たらくではありたくない。
次代の色付き戦貴族当主として恥ずかしくない実力を見せた上で、レイラを迎えに行きたい。
であるならば・・・。
「私達の装備しているモノを、アマヒロ様に提供する、ですか?」
アマヒロ達は、ヒノワと温泉に浸かっていたとのことで、上気したホカホカ感が抜けていないフミフェナと、同行して帰還したノールを加え、フミフェナの造成した迎賓館の賓客室で打合せを開始していた。
迎賓館の中でも特別に賓客をもてなすための部屋で、ノールやミチザネと言った配下4名で応接を命じられ、昼食を共にする相手となったのは、アマヒロとテンダイ、そしてその側近達だった。
要件は“紫に対してどういった行動を起こすべきなのか”という議題を協議するための会議だ。
アマヒロが出した答えはシンプルだった。
フミフェナが開発し、フミフェナの部隊が運用している装備を、アマヒロが装備して活用し、アマヒロ自身がボリウスを始めとした現紫色当主勢に『レイラを予定通りアマヒロに嫁がせる』ことを認めさせる、それだけだった。
灰色として、予定通りレイラを正妻として迎え入れた場合に、支度金や今後優遇する各種についても、まとめる。
交渉で全てが片付くのなら、それがベストではあるのだ。
戦闘になった場合の準備も進めなくてはならない。
アマヒロの装備品は、主に弓と指貫、胸当て、靴の4点(矢筒は装備品というよりケース)だ。
というより、灰色に所属している戦士の中で、弓使いと称される弓矢を主装備としている戦士が装備している防具は、軽戦士よりも更に軽装であることが多い。
並の兵士では引き絞ることは不可能になるほどの張力で張られた強弓。
その強弓の弦と指の摩擦力の保持及び、指の保護の為に使用される指貫。
弓の弦の接触あるいは衝撃波から急所である心臓・肺のある胸部を守るためだけの簡易な防具である胸当て。
後はなるべく軽く、動きやすく、ある程度の防御能力のある布地の服、高速機動に耐えうる強度とグリップ力のある靴などだ。
アマヒロほどの使い手ともなれば、灰色仕様の矢を使用すれば、一矢で魔物3,4匹をまとめて貫通して葬ることすら可能なほどの攻撃が可能だ。
だが、近接戦においては、やはり他領の戦士の領域になり、灰色領内の戦士で近接戦に長けている戦士はヌアダ、フミフェナ、ノール、ホノカを上位4位としており、それより下はガクッとランクが落ちる。
そしてヌアダ配下の戦士、フミフェナの配下の戦士がトップ50内に30名近く名簿入りを果たしている辺り、灰色所属で近接戦に重きを置く戦士は少ない。
当然、紫色戦貴族領の新当主であるボリウスは近接戦型の戦士であり、遠距離からの狙撃ならともかく、アマヒロが真正面に近距離で対峙して圧倒できる相手でないことは確かだ。
「是非、それに類する物を購入、導入したい。
それも、今回の事態の解決に使える形として、だ。
君の配下の者達に活用可能なのであれば、私にも使えるのではないかと思う。
機密に関わる様々なことについても、勿論部外秘のことについては僕が装備者となっても徹底して守秘義務を守るし、もし僕の関連の者に装備を追加してもらう際などには、勿論君の要求には全て応えていくつもりだが、差し当たり、僕に、だね。
掛かる費用についても、条件を言って欲しい、可能な限り支払うつもりだ。
ヒノワから提供してもらった資料を確認する限り、受注生産品の特別仕様を除けば、装備品の在庫はある、と聞いているのだが、処置には君の裁可も必要だとも書いてあった。
僕は、君に承認してもらえるのかな。」
「と、兄上がおっしゃっておられるのだけれど、可能かな、フェーナ。」
「おっしゃる通り、専用の特殊な仕様や特別仕様でなければ、物はございます。
提供は可能ではございますが・・・この装備品はただつけるだけでは意味がなく、装備する為の条件や様々な問題がございます。」
「余程の問題でもなければ、それらは君が気にする必要はない。
僕は、すぐさま強くならなくてはならないのだ。」
「は。
・・・機密故に、余り公に話すことではないと思って伏せておりましたが、いくつか条件がございますので、これから順を追ってご説明致します。
それらについて、御了承いただけるなら可能でございます。
が、承諾いただけるのか、そして、求められる期間内に可能であるのか、そういったことが不明です。」
フミフェナは特殊な装備を装備しており、フミフェナの配下達もそれを利用して高レベルに達していることは、灰色の戦士の間では周知の事実だった。
今回、レイラ救出チームに配されたメンバーも、やはりフミフェナ配下の者のシェアが最も高い。
自分の実力の領域で、付け焼刃で数日特訓を積んで果たしてどれだけの効果が得られるかと考えると、非常に難しいものがあるだろう。
であるならば、装備品で実力を底上げしているフミフェナ配下と同様の装備品を装備すれば、単純な底上げが可能なのではないか、そう言った浅はかとも言える考えだった。
ヒノワの支援している学校は素晴らしい生徒を多く輩出してくれているが、フミフェナの育成している配下は短期間にとんでもなく成長しており、レベル100の壁を易々と突破している節もある。
昔は数段下だと思われていたノールは、自分の従兄弟に該当するのだが、既に自分に匹敵、あるいは自分よりも上位の戦士となっているほどなのだ。
彼女の開発した装備品を装備している者は、元から彼女の下にいた者ばかりではなく、彼女がスカウトをしたり、在野登用で起用していたりもしている。
そして、本来最下層の戦士と言えるほどの者を採用している場合もあれば、将来有望と言われた戦士が自ら志願しても拒否されている場合もあり、フミフェナの中に何か選別基準があるのだろうと言われていた。
「まず、私の装備しております装備は、『ベルト』と『指輪』、『ブレスレット』の3点です。
いずれも高純度かつ多機能を付与された高グレードの粒子結晶が用いられており、1点物として設計・製造されたレアアーティファクトです。
私の特殊能力で制御し動作させている部分もありますので、これその物は量産・流用が不可能であり、これを貸与あるいはは新規生産しても装備するのは不可能です。
ノールやホノカさんが使っている量産品は、これらを普及版として私以外の人間が使用できるようにグレードダウンしたものとなり、『ブレスレット』『指輪』の二点です。
アマヒロ様が御使いになるのであれば、こちらのダウングレード版を使用する形になるかと思われます。」
フミフェナの合図に従ってノールから差し出された資料には、“黒装”と呼ばれる比較的滑らかかつ要所要所のエッジが尖っている、初めてフミフェナに会った際にフミフェナが着用していた装備が標準となっていることが記載されていた。
その他、細かい仕様なども書かれており、カスタマイズ次第では簡易な武器や身体能力ブーストと言った様々な拡張が可能であるとのことで、一例として、ノールの黒い鎌槍、ホノカの薙刀や弓矢、イオスの広範囲音響索敵オプションなどが記載されていた。
「これは量産品を私の配下達に装備してもらうにあたり、作成した資料になります。
量産品の名称は、あまり考えずに名称を決めた為、そのまま『ブレスレット』『指輪』です。
そちらの資料に記載しております内容が、ほぼ全てとなります。
装備に前提として必要となるスキルや、装備品による拡張能力や可能となることについては全て、そちらに記載しております。
装備品の説明については以上になります。」
数分の間、アマヒロ、テンダイやその側近がそれらの資料を閲覧し、唸る。
彼らの知る契約装備や“装備者を限定する特殊専門装備”を除いて、これほど汎用性が高く、使用者にバフを与える装備品は見た事がないからだ。
「一つ、尋ねさせてもらいたいのだが、いいかな?」
「なんでございましょう?」
「これは一種の家宝武具となるほどの装備品に見える。
なるほど、粒子の汎用性を考えれば、この説明書通りの仕様が実現可能なのであれば、これらの機能を果たすことは間違いがないのだろう。
これを提供してもらいたいと言っている側がなんだが、何故フミフェナ嬢1人で独占せず、それを普及しようとしているのか、君の考えが、よくわからない。
独占すれば、自分に迫る可能性のある戦士を作る可能性はなかったように思うのだが。」
「ふふ、アマヒロ様もお使いになられれば、その理由はお分かりいただけるかと。
それに、とっても便利なので、条件にさえ見合えば、使わない理由がございません。」
「なるほど、君がそう言うのであればそうなのだろう。」
それは自負なのか、あるいは根拠あることなのかは分からないが、ヒノワからすら化け物級であると認められている目の前の少女がそう言うのだから、おそらくこれらを装備してもこの少女に匹敵する戦士は生まれないのだろう。
「こちらに記載のある前提スキルである『纏い』、思考速度上昇スキル、相対距離固定スキルなどは、弓を扱う我々は高レベルで既に習得しているので、ある程度の準備さえできれば習熟度はともかく、装備だけは可能なように思える。」
「それは何よりでございます。
ですが、実は、そちらの説明書に書いていない、しかし最も重要な、装備者全員が施していることがございまして。
そちらが、次期当主様にこの装備品をお渡しするかどうか迷っている部分でございます。」
「・・・施していること、とは?」
「それが装備品を提供する為の必須条件であり、装備品を活用するための必須条件でもあります。」
彼女の前振りは、嫌な予感しかしない。
彼女も苦笑いしている。
彼女が送り出してきた資料には、人体図が描かれており、そこに多くの矢印と記号が記されていた。
「非常に簡単なものですが、この図示された部位に、異物を体内に移植する、とある手術を要するのです。
『ブレスレット』『指輪』とリンクする物として、体の動きに支障のない程度の、非常に小さなレアアーティファクトを体内に埋め込んでいただく必要があるのです。」
「身体の中に、か。」
「はい。
米粒よりも小さく、シート状にしてあるレアアーティファクトの端子を、筋膜内あるいは真皮下に挿し込んで縫い留める形になります。
施術箇所は、手足は両手両足になりますが、足の甲、すね、ふくらはぎ、ふともも前後2箇所、おしり、へその下、むね、背中4か所、肩前後2箇所、上腕前後4か所、前腕前後4か所、手の甲、首、後頭部。
合計41箇所になります。
私の身体で人体実験済みですので、埋め込んだことによる人体への影響はおそらくないだろうと思われます。
アレルギーなどの可能性もありますので、100%とは申せませんが・・・。」
「それは仕方がないな。
しかし、結構な数だな・・・。」
「まずメリット面から申し上げますと、これら『ブレスレット』などのレアアーティファクトは、施術で身体に仕込んだレアアーティファクトとリンクしており、それらと設定した相対距離を保つことにより、擬装、つまり仮想外装鎧を構築・維持が可能となります。
後述致しますが、全身を覆う全身鎧を超軽量で纏う事が出来るメリット以外にも、全身鎧で身体を締め付ける・・・要は皮膚や筋肉だけでは“肉が爆ぜる”ほどの出力を掛けても皮膚や筋肉が爆ぜない、“ほどよい”圧力を掛け、高速移動を可能とするための外殻として使用致します。
私どもの装備している装備品は、この施術がセットとなる由縁です。
細かい仕様については理解していただくための基礎知識があまりに多く説明が難しい為、この度は省かせていただきますが、それらを埋め込んでいる限り、仮想外装鎧を全展開していない場合であっても、そして無意識下であっても、本人の感知能力で感知できる範囲において、一定強度までの攻撃被弾時に“自動防御”に近い防御展開が可能です。
流石にヒノワ様を筆頭とした灰色の弓使いの矢を完全に防ぐほどの防御力はありませんが、他領の兼任弓使い程度の矢であれば自動防御でも十分に矢をはじき返すことが可能です。
流れ矢での死傷の確率を相当に減らせる、という点でも、次期当主であられるアマヒロ様にとってのメリットが大きいかと思います。」
「それは凄い。
その仮想外装鎧というのは、説明書にある“黒装”のことか?」
「はい。
私の装備品である『ベルト』に関しては拡張性が非常に高い為に、“黒装”以外にも設計・開発次第で様々な展開装備が可能ですが、『ブレスレット』と『指輪』については拡張性があまり高くない為、基本仕様の“黒装”のみとして開発しています。
今後の展開として、“黒装”では能力に限界を感じるほど成長した装備者にはアップグレードを順次施していくよう考えておりますが、現況はそこまで開発が進んでおりません。
基本仕様では標準の“黒装”のみですが、カスタムは可能です。
あまり大きく改変はできませんが、ご希望でしたら『角を生やす』とか、『肩にトゲトゲを付ける』『色を変える』と言ったことは可能ですので、お申し付けください。」
「角や肩のトゲトゲは、つけるとどうなるのだ?」
「カッコ良いです。」
「・・・それだけか?」
「こほん、失礼致しました、冗談です。
『角』は性能面では特段変わりはないかもしれませんが、外装の状態で目視で指揮官であることを主張する『シンボル』としての役割をこなすことができます。
これは私も私が率いる部隊の中で部隊長としてのシンボルを表現する為に拡張性を利用して採用しています。
『トゲトゲ』は一例として挙げましたが、可動域を制限する、あるいは空気抵抗が増すといったデメリットを享受する必要はありますが、敵の攻撃を弾く際に、敵四肢あるいは敵武器を絡めとる際の取っ掛かりとすることができる、あるいは複層の外装とすることで局所的に防御力を2倍にする、と言ったメリットを生むことも可能です。
ただ、速度に極端に振り切った仕様で製作されております関係で、重量が増さないという利点こそあるのですが、空気抵抗や身体バランス・体幹筋力の問題で無暗に増設できない、という欠点もございます。」
「なるほど、つまりは機動性を犠牲にすれば、外装の外に更に手甲や脛当てを付け防御力を上げることができる、といった感じか。」
「そういった理解で結構です。」
「了解した。」
「装備自体は、以上のことを踏まえていただければ、手配は可能です。
施術はナイン・ヴァーナント技師と私の助手が行えますので、即座に彼らに連絡を取り、カンベリアに召喚致しましょう。
送迎は私の部隊で護衛も兼ねて行いますので、ここカンベリアでも施術も含めて可能だとは思います。
ただ、最後に、最大にして最難関の問題がございます。」
「どういった問題だろうか。」
「これらの装備品は、『装備したらいきなり速くなる、強くなる』訳ではないのです。
速ければ速いほど人体には耐えられない空気抵抗が掛かり、最初は泥のようなモノが、次第に壁、あるいは矢のように身体を押し返します。
更に、表皮・・・外皮部分は問題なくとも、中身に問題が発生します。
そして、加える衝撃が強ければ強いほど、反動に耐える為の衝撃も大きくなります。
アマヒロ様が、紫色当主と対峙する際に、思考加速状態、『纏い』、相対距離維持と言った術式やスキルを維持したまま長時間の移動・戦闘に耐えうるかどうか、という問題があるのです。
私は装備開発に自身を使った人体実験をしていた期間も含め、習熟期間がそこそこありましたので、すぐ順応しましたが、私の配下の中で最もレベルの高かったホノカさんとノールさんでも順応するまで1週間以上かかりました。
私の配下達は早い者で1週間程度、しかし長い者で2~3週間程度かかりました。」
「なるほど・・・。」
「超高速戦闘となると、所持している装備品の重量の重さが劇的に増加して感じます。
故に、可能な限りそう言った装備品を減らしていく作業も必要となります。
また、『纏い』のレベルに合わせずに、あまりに高速で移動・戦闘しますと、身体の中の脳、眼球、内臓、関節、血管、様々な部分に負荷がかかり、破裂、出血、と言った事態が発生します。
思考加速状態でなければ、自らの速度に思考が追い付かず、衝突や転倒、あるいは人体に不可能な動きをしてしまい、自らの肉体を破壊する可能性すらあります。
つまり、自分の術式やスキルレベルに応じて、自分に可能な戦闘速度を設定する必要があるということです。
上限速度域を装備のオプションを展開して設定し、自らの肉体でもってそれが適当なのかを人体実験し、設定をやり直し、再度実験する、そう言った手順が必要となります。
習熟期間が必要なのは、そう言った自傷に繋がりかねない速度を見極め、装備品を見直したり、オプションを再設定し出力などを制限する、と言った調整期間でもあるのです。
少しお時間をいただきますが、実験で目で確認していただけますか?
速度だけ、実際にどうなるのか見ていただきましょうか、少し外に出ていただけますか?」
フミフェナに連れられ、フミフェナが建設した『壁』の上に全員で登る。
準備には数分程度しか掛からなかったが、全員が気になっているのは、ノールの持っている袋は直径1m以上はあろうかという布袋だ。
フミフェナはその布袋から、いくつかの品を取り出した。
果物、鶏、牛肉の塊、石、砲弾のような鉄の塊だ。
「見なくても結果は分かる、とおっしゃるかもしれませんが、実体験として、目にしていただく必要があると思います。
見ていて下さいね。
それぞれ、『物』が高速で移動した場合、どうなるのか、ということを、私が投げるとどうなるのか、という代替行為で確認していただきます。」
フミフェナが黒装を纏う。
ホノカやノール達が纏う黒装と区別がつかなくなっては面倒である、という建前で額部分に角、肩部分に甲冑のような物を付けた装備だ。
まず、果物を持ち、腕を振るう。
瞬間、果物は飛んでいくことすらなかった。
あまりの速度で振るわれたフミフェナの腕は目視では確認も難しい。
ボッという音と共に、果物は粉々に砕け散り、果汁だけが霧のように舞った。
「次は鶏ですね。」
鶏も、果物と大差なかった。
粉々に砕け散り、体液や血液と思しき液体が霧のように舞う。
牛肉の塊は、バラバラに砕け散って飛び散るに留まったが、原型どころか残骸を拾うことすら難しいような状態になる。
次いで、石。
流石にこれは投げただけでは粉砕されることはなかったが、『壁』に衝突した瞬間、甲高い轟音を上げて砕け散った。
流石に「避けれるか?」と聞かれたら「至近距離では避けられないかもしれない」としか言えないが、観覧者として見る限りはなんとか物体の軌跡は目で追える者が大半だった。
「次は、鉄塊です。」
野球のピッチャーのような投球フォームで、フミフェナが鉄塊を放り投げる。
流石に投げただけで砕けたり溶けたりと言ったことはなかったが、音速を遥かに超えて飛び、断熱圧縮の影響で超高熱になり、軌跡は灼熱の筋を描いて『壁』に衝突、轟音を上げて粉々に砕け散った。
目では全く追うことも出来なかったが、灼熱の残像が瞳を焼いている。
その少し後に、ソニックウェーブが観覧者を襲い、しかしフミフェナの支援スキルで彼らは被害を負うことは無かった。
砕け散った鉄塊の破片が超高速で跳ね返ってきたりもしたが、それはノールとミチザネが“黒装”の外装でもって大半を弾き返して観覧者を守った。
「まず、これらの素材を選んだ理由をご説明します。
1の果物に関しては、脆い物を掴んだまま高速移動を全開でした場合、砕け散る様に近似する物として選びました。
“壊れやすい物”を保護状態にせずに超高速で移動した場合、あのようになります。
2の鶏ですが、これは自らが保護状態にない状態で高速移動をした場合にどうなるかを知る為の物として選びました。
『纏い』や体内の血管や内臓、眼球や肺細胞などは保護されていない場合、あの速度で移動すると、あのように体液をばら撒きながらバラバラに砕け散ります。
3の牛肉の塊ですが、これは生物を掴んだまま高速移動を全開でした場合にどうなるかを分かりやすくするために選びました。
例えば、救助者、あるいは庇護者、そういった生物、ヒトといったものを運搬する際、対象を防御した状態で移動しなければ、掴んでいる対象が砕け散ります。
4の石、5の鉄塊ですが、これらは速度の差を表現する為に用意しました。
石は歪な形をしており、投擲後、空力抵抗の影響もあり軌道が安定せず、安定した螺旋回転もしていないので速度があまり出ませんでした。
一方、鉄塊は流線形に加工し、螺旋回転を描くように旋条痕を刻んでいたものを使用し、投擲時に捩じるように射出しました。
こちらは私が粒子付与を行い、螺旋回転しながら直進する際に推進力となるエネルギーブーストの術式も刻んでおりましたので、私の投擲技術に加えて鉄塊の弾丸としての推進力も加え、音速を超えてマッハ5を超越、200m以上あるあの『壁』まで0.1秒以下の時間で到達、衝突しました。
断熱圧縮が生じ、砲弾には超高熱が加わり、目を引いたかと思いますが。
これらの成す意味はお分かりになりますでしょうか。」
「・・・とんでもない実験を見せられてすぐに、感想というのは難しいが・・・。
つまり、速度の差というのは、それだけ落差があり、人体にとっては恐ろしいことなのだな、という体感は、した。
特に鶏、牛肉の塊が粉々に砕け散るところなどは、それが己の身に起こりかねないことであるということを考えると、身震いさえしたように思う。」
「うーん、フェーナのその鉄塊って、どのくらい飛ぶの?」
「5kmほどは指定座標まで飛ぶと思いますが、それ以上となると、標的に命中するかどうかは分かりません。
ただ、曲射時における質量攻撃としては活用可能かとは思いますが、至近距離で使用すると不要な物まで破壊する可能性が否定できないこと、戦果のコントロールが難しいことなどから、対軍か対城というような使い方になってくるかと思います。
また、灰色で採用されている矢のようなコストパフォーマンスの良い投擲物ではないので、対費用効果が激烈に悪いです。
あと、『この芸当』が出来る人間がまず少なく、出来るなら他の攻撃手段の方が手っ取り早い、という欠陥はございます。
何せ、いくら『壁』が頑丈とは言え、あれこれコストを掛けて製作したというのに、多少の擦り傷と轟音を残すだけで粉々になってしまいましたから・・・。」
「あー、なるほどね、実際的に大砲みたいなもんだもんね。
それ、今現在でフェーナ以外もできる?」
「私以外ですと、若干速度・射程・精度が落ちますが、今の所ノールさんだけが可能です。
質量攻撃の場合、速度が威力に大きく影響致しますので、速度が落ちる、射程が落ちる、精度が落ちる、の3点は連鎖していると言っても過言ではないかと思います。
容量的に持ち歩きもかなり難儀致しますので、鉄塊を持ち歩くよりは矢筒に矢を入れて弓で射出する方が圧倒的に使い勝手も、戦果コントロールもし易いかと思います。」
「なるほどね、兵科として戦略的に軍に組み込むには、無理、か。
自分でやるにしても、ちょっと使いづらいかな~・・・。」
「ヒノワ、話の筋がずれるからちょっと待ってくれ。
フミフェナ嬢、1,2,3はなんとなく意図としては分かった、確かにあれが自らの身で起こるとなれば、戦闘どころではない、ということは分かった。
だが、4,5の石と鉄塊はどういう意図があったのか良く分からない、教えてくれないか。」
「実は石にも私は粒子付与はしましたし、エネルギーブーストとなる術式も刻んでおりました。
重量も同一ではないにしろ、ほぼ同じ重さの物を用意したのです。
ですが、結果、あれほど速度差が出ました。
中途半端な速度では目視で差が分かりにくいかと思い、投擲という自分の移動よりも速い移動速度を実施できる実験としました。
つまり、流石に“黒装”の移動速度が投擲物ほど速くなることはないにしろ、移動速度とは最終的に空力抵抗の壁との戦いもある、ということです。
石ほどの速度でも十分早くはありますが、同程度の出力で投擲した鉄塊との速度差はご覧の通りです。
しかし、あれは物質だったので『物質本体の強度』は若干度外視できたのですが、あれが鶏だったなら、砕け散ってしまうのは見ていただいて分かったと思います。」
同じ出力で投擲されたものにあれだけ速度差が出る、つまり空気抵抗の差や物質の強度等諸々の差が加わると、同じ出力の装備を使っても性能が変わってしまう、ということか。
「また、空力特性を考えなければなりません。
速く動けば早く動くほど、身体はどんどん空中に浮いてしまう可能性が高く、足場と脚部のグリップが離れてしまいます。
銃弾、砲弾はある程度空力特性上シンプルになっていますのである程度狙った場所に投擲できますが、人間の身体の形状は勿論そういった投擲や高速移動に向いておりません。
身体が浮かないように身体が地面にめり込まないように具合良く空力を調整しつつ、グリップを確保するべく、身体の周囲に粒子領域を構築し、推進力のみに集中できる状態にしなければなりません。
どのような姿でもどう動いても早い、そんなことは普通の人間の身体には不可能です。
例えば急ブレーキをかけた際に身体にかかる負担は、ただ走る場合の数倍の負荷となって身体の、摩擦部分、急制動を掛けた際に負荷のかかる関節や筋肉部分に襲い掛かり、それらを破壊してしまいます。
故に、急加速、急ブレーキの際に何処に負担がかかり、そこに事前にどれだけの強化を図らねばならないのか、それを自らの身を以って体験し、習得し、修練していく、外殻によって人体では耐えられない衝撃に耐えられる強度を確保するために、どれだけの設定をし、どれくらいの出力強度を命じ、己からどれほどの粒子出力をなさなければならないのか、それらをこの過程で調整する必要が出てくる、というわけです。」
「なるほど、つまりは装備のことだけでなく、『己を知る』ことを究めなければ、君の装備は実力を発揮できないか、自滅するかということになるわけか。」
「そういうことになります。
そして、テンダイ様にもお伝えいたしましたが、今回の問題には期日がございます。」
ボリウスの書簡が届いてから、アマヒロとレイラの婚約破棄が公式に確定してしまう、あるいは公式に発表されるまでの期日はおおよそ確定している。
バランギアと『エンテュカのカード使い』殿の遅延工作がないものとして、
1)明日までに書簡が王都政府へと届く
2)明日の昼までには国王陛下を始めとした首脳部に情報が届く
3)明日の夕方までにどういう処置をとるのかの会議が首脳部で行われる
4)明後日には王都政府幹部に情報が行き渡り、書簡内容について法的な許認可が可能なのかの確認が行われる
5)明後日夜~3日後の午前中にはそれらの確認が終わり、審議会が実施されると同時に、バランギア卿に採決までに王都へ帰還してほしいという要望を発する
6)3日後の夕方までに審議案が上程され、4日後の午前中に議案チェック、正午に再上程、夕方に審議会が行われる。
7)5日後の午前中には結審、午後からは発布のための資料作成や周知用の議案が作成される
8)5~7日後、王都政府から大々的に紫色戦貴族当主、紫色戦貴族領領主がボリウス殿となったことを発表する
という日程となる。
バランギアが王都帰還を1~2日遅延させたとして、5が1~2日遅延。
『エンテュカのカード使い』が審議に意見指摘をして再上程を申し立てたとして、1~2日遅延。
結審まで良く見積もって7日~9日、発表前までに間に合わせるのだとすると楽観的に見れば11日はあるものと考えられる。
勿論、悲観的に見るならば、なんらかの理由で王都政府内にボリウスに加担する者がいた場合、バランギアや『エンテュカのカード使い』の目論見を無視し、5~7日後には結審・発表・公布される可能性もある。
「今回の事態解決は、早ければ早い程良いと考えております。
『ブレスレット』『指輪』を使いこなせさえすれば、紫色貴族領までの移動時間など2時間もあれば余裕でしょうから、移動に1日2日掛かると言ったことはありません。
ですが、前述の準備・施術・慣熟訓練の日程まで含めますと、あまり余裕がございません。
ナイン・ヴァーナント技師に施術の準備をしてもらい、こちらの領地まで送迎するのに半日~1日、彼が到着するまでの間に施術前の検査や必須スキル・術式の修練を行っていただきます。
そして、カンベリアでナインの施術を受けていただき、安静にして回復、身体に定着させるのに1日はかかります。
そしてその後、装備品とアマヒロ様の感覚の同調や調整、スキル・術式を用いての実際の稼働実験までに更に1日はかかるでしょう。
本当であればそこから1週間ほどは実際は慣熟試験として様々な実験→調整を繰り返す必要があるのですが、時間もありませんので、本来であれば設ける安全率を排除して多少の怪我があったとしても二日間全力で動いても支障がない、というラインを大雑把に定めてそのラインに向かって調整をする、これであればなんとか間に合うかもしれません。
但し、そこまでハードルを下げたとしても、非常に苦痛を伴うであろう稼働修練を完徹で全力でやっていただく必要がありますが。」
「・・・やろう。」
「ヒノワ様とヌアダ様は移動速度の問題がありますので、先行して紫色貴族領に移動していただいておきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「構わないよ、というかそうしないと間に合わないしね。
フェーナの装備品が私やヌアさんにも使えるなら、後日でいいので教えてほしいかな。」
「承知致しました、ヒノワ様、ヌアダ様に相応しいグレードの物をナイン・ヴァーナント技師と相談・設計・開発し、後日デザインプランも挙げ、プレゼンさせていただきます。
・・・さて、後は、テンダイ様もおっしゃっておられました、レイラ様の身辺警護・・・と言いますか、“女性としてのアレコレ”を守るための手段を講じたいのですが、構いませんか?」
「それもお願いできるのか?
是非ともお願いしたい、というよりもそれさえ守れるのなら、後顧の憂いはない。
安心して修練に取り組める。
如何様に費用がかかろうとも、後から必ず支払うので、実施してもらいたい。」
「承知致しました。
実は既に私の側近であるヴェイナーという高位の女性戦士をレイラ様の元に向かわせております。
レイラ様の身を守るように申し伝えておきますので、ご安心下さい。
ヴェイナーは私よりも対人警護に向いた能力を持っておりますので、確実にレイラ様の身の安全は確保致します。」
「助かる。
ヴェイナー殿はどれくらいでレイラの元に辿り着くのだろうか?」
「なるべく早く婚約者を守ろうとするその御意思に応えられるよう努力致します。
彼女の足は私よりも速いので、1時間以内には到着するのではないかと。
彼女がレイラ様の身辺警護につけば、レイラ様の御身体へ危害を加えようとする全てから護れるであろうことは私が請け負います。
現況確認も兼ねることができますので、現地情報についても順次彼女から連絡をもらう手筈です。」
「それは非常に有難い。
後は、手を出せないとなった場合、ボリウス殿側がレイラについてあまり宜しくない噂を流すことだけが心配だが・・・。」
「そちらについてもフォローさせていただこうと思います。
私もヴェイナーも、女神ヴァイラス様の恩寵を受けし者。
女神ヴァイラス様は、真摯な祈りを捧げる者に恩寵を与え、そして女神ヴァイラス様に関わる全てにおいて“嘘”や“虚飾”を特段お嫌いになっておられまして、レイラ様にも、女神ヴァイラス様に真摯な祈りを捧げる者になっていただきたいのです。」
「・・・なるほど、そうか。
彼の女神様は、『鑑定』などの客観的評価を別として、『事実』を判別できるのか。
つまり、彼女が潔白であるかどうかは、女神ヴァイラス様に真摯な祈りを捧げ、偽りを述べない限り、それが事実であることが証明される、ということか。」
「流石に嘘だった場合は守り切れませんが、事実である限りは女神ヴァイラス様から罰が下ることはありませんでしょう。
『マッチポンプだ』という者がいれば、女神ヴァイラス様の実績を全て嘘偽りなく説明し、嘘をついたらどうなるのか身を以って実践していただくほかありませんね。」
「・・・もしそう言ったことを言う者がいた場合、死刑囚か何かを連れてきてもらった方がよいのか?
それとも、軽口でそう言っただけでもその者は死ぬのだろうか?」
「“事実を知った後”にそうすれば、死ぬと思います。」
「・・・証明を求められた際には、その辺りはキチンと説明しておかないと大変なことになりそうだな・・・。」
「何処までなら大丈夫か、といったことは私には分かりませんが、レギルジアで神の恩寵を感じていただければ神の実在は感じていただけると思いますが・・・。」
「ははは、まぁ、そうだね。
流石フェーナ。
例えレイラさんが無事でも、嘘偽りを推測で述べる者が見せしめみたいに死にまくったら流石に信じるよね、レイラさんを、というより、女神ヴァイラス様を。
そんな女神様の恩寵を受けているであろうレイラさんを害そうなんて人、出てこないよね。
アフターフォローも完璧じゃん。」
「・・・考えがエグすぎないか・・・。
いや、君が味方で良かったと言わねばならないだろうな・・・。」
「情報も手配も、速さと徹底が命です。
速さに於いて、私どもの部隊を上回る組織はおそらくないだろうと私は考えております。
何事も徹底的に詰める、これに関して女神ヴァイラスの使徒の一人として、私以上の者はいないであろうことも、私は確信しております。
今後とも、ご活用していただければ幸いです。」
「そうだろうな。
是非君達は仲間として活動してもらえると助かるよ、本当に。
というかむしろ、居てほしくないな、君よりも上の者や組織など。
恐ろしくて仕方がない。」
「お褒めの言葉だと思って受け取っておきます、恐縮です。」
「味方である限りは、褒めちぎるとも。
どうやったら味方のままでいてくれるのか、正直に君に聞きたいところだ」
「ヒノワ様が私を必要としてくださる限り、私はヒノワ様の手の内にあると思っていただければ。」
「そうか。
ただ、こうして何から何まで君に世話になって頼っている僕が言う事ではないのかもしれないが、あまり妹を甘やかしすぎずにいてくれると有難い。
あまりに君が便利過ぎては、君がいない場面でヒノワが役立たずになってしまう。」
「失礼ですね、兄上。
私はこれでもフェーナがいない時期でもカンベリアを構築・発展させてきたではありませんか。」
「1から100までやってくれる部下ならまだいい。
が、フミフェナ嬢は0.1から1000くらいまでやってくれるのではないか?
あまり頼り過ぎないように、自制した方がいいだろう。」
「・・・まぁ、それはそうですね・・・。」
「はは、まぁ、僕も頼り切りにならないように、頑張らねばならないな。
さて、今回の事は、僕自身が向かって立ち向かわねばならない。
早速にでも各種手配をお願いしてもいいだろうか。
フミフェナ嬢の配下がレイラを守ってくれるというのなら、後は僕がボリウス殿を圧倒すればよいだけだ、気は楽になった。」
「は、では、早速、ヴァーナント技師と連絡を取り、我々は彼の送迎の準備に取り掛かります。
ノールさん、これからヴァーナント技師に連絡を取りますので、ミチザネさんと二人で彼を護衛して、この迎賓館まで送迎していただけますか?
施術は『壁』の中で行いますが、こちらに滞在してもらおうかと思いますので。
それと、『壁』のシアケンさんに施術の準備をするように伝えてください。」
「承知致しました。
すぐ準備してレギルジアに向かいます。」
「お願いします。」
各自が解散し、ヒノワとヌアダは装備品一式を揃えると、側仕えを二人随伴して一足先に紫色領内にある灰色の拠点へと移動を開始した。
テンダイは領内の各種調整の為にアーングレイドに帰還。
アマヒロはカンベリアに残り、フミフェナの手配で『壁』内部の病院施設のような場所に案内され、各種検査を受けることとなった。
フミフェナの動きは早かった。
レギルジアのヴァーナント技師に連絡を取ると施術に必要な資材や準備などを手配し、『壁』内部の荘厳な装飾のスペースとは違う、まるで病院のような設備の整ったスペースにアマヒロを案内、自分がバタバタしている間に、ということで何を検査するのか分からない見たことのない謎の器具を使った検査を幾つか受ける。
眠っている間に検査は終わりますから、という看護師の言葉を聞いた後、アマヒロは意識を失った。




