34話 紫の窮地
「父上が襲われたですって!?」
「お父上だけではございません。
オリレス様も攻撃を受け、同席していたレイラ様の護衛隊の面々も多数の死傷者を出しています。」
「お兄様やジタリウス達までですか!?
一体、何が起きているのです!?
まさかこの領都まで魔物が襲ってきたのではないでしょう!!」
「・・・はい。
下手人は、レリス様の弟君・・・つまりレイラ様の叔父上にあたるボリウス様です。
ボリウス様は既にレリス様から当主の座を奪い、王都へ当主交代を宣言する文書を『紫印』を捺して送付なさいました。
つまり・・・クーデターが成立してしまった、ということでございます。」
「・・・っ!!
ボリウス叔父様が・・・。」
紫の領都、紫陽花をモチーフとしたレリーフを掲げる雨の都市、オルテシア。
紫色戦貴族であるバイオレット家の長女レイラは、邸宅内で自分の管理している領地の視察と打合せを終えて、夕刻にようやく帰宅したところだった。
現地での打合せを要したのは、代官に『自分がいなくなった後』の引き継ぎの為の、様々な代行権限の付与やその説明、あとは細かな現地事業の事務処理を行うためだった。
自分は、来年には、アマヒロ様に嫁ぎ、紫色領から離れる。
以前から自分が管理を任されている領地については、代官は自分の信頼する人物に任せており、今更領の運営についてアレコレ指示をする状況ではなかったが、『代官』という役職で担える範囲や権限については制限があるので、自分がいなくなった後にどういう意思決定を行うべきか、ということを打合せたのだが、代官が優秀であったため、現地での打合せは1時間もかからずに終わった。
最悪宿泊予定だったのだが、朝でて夕刻には帰宅できるという日帰り出張となった為、疲労感も溜まっており、先程までは部屋に引き籠っていた。
だが、そろそろ夕餉の準備もあるだろう、と起き上がったタイミングで、邸宅内に日頃にはない喧騒が起きていた。
邸宅外部からの騒動ではなさそうだし、ちょっとした口論という程度の騒ぎでもなさそうだったので、ひょっとすると使用人達同士が武器を使っての喧嘩を始めたのかもしれない、となれば事態収拾のために高位戦士の投入も必要かもしれないと考え、現況を確認させるべく、侍女や執事達に調べるよう、指示を出した。
紫の領館で働いている使用人達は皆レベル40を下回ることはない。
つまり、この邸宅敷地内にいる使用人同士の喧嘩であっても、武器を使っての喧嘩となれば血を見るどころか惨劇となる可能性もあり、問題が起きているのであれば早急に解決を図らねば、領館の破壊や調度の破損なども考えられる。
調べに出した侍女や執事達は、全員無事に帰ってきたが、彼らは皆、悲壮な顔をして帰ってきた。
夕餉前に自室に飛び込んできた衝撃は、これまで生きてきた16年の人生の中で最も強いものだった。
レイラが想定していた使用人同士の喧嘩どころではない。
叔父、ボリウスによるクーデター。
しかも、父レリス、後継者筆頭候補である兄オリレス、本家直系を護衛する護衛隊の面々、紫色戦貴族領でバイオレット家以外で最も戦闘能力の高い護衛隊隊長ジタリウスまでが敗れ、更に当主の座を奪ったうえでクーデターを成功させた、と。
元々、父レリスと叔父ボリウスは非常に仲が悪かった。
長男であり筆頭戦士である父と、叔父ボリウスは一卵性双生児であり、父と叔父が兄・弟とされたのは、母から取り出された順番に従って定められただけであり、また近年に至るまで戦闘能力や実務能力、人柄、『繁殖能力』についても大差がなかった。
父達が当主を決める段に至っての二十歳当時のレベル差、実にたった『3』。
当時の技術は、おおよそ同格。
戦えば時の運が傾いた方が勝つだろう、というほどの僅差だ。
加えて、当時の背丈、目方(重量)、膂力、その他ほぼ全てが同一。
一卵性双生児である父叔父は、全てが同一になるほどの鍛錬を積んでいた。
レベル差も、嫡男として前当主と共に活動した差が要因であり、本来力量とは別であるレベル差を誤差の範囲に近付けさせるほど、過酷な修行を積んでいた。
今日、クーデターが成功してしまったということは、武力的な意味で言えば叔父は既に父を圧倒するほどの力量を示したということだろう。
でなければ、この場は良いとしても、今後、叔父が他の色付き戦貴族の前に立った時、実力に不足有りと言われればその立場が認められることが決してないからだ。
実力至上主義。
新しく筆頭戦士たらんとする者は、如何に政治的無能であったとしても、筆頭戦士足る実力さえ示せば、それでよいとされる。
政治的な問題は筆頭戦士を支える者達で補い、筆頭戦士は戦線で戦士達の先頭に立って魔物を蹴散らす者であればよい、ということだ。
現在のところ、必然的に筆頭戦士は血統的に強い色付き戦貴族の嫡流から排出されることが多く、当主と筆頭戦士は大概の場合は共通ではあるので、当主がイコール筆頭戦士というイメージを強く持たれているが、そこは実際はイコールでなくても構わない。
ただ、筆頭戦士の代替わりを自ら行うのであれば、武力的衝突で現筆頭戦士を1対1で武力的に圧倒し、自らこそ最強である、と示した者でなければならない。
でなければ、ただ暗殺を成しただけの卑怯者という誹りを受け、侮蔑の対象となり、仲間に認められない。
それに、実力を伴わない不合理なクーデターは、赤の英雄の来訪を招く。
しかし、筆頭戦士の代替わりはそれでよいとしても、当主を挿げ替えるというのは簡単なことではない。
であるというのに、父達が敗れ、1時間や2時間でクーデターが政治的に成功を収めてしまったということは、父達を除いた紫の上層部は、既に叔父達のクーデターを知らされて政権移譲の準備を進めていた、ということだろう。
「爺達は何をしているのです!?」
「レリス様やオリレス様お付きの者達の多くはボリウス様側についてしまったようです。
抵抗した方々は、クーデターの武力衝突時に無力化されたか、投獄されたかと。
最期まで抵抗したであろう執事方の皆さまは、拘束されたか、あるいは・・・。」
「っっ・・・!!」
おそらく父と叔父は一騎打ちで戦ったはずだ。
そうでなくては、自らこそ筆頭戦士である、と名乗ることはできないはずだからだ。
戦って敗れたのであれば納得もしよう。
父と兄は当主でも嫡男でもなくなったと考えるしかない。
それを否定するには、父と兄は叔父を打倒するほどの戦力を示さねばならないが、当主や領主が修めるクラス補正を受けて敗れたともあれば、逆転の望みは薄い。
“都落ち”と言われる現象が当てはまり、当主やその嫡男という恵まれた環境にあって敗れた場合、その後の凋落はほぼ約束されたに等しい。
一応、生きている、ということは、治療する意思があるということ。
つまりは、父と兄を生かして活用する方針なのだろう。
今後は、叔父が「自分に敗れた者もしっかり庇護していますよ、父兄派閥の者も排除しませんよ」というポーズをとり、父と兄は半ば軟禁に近い飼い殺しの形で隠居することになる。
時折は、社交の場に叔父と共に出て、和解し既に円満ですよ、というポーズも取らされることだろう。
屈辱この上ないとは言え、『色付き戦貴族』として自害や暗殺は許されないことであり、クーデターとして正面から攻め寄せ、圧倒するどころか敗れたともあれば、敗者にはそれ相応の責任と立場による恩恵を失うことによる、階級的なものではない、より現実的で実質的な“降格”が訪れる。
領主、あるいは長であったからこそ得られた、粒子の恩恵・・・言ってみれば徴収していた税のようなものが失われるのだ。
叔父は、恩恵を受けずに父と兄を打倒したのだ、恩恵を受けた後の叔父達ともなると、父と兄との戦力差は相当に開いただろう。
父と兄は相当の修練と魔物の討伐を経なければ叔父を打倒できないだろうが、そもそも飼い殺しともなれば、技術的な修練はともかく、余程の領の危機でもなければ魔物の討伐は程々にしかさせてもらえず、レベルアップの機会は完全に叔父の管理下になるだろう。
まぁ端的に言って、挽回の目がない、つまり、詰んだ、ということだ。
「既に、趨勢は決してしまいました。
ボリウス様は、レリス様側だった者達にも無碍なことはされておられません。
私どもメイドや執事方達も、歯向かわなければ現況のままお嬢様の元に勤めて良いとまでおっしゃっておられました。
あくまで、当主及び筆頭戦士の実質的交代が主だった、とのことで・・・。
レリス様、オリレス様の治療も、適切に行われているとのことで、殺害までは企図していなかったと主張しておられます。」
「いくら頭がすげ替わったとて、館を管理する実務者まですげ替えたのでは、叔父達も不便でしょうから、当然でしょうね。
それに・・・クーデターを起こそうという段階にまで至ったのであれば、叔父様は父やお兄様を圧倒することができるという確信をもっての行動でしょう。
父やお兄様を殺してしまっては、王都側の対応が変わるかもしれませんから、父やお兄様が往生際悪く死ぬまで戦おうとしたりしなければ、元から死なないように下すのが目的だったはず。
何せ、絵物語に描かれる伝説は、今尚健在ですからね。」
「ルールに従わなければ家ごとの御取り潰しすらありうる、ということでしょうか・・・。」
「ルールが定められているとしたら、それは“色付き戦貴族として十分であるか”という評価のみになるでしょうから、ルールとは違う、かな。
叔父は色付き戦貴族筆頭戦士を打倒し、その次期後継者も下した訳だし、クーデター後の領政にも影響が出ないように根回しも完璧、となれば、色付き戦貴族当主としての資格は十分持っているでしょう。
となれば、他に赤の英雄が肩を叩きに来る要因は、“その行いが色付き戦貴族として問題があった場合”に限られるんじゃないかなと思うの。
元々、父もお兄様も、灰色と懇意にしていてほぼ同盟関係にあり、殺してしまっては灰色のテンダイ様や・・・私を殺した場合もアマヒロ様の逆鱗に触れるかもしれませんから。
それに、橙色と隣接するという地勢上の問題で、魔物を抑える戦力を削ろうだなんて愚策を実行すれば、政治的に収拾がつかないなどの懸念も考えられますから・・・。」
「おっしゃる通りかとは思います。
治療を受けている方々は一命を取り留めておられますので、失われた戦力はこの館に詰めていた者の中でも極少数、クーデターとしては極端に少ない犠牲で終わりました。
ボリウス様が何処まで計画なされていたのかは不明ですが、こう言っては可哀想かもしれませんが、失われた戦力はそれほど大きくなく、全体としての戦力を損なうほどの犠牲でもありません。
実務者も、一番上の頭が変わったくらいで、中間管理職も末端も変わっておりませんから、ボリウス様の“色”こそ現れてこようとは思いますが、戦力的な話では『紫色』としては大きくは変わらないだろうと思われます。
ですが・・・問題は・・・。」
「そうですね。
問題は私の取り扱いくらいですか。」
父と兄は、叔父が自分が正当な後継者であるという根拠とするためにも利用されるし、そして死ぬまでは実質的に戦士として、そして戦士の種としての使い道がある。
だが、女であり非戦士である自分の身については、扱いが変わる。
父は娘が生まれた場合、隣接領である灰色の嫡男と結婚させる、と私が生まれるよりもっとずっと前に、灰色現当主テンダイ様と約束していた。
これは、父が当主として擁立される際に、テンダイ様から多大な恩恵を受けたとのことで、私は生まれた頃から、アマヒロ様の妻として灰色に嫁いで灰色当主の妻として領を切り盛りすることを義務付けられていた。
幼い頃から領を跨ぐ類の交流会になれば、互いに両親について行って交流をしてきた。
次期当主を内定されているアマヒロ様は、非常に優れた戦士であり、領主候補であり、そして見目も美しく、逞しく、優しい。
私にとって、夫とするに否定すべき部分のない、この上望むべくもないほどの男性だ。
私の意向も前向きであることを確認して以降、父もテンダイ様も、アマヒロ様も、そして私自身も、私の嫁入りに積極的な準備を行ってきた。
予定では、私が嫁ぐことになるのは、私が16歳になったとき、つまり来年の1月と定められていた。
その1年先に向けて、既にアマヒロ様の元に嫁ぐ為に様々な準備はしてきたが、これらは全て、父レリスが紫色戦貴族の当主、筆頭戦士である、という政治的基盤があってこその話だ。
そうでもなければ、アマヒロ様が自分を妻として娶る意義がなくなってしまう。
色付き戦貴族の次期当主ともなれば、婚儀は恋愛ではない。
血族全てと、未来の領の為になる婚姻を結び、より強い血を繋いでいかなければならないのだ。
それでもなお、アマヒロ様が自分を求めてくれる可能性は・・・あるとは思いたい。
が、それは妾になるということであり、正室、つまり妻と呼称される立場にはなり得ず、生まれた子供にも恵まれた未来はやってこないだろう。
そして、懸念はまだある。
叔父が当主になるにあたり、その政治的基盤の安定化の為に、様々な方策が必要となる。
金銭や利益による懐柔も多いだろうし、クーデターが“成った”のであれば、実際に用意する必要が発生する。
が、どこから捻出するのか?
勿論、父や兄、そして母や私に対して捻出されていた予算だけでは、絶対に足らない。
必ず別の、金銭・領地・人材・利益・権益などが必要になる。
父や兄に不満を覚えていた者達は、頭がすげ変わるだけで満足するかもしれない。
が、大半の者にとって、それほど不満を抱くような執政はやってこなかったと娘の私は考えている。
故に、叔父はそう言ったことに満足しない、しかし叔父にとっては寝返ってもらわねばならない者達へも、何かしらの利益還元を告げていたはずだ。
その中に、私の身が含まれていないとは、どう好意的に見ても有り得ない。
本家嫡流の血筋ともあればそう易々と身を売ることはないが、本家嫡流は叔父の家系へと移行し、こちらは傍流へと落ちてしまった。
強い戦士を生む血筋の女性は、次代の強き戦士の母体として、何処からも引っ張りだこだ。
元本家嫡流、現傍流の結婚適齢期の女子ともなれば、ひょっとすると既に叔父側が婚姻相手を決めてしまっているかもしれない。
正式に式の日取りまで定められているような色付き戦貴族の当主間で定めた婚姻計画について反故にするのは、基本的には不可能だというのが通説だが、政治的基盤の変遷期にあたっては様々なことが許容され、この場合は特例が適用される。
それは、“戦闘やクーデターなどによって直系血族が減少した際に用いられる、血統維持の為に優先的に婚姻相手を決定、あるいは変更することができる”というものだ。
政略結婚も勿論大事なことではあるが、戦貴族ともなれば、より強い戦士の血統を残すという義務が強く存在する。
客観的に認められるだけの根拠があれば、申し出れば婚約時点ならまず認められる。
「お嬢様・・・。」
「言わないで。」
なまじ、政治的許嫁でありながら、その相手と恋仲となってしまっただけに、なんと自分は恵まれているのだろう、と、頭がお花畑になっていたのは否めない。
今まで、アマヒロ様の元に嫁ぐのだ、という考えしか持っておらず、如何にアマヒロ様の妻として自分を磨くか、ということに注力し過ぎていた。
政略結婚であれば、破談から他家の男子との婚約も有り得ただろうが、灰色は望むべくもないほど立ち位置、戦闘能力、そして夫として自分がこれ以上望めないだろうというアマヒロという人が自分を望んでくれている、という事実が、他家に嫁ぐ夢想などする余地もなかった。
ただただ政治的婚姻の材料として扱われていたのなら、婚姻相手が右から左になったとしても「そうですか」で済んだはずだ。
ギャップによる精神的苦痛をこれほど味わうことはなかっただろう。
私は、今まで如何に幸せだったのかを痛感することになったのだ。
「アマヒロ様・・・。」
血すら滲むような小さな感嘆を溢すなり、意図せず涙が流れる。
止めようと努力もしたし、使用人達の手前、せめて見せないように窓を開けて誤魔化すが、留められない涙について漏れた嗚咽は止めようがなかった。
背後のメイド達、執事達は察してくれていることだろう、誰も声を掛けてはこなかった。
私はこの先、どうなるのだろう。
領の繁栄の為に政治的婚姻を必須とされてきた身の上である以上、領の為の身であることは義務として生まれた頃から課された役目だ。
何処か有力なところへ政略結婚の贄として送られることは避けられない。
それが、アマヒロ様のところであったことが今までどれほど幸せで、救われてきていたのか、痛感した。
今この時だけは、自分でもどうすることもできないこの雫が枯れるまで、いつもと何も変わりはしない庭園を眺めて過ごすしかなかった。
「ほう、紫がそのような状態に。
まだ橙の騒動も片付いていないのだがな・・・。」
「だからこそではありませんか、バランギア卿。
変遷の時であるという時節を読んだ・・・ボリウス殿はそう檄している、ということです。」
「はぁ、知らぬこととは言え、ボリウス殿は私を過労死させたいようだな。」
「力足らず申し訳ありません・・・。
卿の仕事を幾分にでも削れるよう、私も努力を続けていく所存です。」
「いや、貴殿の所為ではないし、早目に知らせてくれたことで私の仕事の段取りもし易くなったというものだ、続けてくれ。」
「はい。
次期当主であるオレリス殿は全治半年ほどの重傷を負い、現当主レリス様に至っては意識不明の重傷とのことです。
尚、クーデター完遂の後にはお二人を始めクーデターに抵抗し負傷した戦士は皆、即座に適切な治療を施されており、即死でない者に関しては大半が回復の見込みはあるかと思われます。
加えて、民や雇人については被害はゼロ。
犠牲者となったのは、ボリウス殿、レリス殿双方の側近数人と、義によって立ち上がった戦士数人のみです。
ボリウス殿は、しっかりと『慣例』を遵守した上でクーデターを成功なさいました。
備考として付け加えますと、ボリウス殿ご本人は勿論筆頭戦士の器有り、また、御子息、御息女、御親族は・・・まぁ言わば前嫡流ですから、問題ありますまい。
実力、血族、共にボリウス殿が色付きを冠する為の規定水準を突破しております。
クーデターを起こすにあたってクリアせねばならないことを全てぬかりなくクリアし、当主の側近の大半に事前に根回しを済ませている、いっそ堂々としたクーデター。
認めざるを得ない華麗なる下克上。
言うならば、見事な事例として記録に残るかもしれませぬ。」
「そうか。
レリス殿に何か欠点があるというわけでもないのだがな。」
紫色は、全てが『及第点』だ。
兵士、戦士の能力も、要求される水準をほんの少し上回る及第点。
色付き戦貴族筆頭戦士としての戦歴や戦績も、及第点程度。
人格、環境、内政、外交、金回り、全てが及第点は超えており、これと言った欠点は持っていなかった。
突出したものを持たない代わりに、著しく他の色付き戦貴族から劣るかと言われればそうではない、総評としては12色の色付き戦貴族の中位、6位から7位に収まるだろう、という無難な立ち位置をキープしてきた。
領内の内政も及第点を超える程度には維持しており、戦線の前進速度も及第点を超える程度、戦士達の育成や当主の戦闘能力も及第点を超える程度。
全て求められる水準をほんの少し上回る程度にクリアする。
それはある種の才能ですらあるはずだが、紫は歴代当主がそれぞれ、その驚異的なバランス感覚で領を治め、後継を維持してきた。
今代のレリス、ボリウス間の問題は、レリスが領を維持し続けられる限り問題ないだろうと言われていた、兄弟間の“実力差の無さ”が原因で起きたものだ。
現当主の一卵性双生児である双子の弟が、様々な成長的優位を誇るはずの領主、そして筆頭戦士である兄の座を脅かすほどの戦力を持っており、弟が兄の座を狙っている、という噂が常日頃からあちこちから聞こえていたことだけが、レリスの治政において唯一とも呼ばれるほどの問題だった。
だが、普段は仲たがいするほどの険悪さはなく、バランギアが訪問した際にも、裏ではどうかは分からないが表向きは兄弟仲の良い兄と弟を演じていた記憶がある。
「ボリウス殿は王都向けに既に何かしら書簡を送ってきているのではないかね?
なんと言ってきている?」
「卿がお定めになった”作法”を守って代替わりを行い、領内のそれぞれの代表に対して代替わりの承認は既に取り付けており、領の当主、筆頭戦士の座について、ボリウス殿が引き継ぐことを王に正式に認めて欲しい、承認が得られれば王都へと参じ、王に謁見したい、と、いうような紫の封蝋が捺された封書が現在移動中ですね。
早馬を乗り継ぎながら移動するつもりのようですから、早ければ明日夜遅くか明後日頃には王都に到着、明後日のうちには王城に届けられるのではないでしょうか?
卿へ召喚の連絡が来るのは早くても4日後と言ったところでは。
その他の文面については・・・まぁ私から見ても及第点の域は出ない程度の、無難な文書ですね。
数点問題になりそうな案件も含んでおりますので、王都の政府も卿が到着されるまで、随分と頭を悩ませるのではないでしょうか。」
「君に抵抗がないなら教えて欲しい、問題になりそうな案件とは、どういった内容かね?」
「前当主直系一族の資産の没収や装備品の剥奪の承諾し、国王陛下の印を賜りたいという願い。
領の維持管理に関して、安定化に数年を要するので、治める税についての減免してほしいという願い。
あとは”作法の慣習上認められている”前当主が締結していた、あるいは口頭契約していた“全て”の案件について、白紙化あるいは停止することに関しての口添えしてほしいという願い。
この三点については、まぁ、ボリウス殿としては配下の手前、なんとしても認めてほしいという思いは分かるのですが、騒動の種になりそうだな、と。
特に、三点目について念押しをする辺り、前当主殿の対外的な約束事で王都政府の介入の必要のあるような案件があるのでしょう。」
「ふむ・・・。
貴殿がそれらの情報を知り得た、ということを知り得た者はいるかね?」
「私がその情報を知ったのは、”たまたま面白そうだな”と思って『遠隔視』で覗いていたところで、”たまたま知り得た”だけです。
現地にも赴いておりませんし、私がプライベートで覗いていたことを知る者もおりません。
おそらくボリウス殿当人を除けば、彼の執事や秘書、使用人よりも、文が記された場を最も近くで観覧したのは間違いありません。
ボリウス殿自身で封蝋までされておりますから、文面まで知り得たのは私だけではないかと。
私が『遠隔視』を使用する際に展開している覗き見先の結界網に反応はなく、把握出来る限り、という前提はつきますが、それを知り得た者は皆無かと思います。
ですが、彼女・・・例のフミフェナ嬢だけは、知っていても不思議とは思いません。」
「貴殿も彼女を調べていたわけか。
私の知る限りを伝えておくが、”どういった方法で”なのかはまだ不明だが、彼女当人、そして情報工作員と思われる彼女の配下ヴェイナー女史の情報収集能力は、距離も時間も無視している。
彼女らの能力については、今はその手法について研究・考察している最中、だが、まぁ、それも進捗していない。」
「私の方でも手法や原理について研究中ですが、同じく行き詰まっておりました。
・・・これからに期待していただければ、というところです。
まぁ、フミフェナ嬢は知り得た情報を無駄に他言するような御仁ではないと思われますが。」
「そうだな。
しかし、流石はエンテュカのカード使い殿、と言わせていただこう。
『たまたま』貴殿が紫の情報を知り得たということを、神に感謝せねばならない。」
「ははは、あまりからかわないでいただきたい。
私はバランギア卿に返し切れぬ恩がある身。
御身へ負担のかかりそうな情報であれば、概ね首を突っ込みはしませんが、『目と耳』は撒いているつもりです、紫以外でも、です。
以前お伺いしておりました依頼については、こちらの書面にまとめてあります。
他領の事態についてのレポートについても御目通しいただければ。」
「うむ、確かに受領した。
これも流石は『エンテュカのカード使い』殿だと言わせていただこう。」
「有難きお言葉。
差し当たり、お伺いしておりました要件はこれで概ね完了致しました。
他に、何か御用がございましたら、承りますが、何かございますか?」
「・・・そうだな、忙しい身だとは思うが、一つ頼まれてくれるか。」
「なんなりと。」
「君が知り得た紫に関する情報を、灰色戦貴族領御用商人兼特使としてこの橙色戦貴族領にいる、フミフェナ・ペペントリア嬢に報せて欲しい。
今、彼女は、この橙色領の魔物掃討戦に協力してくれていてな。
今朝のミーティングで、昼食の時間には一度報告に戻ると聞いているので、そろそろ陣に帰還するはずなのだ。
彼女はヒノワ嬢への忠誠心が高く、おそらくヒノワ嬢に依頼してほしいという建前を述べるかと思うが、それに対応するためにヒノワ嬢宛とアマヒロ殿宛、テンダイ殿宛に一筆したためるので、それを渡し、彼女の意見を聞いてみて欲しい。
最近頭角を現してきた人物にあまり功を上げさせ過ぎるのもどうかとは思うのだが、これは彼女が適格だろう。
君は彼女が何者であるか、どのような実績を上げた人物か知っているかな?」
「勿論、あれほどの実績の戦士でございます、前戦役時の頃から『目』は着けておりました。
世間の噂以上には存じ上げておるつもりです。
仰る通り、丁度今、こちらに向かっておられますね、それも異常なほど高速で移動されておられます。
・・・彼女と彼女の手勢2人、最前線にいたように思うのですが、まるで音速に迫るような速度でこちらに向かって移動されておられますね。
人目に付く前に途中で減速はされるでしょうが、それでも5分もあればこちらの陣に到着されるかと。」
「既に監視追尾済みか、流石だな。」
「あはは・・・あまり笑えないのですが、彼女の警戒能力は非常に高く、こちらを逆探知されないように成功するまで、かなり失敗を重ねました。
・・・監視能力の向上に繋がりましたので、まぁ、良かったと言えば良かったのですが、かなりのカードの損害が出ましたね・・・。」
「はは、貴殿にそこまでさせるとは、彼女も流石だと言っておくか。
さて、私は少しやらねばならぬことがある。
早速に書をしたためるので、前述の通り、君に対応と説明をお願いしたい。
良いかな?」
「その任、確かに承りましてございます!」
瞳を輝かせながら頭を下げて拝礼する彼の身からは、迸るように粒子のオーラが漲った。
意欲があるし実力的にも問題ない人物であるので任せたが、彼と彼女でもし問題が発生したら、その周囲は大変なことになるのではないか。
・・・という懸念はあるが、彼も随分大人になったので、そこは自制してくれると信じて送り出そう。
問題はどちらかというと、紫か。
紫色戦貴族領。
未だ次代という扱いでありながら苛烈な親族粛清を果断したアマヒロとヒノワという兄妹に加え、化け物のような戦闘力を持つフミフェナがいる灰色戦貴族領との間にトラブルを起こすことになる。
ボリウスが上手く立ち回り、理性的な結論を早々に出せばよいが。
ある種、これは『赤の英雄』と呼ばれる自分が出張るよりも壮烈な事態になるかもしれない。
だが、『赤の英雄』は『色付き戦貴族』というブランドが傷付き、市井の民が傷付き、法が犯されない限り、出張らないという縛りを設けており、動くとなればかなり大がかりにならざるをえない。
フミフェナ・ペペントリアという戦士がどう処理するのか、というより、これは灰色戦貴族の次代を担う二人がどう判断するのかを見る試金石になる。
「レイラ嬢には申し訳ないが、面白くなってきた。
事の顛末は貴殿も覗き見るのだろう、後で顛末をまとめて教えてくれないか?」
彼は満面の笑みで、必ず、と約束してくれた。




