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灰色の御用聞き  作者: 秋
34/45

30話 『橙色』の結末

15時半。

未だ人通りの絶えない時間帯であるはずが、橙色領の領都オーランネイブルの一部に空白地帯が生まれていた。

橙色領領主兼筆頭戦士、ヴェルヴィア・ネイブル・オレンジーヌ・テンサールの領館の前の大通りには、平時であれば領館に出入りする業者や来客などもいるはずだが、今この時に限っては見渡す限り誰もいない状況になっていた。

灰色の礼服に着替えたフミフェナ、ノール、ホノカ。

赤色の礼服に着替えたバランギア、バルシェ。

数も少なく捕り物と言った雰囲気ではないが、明らかに何かがこれから起きる、という雰囲気が醸し出されており、それが幼女を代表者に据えた灰色の特使と、伝説に名高い赤の英雄とその侍従という異色の組み合わせが発しているのだ、誰も近付こうとはしなかった。

門番は冷や汗を流しながら伝令を主へと送りつつも門を開けたが、フミフェナ達が勝手に中に入ろうとするのを静止できる思い切りの良さも持っておらず、次席執事がアテンドするために汗だくで走ってくる頃には彼らは既に領館の目の前にまで至っていた。

テンサール家としては、事前にアポを取った際に灰色の特使が来るとだけ聞いていたので、油断していたのは否めない。

だが、地位の無いただの特使扱いの者達に、国家の重鎮にしてヒトという種の英雄、テラ・バランギア・ラァマイーツが同行するなど、想像の範疇を超えており、不意打ちにもほどがある、と誰もが思っていた。

領館の中では、想定外の来客に大慌てで応接室のセッティングを変更するために侍従達が走り回り、大幅に変更された接客の準備に明け暮れていたが、誰がどう見ても間に合いそうにはない。


「バランギア卿が同行しているだと!?

昨日のアポは、灰色の特使が挨拶をしたい、という話だったんじゃなかったのか!?」

「は、いえ、確かに、伝令はそのように報告しておったのですが、門番曰くは、バランギア卿が『たまたま灰色の特使と話す機会があり、非常に興味深い話だったので同行させてもらうことにした』との言とのことで・・・。」

「バランギア卿が領にいるのは知っていたから応対の準備こそしていたが、まさか唐突にやってくるとは・・・。

注文の品はそろっているのだろうな!?」

「は、それに関してはベッティム商会から全て納品されておりますので、お時間さえいただければご準備できます!」

「分かった、私が時間を稼ぐ故、急いで準備をしろ。

バランギア卿には最上級のもてなしをして少しでも好感度を上げておかなければ、我等はやっていけんのだ、ほんの少しの失敗も許されん、侍従達に徹底させよ!」

「ははぁっ!!」


ヴェルヴィアも急いでバランギアに会う為の礼服に着替え直すが、妻や侍従達の用意は間に合わない、自分だけで会うしかない。

ガシガシと頭をかくが、あまりのストレスで胃が痛いし、冷や汗は止まらない。

今現在、橙色領は魔物の侵攻を受けており、それの査察だった場合、非常にまずい報告しかできない。

バランギアからはずいぶん前に、魔物の大軍が迫っているので警戒せよ、という告知を受けていた。

が、そう聞いても、十分な索敵を行っても何処にも魔物がおらず、バランギア卿もボケたものだ、などと侮り、無視していたが為に、布陣が大幅に遅れ、前線都市が次々と落城している。

前線近くの都市や村落が次々に襲われているという報告を受けた頃には、既に手遅れの気配が濃厚だった。

状況を調べる為に送った斥候は随分前から帰ってきておらず、護衛を付けた小部隊単位で送っても帰還者はゼロ。

バランギアに状況を報告せよと詰め寄られれば、自分が色付き戦貴族として、課せられた責務を果たしていない状態であると回答せねばならないということは、ヴェルヴィアも理解していた。

だが、情報収集を開始しても一切状況が判明せず、どうにも動けない状態が続いていた為、出兵を出し渋っていた所で、バランギアが来た。

まさか、バランギア卿の抜き打ちの監査が主目的なのか?

灰色の特使は、ひょっとするとバランギア卿の仕込みでアポを取り、こちらの油断を誘いながら、実際の本命は現況の監査を行うつもりなのではないか?

防衛の為の布陣どころか、一当てと言ったような緩衝の反撃も出来ておらず、それならばと、散らばっていた兵達をオーランネイブルまで後退させたところだ。

一部、命に従わずに都市防衛をすると言って聞かなかった者は好きにさせたが、都市防衛の戦力を捻出していないことを突っ込まれるかもしれない。

ベッティム商会の商会長であるノルディアスも、あぁしろこうしろと五月蠅くあれこれと進言してきていたが、オーランネイブル以外がどうなろうと、自分にとっては問題がなかった為に、対策は後回しにしていた。

オーランネイブルさえ無事なら後からどうとでもなる。

それは実際、真実のはずだ。

先日の大戦だって戦力を温存し、農民の被害こそあったが戦力は如何ほども損じることはなくなんとかなったではないか。

油断していた為に先行は許したが、オーランネイブルで押し返せばなんとかなるはずなのだ。

想像以上の大軍が迫ってきていたことが発覚し、最前線都市を含め、いくつかの都市や村は連絡を断ち、既に数日以上経過しているが、それらは今更どうこうできない。

問題は、国の重鎮であり英雄でもあるバランギアの忠告に耳を貸さず、失態を犯したことだろう。

だが、近衛兵団の出兵の通告が来た際に、こちらから精鋭戦力の供出と物資の提供も申し出たにも関わらず、バランギアから拒否したのだ、こちらも悪かったが、それで責められるというのはおかしくはないだろうか?

先方の回答は、国王陛下直属の選りすぐられたエリート中のエリートが配属されるエリート集団である近衛兵団が、王都での編成を終え、訓練がてら民を救うために既にこちらに布陣している、ということだった。

加えて、すぐさましたためられ届けられた文にはこうあった。

『橙色領を護る戦士達を損なうのは本意ではなく、申し訳ないので、魔物の軍勢への対処は近衛兵団のみで行う。よって、ヴェルヴィア殿におかれましては、一切のお手出し無用に願う』と。


「おかしいではないか!!

くそっ、老害め、唐突に現れた魔物の軍勢に相対するこちらの苦労も考えろというのだ。

損害は出るが対処療法しかなかろう!

確かに我々はあの老人の忠告に耳を傾けなかった、そしてそれで損害を被ったのも事実だが、あの段階の調査では問題ないと報告があったではないか。

私はやることはやっている、何も問題はないはずだ!」


ガン、とスツールを蹴り飛ばす。

執事や侍従達がビクリと震えるが、構うものか。

それよりも、ヴェルヴィアは『自分の領内での戦闘で、自分の息の掛かっていない戦士だけが手柄を立てる』ということに腹立たしさを覚え、吐き気を催した。

バランギアはこれまで、何処の領地に対してであっても、支援として兵や物資を送る際には、政治的配慮によって、出兵先の首長に宿舎や道案内など色々な便宜を図ってくれ、だとか、いくらか兵を出兵してくれ、だといった『協力要請』をしていた。

気持ちばかりの何かを求めてくることで、体裁を整えると共に相手の面子を護る為の処置をしていたのだ。

しかし、今回においてはそれすら行わず、こちらからの申し出すら拒否したのだ。

バランギアは怒っている。

それもそうだ、彼の言う事を無視し、あぐらをかいていたのがバレているのだ。

だが、魔物の討伐という、ある種戦士にとっての誉れというべき手柄を、あの老害は独り占めしようとしている。

力づくでどうにかするのは無理だとしても、謝るのは癪であるし、であるならば上手く懐柔し、こちらの顔も立てさせねば面子が潰れる。

そう考えて、バランギアの郷里の産物だという稀少な食べ物や、橙色領で生産された稀少なアーティファクトなどを用意していた。

役に立たないと思っていた商人達だが、今回ばかりは急な発注であるにも関わらず、非常に迅速に納品してきたので、褒美もくれてやらねばならないかもしれない。

そうだ、灰色の特使とやらは、幼い子供だというではないか。

大人の貫禄を見せ、その子供の挨拶やお願いといったことを可能な限り呑んでやれば、度量を見せることもできるのではないか。

少なくとも、バランギアが子供に同行したのなら、ひょっとするとその特使が頼りないと判断し、私に丸め込まれるかもしれないという心配から同行したのかもしれない。

場合によっては、灰色の願いなどを上手く丸め込めれば、そこで挽回のチャンスもめぐってくるのではないか。

灰色との交渉を確認した上でこちらを値踏みする心づもりかもしれない。

ヴェルヴィアはそう判断し、執事達に現段階で用意できる状況を確認するべく資料を集めさせ、大急ぎで打合せを開始していた。



「ほう、そうか、フミフェナ嬢は、商人の家系出身なのか。」

「はい。

父はレギルジアのアグリア商会という大店の番頭をしております。」

「ふむ、アグリア商会のぺペントリア殿と言えば、レアアーティファクト職人のナイン・ヴァーナント技師をプロデュースし、交渉ルートを確保し、流通を確保した方ではなかったかな?」

「御慧眼恐れ入ります。

よくご存じでらっしゃいますね、まさにその通りでございます。」

「なるほど、なるほど。

いや、実はナイン・ヴァーナント技師の作った作品のファンでね、君の雇用主であるヒノワ嬢とは良くオークションで競り合ったものだよ。

領内の商会故、オークションにかかっていない作品などは多くヒノワ嬢が確保していると聞いている、羨ましい限りだよ。」

「なるほど、そうでございましたか。」

「つかぬことを伺うのだが、君の装備しているそのベルトとブレスレットは、ナイン・ヴァーナント技師の製作したレア・アーティファクトかね?

意匠がナイン・ヴァーナント技師の作品に通じるモノを感じるのだが。」

「は、これもまた御慧眼恐れ入ります。

仰る通り、これはナイン・ヴァーナント技師と共に作り上げた装備品になります。」

「ほう!

ふむ、なるほど、共に、か。

とすると、特注品、それもこれは君専用、だな。

ふぅむ、確かに、粒子ルートにほんの少しのブレもないようだ、よく調整されている、流石はナイン・ヴァーナント技師だな。

しかし、余り見ない刻印が刻まれているな、新しい技術か、興味深い。

次の彼の作品が出品されるオークションが楽しみだよ。」


アテンドされ、館内の応接間に通された5人は、ヴェルヴィアの準備が整うまでの間、茶を供され、少し待つことになっていた。

フミフェナとバランギアは世間話に花を咲かせていたが、お付きの者達は気が気ではなかった。

片や、一見ただの幼女に見える灰色の特使が、この国随一の戦士に匹敵する強者で非常に危険人物であると脅された上で、バランギアに強制的に随伴させられることになった者。

片や、自分達よりも数段劣る上にクズであると評しているヴェルヴィアに会うフミフェナの手が汚れないよう、剣と盾となるつもりで同行したのに、何故か赤の英雄という伝説的な有名人かつ国の重鎮と同行することになった者。

お互いがお互いに失礼がないよう、極めて冷静に無言を貫いていた。

橙色側のスタッフ達も勿論無言で壁際に侍っていたが、その背中には冷や汗を流しながら、手には脂汗をにじませながら、二人の世間話を聞き流していた。

唐突にこのメンバーに門を叩かれた門番の驚愕した顔は見物だったが、橙色領館のスタッフ達が今回一番気の毒ではあっただろう。


「そう言えば、我々は今朝会ったので紹介しあったつもりでいたが、そちらの方々への自己紹介が遅れてしまったな。

私は『赤色戦貴族』を国王陛下から賜っている、テラ・バランギア・ラァマイーツだ。

バランギアと呼んでくれたまえ。」

「は、はっ!!」

「そして、こちらが私の側近のバルシェ・ナーミセルだ。

非常に優秀な男でね、領内の序列は3位だが、私の後継を任せてもいいと思っている男だ。」

「ご紹介にあずかりました、バルシェ・ナーミセルです。

皆様にお会いできて光栄です。

宜しくお願い致します。」


ペコリ、と頭を下げるバルシェだったが、よくよく考えると、フミフェナ嬢は身長1m前後という4歳の幼女。

バランギアからは自分と同等に扱うようにと指示があったことを思い出し、頭から冷や汗を流す。

即座に直立に戻り、膝をついて再び礼の姿勢を取る。


「失礼しました。

慣例的な動作になってしまい申し訳ありません。

お目こぼしいただけると有難く存じます、フミフェナ様。」

「バランギア卿、バルシェ殿は些か、堅苦しくあられますね。

フミフェナ・ぺペントリアと申します、よろしくお願い致します、バルシェ殿。

バランギア卿に続かれる赤い髪の戦士、『赤の貴公子』バルシェ殿にお会いできるとは、光栄の至り。

こちらにおられる二人は私の介添えとして随行してくれた随行者で、非常に優秀な戦士でもあります。

そちらから向かって私の左が、ノーレリア殿、右が、ホノカ殿です。

お二方とも、非常に優秀な戦士でして、このか弱い身を守っていただく護衛もしていただいております。」

「はは、貴女様がか弱いなど、それこそ御冗談を。

フミフェナ様が護衛を要するとは思えませぬが・・・しかし、お二方とも、非常にお強い、ということは私も理解できます。」

「しかし、バルシェ殿。

お二方は灰色戦貴族アキナギ家の分家出身の方々ですが、私はただの商人の次女、戦力的な意味での序列にもついておりませんし、重要な役職にもついておりません。

今現在においては灰色の特使でございますが、それも対橙色に向けての一時的なものでございますので、バランギア卿やバルシェ殿と交渉する権限も持ち合わせていないのです、故にバルシェ殿にへりくだられる理由がございません。」

「は・・・。

ですが、私が礼儀を尽くす相手をどう判断するかの判断基準は、『赤色』の基準に沿っております。

私はそれに従うまでのこと。

権力や役職に関しては貴女様のおっしゃることが正しいと思いますが、我々はそれのみに縛られる者ではございません。

存在として、『強く』、『美しく』、『賢く』、『カリスマ性がある』、その4つの評点においておそらく最優の評価すら生温いと思われる貴方様を敬わず、誰を敬うとおっしゃるのでしょう?

御不快に思われるのであれば、その評点を我々に教育したバランギア様に苦情を入れるようお願いしたいのですが。」

「あはは・・・なんとも楽しい従者を連れておられるのですね・・・。」

「ははは、まぁ中々得難い人材だよ、私相手にここまで言える者はそうはいない。

・・・だが、『赤色』の基準では、君が最上級の賓客に等しい扱いを受けるにふさわしい人物であるということは、私も認めるし、他の者も認めるだろう。

私は立場があるのでそこまでへりくだることはできないが、バルシェを始め、『赤色』に属する者は皆、バルシェのように振る舞うことだろう。」

「はぁ・・・。」

「いや、むしろ、バルシェと同様に振る舞わない『赤色』に属する者がいたら教えてほしいな、君を前にして礼儀を弁えないメンタルを持つ者には色々と教えて貰わねばならんからな。

ま、他領の者のことはあまり関与しておらんので、君に無礼を働く者がいるかもしれんが、気に入らなければ君の好きなようにしたらいいぞ、君にはその資格も実力もあるのだからな、黙らせればいい。

まぁ、しばらくないとは思うが、選定候達などは権威主義で君とは相性が悪そうだ!

グチグチとやかましい連中ばかりなので苛立ちからひょっとするとちょっと手を出すだけで殺してしまうかもしれんが、うん、そうだな!

私が弁護してやるので、全員やってしまっていいぞ、はっはっは。」

「御冗談を、はっはっは。」


がはは、とバランギアは笑うが、ホノカもノールも、勿論バルシェも笑えなかった。

この国の倫理基準は非常に脳筋であることは、歴史が証明してきている。

強ければ強いほど良く、優秀であれば優秀であるだけ、有利となる。

そこに詳しい論理は含まれず、ただ強さだけを求める。

極論、法の上に君臨するほどの強さを手に入れたならば、バランギアの言うこともまかり通るようなシステムではあるのだ。

その他の倫理については、法治の範疇に限って法律に従って決めることになるが、原則的に最上位に君臨する力を持つ者には法も倫理も干渉できない。

現段階では、国王と、バランギアがその絶対者に該当する。

国王は勿論所有している権力自体が他者を突き放して国内最上位であるのだが、戦士としてもその優秀さとクラス、就いている職業から、生来の才も合わさって、非常に高レベルに到っており、その強さはバルシェを始めとしたバランギアの後継者にすら匹敵する。

弱くては王は勤まらない、と幼い頃からバランギアに鍛えられ、神の恩寵持ちの戦士と同等かそれ以上のレベルにまで鍛え上げられ、戦闘能力も神の恩寵持ちに劣るとは言え、非常に優れた武術とスキル構成、装備品を揃えており、権力も飛びぬけて強いが、それに甘んじない精神と強さを持つ優れた人物だ。

バランギアは言わずもがな、だ。

基本的に法には従うよう心掛けているが、それを無視した施政を行ってきたこともある、それをごり押しして呑ませたのは、ただの政治的圧力だけではなく、単純な腕力によるところもある。

一方、王を選定する選定候達は、王都を取り巻く王都周辺直近の領地を円型に12等分した領地を管理する貴族達だ。

色付き戦貴族に匹敵する戦力を要求されているが、こちらは魔物と相対することは少ない。

ただ、生まれながらに王都を防衛する最終戦力であることを求められ、それに応じてきた血統と努力に並々ならぬプライドを持っており、非常に権威主義な一面を持つ。

人対人での鍛練によって非常に優れた技術を身に付けながら戦士としての技量を習熟していくカリキュラムが組まれており、その中でレベル100を超えていく精鋭たちが生まれれば、対魔物でレベルを上げた者にはない対人に特化した非常に強力な戦士達が生まれるのは自明の理である。

“そうあれ”と定められたのは、言わば、選定候達は、“対人を想定した軍を持つ戦貴族”だからなのだ。

つまり、各方面を担当する色付き戦貴族が外向きの“対魔物”の戦士達の最先方なら、選定候達は“対人”の能力を高め、内向きに力が奮われそうになった際にそれを防ぐ、つまり叛逆を防ぐ最初にして最後の王都の防壁なのである。

生まれつきエリートであり、かつそうあることを求められる彼らは、必然的に非常にプライドの高い組織になりがちだが、彼らもまた実力主義であり、その努力もまた嘘ではなく、故に強き者は認める気概は存在する。

が、バランギアが厭うのは弱気者は蔑む、その姿勢が色付き戦貴族よりもより色濃いためだ。

彼らは常に非常に高圧的で、人として見られたければ有能さを示せ、と言った姿勢を崩すことはない。

バランギアからすれば、自分に対しては下手に出てへりくだり、その一方、その他の者に対して対等以下の態度しか取らないその姿勢に普段から苛ついているのだ。

あわよくば、フミフェナ嬢にボコボコにされ、なんなら数人見せしめに死んでくれてもいい、そう思う程度には、数十年以上のストレスが溜まっていた。


「あの、フミフェナ様。

冗談です、本当に冗談ですからね・・・。」

「分かっております、バルシェ殿。

バランギア卿の御冗談は過激でございますね。

勿論、真剣に取り合ったりしませんので、ご安心ください。

昨日お会いしたスタッグ将軍も似たような御冗談をおっしゃっておられましたから。」

「助かります、フミフェナ様・・・。

バランギア様もスタッグ将軍も本当に失言が多くて・・・。」

「失礼な、スタッグはともかく私のは失言ではないぞ?」

「まぁまぁ、バランギア卿、そこまでになさってください、バルシェ殿が困っておられます・・・。」



バルシェの所感は、この幼女はやばいな、であった。

バランギアの講義を聞いて下情報があったこともあるが、それ以上に直接会ってみてその気持ち悪さが理解できた。

レベルが読めない。

そして、更に気持ち悪いのは、非常に高レベルかつ隠形に特化しているという側近の一人の姿がないことだ。

ひょっとすると既に橙色の領館の何処かで資料を漁ったりしているのかもしれないが、フミフェナ嬢と同行していて今もここにいます、と言われたら小便をちびって棒立ちになるくらいビビるかもしれない。

意外と話はできそうな感じなのも怖い。

言うなれば、全くヒトとは違う凶悪な魔物、それも地上にはいなさそうな海洋生物が接し易い言葉で交流を図れるような、生理的に拒否反応を示しそうになる違和感がある。

が、そこさえ自分を誤魔化してしまえば仲良くなれるような気がしてきた。

敵対しないことを徹底しろ、というバランギアの言葉を反芻するが、こんな化け物と敵対しようとするなんて愚かを通り越して凄い。

彼女に本気で狙われたら、その視線だけで死んでしまいそうな気すらし、胃がグルグルと変な音を奏で始めていた。

彼女と相対、場合によっては敵対することになるヴェルヴィアには同情するしかない。

ヒトの形を保ったまま死ねればいいな。

そう思った。



応接間に案内されてから30分きっかり、つまり約束の16時から少し遅れて、ようやく橙色戦貴族領主兼筆頭戦士であるヴェルヴィアが、執事と共に入室してきた。

フミフェナ達3人とバルシェは即座に椅子から立ち上がって礼をし、バランギアは手を挙げて挨拶をする。

バランギアが最初に着席し、彼は他の者に座るよう指示を出し、フミフェナとヴェルヴィアで話を進めるよう促す。

冒頭の挨拶は名乗りなど様々なことを経由するが、フミフェナはこの会合に到る前に、既にベッティム商会の副会頭であるレジロックと話をしているし、バランギアから取り潰し確定の情報も得ている為、大規模な食糧輸出入の取引のことについて詳細を詰めに来た、という体で話をしていた。


「お待たせして申し訳ないバランギア卿、灰色の特使殿。

灰色の特使殿、初めまして。

私がヴェリヴィア・ネイブル・オレンジーヌ・テンサールだ。

・・・貴公らが灰色の特使殿ということで間違いないのだよな・・・?」

「お初にお目にかかります、ヴェルヴィア様。

フミフェナ・ぺペントリアと申します。

浅才の身ながら、灰色戦貴族次期当主であられるアマヒロ様と、筆頭戦士であられるヒノワ様よりこの度の要件に関しての特使を任じられ、お伺い致しました。」

「灰色には、当領の御用商人であるベッティム商会の会頭であるノルディアスが食糧の輸出入の取引の為に向かっているはずだが、その件に関しての話か?

であるならば、その件はノルディアスに任せておる、ノルディアスが戻るまで待て。」

「はい、いいえ、ヴェルヴィア様。

食糧取引の件についてですが、ノルディアス殿とは既に食糧輸出入の契約を交わし、その通り履行する所存でおります。

貴領が戦災の最中であることも踏まえ、適正価格より大幅に値下げした、利益を鑑みない価格にて、大規模な食糧輸出入の契約を行いました。」

「それは有難いことだ、テンダイ殿には感謝しなければならんな。」

「取引については私に一任されておりましたので、取引金額・取引量・納期、全て私の一存で決定致しました。

既に食糧搬送の手配は済ませており、これらの資材を積んだ第一便は明日出立する見込みです。

到着は早ければ3日後になろうかと思います。」


バインダーに挟んだ書面には、第一便の商団が積載している食糧品類のリストが書かれている。

ヴェルヴィアにはそれがどれくらいの分量で、どれくらいの民がそれで潤い、価格的にどれくらいの援助になるのかは分かっていないが、後でノルディアスに算出させて提出させれば良いだろう、と判断してバインダーを目の前の幼女に突き返す。


「おぉ、これは重畳、民に負担を掛けるのは、我々戦士とて心苦しい。

早ければ早い分だけ彼らも助かろう、多大なる援助、感謝するぞ、フミフェナ殿。」

「は、勿体なきお言葉。」

「で、はい、いいえ、ということは君の要件は、別にあるんだろう、一体何がしたくてここまで来た?

挨拶だけなどということはないのだろう?」

「御慧眼、恐れ入ります。」

「契約と取引についての話だけであれば、ノルディアス達と話すだけで良かろう。

直接挨拶を、というからには、何か君から他に話があるのではないか、と思ってね。

さぁ、言ってみなさい。」


ヴェルヴィアは、ずい、と、前傾に座り直す。

聞いてやるぞ、と態度で示しているのだ。


「率直に申し上げて良いのでしょうか・・・?」

「うむ、遠慮せずに言ってみたまえ。

悪いようにはしないとも、我々も魔物の侵攻を受けている立場になるのでね、あまり何でも買うのは難しいが、バランギア卿の顔もある、君に多少なりとも利益を齎さねば、食糧援助の恩には報いることができんだろう。

ある程度、可能な限り交渉には応じることを約束しよう。」

「本当ですか?」

「うむ、うむ、言ってみなさい。」


目の前の幼女は、本当に特使なのだろうか?

目を輝かせて、御褒美を考え、せびる前の子供だ。

自分の娘も、こんな時代があった。

まるで4歳の幼児そのものだ。

とても交渉の役目が果たせるような年齢には見えない。

まるで話していても上の空のように、キョロキョロとあちこちを見渡し、と思えば虚ろな瞳を晒していたりと、お上りさんの典型のような挙動だ。

バランギアとその連れのバルシェという従者は恐ろしい相手ではあるが、目の前の幼児とその護衛は、立場的なことを考えれば大したことがなさそうだ。

このような娘の護衛であれば、せいぜい80~90といったところだろう。

自分は余裕のある大人を演じて、バランギアに良い所を見せなければならない、そう思ってチラチラとバランギアの方を見ながら会話しているが、バランギアの顔は無関心、いや呆れているかのような顔をしている。

それほど侮蔑を受ける理由が分からない。

何故、彼はこれほど自分を軽んじるのだろうか?

自分には何も思い当たらない。

それとも、灰色の特使という役を得ている彼女の前で、今現在自領での失態を晒して自分に許しを請え、という要求なのだろうか。


「では、遠慮なく申し上げます。

バランギア卿、宜しいですか?」

「構わんよ、君から言ってくれたまえ。」

「うむ、子供は子供らしくお願いをしてみるのもいいものだ。

大人として、応じてやろうとも、さぁ、言ってみなさい。」

「国王陛下、バランギア卿を含んだ会議にて、テンサール家のお取り潰しが決定したそうです。

引き継ぎ作業を今日中に完了させ、すぐさま領館から退去してください。

退去した後、どちらに留置されるのかは・・・バランギア卿がお決めになるかと。」

「は・・・?」


この幼女は何を言っている・・・?

テンサール家のお取り潰しが決定した・・・?

訝しんでいると、不意に目の前が歪んでいく。

寝不足ではないはずだが、いや、彼女の周囲の空間だけが歪んでいる?

バランギアの顔は呆れ顔から、苦笑を我慢するような顔に変わっていく。

従者達も、呆れるような顔をしている。


「何を馬鹿な。

そのような子供の戯言に付き合う程・・・私とて暇ではないのだ、そのような冗談は聞いておられん。

他に話がないのであれば、失礼させてもらうが。

宜しいかな、バランギア卿。」

「フフッ・・・ヴェルヴィア、能天気なものだな、よく今まで生きていたものよ。」

「どういうことです、バランギア卿?

彼女の言うような会議が開かれたなど、聞いておりませんよ。

取り潰しとなるのなら査問会もあるはずですが、査問会への召喚もありません。

だというのに、取り潰しが決定した?全くなんのことを言っているのか分かりませんな。

色付き戦貴族の一色を預かる者として、そのような戯言に付き合っている暇などありませんよ。

まして、今現在は、魔物の侵攻を受けておるのです、このような子供の戯言に付き合ってあれこれと論議を交わしている暇などないですな。

配下の者達と打ち合わせることも多くありますので忙しいのです。

失礼させていただきますよ。」

「貴様はここ数か月、オーランネイブルより出ておらんし、兵も前線に出ていくというより前線からわざわざ引き剥がして集結させていくばかりだ。

で、前線を守るはずの兵士を前線から引き剝がしてオーランネイブルに兵を集める理由は?

この都市に引き篭もって、この都市より先の都市、村落に住まう者達はどうなるのか、答えてほしいな。

私が忠告してから随分日が経ったが、時間がなかったとでも言うのかな?

前線で犠牲になった民の数、戦士の数、受けた経済的損失、復興までに要する費用と期間、減った人口を戻す為の施策、これからの見通し。

これらにすぐさま回答できるのかね、きみは。」


隣の都市であるグリンブルはどうなっているのか分からないが、滞在していた兵達はこの都市に引き揚げさせたし、兵の摩耗は最低限に抑えられているはずであり、警戒を怠っているわけではない。

偵察が無効化されるのならば、偵察が必要ないほどの近距離までおびき出して、最大戦力で叩き潰せばよいのだ。

オーランネイブルより後方の都市や村落は未だ無事であり、オーランネイブルで魔物を食い止め、攻め滅ぼせば、失態など後からどうとでもなる。

数十万という魔物の軍勢だとの話だが、オーランネイブルなら守り切れる。

それほどの数の軍勢を蹴散らせば、しばらくこの方面が攻められることはないだろうし、前線都市の復旧も跡形もなく無くなったわけではないのだから、復興とて可能なはずだ。

何がどれだけ失われたのかなど分かるはずもないし、何人死んだかなど一体誰に分かるというのだ。

それに、年月はかかるが、民は放っておいても勝手に増える。

減った戦士の数くらいは分かるので、戦士さえこれから育成すれば復興など時間が勝手に解決するし、そんなことを誰が具体的に予測できる?

だというのに、この言い草はなんだ。

ヴェルヴィアはバランギアの言動をいぶかしむ。

だが、それらの不満を全てこの老人と幼児に話して屁理屈で丸め込まれる可能性もある。

どうしたものか。

悩んではみたが、バランギアの視線も、フミフェナと名乗った特使の視線も、ヴェルヴィア本人を通り過ぎて執事のいない方向を向いている。

何かあるのか、と自分も目を向けてみたが何もない。

一体、連中は何を見ているのだ?


「まぁ良い。

戦略的なことを聞いても無駄だということは分かったが、一体どうやってこの都市とその戦力で数十万という魔物の軍勢を討ち滅ぼすつもりだったのだ、その辺り具体的な戦術を教えて貰えんかね。

先だっての戦では、大した兵も戦士も出していないのに魔物達が消え失せたが、同様の現象を引き起こすことが可能だということかな?」

「具体的には申し上げられませんな。

これは当家に伝わる秘術にて。」

「ふむ、あくまで橙色が対処したと言い張るのだな?」

「当然でしょう、他領とてあれほどの大軍の相手をしていたのです、橙色領内にまで出張るような余裕のある所はなかったのはバランギア卿もご存じのはずだ。

領内の魔物の討伐、そしてクリアリングは領の主たる私の務めであり、それが為ったのであれば、それは私の行った対処の成果ということなのは自明の理です。

橙色が対処したのでなければ、一体誰が対処したというのです?」


ヴェルヴィアはニヤリ、と笑って見せる。

バランギアはハァ・・・とため息を吐きながら、フミフェナの方をチラリと覗き見るが、フミフェナは微動だにしないし反応すらしない。

バランギアは幼児に救援を求めたつもりだったようだが、無駄に終わったようだ。

幼児とて、勝ち目のない話に乗ってくるほど愚かではないという事か。


「御理解いただけましたかな?

バランギア卿の来訪の理由はそのようなつまらないことをお聞きになる為だったのですか?

物資支援の件に関しては感謝申し上げますが、魔物の軍勢の処理に関しては、我が橙色領の事であれば我等橙色に属する戦士達で解決致します。

口を挟まないでいただきたいものですな。

近衛兵団の方々には、我々の戦を観覧しておいてくだされば結構、なんなら民の居住区の防衛をお願いしたく思いますが?」

「魔物の軍勢の実情も確認せずに勝てると思っているその脳味噌は一体どうなっているのか、貴様の頭を掻っ捌いて見てみたいものだな。

まだそんな詰まらない次元の話をするつもりなのか。

愚か極まる男だな、貴様は。

勿体ぶるつもりはないし、言葉を交わすことすら不快だ。

さっさと済ませてしまうか。」


バランギアは懐から明らかに懐に収まらない大きさの書類入れの筒を取り出す。

筒のキャップを外すと、高級な紙で作られた賞状のような文書が現れる。

バランギアはそれを回転させながら広げ、応接間のテーブルの真ん中にドン、と叩きつける。

ヴェルヴィアにとっては、見たことのない書面だったため、当初どう言った文書であるのかすぐには分からなかったが、読み進めるにあたって、冒頭の文章の一部分で内容が推測できた。

要約すれば『色付き戦貴族位を剥奪する』ということが簡単に分かる内容だ。


「なっ・・・これは・・・!!」

「通達する。

ヴェルヴィア・ネイブル・オレンジーヌ・テンサール。

並びにその血族、分家、属派の者達から、色付き戦貴族に類する位を剥奪・没収する。

正式な儀礼を踏もうかとも思ったが、貴様の体たらくにはほとほと呆れるばかりよ、これ以上の会話は不快この上ない故、不要だと判断した。

通常であれば長年領地を治めた者にはその年月の労苦に報いるべく儀礼も行うが、貴様には必要ない。

なんなら民達の労苦を味合わせてやりたいくらいだ、敬意も尊敬も一切必要ないだろう?

私の権限において、儀礼の一切、全てを省略し、全てこの場で完遂済みとして処理する。

よって、この辞令は今現在を以ってすぐさま発効されるものとし、今この瞬間から、貴様は色付き戦貴族ではなくなった。

官職も位も無しの只の戦士の一人だ。」

「そんなことが馬鹿なことが罷り通る訳がないでしょう!!

このような書面1枚で・・・!!」

「後程、国王陛下から正式な使者を出す故、それまで向かいの『赤色』の領事館で待機しておけ。

沙汰は正式な使者の通達を以って貴様に伝える。

以上だ。

良いな、すぐさま行動せよ。」

「ちょ、ちょっとお待ちください!

どういうことです!

全くもって納得いきません!!」

「詳しく説明する義務はないし、不快だが、言っておいてやろう。

分かっておろう?

貴様は色付き戦貴族の筆頭戦士としての責を全うするだけの能力を持っていない。

故に、色付き戦貴族として民を率いる者としての資格を失っている。

国王陛下より勅令である、これまで橙色が処罰を免れたのは陛下たっての御寛恕の願いあったればこそ。

貴様はそのような陛下の厚意すら無碍に扱い、不徳を積んだ。

いくら心優しい陛下とて、その思いに限度はある。

これまでの言動を鑑み、この辞令でもってその貴族位を剥奪し没収し、疾く新しき優秀な色付き戦貴族を据え、権威を復権せよ、とのことだ。」

「し、しかし、それでは、今攻め込んできている魔物の大軍はどうするのです!?

如何に近衛兵団とて、何十万という軍勢を相手に無傷とは行きませぬでしょう!!

主軍は我々が担い、近衛兵団はそれをサポートし、オーランネイブルが支援する、それらを担いきれるのは我々橙を除いて他にないのではありませんか!?」

「魔物の軍勢のことは、『貴様が気にする必要はない』。

私と、私の侍従、そしてそこのフミフェナ嬢がいればどうとでもなるからな。」

「グッ・・・こんな無茶苦茶が通るものか!!」


青筋を立てて激怒し、机を拳で叩きつけながら立ち上がる。

あわよくば書面も破壊しようかと思ったが、書面は女児がいつのまにか回収して広げている。

だが、引き下がる訳にはいかない。

このままでは、本当に自分達は追放されてしまう。


「橙色の領地は、橙色戦貴族であるテンサール家が治めるべき領地!!

魔物が迫っているこの窮地に、何故波風を敢えて立てるのです!?

それこそ、内乱誘発罪でしょう!!」

「それは、まともに領地の経営が出来ている貴族の言い分であって、まともに領地の経営もできない文もなく武もない無能な戦貴族の、いや、違うな、最早今現在『官職も位も剥奪された』身分であるただ一人の無能な戦士である貴様が、『赤色』の当主である私に言えるはずがない言葉だと思うがね。

では、偉そうな口を持っているようなので、聞こうか?

今攻めてきている魔物の詳細な陣容は?

種族の構成はどうなっている?

今どこまで迫ってきていて、何処にどの程度の数が分布している?

襲われた都市の現況はどうなっている?

戦士と一般人の死亡者数とその比率、生産性が低下したことによる今後の領地経営への影響は何%程度だ?

先程まで領主だった者なら、領地を治めている者なら分かるはずだな。

今すぐ、正確に答えろ。

尚、私はそれらを全て知っているので、虚偽や妄想は認めないし、多少の誤差は認めるが大枠から外れた回答をすることも許さん。」

「そ、それは・・・。」


偵察を出したが、偵察が全く帰ってこない為、分かりません。

そんな話が、事ここに到って通じるはずがない。

襲われた都市の戦士と一般人の死亡者数など、数えたこともなければ報告すら上がってきていない。

生産性の低下など、後からいくらでも上がるだろうと思って、低下率の計算などしていない。

何か、何か答えられることはないか・・・。

そう逡巡するが、どう答えても目の前の男には何も通用しない気しかしない。

脂汗を流しながら思考を巡らせるが、何も思いつかない・・・。


「なに、心配するな。

私は貴様がそれらを把握していないこと“も”知っている。

答えずとも良い、ただ不快になるだけだ。

辞令通り、すぐさま行動しろ。」

「バランギア卿、よろしいでしょうか?」

「構わんよ。」

「ヴェルヴィア殿・・・つかぬことをお伺い致しますが・・・。」

「小娘は黙っていろ!!!

今、大事な話をしているのが分からんのか!!!???」

「そのような大事な話になるのが目に見えていたというのに、今まで何をしておられたのです?

どう考えても、貴方がこれから巻き返しを図るのは不可能ではありませんか?

無駄な足掻きというものです、受け入れてください。

武力もない。

学もない。

民を護る気概もない。

領地の状況を把握していない。

軍事のことすら全容を把握していない。

そして、嫡男すら失い、後継や戦士の育成すらままならない。

戦貴族でなくとも、もう少しマシな経営をしておられますよ。

バランギア卿を説得できる要点が一切ないですし、貴方が自分の責務を果たしてこなかった責任を取るだけの話でしょう。

既に決議も出ているというのに、反証に至る論拠があるのですか?

どうやってこれからの領を維持していくというのです?

私にはどう足掻いても無理のような気がしますよ。

橙色領の為に奮闘されておられるノルディアス殿に申し訳ないとは思わないのですか?」

「偉そうな口を叩くな、ガキが!!

色付き戦貴族とは、貴様のようなガキに分かるような簡単な仕事ではないのだ!

果たすべき責務は数限りなくあり、貴様如きがそれらを全て知った気でいるなど、言語道断、笑わせるなという話だ!」

「はぁ、まぁそれは存じておりますが・・・。

今は、貴方はそれが出来ていないという話をしていて、故にクビを通達されたのでは?

果たすべき責務が一つでないのはないのは勿論理解しておりますが、その全てで責務を果たしていないのに、実績も展望もなしに『問題ない』と主張するのですか?

ことここに至って、『これから改善します』などという言い訳が通じるとでも思っているのですか?」

「黙れぇ!!」


対面に座っていた女児を裏拳で殴ろうとするが、その手が空を切る。

いや、目の前から消えた。

更に言えば、侍従兼護衛であるはずの二人は、主人が暴力を奮われそうになったのに動こうともしていないし、目の前から消えたというのに探そうとすらしていない。

ズクリ、と、背中、肝臓の真裏辺りに何か小さな針のような極めて細く鋭い物が肉深くに刺さった感触がする。

頭から血の気が去り、下腹部に水分が下がってきたような感覚がする。

あと数ミリ突き込まれれば、おそらく内臓に達する。

そんな本能的に察した命の危機に、小便が漏れ出す。

おかしい。

ヴェルヴィアとて、戦場に出たことは数十、百以上にものぼる。

内臓に達しかねない重傷を負ったこともあるが、これほどの命の危機を感じたことは無かった。

だというのに、何故、針のようなものを刺されただけで、これほどの恐怖がやってくる?


「頭の回転が良くないようなので簡単に申し上げますが、貴方はこの部屋にいる者の中で、そちらの執事を除けば最も弱いのですよ?

力に訴えるのは無謀ではありませんか?」

「は・・・っ・・・はっ・・・な、そ、そんな、わけは・・・どうやって・・・。」

「フミフェナ嬢、そこまでに。」

「は。」


背後の気配が消え、また真正面に女児が現れる。

どういう理屈だ、目の前から消え、背後から現れるなど・・・。

寒い。

全身の血の気が去ってしまったかのように、体温は下がる一方だ。

気温はそれほど低くはないはずだが、身体からあらゆるものが奪われているような、体温が低下しているような気がする。


「現在、貴様の降格議案の審議が王都で行われているが、手続き上の確認がなされるだけだ、決は既に取れており、それも今日明日中には可決される。

こちらの領館は政府で接収し処分する故、すぐさま荷造りし、明日までに退去せよ。

その両の手に持てるだけの荷だけ、持参することを許す。

目の前に見えているアレが『赤』の領事館だ、幸い部屋は多くあるのでね、4部屋もあれば足りるだろう、使ってくれていいぞ?

領館と、残っている私物は全て競売にかけ、領復興の一助とする。

退去作業が済んでいない場合、住人やペット、その他の生命体が敷地内に残っていた場合は全て即座に“殺処分”とする。」

「待ってください、それは無理な話です!!

血族の者達に説明する時間も・・・!」

「手持ちの金くらいは持って行っても良い、と随分贅沢な条件を許してやると言っているのだ、そのほかに貴様如きが何を希望できることがあるのだ?

説明など不要だ、血族を従える能力すらないというのなら、領館に置いていけ。

退去しないと言う者がいて困るということであれば、残っている者はこちらで“処分”しておいてやるから、後始末は気にするな。」

「そ、そんな・・・。」


ガクリ、と膝からくずおれ、床に膝をつく。

テンサール家の栄光が、自らの代、この瞬間に終わった・・・?

とても信じられる出来事ではなかった。

妻や幼い子供、分家の者や子飼いの戦士達になんと説明するのだ?

いや、そんなことが説明できるはずがない。

他の色付き戦貴族からは嘲られ、それでもここまで色付き戦貴族として生きてきたのだ。

これほどの生き恥を晒すことなど、出来ようはずがない。

ギリ、と拳を握り込む。

ダメだ。

認められない。

まだ、自分には出していない最終手段が残っている。

ここはオーランネイブルだ。

ここには、橙色戦貴族当主だけに許されている最終手段が一つだけある。

ココだけにしかない、アレが。


「ふ、くくく、はははははは・・・。」

「は、がぁ・・・!?」


やるしかない。

ヴェルヴィアが強い意志を以って、術式を起動させる。

ブブブ、という、小虫の飛び交う音を重低音化させたような音が、応接室に鳴り響く。

即座に灰色の特使の護衛が身構えるが、これは“仕込み”をされていない他者に影響を及ぼす術式ではない。

自分の最側近であった筆頭執事が即座に絶命し、肉体が灰と化す。

壁際に控えていた侍従達も頭を抑え、倒れ伏すが誰も彼もが、指先から、頭頂から灰と化していく。

蒼き粒子の徒花が散り、その全てが自らの手に納まっていく。

もっと、もっと、だ。

ズズズ、という音が聞こえるほど、館内から濃い粒子の気配がヴェルヴィアに纏わりつく。

術の発動は成った。

領内のレリーフへ同期された術式が発動し、最早止めることは出来ない。


「久々に見るぞ、これほどの邪法は。

ここまでの事をするのならば、もっと早く学び、己を鍛えれば済んだものを。」

「私が、強いことを、証明してみせればいいのでしょう!!!

私は、強い・・・。

このオーランネイブルに居る限り、私の命が絶えることはない・・・!!!

殺せるものなら殺してみせよ、そうなれば、オーランネイブルにいる全ての者が同時に死ぬことになるがな!!

この命は、オーランネイブルの領民全てと分散同期された、よって、私を殺そうものならば、領民全てを殺したのと同義よ!!

この秘宝は邪法どころではない、橙色戦貴族が魔物の大軍を相手にした際に、色付き戦貴族がその責任を果たす為にご先祖様が残された秘伝の術式!!

この術式を発動させた私がオーランネイブルにさえいれば、魔物の軍勢など、圧倒し滅ぼし尽くせるということを、貴様らとて全て蹴散らせるということを証明してやる!!」


下法とも邪法とも呼ばれる秘術。

自分の持つ起動レリーフと、領内の各所に埋め込まれたレリーフを同期させて発動させる秘宝術式『トゥルプ・ツィリピン』。

国花のチューリップ、テンサール家の特有武器である手斧、ベッティム商会の用いる商隊の馬を刻んだレリーフがある。

オーランネイブルという領都には、インフラ整備の一環で、必ず一定間隔でとあるこのレリーフ・・・術式を刻んだ『アーティファクト』を埋め込むよう、法律で定められていた。

道路だろうが、建物だろうが、必ず一定間隔で設置義務を生じる。

住民は『橙の紋様』の刻まれたそれを、都市計画の一環、ただの橙色戦貴族の自己主張の激しいレリーフだと思っていた。

実際に、それらの『アーティファクト』は日常では無害であったが、発動すればそれは翻り、唐突に付近にいる者に害を及ぼす。

橙色戦貴族当主にだけ相伝される術式が刻まれているが、他の者には術式であるかどうかも分からないだろうし、分かったとしても発動できない術式。

代々の橙色当主にのみ口伝でのみ相伝され、代々伝えられてきた術式であり、最終手段として保持していた。

発動することになればその時は橙色戦貴族の勢力が風前の灯火となっているだろう、という予言付きで伝えられてきた、様々ある下法の中でも最も邪悪な邪法と言われる術式。

紋様に仕込まれた術式は、2種類ある。

一つは、発動地点から15m以内にいる『橙色の領地で生まれた人間』の命を吸い、己の全てのステータスを強化し、ダメージを分散共有する。

数が多ければ多いほどその効果は高くなり、当然インフラの一部と化したそれらが無数にあり、数十万の領民のいるオーランネイブルで発動すれば、橙色戦貴族当主を殺すことは不可能になる代物だ。

ヴェルヴィアがダメージを負えば、術式圏内にいる人間に等しくダメージが分配される為、1万人と同期すればダメージは1/1万となるということであり、母数が10万を超えれば、最早どれほど大きなダメージを負う攻撃であったとしても、ノーダメージのようなものだ。

都市民全員を同時に殺すほどの攻撃でもなければ、どれほど大きな攻撃を受けてもダメージは分散されて極小化される上に、被対象者が全滅するまで自らが死ぬことは無い。

逆に言えば、この術式を起動した後のヴェルヴィアを殺すには、数十万の民のオーランネイブルで生活する民をも巻き添えにせねばならず、ヴェルヴィアを殺すということは住民全員を殺さなければならないということでもある。

云わば、これは領民全てを人質にとる戦法でもあるのだ。

そして二つ、もう一つの術式は、この秘宝術式を発動する為に必要な『生贄』を起爆剤として絶命させ、その命で以って己をブーストし、術式に必要な『栄養』を供給、秘宝術式を稼働させる初期燃焼を行うものだ。

これによって、秘宝術式は最早広がる一方となり、止まることは無い。

そして、このブーストによって得られる効果により、ヴェルヴィア当人へ短期的に非常に強力なアクティブバフになる。


「ははははははっはははははははは!!!!!!

使いたくはなかったが、落ちぶれるよりは、死ぬよりはいい!!

侍従の男、貴様は赤の英雄の秘蔵っ子、もしくは後継者だろう!!!

ここで貴様を殺せば、私の名とて赤に傷をつけた男として歴史に残るだろうさ、つまり・・・私の勲となって死ねええええい!!!」


基礎能力がそれほど高くなかったヴェルヴィアに付与されたバフは、加算型を選択しており、加算後の数値が元の能力値の10倍になった段階くらいから後は、自らの状態が自己分析できない。

上昇を続ける溢れんばかりの力に、静止したままではいられない。

おそらく全力で移動し、攻撃すれば、そのほとんどを自分では認識できないほどの力を感じている。

全力で自分の得物である手斧を振り被り、バランギアに叩き付ける。

が、手斧は甲高い高音を上げて赤の英雄の侍従の短刀に止められてしまう。

侍従の男に止められるような攻撃ではなかったはずだ。

まだ足りないのか、まだ足りないようだ。

ならもっと、もっとだ。

そうヴェルヴィアが思えば思う程、領館を中心に、術式の稼働範囲が広がっていく。

既にヴェルヴィア本人と繋がった領民は1万人ほど、数分あれば術式が同期するレリーフは増えていくので、自動的に十万、数十万、百万と母数が増えていくはずだ。

発動した時点で俺の勝ちだ、ヴェルヴィアはそう確信していた。


「フミフェナ様、どうされますか。」

「どうしましょうね、バランギア卿。」

「バルシェ、いけるか?」

「攻撃はまだまだ捌けそうですが、私の攻撃だと物理的な物になるので、なんとも・・・。

この男の言いようと、発想なら、もし物理的ダメージを与えたら民に被害が拡大する、といった術式も含まれていてもおかしくありませんので、封印がよろしいのではないかと。」

「邪魔だ、小僧おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

どけ、その老害を殺し、私が英雄となるのだあああああああ!!!

おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「封印となると、領事館が一番お手軽だな、被害が広がるまでに叩き込め。

術式の方は、私の方でなんとかなるか考えてみる。」

「領事館まで叩き込むのは、私が、やるのですか?」

「お前が、やるのだ。」

「分かりました。」


ゴッ、と言う音が聞こえるのと、自分の視界が暗転するのはほぼ同時だった。

術式のおかげでダメージはほとんど感じられないが、頭部を殴られた勢いがあまりに高速で、頭の血が一時的に偏ったことによるブラックアウトだろう。

頭を振ると、中庭にまで飛ばされたようだ。


「良かった、大したダメージがないみたいですね。

犠牲になったのは館内の使用人だけですかね?

体重や硬さが人口分増加するわけじゃないんですね、安心しました。」

「バルシェ殿、近隣の被害者の状態を確認してみましたが、術式初期に稼働させるための点火ブースターとして仕込みを受けていた館内の侍従達30人程度が術式発動と同時に犠牲になっただけのようです。

どうやら執事を始めとした灰化した者達は、身体の何処かに術式を直接刻まれていたようで、肉体が灰化していますね。

おそらく、それ以外で命を失った者は数少ないと思います。

運悪く橙色領の各所に埋め込まれているレリーフに刻まれた紋様に直接触れていたか、限りなく至近距離にいた者に限られるかと。

現段階では特定は難しいですが・・・。

今ならまだその豚と強制的に命をリンクされてしまった領民は1万人程度です、数分経つと十万を超える可能性があります、なるべくお早目の処理をお願い致します。」

「なるほど、あの紋様にそんな効果が。

ありがとうございます、フミフェナ様。

それを聞いて安心しました。」

「がああああああああああああ!!!!!」


術式の中身まで言い当てられた、あのような小娘に。

目の前の赤い髪を持つ若い男の技量も相当なものだ。

ヴェルヴィアの今現在の膂力はフィジカルに秀でる上位魔物に匹敵する勢い、そしてそこに幼少から鍛えてきたショート・ハンドアックス術を以って攻め立てるが、左右長さの違う短刀2本で巧みにさばかれる。

バフを盛りに盛ってようやくこのレベルに至ったというのに、相対するこの戦士は素の状態で今の自分とそれほど変わらない膂力も発揮している。

表出している暴走状態の自分とは異なり、実は精神状態は非常にクレバーな状態を保っていたヴェルヴィアだったが、秘術を発動したというのに攻め切れないことに危機感を抱き始めていた。

自分の侍従数十人を起爆剤として殺し、領民には自分のダメージ分散の母数となってもらった。

だというのに、この様とは、なんとも情けない。

先祖達の伝えてきた通り、他人頼りの術式であり、武に特化したと自称したテンサール家が本来取るべき戦術ではない。

だが、この術式を開発した先祖は、王家に嫁に出した橙最期の一滴と言われた姫を出した代の当主だ。

先祖は、橙の凋落を既に予測し、邪法とも呼ばれる秘術を開発し、代々仕込んできた。

これさえ発動させたならば、橙一族が絶対に死なず、バフで一騎当千の戦力を保証すると請け負われた術式だったはずだが、それでもこんな一戦士すら殺し切れない。

冷静に考えると、目の前の男が敬意を以って当たる赤の英雄は勿論だが、灰色の特使もこの男かそれ以上に強い可能性もあるとするならば、この場で全員を殺して証拠隠滅を行うのは不可能だ。

であるならば、この男を相手に勝ち、再考を促す材料を作らねばならない。

橙色の未来は、自分の手に掛かっているのだ。


「理不尽だ!!

神とやらがいるのなら、何故これほどの不公平を許す!!??

私は生まれてからずっと努力し、更に領民を犠牲にして己を強化してもこんな若造と同じ程度にしか・・・その程度にしかなれないというのに!!!

私とて、貴様らのような恵まれた血統に生まれれば、こんなことには・・・!!!」

「うーん、色んな意味で重い。

これ、あれですか、切ったら全員分の皮膚やら何やらが切れちゃいますかね?」

「バルシェ、あまりゆっくりしていると別の術式もあるかもしれん、悠長に分析せずにさっさとしろ。」

「はい!」


このままでは駄目だ。

封印というのがどのようなスキルを指すのか不明だが、赤の英雄が準備したものであれば相当なものだろう、その状態に至れば最早逆転の目はない。

領館の従者30人分を犠牲にして発動する強化バフ、領民ほぼ全ての粒子を絞りバフとしダメージを分散する術式、それらを駆使しても、目の前の戦士一人圧倒できないとは・・・!


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死んでしまえ、ガキが、私はこのような場所で死ぬ戦士ではないのだ、これほどの強さがあれば、私は他領の馬鹿どもに馬鹿よばわりされることなどない、これから私が単騎で魔物を攻め滅ぼすことも可能なのだ、領の端まで駆逐してやる、邪魔をするなああああああああああああ!!!」

「一応、魔物を倒したい、他領に馬鹿にされてる、という普通の感覚は持ってたんですねえ。

ていうか、これやるなら、秘密裡にもっと早くやっとけばよかったんじゃないですか?」

「五月蠅い、五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!

貴様らを殺し、魔物を蹴散らしてから堂々と王都の玉座で貴様らの首を晒してやる!!!」

「いや~、僕に苦労してる時点で無理じゃないですかね~?

もっと早く発動させなかったってことは、この術式、発動条件が滅茶苦茶厳しいか、持続可能時間が滅茶苦茶短いんじゃないですか?

だとするなら、大人しくなってから封印した方が手っ取り早いんじゃないでしょうか?

どうしましょう、バランギア様。」

「いや、すぐさま封印しろ。

その術式が継続するだけで民に負担が掛かっているのを忘れるな。」

「なるべく、善処します!!」


目下、脅威となるのは赤い髪の二人だけだ。

今の自分はレベル200すら超えた存在だ。

赤の戦士は、常日頃から尋常ならざる修練によって、破格の強さを手に入れているというのは、戦貴族であればだれでも知っている。

当主の側近ともなれば、そのトップに属するグループの戦士であろうことも分かる。

だが、自分はそんな今までの自分では到底敵わないと思っていた領域の戦士と戦えている。

もう少し領民からのバフが強まれば、目の前の戦士とて打倒可能なはずだ。

時間が経てば経つほど、自分は強くなる。

赤の英雄の側近の戦士を打倒したともなれば、赤の英雄とて自分を無碍には扱えないはずだ。

より一層、全力を振り絞り、攻勢を強める。

一切疲れる気がしない、そして力が漲り続け、上昇し続けているのも感じる。

このままいけば、目の前の戦士だけなら問題ない、いずれ上回った段階で疲労が蓄積した状態にまで追いやれば、圧倒できるはずだ。

目の前の戦士は赤の領館の方へとこちらを誘導している戦い方をしているが、目の前で大声でそれを狙っていることを宣言されて、ノってやるほど、自分はお人よしではない。

後退し、防御を一切捨てた自己強化術式の準備に入る。

これほどの防御性能を誇る術式にあっては、ダメージを気にする必要はない。

攻撃だけに振り絞ったバフだけあれば良い。


「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる・・・!!!」

「いやぁ、参ったなぁ、バーサーク状態かと思ったら、多少知能も残ってるし、自己強化術式まで発動してるし・・・。」

「助太刀致しましょうか?」

「あそこまで放り込むいい方法があるなら、是非お願いしたいところですが・・・。」


目の前の男が目をやったのは、バランギアが各領に設けている領事館だ。

忌々しくも、領主の領館の目の前に据えていることが多く、ここオーランネイブルもそうだ。

あそこに何があるのか知らないが、監禁もしくは封印する、そうと言われてそう易々と放り込まれる阿呆などいない。

時間が経てば経つほど自分は強くなるのだ、このまま多少の時間を稼ぐだけでも、自分の力が増しているのが分かるほどだ、1時間後、2時間後はどうなっているのか自分でも分からないほどだ。


「女、それも、幼子が助太刀だぁ!?

いいだろう、掛かってこい、貴様程度、何の障害にもならん!!!!」

「分かりました、であれば・・・。」


黒い塊が、見えた?

と思った瞬間、視界が定まらなくなった。

身体が、圧倒的な圧力を感じるが、ダメージを感じない為、何がどうなっているのかすら分からない。

と、思ったら、急激に身体が重くなる。

力が抜ける。

脇腹に激痛が走り、肋骨がベキボキ、と不穏な音を立ててへし折れる音が聞こえる。


「ぐああああああああああああああああ!!!!」


ようやく視界が戻ると、目の前には地面、と、芝生が見える。

が、脇腹と、下手をすると肺にまで食い込んだかもしれない肋骨骨折の激痛で最初の絶叫以外は呻き声しか上げられない。

何が起こった。

いくら落ち目と言われる橙色の当主である自分であっても、魔物と相対し、無事に帰還するのに困ることがないよう、動体視力の強化は今までの何よりも自信を持っていた。

赤の戦士の攻撃はまだ余裕で目で追えていたし、見失うようなことは動体視力以前の問題であったはずだが、視界内に収めていた範囲で自分に見られずに、赤の戦士か先程の女子が自分に何かしたのか。

グチャグチャ、と、後から内臓が破損した音が体内から聞こえる。

肺と、下手をすると膵臓辺りが破裂したかもしれない。

身体強化術式が強制的に解除されているようで、それらの痛みをなるべく軽減しようと術式を動かそうとしてみるが、一切発動する気配がなかった。

死ぬ。

それはまさに本能がそう告げていた。

体表に漏れ出る血はほとんどないが、口元から流れる血が止まらない。

胃袋も破損したのかもしれない。

血を失い過ぎたのか、視界が暗転し、ヴェルヴィアはその場に崩れ落ちた。



「見事なキックです、フミフェナ嬢。」

「いえ、そんな、はしたない所をお見せして失礼致しました。

忘れていただけると有難く思います。」


ペコリ、とこちらに向き直るフミフェナ嬢は、先ほどまでバルシェとヴェルヴィアが相対していた場所だ。

おそらく吹き飛んだヴェルヴィアが衝突した影響で破損したのであろう領館の擁壁は、まるでおとぎ話の笑い話に出てくる挿絵のように見事に吹き飛んだ人の形に抉り取られて貫通しており、そこから見える領館の植栽も一部、何かに衝突して折れた枝が見える。

ゴクリ、とバルシェは唾を呑み込む。

数mは離れていたはずだが、彼女がいつ目の前まで移動して、どうやってヴェルヴィアを領事館まで吹き飛ばしたのかは、バルシェには全く見えなかった。

一瞬、脳内に決まったポーズでのジャンプキックのようなもので彼女が吹っ飛んできたように見えたが、それも見えたのか脳が勝手にイメージしたのかも自分には判断が付きかねるものだった。

ただ、無意識での認識だったとしても、おそらくヴェルヴィアは彼女の蹴りで飛んで行ったのだろうな、という推測からキックと表現したが、彼女の反応からすると当たりだったのだろう。

バランギアの方に視線を送ると、「良かったじゃないか」というような自分の苦労を察していない楽しそうな顔をしていた。


「フミフェナ様、言ってくだされば、手ずからなさらなくとも、我々の手で如何様にも致しましたものを・・・。」

「申し訳ありません、護衛をかって出てくれているホノカさん達を放って自分で動いてしまって・・・。

なんだかイラついてしまって、つい手が出てしまいました。」


テヘ、とでも言うかのような可愛らしい仕草で首を傾げてホノカに謝っている(?)ように見えるが、彼女がやったことはとんでもない。

バルシェの膂力は、肉体派の守り神級の魔物の膂力に匹敵し、ヒトという種で自らに匹敵する人物は両手の内に納まるだろう、とはバランギアが保証してくれている。

そのバルシェが全力で斬り付け、蹴り、殴ったが、ヴェルヴィアは吹っ飛んでいない。

それぞれの打撃で衝撃を受けた形跡はあったが、動いたとしても数十cm程度だったはずだ。

ダメージは術式によって分散するようだったが、衝撃を分散している気配はなかったので、おそらく身体能力上昇に伴って衝撃を受けた際には力の方向を上手く受け流して操作し、地面に受け流すなどをしていたのだろう。

流石に著しく上昇した能力でそれくらいは出来る膂力・技量は持っていただろう。

そんなヴェルヴィアがこうなったのだ。

そして、考えを巡らせると、他にもおかしいポイントがある。

膂力やスピードはともかく、バルシェやヴェルヴィアに察知させないだけの速度で移動し、攻撃したというのに、その影響で生じる風や振動が全くなかった。

破壊力は勿論脅威だが、バルシェにとっては、副次的に生じるアレコレを封じた手管こそが恐ろしかった。

つまり、視覚でも追い切れず、風や振動などによる感知が一切出来ず、となれば、どうすれば彼女の動きを知ることが出来るのか。

バルシェは考えに耽り始めていたが、それこそがバランギアが彼を同行させた理由だ。

バランギアはこっそりと笑ったが、フミフェナの先程の攻撃は中々面白い攻撃だった。

技というよりも、おそらくフミフェナの趣味嗜好によるこだわりで作られた攻撃。


「まさか、今のはラ〇ダーキックかね。」

「御慧眼、恐れ入ります。

正に、その通りでございます。」

「ははは、よもや初代ラ〇ダーキックが見られるとは思わなったぞ。

いや、となればヴェルヴィアは爆散しているのではないか?はははははははは!!」

「ふふ、御冗談を。

まだ生きておりますよ。

どうやら肺や膵臓が破裂してしまったようですが。」

「なるほど、君のジャンプキックはあの者の左腹部を狙って蹴り飛ばしていた。

あの下法で受けた衝撃を分散しきる前に隔絶結界で粒子を剥がれてダメージを受けたか。

まぁその程度で死ぬことはあるまい、ご苦労、フミフェナ嬢、バルシェ。

私はあの愚物を回収しに行くが、君達もついてくるかね?。」

「は、お供致します。」


その後、赤の領事館で治療を受けながら監禁されることになったヴェルヴィアの腹部には、消えることのない小さな足跡がアザとなって残ることになった。

『橙色戦貴族テンサール家』のお取り潰しがバランギアの手によってオーランネイブルで発布されたが、彼の手によって領民においては今までと変わらぬ生活を保証し、前線の防御には既に国王陛下麾下の近衛兵団1万が布陣しているので、安心して生活せよ、と公布されたおかげで、大きな騒動にはなったが、動乱のようなものは起きなかった。


ヴェルヴィアを治療・監禁し、テンサール家一族を領事館に拘束し終えた頃、バランギアの元に報せが届く。

スタッグ率いる近衛兵団と魔物の軍勢の先遣隊が衝突、ほぼ損害なしで殲滅するも、オーランネイブルからそう離れていない都市『グリンブル』は全住民が避難を開始し、間もなくオーランネイブルに到達するということだった。

報せは次々と届き、第三陣の伝令の伝えた報では、スタッグ将軍が先遣隊を率いていた守り神級の魔物の成り立てを単独で討伐を果たしたが、グリンブルで奮闘したベテラン兵士達がほぼ全滅、避難民と共に若い兵士だけが生き残ったという報もあった。

オーランネイブルの首長達やバランギアはその報せに、長い黙祷を捧げた。

報せを受けてもバランギアの意気は曇る事がなかったが、赤の戦士達の顔色はあまり良くない。

魔物の軍勢はやはり予測通り数十万に達し、近衛兵団がそれらを全て受け止めたとしても、やはり魔物の侵攻全面を押し留めるのは不可能だという目算が高いと思われた為だ。

バランギアは自分自身も出陣すること、そしてフミフェナへの出陣協力も戦時特例として依頼し、灰色には戦時の保証を出す、という契約が交わされることとなり、一旦解散することになった。

どうやら敵魔物の進軍はかなり遅く、少し猶予もあるとのことだったので、フミフェナ達は宿を延長し、待機日数を伸ばすことにした。

残りは、スタッグ達近衛兵団と避難民が全て帰還してからの話になる。


「ナインにも見せたかったなぁ、ラ〇イダーキック・・・。

モーション設計、大分テストして完全に上手くいったよね、

そうだ、バランギア卿も言っていたけど、爆散する機能も付けて貰おうかな?

今までは威力で粉々にすればそれでいいかと思ってたけど、爆散した方がカッコいいもんね?

うんうん、そうだ、要望リストにアレコレまとめちゃうお!!」


フミフェナは御機嫌でアレコレをメモに書き込んでおり、ウキウキとしたその様を見て、ノールとホノカは一息を吐く。


「流石だな、フミフェナ様は。

もう勝つことは当たり前だということだろうな。」

「・・・フミフェナ様だけに手を煩わせる訳にはいかん。

我等も全力を振り絞り、民へ被害が及ばぬよう、全力を尽くすのみだ。」

「・・・だが・・・。」

「なんだ?」

「フミフェナ様はあぁしていると本当に可愛い幼女だな。」

「はは、考えておられることは物騒なこと限りないがな。」

「確かに!!ははははは!!!」


橙色戦貴族テンサール家は、こうして、大きな変化も生まないまま滅亡した。

それは如何にテンサール家が橙色領の民衆に影響力が少なかったのかを示すことになったのと同時、如何にベッティム商会がその職分に踏み込んで奮闘していたのかを語るものだった。


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