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灰色の御用聞き  作者: 秋
33/45

29話 『赤色』の事情

白い髪をした幼女が凛とした佇まいのまま礼をし、敷地を離れていく。

その歩調はどう見ても一般人のそれと大差なく、武によって洗練された動きではない。

だが、見方によっては、『ゆっくり歩いている風を装う』為に作られた動きのようにも思える。

であるならば、彼女、フミフェナ・ペペントリア嬢はどうやら力量を隠すことに必死で、違和感を消す為の修練はまだ積めていないようだ。

テラ・バランギア・ラァマイーツは、フミフェナ嬢との会見に際し、一切警戒を緩めることはなかった。

どうやら彼女はパッシブに周囲に影響を及ぼす能力を持っていたらしく、その能力を発揮できない邸内では幾分大人しかったように見受けたが、邸外に出た瞬間、禍々しい歪んだ気配を隠すことすらせずに出歩いている。


「やれやれ、恐ろしいお嬢さんだ。

あんな禍々しい気配を垂れ流すのはやめて欲しいものだが・・・。

いや、あれは気配ではないのか。

・・・あの歪んだ粒子の流れの所為でそう見えるだけか。」


彼の独り言は、あくまで思考を整理するためのものだったが、自分の独り言で納得もいった。

気配は、非常に無垢、いやいっそ言うならば、空白を通り越した真空。

EXP粒子的観点で真空が発生した場合、周囲の空間のあらゆるものが含むEXP粒子が吸い込まれ、彼女の周囲のような空間が形成されるのではないか、と想像できる。

EXP粒子的観点における真空、その表現がしっくりくる。

本来、重力や吸引力、斥力、その他、圧力の類を寄せ付ける気配のないはずのEXP粒子が、彼女の周りでだけあれほど歪に、強力な重力で引き寄せられているような、負圧の圧力を帯びているような、不自然な軌道で吸い寄せられているように見える。

敷地を出た途端に、その彼女の異常性が発揮された辺りから推測するに、これはおそらくパッシブスキルに類する『意識しなくても常時発動するタイプのスキル』だろう。

とんでもない量のEXP粒子を帯びた『何か』が随時出入りしている一方、何の属性も付与されていないEXP粒子そのものは手あたり次第に吸い込まれているようにすら見える。

おそらく、その『何か』は何らかの属性・・・女神に類する何がしかの恩寵によるものが付与されており、フィルタリングされ、吸い寄せるだけという状態にはなっておらず、彼女から飛び立っていく『何か』は彼女に吸い寄せられている気配がないように見えた。

EXP粒子の分布を著しく歪めている範囲は非常に狭小だが、彼女から出ていく『何か』の影響範囲は非常に広範で、粒子感知に余程優れた者でも気付かないレベルであり、彼女本人を見て初めて『何かが起きている』ということが分かる程度だ。

ヒトという種族で自称随一だと自認している自分ですら、その影響範囲は把握しきれない。

相当な範囲が彼女の影響下にあるのは間違いないだろう。


「なんとも恐ろしい話だ。

いや、将来が楽しみだ、という言葉の方が良いか。

私の後継者に欲しいな。」


館の中を歩きながら思索に耽っていたが、ひとしきり自分を納得させると、一つ頷き、正面玄関に向かった。

先程、フミフェナ嬢を迎えた正面玄関の、正面部分には炎をレリーフにした飾り壁が飾ってあるのだが、その壁にバランギアが触れると、飾り壁が真下にスライドし、奥にある隠し扉が露わになる。

よくある隠し扉のパターンだが、案外現実にあると誰も気が付かないものだ。

中には折り返し階段が長く続き、その深さは50m近くにもなる。

階段を降りながら、懐にある非常に弱く短い特殊な信号を発するアーティファクトを起動し、所定のルートを通って地下施設に移動する。

数分も経つと、散らせていた自分の配下が集まる。

用途的には、地上の洋館部分は対外的な建物であり、地下施設部分は対内的な建物に該当する。

この作りは橙色領だけでなく、他領にある拠点も同様の作りとなっているので、自らの側近達はそういったものだと把握していた。

出入口は全て特殊な錠によって施錠されており、破壊しようとした場合、地下施設側の扉が開閉しなくなり、更に通じる通路の酸素が急減するような仕組みになっており、侵入者への対策もばっちりであるが、そもそも出入口自体が洋館以外にも複数あり、それぞれの出入口はそれぞれがバランギアの降りてきた階段とは別のスロープであったり通路で地下施設へと接続されており、1つの出入口から他の通路への移動は不可能となっている。

出入口になる街のあちこちの物件は、商店であったり、個人宅であったり、倉庫であったりとバラバラであるが、バランギア本人が偽の個人名義で購入したものもあれば、『赤色』の工作員が偽の個人名義で購入したものもあり、その全てが使用者・購入者まで訓練された工作員が偽装しており、それぞれを調べても足がつきにくくなるようにしている。

こちらの世界の土木工事技術は、『ヒト』という種の能力が拡張されている為、前世基準で考えれば『人力では不可能』と言えるような工事が易々と行え、特に掘削するだけで構造物にすることができる地下施設の造営は非常に安易に行える。

岩盤質であってすら大して硬いわけでもないと言えるようなその土木工事能力・掘削技術・運搬能力が存在する為、重機などが存在しないのは面白い所だが、未熟な技師などが時折落盤を起こしたりするのが問題ではあるが、差し当たり『トンネルなどの地下構造物を人力でつくる』という技術に関しては、前世よりもこちらの世界の技術の方が発展しているだろう。

バランギアの管理する施設は地下50m以上の深さであり、一般的な建造物における地下施設の工事による交錯はなく、そう言った工事を“敢えて”バランギア邸地下付近に設けようとした者は、辿り着く前に発見され摘発・処理されてきた為、『赤色』の領事館に該当するそれぞれの施設の地下施設は、未だに一般人に目撃されたことはない。

ただ、取り締まりが存在する、という時点で、『バランギア邸もしくはその近所には、何かあるようだ』という程度の噂はどこかしらから発生し、存在する。

まぁ、余程の身の程知らずでもなければ、敢えて竜の尻尾を踏みに行く馬鹿はおらず、余程の馬鹿は骸になることが保証されていて、忘れた頃に定期的に晒し者とされているので、300年の間にも噂は消えたりまた湧いて出たりを繰り返している。

『赤色』の領事館に該当するこの洋館は、各色の領館のすぐそばに建てられているということもあり、これらが魔物の襲撃があれば各領の領館前を護る支城となるものであると同時に、“ヒトの襲撃”をも想定して建てられているのだと、知恵のあるものであれば容易に気付くだろう。

例え魔物だろうが、ヒトだろうが、敷地内に入ってしまえば監獄に押し込められているのと同等の状況になる。

常設型のレアアーティファクトは既に量産が完了しており、粒子を強制的に隔絶する結界を発生させる装置として核施設に設置されており、それらはオブジェとして偽装されている。

隔絶結界とは、設定した範囲内の任意の人物・空間のEXP粒子を強制的に不活化し、アーティファクトへと吸収させ続けるものだ。

EXP粒子が意図せず、体外・体内の物まで含めて失われる為、EXP粒子への依存度が高ければ高いほど、力を失うことになる。

結界内に存在する対象者は、EXP粒子に依存するスキル・アビリティ・行動、その全て制限される。

言ってみれば、全ての者がレベルに依存しない肉体能力だけのまっさらな姿にされるということだ。

物理的に鍛え上げられた肉体を持つ者への影響は限りなく少なく、EXP粒子による肉体強化を行っている肉体を持つ者への影響は限りなく大きい。

結界内においては、機敏かつ強力である魔物は自重で動きが鈍り、目視で確認できないほどの前脚での攻撃もスローモーションのような動きにまで落ちぶれ、前世で見た鈍重な獣以下の存在にまで落ちる。

戦士として名を馳せているヒトも、大半の者はEXP粒子に依存する肉体強化を行っており、大きく動きや能力を制限され、重戦士を代表とする超重量武具で武装した者などは武具の重さに圧し潰され、戦闘不能に陥るほどだ。

粒子を放たないモノがほぼ存在しないこの世界では、分かっていてもいなくても、対応不可の領域となる。

研究初期は、粒子がある前提で成長している植物や小動物、虫などがすぐさまその命を散らしてしまい、敷地内が荒野のような仕上がりになってしまうことも多かったが、数十年の間に研究が進み、隔絶結界内でも維持可能な常緑樹や芝生が開発され、そういったものが各施設の地上の敷地内に植えられている。


この時点ではバランギアも知り得ないことだったが、それは奇しくもナイン・ヴァーナント、フミフェナ・ペペントリアの合作であるレア・アーティファクトである『変身ベルト』に似たスキームで動くものであり、その機能の設置数・設定基準が異なるだけであったのだが、それはバランギアもナインも知る由もない話である。

バランギアからしてみれば、設置しているレアアーティファクトは円柱に偽装してはあるが、内部に仕込まれたレアアーティファクトは非常に大きな円筒型をしており、小型化には成功しておらず、これが最適化されたものだと思い込んでいた。

まさか幼女が腰に巻いているベルトと身体に埋め込んでいる複数のチップという極小のレアアーティファクトとしての装置が、自らのそれと同じ機能を持つという発想に至らなかった為だ。

フミフェナからすれば、まさか粒子の存在しない空間で生存可能な植生まで研究して植えるという原始的な対応をしているとは思わず、バランギアの能力でベルトと似たような結界を敷いているのだと思った。


閑話休題。


さて、テラが数分も待つと、徐々に駆けてきた配下達が地下施設に入室してくる。

集まった配下は20人。

自分の補佐を務める者一人を除き、皆、まだ自らが教員を務め育成している機関に所属する15~25歳の若者ばかりだ。

年嵩の者達には領地の運営や魔物の討伐、前線の構築など、ほぼ全ての職務を任せ、自分の後継者となると見込んだ2名には1000人単位の軍を率いて貰っている。

彼らは他領の者にとっては“刺激が強い”ので、あまり領外に出すことはない。

若い者は、領外のことを学ばせる為に、自分の仕事に随行させたり、出向させたりと積極的に領外での活動に従事してもらっていることが多いが、赤の領地出身者は若者であっても、本来他領とは比較にならないほどのレベル差がある。

その環境が、一般的には異質であるということを学ばせるための領外の活動でもある。

勿論、統率の必要な特殊な任務の場合はベテランを配置することも多いが、今回は引率が自分自身である為、補佐官4名以外は連れてきていない。

集まった者達は、元々スタッグ将軍の補佐・連絡役として交代で配置されている5人、他都市の内偵として配置し橙に報告に来るよう指示を出した10人、橙領都市内で様々な任務にあたらせている5人、だ。

各々の収集してきた情報・状況の報告を先に聞き、連絡要員も残らせ、席につかせる。

いつもであれば、連絡要員には端的な指示だけ出し、すぐさま散るよう指示があるというのに、不思議だな、と各々が困惑しながら座る。

学校の教師と生徒のようなスタイルで、ブリーフィングを開始する。

ブリーフィングルームには階段教室のような上下式の黒板があり、既にそこには幼女の写し絵が貼られ、横に『フミフェナ・ペペントリア』という名がチョークで書かれていた。

黒板を上下させ、そこには既に判明している限りのその幼女のデータを書き連ねてある。


「ミオーネ。」

「は!」

「貴様はこのフミフェナ・ペペントリア嬢という幼女の情報について、可及的速やかに、かつ非常に慎重に情報を探る任務を申し付ける。

彼女についての事前情報は、以前共有した資料に記載していたと思うが、それ以上の情報は収集しているか?」

「先ほど洋館に来ていた女児のことでございますね?

であれば、既に不可知状態のサルマを尾行につけ、情報収集を開始しております。

事前情報以外についてですが・・・申し訳ありません、概ねの記載事項については覚えておりますが、それ以上は・・・。」

「愚か者、と叱らねばならんな。

見た目で甘く見るなよ、資料にも書いてあったと思うが、見逃したとは言わせん。

彼女はおそらくレベル500~1000の間だ。

これは冗談やプロパガンダの類ではない。

加えて、非常に広範、そして未知の調査能力を持っている。

知覚範囲は推定不可だ。

また、完全不可知状態の私の居場所を特定し、私ですら所在を知ることが出来ない配下を飼っており、配下自身も相当な“レーダー”を持っているのは間違いない。

彼女ら二人は、お前達どころではない知覚範囲を保有している、常時相手に自分の居所が発覚しているという前提で行動せよ。」


カツン、と、とりあえずパッとテラが感じた幼女のステータスを記した数値をチョークで叩く。

フミフェナ・ペペントリア。

肉体年齢は4歳。

レベル、500~1000。

神の恩寵持ちであること。

恩寵、アビリティの種別はおそらく、生命そのものへの関与と思われ、戦闘能力に寄与するものではない可能性が高いが、肉体年齢にそぐわない戦闘能力も保有していると推測されることから、その女神の恩寵はかなり特殊なものであること。

それは呪術、毒物、病気、針術、気功術など直接的な物理的破壊能力に依存するものではない、未知の何かであること。

魔物側の灰色における大攻勢・浸透作戦における異常な戦果から推測される限り、当人の戦闘能力も上位の色付き戦貴族筆頭戦士にも匹敵する可能性が大であること。

戦闘能力から分析すると、相当にスキルでもって補強し鍛え上げられた肉体であることは間違いがないが、肉体年齢は4歳のものであり、単純な肉体能力はおそらく色付き戦貴族の嫡子達の同年代の頃よりも少し優れている程度であること。

スキルやアビリティ、装備品によってブーストされていることが推測され、その能力はレベル相応の化物じみた能力であること。

但し、当人の武はまだ十分には練られていないと見られ、おそらく現状の武については長くて1年未満の鍛錬で得られた物であること、しかし、練られていない武であってもその圧倒的な肉体能力によって比類ない戦闘力を保有していること。

来訪者であることは直接会って確定、論調からして生前は30~40歳前後、今世で4歳であっても精神年齢は30~50歳頃と推測されることから、扱いとしては成人とみなす。

聞き得る限りの話では、生前は一般人、つまり非戦闘職であり、武道の嗜みも皆無だったことが伺えること。

知能は非常に理知的だが、狂気を孕んだ判断基準を擁し、接触には厳重な警戒が必要であること。


黒板を上下させ、次に下になった黒板には、別の細身の写し絵を張る。

ヴェイナーと名乗った配下の細身の女性。

バランギアに察知されずに近付き、バランギアですら察知できない、虚空に消え去る能力を持っていること。

推定レベルは500以上。

特に隠形に特化した、フミフェナ嬢の側近かつ諜報を担う情報工作員であると推測されること。

それほどの化物だと言うのにその名はバランギア達の情報網を以ってしても初耳であり、おそらくフミフェナ嬢の能力で鍛え上げられた無名の戦士であること。

戦闘能力は不明だが、おそらくフミフェナ嬢よりは劣る、但し、前述の能力によって暗殺等の方法に依存する場合は、フミフェナ嬢を上回る可能性もある。


「レベル500~1000という数値が事実なのですか!!!???」

「なんと、あの年齢にして色付き戦貴族筆頭戦士を超えてバランギア様にも匹敵すると!!!???」

「最早そのレベルともなれば、先生を除けば同格すらいないレベルではありませんか、早急に対処を検討せねばならないのではありませんか!?

しかも、連れている配下までレベル500・・・!?

最早、危険分子と判断しても良いのではありませんか?」

「戦闘能力以外にも、所有している神の恩寵が危険過ぎます、このまま成長を許しては王家にも危険が及ぶのではございませんか?」

「配下の情報工作員、ヴェイナー、ですか?

名を聞いた事はありませんが、そのような配下を飼っているとなれば、我等『赤』の工作員すら大幅に上回っております、バランギア様がそう『鑑定』したのであれば、すぐさま排除が必要ではありませんか?」

「騒ぐ必要はない、血の気の多い者達だな、お前達は。

まぁ、とりあえず、すぐさまヒトの脅威となる存在ではないことは、先程会って話して、確認した。

ただ、レベルだけで言えば、この国のヒトの中で、私に次ぐレベルか同等、もしくはそれ以上の可能性もある、というのは間違いない。

しかも、まだ4歳だからな、これから更にレベルが上がれば、私どころではないだろう。

ちなみに、その諜報員だか情報工作員は、ここに記載した通り、私ですらその姿の存在が確認できない化け物じみた隠形能力持ちだ、今ここで、聞き耳を立てられていたとしても、私ですら探知できんのは間違いない。」


そんなばかな、などという言葉があちこちで広がり、大半の者がきょろきょろと周囲を見渡しながら挙動不審に陥る。

場が騒然とする。

ガヤガヤとあれこれと相談し始めるが、今はそれを話す時ではない。

カツン、と黒板をチョークで叩くと、彼らも静まり返る。


「私という存在が前例を作っているのだ、彼女のような存在もあり得ないことではない。

レベルが絶対の数値でない、ということはお前達ならば理解していよう。

だが、レベルが高い存在を侮る理由もない。

レベルが高かろうが低かろうが、危険な能力を持つ者を相手に、油断するな、というのは至極当然の理だ。

勿論、私はすぐさま脅威となる人間ではないと判断したが、放置して良い人物でもない。

よって、4歳児、女性、そう言ったことは度外視して事に当たれ。

この黒板に記したことは私の推定だが、この二人に関しては、今まで見た者には感じない秘密を感じる。

私も欺瞞情報を掴まされている可能性がある。

お前達は事前情報に縛られず、更にこれらを上回る、他の能力も持っている可能性も考えて行動しろ。

また、情報工作員でこのレベルだ、未だ表に出てきていない子飼いの側近も実力を隠して侍っている可能性がある。

非常に短期間で情報工作員をそこまでの領域まで引き上げた実績があるのだ、どういった方法が取られたのか不明だが、今現在、そして今後において育成できるのが1名しかいないと確定できる要素が一切ない。

未だに存在が明るみに出ていない強者を飼っている可能性も、十分あり得る。

追跡に従事する者には己の身を護ることを第一に考え、常に相手が自分を相当に上回る非常に危険な相手だと認識した上で、警戒を怠らぬように。」

「はっ!!!」

「ま、今回に関しては、相手の方がおそらく上だ。

私と・・・後はまぁバルシェくらいか、私達を除けば、おそらく敵対すれば瞬殺される。

ミオーネの判断は、今までの慣習による驕り、侮りがある。

確かに、今までは調査対象が明らかに我々よりも劣る相手ばかりだった。

だが、当然のように自分達がいつでも相手より勝っていると、勘違いするな。

いくらサルマのアビリティが諜報に向いているとしても、フミフェナ嬢本人も、その配下も、私が今までに見た中でダントツの1位の諜報能力を持っている。

彼女らもこちらの手勢を相手に無碍なことはしないと思うが、一応班での行動を徹底させろ。

ミオーネ以下不可知状態が維持可能な4人を招集し、準備が整うまでは班での遠隔による情報収集を申し付ける。

監視対象のグレードは、最高グレード、最重要諜報対象、だ。

ブリーフィングが終わり次第、大至急態勢を整えよ。」

「了解致しました!」


ミオーネはゴクリ、と唾を呑み込む。

今まで、単独で諜報工作員が動けていたのは、どう足掻いても調査対象廻りが諜報工作員よりも戦力的に劣っており、連絡さえ取れれば不覚を取る可能性が極めて低かった為、だ。

『赤』出身の諜報員・情報工作員は、他領でも十分上位戦士とやっていけるだけの戦力を持っており、クラスに応じた能力まで発揮すれば、逃げるだけなら大半の相手からは無傷で逃げ帰るだけの能力は持っていたのだ。

本来、情報収集要員は多ければ多いほど多角的な情報がその他のデータを補完する形となるので、望ましいとされているため、配置する数が多いに越したことは無いのだが、『赤』のそういった要員は各地に散らばっており、総数はいても密度が薄い為、人員不足が慢性的に続いている。

非常に優れた隠密性(鈍い相手であれば真横に立っても気付かれない程)を持つ諜報員の活動という意味では、要員は少なければ少ない方が発覚しにくいという考えもまた誤りではない為、一応そういう言い訳でその状況は続いていた。

が、そんな人員不足の状況下にあって、ミオーネ以下不可知状態が維持可能なグレードの人員を4人で班を構成せねばならない理由は、単純だ。

あまり自分の身に関わることなので考えたくないが、考えねばならない。

対象が最低限その程度のグレードの人員でなければ対応不可であるのは、バランギアのこれまでの話から間違いない。

そして、もし調査に当たっていた人員に損害が出た場合、その他の人員がそれを確認し、欠けた人員の証拠を抹消しつつ回収し、撤収せねばならない。

欠員が出ても、補充を経て調査を続行せねばならない。

相対的に諜報員や工作員とは、戦士達と比較して使い捨てにされがちなクラスにあたるが、『赤』での彼らの待遇は非常にいい。

バランギアを始め、教育を受けた戦士達は情報の重要さを理解しているからだ。

それほど保護されているクラスの、それも破格に高レベルの諜報員であるミオーネ達が、最悪死ぬ場合のことまで考え補充要員まで計上して臨まなければならないのである。

今までは、バランギアが鍛え上げた戦士達はその役割を問わず、今まで対外で苦戦という苦戦を強いられていない。

しっかりとした作戦立案を要求され、しっかりと入念に武具の手入れを行い、しっかりと戦法についても戦術的に理解するだけの学も求められた為、準備不足という状況を除けば、大半は損害無し、なんなら相手に感知される前に全てを終えてきた。

それ故に、自分達の命が掛かるという状況は、大半の者にとっては久々、ミオーネを始めとした数人にとっては初めての状況だ。


「お前達はあまり命の危機に晒された戦場に立った事がないだろう。

良い経験だ、勉強させてもらえ。」

「流石に、バランギア様と同等かもしれない相手を相手にして勉強で済むのかどうか・・・。」

「まぁ、皆、その身に掛けられた経費と時間を認識しろ。

彼女は理知的だ、私と敵対することをよしとはせんだろうが、理由があれば手段を択ばないだろうことも考えられる。

簡単に死んでもらっては困るぞ、気を付けろ。」

「はっ!!」

「全員、忘れるな。

まず生きることが最優先だ。

まず、自分の命、次に仲間の命、その次が民の命だ。

自らの命が幾人の民を守れるのかを認識しろ。

酷なことを言うかもしれんが、貴様達一人の命は数十万の民の命と同等だと思え。

民を救うことは我等戦士階級に課せられた勤めであると同時に、自らの命をしっかりと守ること、仲間を護ることは数十万の民の命を救うのと同等だと認識しろ。」

「はっっ!!!」

「手に入れた情報は必ず複数のルートから確認し、書面に残さず記憶し、引き続き随時情報を入手し、更新せよ。

彼女は将来、いずこに所属することになるにしろ、良くも悪くも国を騒がす存在になりうる。

最も避けなければならないことは、こちらから彼女に対して自分から敵対することだ。

そして可能なら、彼女から敵対してきたとしても、命を護ることを最優先に、戦闘を避け、和解の道を探れ。

仲間達に必ず徹底させよ、待遇は王家に準じるレベルを要求する。

従属を誓う必要はないが、求められれば応えることを前提とせよ。

相手は格上だ、常に相手に知られ、上回られていると考えて行動せよ。」

「はっ!!」


来訪者なのは確認した。

4歳の女児とは思えない立ち振る舞いに言動、これについてはそれで説明が足りる。

だが、彼女の存在は、来訪者だとしても異質だ。

生き急ぐかのように、おそらく彼女は自らの身体を改造しており、それがどういう方法で何を目的とするのかは不明だが、前述の通り、明らかに何かしらの方法で粒子を動かしている。

バランギアには、『蒼き粒子の動き』が他者よりも詳細に見える技術を使用しているが故に理解できる。

彼女が仕えているヒノワ嬢を除けば、大抵の者は余剰な粒子を無造作に垂れ流している。

故に、彼らの企図している動きは、その粒子の動きからある程度推測がつくし、なんならその漏れ出た粒子から思考の痕跡を辿ることすら可能とする。

不用意な者の思考程度なら、それらから予測がつく。

バランギアが読心にも長けるのだと噂されているのは、特殊技術とスキルを掛け合わせて分析し、前世の記憶と今世長年生きた年の功から推測しているだけだ。

しかし、彼女の身の周りの粒子の動きは、端的に言って歪であり、今まで見たことのないパターンであり、類型もないものだった。

例えば国王、例えば領主、例えば教主の類であれば、それに準ずる地位におり、該当するクラスを選択しており、クラスを活かす為のスキルを取得していれば、ある程度、己の鍛錬等に関わらず粒子が集まり、武の練度に拠らずレベルが上昇していく、という事態を目撃することはある。

レベルが高いだけの武に疎い領主や教主が存在するのはそういう理由があるが、その様は今まで幾つも見てきて知っている。

だが、それらは、豊潤な溢れるような粒子の気配が彼らの周囲を取り巻くように存在し、その中心にいる者がまるで天啓を受けた聖人のようにも見えるほど、周囲に恵みを感じさせる神々しい気配なのだ。

名君であれば名君であるほど、強ければ強いほど、その気配は強くなる。

現国王は、自分の教育やお歴々の薫陶を受けて利発に育ち、名君と名高い。

その頭髪の放つ輝きや闊達な整った容姿、国中から集まり王宮を輝かせるが如く集ってくる粒子の輝きの奔流、王宮内ではそれこそまさに彼は太陽のような輝きを放つ存在である。

対して、彼女は、それらとは一線を画すほどの気味の悪い粒子の動きがあった。

国王を太陽だと例えるならば、彼女は月ですらない、闇そのものだ。

あれは一体なんだ?

正直言って、バランギアの300年を超える人生でもあんなものは見たことが無い。

ヒトという生物があれほどの領域に至れば、下手をすると自壊を促し、成長することなく絶命していた可能性すらある。

おそらく、あれは女神の恩寵によって、生き続けることができているのだろう。

生きる分だけ自分に取り込み、その他はひたすら収集するのみ、というような器用な分別が人の手で出来るものか?と自問するが、自分でもおそらく出来ない。

であるならば、と考えられる選択肢を絞っていく。

やはり最後には女神ヴァイラスという存在に辿り着くのか、と、バランギアは考え込む。


彼女は灰色戦貴族領のレギルジアという都市において、女神ヴァイラスという生命を司る神の巫女を務めているという。

彼女本人については、ヒトという種であることは間違いがないと思われる為、違和感の元があるのならその女神の影響が原因だろうか。

しかし、自らの記憶にある神の恩寵持ちを思い出してみても、あのような粒子の動きは観測したことがない。

自領に戻り次第、神の恩寵持ちの配下に確認を取らねばならないだろう。


フミフェナ嬢を巫女に据えた、生命を司る女神、ヴァイラス。

テラであっても名も聞いた事が無いし、歴史を紐解いても、王都の歴史学者ですら知らない、おそらく今まで顕現したことのない、隠れていた、もしくは新しく生まれた神のはずだ。

加えてこの女神は少々特殊な女神で、通常、巫女や教皇と言った恩寵を受けた神官のトップでもなければ受けることができない神託、つまり神の声を、レギルジアという都市民であれば、神官でなくとも、誰もがその声を聞いた事があるのだということだ。

女神の目に見える恩寵としては、特に農業に優れた恩寵を、想像もつかないほど手広く下賜しているらしく、灰色においては彼女が現れてから、豊作に次ぐ豊作で倉庫が足りないという嬉しい悲鳴を上げるほどだという。

今年は、他領では例年よりも若干不作であり、相場が高騰するほどではないにしろ、辺境に位置する村や集落などでは恵みも乏しく、餓死者もチラホラと出ていると聞いている。

辺境地域は元々、貴族であっても食糧を潤沢に用意できるほどではなく、最底辺に位置する農家達などは税として納めなければならない食糧にまで手を付けなくてはならないほどの飢えが生じていると報告にあった。

そんな中にあって、特段肥沃な土地でもなく、気候が優れている訳でもない灰色において、食糧品が他領に輸出してすら有り余るほどある。

地元を滅多に離れない農家達であっても、周辺国の状況がどんなものであるのか商人伝いに聞いており、灰色の豊潤な恵みは女神の恩恵であると、誰しもが認識していた。

故に、農家達の女神ヴァイラスへの信仰は天をも突き破るほどの勢いであり、諜報員の報告では、もしフミフェナ嬢が死ねと言えば即座に自害するだろうし、灰色領内で女神ヴァイラスやフミフェナ嬢の陰口を叩こうものなら、住民に袋叩きにされる、最悪は殺されるのではないかというほどの信心だと思われる、という報告書もあった。

顕現からわずか1年未満という非常に短期間であるにもかかわらず、信者は非常に多い。

レギルジアの都市民は特に信心深く、ほぼ全住民が女神ヴァイラスを信仰している。

続いて非常に恩恵の大きいカンベリアの民や領都アーングレイドの民の多くがその女神を信仰しているとのことで、このまま推移すれば、数か月以内にはほぼ灰色全体に信仰が行き渡るのは間違いないと推測される。

その一方、非常に身近に感じられる存在でありながら、教義はただ純粋なる信仰のみを求めており、既存宗教の大半と異なり、貢物や献金などは求めていない。

逆に、その姿形は現れてはいないので偶像として造形して販売してはならない、推測や妥協で信心なくおざなりに崇めてはならない、利益だけを求める者はむしろ信仰するな、などの決まりすらある。

膨大な信徒を獲得しつつあるというのに、その女神は小さな神殿を1つ建てるのみ。

代官のような存在であるレギルジア都市長であるスターリアを除き、神官を設置せず、上納品や金、稀少品なども集めていないらしい。

まぁ、所謂、『信仰を餌にして肥え太る者』が誰一人いない状態だ。

都市長スターリアなどは、一応神官を名乗ってはいるが、祭祀を行うでもなく、ただ女神の声を聞き、律をまとめ、それを敷くことだけを目的にしており、己の財貨は必要最低限を残して全て公共の工事に投資し、信仰の為に民に尽くしてお財布的にマイナスであるほどだ。

つまり、『神を崇めるヒトの都合』が、全て除外されている。

敢えて言うならば、恩寵によって税が爆上がりしたレギルジア領や灰色戦貴族領に住まう者達に関しては利益を享受していると言えるかもしれないが、利権を貪って不当に肥え太るという意味からは外れているだろう。

立場的にカースト下位の者ほど恩恵にあずかれる状況である、ということも信仰を後押ししている部分はある。

その女神はただ、恩寵を齎し、その見返りに民の信仰だけを求めるというが、目的が分からない。

それだけ聞けば、なんという理想的な神なのだ、とも思うが、これはバランギアからすればあまりにも不気味だ。

この世界にいると言われている神は一柱ではなく、創造神を頂点とし、その下に多くの神がいると言われている。

創造神を祀る宗教や神殿は存在しないが、それは何故なのかと言えば、『天地を創造した』と言われてはいても、ヒトが知り得る年月どころではない昔の話であり、神の恩寵としてヒトがそれを実感していないことが一つ。

また、直接的に実感できるほどの恩寵を下賜しておらず、定期的に送り込んでくる来訪者達の密やかな信仰を除けば、こちらの世界のヒトは創造神という存在を学ぶことはあっても、信仰することがない。

大なり小なり、創造神以外の神は、その恩寵を直接的に下賜し、人々がその恩恵に浴した場合に、ようやく神として認識され、宗教が興り、年月が経つとその宗教の下位神官が真摯に信仰するのに対して上位神官達が利権を貪る、といった流れが大半である。

それらの神を奉る神殿や宗教は、女神ヴァイラスの教えとは似ても似つかないものばかりだ。

何せ、『神を崇めるヒトの都合』ばかりだからだ。

神という存在自体が傲慢・強欲であることが当たり前であり、その神を信仰するのだから教義信義がそれに準じるのは当然とも言えるが。

恩寵持ち達は、その立場に胡坐をかき、信徒から上納される金や美しい異性を集め、最早教義や神の信託の信頼性すら危ぶまれるほど愚物と化すことも多い。

最も信者の多いアリアン教などは、その大半が末端の下位神官に位置し、彼らが善良な神官であるが故に見逃されているが、上位神官や法王に該当する役職の者の腐敗は深刻なほどに進行しており、どうにか健全な部分だけを残して上位神官以上を排除することが出来ないかと治政者達が毎年検討しているほどだ。

だが、過去に、アリアンという神が魔物と戦う戦士達に恩寵を下賜し、恩寵を受けた医師が万を超える多くのヒトを救ったというのは事実であるし、伝説は真実であって、全てが偽りであるということはない。

他の神に関しても恩寵が確認されていて、存在が事実であると確認することはできる。

だが、その後、ヒトにこうあれ、と指示したり、腐敗した神官を罰することもなければ、真摯に信仰する者に恵みを与えた実績がないことも事実である。

つまり、自分の気に入った人間や気紛れに恩寵を下賜した人間がいる間だけはその力を貸すが、その後のことなど知ったことではない、どうでもよい、というのが神の思考回路なのだろう。

そう言った点で比較すると、稀有かつ強力広範な恩寵、そして巫女たる恩寵持ちの幼女に非常に強力な能力を与えている上に、自らを真摯に信仰する者のみを徹底的に求め、しかし自らを売り物にして金品を求める者を許さないという、ヒトと実際に関係を持とうとする女神ヴァイラスという存在は、今までの他の神とは随分異なっているように思える。

いや、女神ヴァイラスの教義を考えると、恰好だけの偽りの信仰は不要と切って捨てる、非常に潔癖かつ頑固である部分も伺えるので、そう言った意味では傲慢強欲であるとも言えるのか?とも考えるが、分からない。

レアな存在もいるものだな、という感想を抱いたものだが、神の恩寵持ちは、300年~400年の間、異なる恩寵持ちが数十人いたことは確認されており、少なくとも神は100以上はいると推測してもいる。

恩寵持ちとして判明した人間の実数を見れば総数の少ない非常に稀少なものではあるが、恩寵持ちが彼女一人、歴史上唯一の存在というわけでもない。

ヒトにも色々いるように、女神ヴァイラスが神の中で変わっているという考えの方がしっくりくる。

恩寵を下賜している彼女の意思、存在は特殊というか変態的ではあるので、巫女が神に近しい存在であると想定すると、そう言ったかなり変わった神であると推測もできる。

歴史を紐解いてみても、神の恩寵持ちの戦士は皆、非常に高レベルの戦士となり、恩寵に則って非常に強力なスキルやアビリティを持ち、レベルも200や300という領域には収まらないことが多い。

一般人からすると神の領域に到るほどの、非常に高レベルに到達することが多かった。

ただ、高レベルに至る恩寵持ちは、その大半が戦闘系の恩寵を持っていて、レベルキャップの壁を破るのに容易い環境があった為に、恩寵を持っていない者と比較して有利だっただけだ。

武器を一振りすれば数十数百メートルも離れた魔物が数百匹真っ二つになり、地面に突き立てれば大地が割けるという斧使い。

他の人間が使えば火種を起こせる程度の小さな術式で、前世の絵巻物の物語の魔法のようなとんでもない火力の火炎風を起こすことができる自称魔法使い。

そういった戦闘に特に特効のある恩寵が今までは多く取り上げられ、英雄視される。

それ以外の有名どころでは、例えば祈れば雨雲を呼ぶ雨乞いの巫女であったり、アリアン教の神体として崇められている建国王と共に歩んだ恩寵持ちのどんな傷でも治療してしまうことが可能だった医師、ヒトだけでなく魔物にまで広がった致死性の高い疫病・死病を癒し、ヒトという種族を守ったシャーマンもいる。

確かにそれらは非常に強力ではあるが、彼らが能力を発揮し、レベリングを開始できたのはおそらく10代に差し掛かってから。

そして、彼らがレベル100を突破する為に通る難関、粒子化の壁を乗り越えたのも、10代半ば~後半の者が大半だろう。

フミフェナ嬢ほどの速度でレベルが上がることもなかった。

そして、普通、そこまで至れば、最早レベルとは名ばかりのものと化し、500だろうと600だろうと関係がなくなる。

何せ、一般的な戦士は99と100,101程度であり、それでも軍としての形を成せば魔物と対峙することは出来ており、それ以上ともなれば、単騎でどれほどの存在と戦えるか、という領域に過ぎない。

レベルキャップの壁と呼ばれる『壁』は、レベル99、レベル199で発生するということが良く知られている。

99→100では大きな差を生じるが、101→105では大きな差はない、と。

同様に、199と200では大きな差はあるが、201と205に大きな差はない。

一般的に知られているのは99の壁。

ある程度窮まった戦士達が知り得るのが199の壁。

だが、その先にも、299,399と、壁は存在するのだ。

最前線に立ち、魔物を倒し続ければ確かにレベルは上がる。

だとしても、レベル500を超えてくると、既に壁をいくつも乗り越えてきた戦士であるとういことであり、最早それを他者と相対的に比較しても、実感するレベルをとうに過ぎてしまっている。

だというのに、彼女はレベリングをただただ継続することが目的だとも言っていた。

レベルを上げた結果、一体何を成すつもりなのか?

数値だけ見れば、レベルが上がれば順当に数値は上昇する。

ただ、30ポイントに+2ポイントされるとその上昇幅は無視できない数値だが、例えば1500に到達した者がその項目において+2ポイントが追加されたとして、それを楽しめるかと言えば、楽しめないだろう。

一定のラインを超えた辺りからは、確認するごとに対して上昇もしない数値を眺めることはなくなり、数値を気に留めることはなくなるだろう。

バランギア自身がそうであるから分かる。

定期的に自己分析をするが、それは自分に異常がないかを調べる為であって、自分がどれだけ成長したのか楽しむために行っていることではない。

考えられる様々な可能性を考えるが、現段階では結論には至らない。

現状ですら彼女を止められる存在は、自分を含めても世に片手を数えるほどしかいないだろうことは間違いが無く、そこにヒノワ嬢やヌアダと言った常識外の人材を除けば、若い世代に対抗可能な者はいない。

更に、今後5年、10年と時が経てば経ってもレベリングを続ける意思が変わらなければ、彼女の戦闘能力がどれくらいの位置に辿り着くのかは想像もつかない。

武に関しての鍛錬が1年未満の現在ですら手を付けられない可能性があるというのに、今後武に関して鍛錬を積み、達人、いや達人を超えた化け物と化した彼女を止めうる存在はいるのだろうか。

そうなった場合、自分でも止められるのか、自信がない。


「バランギア様、率直にお伺いしたいのですが、彼女は本当にヒトなのでしょうか?

そのレベルアップ速度やヒトとは思えない戦績から察するに、亜人もしくは亜人とのハーフなども考えられるのではないでしょうか。」

「うむ、まぁ、そういう発想になるのは理解できる。

が、彼女はヒトではある、一応な。

それは保証する。

が、厳密に言えば、お前達と同じとは言えんな。

まぁ、ヒト“だった”のは間違いはないし、広義的にはまだヒトであるのは間違いないが、彼女は・・・私と同じく、最早ヒトの領域を逸脱してしまっているな。」

「・・・処分されなくて、よろしいのですか?

まだ武の練られていない内に手を下す方が、よろしいのではないでしょうか。」

「物騒なことを言うなよ、コドォークス。

何故そう思うかも述べろ。」

「失礼を承知で申し上げますが、5年もすれば、それこそバランギア様以外には手に負えなくなるのではありませんか?

もしバランギア様がいらっしゃらない場で、彼女がヒトという種に牙を剥けば、彼女を止められる存在がいないという問題があるかと・・・。

もし、国王陛下に面会などを行う機会などがあったとすると、彼女は、我々が命を賭した抵抗で止め得る存在なのでしょうか?」

「お前も考えが甘いな、既に彼女はその領域にあるし、現段階でも彼女がその気になれば、事を成すまでの間に彼女を止めるのは不可能だと思うぞ。

現段階で、という前提で話すが、既に私を含めて数人が、彼女の調査を進めた上でデータを揃え、万端の準備を整え、そこまで至ってようやく彼女と同等か、どうにかなるかどうか怪しいというレベルだ。

ひょっとすると、あらゆる物を貫く『矢』であるヒノワ嬢や、あらゆる物を弾く『盾』であるヌアダ殿辺りは可能性はあるかもしれんが、正直、正攻法で彼女を攻略するのは難しいな。

が、まぁ、何事も情報が最も重要だ、我々は彼女を知り、強くなり、また、彼女への対策を練ることで対応することが可能になるかもしれない。

敵対せず、情報収集に徹し、時には戦場を共にすることで、見えてくることもあるだろう。

必ず勝てる、それほどの勝算がない限りは、絶対に敵対してはならない存在だ。

理想は、彼女を身内にしてしまうことだな。

彼女が見初めた人物は、きっと途方もない権力と実力を得ることになるだろう。

引き換えに、途方もない責任を負う事にもなろうがな。」


身の丈2m20cm、体重200kgという巨漢が、ゴクリ、と唾を呑む。

想定されている対象は身長100cm体重18kg程度の子供だが、この巨漢であっても彼女の前では1秒も立っていられないだろう。

彼女はただ速いだけではない。

おそらく知覚速度が常人の数倍から10数倍程度はあると思われ、おそらく彼女と同等の知覚速度を持っていなければどのような攻撃も回避されるだろうし、回避しようと思っても避けられない攻撃を命中させてくるだろう。

領に戻り次第、その辺りの対策を練り、教育を再度やり直さなくてはならないだろう。

配下の戦士達は非常に優秀であり、自ら手を掛けて成長を手助けしてきた者達はレベル200を超える者すら現段階で既に数名いるし、レベル200を目前とするほどの者も数名いる。

先程いたミオーネも、レベルは170に達する。

目の前のコドォークスも、レベル190台だ。

だが、彼らも対魔物に関しては非常に優れた戦績を残している一方、対人戦、特に自分が庇護する対象との戦闘についてはほぼ経験がないと言ってもいいだろう。

この国の戦士の大半、ほぼ100%に近い者達が血みどろのヒト同士の殺し合いを経験していない。

故に、庇護対象である『幼子』に対しては必然的に甘くなりやすいのかもしれない。

だが、彼女を相手にしては、そういった一般常識・前提条件などは全て当てはまらない。

それに、今この時に彼女を処分しようとして、その反撃にあった場合、聞き得る限りの彼女の恩寵を考えると、灰色戦貴族領に甚大な被害が及ぶ可能性が高く、ましてその領の信徒達の暴動を招くだろう。

加えて、彼女の齎す恩恵やその武力は貴重であり、対魔物との戦での協働ともなれば、灰色の上げてきた報告書を見る限り、彼女ほど頼りになる存在はいないだろう。

魔物という外部の脅威が未だに存在する以上、今取り除くことが適当だとは思われない。

彼女は“分岐点”になりうる。

自分には成し得なかったことだが、彼女なら、あるいは。

そう、有り得る。

フミフェナ嬢という存在は、魔物という存在、あらゆる種族を包括した『魔物』という『ヒト以外の者』を殲滅し得る可能性が高い。

それを厭い、魔物と和解する、という事もあり得るだろう。

逆に、ヒトという種を嫌悪し、魔物側に回り、ヒトを殲滅してしまうかもしれない。

彼女が50年生きるならば、彼女がそのスタンスを崩さない限り、そのいずれかは必ず達成される。

そうなると、ヒトの世を治める現在のシステムは、必ず問題が発生する。

色付き戦貴族という存在は、魔物から人々を護る為に存在する守り手であり、魔物が存在するからこそ、あらゆる権利を認められているのだ。

魔物が全滅した場合は、血で血を洗う内部闘争の果てに戦士は死に絶え、文官が全てを握る世が来る。

魔物と和解した場合は、戦士と文官、両方が生き残る余地があり、将来はまだ見通しは良い。

戦い得るヒトが全滅した場合は、最早この世界でヒトが盛り返す余地はなく、すべからく滅び、生存が許されたとしても隷属の軛から放たれることはないだろう。

バランギア自身が厭うのは、魔物が殲滅された場合だ。

魔物がいなくなってしまえば、この世界とて転生前の世界を踏襲するかのような世界になってしまうのは、簡単に予測できる。

この世界に生まれ、この世界しか知らない戦士達には、想像もつかない世界かもしれないが、武力が徹底的に飢え殺しにされ、その全ての牙をもがれ、飼い犬になってなお首を刈られ、ヒトは二度と武力を取り戻すことは無い。

バランギアの目指すところは『和解と共存』だ。

自分は300年生き、最早いつ死んでも後悔はないが、後進のためにも、武官が全て排除される世界は容認できない。

その為ならば・・・。


「いずれにしろ、魔物を淘汰するというのは、文武共に掲げる目標だろう。

共通の敵を抱いている内は、問題なかろうな。

但し、それは今まで通りに我等ヒトが優位に立ち、魔物を圧倒している内は、だが。

フミフェナ嬢ならば成長すれば如何様な大攻勢も余裕で蹴散らせるだろうし、彼女を殺そうなどという行為もおそらくほぼ全てが無駄に終わるだろう。

彼女がヒトという種に敵対しない限り、パワーバランスとしてはヒト側に傾いたのは間違いがない。

いや、ひょっとすると、魔物側が先だっての大戦や今回の橙領への大攻勢を企図したのは、彼女の存在を察知したからなのかもしれんな。

貴様らがもし、強大な、絶対に殺せない、敵対すれば仲間が全滅してしまうようなとんでもない戦士を倒そうと思ったら、どうすればいいと思う?」

「大軍で襲い掛かり、ひたすら体力が尽きるのを待ち、全滅する覚悟で戦い続ける。

あとは婉曲かもしれませんが、食糧が必須となりますから、食べ物や畑を全て焼き払う、などでしょうか。」

「ヒトであるならば、呼吸はしているはずです。

周囲の空気を焼き、低酸素もしくは無酸素状態にして気絶・絶命を誘発すると言った範囲攻撃が有効なのではありませんか?」

「まぁそれらも悪くないが、彼女には通じんだろうな。

魔物がヒトよりも大幅に勝ることはなんだろうか。

魔物は繁殖スピードも、高レベルに至るまでの速度も速く、生来保有している戦闘能力も高く、そして寿命が長く、殺されなければ100年は平気で生きるし、そこそこ育った者なら300年は生き続ける。

一方、ヒトは繁殖スピードも遅く、成長も遅く、鍛錬していない者の戦闘力は皆無に近いし、私のような例外を除けば80歳生きればよい方、100歳まで生きる者などほぼいないし、100歳を超えて戦闘力を維持している者などほぼ皆無。

まず、こういった基本的な概念を思い出せ。

これらから導き出せるものはなんだ?」

「ということは、大軍を起こし、“フミフェナ嬢が対応可能な数を大幅に超えた飽和攻撃”で“フミフェナ嬢を避けて”ヒトの人口を減らし、繁殖限界に追い込む?」

「例えそれで軍が全滅する前提だとしても、更に戦闘によって同数以下の損害しか与えられない想定だとしても、ヒト側に多少でも損害を与えられることができれば、その繰り返しでヒト側はドンドン弱り、いずれ巻き返しができる、ということでしょうか。」

「巻き返しだのなんだのと言うレベルではないな。

手遅れになる。

さて、前振りとして彼女を取り上げたが、・・・私がそれだけの話でブリーフィングを行うとは思っておらんだろうな?」

「ひょっとして、現況の魔物の侵攻に通じる話なのでしょうか?」

「そうだ。

現在、橙領へ迫ってきている魔物の大軍は、本来、我々が関知しなければ橙を滅ぼして余りある戦力だ。

ただ橙だけを滅ぼして、魔物の領域まで撤退するのならば、これほどの大軍は不要だ、なんなら過剰過ぎて邪魔だろう。

だが、狙いが『橙のヒト』だけでないなら、目標はなんだろうか?」

「今回の魔物の侵攻といい、先だっての大戦といい、魔物の動きは非常に計画的に運営されている。

戦略的な思考の出来る、知恵の回る軍師がいることは間違いがない、ということは・・・最終的な目標は王都陥落か?」

「魔物が王都まで攻め上ったことはないはずだが、魔物が王都の戦力まで把握しているか?

王都まで攻め込んで、王都の戦力を確認する頃には魔物が全滅してるだろ?」

「まぁ、王都へ攻め込んだとしても勝算がないだろうとは、魔物側も考えているだろう。

与えられるダメージと失われる戦力のバランスが取れないことは早々に察するだろう。

先生の話の流れから考えれば、魔物は橙の『ヒトという種族の命』そのものを断とうとしているのではないか?」

「しかし、王都を目指さないのなら、橙色を攻め滅ぼした先に攻める先が明確ではない、となれば橙色を滅ぼした後は撤退し、橙の跡地の復旧にハラスメント行為をする?」

「我々が知らないだけで橙色に魔物の求める何かがある、もしくは橙色に恨みがある、という可能性はないか?

魔物の大軍の侵攻は、そう考えねば説明がつかない程遅いそうではないか。」

「魔物の軍の統制に苦労しているんじゃないか?」


あれこれと話が出るが、バランギアが再びチョークを黒板に叩き付ける。

オーランネイブル、敵魔物の迫るグリンブル、そして想定される魔物の位置が描かれる。


「イメージを絵にすれば多少分かり易くなるだろう。

サーシュ、偵察に出ていたお前から説明する方が早いだろう。

現地を見てきた情報から、お前の考えを聞かせてくれ。」

「はい、バランギア様。

・・・魔物の侵攻ルートは橙色首都であるオーランネイブルへと一直線に侵攻しており、ルート上の城砦都市は全て陥落、戦士・住民問わず、既にそのほとんどが殺害され、遺体は放置されています。

生存者が確認できませんでしたので、徹底した根絶やしが行われていると思われ、ほぼ100%に者が死亡していると思われます。

都市内に魔物の欲する物があった可能性も否定できませんが、建物などの破壊はほとんどなく、どちらかというと“物”ではなく、隠れている“ヒト”を探して破壊した程度でしょう。

魔物の軍勢の侵攻が遅いのは、おそらく丁寧に道中のヒト全てを殺害しているからだと思われます。

加えて、魔物の軍は戦闘でその数をほとんど減らしていないにも関わらず、進軍に伴って少しずつ本隊に追随している魔物の数が減っていることも問題です。」

「どういうことだ?

勝ち戦で離脱者や逃亡者が出ているということか?」

「話を最期まで聞きなさい、コドォークス。

ここ、ここ、それとここ。

私の確認できた範囲では、この三本のルートは、戦略的価値が無い上に戦士もおらず防衛施設すらないにも関わらず、強力な魔物を含んだ別動隊が散って進軍しており、周囲の村や集落で虐殺が行われています。

それこそ、なんの戦略的価値もない場所で、です。」

「結論を言え、サーシュ。」

「私の考える敵魔物の戦略は、『魔物はヒトの母体を襲う』です。」

「母体・・・?」

「ヒトは、皆一人では生きていけない。

血の近い者同士でも繁殖できない。

となれば、ヒトというものは一定数以上の人口がなければ、滅んでしまう種族なのです。

おそらく、魔物の軍師は、相当なヤリ手です。

大半の魔物は強い相手と戦って散ることこそが美徳とされ、強者と戦うことで己を強化し、強くなることを至上としています。

ですが、そんな魔物の習性を抑え込み、ヒトの戦士を狩ってヒトの戦力を削っていくという戦闘ポリシーを捨てさせ、無力で自分達を一切強化することすらできないような者の命を刈り取らせるという作業を実行させているのです。」

「つまり、魔物側は“ヒト”という種族の根絶やしを狙っているのだな。」

「はい、バランギア様。

魔物の軍勢の奇妙な統制能力は、おそらく軍を率いる将、もしくは軍師によるものでしょう。

先だっての大戦では各領の最前線に、各個撃破されるのが目に見えている数・質で分散して攻め込んできていた散発的な攻撃がメインでしたが、今回は橙色一箇所に絞り込んでのこの行動。」

「・・・先だっての大戦は大規模な戦力を全滅させる前提での、情報収集、つまり偵察だった、ということだな。」

「はい。」

「偵察した結果、何処から攻め込めばヒトという種は弱るのかを見積もった、ということか?」

「ならばその全滅必至の軍勢は、その軍師にとって不要だと思われていた、体制に属さない者達だった可能性もあるな。」

「ふむ・・・。

兆しはあった。

テンダイ殿が上げてきた報告書に似た記載があったな?

『魔物は戦士との戦闘を避け、全滅を前提として散らばり、一般市民の殺害を企図した浸潤工作を謀った』と。

橙の後方まで突き抜けた魔物の大軍は、おそらく王都方面へは侵攻せず、ヒトの勢力としての後方、つまり戦力を持たない者達を減らす、つまり戦力と戦力をぶつけるのではなく、手当たり次第に非戦闘員を殺しまくり、人口というヒトという種族の戦士を生かし、生むための母体を削り、未来で勝利するための作戦を展開している。」

「数十万という魔物の軍勢を全て死なせたとしても、魔物の軍勢が勢力を取り戻すのにかかる時間が、ヒトという種が勢力を取り戻す為にかかる時間を大幅に上回る、ということですね。」

「そうだ。

私が魔物の軍勢を察知できたのは、やはり僥倖だったな。

スタッグ達をこちらに進軍させることができていなければ、広範囲展開などできん。」


橙領でバランギアが連れてきた配下で動ける者は15名ほどだろう。

とても広範囲に広がりながら民を皆殺しにしながら進軍する魔物の軍を全て止めることは不可能だ。

魔物の集結を察知し、移動を開始させたのは想定される侵攻開始から逆算するとギリギリだったが、まさに僥倖。

当初、魔物の軍勢の数は最低十万以上、下手をすると50万を超える可能性すらあると思っていたが、予測は概ね謝っておらず、実数は不明ながらも、30~40万はいるだろう。

国王が決定し派兵した近衛兵団の戦力に不足はないと思われるが、橙色領は既にかなり侵攻されていて、最前線付近の都市は既に壊滅していることが発覚している。

スタッグ達を駐留させることで、敵魔物の集結地点を後退させ、侵攻を停滞させたが、スタッグ達が遅れていたらオーランネイブル近郊とてどうなっていたか分かったものではない。

軍の集結、移動はかなり急いだが日数がかかった。

敵魔物の進軍は丁寧な皆殺しを行っていた所為で速度としてかなり遅かったこともあり、現時点で両者がほぼ同時に準備を整えることになったのは、不幸中の幸いとも言える。

敵軍前方中央には一部精鋭とおぼしき強力な守り神級の魔物も確認されており、敵魔物は進軍にあたって戦力低下どころか戦力の増強を果たしている。

また、レベル80~90というヒトの領域にあって高レベルと称して問題ない兵が、逃げに徹しても逃げきれない程の魔物を斥候狩りとして隠して配置していることから、魔物側には『情報を持ち帰る斥候を狩り尽くす』ことを指示した者がおり、戦術に明るい者がいるのは間違いない。

情報が制限されている状態である為、おそらく、今回の大戦ではノーダメージでの圧勝は無理だろう。

敵本隊と衝突すれば、鍛えられたスタッグ達近衛兵団であっても多くの死傷者を生む。

だが、ここで血を流さねば後方でその数千倍、数万倍の血が流れるのだ。

普通に考えればヒトという種の窮地でもあるのだが、国王は近衛兵団の出兵・・・つまり王兵のみを動員するのみに留めた。

理由は前述の事情もあるが、他人の足を引っ張ることに命を賭けているのかというほどの愚劣な貴族達の増長を防ぐ為であること、そして色付き戦貴族の尊厳を貶めない為の処置であること、この2つの理由も大きい。

大軍を率いて国の防衛力が下がったらどうする、と出兵を絞る主張もあれば、援軍を出さないことによって前線の色付き戦貴族の戦力が低下するのを喜ぶ者すらいる愚劣さだ。

ヒトという種全体のことを考えず、己の権威を強くすることだけを考える屑どもだが、なまじ政治・戦闘においては優秀であるから排除することも難しい為、バランギアを悩ませている存在だ。

そして、大軍を動員すればした分だけ、色付き戦貴族という存在が頼りにならない存在だと周知してしまうことにもつながる為、動員可能な兵がいるにも関わらず出兵できなかったという事情もある。

前線の民の窮地を嘆き、軍を辞してでも民達を救うために前線に連れて行ってくれ、故郷を救うために命を捨ててもいい、と主張する清廉な戦士達もいたが、彼らが軍から辞すれば更に軍の愚劣さを助長することになってしまう為、彼らを宥めるのに苦労をしたものだ。

逆に、数だけいても足手まといにしかならないような弱兵が肩を切って歩く橙色は逆の意味でいらだちを助長する。

領主兼筆頭戦士であるヴェルヴィアやその子飼いの戦士達など、赤色や王都なら警邏兵にすら劣るような者ばかりだというのに、まるでバランギアや引率している兵達を軽んじている。

実力差というものが理解できず、立場故に無碍なことができないということを逆手にとって、この窮地にあって己の利になるように立ち回って暴利を貪り、まるで自分もその資産もが無事であることが当たり前であるかのように語るのだ。

すぐさま首を刎ねてやろうかとすら思ったのを思い出し、思わず舌打ちが出る。


「はぁ、不快なことを思い出した。

ヴェルヴィアを始めとしたこの橙色領の戦士は完全に根腐れしている。

世の中はこんなにも愚かで弱い者でも生き残れる世界になったのか、と嘆きたくなる気分だ。」

「こんな窮地にあってすら、今更、自分の精鋭たちを率いて自ら出陣するので我々は邪魔だ、などと言い始めた阿呆の世話などやっていられません。

敵味方の戦力分析すらできず、領民を護る為ではなくプライドの為に出兵しようとは片腹痛い言動かと。

バランギア様のお怒りは御尤もです。」

「何故もっと早く、最前線都市に布陣し民を守って散らなかったのだ!という話です、けしからん。

まして、足の遅い雑魚が最前線では、役立たずな上にこちらの足を引っ張られて、こちらの貴重な兵達が死傷する可能性すらある。

百害あって一利なし!

いや、前線に出して後ろから首を刈った方がまだ領民の為になるかと。」

「御尤もなお話だな。」

「そもそも、橙色がしっかりと兵達を鍛え、己を鍛え、自分達の手で全て解決していれば済んだ話でございます。

それが出来ぬ戦貴族、まして色付きであれば尚更、責任、義務を果たしていないと考えます。

何故、早々にお取り潰しにならなかったのですか?

バランギア様がおっしゃる通り、ここまで低能な色付き戦貴族など、まさに民にとっても国にとっても百害あって一利無しでございましょう。

今まで放置されていたことこそが疑問でならないのですが・・・。」

「まぁ、その辺りは王都の面倒な政治的なしがらみなどもある。

が、一番大きな理由は、国王陛下の意思だな。

まぁ、深く聞くことはしてくれるな。」


己の耳の上の髪をチョンチョン、と指でつつく。

その場にいた誰もが、それで事情を察する。

現国王は、橙色の血も色濃く受け継いでおり、耳の上の部分の毛髪が橙色をしているのだ。

橙色がかつて武として優秀だった頃、王室は橙色の力を認め、その名誉を買い、橙の強き姫君を求めた。

それに応じた橙色の姫君が王家に嫁いだ。

現在の王家には、その血が遺伝の形質として残っており、橙の姫君の血統である現王家の髪にはそれぞれいずこかに橙色の束があるのだ、ということは有名だ。

国王の血統に組み込まれた血統は、大小はあるにしても、綺麗に遺伝していく傾向にあり、現国王には髪の色と、当時嫁いだ橙の姫の瞳の形が似ていると言われている。

姫君は当時の橙色本家の第一子で、聡明かつ優秀な戦士でもあった。

本家当主兼筆頭戦士だった父親を差し置いて、最上位にあったと言って過言ではない技術と技量を持っていた。

嫡男は姫君の弟、第二子である長男で、その後生まれた子供も男女4人いるが、その皆が、姫君よりも、そして更に両親よりも大幅に劣った。

実はその姫君こそが、橙色の最後の一雫だった、ということは、その末子が生まれ、孫の代になった後、判明したことだ。

姫君のように筆頭戦士と名乗っても良いほどのレベルと技量を誇った者が分家まで含めても生まれなかったのが、橙の凋落の第一歩となった。

橙色は凋落の一途を辿ることになった数代後には、『かの姫君に橙色の精髄は全て吸い尽くされた』と噂が立ったほどだ。

だが、凋落の一途だった橙とは異なり、王の側室となった姫君が生んだ子はそれぞれが非常に優秀な王族となり、文武において非常に優秀な能力を示し、かつ5人設けた子供は皆健康に、障碍なく育ち、王家を支え、その孫たちも優秀だった。

建国王の後、それほど優秀な子を輩出できていなかった王家は、朗報に湧いた。

嫁いだ当初は側室であったにも拘らず、生んだ長男が歴代の王を超えるという目算が発った時点で、例を覆し正室へと昇格するほどの功績を挙げ、長男が国王を継ぐと、ついには皇太后にまで登り詰めたのだ。

故に、彼女は王族の中では史上最高の賢姫かつ賢母であった、と讃えられ、王室の教育では毎回その教育がなされている。

彼女の最期は、魔物の大攻勢において王軍が組織された際に、病床の身でありながら強行して先陣を率いて出撃、自らの孫を守って戦場に散った。

彼女の殉死は王室の語り草になっており、彼女を崇敬する王族は未だに後を絶たない。

当然、現国王は当時の国王の血を受け継いでいる者であるから、血統的に彼女の血を引く者の一人であり、頭髪の一部にはその姫君の遺伝を示す橙色の毛髪もある。

自らに色濃く残る優秀な人物の血統にあるということに、ヒトは執着しやすい傾向にある。

王室には暗黙の了解として、遺伝的特徴である橙色の髪が頭髪に現れることが王位を継ぐ資格の一つとなっており、それを有しない者が王になろうとするのならば、相当な才覚を見せなければ王位を継ぐどころか候補にもなれない、という程の慣習ともなっていた。

つまり、『血統として橙色に思い入れがある』。

それが橙色の取り潰しが遅れた大きな原因である。

が、それを言うと国王批判どころか王室批判になる為、国王の教育係を勤めるバランギアですら言葉にすることがはばかられる内容だ。

優秀な文官である宰相ですら言葉にはできず、バランギアに進言するに留めるほど。

王や色付き戦貴族を選定する立場にある選定候は、『橙に限って』は、余程のことがなければ取り潰しの議題が出せない状態に陥っていたのだ。

・・・今回、橙色の取り潰しが確定したのは、バランギアが橙色の惨状を直接調べ、報告書を出し、あまりの状況に国王が激怒、お家断絶、つまり取り潰しをトップダウンで指示したのだ。

が、バランギアが下調査に出た際に、よりにもよって橙領近くに魔物の軍の集結が察知され、それを伝えられた国王は最後の情けとして、近衛兵団のみの派兵を決定した。

近衛兵団は、国王が管轄する私兵に近い軍団だ。

内外に、国王自身が領と民を救うと同時に、自らの身体の一部でもある色付き戦貴族を取り潰し、また、己の手である近衛兵団に血を流させることも厭わないことで、これまでの国王としての責務を躊躇した責任を取り、“自浄”を強い意志で示す為の処置なのだ。


「事情はお察し致しました。

先生も大変ですね・・・。」

「そうだろう?

私ももう良い歳だ、君らが早く私の領域にまで登ってきてくれれば、私の役職を引き継ぎ、安心して引退して安楽椅子で舟を漕ぎながら読書もできるのだがね?」

「はは、御冗談を・・・。」


自らの後任を考えないことはない。

自分は300歳を優に超えているが、いつポックリいくのか分からない年齢でもある。

また、フミフェナ嬢のような強者や、自分に特効のある特殊なアビリティを持つ者に暗殺される可能性も否定はできない。


「で、だ。

フミフェナ嬢への対処。

橙色領へ進軍している魔物の軍勢への対処以外にも、もう一件、話しておきたいことがある。

さて、余裕のある世界には、訓練され、規律を守る正規の軍人だけが、当初いる。

が、大きな戦ともなれば、正規の軍が敗れ、国が滅びることも有りうる。

国を失った際、それでも戦い続けようという者は、成人男性に限らない。

年端も行かぬ少年少女、死を目前にした老人、病人ですら、兵になりうるのだ。

少年兵というのは、そう言った意味で何処でも存在しうる。

可愛らしい見た目の獣の魔人であろうと、美しく美麗な美女のような亜人であろうと、自らの友や家族と同じような見た目や声をする魔物であろうと油断なく討伐してきたはずのお前達が、『ヒト』に対してそうできない、という可能性について論じたい。

というのも、ヒトという種族特有の本能なのかもしれないが・・・将来的に、『ヒト』の、『少年兵』と、戦う未来は有り得るのだ。

お前達は、こと庇護対象である『ヒト』、特に子供、女に対して、あまりにも油断が過ぎる。

少年兵は男児のみを言うのではないぞ、勿論女児も含まれる。

それに、女性兵、老人兵も、病人も怪我人も障害者も、当然含まれる。

彼らの矛先が魔物に対して向けられる矛であれば、何も問題はないが、時と場合によっては、それは我等に向くことも、民衆の方を向くこともある。

貴様は、その際に魔人や、亜人や、魔物と同じように、女人や、子供、老人に力を揮い、対処することが可能か?

フミフェナ嬢だけではない、他の女、子供、老人にも、だぞ。」

「それは・・・正直申し上げて、難しいかもしれません・・・。」

「正直だな、まぁ、そうだろう。

良い。

本来、そういう場面が訪れない方が良いのだ。

そして、今までそういう場面はほとんどなく、この国はやってこれた。

だが、コドォークス、そしてお前達全員に言っておく。

彼女が現れた今、我等は岐路に立たされた。

これより先、魔物への進撃はこれまでとは比較にならない程の速度で進捗することが考えられる。

彼女はまだ4歳だ、彼女が戦域を離脱するほどの年齢に到るまで、おそらく50年はあるだろう。

おそらく、彼女がキーとなる。

魔物が全滅するにしろ、何処かで魔物と共存する道が選択されるにしろ、他の何かが発生するにしろ、最早、先は見えてきたと言っていい。

先が見えないと言われた300年前から現在に至り、ようやく先が見えたと言える。

彼女が戦域を離れるまでの、50年の内には、終焉が必ず訪れる。」


場が静まり返る。

魔物はその母体があまりに多く、お互いが殺し合う環境にあってすらその数を増やし続け、ヒトなどではとても殺し切れないほど、その数が溢れている。

鬼の魔物の領域を攻め滅ぼし、その背後まで貫通した『赤』ですら、その道のりには300年かかったのだ。

他領は未だ、魔物の領域に食い込んだ面積は半分どころか1/3にも達していない。

それが、あとたった50年の内に、終焉する。

とても信じられない話だろう。


「バルシェ。」

「はっ!!」

「お前を、私の後任候補の一人に推挙する予定だ。

アザルやロイゼ達同様、私が道半ばで死んだ場合、後を任せる。

序列は3位だ。

後程、正式な書面を用意して辞令を交付する。」

「は・・・はいっ!!」

「良い返事だ。

私がこの話をしたのは、魔物が滅びた後の可能性、そして私が死んだ後の可能性について話したいからだ。

魔物が滅ぶにしろ共存するにしろ、武が必要なくなれば、武のみの武官は排除される。

文に秀いで、良く国がまとまれば、戦も起きず、殺し合いも起きない。

武官を残すなら残すで、問題のないシステムが必要である。

武官を完全に排除すれば、魔物がまた復活するとか、別の脅威が迫った際に対応できなくなるので、多少レベルは落ちるだろうがある程度のレベルの戦士達を一定数維持していくシステムは必要となるだろうが、それが偏りを生むようでは意味はないし、少なすぎるようでは維持したとて意味がなくなってしまう。

魔物がまだ滅びておらず、フミフェナ嬢がいずこかで活躍している最中に、私が早い段階で死んだ場合、更に輪をかけて魔物と争いながらヒトがヒトを殺し合うという混沌とした新しき時代が来る。

様々な場で若き世代が群雄割拠するだろう。

その際に、ヒトが殺し合い、魔物の跳梁跋扈を許すようなことにだけはなってほしくない。

お前達は、私が死んだ場合は、私の次席、次席も死んでいる場合はその次席に従い、ヒトの殺し合いを防いでくれ。

殺し合いが防げない場合、その数が可能な限り少なくなるよう、お前達が最期の砦となって立ち回るのだ。

例え敵対することになった者が女子供、老人だろうと、昨日まで親友だと思っていた者だったとしても、例え親族、親兄弟だとしても、ヒトという種族の為に鬼となり、排除せよ。

幾度もお前達にはこう教えたが、それは必ず実行するよう、念を押しておく。」

「はっ!!

バランギア様の御意思、我等一同、必ず実施してみせます!」

「よろしい。

講義はここまでとしよう。

マーフ、トレンジャー、ミナイは王都から橙に参集させ、こちらに詰めさせよ。

サーシュの情報では次の目標はグリンブルだと思われるため、コドォークス、オリンはスタッグへ伝令を飛ばせ。

魔物の進軍速度から言って、明日からの進軍で問題はないと思っているが、どうにもきな臭い、予定を前倒しすることになるが、一刻も早く出陣し、可能な限り早くグリンブルへと到達するよう急がせるように。」

「了解致しました!」

「バランギア様、ところで・・・今夕の会席には、誰をつけましょう。」

「そうだな・・・。

ちょうどいい、バルシェ、手持ちの仕事を終えたら、ミオーネとの連絡コードを交換し、私に同行しろ。

行動開始は本日1500からとする。」

「はっ!

了解致しました!」

「他の者は、所定の作業に取り掛かれ。

諸君の奮闘に期待する。」



「せんせ・・・失礼しました、バランギア様。

私は直接、そのフミフェナ嬢を目にしたことがないのですが、どのような幼女なのでしょうか。

先生の所見をお聞かせください。」

「まぁ、資料や黒板に書いた通りのデータの人物だが、まぁ、実感を知りたいのなら見た方が早い、と言った方がいいな。

立場だけを言えば、灰色の特使だ。

個人の肩書で言えば、灰色筆頭戦士ヒノワ嬢の御用商人であり、レギルジアを拠点とする女神ヴァイラスという女神の巫女、だな。」

「女神ヴァイラスという名は、資料では読みましたが、過分にして聞き及びません。

先生はご存知なのでしょうか。」

「そうだろうな、まぁ、私も聞いた事がない。

歴史を研究している歴史家の書いた書物、文献や口伝などでもそのような名を聞いた記憶がないから、おそらく過去に顕現した履歴はないと見た方がいいだろうな。」

「・・・女神の巫女、ということは、シャフル達のような、恩寵持ちの戦士ということでしょうか・・・?」

「おそらく、な。

しかも、シャフル達よりも桁違いに強い恩寵だ。」


バルシェ以外の者が全員退出し、2人で地上の洋館でフォーマルな装束に着替え、各方面に送る書類を作成していたが、それも粗方片付いた頃、彼から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

バランギアも赤い髪に赤銅の肌、赤い瞳を持つ深紅に彩られた特徴を持つ人種だが、バルシェはバランギアほどではないにしても、赤い髪と赤い瞳を持っている。

赤い髪を持つ男子が生まれる部族。

バランギアを含めたその部族は、ヒトに属する人種でありながらも、ヒトを超越する人材が生まれやすい。

特段、出生時のレベルが高いのだ。

粒子親和性が高く、蒼斑はまるで芸術家が入れ墨を施したかのように美しい模様を描くことが多い一族だ。

それ故、過去300年においては非常に優秀な戦士を代々輩出してきた部族。

特殊な超硬度合金『シルバーベル』のインゴッドを製造しているのも、その部族だ。

ただ、元々数が少ない部族であった為、純血の者は最早1000人を割っており、混血と含めても10万人もいないだろう。

既に純血に限れば繁殖限界に近い人数であり、今後純血はいなくなり、薄く広がった混血が生き残っていく程度だろう。

何故、純血がこれだけ減っているのかは、その血族特有のとある欠陥が影響している。

バルシェ・ナーミセル、23歳。

彼は、その欠陥を克服した数少ない純血の戦士、それも純戦士だ。

多くの学問も修め、政治にも精通し、経験さえ伴ったならば、良い施政を導き出せるだろう。

コドォークスよりもレベルが高く、レベルも200台、使う得物は短剣を両手に持つ二刀だ。

シルバーベルで製作されたその二刀で戦場に出れば、戦場にいる者はその白銀の輝きの舞いを見ることが出来る、とまで言われるほどの強者だ。

そんな彼でも、おそらくフミフェナ嬢の前には手も足も出ない。

気が付けば、おそらく既に命を失っていることだろう。


「彼女はおそらくスピードタイプだな。

お前の苦手なタイプだ、どう対処するのが良いと考えるか?」

「スピードタイプ、とおっしゃられますと・・・どの程度の戦闘速度を想定すればよろしいでしょうか?」

「おそらくだが、お前達では目で追うのは無理だな。

戦闘速度は、おそらく最大速度で音速、最低でも時速400km程度だろう。」

「・・・どう対処するのかと問われれば、最早敵対しない、というのが最良の選択かと思いますが・・・。」

「ははは、まぁ、それが一番の正解だな。」

「ですが、どうしても対処しなければならないのであれば、その速度に対応する為の研究を事前に開始し、作戦を検討し、万全の準備を整えた後、戦闘に臨みます。」

「そうだな、であれば、その上で敵対が必須だと考え、不意の遭遇で戦闘に臨むことになった想定で考えろ。

どうだ、勝てそうか。」

「おそらく、その戦闘速度で戦闘が可能ということは、切り返しなどで発生する反動、つまりその倍の速度の反動が掛かっても戦闘が継続可能ということですね。

マッハ2,少なくとも時速800kmのモーメントに耐えられる肉体と装備の持ち主です、おそらく私ではまずその娘さんに攻撃を命中させることすら難しいですが、命中させたとしても、こちらの攻撃が通るとは思えません。

通常、魔物を始めとした速度に任せて攻撃を行う者は、速度に振り回され、攻撃を『置いて』おけば勝手に自滅してくれる者が大半です。

が、バランギア様に匹敵するほどの戦闘巧者なのであれば、置きに行った攻撃も避けられる可能性の方が高いと考えます。」

「つまり?」

「勝つのは不可能だと考えます。

・・・バランギア様は、私に勝ち目があると見ているのですか?」

「まぁ、普通にやれば勝ち目はないな。

普通、スピードに溺れる者は、自らのスピードに踊らされ、窮めれば窮めるほど、己のスピードに思考速度がついていかない。

私が見た最も速い魔物は音速を超える速度で襲い掛かってきたが、襲い掛かる前にこちらの移動先を推測し、移動中はおそらく視界で認識して動いているのではないし、戦闘速度としての限界というよりは、攻撃としての速度であったから、戦闘速度は大したことは無かった。

あまりにも人知を超えた速度というものは、一般的には移動前と移動後までの行動をある程度先に決めてから動くし、その移動中は最早その動きしかできず、己の意思で異なったことや方向転換などはできないことが多く、無理に行動を変更しようものならその勢いで自壊しかねん。

なんなら果ては足元の小さい石に躓いただけで命を失うことすらある。

だが、彼女は別だ。

お前の言う通り、『置き』に行った攻撃も全て回避されるだろうし、お前が全力で振った攻撃すら指でつまんで止めるほどの反応速度と膂力も有しているだろう。

おそらく『纏い』に類するスキルを使用しているのだと思われるが、常軌を逸した強度を誇る可能性も高い。

戦闘状態にあれば、並の武器では彼女の皮膚すら貫通できんだろうし、下手をすると彼女は武器を使用しなくてもその指や吐いた息ですら我々の重装備を貫通して殺傷することが可能かもしれん。」

「・・・化け物じゃないですか、私に勝ち目など・・・。」

「お前は今まで、あまり苦労という苦労もせずに強くなり過ぎたのだ、反省せよ。

あまりにも優秀であるが故に、準備らしい準備もせずに戦いなんとかなってしまったのがよろしくない。

諦めるのが早すぎる。

お前は自らよりも強い者と対峙する経験が不足している。」

「私とて、私よりもレベルが上の魔物と対峙したことはございますが、・・・確かにそのレベルのヒトと対峙したことは、ありません。

ですが、フミフェナ嬢のような特殊な戦士を除けば、大体の対応は可能であることも確かで、フミフェナ嬢と敵対しないようにすれば事が済みそうな気もするのですが・・・。」

「まぁ、そうだな。

だが、もし彼女が人類に対して敵対した場合、そこから対策を考え始めるのか?」

「・・・確かに、そうなれば、間に合いませんね・・・。

しかし、それほどの強者を、どうやって倒せば良いのか、おっしゃる通り経験が不足しており、私には良い案が浮かびません。

それほどの速度と反応速度の持ち主を相手ですと、情報収集のための戦闘データがまともに取れるとも思えませんし・・・。」

「では、それほどの速度で戦闘を行っても自傷しないほどの強度は、出力は、どうやって手に入れる?

また、それほどの強度や出力を保ちながら戦闘が可能なノウハウはどういうものだ?

それらを維持するために必要なエネルギーはどれほどで、彼女のマックスパワー状態と通常戦闘状態の継続時間はどれくらいだ?

長時間にわたる戦闘になった際には、何時間維持して戦うことができる?

また、その速度で振り回し、攻撃するにしても、彼女の使用する武器や防具はその速度と衝撃に何度耐えられるのか?

延々と耐えられるのだとすれば、何故だ?」

「いえ、どれも・・・一つも分かりません・・・。

そうですね、まずは情報収集と研究から、ということですか。

遭遇戦になれば一旦降伏するし、情報収集を行ってから、無力化し、『実力を発揮できない状況を用意』してから暗殺するしかないかと。

なんなら研究した成果を活かして、我々もその領域に至ることができる可能性もある、と。」

「うむ、それでいい。

戦士とは、最期に立っている者こそが優れているのだ。

情報を得て、生き残れる方策があるのなら、恥を偲んでもでも生き残るべきだ。

まして、情報次第では勝てる方策すら浮かぶかもしれん。

例えば、体躯が小さいので、そのトップスピードを維持できるのが1分や2分ということだって有り得るし、スキルを使用しての動作なのであれば、スキルを封印することで対応することが可能かもしれない。

実は暖機運転に時間がかかるのかもしれないし、特定環境下でしか能力を発揮できない類のものかもしれない。

実は装備品に依存しているので装備品を奪う、故障させる、などで無力化できるという可能性もある。

明らかに通常有り得ないほどの動作というのは、何かしら理由があるものだ。

それが何なのかの情報収集を徹底的に行い、それに対して、対策を考え、必勝とは言えずとも、勝率の高い戦法を選択するのだ。

例えば、使用する武器が彼女の速度に耐えきれず、3回振れば自壊するというのなら、通常一撃で粉微塵になって死ぬような攻撃であったとしても、防御、回避、盾、囮、生贄など、何かしらの方法で3回の攻撃に耐える方策を考えれば良い。

他には、もし1日延々と戦い続けることができる能力があっても、その後しばらくクーリングタイムを取らなければ連続して戦えない能力なのであれば、人海戦術で移動を封じながら時間切れまで戦い続けることを強制させればよい。

いずれも、ただ一回の戦闘で命を落としては判明しないことだ。」

「確かに、御尤もなお話かと存じます。」

「ふふ、まぁ、しかし、真反対のことを言うが、しばらくの間は彼女に対しては、基本的には私と同等の扱いを心掛けろ。

そういうスタンスであたり、敵対するという意思を見せられれば、ノーガードで下れ。

交渉はしてもいいが、敵対は絶対にするな。

今は例えとして出したが、彼女は彼女自身の戦闘能力だけではなく、特殊な恩寵を保持している、それこそ、彼女が自身の手を煩わせずとも、万単位の魔物が死に絶えるほどの、な。」

「・・・恐ろしい話です。

バランギア様の後継として、その幼女に相対しないといけないともなれば、私は戦えるのでしょうか、それが不安です。」

「まぁ、私も自分の死期を悟れば、彼女を無力化するなり、殺すなり、もしくは私の後継に無理矢理据えるなりして、なんとかはするつもりだ。

どうにか、なればいいがね。」

「申し訳ありませんが、情けないことにバランギア様が亡くなられれば我々にはその幼女に対する手段は一切ないでしょう、余命が分かりましたら教えてください、引き継ぎの準備は万端に整えておきます。」

「ははは、不躾な奴だな!

だが、まぁそれでいい。

私は少し長く生きすぎたからな・・・。」

「はは、そうおっしゃらず。

バランギア様には、まだまだこれからもこの国を導いていっていただかなければなりません。

せめて私が死ぬくらいまでは長生きなさってください。」

「お前が死んだら私は死んでもいいということか?」

「私が死んだ後のことは、私には分かりませんから、お好きになさってください。」

「はははははは、図太い奴だ、得てしてお前のような奴こそ長生きするものだ、それまで私が生きているといいな。

いつひょっこり死ぬか分かったものではないぞ、300歳ともなれば、な。

お前は『欠陥』を克服した数少ない我らが部族の期待の星だ、長生きしろよ。」


バルシェの頭をポンポンと叩き、バランギアは各種準備に戻る。

バルシェは頭の中で既に、会ったこともない幼女と相対する為の作戦を練り始めていた。

自らの師であり父代わりであるバランギアには、ここまで育て鍛えて貰った恩義がある。

序列3位とは言え、後継候補に名が挙がることは非常に名誉なことだ。

序列1位と2位の人物は、人品卑しからざる優れた戦士であり、バルシェよりも年齢を重ねているだけのことはある政治も戦もでき、武力にも優れた人物だ。

だが、おそらく相対する幼女は彼らをも圧倒的に上回っている。

彼女の能力の一端を研究し、取り込むことが出来れば、自分は彼らよりも上の領域に至れるかもしれない。

バランギアの頭からも、バルシェの頭からも、橙色領主兼筆頭戦士ヴェルヴィアという人物のことは完全に忘れ去られていた。

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