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灰色の御用聞き  作者: 秋
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27話 『眷属』ヴェイナー

フミフェナ達がレジロックとの様々な取り決めや打合せを終える頃には、既に日は落ち、星空とそれをうっすらと隠す雲が綺麗なグラデーションを描いていた。

こちらの世界の月は少し大きさの違うものが2つあり、前の世界の月と比べると2つとも小さい。

と言っても、前の世界とは比較にならないほど美しい星空の中で、一際美しく大きく輝く衛星という存在は壮観であり、詩人や吟遊詩人、音曲に関わる様々な分野で取り上げられる題材だ。

今日は2つとも三日月だ。

2つの月の月齢は少しずつずれており、年に何回かは2つの月が同じ形になる。

2つの月の満月や新月が重なった日は祭礼が行われることもあるが、統計的にしょっちゅうある行事でもあるので、異世界の人間が飛ばされてくる日というわけでもないそうだ。

橙領の領都でもあるオーランネイブルは橙色に光る街灯・・・おそらく常時淡く発光している鉱石を加工して光源にしてあるもの・・・で夜も綺麗に照らされており、街中の活気は夜も治まる気配はない。

美しい星空、月、街の風景は、とても落ち目の領に存在する都市とは思えない。

カンベリアは新興都市という表現が似合う、混沌とした構成の都市であり、混沌とした雰囲気も得も言われぬ風情があり、アーングレイドにおいては風光明媚な、『京都』というイメージを都市中に徹底させたのでは、と思わせる都市計画に則った都市となっている。

ただ、灰色はまさにヒノワ様の代を以って興隆の機を迎えているのに対し、橙色はまさに今代で途絶えるほどの衰退を見せているのだ。

オーランネイブルは前線や辺境の地とはあまりにも異なる環境が維持されているが、これらはノルディアスとレジロックの努力の賜物であり、自然な姿ではないだろう。

領都に住まうほとんどの者にとって、この活況は当然であって、以前からも変わりなく過ごせている。

それ故に、オーランネイブルに住まう民からの『橙』への不満は最小限に抑えられていた。

軍、もしくは兵からの不満や嘆きは、彼らの誇りと民達のその不満の少なさから封殺されてきた。

だが、今後、この活気が維持されることはないのは明白だ。

つまり、橙色領都オーランネイブルの最盛期は、今、この時である。

代々維持されてきた治世が終わりを迎えるほど橙色戦貴族が最も衰え、都市行政に影響力が及んでいない今この時。

滅びを間近に控えた領が、必死で橙色に忠誠を誓い領都を支え維持しようとしているノルディアスによって限界まで磨かれ、その輝きで街が彩られているのだ。

それは作られた美しさではあるが、ノルディアスの才覚によって構築され、磨き上げられ、彼の存在していない頃、無秩序である状態よりもいっそ美しさを洗練させて作り上げられているはずだ。

だがそれもいつまでも保てるものではない。

今この時の街の美しさこそが散り際の蝋燭の火のようなものであり、その火が絶えるのも時間の問題であるのは、聡い者、耳の早い者であれば皆知っている。

人知れず、有能な人間が他領に移り、第一次産業に携わる人口が失われて生産率が大幅に下がっても、それでも、太陽の都市オーランネイブルという都市は変わらず保たれた。

その皺寄せは様々な所に現れている。

レジロックがまとめ上げ、ガス抜きをさせていた『シャンメリー』は最早栓を開けずには収まらないほどに至り、実際に栓が開かれてしまった。

前線、辺境の地においては既に手が届いておらず、人々は橙の庇護下から外れていると言ってもいい。

領の活気とは、金銭的な意味でも、人材的な意味でも、有限の燃料を消費しながら走り、燃料を補給しながら走り続けるシステムがあってこそ成り立つ。

橙は燃料を補給する能力を失い、燃料を生産する能力すら失ってしまった。

有限の燃料は、燃え尽きればなくなってしまう。

それでも走り続け、端から腐ろうとも、それらを隠す為の努力をやめようとしないノルディアス、そして彼のために身を粉にし続ける忠臣がいるのは、主にとって幸せなことであるのか、あるいは不幸なことであるのか、判断に困る部分である。

この景色は、彼らの努力で辛うじてバランスが保たれているように見える、が、彼らの誰かが欠ければ、もしくは外部から別の力が加わってしまえば、もう見られないかもしれない。

レジロックがこちらに傾いたのは、大した変化ではない、そう言えるほどの影響を及ぼす存在が橙色領にいる。

橙色領が例え今後、問題を発生させなかったとしても、その存在がいることによって、形勢は最早決まってしまったような感もある。

フミフェナは宿へと向かいながら、オーランネイブルの美しい街並みと風景を瞳に記憶していった。


取っていた宿は、レジロックと会っていた場所から10分ほど歩いた場所にあった。

色付き戦貴族が利用する類の宿で、出撃や移動も含めて24時間来客がある為か、一般の宿よりはかなり高額な宿代ではあるが、厨房や受付、掃除の担当者は当番制を布いて24時間対応をしており、非常に遅い時間ではあったが夕食の準備の対応もつつがなくこなしてくれた。

ホノカは良い宿を用意してくれたと思う。

宿の貸会議室もあり、それを借り受けることもできたし、かなり便利使いできる宿であるのは間違いない。

3時間ほどブリーフィングで使用する旨を伝え、入室した所、室外からの音がスッと聞こえなくなったので、おそらく壁や扉の防音にもかなり気を使った設計になっているのだろう。入室し、席に着くのとほぼ同時にホノカとノールが膝をついてうやうやしく頭を下げた。


「フミフェナ様、本日はお疲れ様でございました。」

「お祝いが遅くなりまして申し訳ありません。

フミフェナ様、今日はお疲れ様でございました。

レジロック氏を始めとする『シャンメリー』を手中に収める手腕、流石でございます。

武だけでなく、政治もこなされるとは・・・。

このホノカ、フミフェナ様に学ばねばならないことが更に増えてしまいました。」

「いえ、上手くいったのは、本当にたまたまです。

そもそも、今回の不手際は、ヒノワ様の元に届けられた情報から発覚したこと。

ヒノワ様の収集されている情報がなければ、事が終わってから発覚していたことかもしれません、そう思えばヒノワ様の構築されている情報網のおかげであると言えます。

ヒノワ様に届けられた情報は、橙色戦貴族の資格の是非を問う、選帝侯による『色』付き審議会を行うという噂が王都の一部、王宮内でまことしやかに囁かれている、という情報でした。

ベッティム商会と橙色戦貴族テンサール家が密接な関係にあることは周知の事実でしたし、テンサール家に問題があるならばベッティム商会にも影響があるのは間違いありませんからね。

この情報を見た瞬間、私も勿論ですが、ヒノワ様も戦慄されただろうと思います。

何せ歴史で習う事象がそのまま起きているのですから。」

「それは確かに、戦慄ものですね・・・。

私でも『それ』が行われた結果、どうなるのか知っているくらいですから・・・。」

「元から収集していた情報は、正直新鮮度の低い、古い情報が多かったのも災いしました。

新鮮な、必要な情報を埋められておりませんでしたから、既存情報を精査し、必要と思われる情報を追加収集しなおした結果、です。

新しく判明したアレコレについて『ついで』で手に入り、『更についで』でアレコレが手に入りそうだったから、手を出した、というわけです。

元々、この領にはホノカさん達を始め、イオス達も派遣していましたから、他領に比べれば、下準備は多少容易く、元々少し進めていました。

そして、その分析がうまい具合に嵌まっただけですよ。

会って見なくては分からない部分もありましたから、場合によっては彼らも排除対象にしていたかもしれませんが・・・。

ですが、レジロック氏も、『シャンメリー』も、良い相手で良かったです。

上手く交渉がまとまった上に、人材管理の専門家まで仲間に引き入れることができましたから。」


ネーブルオレンジの要件、その1。

それはベッティム商会と灰色戦貴族の間で交わされた食糧輸出入に関する契約、及びその合意について契約履行・続行にこだわらず、“灰色の面子を潰さないように処理できれば”契約続行であれ破棄であれ、構わないということ。

契約破棄となっても問題はないと判断する理由は、輸出予定の商品が“灰色では過剰供給になっている余剰食料”が商品であるからだ。

これは元々灰色領内でさばくとなると領内の農家・商会の既存商品の価格破壊を起こしてしまうことになるし、そうなると価格の増減の影響を受けるこの二者はかなりの損害を出してしまうことになるので、本来過剰に生産されたものについては、廃棄されることが多い・・・のだが、灰色領の農家の女神ヴァイラスへの信心は非常に篤く、恵みを廃棄するなどとんでもない、という者達が多く、スターリア達各領主やヒノワ様に多くの陳情が寄せられたのだ。

その為、領内で必要分の3割増し程度を確保した後の食糧については、輸出してしまうことになった。

女神ヴァイラスの恩寵を受けた作物は非常に腐りにくくなっており、通常の傷む速度の半分以下、場合によっては1/4程度と、ある程度貯蔵してから荷馬車で出荷しても小売りまでに傷むことがない。

現状、過剰供給状態になっている為、処分せずに全てを消費しようと販売すれば価格破壊が起きて農家や商家が潰れるのは目に見えている。

輸出は身を削るものではなく、過剰在庫の処分も兼ねることになる。

実質価値ゼロもしくは下手するとマイナスとして計上しなければならないものに価値を付与し、関係者への損害をプラスに転化するのが目的だ。

加えて、更にそれで恩に着せることができれば、得られる利は大きい。

という理由から、Win-Winの取引として地域によっては飢餓状態になっている橙色領地の民衆を救う為に大量の食糧を安価で出荷する予定としていた。

だが、飢餓状態にないとしても灰色領の質が良く、長持ちし、味の良い食品を求める領は他にもあるので、橙色との取引が破談となればそちらに出荷すれば済む話であるからだ。

そして、この食糧がなくとも、橙領の民衆はノルディアスやレジロックが尽力して食糧を手配しているため全滅して飢え死にするわけでもなく、金額の増減はあるとしても入荷先が他にないこともないからだ。

食料品は需要が絶えることがほぼない為、ベッティム商会が潰れるのなら橙の他の商会に多少安価になっても売りさばくことは十分に可能だ。

全て、ついでだ。

余った農作物を処分することを灰色領内の農家が嫌い、灰色領内で全量売りさばくと問題のある膨大な農作物の処理が出来、結果的に領内の農作物の価格安定が担いつつおまけ程度で売り上げが上がればいい。

取引先に恩を売り、縁を繋ぐことが出来れば、他の商品の輸出入で灰色は更に富むだろう。

取引先、処理先は何処でも構わないが、可能ならついでに恩を売れる場所が良く、さらについでにヒノワ様の名声を高めることが可能であればなお良い、という発想で橙領に売ることを決めただけだ。

農家・領にとっての余剰収入という価値は薄れないと思われるので、出費と差し引きして多少でも利益がつくなら橙と言わず、隣の紫や青に売ってもいいし、更に隣の緑などの他領に売り渡しても良い。

ただ、灰色の面子は最重要。

これに関しては折れる予定はなく、プラスマイナスゼロ、もしくはマイナスになるようでは、絶対に出荷できない。

知名度が非常に低い現況では、藁をもつかみたい状況であるベッティム商会との取引が一番恩を売れる形で取引ができるが、高圧的に接し、足元を見て来る類の商会と舌戦を繰り広げて商いを行うのは、面倒でもあるし、下手に衝突してどこそこを潰した、どこそこと揉めた、などと噂が残ってしまえば、ヒノワ様の名に傷をつける可能性が残ってしまう。

だが、逆に言えば条件さえ満たせるなら選択肢は多様に存在する。


・・・という状況で挑んだ会見であったので、実際のところ、レジロックの囲い込みは、成功しても成功しなくても、『契約』に関わる事象については関係がなかった。

ただ、レジロックは可能なら私の配下として、もしくは良い商売相手として交渉したいと思っていたので、事前情報から考えられる選択肢に『懐柔』が含まれていた。

レジロックやシャンメリーを相手取るにあたって、考えていた策の中で言えば、取り込みは1~3番目の選択肢がはまった、といったところだ。

選択肢1は、現段階で最善、今回の交渉の内容がそのままだ。

選択肢2,3は契約破棄に伴う損害・灰色の面子を損ねたことへの補償を要求、つまり実力行使、脅迫、排除、物理的な内部破壊といったものが含まれていたのは言うまでもない。

金銭的な利益が得られた(補償という名の強奪)のであれば、食糧は領内に間配ってもいいわけだから。

レジロックの企ては極めて重罪で、それを脅し文句にレジロックとノルディアスから搾り取ることは可能だっただろう。

その他の優先度の低い代替案としては、ベッティム商会の取り潰しに干渉し、現地で小さな商会をまとめる支社を設立させ、現地営業所として食料品を販売することも考えていたが、レジロックが取り込めたのならそういったややこしい事をやる必要もなくなるし、とりまとめ・交渉をしてくれるので、フミフェナの手間はほとんどない。

必要経費は勿論支払うし、レジロックや有能な人材へ高額な報酬として支払っても、物量規模、取引総額からするとしれているので、大義と報酬で『シャンメリー』がついてくるのなら、雇い入れたいところだ。

加えて、主たる目標の為に必要な手札を検討していた際に、ついでに手に入るなら手に入れてもいいな、と思ったのはレジロックと『シャンメリー』だけではない。

『短刀』も、だ。

『シャンメリー』は実質的に既に本懐を遂げており、後は結果を確認し、最後の手の下ろしどころを探らねばならないところだっただろう。

彼らの意志の強さと実行力は賞賛に値する。

『短刀』は未だに橙本家に連なる者達の暗殺を継続しており、暴走の気配が濃厚で、能力が低いようなら自ら処理しても良いかと考えていたが、その実力は『暴力』面よりも、これまで誰にも見咎められず計画を遂行してきた『計画力』と『隠形力』の面で非常に優れており、“躾”が上手くいくのであれば、手元にほしい。

と思っていた、が、これらはあくまで、『ついで』だ。

主たる目的は、ヒノワ様の面子の確保。

例え、橙が潰れようと、ベッティム商会が潰れようと、その他の民衆が死のうと、本当はどうでもよいのだが、そうなっては色付き戦貴族筆頭戦士の御用聞きとしてあまりに雑過ぎる。


「橙色に来た主たる目的は、御存じの通りレジロック氏ではありません。

あくまで、今回の取引に関して、どう問題なく着地させるのか、が主目的です。

先程も言った通り、彼らは『ついでの儲けもの』なのです。

明朝から明晩までの作戦こそが、この度の出張の主たる目的のための行動となります。

それらの行動に関しては、ブリーフィングでしっかりお二人にも周知させていただきます。」

「は、ありがとうございます!

拝聴致します!」


明朝からの行動に関しては、と区切ったのは、今日のレジロック氏との会合内容については、二人には詳しくは知らせていなかったからだ。

というか、初対面の相手が台本通りに動くかどうかが不明だった為、進捗次第で選ぶ選択肢によっては反感を買うかもしれない、と敢えて伝えなかった。

だが、明日からの件は、ある程度伝えておかなくてはいけない。


「明日からの行動は、私と一緒に行動してもらう予定もありますが、私が個人で動く予定もありますので、その間に関してはお願いすべき仕事もお伝えいたします。」


一つ、ヴェルヴィアと面会するよりも早いうちにテラ・バランギア・ラァマイーツという化け物と評して問題ない人物を探し、面会しなければならない。

目的は橙色領の資格の是非の審議後に、ベッティム商会を温存する方針を取ってほしい、という要望を聞いてもらい、それを承諾した、という言質がほしい。

ただ、これはその意義と利益を明確に示さなければ、理解が得られないのは間違いない。

ベッティム商会の実績と橙取り潰し後に新規に据えられる領主との交渉にまで至る可能性も否定できないが、テンサール家に大幅に食い込んで領地の運営の過半の業務を請け負っている組織、商会であるので、ただただ切り捨てるということはしないとは考えている。

その辺りはバランギア卿が決めるだろうが、歴史を紐解いてみても、比較的そう言った現況役に立ちそうなものをむざむざ破壊したり、破棄したり、無駄遣いするような御仁ではない。

かと言って、テンサール家の凋落にベッティム家が影響していると見なされれば、ひょっとすると徹底的に破壊される可能性も否定できない。

現に、過去歴代の当主同士の関係性がどうだったかは不明だとしても、現当主のヴェルヴィアの長男は暗殺に成功し、分家筆頭等を抱き込んで叛逆を企てていたのも事実だ。

それらが全て判明していた場合、テンサール家と共に御家断絶、捕縛の上に死刑を賜る可能性もある。

レジロックを同行させて挨拶に行ったとして、その場で手打ちになる可能性も否定できないので、レジロックに同行はさせない予定だ。

ただ、これは単独で行くか随伴者を伴うかは先方次第で決める。

二つ、1の件についてバランギア卿と勿論今後の話を詰めなければならないが、それより優先度は低いにしてもヴェルヴィアについてもう少し人物像が分かるように調べなければならない。

これに関しては、自分で調べて様々な情報を既に得ているが、『一般人が調べて分かる範囲のイメージ』を知っておきたいので、2人に依頼する予定だ。

三つ、方向性として、ヴェルヴィアを排除したとして、一に前述した通り、その後どういう方向で話がまとまるのか、ある程度想定し、誘導する方向を定めなければならない。

ベッティム商会が残存できる方向に修正できるよう方策を練っておかなければならないので、後任にどのような色付き戦貴族が生まれてもベッティム商会が橙色領内で引き続き商売が出来るような方向に交渉しなければならないので、そういった存続の為の様々なことの決定権限を私に移譲してもらわなければならない。

これに関してはレジロックは既に了承、兄であるノルディアスに事後承諾として必ず呑ませる、ということで調整してある。

商取引として異常な状態でなければ、それが誰それに影響されたり管理されている中で行われているものだとしても、問題はない、はずだ。

利を欲するというのなら、その利となる財源、物については事前に決めておかなければならないが、求められるモノが分からないので、どうせ事前準備や即答は出来ない。

四つ、ノルディアスの帰還はおそらくヴェルヴィアやバランギア卿との交渉よりも遅くなるので、それら交渉の結末を彼を待って、経緯を伝えてヴェルヴィア排除後の橙色戦貴族領地の行政を維持してもらえるよう尽力してもらう、方策を練らなければならない。


「まず、目途をつけている人物が、果たしてバランギア卿なのか、ということが一番の問題ですね。

私の中では100%に限りなく近い確率でそうだろうと断定していますが、もし想定外の何かでハズレだった場合、詰みがかかっちゃいそうな予感もします・・・。」

「バランギア卿と言えば、何時如何なる時も全身真紅の装いを纏っているという話を伝え聞きます。

フミフェナ様の広大かつ鋭敏な知覚範囲にそう言った人物がおられれば、ほぼ間違いなくバランギア卿なのではないでしょうか?」

「・・・実は、私個人でもアレコレと探してみたのですが、見当たりません。

調査に特化した専門の配下に既に随分前から探してもらってはいるのですが、彼女の能力を以てしても『目視』では確認できていません。

・・・そうだ、ちょうどいいのでここでお二方に紹介したい者がいるのですが、よろしいでしょうか。

実は、今話した通り、私達よりも先行してこちらに潜ってくれていた人物がいるんです。

私の直属というか、ヒノワ様にお仕えする前からの付き合いですので、今一緒に仕事をしている中では一番古株になります。

調査に特化した能力を持っていて、その調査能力と隠密能力はこの世界随一なんじゃないか、と思います。

しばらくこっちに詰めてもらっていたので、おそらく二人とも会ったことがないと思います。」

「おぉ、そこまで優秀な間者を放っておられたのですか、流石はフミフェナ様。

ご紹介いただけるのであれば、我等に否やはございません!是非とも!」

「そうですね、ノールの言う通り、私達よりもフミフェナ様に長くお仕えしておられる方なのであれば、先任の先輩にご挨拶が遅れたのを謝罪せねばなりません。

それで、紹介していただける方というのは、今どちらにいらっしゃるのでしょう?

今すぐ出立なされますか?

いずこかに潜っておられるのでしょうか?」

「いえ、出掛けるつもりはありません。

彼女・・・その人物は女性ですが、出自は聞かないでください。

言えることは出身はレギルジア近郊の村で・・・私がスカウトして育てたというだけです。

簡単に言いますと“女神ヴァイラス様の眷属”の一人であり、私の従順な部下です。

ヴェイナー。」

「は。」

「「は・・・!?」」


霞が集まるように、人型が現れる。

“女神ヴァイラスの眷属”こと、ウイルスや菌、その他空気中の微生物を主体とし、合成結集させた3次元コロニー体、ヴェイナー。

元のヒトであったころの名前は、ルイヴェナー・ホルント。

個人的に判別を付ける為に、間にウーラを挟んで名乗ってもらうようにしているので、現在の個体名はルイヴェナー・ウーラ・ホルント。

外観の見た目は、黒髪ショートカットに病的に白い肌を持つ40台の痩身痩躯の女性、身長は155cmほど。

容姿は元々特段目を引くほどの美人という訳ではないが、上の中程度はあるだろう、という美人になるようにしてある。

眷属化する際に設定をいじった際、調整するに辺り、健康に生活して美容面でもケアをされていたらこうなるだろうな、というリフォームもある程度行っている。

私の趣味全振りで美人のお姉ちゃんという感じに仕立てた訳だが、結果、少し実叔母に似ているような気がするが、彼女よりもかなりスリムである。

中身はほとんど空っぽなので、体重はおそらく50gくらいしかないが、見た目の体重は35㎏程度の肉付きだろう。

50g、という体重は、あくまで表層と触れられる可能性のある部分のみ、ほんの少し厚みを持たせて構築してあるだけで、中身は本当に空っぽだ。

これに関しては、ベルトの3次元的な出力に一役買ってもらっている。

勿論そんなペラペラなハリボテなので、物理的強度こそあまりないが、その存在は猛毒どころではない『命の危機の塊』だ。

今目の前にいるヴェイナーは、ミクロンサイズのウイルス・菌・微生物などで構成されており、その内訳は、それらの極小の細胞個体が人体に10個も入れば致死量に至るようなものばかりだ。

ただ、固定された個体が移動する訳ではなく、構築される場面・場所によって構成素材が入れ替わる為、いつどこでもそのような構成ではない。

場所によって構成比率は変化しうるが、ヴェイナーは好んで毒性の高い物をチョイスし、増殖させた上で自らの肉体を構築する素材を収集・もしくは随時入れ替えて構築しようとする傾向がある。

『あくまで極小の個体で肉体を構築している』という前提であり、その中身は実際には問わないので、真空でなければおそらくどこでも顕現可能だ。

ただ、毒性の高い『アレラ』が50g分も集まって構成されている可能性が高いと考えれば、彼女に近付くのが如何に危険な存在なのか良く分かるだろう。

コアになっているのは、私が装備しているベルトに付属しているレアアーティファクト用の粒子結晶の超高圧縮体なので、目の前の個体が例えば焼き殺されたとしても、私とベルトが無事であれば、すぐさまその場で復活が可能だ。

『アレラ』は宿り木であり、それそのものがヴェイナーではない。

あくまで、現地の出力結果が今の現身なのである。

例えるなら、データ本体が存在するのはクラウド上のデータベースであり、ディスプレイに表示されているヴェイナーはあくまで“像”であって、例えそのディスプレイが破壊されようとも、別のディスプレイでまた表示することができる、つまり彼女は私が存在し、彼女の存在を維持しようとする限り、不死身なのだ。

『アレラ』が多少でも存在する空間ならば、何処でも現出・顕現が可能という便利ボディである為、移動をする必要がなく現出可能であることから遠距離の移動における速度はまさに光速に近い。

処理能力の問題で数秒程度のラグがあるとしても、音速の数倍の速度に匹敵する。

その他、空間的に多少でも繋がっている空間であれば障害物を気にせず通過して現出することができる為、秘密部屋や隠し扉などに籠っている相手でも隠れる意味を失わせる。

『アレラ』を統括する素体でもあるので、『アレラ』の存在する空間で記録された限りの情報について、彼女に隠し事をすることも不可能だ。

そして、現出しなくとも移動・調査することが可能なので、隠密性や移動の手間などは実体を持つ私とは比にならない利点を持つ。

どうやって顕現しているのかと言えば、本体はずっと私と密着して私から膨大な粒子を常時吸い出しているベルトの中におり、その膨大な粒子を消費して常時存在を出力し、維持しているのだ。

前述の例えになぞらえるならば、クラウド上のデータベースを維持するための電気代は私が払っていて、その電気は太陽光発電のような形で集め、その電気を出力に用いたり、ヴェイナーを維持するのに使用したりしている、という感じだ。

が、現地で稼働する動力はヴェイナーが現地調達可能である為、自活できるように出来ている。

前述の例に合わせて言ってみればディスプレイの電源だけは現地の太陽光発電から給電しており、全て電力で賄えている、というような形だ。

ただ、私があちこちから薄く広く集めている粒子の回収効率がヴェイナーを手に入れてからというもの非常に高効率化しており、無理矢理地力で構築することもできなくはない。

何故効率化したかと言えば、元々低効率で広く薄く『アレラ』を使って集めていたものが、今はヴェイナーが統括して運用することで高効率化し、その結果更に効率よく集めることが可能になる、という連鎖的な機械投資のような効率化が進んだためだ。

経路的には『アレラ』→ヴェイナー→ベルト→私→ベルト→ヴェイナーというような形で還流している。

回収効率は以前の80%増し程度。

会社員で言えば、『アレラ』が会社員で、ヴェイナーが管理職、私が会社であり社長、みたいなものか。

社長が会社員に詳しい指示を出さずになぁなぁでさせていた仕事が、管理職の人間を雇ってから仕事が効率化されたような感じ、と言えば分かり易いだろうか・・・?

粒子はその表現の場合、お給料のようなものだと思えば分かり易いか。

会社員が働き、資金を集める、ヴェイナーが効率よく運用・回収・投資する、会社は一旦その資金を受け取り、今度はその資金からヴェイナーや会社員にお給料を配り、社長である私は彼らの集めてきた資金からお給料を貰う。

アビリティのレベルアップにより、ヴェイナーを構成した個体については自我もある程度目覚めたので、とある女性の精神構造体をそのまま転写し、従属させ、使わせてもらっている。

前述の存在維持・・・彼女の生命活動の為のエネルギーを常時私から捻出している訳だが、生命活動と言ってもヴェイナーの個体はそもそも生命活動を行っておらず、勿論彼女は既に人間ではない。

疑似的に人格のような応答はこなすが、いっそ言うなら人工知能に近い人の意識を持つ人ではないものだ。



『眷属』ヴェイナー。

彼女の素体となった女性は、レギルジアで神殿に足繁く通ってくれていた、一信者だった。

と言っても、狂信的に布教をしようという過激派でもなければ、教義を押し付けて他者にマウントを取るような異常な信者でもない。

仕事に行く前には朝早く起きて日課として神殿周りの掃除、仕事を終えた後にはまた神殿廻りを掃除し、その日の感謝の祈りを捧げに神殿に入る。

ただただ、見返りも報酬も求めず、祈るだけ。

それが、女神ヴァイラスの望みだと信じて。

神殿にいる間に神殿詣でに来た参拝客がいれば彼らを案内したりもしていたが、女神ヴァイラスの神殿には巫女も神官もいないので、ヴェイナーのような信者が参拝客をボランティアで案内を行っていた。


女神ヴァイラスの神殿は、レギルジア近郊のこじんまりとした小山の麓にある。

レギルジア領主のスターリアによって都市の周辺整備も進められ、周辺の集落も含めてレギルジアの一部と化していると言っても過言ではない状態となっているが、神殿のある小山は禁制地と定められていた。

神殿は、信者の多さを考えると信じられないほど狭い。

敷地自体も非常にこじんまりとしたもので、レギルジアの一般層の市民の住宅の敷地よりも少し大きい程度だろう。

王都にある某宗教の教会は、この敷地の200倍以上は優にある。

信者の多くは定期的にこの神殿を詣でているが、当然信者数が多いので渋滞もする。

混雑している場合は、小山の近辺から神殿に向かって祈って終わる、というような簡潔なものでも良いとスターリアが知らせたこともあり、神殿にまで祈りに向かう者は本当に信心深い者が大半だ。

お布施もなければお守りのようなものもなく、住み込みの職員や神官もいない。

敷地内にあるのは、山の湧水が湧き出ている、喉を潤すことができる小さな泉(女神ヴァイラスの聖なる泉の水などと言った文句でこの泉で水を大量に収集、販売した者が死亡する例も発生したので、現在は販売する者はいない)、祈りを捧げる為のみすぼらしくない作りではあるものの装飾などが最低限に絞られた石造りの神殿があるだけだ。

神殿は狭く、10人も入れば満室になるような小さな物、あとは1本の楓だけが植わっており、地面はおびただしい密度で絨毯のようになった芝生だ。

神殿は背の高い平屋で、神官が説法をするための什器や楽器もなく、賽銭箱のような寄付をする場所もない。

ただ、一段上がった床・・・祭壇に該当する場所の真上の天井、正面の壁には明かり取りのガラスが嵌め込まれており、太陽の角度によっては祭壇が神々しい風景になることもある。

神殿の外壁にスターリアの刻んだ律の記載があるが、本当にシンプルな『ただ信仰があればよく、貢物は不要であること』『女神ヴァイラスに関することに関しての虚飾は許されないこと』『女神ヴァイラスの恩寵について金銭の発生する商売は行ってはいけないこと』『神官は据えられておらず、据えてはならないこと』などの記載があるのみだ。

それ以外の、教義も、参拝方法も、祈祷方法も、一切の決まりが無く、全てが個人の自由だ。

手を合わせようが、十字を切ろうが、跪こうが五体投地しようが、問題がない。


彼女はそんな神殿の世話をしてくれていた数多くいるボランティアの内の一人で、特別に庇護していた女性ではなかった。

が、たまに神殿廻りを覗いた際には、私をまるで自分の孫娘の世話をするかのようにいつも甲斐甲斐しく私の世話をしてくれたので、お気に入りの人物の一人だった。

だが、数か月前、彼女は運悪く自宅前で転倒してしまった子供が馬車に撥ねられそうになった際、身を挺して彼を守ったことにより、重傷を負った。

馬車の車輪に轢かれることはなかったが、重量物を載せた頑丈な馬車の荷台の角の部分と強く接触、脇腹から腹部に掛けて肋骨や内臓を多数損傷するほどの瀕死の重傷を負うことになった。

この世界には地球の知識や技術を継承した知識・技術を持つ医者と、回復を促進させる回復増進術式を行う回復術師の待機した入院・手術施設を備える大きな病院が随時設立されており、大きな都市には大概あるのだが、病院にかかる為の費用は高額だ。

レギルジアにも存在するが、彼女は貧しく、また人生に疲れていた。

周囲が彼女を病院に緊急搬送しようと準備を進めていく中、治療費もないので、と周囲を説得し、治療を断って、足を引き摺りながら神殿に歩いて向かった。

彼女は、絶命前に神殿に最後のお祈りをしたい、と言って神殿の周囲にいた他の信者達に支えられ、神殿の奥に横たえられた。

そこで彼女は、あらん限りの女神ヴァイラスへの感謝の祈りを捧げた。

死の直前の強い強い思いは、『アレラ』を通して私にまで伝わってきた。

その事実を知った私は、他の作業を全て中断して、彼女に声を掛けた。

今思えば、ここまで彼女が私に思いを送ることができたのは、『アレラ』との干渉力が強かったからかもしれないが、その時はそういったものは考えになかった。

彼女と私の能力の相性が格別に良かったことが、この現象の理由であっただろうし、今こうしてヴェイナーとして仕えてくれている理由である為、今現在、新しく眷属とするべく候補を探しているが、ヴェイナー同様に『アレラ』と相性の良い人物に当たりを付け始めている。

それはともかく。

私は彼女の命を強制的に順延し、まだ完全に死んでいない状態を維持しつつ、ナインに連絡、彼女を素体とすることを提案し、数日の研究と下準備を終えた後、ヴェイナーが生まれた、という流れだ。

以前に会った際に聞いた話では、彼女には夫がいたが、10年以上前に仕事で都市外に出た際に魔物に襲われて死亡しており、それ以降、他色付き戦貴族領に住んでいる実家の両親や兄弟も病や飢餓で失い、家族と言えるものは全て失っている。

年齢も40歳を超えていたこともあり、嫁ぎ先からは追い出され、出身地でもない灰色戦貴族領レギルジアに独り残されたのだという。

それ故、身寄りもなく、日々ただ漫然と生きる為だけに生きていたらしいが、先の大戦で魔物がカンベリアを通り過ぎて都市近くまで攻め込んできたと聞いた時には夫のことが頭をよぎり、恐怖で震え、腰が抜け、失禁し、神に救いを求めてただただ祈ったのだそうだ。

彼女の祈りが叶ったのか、女神ヴァイラスという女神とその巫女が魔物を蹴散らし人々を救い、また平時であっても人々の病に癒しを与え、飢えた者にまで豊富に行き渡るまでに作物の実りを与えてくれた。

それまで生きるのに精一杯だった彼女の生活も幾分か楽になり、なんなら日々の生活の糧を得る為にしていた仕事先から、正規の雇用の依頼まであり、独り身の女性にもとてもよくしてくれる職場にも恵まれた。

これらすべて、都市を守ってくれた上に、日々の恵みを数えきれないほど下賜してくれた女神ヴァイラスのおかげであり、自らの命を鑑みないほど女神に感謝しており、残りの人生は全てこの女神とその教えに捧げるつもりだったのだという。

それを思い出した私がレギルジアの神殿にまで辿り着き、彼女を仮死状態から蘇生した際に意思確認をしたところ、彼女は自分が死んだ後、死体が役に立つのであれば、自分の亡骸は全て女神ヴァイラスとフミフェナに捧げるので如何様にも、それこそどれほど高尚なことでも、そしてどれほど非人道的な実験であっても使って欲しい、とも言った。

元々、外部端末の構築方法については検討していたが、当時はまだ形となっておらず、ナインやローマンさんとの研究も行き詰まっていたところもあり、彼女の願いもあり、それが叶うのなら彼女の願いを叶えてあげたいと思った。

幸い、私のレベルが上がり続けた結果、スキルやアビリティもそのレベルが上昇し、疑似的に外部端末としての個体を人間の生体から生成することが可能なのではないかという段階にも至っていた。

試験的にヴェイナーの基礎構造は彼女の身体をベースとして使わせてもらい、思考精神構造や肉体外装構造の基礎データとさせてもらったのだ。

一から身体を作ったり精神構造体を作ったりというのは不可能に思えたので、一番簡単そうな自我のある死に掛けの人間と合体させてみたらどうか、という悪魔的発想で実行したのだが、思いのほか上手くいった。

というより、よく聞く話だが、初回だけのラッキー事案みたいな感じなのか、ヴェイナ―以外にも数人、同様の人物に声を掛けて実験運用させてもらったが、彼女以外の筐体に関しては上手くいかなかった。

ヴェイナーの感覚をフィードバックしたデータを利用し、現在、ナインとローマンさんが技術的な面から私のベルトの内部に直接アクセスして今現在は後続の眷属作成を進めているが、稼働しているのは現状ヴェイナーのみだ。

どういう感じなのか聞いてみると、生命活動の動力源が切り替わったような感じで、食事や睡眠はいらないし、生前の記憶も自我もあるし、私に使役される微細なアレラ達の集合体であるという自覚もある、身体を構成している3次元コロニー体をバラバラに霧散させて散らばったとしても、私のベルトのコアに本体があるので、任意のポイントで現出することが可能なので一種の瞬間移動のような移動も可能なようだ。


「彼女はヴェイナーと言います。

軍属ではないので役職名は特にありませんが、私の個人的なサポーターです。

そうですね、ホノカさんにも分かるように言いますと、『忍者』みたいなものです。

非常に特殊なスキルとアビリティを持っていて、潜入や索敵、情報収集の部門を担当してもらっています。

ホノカさんの索敵に引っ掛からない人物の一人になると思いますよ、何せ私ですら確実に居場所を特定することができないほどの能力を持っていますから。

外部に存在を知られたくないので、お二方以外にはまだ知らせておりません。

また、物理的な強さはホノカさんやノールさんに遠く及ばないので、戦闘では最前線には立てません、が、彼女は戦闘力がない、というだけで、ヴェイナーの生死に関しての能力のみ比較して言えば、彼女は私よりも圧倒的に上です。

彼女を追い詰めることができる存在は私を含めていない・・・いたとしてもヒノワ様くらいでしょうか?と思いますので、ホノカさんとノールさんは、ヴェイナーを守る必要は皆無というか、護るだけ意味がないので、決してヴェイナーを気にして命を張ったりしないでください、ヴェイナーは何処からでも生還できますし、命を張るだけ無駄です。

・・・重ねて言いますが、お二人ですので彼女の姿をさらしましたが、他の方にはヴェイナーの件は喋らないようにお願いします。

また、勿論ですが、彼女の能力についても他言無用に願います。」

「初めまして、ホノカ様、ノール様。

只今フミフェナ様からご紹介にあずかりましたルイヴェナー・ウーラ・ホルントと申します。

お二方も、フミフェナ様同様、私のことはヴェイナーとお呼びください。」

「は、初めまして、ヴェイナー殿。

ホノカ・アキナギです。

・・・アキナギ家分家筆頭戦士でしたが、非公表ですが今はそちらのノールに追い抜かれておりますので、今名乗れる立場としては分家次席、になります。

レギルジア領主スターリア殿の護衛としてレギルジアに5年ほど赴任しておりましたが、スターリア殿が女神ヴァイラス様の庇護を賜ったことから護衛を要さなくなった為、フミフェナ様の配下に加えていただきました。

今後とも、宜しくお願い申し上げます。」

「初めまして、ヴェイナー殿。

アキナギ・ノーレリア・シュウセイと申します。

レギルジアを主たる生活圏とするアキナギ家分家シュウセイ家出身で、私もレギルジアでスターリア殿の組織する部隊に所属しておりましたが、そちらはホノカ殿と同じ理由でお役御免となりまして・・・。

丁度良い機会だったので、シュウセイ家の嫡子の身分も返上し、フミフェナ様に従属すべく立身し、認めていただけた為、現在はフミフェナ様の供回りをさせていただいております。

宜しくお願い致します、ヴェイナー殿。」


ホノカとノールの狼狽は当然のことだろう。

ヴェイナーはその気配を隠し切れておらず・・・というか敢えて見せているので、彼らは目の前に致死の猛毒を目の前に晒されることによって、無意識に本能的な恐怖を抱いているはずだ。

戦闘力は皆無に近いが、各種スキルのレベルや権能、無尽蔵のHPとMP(?)をレベル換算すればヴェイナーはレベル340程度はあるはずであり、実際にフミフェナを殺害しない限りは不死身であるだけ更に質の悪い者だ。

目の前に唐突に現れたことも驚いただろうが、その後に気配で死の危険を察した2人は優秀だ。


「宜しくお願い致します、お二方とも。

いつも陰ながら拝見しております。

フミフェナ様がいつもお世話になり、感謝に堪えません。

本当にありがとうございます。

フミフェナ様も私も市井の出身でございますし、尊き身分にあられるお二方がフミフェナ様の矢面に立っていただける、ということだけでも本当にありがたいことでございます。」

「ヴェイナー殿、そんな、恐れ多い・・・。

我々こそ、普段から大変あれこれとお世話になっておりまして・・・。

色付き戦貴族の分家などという微妙な出生にそれほど輝かしいモノは感じておりません。

いや、しかし、愚かな貴族の口から放出される汚物の如きアレコレなど、直接フミフェナ様に浴びさせる訳には参りませんし、愚物の放つ汚物の障壁になれるだけでも、出身を誇らしく思えば良いでしょうか?

はは、色付き戦貴族の分家出身など、この程度でございます、気にせずお付き合いいただければ幸いです、先輩どの。」

「そうです、本来ならば我々は、フミフェナ様に降り掛かる全ての懸念を払拭すべき存在であるべきなのです。

我々が不甲斐ないことに、フミフェナ様の足元にも及ばぬ実力しか持たぬが故、フミフェナ様にあれこれとご苦労をお掛けしてしまっているのです。

情けない我々が色付き戦貴族を名乗るなどおこがましい。

そして、民を虐げ、立場に甘んじ学ばず、修練もせず、欲のままに身分を笠に着て囀る者など、貴族ではない、卑しい者達。

であるならば、本来の意味で民を思い導き守り、日々学び修練を欠かさず、身分を笠に着ず、我々の前に立っていただける尊き存在であるフミフェナ様が、我々に出来る限りのことから護られるのは当然のこと。

我々は生涯フミフェナ様に仕える覚悟でここにおります、宜しくお願い致します、ヴェイナー殿。」

「ホノカさん、ノールさん、そこらへんで・・・。

ヴェイナーは、まぁ、お母さんというかお姉さんみたいなものなので、世話焼きなんです、あまり気にしないでくださいね。

それより、ヴェイナー。

状況を報告してくれる?

明日以降の動きに関しては、この二人も一緒に動いてもらうことになるから、情報はある程度共有しておきたいの。

この場で報告して。」


ヴェイナーは、頼りになるお姉さん、のような存在だ。

ただ、眷属となったことである意味、非常に作り物のような意思が紛れ込んでいる。

・・・私が作った私の為の存在なので、私の都合のいいようになっているのは当たり前だし、頼りになるように作ったのだからそれも当たり前なのだが、元から私への好意や厚意、感謝やその他の様々な感情を抱いていたヴェイナーに更に主人への絶対的な忠誠が根付いており、その様は母親のような、姉のような、そんな存在となり果てた。

どっちかというと、いう事を聞く従順な妹よりも、頼りになって、ある程度勝手に動いてくれる頼れる姉が欲しかったので、そのことには全く以って不満はないが、ヴェイナー側の感覚は私には分からない。

可愛い妹だ、と思ってくれていたら嬉しい。

個人的に。

おほん。

機能としては、人間には不可能な非常に便利な能力を持っている。

まず、本体がベルト内のコアに間借りする形でいるので、私とヴェイナーの連絡は一瞬で繋がり、様々な指示をすぐさま直接出せる状態が保たれている。

検索してほしい情報について問い合わせれば、その情報の調べ、痕跡から回答を引っ張り出し、即座に教えてくれる。

追加で調査してほしい情報があれば、その情報に関しても追加で調査してくれる。

顔を出さなければならない状況に至った場合には、実体化して直接取引もしてくれるし、物理的な行動も取れるし、実体化せずに様々な情報収集も可能だ。

ただ、母体にした人物の知能を基にしているので、思考能力や推理能力に優れているというわけではなく、ただただ物理的に存在した情報を収集し、教えてくれる存在なだけだ。

ただ、外部で自分が簡単な指示だけを出して、ある程度自律的に情報収集をしてくれる存在がいるだけでも、破格の利点がある。

コアの本体の稼働エネルギーは全て私を経由した粒子に依存しているが、現地出力される『実体』は現地の生命体などから抽出したエネルギーを使用して稼働しており、飲食は必要なく、無菌室のような場所を除けば、ほとんどの場面でありとあらゆる空間を超越して顕現できる。

構成物の重量がほとんどない為、物理的な強度がほとんどなく戦闘能力は皆無に近いが、その身そのものが本体ではないので、不死身である。

『アレラ』の統括管理をする存在であるので、私と同様に任意の範囲に様々な効果を持たせた菌やウイルスをばら撒くことが出来るので、情報収集は勿論、暗殺や殲滅、バフやブーストも可能だ。

試作1号であり今のところ唯一の成功作であるヴェイナーに、今現在、ナインやローマンさんの研究成果であるロールアウトモデル達の研修や実績評価も頼んでいる。

ただ、あまりにも人の感覚を残し過ぎた所為で、たまに本当に親戚のお姉ちゃんのような感覚がしてしまうが、それも致し方ない。


ヴェイナーから告げられた情報は、今回の遠征における主たる目的に沿う情報だ。

まず大きく一つ、テラ・バランギア・ラァマイーツ本人については随時捜索しているが、今現在に至っても、何処にも特定可能なほどの情報が残っていないこと。

王都、王宮、彼の邸宅には確実にいないと断言できるほど、調べ尽くしたとのこと。

物理的な要因での追跡は痕跡がなく出来なかったが、『アレラ』を統括する存在であるヴェイナーは調査方法を変え、如何に不可知状態であったとしても、物理的に存在している限りは視覚的要因を全て排除したとしても物理現象の全ての痕跡の追跡を振り切ることは不可能と考え、『人間の五感では感知できない何がしかの存在が『アレラ』を押しのけて移動しているポイント』を探すことにしたのだという。

例えば、『見えない、聞こえない、匂わない』空白の存在が、移動していたとしたら、それは何だろうか。

そこまで自らの存在を秘匿しようとする意図、それを可能とする能力、その二つを考えると、『非常に高レベルのスキルを持つ、圧倒的影響力を持つ人物が、周囲への影響を抑える為にそう行動している』と考えられないだろうか。

そこまでの能力を持っている人物をピックアップしていくとすると、ヒトであるなら数人以下にまで絞られ、かつ調査によってその中から消去法で検索していくと一人に行きつく。

テラ・バランギア・ラァマイーツ以外に考えられない。

その仮定で進め、移動する際に不可視の存在が『アレラ』と共に空気を掻き分けて進む場所は、比較的早く見つかった。

ヴェイナーは今後、更に不可知となった場合や移動速度が速すぎることによって見失うことを前提に、橙色領全域に及ぶほどの広範囲に『アレラ』を散布、しかしながら無暗に濃度を上げないよう気を付けながら、随時追跡しているとのこと。

濃度が上がると毒性の高まる『アレラ』を余り増やさず、かつ無毒・無害の『アレラ』を多く散布することで、『毒探知』などのスキルなどに反応しないよう慎重にことを進めているとのことだ。

よく立ち入る箇所や周回ルートの座標位置については全て地図にマーキングできていること。


二つ、ヴェルヴィアの素行については、レジロックが言っていた内容についてほぼ内偵ができ、ほぼほぼ事実・・・より正確に言うなら、レジロックの言が過小評価であり、実際はもっとひどい状況であること。


三つ、ヴェルヴィアの長男シエーナが死去した後、分家筆頭戦士なども相次いで事故、病死などが続き、短い期間に有力な戦士が10人以上死亡しており、おそらく『レジロックの短剣』がレジロックの手を離れて、独自の方針で暗殺を進めており、暴走の気配が濃厚であること。また、その悉くを成功させていること。


四つ、橙領地の最前線より前方80km辺りにまで多数の魔物の軍勢が押し寄せており、統制の取れた移動から鑑みるに、守り神級の魔物が率いているものと思われること。


五つ、王都方面からやってきた討伐軍は王都で編成されて間もない近衛兵団であること。それらほぼ全軍が補給部隊などの後方支援部隊も含めて万単位の軍勢で既に橙領入りしており、既に大半の戦力が外縁部に布陣済み、将軍麾下の精鋭部隊も明日には合流し、出立、可能な限り魔物の軍勢がヒトの生活圏内に近付かないよう、前進しつつ布陣する予定であること。


六つ、敵魔物を異常に遠距離から索敵した人物がいるはずで、おそらくテラ・バランギア・ラァマイーツ氏本人が何らかの方法で察知し、討伐軍を組織したのではないかということ。また、氏はその軍勢の先行偵察として領地入りした可能性もあること。


「ヴェイナー、バランギア卿の麾下の軍勢は来てないの?」

「おそらくですが、ヴェルヴィア氏への配慮・・・大げさにしない為の方策ではないか、と思われます。

バランギア氏の軍勢が動くと、初動の時点で確実に『何処かがお取り潰しになるのか』と言った民衆の憶測を呼びますし、不要な混乱を避けたのではないでしょうか。」

「なるほど、確かにそうだね。

・・・まぁ、民衆からすれば余程の恩を感じてでもいない限り、頭がすげ変わってもあんまり気にならない、ような気もするけどね・・・。」

「民にとって色付き戦貴族とは雲の上の存在であり、直接顔を知ることすらない者の方が多いと思われますので、その可能性は高いかと。」


実際に、色付き戦貴族とは戦場に居ることも多く、本家に至ってはレベリングに治政にとせわしなくあちこちに出かけている為、都市に留まっていることの多い大半の都市民にとっては名前しか分からない顔も分からない人物、だ。

自分達の庇護者の容姿についてはある程度伝えられてはいるので、直接相対すればある程度察しはつくだろうが、顔も知らない、直接声を掛けられたこともない統治者に恩義を感じている者はそう多くはない。

彼らが魔物の軍と戦うとなれば、兵を拠出する必要があり、戦士や戦士の家族は領で暮らす者であるので、彼らを送り出す際には盛大な壮行会が開かれるし、戦勝の祝いも盛大に行われるが、そこに顔を出す色付き戦貴族の直系はあまり多くない。

橙色に関しては、その傲慢さからおそらくそういった各所で行われる壮行会や戦勝祝いには顔を出していないだろうから、戦場に出ていない者達からすれば顔も分からない存在だろう。


「編成直後の近衛兵団を連れて来るってことは、訓練がてら蹴散らせるという判断なのかな?

多分、魔物の軍の討伐戦でついでに軍団の練成をやっちゃうってことだよね?」

「その可能性は、あると思われます。

魔物の群れが集結している、ということは、おそらく魔物は何らかの侵攻計画にのっとって橙色を矛先に定めたのだと思われます。

先だっての大戦は明確に領ごとに差があり、その領の保持する戦力に比例した出兵だったという統計データも出ております。

であるならば、先だっての大戦は魔物側の『偵察能力の確認と軍事演習』の場であり、更に言及するならば、“増え過ぎた現行勢力の口減らしの為にわざわざ確実に負ける程度の戦力で攻勢を仕掛け、そのついでで様々なことを確認した”可能性があります。

今回の進軍に関しては、その結果を反映した本気の攻勢を計画しているのではないか、とも。」

「前回の侵攻は、どう考えても奇妙だもんね。

各領が辛うじてしのぎ切れる程度の軍勢をわざわざ用意して、しっかり全滅するように綺麗に全面から展開するなんて、まるでヒトにレベリングしてください、とでも言いたいかのような愚策だし・・・。

口減らしの可能性は高いし、まぁしっかり全滅するレベルの戦力を抽出して攻めてきたってことはヴェイナーの言う通り、こちらの戦力のデータがほとんど筒抜けだったってことだね。

戦力分析とスパイ行為による情報収集、それに種族ごとに異なる攻め方をしてただろうし、魔物側も自軍の種族ごとのドクトリンの確認なんかもしれたのかもね。」

「加えまして、手抜きとも言えるほどの手加減、それは戦略的視点を持つ一部の方にしか理解できぬことでございましょう。

前回、全軍全力、一点攻勢で攻めなかったのは、ヒト側の弱点を探りつつ『魔物の大軍を蹴散らした』という愉悦を我等に与え、次の侵攻の布石を打った、ということなのかもしれません。」

「まぁ、わざわざそんな回りくどい偵察か布石打ちかするような頭の回る軍師みたいなのがいるのはほぼ確定だろうね。

でも、あの大戦でわざわざ全滅させられた魔物の軍勢の総戦力、あれ、例えばここ橙色とかに一気に攻め込んできていたとしたら、あっという間に王都近辺まで焼け野原に出来たんじゃないのかな?

それこそ、王都は落とさなくても、横に広がられてあちこち後方を荒らされただけでも、ヒトは復興に数十年数百年はかかる。

灰色に攻めてきていたグジの考えていた後方破壊工作のもうちょっと酷い奴だね。

どうせそれでも王都は落ちなかっただろうけど、ヒトの勢力へのダメージは桁違いに大きかったはずだし、口減らしもかなったはずだけどね。

なんでそうしなかったんだろう?」

「確かに、全面均一侵攻、もしくは緑や橙などの弱い部分を一点集中の戦力で攻められていたのなら、結果は異なっていたはずですし、そんなことが思いつかない軍師にも思えません。

いずれにしても、灰の被害は皆無、逆に橙の被害は目も当てられぬ状況だったのは間違いないと思われます。」

「一応、そういった話もヒノワ様には話したし、テンダイ様や王様には報告書で報告はしてあるんだけどね。

バランギア卿はもっと魔物側の展開状況に詳しいんじゃないかな?」

「おっしゃる通り、近衛兵団の再編成と軍の移動、駐留までに要する日程を考えれば、バランギア卿は魔物が動き始めた頃、2カ月程度は前、つまりかなり早期に魔物の軍勢の動きを察知していたと考えてよろしいかと。」

「よろしいでしょうか、フミフェナ様、ヴェイナー殿。

そうなると理解できないことがございます。

何故、バランギア卿は魔物の軍勢への処置を近衛兵団だけで賄おうとお考えになったのでしょう?

ヴェイナー殿のおっしゃられる通り、赤の軍が動けば大騒動になるのは間違いないと私にも理解できるのですが、橙色の監察・査定も勘案しての出張ということであれば、形式的にでも橙の軍勢にも出兵を命じる、もしくは資材の供出を求めるのが妥当な流れのようにも思いますが。」


スタッグ将軍は、先日のいくらかの会話だけでも、王の信任篤く、非常に堅実かつ優秀な将軍に見受けられた。

配下の戦士達も良く鍛えられており、色付き戦貴族直系直属の軍勢だと言われても納得できるほどの総力を保持しているように思える。

いや、下手をするとあの軍勢だけで橙色領の総戦力よりも強力かもしれない。

流石にスタッグ将軍が色付き戦貴族筆頭戦士と呼べるほどの戦闘力を持っている訳ではないが、逆に色付き戦貴族でなくても良い、という前提の基に組織されたのであれば、単騎で守り神級の魔物を屠れる実力を保持している必要はない。

王の軍勢としては、色付き戦貴族の“色”がついていない兵力というのが取り回しが良いのだろう。

幸い、王の軍勢であれば各領で後方支援も受けられるであろうし、自ら血を流すことを良しとし、他領の出血を防ぐことで王から出兵先に恩に着せることもできるだろう。

が、良くも悪くも彼らは堅実な軍勢であり、機動力はそれほど高くないと思われるので、布陣・展開が足の速い魔物の侵攻に間に合うかどうかで前線で被害にあう民衆の数が変わるだろう、戦力としての充実に反比例し、そちらの方がネックになるかもしれない。

・・・閑話休題、前述の通りスタッグ将軍と彼の率いる近衛兵団は有能、かつ堅実。

戦力としては十分だと考えられるが、建前上ですら出兵・資材供出を求めず、助力不要という動きを見せているということは、橙色からすれば憤慨もののはずだ。

普通に考えれば、いくらバランギア卿という“中央”に属する戦力を借りて、魔物と対峙するというのは、色付き戦貴族の矜持を痛く傷つけるように思えるが・・・。


「ひょっとすると、その経緯でヴェルヴィア殿を煽る手はずなのでしょうか。」

「と、言うと?」

「以前、ヒノワ様の幼い頃に付き添いとしてご一緒した際に、挨拶を交わした程度ですが・・・多少はヴェルヴィア殿と面識がございます。

彼は、己の戦闘能力がご先祖様達から著しく劣ることになったことを非常に恥じておられ、自らを産み、育てたご両親に非常に強い憎悪を抱いておられました。

特にその因子を持ち込んだと思われる母親には、周囲の目も気にならないのか、晒し者にするつもりだったのか、酷く嫌悪・侮蔑し、蔑んでおられました。

加えて、血族として親よりも優秀に育つことを義務付けられながら、自らよりも大幅に劣る自らの子供にも。

御嫡男のシエーナ殿は、戦士としてピークとなる青年となってもヴェルヴィア殿を大幅に下回る戦闘能力しか保有できませんでした。

シエーナ殿はそれをコンプレックスにしておられるようでしたし、ヴェルヴィア殿も公衆の面前で酷い仕打ちをなさっておいで、外部の人間からすれば橙の衰退の縮図を見た気分でした。

おそらく、自らが先祖代々語られてきた武のテンサールという立場を守れない戦力しか保持していないことに、ヴェルヴィア殿もコンプレックスを抱いていたのでしょう。

彼からすれば、魔物の軍勢への出兵となれば、自らの汚名返上の好機となると考えていてもおかしくありません。

魔物の軍勢に気付いていなかったという失点の挽回の為にも、バランギア卿が近衛兵団を連れて来る、と聞いたのであれば、きっと精鋭の出兵を進言したはずです。」

「ということはつまり、バランギア卿はその辺り全部断って、分かった上で、“お前んとこの戦力なんて使えねえから要らねえよ”という煽りをしている、ということですか?」

「バランギア卿と言えば、伝説に語られるほど長く生きておられるお方であり、国王陛下の教育係も務められておられるお方です、政治の出来ぬ方ではございませんでしょう。

例え実際に戦力として不要だとしても、ヴェルヴィア殿の顔を立てるのならば、建前上であってもその直属の兵団程度は布陣に組み込む程度はなさるはずです。

敢えて完全に除外し、更に自らの手勢である赤の軍団すら連れてこずに、王都で再編成が済んだばかりの軍勢で全てを終えることを宣言する。

ヴェルヴィア殿にとって、これほどの挑発はないのではないでしょうか。

挑発を受けた上で、ヴェルヴィア殿がどういった動きに出るかは不明ですが、バランギア卿はそれをある程度予想され、煽っているのではありませんか?

どう見ても政治的な部分を加味していない行軍でありますから、バランギア卿は何かを企図しているのではありませんか?」

「”背後から襲い掛かったり”ですね。」


確かに、酷い挑発ではあるだろう。

先祖代々、文を全て他者に任せて武にのみ生きる者が落ちぶれ、筆頭戦士でもない近衛兵団の上級戦士に劣る様を見せ付けられる。

武でも智でも伝説となっている人物に、お前は要らんと暗に言われた、いやひょっとすると面と向かって直接言ったかもしれない。

そこで甘んじて大人しくしているか、何か行動を起こそうとするのか、もしかすると、そういったポイントも見ているのだろうか。

・・・いや、奮起したとしても、以前の戦災での状況を考えれば、橙は全力を以ってしても集結している魔物の群れには間違いなく太刀打ちできない。

まして、そんな魔物の群れを圧倒するほどの戦力を誇る近衛兵団を相手にすることなど、とても。

論理的に考えれば、そんな状況で行動を起こせばただ無為に戦力を散らすだけであり、筆頭戦士による一点突破すら叶わないはずだ。

となると、ヴェルヴィアの選択肢は如何ほどが残るのだろう・・・。

バランギア卿が叛逆の罪で裁こうと考えているのか、これほど煽られても動けない腰抜けと批判するつもりなのか、その辺りは分からないが、外部の政治屋が見ても不自然極まりない動きは気味が悪い。


「・・・バランギア卿の掌の上だけで全部片付いてしまいそうな気もしますが、今回こちらに来た目的は達成しなければなりません。

ヴェルヴィア殿のことは、明日の夕方まで保留!

とりあえず、一番に明日の近衛兵団の出兵までにバランギア卿と交渉をおこないます。

ヴェイナー、悪いけど今すぐバランギア卿のいる所に行って、可能な限り早い時間のアポイントを取って。

私は今晩の内にバランギア卿と話すことを考えておきます。

ホノカさん、ノールさんは、申し訳ありませんが、バランギア卿とのお話の間は私とヴェイナーとは別行動でお願いします。

明日の日中、ヴェルヴィア殿の評価について問題ない程度に調べて、簡単にまとめてくれますか?

オーランネイブルのヴェルヴィア殿への評価について、ある程度統計が取れる程度のデータが欲しいです。」

「分かりました、お任せください。」

「お二人はとりあえずゆっくり休んでください。」

「は。

では御前失礼致します。」


数分後、ヴェイナーからバランギア卿から承諾が得られ、明朝7時に領館として使用している館まで1人で来て欲しい、と回答があった。

要件については言い含めていなかったものの、私の名前で話が通ったとのことなので、向こうにも用件があるのかもしれないが、そこまで安易に連絡が取れ、承諾も得られた事に一抹の不安を感じていた。


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