24話 御用聞きの初仕事
「うーん、これは凄い。」
「フミフェナ嬢の誕生日に間に合うように、との要望だったので急いだが、間に合って良かったよ。」
カンベリアの灰城の周辺の建物が乱立していた土地を都市開発として住民に対して買収をかけ、土地ごと接収し、建物をサウヴァリー氏と共に計画、灰城を囲む城壁のような構造の建物として新築を依頼していた。
この建物は城壁でありつつ、とある目的の為の膨大な空間を備えているものであり、かつ、様々な用途にすべく建設したものだ。
これにはヒノワ様が少し反対していたが、ヌアダとサウヴァリーさんからも援護射撃があり、達成することができた。
灰城の出来に反して、周辺の整備が進んでおらず、門をまたいでからも住居群が城を取り巻いているのは、実際に灰城が『城』としての機能を発揮する際には支障がある、という旨を重々説明し、説得したのだ。
元々、都市計画的には、灰城が住居群の中央部を整備区画して後から建設したものであり、周辺にいた住人については可能な限りそのまま生活できるように工面されていた。
だが、実際に先日戦があったこともあり、灰城近辺に住まう住民達も灰城を取り巻く城壁の新設について大いに理解があり、代替住居として既存住宅よりも上位の住宅を宛がったところ、比較的容易に用地買収は進んだ。
施工にあたってはサウヴァリーさんのアビリティをフル活用してもらった。
彼の能力はまさにチートと言って過言ではない能力で、『建築資材に限り、解体することで粒子をチャージ・プールし、その粒子を利用して建築建材に限ってを創り出せる』というもの。
灰城の城壁は、その能力で作り出されたローマンコンクリートに近い組成の高強度素材に粒子を注ぎ込んで押し出し成型したようなパネル状の建材だったらしく、躯体を作り、その外部にパネルを並べて固定し、サウヴァリーさんの能力で連結させる、という技術が使われていた。
衝撃を受けて変形したとしても、ジョイント部分が伸縮し、総体としての崩壊を防ぐよう作られており、たとえ一部が破損したとしても、そこから横に破損が広がる心配がないのだという。
加えて、躯体全体がしなるような構造をしているらしく、生半可な衝撃では傷すらつかないのだという。
躯体がサスペンションのような衝撃吸収の役割を果たし、押されれば引き、引かれれば引き戻し、かつ斬撃に非常に耐性の高い微粒子をチェーン状の構造にした物理的強度に加え、成型時にサウヴァリーさんが粒子付与まで行っているというとんでもない城壁。
これはカンベリアの城壁に使われているノウハウをそのまま流用している為、構築された建物群は非常に強固であり勇壮であった。
計画段階で既にカンベリアを取り巻く城壁に次いだ大規模建築であり、私の知る限りの技術、つまり前世の技術を使っても5年10年では終わらないであろう大規模な建築だった。
が、サウヴァリーさんにかかれば、設計に要した期間が1ケ月、施工に関しては接収した地域の既存建物の解体開始から竣工までの期間がたった3か月で完了。
解体工事はたった3日、重機もなしで掘削が4日で完了し、翌朝気が付いたら杭や基礎が出来上がっている、というような滅茶苦茶な進行速度で、建物の躯体が出来上がったのはたった3週間の仕事だった。
残りの2ケ月ちょっとは、内装工事に費やされた時間だが、こちらも前世の西洋の宮殿か、外交に使われる迎賓館か何かか、というような驚異的な細工のこらされた装飾を施した仕上がりを見せている。
氏への支払いには、私の大戦の報酬を充て、飽くまで私個人が自分の邸宅として建築する、という名目で、実質ヒノワ様の為の居城を作るという目的の元、私の資金で建設した。
その費用は膨大な物になるかと想像していたが、提示された見積は私の想像の1/10程度と、破格に安い金額だった。
内容の説明を求めた結果、回答は「使用するのは、解体された建物の屑と、サウヴァリーさんのイマジネーションだけだから」。
この建築に携わったのは、解体屑や切り株や屑石など、他で用途の無い物をサウヴァリーさんの手元に運ぶ運び屋のみ。
後は、現地調達、そして施工も全てサウヴァリーさんだ。
土や石、廃材から必要な資材を創り出してしまえるのだ。
再構成するのに必要な素材は、単純に『重量』であり、素材の構成物質なども関係ないらしい。
つまり、0から100を作ることはできないが、Aという物(重量100)があれば、B(重量10)、C(重量40)、D(重量50)など、自由に作ることができるのだという。
これをチートと呼ばずして何をチートと呼ぶのか。
まさに創造系能力の最上位レベルのチートだ。
戦闘に応用すれば、その能力はとんでもないのでは、と聞いてみた結果、戦闘には堪えず、せいぜい前線構築で簡易的な砦を構築することができる、という程度だという。
というのも、射程距離というか、効果範囲はサウヴァリーさんを中心として半径5m以下、しかも構成物質は重複不可能なオブジェクトとして認識されるらしく、人や魔物、動物などがその場にあれば構成できないらしい。
『戦闘の役に立たない』。
それを楽しそうに話すサウヴァリー氏だが、傍目に見て少し、ある意味では寂しそうではあった。
ひょっとすると、戦闘面での力不足が原因で身内が殺されたりといったような悲劇があったのかもしれない。
「私は前世では仕事として建材卸の商社に勤めており、建築の一端を担う者として様々な建築を見ておりましたが、このような素晴らしい建築は見たこともなく、しかもその偉業が10年で成し遂げられた物ではなく、たった5か月で成し遂げられた物となると、もう言葉もありません。
身近にこれほどの物を建築可能な方がいらっしゃるというのは、存外の幸福です。
貴方の能力がとんでもないとはヒノワ様に聞いておりましたが、流石に、これは・・・。
次元が違い過ぎて何と言って評価したものか悩みますね。
・・・言葉足らずで申し訳ありませんが、建築をかじっていた人間の一人として、・・・そうですね、一言で言って、嫉妬致します、サウヴァリーさん。」
「ははは、そうだろう、そうだろう。
まさに、この能力は建築屋・・・いや、設計士として、天上に望む全てを手に入れたと称しても、過言ではないと思っているよ。
君が建築を志していた者なのだとすると、同志である君には分かるだろう、この至上の能力の偉大さを。
いやぁ、この世界の神には感謝だな。
まぁ、ひょっとすると、戦闘に関しないことに関しては、神はかなり寛容に優遇してくれているのではないかな?」
「しかし、もしサウヴァリーさんと同じ能力を持つ者がいたとしても、これほどの物は作れないのではないでしょうか?
レゴブロックで建物を作るにしても、箱しか作れない人間と都市ごと作ってしまう人間がいるようなものでしょう。」
「まぁ、そうかもしれないが、この世界で戦闘力がない、ということは非常に大きなデメリットではあるからね、そういった気遣いがあったのではないか、と思っているよ。
故に、このような社会を作ってくれた先達の皆様には感謝しかないね。
彼らの血と汗と涙の結晶である、この国がなければ、僕はその辺の石の下に眠っていたとしても不思議ではない。
何せ、魔物に殴られたら、おそらく一発で死ぬのは間違いないからね。
そういった意味で、伝記に見る建国王やその仲間達を、僕は非常に尊敬し、感謝している。
・・・まぁ、今となっては、死ぬ前にこれが作りたかった、あれが作りたかった、そう言いながら前世で諦めたあれこれは、この世界に来てから幾つも作ってこれた。
まぁまだ作りたい物はあるが、もしすぐ死んだとしても、満足して死ねる程度には建ててきたものだよ。」
「しかし、何故、このような最前線都市に?
貴方の能力は非常に汎用性も高く、特に要望に応えるだけのデザイン能力にも優れていて、しかも建築家にありがちな良く分からないデザインへのこだわりや頑固さというか、自己満足に終始するようなところもなさそうに見えます。
となれば、何処でも需要が高い能力です。
サウヴァリーさんならば何処でも・・・というか王都でいくらでも稼げたのでは?」
「ふん、最初はそうだったさ。
だが、ダメだ。
僕の能力は、僕という人間が扱っているからこそ品位も格もあるものだが、この能力はあまりに『代償なく』、『正確』に、『即席』で、『安易』にあれこれが作れ過ぎる。
君も建築に携わる人間だったのなら分かるだろう、これはひどいチートさ。
建築の技術の粋を集めたと言ってもいい日本の建築技術ですら、こんなに短期間で、こんなに安価に、正確に、簡単に建物は作れたかい?
できないはずさ、これはチートオブチート、僕の能力は、過剰に便利過ぎた。
君の趣味で言えば・・・そうだな、RPGのゲームで、ゲーム開始直後からいきなりレベルマックス、最強装備も全て手に入れていて、何なら両手両足両手指全部に別々の装備品を付けれるように装備品の枠まで拡大して装備できるバグ利用した最強状態で始まったとしよう。
これは、冒険に・・・RPGゲームになるかな?」
「最初は楽しいでしょうが、私はすぐに飽きるでしょうね。
何の思い入れもない剣を一振りするだけで全て片が付く作業を、ゲーム開始直後からクリアまで延々と続けて、しかもレベルがもう上がり切っていてそれ以上上がることがないのでしょう?
そんなゲームを何十年も続けなければならないなんて、レベリングマニアの私からすると拷問に近いです、殺してくれとすら思うでしょうね。」
「はは、まぁ、そうだろうね。
僕と同じ能力持ちがちらほら現れるなら、それがこの世界に一般的な存在となるなら、先人としてあれこれ残してもいいだろうとは思った。
だけど、この数十年、いくら待ってもそんな仲間は現れなかった。
これでは、僕が全力で全ての仕事を片付けてしまうと、僕のようなチート能力を持っていない若い建築士達、建材を作る商社、そして現場で作り上げる職人達は、仕事がなくなってしまい、後進が育たなくなってしまう。
事実、僕の所為で廃業した建築屋はたくさんいたよ、僕に直接関わった人達は特に、ね。
職人がいなくなるのはダメだ。
僕が何でもかんでもやっていたのでは、僕が死んだ後の世界の建築技術は全てなくなり、焼け野原になるのは目に見えていた。
そんなことになったら、後の世の建築屋から恨まれるのは間違いない。
だから、僕はひとつの縛りを自分に課している。」
「・・・その縛りとは?」
「最前線という危険な土地で、非戦闘員である建築に携わる者が犠牲になるのは、見たくないんだ。
だから、僕が建物を建てるのは、建物に相応しい報酬を払える、僕を使うに相応しい人物のいる、最前線都市の建物だけ、だ。
それも、軍事施設以外については、既存の建材しか使用しない、という縛りも付けてある。
つまり、時間と手間を除けば、後続の若い建築士達でも可能な建築物しか建てていない、ということだよ。
まぁ、魔物に壊されては元も子もないので、軍事施設や城壁については、僕の全力であれこれを作っているから、僕のいる都市の城壁を破壊するなんてことは、まぁどんな魔物にも不可能だろうね。
それは自信を持って言えるよ。
僕はその為に、最前線の都市に身を置くのだから。」
「なるほど。
・・・立派なお考えかと思います。
尊敬致します。」
逆に言うと、その『縛り』を自らに課す、その心が真に誠実であることによって、サウヴァリーさんの能力は研ぎ澄まされ、能力はブーストされているのだろう。
言われてみれば確かに、サウヴァリーさんの建てた建物のうち、『一般住宅』と呼べる建物には、一環してサウヴァリーさんの周りにいる弟子の若い建築士が主に従事している。
聞いてみれば、サウヴァリーさんはそう言った場合、アドバイスするだけらしい。
サウヴァリーさんのいる場所は彼の縛りからして最前線であることは間違いなく、最前線で建築に従事するということは死の危険と隣り合わせであることも間違いない。
だというのに、サウヴァリーさんの弟子は常時20人はおり、独り立ちし建築士となった弟子は各方面で引っ張りだこであり、どの地域でもその能力をいかんなく発揮しているらしい。
彼らは最前線という命の危険に晒される場所であったとしても、サウヴァリーさんの建築を学びたいという熱い思いで弟子入りしているのだ。
そこに学欲、金銭欲、名誉欲、芸術欲、様々な思惑は絡むことだろうが、彼ら弟子と共に働くサウヴァリー氏は本当に楽しそうだった。
この数週間、サウヴァリー氏の仕事ぶりを見ていてそう思った。
それは、素晴らしいことだろうと思う。
「さて、こちらだが。
君の要望通り、ほぼ城壁という体をとった物に仕上げたつもりだ。
外側はカンベリア城壁と同様の石地、灰城側だけ外観はバッキンガム宮殿のような仕上げとした。
内部の仕上げは、君の指定通り、『客』の出入りする空間は高級な迎賓館仕様に。
君達の居住空間については一般的な住居に準じる仕様に。
後は君の指定した『アレ』を据え付ける巨大な空間だよ。
まぁ、四方の門を抜けた者は驚くだろうね、城壁の中に更に高くて頑丈な城壁があって、更に中に入ったら外側は城壁みたいだった建物が何処かで見たような宮殿になっていて、そのまた更に中にはこれまた近代的な何処かで見たような逆台形の建物があるんだから。」
「面白い施策かと思います、過剰に華美ではなく、かといってみすぼらしくない、そして来客の驚く顔が想像に難くない、その上、西洋宮殿建築のデザインと現代日本建築のデザインを合わせ持った、完全にマッチしたデザインの統一性・・・まさに天才の所業。」
「うんうん、もっと言ってくれお嬢さん。」
「天才!
よっ、ガウディの生まれ変わり!」
「はっはっは、そうだろうそうだろう、もっと褒めてくれたまえ!
建物に関してなら、なんでも、そう、何でも僕に言いたまえ、久々にインスピレーションが冴えて冴えて仕方がないところなんだ、はっはっは!ふぁーっはっはっはっはっは!」
「あの、フミフェナ様、失礼致します。
ノルディアス殿とのお約束の時間が迫っておりますが・・・。」
はた、と振り返ると、後ろにいたのは、レギルジアからついてきていたアキナギ家分家の一つ、シュウセイ家の筆頭騎士、ノーレリアだ。
ヒノワ様のお爺様の弟の血筋の分家出身で、20歳という若さでレベル100に到達した若手のホープだ。
このノールは、他家のススメを押し切って、ホノカを含めたホノカの配下が丸々が私の配下となった時に随伴してきたらしい。
レギルジアに女神ヴァイラスの巫女であるという顔見世を行った際、レギルジア周辺領主兼都市長であるスターリアが、領主管轄の護衛騎士隊をまるごと私の配下にすると宣言してしまったのだ。
まぁ、ホノカやノール他隊員には知らされていたようだが、私は知らされておらず、びっくりしたものだ。
その後、前述の通り改造手術を受け、レギルジア・アーングレイド・カンベリアと移動した私に彼らはみんな随伴してきたのだ。
私直属となる彼らは、アキナギ本家からも既に指揮系統を別としている、とホノカは言っていた。
私の身体に埋め込んだ粒子吸収スキームのある極小レアアーティファクトはかなり強烈な上にピーキーで、扱い次第で命の危険がある為、ダウングレードした量産型が彼らには埋め込まれており、そして、ダウングレードされた装備によって、必然的に大容量の処理を行う必要がないこと、効率化が進んで大型化が必要なくなったことから、ベルトによる操作ではなく、ブレスレットを操作基盤とするよう装備が小型化された。
量産型のレアアーティファクトを身体中に埋め込み、ブレスレットを装備した者達はその効力に驚き、私とナインに土下座をしながら感謝し、額を地面に埋め込むのかというくらいの勢いで更なる忠誠を誓ってくれた。
ノールは私直属の配下、所謂副官になる、ということでカンベリアに残っているが、彼は彼で私との訓練で日常的にボコボコにされながら感謝の涙を流し、日々たくましくなっている。
彼のレベルは他のメンバーよりも劇的にレベルが上がっており、現在144とホノカを大幅に越えている。
ここ最近は、レベリングが楽しくて仕方がないらしく、初めてテレビゲームをした小学生のようにレベリングを楽しみにしているが、傍から見れば私にボコボコにされるのを楽しみにしている変態にしか見えないという感じで、最近は新築されて間もない人目のない道場で特訓をする日々だ。
普段は、非常に紳士らしい騎士なのだが。
「もうそんな時間でしたか。
すみません、サウヴァリーさん、これから私のこちらでの初仕事が入っておりまして・・・。
竣工祝いは予定通り後日、盛大にさせていただきます。
本当にありがとうございました。
銀行の方で残金の支払い処理は済ませてありますので、報酬の方もご確認ください。」
「はは、いい仕事をさせてもらったよ、こちらこそありがとう。
忙しいようだから、また後日会おう。
僕は一仕事終えたので、弟子達と酒でも飲みに行くとしよう。
・・・君の武運を祈るよ。」
サウヴァリーさんは、ザッ、と武人らしい敬礼で見送ってくれた。
その動きは非常に洗練されており、ひょっとすると、元々軍属だったのかもしれないな、とも思った。
「サウヴァリー氏とは、随分懇意になさっておいででしたね。」
書類をチェックしながら歩いている部下数人を先導しながら、ノールは私の横に並んで歩くように進んできた。
「あれ?ノールさんにはお伝えしておりませんでしたっけ。
私、前世では建築の資材を扱う商社に勤めておりまして・・・元々は設計士になろうかと思っていたのですが、才能があまりなくて、サウヴァリーさんには一種の憧れを抱いていたんですよ。
前世の世界は、才能のない設計士には辛い世界です。
その点、サウヴァリーさんは前世でもしっかりと設計士として身を立てられておられたということなので、才能・・・というかセンスですね、センスがあったんだと思います。
日々生活するためには、下世話な話、お金を稼げる職種への就職をしなければなりませんでした。
つまりは、憧れていたけれど、私にはセンスがなく、諦めてしまった過去があるんです。
サウヴァリー氏の能力は、確かにチートと呼ぶにふさわしい能力であり、羨ましいですが、私にとってはその能力よりも、何よりあの才能が本当に羨ましいのです。
今世で、戦闘能力に恵まれて居なかったら、商人としての能力に恵まれて居なかったら、今度は施工側になってみようかな、と思っていたくらいの気持ちがありますが、設計士として恵まれた才能は持って生まれませんでしたので、羨ましい、というのが正直な気持ちですね・・・。」
「・・・なるほど、それ故、サウヴァリー氏には良い瞳を向けられておられたのですね。」
「・・・そんな目をしてましたか・・・?」
「はい、それはもう。
・・・ですが、フミフェナ様ですら才能がないと判断される世界というのは空恐ろしいものでございますね、その世界には如何ほどの綺羅星が散りばめられているのやら想像すらつきません。」
「ふふ、それは過大評価というものですよ。
単純に、私には本当にそういった才能がなかった、ただそれだけなのです。
私の設計能力は、凡百の中の中、悪くはないが良くもない、ただ必要なだけ応じるだけの無骨で面白味のない、独創性のないもの。
絵を見るのが好きな人間が絵を描くのが上手いかと言えば、そうではないように・・・。
私には、私の想像もつかないような、輝かしい物を現実に創造する能力が不足していました。
こちらの世界に来てから、私が躍進できたのは、ただのめぐりあわせの運、それだけです。」
「いえ、そのようなことは・・・。」
「いえ、そうですよ。
女神ヴァイラス様は勿論ですが、祖父や叔母を始めとした家族、アグリア商会の皆さま、ナイン、ローマンさん、サウヴァリーさん、スターリアさん、ホノカさん、ノールさん、私についてきてくれたみなさん達。
そして、一番大きいのはヒノワ様とヌアダ様ですね・・・。」
「そのお歴々の中に名を挙げていただけるとは、有難き幸せ。」
「何を言ってるんです、こちらこそ感謝しておりますのに。
ここ数週間お世話していただいておりますが、私のような幼女の世話をするような家柄でも、格でもありませんでしょう。
4歳のポッと出の幼女の配下に配属なんて、スターリアさんにも困ったものです。
本当に申し訳ない限りですが・・・。」
「それこそ何をおっしゃいます。
貴女様の配下になることは、ホノカ様もみなも、勿論私も自ら望んだこと。
私の夢は、死ぬまでにレベル100の壁を越え、ノーレリア家として初のレベル101の戦士となり、家名を歴史に残すことでした。
それが、貴女様の傍に侍ってからというもの、私はレベル100の壁を一瞬で通り過ぎ、既に144にも到達致しました。
簡潔に申し上げて、私の夢は既に達成し終え、これまでの人生20年で抱えた人生観はこの数週間で塗り替えられました。
そして、これから徒労に終わろうとしていた40年、50年という月日、それら人生全てが余生となったのでございます。
最早この身、残された時間を全て貴方様の為に使うつもりでございます。
如何様にも御使いください。」
「・・・ではありがたく、その忠誠だけいただいておきますね。
・・・で、ノルディアス殿との会談は、橙の件でしたね。」
「はい。
食糧支援の件で、橙のヴェルヴィア様からのご依頼を受けられたのでしょう。
彼の領は、農民が多く犠牲になってしまいましたので、今年の冬を越す為の食糧の収穫ができない見込みであると聞いております。
かと言って、王都に農民を寄越せ、食糧を寄越せ、では自分の戦貴族としてのプライドが傷付けられる、噂に聞くヴェルヴィア様はそういった御方かと。
ゴーベルト氏が進めておられるレギルジア主導の街道整理及び食糧輸出計画について聞き及び、ノルディアス殿に仲立ちを依頼したのではないでしょうか。
ノルディアス殿は、レギルジアへも出入りしている商会の一つですから、橙の状況を見てこれを商機と見、先んじて商会として取引をするつもりかもしれませんが・・・。」
「分かりました、ありがとうございます。
ノールさんと、ミチザネさんは私の護衛としてフル装備で後ろに立っていて貰えますか?」
「は。
フル装備で、とは、武器・・・槍も持った方がよろしいでしょうか。」
「はい。
と言っても、戦闘があるという意味ではありません、ポーズとして必要なんです。
私の渡した、紋入りの槍を持っていてくれますか?」
「は、了解致しました。
ミチザネにすぐさま伝え、フル装備にて灰城の応接室に向かいます。」
「いえ、灰城の応接室ではなく、『ここ』の応接間に通していただけますか?」
「ここに、ですか?」
「はい。」
カツカツ、とそれほど硬くない靴底とでも良い音がする床板。
大理石調の『何か』で作られた美しい白いマーブルの石敷きの床。
私がサウヴァリーさんと話をしていたのは、南門の近くにある迎賓館のエントランスロビー。
王都方面から灰城に向かう為には絶対通過しなければならないポイントに、南門を作った。
門と言っても、普段は24時間開放されていて、しかも『この建物』の下を30mはくぐらなければならないトンネルのようなものだ。
灰城への避難が必要な戦闘が発生した折には閉門可能なように巨大な門扉も作られているが、開門状態では城壁外部から眺める限り、門扉のないトンネルのように見えるだろう。
言ってみれば建物の一部が凱旋門のような形になっている。
トンネルをくぐって灰城側まで抜けると、すぐさま左右に背の高い建物が顔を出す。
基本的には、この南門を通過する者は三種類だ。
戦士や戦士候補の学生を主とした灰城に滞在する意図のある者。
ヒノワ様やヌアダに用のある戦貴族に関連する親族や賓客、商人。
灰城や『この建物』の運営に携わる運営者とその関係者。
灰城内に構築されていた部署の内、外部に設けた方が良い物については、サウヴァリーさんと共にヒノワ様に進言し、受け入れられたものを西側の建物に集めた。
そして、東側の建物は、サウヴァリーさんと私の考えられる内、限りなく洗練された迎賓館を建築した。
ただ豪華である物である必要はない。
それはヒノワ様からも、アマヒロ様からも重々言われていたので、目指すのは前世での高級料亭に準じる清廉に徹した建物とし、庭や擁壁も詫び寂びを感じさせる、日本人の落ち着くような、そんな仕様とした。
王都にはまだ行った事はないけれど、サウヴァリーさん曰くは「カンベリアで自分が作ったホテルや旅館も最高傑作だと思っていたが、今この時に関しては、この建物が自分が手掛けた和風建築の最高傑作と言っていい」とのことだ。
建物の位置づけとしては、こちらが完全に来賓向けになる。
灰城にも来賓用の部屋や応接間はあるが、ヒノワ様の意向もあって、城内に作られた居室であり、どちらかというとオフィスビル内のオフィスのようなイメージの強い形になっており、アマヒロ様からも「活用してよいのであれば、こちらの方が有難い」と言っていた。
だが、本来、こういった建物の竣工の暁には、その建物の一人目の来賓というのは、主人とその客であるというのが定例となっていた為、竣工式も迎えていない迎賓館に他領の初対面の商人を来賓として出迎えることにノールがいぶかしむ反応をするのも理解できる。
「一応、ノルディアス殿が来たらこちらに案内してほしい、とヒノワ様からも指示をいただいています。」
「そうだったのですか、失礼致しました。
お一人目のお客様は、フミフェナ様とヒノワ様かと思っておりましたので、意外で・・・。」
「理解できます。
ですが、ご安心ください、『そのようになります』。
さて、ではコリーナ支配人には準備しておくように伝えてあるから、迎賓館まで案内してくれますか?
あとはこっちでやりますので。」
「は、分かりました。
サリー、ノルディアス殿を迎賓館まで案内してくれ。
私はミチザネと共にフミフェナ様と共に先行して準備をしておく。」
「失礼致します。
この度は名高き女神ヴァイラス様の姫巫女であられるフミフェナ様にお目通り叶いましたこと、まことに光栄に御座います。」
そういって入室して最敬礼をしてきたのは、壮年の男性二人、ノルディアス・ベッティムとその従者だ。
ノルディアス・ベッティムという男性は、色付き戦貴族領『橙色』で大々的に商売をしている商会、ベッティム商会の現当主である。
大きな営業先には商会長である自らが赴くことを信条にしている、という珍しい商人だ。
橙色から灰色までは、それほど遠くないとは言え、レギルジアやカンベリアにまで足を運ぶとなると馬車の速度なら3日ではつかないので、往復で一週間から10日程度はかかる道程であるが、そんなことは厭わない性格らしく、アグリア商会にも何度か商談に訪れたこともある人物らしい。
つまりは、商売が大好きなのだろう。
だが、そんな彼から商談のための面会要望の手紙がヒノワ様に届いた際、ヒノワ様は「フミフェナという者が御用商人となるので、彼女と商談を行ってください」と返事をしたので、急遽私が対応することになった。
確かに、ヒノワ様からは今後御用商人として働いてもらうとは聞いていたけど、こんなに早く仕事を任せてもらえるとは思ってもいなかった、非常に有難い話だ。
ヒノワ様は、都市運営の仕事の会議が重なっていて、後から遅参するとのことだったので、ひとまず私とノール、ミチザネ(文官よりの武人、ホノカの元配下)で対応する。
「初めまして、フミフェナ・ペペントリアと申します。
どうぞ、お座りください。」
きわめて冷静を装っているが、ノルディアスもその従者も、私の容姿とノール、ミチザネを見て、内心狼狽えているのを感じる。
ヒノワ様の御用商人が女性であるとは聞いていただろうけど、幼女とは聞いていなかっただろうし、そんな幼女が橙色では見たこともないほどの雰囲気を発する騎士を二人も連れている。
一般的な見方をすれば「武力に任せた強要があるのではないか」と勘繰る場面ではあるが、逆に言えば幼女だからと侮ってかかれない状況を作り出したとも言えるだろう。
そこまで察していただいたのか、彼らもなんとか唾を飲み込んで落ち着きを取り戻したようだ。
「この度は我等ベッティム商会との商談の許可をいただきましてありがとうございます。
先だって、当方の要望の品については送らせていただいたのですが、書面のご確認はされましたでしょうか?」
「こちらこそ、名高きノルディアス・ベッティム様とお会いできて光栄です。
当方も商談とあれば積極的に対応していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い致します。
で、ご要望の品なのですが・・・。」
ちょいちょい、と指で合図をして、ミチザネから書面を受け取る。
ベッティム商会からの要望は、食料品の大規模な輸入、だ。
しかも、通常では考えられない量の。
それがどういう意味か察せないほど、私も察しが悪いわけではない。
「これは橙色からの依頼、と読み替えてもいいのでしょうか?」
「概ねはお察しの通りでございます。
言ってみれば、我々も貴女様と同様の立場であると、お考えいただければ。」
つまりは、行政側の人間ではないが、橙色の領主の名代として商談を行う、ということだろう。
輸入の要望の品は、馬車換算で軽く5000台分にも及ぶだろう。
しかも、これが「単価契約」の上での商談だ。
おそらく、継続的、もしくは断続的に追加で輸入する意図もある、と。
普通に考えれば、こんな商談はあり得ない。
余程耳が早くなければ。
「ノルディアス様は非常に良い耳をお持ちのようですね。
やはり優秀な商人の方は、良い耳と良く滑る口がなければやっていけないということでしょうか。」
「ははは、お褒めに与り、光栄でございます。
やはり、貴女様は見た目通りの年齢ではありませんな、“来訪者”の方でございますね?」
「お察しの通り、“来訪者”の転生者でございます。
しかし、良くこちらの情報をご存じなのですね、情報統制をしていないとは言え、一般的に情報が発信されてからほぼ最短で伝わったとしか思えない速度だろうと思いますが・・・。」
「我々も一端の商人として、あちこちに根が張っているものでございます。
貴女様の噂も、かねがね伺っております。」
つまりは、レギルジアにも訪問したことがあるし、女神ヴァイラスのことも知っているし、レギルジアを中心とした農作物の異常な豊作、アグリア商会主導の街道整備も知った上でこちらに来ている、と。
「ですか。
でしたら話は早いですね。
貴方がたのお気持ちは分かりました。
ご要望のお話の件、お引き受け致しましょう。
物量的には、おそらく問題なく調達可能です。」
そう答えると、ベッティム達二人は、おぉ!と心の底から安心した感嘆を漏らした。
物量的に賄うことが可能だという確信を持ちつつも、それを調達、提供してくれるかは別の話であり、私という名代を務める御用商人の言質が取れたのは大きいだろう。
ただ、この物量というのは、通常ならばあり得ない量だ。
まず、馬車5000台の食糧品というのは、正味の重量にしておよそ6000t。
ベッティムが拠点としている橙の首都ノーブルは、10万人都市だ。
その都市に住まう人々全員が20日間三食しっかり食べられるほどの量になる計算だ。
しかも、それを継続的に、もしくは断続的に輸入する可能性のある契約。
欲している理由は勿論理解できるが、『他領に6000tクラスの食糧の輸出が可能な余剰食糧が在庫として存在する、もしくは供給可能なほどの生産能力を誇る』ことを確信していなければできない契約だ。
でなければ、売る側の土地が飢えてしまう。
そうなっては本末転倒であり、こちらがそれらを調達し、供出することなどあり得ないからだ。
つまり、彼らは、完全ではないにしろ、灰色領の情報を探り、灰色領の農家達が今期に得る収穫物の物量が他領を丸々一つ養えるほどの余剰分となり、輸出に応じて外貨を得るための商品を抱えることになるので、比較的安価で一所から大量に仕入れられる、という推測を立てているのだ。
でなければ、普通に考えれば、わざわざ馬車で4日も5日もかかるような都市から食糧を輸入する意味はない。
多少価格が高くとも、近隣から薄く広く買い集め、結果多く食糧があればよいのだから。
何せ、大量輸送ともなると、馬車よりも更に時間がかかるため、発注から到着までで軽く1週間はかかるだろう。
馬車を引く馬や飼い慣らされた魔物の育成費用、飼い葉などの餌代、商隊を組織する商会の人件費に経費と利益、警護する護衛部隊の費用、それが5000台分、1週間移動するために毎回発生するのだ。
そして、賞味日程の問題もあり、乾燥させた穀物以外を少なくとも4日も運搬してから売ったのでは、傷んでしまう物も多くあるからだ。
ベッティムからの要望リストには、主食となる穀物が全体の6割程度になっており、残りの4割は比較的傷みの早い生鮮な野菜類が計上されていた。
流石に肉類や魚類はそもそも輸出できるほど穫れないこと、輸送中に傷む可能性の方が高いということから、リストには計上されていなかった。
と言っても、元々領内で日々生産、流通されているはずの農作物が存在しているはずなのに、そこにこれだけの生鮮野菜を含む食糧を一度に輸入する意図と言えば、単純に『在庫の問題』に対応するためだろう。
橙の領内の惨状は、魔物を討伐にいったホノカ達の報告を聞いて知っている。
魔物が進行してきた方面の、城壁外に住まう農民の約2割が魔物に皆殺しにされ、田畑が荒らされて、食糧生産量は大幅に減少しているらしい。
たった2割と考えるか、2割もと考えるかは立場によって変わるのかもしれないが、農民が2割も減るということは非常に大きな問題だ。
10万人都市とその周辺の村々で都市を支えていた農民はおよそ3万人から4万人というところだろう。
その内の2割ということは、少なくとも6000人ほどの農民が犠牲になったということであり、橙が公表している被害人数よりも大幅に多い。
10万人の都市を支える農民が2割減るとなると、復興事業で多くの出費が重なることを考えれば、税収も減るし近場で調達できる食糧が物理的に2割は確実に減り、しかもそれに伴った食糧価格は2割アップどころではない上乗せが発生することになる。
供給量に疑問を感じた商人は、禁止されたとしても買い貯めや買い占めを行う可能性もあり、より需要が高まって価格高騰に繋がるからだ。
つまり、食糧を買えなくなる人々の発生が将来的に避けられなくなっているということ。
つい先日の戦災ではあるが、既に橙色が将来的に食糧難の危機を迎え、その対策に頭を悩ませているのかが良く分かる。
「フミフェナ様は、我らが橙の惨状を何処までお聞きになられておりますでしょうか?」
「包み隠さず申し上げますと、ほぼ全容を把握しております。
・・・大変でしたね。」
「ご存じでしたか。
正直申し上げて、ご領主様の王都への復興要望は、ご領主様のプライドもあってかなり控え目です。
ひと時の充足にはなりましょうが、農民は減ってすぐ元に戻る数字ではございません。
都市の民衆を飢えから救うためには、数年どころではない期間、食糧輸入に頼らざるを得ないと私は踏んでいます。
災害を商いに利用してはならない、これは商人の心構えではございますが、それは強制できるものではないと理解しております。
ですが、どうか、寛大なる判断をお願いできればと思います。」
ベッティムとその従者は立ち上がり、床に手をついて土下座をした。
何といって止めたものかと考えていたものの、結論は簡単だった。
「おやめください、ノルディアス殿。
綺麗なスーツが汚れてしまいます。」
「いえ、これは我らが領の民衆の命のかかったお話でございます、これは私の覚悟の表れでございます。」
「分かりました、とお返事致しましたよ?
さぁさ、お席について、商談の続きとまいりましょう。」
ノールとミチザネに促され再度席についた二人は、ミチザネから見積資料を手渡され、目を見開いて驚いたようだった。
本日のサプライズ第一弾は成功したようだ。
「こ、この見積は、確かなのですか!?
フミフェナ様とヒノワ様の押印もございますが、確かな書類と受け取っても!?」
「御覧の通り、こちらのミチザネが作成し、私が確認して、更に上役にあたる都市長であるヒノワ様の決裁もいただいております。
ご要望に沿いませんでしたか?」
「いえ、ですが・・・これでは、貴女様達の利益が全くないのではありませんか!?
むしろ、輸送費や商隊の護衛費を鑑みれば、大幅に赤字なのでは・・・!?」
ニッコリと微笑みながら、首を横に振る。
見積書の作成者は後ろにいるミチザネだが、根拠は明らかであり、原価も確認している。
今期の灰色の農作物は豊作が過ぎて、食料品の価格暴落が予想されており、流通制限を課さなければ、農家が頑張って収穫すれば収穫するだけ、出荷すれば出荷するだけ食料品重量当たりの労働単価が大幅に下がり、働き損になってしまうところだったのだ。
また、領内での消費量を大幅に超えることが確実となった為、せっかくの実りを無駄にしない為にも、ということで行政も協力して輸送体制の確立がなされてきた。
前述の通り、それをアグリア商会が主導で牽引しており、街道整備の進捗で輸送期間も短縮、起伏の少ない街道を移動することが可能になったことにより馬車や荷車の破損や故障といった損料が大幅に削減され、加えて消費される消耗品や食糧品もその分削減された。
そして、護衛部隊の常設化も計画され、傭兵ギルドと随時契約としていたところを商会への雇用契約とし、1回辺りの輸送に対しての経費が大幅に削減されることになり、輸送費は大幅に低下した。
流通量制限の為に比較的低単価で仕入れられた調達品と、効率化され大幅に低下した輸送費、その合わせ技で低価格で近隣都市への食糧輸出を可能としたのだ。
その単価は、ノルディアスがノーブルから近隣で食料品を調達する際の金額とほぼ大差ない。
下手をすると、隣の都市で買うよりも安い。
しかも一度で購入できる量が、馬車5000台単位なのだ。
「流通量を制限する為の余剰分は低単価で仕入れることができますし、輸送費に関しては既にアグリア商会の大規模輸送商隊が試験運用を終えて、この単価で輸送が可能であると回答を得ておりますので、対応可能です。
当領の公営倉庫を現在増設中ですので、今後も継続した出荷も可能です。
見積書にも記載致しましたが、物にもよりますが、概ね発注書がこちらに届いた後、1週間程度でお届けできるかと思います。
欠品中やシーズン外の物については、代替品を提案させていただきます。」
「な、なんですと・・・?
申し訳ありません、理解が及びませんで・・・。
フミフェナ様は先ほど、『この物量が継続して出荷可能』、そうおっしゃったので・・・?」
「はい、今すぐでも2便は出荷可能ですよ。」
二人は、目を見開く。
非常にやわらかくフカフカとした革の張られたソファ状の椅子から、腰が浮くが、しばらくするとまたどっさりと座り込んだ。
眼鏡を外して目頭をおさえたかと思うと、溜め息をついて肩を落とした。
彼らの肩に乗っていた重荷は、これで大きく降りたのだろう。
下手をすると、カンベリアでの商談が終われば、また他領に食糧の無心にいかなければならない立場だったのだ、カンベリアだけで全てが賄えるとは思っていなかったのかもしれない。
「感謝申し上げます、フミフェナ様。
これで我等二人は大手を振って領に帰れるというものです。
本当にありがとうございます。」
「いえ、これも商人の皆様のご尽力によるインフラ整備あってこそのものです。
私はみなさまの間にはさまったクッション材のようなものであって、全てはヒノワ様、灰色領の農民、商人のみなさんのお力ですよ。」
「・・・私が聞き及ぶ限りにおきますと、こちらの領で食糧品が大幅に増産されることになった一端は、女神ヴァイラス様の恩寵のおかげだとか・・・。
破格の恩寵をくだされた女神ヴァイラス様と、その巫女姫であられるフミフェナ様に、我等橙色の民、全てを代表し、感謝申し上げます。
そしてまた、そのフミフェナ様をこの度の対応に充てていただいたヒノワ様に多大なる感謝をお伝えいただければと思います。」
「ありがとうございます。
感謝、お受け取り致しました。
しかし、ふふ、ヒノワ様への感謝は直接お伝えください。」
「は、それはまたこの後にでも・・・?」
「あー、ダメだよフェーナ、ネタバレしちゃ・・・。
こんにちは、ノルディアス殿、ネラルド殿、久しぶりですね。」
「こっ!?
これは、ヒノワ様、まさかいらっしゃるとは思わず、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません!!」
ヒノワ様はいつも通り、こっそり迎賓館の中まで入ってきており、ノルディアスと従者の真後ろにまでやってきていたのだ。
驚かすつもりだったのだろうが、ヒノワ様のにやついた顔を見ていて笑ってしまった。
「お二方とも、この後、お食事もどうかな?
フェーナが用意してくれていると思うので、良ければ外の方々も。」
「は、部下の物まで用意していただいているとは恐悦至極・・・。
では、ありがたく頂戴致します。
ネラルド、みんなを呼んできてくれ。」
「は。」
「ミチザネさん、支配人にお食事をこちらに運んでいただけるように伝えていただけますか?」
「了解致しました。」
バタバタと慌ただしくなるような展開だが、皆、プロっぽい動きで静かに立ち回り、すごいなと思いつつ眺めていると、ヒノワ様が横に座られた。
「初仕事、お疲れ様。
上手くいったみたいで、良かったね、フェーナ!
ほんと流石!」
「いえ、急ぎで手配していたアレコレがちょうど上手くはまりましただけでございます。
アグリア様を始めレクシールさんやマキロンさんの協力もあってようやく成し得たことだと思います。
私は、あちこちにお願いして回っただけですから・・・。」
「謙遜も過ぎると良くないよ!
いくらみんなが協力してくれたことだとは言っても、今回の商いの価値は非常に大きい。
それに、まぁ、商い云々は抜きにしても、他領とは言え罪のない民衆が飢えるのは良くないし、断言できないとは言え、これで大幅に食糧事情は改善するんじゃないかな、とは思うよ。
施すだけじゃ民衆は育たないからね、支援の形は取ったとしても、私は商いの形にしたのが正解だと思ってる。
減った生産分を買うと高い、と感じて自領で作るなら作ってくれたらいいわけだしね。
都市間輸送の好例になってくれれば、今後の運用例にもなるし、アグリア商会だってあちこちに顔を売れるチャンスにもなるし、損害らしい損害はないわけだしね。
都市間輸送の件から含めて、任せたのがフェーナで、大正解だとも思ってるよ。
女神ヴァイラスの巫女姫様の恩寵がなければ、こんなに簡単にまとまらなかった話だからね。
それに、フェーナのまとめてくれた商談のおかげで、薄利ではあるだろうけどノルディアス殿もウハウハだし、橙色の民衆もウハウハだし、農作物を作った農家もウハウハだし、アグリア商会を始めとした商人達もウハウハだし、彼らの利益が領の税の増収に繋がって私達もウハウハだし、まさに八方良し、ウィンウィンだもんね。
ほんと凄いよ、ありがとね、フェーナ!」
「いえ、これら全て、ヒノワ様のため。
多少でもヒノワ様のお役に立てたのなら幸いです。」
「さ、食べよ食べよ、フェーナが準備してくれた御馳走、楽しみにしてたんだ~。」
「お任せください、ヒノワ様の食事の好みはヌアダ殿にしつこくストーキングし、聞き込みを完了しております!
きっとヒノワ様の舌を楽しませることのできる料理に仕上がっているかと!」
「お、おう・・・ヌアさんが辟易してたのはそういうことだったのね・・・。」
その後は、ノルディアスもネラルドも楽しそうに会食を楽しみ、温泉にも入り、感動して帰っていった。
ヒノワ様と温泉をご一緒し、今回の商談の労いを受け、私の感動もひとしおというものだった。
方々への要望の依頼と、感謝の手紙をしたためる頃には日が落ちていた。
カンベリアに住まい、ヒノワ様から任された初仕事は、なんとかこなせた。
これから新居への引っ越しの用意もしなければならないが、ベッドについてはサウヴァリーさんが用意してくれていたので、今日はもう灰城の寮には戻らず、こちらで寝よう。
そう決めて、大の字で大きなベッドに小さな体でダイブした。
御用商人としての初仕事は、成功におさまったが、これは領の産業まで巻き込んだ大事業が、たまたま上手くハマっただけだ。
これからの仕事も、滞りなく十分な成果を上げるべく、再び明日から仕事を開始せねばならない。
休む暇などない。
私はいつでもヒノワ様のご要望を叶える為の御用聞きであるのだから。




