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灰色の御用聞き  作者: 秋
27/45

23話 女神ヴァイラスの恩寵

「・・・ェナ様。

フミフェナ様?」

「あぁ、すいません、レクシール殿。

ボーっとしておりました。

何かご用件でしょうか?」


盗聴や盗撮、そして演出に集中力を割き過ぎていたようで、本体の管理がおろそかになっていたようだ。

もう陽射しも高く、大きな天幕の中にいるとは言っても、ボーっとしていたようだ。

横を見ると、ベランピーナも集中力を欠いていたことにご立腹のご様子だ。

声には出していないが、口は“ひ・る・め・し・だ”と言っていた。


「いえ、そろそろお昼です。

昼餉に致しませんと、フミフェナ様の小さなお身体では、お腹が背中にくっついてしまうのではありませんか?

ここまでくれば先ももう見えております、ここらで休憩なさってはどうですか。

なんなら、残りは我々の方で済ませておきます故、お連れの方々と我が邸宅でごゆるりとお休みになられても結構でございますよ。」

「有難い申し出ですが、ご遠慮させていただきます。

ですが、もうお昼でしたか、気付かず申し訳ありません、お気遣いありがとうございます。

これだけ片づけたらお昼を頂くように致します。

ベランピーナ先生、これだけ片づけてお昼にしましょう。」

「了解。

では、イオス、これはそちらのボックスへ突っ込んでおいてくれ。

これでFのNo,377まで終了・・・と。

よし、みんな、昼にするとしよう。」

「うぇーい。」

「はーい。」


ベランピーナ達とは常時付きっ切りにはなっているが、朝・昼・夕の三度の食事の際には、各鑑定人達は一斉に昼休憩を取るのが通例になっていた。

特に、同席することの多いレクシール、マキロンの二人とは、もう幾日も一緒に仕事をして昼食も一緒にとっているので、随分打ち解けたように思う。

2人とも、一介の優秀な鑑定士ではあるが、本業は商人、それも商会頭や番頭だ。

鑑定作業の合間にも、仕事を任せた代理では判断しきれないような案件の決済や相談に、彼らの部下の商人達が幾人も訪れていた。

彼らは歴戦の商人、その判断は明快迅速であり、それを見聞きできる時間はまさに有益であり、彼らが商人の見本足る存在であることを体現すべく、本領を発揮していた。

一緒に仕事が出来たことで、多くの収穫があったと言っていいだろう。

役得である。

そして、レクシールも言った通り、もうこの山のように積んであった戦利品の鑑定作業は、先が見えてきた。

仕事も手馴れてくると作業も加速してきており、まだ金曜日の昼間であるのだが、鑑定作業の残りは15%といったところ。

つまり今日の午後に幾分か進捗することを考えると、明日土曜日には私抜きでも余裕で鑑定が終わりそうだということだ。

私が手馴れたというだけではなく、鑑定士同士の分業が上手く作用し、鑑定士は鑑定・仕分け作業まで、特殊な能力を要しない作業に従事する者を増員して分別・運搬する者を増やした。

また、同じ『鑑定』であっても、各々得意分野が存在する為、得意とする分野の武具を事前にある程度分別し、得意分野の物を中心に鑑定作業を行うことで作業の効率化がどんどん進んだのだ。

加えて、ベランピーナの帳簿記載方法が非常に優れており、それも供用され、活かされた形だ。

お互い、勤め先はバラバラであり普段から連携している訳でもないのに、共同作業となると短期間で上手く連携し始め、段取り良く効率化を進める辺り、ベテランの仕事というのは効率が良い。


「こんなにも早く処理が終わるとは思っておりませんでした、流石歴戦の鑑定士の皆さんです。」

「はは、流石に『鑑定』のクオリティはともかく、歴だけで言えば、我々はフミフェナ様を上回っておりますからな。

姫巫女たるフミフェナ様に一歩先んじるところがあるなど、恐悦至極と言えど、先輩商人としては譲れない部分でもあります、ご容赦くださいませ。」

「いえ、本当に勉強になります。

皆さんと御一緒に仕事が出来たことは、今後の私の人生に大きく影響すると思います。」

「はっはっは、いや、フミフェナ嬢からそこまでお褒めにあずかるとは、こそばゆいですな。

貴女がもし『背景』のない娘御であったなら、本当にスカウトして連れて帰りたいところですが。」

「マキロン殿・・・?」

「おっと、分かっております、分かっております。

・・・で、明日、アマヒロ様とお会いする件のことですが、会場のご用意は我々がお引き受け致しましたが、御衣裳のことを伺うのを忘れておりました。

ずっとこちらに詰めておられたようですが、フミフェナ嬢はどちらでドレスを発注されたのです?」

「いえ、ドレスはまだ発注しておりません。

爵位がある訳でもないですし、あくまで私はヒノワ様の部下です。

こちらにいる間に官舎に特注していただいたサイズの官服が支給されたと聞いておりますので、明日は官服でお会いしようかと思っておりました。」

「なんと、それはいかん!」

「そうですぞ、フミフェナ様!

美しい令嬢が、灰色戦貴族の次期当主様とお会いになるのです、そのような場で着飾らずにいつ着飾るというのです!?

いや、それに、フミフェナ様は最早爵位など関係ないお立場ではありませんか!

フミフェナ様を官服で次期御当主様の前に立たせるなど、我等周りの大人の常識が疑われます!

何卒、我等にお任せを!」

「いえ、次期御当主様であろうとも、流石に3歳半の幼児とも言える女児にそんなことを要求しないのではないでしょうか・・・?」

「そんなことはございませぬぞ!

仕立てが間に合わないことを気にされておられるなら、我々御用達の手の早い針子がおります。

なんなら、私マキロンの妻と娘の小さい頃のドレスがございます、手直しすればすぐにでもお出しできますぞ!」

「いえいえ、それこそ我等がアグリア商会がこういう時の為にご用意していたドレスを出す時が来たという事です。

ご安心ください、既に10着、当商会の貴賓室にて保管しております。

ナチュラルに美しく仕上げるメイク職人もお抱えにおります、是非我らが商会へ。」

「レクシール殿、卑怯ですぞ、フミフェナ様は貢物は受け取らないと!」

「これは巫女姫への贈り物ではございません、アグリア様の薫陶を受けた令嬢に何かあったときの備えでございます、差し上げた物ではないので、何も問題はございますまい?」

「なんの、であれば私ローゾリオン商会こそがこのカンベリアにて一番の服飾職人を抱える商会にございます、都市一番の布地、そして職人を揃えてございます、今からでも明日に間に合わせます!

勿論、これは差し上げるのではなく、我等の技術研鑽の為のものでありますので、ご下命いただければ職人達も喜びます!

フミフェナ様、どうぞうちに発注くださいませ、費用は要りません!」

「いえ、ですから、ドレスは着ないと・・・。」

「「「「貴女様はドレスを着なければ絶対にだめです!!」」」」

「うぅ・・・何故そこだけは一致団結しているんですか・・・。」

「そうだそうだ!フェーナは着飾らないと!!」

「諦めろ、フミフェナ嬢。

ヒノワお嬢様はもう乗り気だ。」

「・・・ヒノワ様、ヌアダ様。

いつの間にこちらに。」


気付き次第、即座に片膝を着くが、今の今まで気付かなかった。

相変わらず、恐ろしい人達だ。

ヒノワ様達以外ならば、一定以上の速度で近付く存在は、全て自動で警告が発せられるようにシステムを構築しているというのに、ヒノワ様はその中を平然と素通りしてくる。

先日はステルス状態(?)ではなかったので察知可能だったが、今回は完全に意表を突かれた形だ。

レベルで大幅に上回ったからと言って、なんでも上回れるわけではない。

グジのようなアビリティも存在するが、これはおそらく違う。

これらを技術でやってしまう辺り、やはり特筆すべきヒノワ様達の能力は、この粒子運用技術。

非凡という言葉でも表現し得ないだろうし、研鑽の足りない私では再現できないように思える。


「あはは、いいよいいよ堅苦しくせずに。

お疲れ様、みんな。

途中経過の報告で今日明日にでも終わるって話を聞いてね。

ほんとにもうすぐ終わりそうだ、みんな流石だね。

私が唐突に来たのは、もうすぐ兄上が戦場査察でこの辺りを歩くから、ちょっとその前に私の目で危ないことはないか確認しとこうかな~ってね。」

「・・・もしや、何か、ございましたか。」

「ん-、まぁ、関係ないかなぁってとこではちょっと一騒動はあったけど・・・。

まぁ、この辺の話じゃないから、今の所フェーナが気にすることはなーんもないかな。

フェーナが今の所気付いてないなら、取り越し苦労なのかな、とも思うし。

ん-、魔の勢力側もそろそろ現場確認くらいくるかな?って思ったんだけどね。

そりゃフェーナがいたら来ないよなぁ、とも思うし、逆にフェーナを覗きに来ないかな?とも思うし、現地見とこうかなと。

まぁ何かあったならフェーナが真っ先に気付くだろうから、フェーナが何か気付いてないかな、と思ってね。」


チラリ、とヒノワ様が目を向けたのはカンベリア北門の北東に存在する広大な森。

広葉樹の大木が生い茂り、背の高さを遮る低木はほとんどない、動物にとっては生活のしやすそうな森だ。

その森では動物を食糧や毛皮とするために狩りをする狩人達が戦時中以外は足繁く通っており、動物を餌とする肉食の魔物が迷い込んだ際にはEXP粒子を得つつ戦果品を欲するハンター達の狩場になっている程度の、脅威度が低く定期的な巡回が行われた上で一般人の侵入も許されている地域だ。

その辺りの話は、ここ数日の会話の中でベランピーナから聞いている。

今私達のいる北門北側、膨大に所狭しと広げられた武具の山から1kmも離れていない。

カンベリアから一般人が目視で何か大きな動きがあれば確認できる程度しか離れていない近距離といっていい距離だ。

しかもヒトが良く出入りし、木こりや薪拾いすら出入りするような森に、不用意に魔物の上位存在が出入りすることなどあるのだろうか?

そもそも、あの森は私の索敵の範囲には入っている。

幾らかの動物は探知できるが、先日の大戦時に魔物側の兵士が動物を食料として大規模に狩り尽くした感もあり、元から生息していた動物や魔獣はほとんどいない。

他所から移り住んできた動物達はまだ様子見といった感じで、生息していると表現できる数は僅少と言っていいほど少ない。

それ故、見落としもほぼないはずだ。

魔物と呼ぶべき粒子を纏った強力な存在は元々気配も強く、これほどの至近距離で私やヒノワ様が探知できない、というようなことはない。

グジのようなステルス能力があった場合は、やはり見逃している可能性も否定できないが、グジは討伐した。

確実に絶命させたし、未知の能力で蘇生が行われる可能性も加味して、念の為に復活防止としてグジの“首”と“心臓”も持ち帰った。

だが、グジと同じ能力を持った別の者がいないとは限らない。

特に、蠅蟲人の上位存在ともなれば、ひょっとするとアビリティではなく種族として所有している基本的な能力なのかもしれない。

もしそんな存在が多数いたのなら、今まであちこちで情報として誰かはそういう存在を知ることができたろうから、そうではないと思いたいところだが。

・・・という推論から、もしあの森に何かしらの存在がいたとするならかなりレアな存在だ、討伐できるなら討伐してしまった方が後々面倒はない。


「索敵結果だけ率直に申し上げますと、現在ステルス状態にない存在は、いません。

ですが・・・。」

「グジみたいなステルス能力持ちは分からない、ってことだね。」

「・・・あのステルス能力についてはまだ対策が出来ておらず、申し訳ございません。

もしお許しいただけるのであれば、今すぐこの身で確認して参りますが・・・。」

「・・・いや、いいよ、多分“大丈夫”だから、動かなくていい。

ふふ、物騒なんだから、フェーナは。」

「ヒノワ様がそうおっしゃるのでしたら・・・。」


・・・しかし索敵を引っ込める訳にもいかない、となればヒノワ様の勘は見過ごせない、網をもっと強固にし、ステルス能力の途切れた敵影の一つでも探知せねばならない。

ツイツイ、とヒノワ様に眉間をつつかれて気が付いたが、どうやら私は眉間に皺を寄せていたらしい。

ヒノワ様を前に、なんたる無様な姿を晒したことか。

いや、仕方ないなどという言い訳などできない。

これでは侍女候補として召し上げて貰えないかもしれない。

事ここに到って、そんな面白そうな・・・もとい名誉ある職を請けられないなんて、とてもではないが受け入れられない。

これはプライドではない、シンプルに個人的な欲求を満たすためのものなのだ。

だというのに、この体たらく、自分で自分をしかりつけたい思いだ。


「失礼致しました。

・・・これからは再度気を引き締めておくように致します。」

「ふふ、逆だよ、逆。

もっと気を抜きなよ、フェーナ。

獲物はね、警戒させてちゃ罠になんてはまらないんだよ。

魚釣りはやったことあるかな?

餌に食い付いたとしても、すぐ引っ張っちゃダメだよ、ちゃんと引っ掛かった所で釣り上げないと。」

「・・・なるほど、そういうことでしたか。」


やはり私はこういう所が未熟なのだろう。

いや、戦歴で言えば私はまだ数か月にもなっていない。

生前の戦歴は存じ上げないが、今世での戦歴で言えばヒノワ様の方が圧倒的に長い戦歴を誇っているのは間違いなく、それも非常に濃密な戦歴であることは疑いようもない。

そういった点で、私が現時点で戦略的な視点でヒノワ様よりも劣っていることは間違いがないのだから、これは勉強をさせてもらっているのだと思った方が建設的だ。

・・・しかしそうなると、やはり話の流れ上、ヒノワ様は既に何かをつかんでいるのは間違いないだろう。

おそらく物理的な探査に関してならば、私よりも上位の者は近隣にはいないだろうと思われるが、物理的な探査ではない、おそらく遠距離から情報を走査する技術、スキル、アビリティ、術式、そのいずれか、もしくはその組み合わせによる何かが存在する。

そういえば以前、ヒノワ様は言っていた。

『君みたいな子を見つけるのが得意な者がいる』と。

つまりは、ヒノワ様子飼いにそういった遠視で特定の探査まで可能な能力者がいるということだろう。

だが、日常的に走査しているのなら、何かしら感知できてもおかしくはないはずだが、今までレギルジアやカンベリアの周囲でそのような気配を感じたことはない。

おそらく、そう言ったものではないのだろう。

なんと人材の幅が広いのだろうと感服する。

・・・しかし、姿を見せた上で納得して警戒を解いた、そんなポーズを必要とするとは思っていなかった。

ひょっとすると、ウィルス等の存在を知らなかったとしても、魔物の中には私の探索範囲圏内に何かしら不穏な物を感じて近寄らない、という者もいるのかもしれない。

警戒心の強い魔物が存在するという前提を考慮していなかった私の落ち度だ。

誰にも気付かれず事が成せると思い上がり、直截的な対処ばかり行っていた自分は、そういった駆け引きには弱い。


「じゃあ、またあとでね。

兄上が到着されたら、私もアテンドに参加するから。」

「はい、分かりました。

お待ちしております。」


ヒノワ様が現地を離れた後、作業を進めていくと、概ね予想通りの進捗を見せた。

そして、運び出しが始まり、搬送班の者達がレクシール達の手配で殺到している。

護衛騎士と鑑定班以外いなかったカンベリア北門は、ここに来てから初めてと言っていいほどの慌ただしい様相だった。

搬送班以外にも商人とおぼしき者達も数十人単位で北門に来ているが、大半はカンベリアの武器商達だろう。

彼らは今か今かと鑑定品の搬入を待ちわびていて、商業ギルドに立ち寄った際に何時頃搬入するのか、と何度も聞かれたので、彼らの中ではこれが稼ぎ時だという確信があるのだろう。

北門で買い付けすることは厳禁とされているので、搬送班に同行し、事前にどういった物があるのか自分の目で確かめに来たようだ。

一応、詳細まで記載したレポートはベランピーナがまとめて、1日ごとに商業ギルドへ送っていたから大体の内容は把握しているはずなので、概要は知っているだろう。

おそらくオークションにおける目玉はどれか、自分達の予算でどこまでの物を購入するのか現物を見た上でどうするか検討する為、品定めにきたのだろう。

しかし、そんな賑わいが数時間も続いただろうか、午後2時を回った頃くらい、急に騒がしい人声は静かになり、人混みがモーゼの十戒のように割れ、商人達も膝をつく。

その割れた人混みの中から、護衛騎士を引き連れた灰色の髪をした少年が現れる。

歳は15歳と言ったところだろう。

その両サイドにはヒノワ様とヌアダも同行している。

先日、ヒノワ様の護衛騎士の甲冑をまとっていた男性、出で立ちや護衛騎士の配置からかなり上位の存在であることは分かる。

だけれども、そういった立場の人間であるにも関わらず、装飾品や高級品は着けていない。

良い布地を職人が丁寧に仕立たであろう清貧の中にも上品さを醸し出す着物を着ており、上着の下には首の後方を覆うカラーと胸元を覆うブレストプレートを着用しているのが分かる。

美しい輝きを放つ灰色の髪に、少しヒノワ様に似た顔立ち。

やはりどう見てもあれは・・・。


「アキナギ・グレイド・アマヒロ様と監察部の皆様のお越しである!

皆の者、平伏し、傾聴せよ!」


そう言い放ったのは、ヌアダだ。

加えて、アテンドとしてヒノワ様が追随しており、しかも20人を超える護衛騎士までいる。

それでも尚、ヒノワ様だけでなく、ヌアダも気を吐いて周囲を警戒しているのは、権威的なものや見栄えだけではない。

おそらく実際に、ヒノワ様は警戒しておられるのだ。

この二人を以てしても事前に危険度を0にすることができなかった相手とは、一体誰なのか?

いや、完全に想定外の対象がいる、という前提でそうしているのか。

アマヒロ様に、傷一つ負わせるような事態を万が一にも看過することはできない、という強い意思の表れなのかもしれない。

そんなあれこれを考えている間に、アマヒロ様を先頭とした集団が、人の海の割れ目を歩いているところで立ち止まる。

立ち止まったのは、私達鑑定班のみんなが整列して平伏している場所から5mほどの所だ。

事前に鑑定班のみんなから先頭に推されていた為、私がこの場の代表みたいな立ち位置になってしまった。

後ろにはレクシール・マキロン達を筆頭とした鑑定人、その次にベランピーナ等の補佐役、その次にイオス達のような手元、荷役、という順で整列して平伏する。

先頭に推されたということは、挨拶は私がやらないといけないということだ。


「皆、ご苦労様。

知っている顔もあるけど、一応名乗っておこう。

アマヒロ・グレイド・アキナギだ。

先だっては、戦の最前線として奮闘してくれた皆さんを労わらせてくれ、本当に助かった。

そして、戦の勝敗も勿論大事なことではあるけれど、こうした戦後の処理を滞りなく進めてくれるみんなの助力あってこそ、我々統治者は安心して事を進められる。

本当に感謝の気持ちに堪えない。

特に、フミフェナ殿、レクシール殿、マキロン殿、お三方の助力は群を抜いていると報告を受けています。

後々、祝勝会が開かれることになりますが、その際にはお三方にも是非、この鑑定班を代表し参加してほしい。」

「ありがたき幸せにございます。

鑑定班の皆を代表し、私フミフェナ・ぺペントリアがご挨拶申し上げます。

お初にお目にかかります。

アマヒロ様の御尊顔を拝謁する機会を賜られましたこと、まことにありがたく思っております。

戦場跡にでわざわざお越しいただき、過大なる評価、身に余る光栄でございます。

アマヒロ様、ヒノワ様がたが滞りなく治世を行う為にも、今後とも我等皆、『灰色』の為、身を粉にして働く所存にございます。

我々にお答えできること、必要なことがございましたら、なんなりとお申し付けください。」

「挨拶ありがとう。

貴公が、フミフェナ・ぺペントリア嬢か。

なるほど、幼いとは聞いていたが、想像を超える幼さだ。

そして、ヒノワから君に関する諸々の報告は聞いている。

戦においても戦功著しく、我等戦貴族直系戦士にも劣らぬどころか、我等を大幅に上回る濃密な内包粒子濃度。

それに圧倒的とも言える強者の風格。

私もまた戦士の一員、その領域にまで至った君を尊敬する。

そして、私は次期統治者であると同時に、この灰色領に住まう民の一人でもある。

民を代表し、魔物達の大攻勢を退けてくれた君には本当に感謝している。

そしてまた、次期統治者である立場の者としても、民や村々、都市を守ってくれて、本当に感謝している。

論功行賞については、明日、会談の場で詳細はお話する。

今日は非公式な面会になるので、立場を度外視して感謝の意を示したい。

本当に、ありがとう。

君のおかげで灰色領の人々は、少ない犠牲であの悪夢を乗り切ることが出来た。

言葉では言い表せないほど感謝している。」


アマヒロ様が真っ先に腰を深く折っておじぎをすると、護衛騎士やヒノワ様、ヌアダも続いて深いおじぎをしている。

最敬礼よりも深いおじぎだ。

女神ヴァイラス経由で知っていたが、アマヒロ様に私を害する気持ちは、今のところ、ないだろう。

というよりも、灰色の次期当主として私という個人との付き合い方を考えている部分はあるかもしれない。


「恐れ多いことです、頭をお上げください。

ヒノワ様の配下として、出来る限りのことを出来る限り行っただけでございます。

救えなかった命、守れなかった物も多くございますので、彼らには非常に申し訳なく思っております。」

「それは君の責任ではない。。

・・・私は次期当主であるにも関わらず、レベルはここにいるヒノワやヌアダ殿よりも低い。

戦闘技術だけで言えば、周囲にいる護衛騎士達よりも低いだろう。

そんな私だが、魔物との戦が如何に凄惨で、残酷で、如何に人々の命が簡単に失われていくものなのかは、知っているつもりだ。

今回の攻勢は完全に我等の腕の広さを超えた飽和攻撃であり、ヒノワ達の処理能力を超えていた。

魔物達の浸透攻勢は完全に我々の裏をかき、我々は完全に後手に回っていた。

魔物を後逸し、魔物が警戒していない村々を蹂躙すればどうなるのかなど、子供でも分かることだ。

それらを解決した君の今回の戦の働きは、戦貴族の戦士・・・それも筆頭戦士レベルの戦士、30人分にも匹敵するだろう。

被害が出た上での活躍と、被害が出なかった場合の活躍では、それは後者の方が良いのは間違いがないが、そんな戦場が存在しないことは皆知っている。

君の働きにより、君がいなければ失われたであろう多くの命が救われたのだ。

この世界で最も大事な“ヒト”という資産が、君という戦士がこの都市にいてくれたことで失われずに済んだのは、僥倖に他ならない。

失われてしまった命については、責任を持つのは私達、責任者だ。

ケアや保証は我々が行う。

一戦士として戦った君が責任を感じる必要はない。

・・・失われた命については、直接的に命を奪ったのは魔物だ、君が一切の責任を負う必要がないのは当たり前のことだし、逆に言えば責任を感じる権利もない。

君以外の民を守る責務を負う者・・・つまり私やヒノワ、ヌアダ殿や彼らの力が、知恵が足りなかったのだ。

だから、心情的なものはともかく、倫理的な問題は気にしなくていい。

君はここにいる誰よりも強者ではあるだろうが、君はまだこの世界では幼い。

だから、気にせず、快活とした顔でいてくれた方が、周囲も安心するというものだよ。

それに、ヒノワやヌアダ殿があれほど褒め讃えている戦士を、大した休みも与えずに武具の鑑定にまで引っ張り出して申し訳ないと思っている。

合わせて、感謝の意を述べさせてほしい。

本当にありがとう。」

「は、恐縮です・・・。」


こちらも頭を下げ、幾秒か経つ頃、ヒノワ様が歩を進めてきた。

ポンポン、と私の頭を触り、手を取られた。

そして、何かを服の胸の部分に取付される。

鈍い白色・・・灰色に見えないこともない光沢の金属で作られた、鷹の意匠のバッヂのような物。

この金属は、見たことがあるが、この勲章の形に記憶がない。

勲章の類はカッコいいので元々興味があったこともあり、こちらの世界に来てから色々と調べたこともあるんだけど記憶にない。


「あの、これは・・・?」

「これはね、ホワイトベルという特殊な金属で作られた勲章の一つ、“白鈴の鷹”。

灰色戦貴族の最上位の戦功を果たした戦士に送られる勲章の中で、今まで『この勲章に値する者なし』と言われていて、『私以外』には誰も受勲したことのないレアな勲章だよ、良かったねフェーナ!

ほらこれ、お揃い。」


ヒノワ様の正装の襟の徽章のすぐ横に、見えないように裏側に付けていた。

勲章隠していいの?って感じもするけど、一応ちゃんとつけている、という裏技みたいなものなんだろうか・・・。

まぁ次期当主のアマヒロ様が何も言ってないからいいんだろうけど。


「この度の戦功に対して、我々灰色戦貴族は、その勲章と、先日送った軍票にある通りの報酬を全額正式に給付することを以って、完了とすることを決めた。

本来、勲章の正式な受勲については、当家当主であるアキナギ・テンマから渡すべきなのだけれど、急遽当主が王都に召喚されることになり、こちらに来れなくなってしまい、申し訳ない。

当主が王都から帰還してから、となると、随分先になってしまうので、先送りにするよりは、ということで僕の独断だけど先に渡すことにしたんだ、華々しい場所でないことをお詫びする。」


含むところがある。

急いで渡さなければならない理由がある?

それも、明日の会見ではいけない理由が。

どういう思惑かは、盗聴していたけれども確認できていない。

鑑定作業に注力していたので、盗撮の方は四六時中ついていたというわけではない。

“女神ヴァイラス”の側でも、どういう理由でそうしたのか推測できない。


「いえ、勲章をいただけるだけでも、有難く存じます。

この勲章に恥じぬ働きを、今後もお約束致します。」

「はは、そう願えると灰色次期当主の僕としても有難いよ。

何せ貴女はまだ3歳半・・・これからの人生は長い。

・・・戦票に記載している行賞については、記載通りに賞する予定だけれど、一括で支払うとなるととんでもない額になるので、後日、『銀行』にて手形で渡すことになろうかと思う。

現金で手渡しできぬこと、申し訳なく思う。

通常、君に払う分もだが、戦功、修繕、後始末、戦後補償と、こんな金額を現金で一括で支払うことがなくてね、一括払いすると硬貨在庫が偏って市場経済が多少滞ってしまう故、口座でのやり取りとなることをご理解いただきたい。」

「は、いえ、私としては生活できる分さえ戴けるならば、それ以上については行政の方で御納めになっていただいても構いませんが・・・。」

「それはダメだ。

正当な報酬の評価がくだされないとなれば、当家だけではない、他の戦貴族からも蹴飛ばされることになってしまうし、君より後に続く者のためにならない。

あって困るものではない、受け取ってほしい。

それに、あの軍票は、あれでも大分少なく計上されているのではないかという話もあったくらいだ。

少ないと怒られるのではないかと思っていたくらいだ、もっと寄越せと言われれば、待ってほしいとは言わせてほしいけどね。」

「いえ、そのようなことは・・・。

いただけるだけでもありがたいことです。

分かりました、では、軍票の通りいただくことにします。

ありがとうございます。」


アマヒロ様も、ヒノワ様もニッコリと微笑む。

しかし、ヒノワ様の手が日本人にだけ分かるお金のマークになっているのを見なければ、もっと微笑ましい景色だった気がするが。

アマヒロ様の後方に控えていた文官から書類が渡され、サインを求められる。

簡単に言えば、お金を渡す相手を『縛る』契約書だ。

書類に既にサインされているのは、ヒノワ様のお父上であり現灰色当主であるテンダイ様のサインであり、『テンダイ様が必ずこの締め日までに、この文書に記載のある額面を支払う』という契約書・・・のかなり強制力のある書面である。

強制力、というのは行政上というわけではなく、シンプルに物理的なものだ。

この契約書の『縛り』により、他人が私を装って銀行で受け取ろうとしても『契約書』にサインをした人物2人と、『契約書』を発行している銀行の担当部署に通報が届き、即座に軍が動員され、容疑者特定の上、厳罰に処される。

この世界では、既にずいぶん前に異世界転生した先輩方によって銀行が設立され、既にそれは行政に取り込まれ運営されており、公営であるということで信頼性も増し、安定して運営されている。

銀行を介する契約の場合、基本的には支払いも口座から口座へ直接支払われる為、銀行側が現金を用意しなくても、通帳に該当する手帳さえ記帳していれば資産は行政が保証してくれる。

故に、報酬等の支払で現金をわざわざ用意する必要はない。

のだが、先ほどアマヒロ様からかなり現金でないことを謝られた。

戦士への褒章や報酬は現金至上主義なのだろうか・・・?

金融業に関しては、歴代の王や領主、都市長が随分注力し、様々な商店や会社が融資によって設立されており、新しい都市であっても十分な資金力で会社が興せるのも、こういったシステムがあってこそである。

そして、『銀行』のシステムを構築した人物は、預けられた資金を元に事業を起こして成功し、王から貴族に召され、その功績をもって今は準公爵の爵位にまで登り詰めていると書籍に書いてあった。

前世の便利なシステムをこちらの世界で再構築し、運営することは中々難しい部分もあるが、それを可能とした人々は、漏れなく良い地位についている。

これは優れた功績に優れた地位が用意されていることを意味し、歴代の王が公正にしっかりと褒章を行っているということでもある。


「貴女が受け取る褒章の総額は、そこらの色付き戦貴族の年収に近い。

我々色付き戦貴族は、そこから毎月、外注した商会や傭兵、配下の戦士や血族に配当を払っていくことになるが、貴女はただ一人で成した偉業で配下もなく、全報酬が懐に入る。

まぁ、大きな屋敷は軽く建つだろうし、これから雇人も多く必要とすることだろう。

もし今後、戦貴族への立身出世を希望する転地などがあれば、先に聞いておくが・・・。」

「いえ、我が身はヒノワ様の物、私の立つ瀬はヒノワ様のお近くがよろしいかと。」

「・・・そうか、ならばそうしてくれると助かる。

あとは込み入った話になろうかと思うので、明日、会談の場で話そう。

ここで会えて嬉しかったよ、フミフェナ嬢。」

「こちらこそ、アマヒロ様のお目に掛かれて光栄でございます。

明日、宜しくお願い致します。」

「では、また明日。

他の者も、仕事が終わっても飲み過ぎないように気を付けてくれ。

酒と、肴は、後ほど宴会の場に届けさせる。

病院の世話にならない程度に、飲み明かしてくれ。」


うぉー!と鑑定士達が盛り上がる。

貴族からの差し入れは、大抵滅茶苦茶いいお酒と肴であり、領主代行のアマヒロ様の振る舞い酒である、という名分で飲んで食べてできるのだから、飲兵衛にとってはこの上ない報酬だ。

その様を見てアマヒロ様は苦笑いをしていたが、ちらりとこちらを見てニッコリと笑うと、踵を返して監察団は撤収していった。

マキロンの勧めもあり、ベランピーナも含めた私の班は先行して宿に戻ることになった。

おそらく、子供達は早く寝させて、自分達は夜たっぷりと飲み明かすつもりなのだろう。

あまりそう言ったことに興味のなさそうなベランピーナすらウキウキしている。

まぁ、こういう思惑に乗ってあげるのも子供の仕事だろう。


翌日の会談は、予想した邪魔等も一切入らず、事務的なものになった。

勲章叙勲をあのような場で行わなければならなかった理由というのも、知らされることもなく、ゆっくりとした会談が進行された。

報酬の事務的処理の方法と、受け取り方法についてもう少し具体的なことが記載された書類とその説明。

論功行賞については、王都で開かれることになったので、王都への出席が難しいようであれば、名代として代わりに灰色当主であるテンダイが受領し、こちらまで責任をもって届けてくれる、とのこと。

ただ、本題はここからだった。



「行政筆頭官バンダムと申します。

『女神ヴァイラス様の巫女姫』であられるフミフェナ様にお願いしたいことがございまして、アマヒロ様から機会をいただきました。」

「お願いしたいこと、ですか。」

「この話は僕とヒノワからの要望でもあるんだけど、行政を司るバンダムに直接話して貰った方が間違いないだろう、という判断で僕からバンダムにお願いしたんだ。

彼の依頼内容については、僕とヒノワの共同署名済みであることを先に伝えておくよ。」

「は、その前提で伺います。」


行政官のトップレベルの官僚である、というバンダムからの話とは、レギルジアで齎されている様々な『女神ヴァイラスの恩寵』が灰色領の他の土地で同じように得られるのか、という確認と、得られるとしたら女神ヴァイラスにどういったアクションを起こせば良いのか教えてほしい、ということだった。


「我等アーングレイド出身者は、不躾ながら女神ヴァイラス様という女神様を存じ上げませんでした。

神学に詳しいアーングレイドと王都の学者達にも問い合わせたのですが、該当する女神様を特定することができず・・・また、レギルジア都市長であるスターリア殿に確認も取ったのですが、的を射なくて・・・。

『女神ヴァイラス様からのお言葉で許されない限り、フミフェナ様を除く全ての者には、知らされているお言葉以外の一切の事柄について回答をする権限を有しない』

『女神ヴァイラス様は真摯なる信仰を求めておられるが、それ以外については禁忌について周知されたのみであり、捧げものや神官への貢物などを強制することは、現段階までは一切なく、女神ヴァイラス様からのお言葉がない限り、求める予定はない。

”祈り”と”恩寵”の因果関係は不明であり、恩寵を疑うことは女神ヴァイラス様を純粋に信仰する者のすることではない、よって、我等は祈りを捧げるのみ』と・・・。

ご教示いただきたいのです、女神ヴァイラス様とはどういった女神様で、我等は女神様に一体どう接していけば良いのかを。」

「僕の気持ちとしては、いるのかいないのか、恩寵のあるのかないのか分からない言い伝えだけの神様や、愚物達の巣窟であるアリアン教などより、実際に恩寵をくだされている女神ヴァイラス様の方がよほど信仰に値する。

女神ヴァイラス様を主神に据えた信仰が、許されるならば領の国教にしてもいいと思っているんだ。

勿論、それは強制をしないもので、だけれど。

色々噂を聞いた上で、バンダムに色々調べてもらっていたんだけど、結論から言うと、君に伺うというか、お願いするのが間違いないだろう、ということになった。

故に、今日、ここで伺うことにしたんだ。

書面などで先に知らせようかとも思ったけど・・・ちょっと“コチラ”の政治的問題で、先行して知らせなかったこと、謝らせてもらいたい。

もし急な質疑に対し、回答に期間を要するようだったら、勿論後日回答で結構だ、我々は一行政官の判断などではなく、領を運営する者として真摯に向き合う方針であることをお知らせするのが、本日の主旨であると理解してもらえると有難い。」

「まぁ、スターリア殿は頭も丸めちゃったし、神官みたいなもんっぽいけど、狂信者過ぎて巫女姫様にお伺いを立てるなど恐れ多すぎる!とかフェーナに質問するのも憚られる、みたいな感じだったけどね・・・。」


つまりはまぁ、「なんも分からんから教えてくれ。」と。

スターリアも「俺に聞くな、どうしても聞きたいなら気が向かないがフミフェナにお願いして聞いてくれ」という丸投げだということだ。

都市長という領の経営者がそれでいいのか、とも思うけれど、スターリア・アンドレアス・アンドレイの三人は狂信者といっていいレベルの頭のおかしい信者になってしまった。

絶対ダメだ、と言った事は本当に絶対しないし、言っていないことも聞いていないから、ということで絶対にしない。

そして真摯に信仰しろ、と言えば日々、仕事がいくら忙しくても朝昼晩の祈祷を欠かしたこともない。

仕方がないので彼らの本業や体調に多少上乗せの恩寵は齎しているが、やればやるほど彼らの信仰心は篤くなる一方なので、そろそろ加減が必要かもしれない。


「アマヒロ様は“分かっておられる”と思いますが、女神ヴァイラス様は自らの影響範囲下であれば、全てを常時把握し、何かあればリアルタイムで呼応して対応されます。

ただ、影響範囲の広げ方については詳細を伺っておりません。

女神ヴァイラス様から伺っているのは、“恩寵の概念的基点が私の身体であること”、“真摯なる信仰のみを求めており、形だけ、様式だけの信仰は拒絶しており、またその信仰を強制するものではないので、信仰するつもりのない者には偽の信仰は捧げてもらうつもりはない”ということくらいですね。」

「・・・君は、何処までご存知なのかな?」

「事後ではありますが、騎士メルサックさんのこと、そちらの手の甲のことについては、昨日既に伺っております。

この度はご愁傷様です。」


私はペコリと頭を下げるが、アマヒロ様とその後ろにいたカタツキ以外は、何のことか分からないという顔をしていた。

あまり、その情報は共有していないのか、理解が及ばないだろう。

チラリとアマヒロ様の右手を見ると、アマヒロ様はビクリとして手の甲を逆の手で隠すように抑える。

ヒノワ様は、カタツキをジロリと睨みつけるが、カタツキは首を振るだけだった。

ひょっとすると、メルサックはヒノワ様とも懇意にしていたのかもしれない。


「・・・そうか。

メルサックの件は、僕の手落ちだ。

僕以外の誰にも責任はない、カタツキは何も悪くないし、フミフェナ嬢にも何の咎もない。

これは本当だよ、ヒノワ。」

「そうですか。

・・・メルサックの遺体は・・・?」

「既に、アーングレイドに後送された。

・・・すまない、湿っぽい話になってしまったな。

話を戻そう。」

「すいません、横道に逸れてしまって。

女神ヴァイラス様からは多くは伺っておりませんが、布教範囲が広がるのは女神様の意図に沿うとは思います。

ただ、国教にすることによって、神官がどうだとか宗教的にあれこれしろだとか、そういったことが必要になるのであれば、おそらく拒否されるのではないでしょうか。」

「やはり、そうか。

こちらとしても、権威と言ったことに利用するつもりはない、ただ恩寵を下される女神様に報いるべき信仰をどう向ければよいのか、という問いに過ぎない。

どういった形であれば、女神ヴァイラス様は受け入れ、納得していただけるだろうか。

正直、レギルジア・カンベリア・アーングレイド近隣の最近の環境の変化には、地政学者達も驚いていて、“神の御業という表現以外にない”と、皆断言している。

何の貢物も送っていない女神様からそれほどの恩寵を受け、既に民衆だけでなく一部の者を除けばほぼ全ての領民達が女神ヴァイラス様万歳と言っている状況だ。

女神ヴァイラス様へどういった信仰を寄せて良いのか分からない者達ばかり、というのは状況的に宜しくないだろうと思っている。

何か良い案を提案してもらえないかと思うのだが・・・。」

「我らが灰色領が女神ヴァイラス様からいただいている恩寵は、既に破格でございます。

加えて、我等は既にレギルジアで聞き取りを行い、『権威利用』に類する行為が如何に愚かな行為であるか、重々承知しております。

アマヒロ様もおっしゃいましたが、女神ヴァイラス様の恩寵を笠に着て権威を利用しようというものではなく、また外部の人間がその権威を悪用しないよう、我等行政側で人間に対するシステム作りをしておく必要があろうかと愚考致します。

女神ヴァイラス様のことは、王都にも既に噂は広まってしまっておりますし、この辺りで一度しっかりとそういった規制を設けておかなければ、レギルジアに死体の山が築かれかねませんので・・・。」

「それは、確かにそうですね。

・・・いっそ、女神ヴァイラス様の神殿のようなものをレギルジア近隣に建設してもよろしいでしょうか?」

「神殿、でございますか。」


神殿と銘打ったただの囮の建物だ。

今サウヴァリーさんと進めている計画では、カンベリアにある灰城を囲む『内城壁』を建設する予定であり、公には『利用用途を明示しない大空間』を作り、様々な用途に使えるように作ります、ということで膨大な体積を要する密閉空間とする予定としている。

それこそが、今後の女神ヴァイラス運用の神殿的立ち位置になる施設となる予定だ。

もし女神ヴァイラスを害そうという勢力が短慮な行動に出た場合、レギルジアやカンベリアに神殿を作っているとその周囲が消し飛ぶ可能性もあるし、仮想の存在で罪のない民衆を巻き添えにするつもりは全くないので、神殿という名の緩衝材は都市から離した方がいいだろう、という考えだ。

実際、女神ヴァイラスの名声を地に落とそうとわざわざ王都から来たアリアン教徒の神官たちが、レギルジアで工作活動をしようとしているところを50回以上確認している。

全て未遂で逮捕させていて、工作活動に参加していた連中には『苗』を植え付けて返しているが、証拠隠滅か、王都に帰還した段階で消息が途絶えている。

流石に距離が遠すぎて管理できないことは推測できていたので、帰した者達が死んだ時に『短期的な地雷』として機能するように設定していたので、おそらく死体と関わった暗殺者や中間管理職、場合によっては上位神官くらいは死んでいると思うが、王都からは何も伝わってこないので、アリアン教による徹底的な情報封鎖が行われたか、工作員を殺さずに冷凍や封印といった形で片付けたかのどちらかだと思われる。

まぁ何にしろ、レギルジアは『ついで』で被害を受ける可能性があるため、別口で申請が通れば、ナインとローマンさんを始めとしたサキカワ工房の人達は、できればカンベリアに移住させたいところだが、今この時点でそれを行えば、彼らと私の明らかな関係性を明示してしまうので、それは後からとなる予定だ。

そういった理由があり、『神殿』という名の囮は必要なのだ。

他者に『ここが要です』なんて明示して施設を作るなんて、余程のアレでもない限り建てないだろう。

神々しく見える祭壇なら、なんでもいい。

自然を歪めるほどの神威を見せつければ、設えが安普請だろうと関係ない。

よくRPGであるような、石の祭壇の周りを何故かびっしり覆った樹木なども、超自然的でいいんじゃないだろうか?

なんなら巨木の元になる種をどこかから拝借してきて、世界樹みたいな樹を祭壇の前に生やしても面白いかもしれない。


「はい。

御許可さえいただけるのであれば、その方が良いのではないかと。

お話を伺う限り、今後、女神ヴァイラス様を詣でる方々はかなり多くなりそうな目算です。不特定多数を参拝客として受け入れるのは、あまり宜しくないでしょう。

『不届き者』も多く出ておりますしね。

レギルジアにご迷惑をおかけするわけにも参りません。

レギルジア近隣に小山が一つございますので、もしそちらに建築する許可さえいただけるのであれば、レギルジア市民と参拝客の住み分けも明確化できますし、レギルジアが中継拠点として多くの恩恵に与れるのは変わらないのではないかと思います。

如何でしょうか?」

「ふむ、小山というと、レギルジアから北西に5kmほどいった所にある標高150mほどの小山のことでしょうか?」

「はい。

街道として一部の森を切り開く必要はありますが、比較的あのあたりは居住者もおらず、整備に問題はないと考えます。

それに遠すぎては、秘境過ぎてしまいますし、参拝客の足が遠のいてはレギルジアが困るでしょうから、比較的近くて明文化しやすいあの小山がよろしいかと。

どうでしょうか?」


チラリ、とバンダムがアマヒロ様に伺いを立てるように目配せをするが、アマヒロ様はすぐに頭を縦に振った。


「分かりました。

では、そちらは女神ヴァイラス様の神殿の予定地として、行政上の手続きもしておくように致します。

神殿の建設費用等は、どうなさる予定でしょうか?

行政側からももしよければ寄付という形で寄進させていただければ、と思うのですが。」

「いえ、不要です。」

「不要、とは・・・女神ヴァイラス様の神殿ともなると、建設費用は膨大なものになろうかと思いますが、それらを全てフミフェナ様がご負担される、ということでしょうか・・・!?」

「いえ、違いますよ。

女神ヴァイラス様の御神体は置けませんから、神殿というよりは祭壇になりますかね。

ですので、山頂付近だけ整地して、その山にある石で作ります。

野空が丸見え、祭壇から全天を見渡せる状態にして、終わり、という形です。

寄進をいただくというよりは、レギルジアの職工の方達にレギルジア行政・・・アンドレアス殿に費用を支払えば、他に費用が発生しません。

おそらく資材などは石工職工の方達の道具や、山の麓に作る仮設の宿舎の方が立派になるのではないでしょうか?」

「その・・・君は女神ヴァイラス様の巫女姫なのだろう?

女神ヴァイラス様の求める物を、この世界で一番知っている存在だと思っているのだが・・・本当にそれで、女神ヴァイラス様の怒りを買わないのだろうか?」

「お疑いでしょうが、彼の女神様に人間の価値観など無意味ですよ。

女神様が欲するのはただ一つ、真摯なる信仰ただ一つ。

権威や貢物、見栄や建前などは一切必要ありません。

祈る為の場所があればよい、権威的な建物や装飾、偶像崇拝の元となる像などは不要、女神様はきっとそうおっしゃると思いますよ。」

「・・・そうか。

ほかならぬ君がそう言うならば、我々はそれを信じるしかないな。

もし、他に要望などがあれば、バンダムか僕宛に書面で送ってくれれば、すぐ工面するよう取り計らうので、覚えておいてくれ。」

「了解致しました、その際はよろしくお願い致します。」


小山の接収とレギルジアへの通知内容について詰め、それについての引き渡しや計画書の作成要綱等についてもバンダムから指示があり、それらについてのやり取りも済ませる。

その後の打合せは特段、特筆するべきものはなかった。

ヒノワ様を中心に、あの大戦の雑談に終始したものだった。

ヒノワ様が抱えるシェフ達の調理した晩餐も提供され、非常に美味しい料理も御馳走になった。

ヒノワ様と私以外はお酒も飲み、皆ほどよく上機嫌になり、日が落ちる頃には解散となった。

三歳児の胃袋ではそう多くは食べられず、やはり肉体年齢的な問題を痛感した、折角の高級ディナーだったのに、悲しい。



今後計画している『女神ヴァイラスの恩寵』の領域拡大は、いくら負担の軽いシステム構築をしていると言っても、処理能力の問題もあって簡単には展開できなかったが、外部端末のような物を作ればなんとかなるだろう、と推測はしている。

会談翌日。

レギルジアに向かい、ナインに相談したところ、『外部端末を作るなら女神ヴァイラスのようなシステムとは異なるシステム構築が必要だろう』という回答を得ていたので、今後ナインと一緒に研究が必要そうだ。

今の女神ヴァイラスは、簡単に言えば微生物で構築した『質量のある残像』のようなものだ。

これは必要に応じて、現出に必要な分を現地で抽出して集結させ、音声発信の為の媒体、スピーカーとマイク、あとはプリンターのようなものの役割を果たすためにシステム化して構築していた。

女神ヴァイラスの『毒』は、ウイルス性の物と病原菌による物の2種類で構成してレギルジアを中心とした全領域で繁殖させており、この近辺を通った者と、私が意図して流した部分にいる者に関しては、一切呼吸をしていなかったとしても感染、菌床とされている。

ウイルスも病原菌も、異常増殖を抑え能力をカプセル状に封印し、合図を与えない限りはそれが保存されるようになっており、維持についてはウイルスも病原菌も感染者であり菌床である生命体から栄養素を調達しており、維持については私から一切を行う必要がない為、『維持する』という非常に労力のかかるアレコレについて気にする必要がない。

そして、企図すべき合図も、空気中を漂う飛散ウイルスや病原菌を通じて流される非常に弱い伝達信号であり、粒子をゆるがすほどの大きな波ではなく、受信した対象のみカプセルの封印が解け、様々な意図に応じた症状を発症するシステムとなっている。

人や魔物をはじめとする生物用の物は、バフとなる効果を持たせた物、死をもたらす物を持たせる。

酪農や農業の物であれば、地中の様々な有益な菌を増殖させ、成長を促進させ、病にかからなくなり、収穫後は腐食しにくくなり、非常に長持ちし、堆肥は発酵が早まる。

相乗効果と言えるのかは不明だが、そういった効果を発揮させることで、粒子がまた女神ヴァイラスへと集まってくる為、女神ヴァイラスという仮初の存在ではとても扱いきれないほどの膨大な粒子を広大な土地から集めることになった。

そこで、ナインとローマンに依頼し、対策を講じることになり、更にシステム化、具体的にはレアアーティファクトの貯蔵能力を膨大に使用し、膨大な粒子を蓄積、任意に再分配するシステムを構築したのだ。

サキカワ工房だけではキャパシティが明らかに足りなかった為、ローマンさんはサキカワ工房の地下を直下に向けて無許可で掘削、自らの作った粒子結晶製造機で作られた膨大な粒子結晶に女神ヴァイラスの集めた粒子を集め、満タンになった粒子結晶をその穴に放り込み、粒子の煌めきを阻害する弱電を帯びさせた蓋で隠す、と言った手段を用いていた。

おかげで、ナインとローマンさんは自然にレベルが上がりすぎ、今となっては二人ともレベル160を超えてしまった、と聞いた。

それら粒子結晶に粒子が甘んじて収まり、余波だけで二人がレベル100の壁を超えてしまった理由は今一つ不明だが、私、ナイン、ローマンさんを使用者として銘を切った機材を使用したものであるからではないか、とローマンさんは言っていた。

ただ、機材には銘を打っただけで、開発には三人が携わったが、該当機材を実際に作ったのはローマンさん一人であり、粒子がそれを理解してそう存在してくれているのかは分からない。


ともあれ、現在の女神ヴァイラスのシステムだと、範囲が限られてしまう、というのがナインの分析だ。

何せ、いくら粒子が距離や意図に関係なく集まってくるとは言え、扱っている物が物だけに、管理不足で大事を起こしたのでは大変なことになる。

元の設計仕様における想定効果範囲は現段階でしっかりとカバーしているというかそれ以上の範囲をカバーできているが、それ以上の拡張範囲の伸びしろは設計段階で検討されていなかった。

となると、当然の如く、別途、外部オプションとしての機能が必要となる。

ナインの考えでは、範囲拡張のための対策については2案。


信用のできる人間を、中間管理職のような形として雇用して運営してもらうのが第一案。

ただその場合はその人物が死ぬ・・・あるいは殺されてしまうと、『代替機』が到着し引継ぎするまでの間に、管理を離れた『もの』によって民衆や農作物への影響が懸念される為、その人物を相当腕の立つ人物にする必要がある、もしくは護衛を相当強力にしなければならない。

それに、『代替機』としての予備が必要になるが、それも同様に優秀な人物を確保しておくことになる。

加えて、それらの増設となると、そういった人物を更に多数確保する必要があり、人材確保の問題・該当者の死亡・裏切り・肉体的精神的な欠損などの可能性を考慮すると中々難しいという想定だ。

こちらは、第2案が採用不可の場合に採用する、という話に留まった。


第2案は、可能かどうかこれから検討になるが、全てをウイルスと菌で構築した外部端末とし、運用可能な仮想の精神構造体のようなものを作る。

言ってみれば人間のような受け答えはするがAIほど自由度の高い判断をこなすものではなく、決まった所作を決まった通りに入力されれば決まった通りに出力するゴーストのような物を設定するような形だ。

これは人間ではないので死ぬ可能性がなく、言わばブロックチェーンのようなもので、ある一か所で存在が消滅しても、その周囲が引継ぎの為のデータを分割して保持していれば、再構成が容易なのだ。

運用が可能であれば中継器欠損の可能性を限りなく減らすことができること、順調に進めば複数作成することも可能になるので、できればこちらを採用したい。

運用にかかる1機辺りにかかる私への負荷が不明だが、負荷が軽微であれば、私のキャパシティが許す限りいくらでも増やせるという利点があり、理想的だ。

だが、こちらはまず構築が可能なのか、構築にどういった資材を使ってどれほど粒子消費があるのかも調べねばならない。

そして、構築可能だとしても私の身体や精神がそれらを管理維持するのに耐えられるのか、という問題が一番大きく、なるべく負荷をかけないシステム作りが必須だろうとしていた。

中間管理が可能な存在さえ開発できれば、後は振り蒔けば現地で広がる、という利点を活かし、自活して際限なく広がるだろうとは思われるので、範囲拡張は可能だろう。

一切の管理を行わないただの菌散布やウイルス散布をするなら中継器など必要ないが、管理ができなくなると変異などで自分の能力の及ばないところで民衆や作物に影響が出る可能性があるので、私の能力を大幅に超える処置は不可能だ。

女神ヴァイラスの恩寵が邪な目的であると疑われ、邪神扱いされては元も子もない。

しばらくは、ナイン達とこの辺りをもっと改良できないか籠りきりで研究する必要がありそうだ。



大戦から1ケ月が過ぎ、2ケ月が過ぎた。

灰城では私と同時期に学校へと入学を予定していた子供達が学校へと通い始めた。

だが、会談からこっち、私やイオス達は灰城の学校には通わなかった。

まず私はナインとローマンさんと工房に籠りきりで研究を開始し、まず『女神ヴァイラスの恩寵』とそのシステムについての改善を進めた。

ローマンさんへの報酬は、ナインにも提供している『女神ヴァイラスの恩寵』をお裾分けし、引き続きレベリング・粒子結晶研究用に粒子を使用することを許可すること。

ナインへの報酬はローマンさんが開発した超高濃度粒子結晶という既存粒子結晶よりも小さくより高出力の粒子を内包した結晶を、ローマンさんが製造したそばから無制限で使用できるようローマンさんに提供義務を依頼すること。

これらを提案したところ、2人ともノリノリで研究協力を申し出てくれた。

ちなみにサキカワさんは既にもう諦めの境地に達しており、他のレアアーティファクト技術者達は、ローマンさん作の劣化版ベルトを装着し、レベリング兼素材集めに出かけており、サキカワ工房は3人(+サキカワさん)しかいない状況だった。

『女神ヴァイラスの恩寵』とは、実際のところ、ウイルスと菌が果たした成果によって得られる広く薄くわずかな粒子を吸い上げて集め、貯蔵し、更にその粒子をそれぞれのウイルスや菌に還元して影響力を拡大させる、という私がアビリティとスキルを運用して構成していた、女神ヴァイラスのシステムと連携しているシステムだ。

これは私のアビリティである『極小の生命について自在に操作する能力(EX)』という本来大した能力を発揮できないものを、フル活用しチート化したような能力であり、女神ヴァイラスというシステムを維持できるのも、この能力のおかげだ。

ウイルスや菌は、私のアビリティと還元された粒子によって方向性を指向させることができる為、管理状態にあるものについては変異せず、品種改良時にはある程度意図に沿った改良が可能、稼働するのに必要な栄養は現地調達が可能であるという便利さだ。

そして、『女神ヴァイラスの恩寵』というシステムもまた粒子を吸い上げるシステムであるので、影響範囲にあるすべての範囲から吸い上げた粒子は一旦私に届き、吸い込み切れない分がローマン開発の貯蔵庫に吸い込まれ、ナインとローマンはその貯蔵庫から漏れ出る粒子を吸収する、更に残った粒子はローマンの工房の粒子結晶に使用され、また貯蔵庫に投棄され、貯蔵庫の出力が増す、というエンドレスなシステムを共同開発していた。

まず私は現況のこの『女神ヴァイラスの恩寵』の改良に入る。

ウイルス、菌と一息に言っても、両方とも様々あり、動物や魔物の体内に存在した物も活用が可能であったりするし、現行の品種も改良することで更に能力を向上させることができる。

そうすることによって、管理側の負担を軽減することも可能であるので、その辺りを研究し、統合を進めていく。

ナインは外部端末について、レアアーティファクトを核にした粒子構成による『物』を構築する研究を進めている。

これは『女神ヴァイラスの恩寵』による溢れんばかりの粒子量がなければ叶わず、今まで開発が滞っていた。

何せ、計画・設計した段階で、必要とされる粒子消費量が滝壺に流れ落ちる滝の水のような量であり、粒子消費量を大幅に削減もしくは効率化しなければ運用負荷、ということで一旦保留を与儀された計画だったからだ。

今現在は、南はアーングレイドの先の都市、北はカンベリアの北部にまで広がった『女神ヴァイラスの恩寵』によって、集められた粒子貯蔵量によって、垂れ流しでもテストが可能になり、テストの結果、粒子消費量の削減・効率化を行うことが可能になった。

実現が可能であると想定し、踏み出してからは、早いものだった。

これについては、既に理論はナインが構築していた為、動力となる粒子が十分に貯蔵された段階で実験しながら開発し、1ケ月ほどで第2案の中継器の“ガワ”は出来上がり、稼働だけは確認された。

後は中継器として必要とされる機能や能力を増設・改良しながら導入する、という段階に順調に推移している。

ローマンさんは、私用の新型変身ベルトをナインと共同で開発・更新しつつ、別の新型として量産バージョンの計画も進めてくれている。

これは、まだ年齢の若い・・・率直に表現してイオス達同期達の承諾が得られれば、彼らの身体に埋め込む・・・つまりは肉体を改造して、強化することができないか、という計画だ。

ワンオフで全身フルカスタムしている私のような、レベリングに極振りした形ではないにしろ、レベリングをブーストし、ひいては肉体を強化することができる。

『纏い』が必須ではあるが、それは導入した人物への課題として課せばいい話だ。

何故そんな物を開発しているかと言えば、御同類を私の仲間に出来ないかな、という思惑で、だ。

しがらみのない仲間を増やす。

おそらく、いくら女神ヴァイラスや中継器のシステム構築が上手くいっても、何でも一人で出来るなんてことはない。

どう足掻いても組織立って活動する必要があり、ナインとローマンさんを含めたサキカワ工房を暗黙の了解で引き込んだにしろ、実働部隊となる人員はもっといる。

そういった意図で若い・・・というより幼い人材、5~8歳くらいの年齢の幼児~小児をあれこれ探してみたが、都市内には奴隷も孤児も存在しない為、お金で買って解決、という訳にはいかなかった。

戦災孤児や捨てられた私生児は、その都市を管理する貴族がしっかりと拾い上げ、衣食住を与えて教育し、軍や農家にまで進路を世話している為、少なくとも灰色ではそう言った者はいないだろう、とベランピーナは言っていた。

死罪を免れた犯罪奴隷などについては、行政が管理していて、重労働をあてがわれているらしい。

鉱山等で労働に勤しむ労働力として運用されている為、そこから拝借する訳にもいかない、とのことだった。

が、自分の御同類・・・つまりレベリングに執着のある人材を探している、という、この話に興味を持ったのは、ホノカやノール達、レギルジアに滞在しているアキナギ家分家の戦士達や、ベランピーナ、イオス達同期達だった。

彼らは話をどこかから聞きつけ、勢ぞろいしてサキカワ工房を訪れ、私に近付くことが出来るのなら、この身を捧げます、と自ら契約書にサインまでしたくらいだ。

ローマンさんの改良したチップ内蔵・・・人体改造作業は1日3人程度ずつが限度だったが、総勢で含めても24人とそう多くなかった為、2週間もする頃には、全員に施術も終わり、そこから1か月もする頃には装備も行き渡った。

装備が行き渡った所で、ちょうどレクシールの話していた『他色領地の異変』の件の詳細が伝わってきた為、ホノカとベランピーナを引率とし、レベリングを兼ねて浸透していた魔物の侵攻軍を端から磨り潰す作戦を計画した。

戦力の派遣となると無申請では問題になるかと、ヒノワ様に説明したところ、『非常に民衆にとっては有難いことなのでお願いしたいが、領主が頭の堅いクソ爺なので、隠密行動でお願い』とのことだった為、全員に隠密行動を厳守させた。

ホノカ達は元々非常に強い戦士であり、また、歳下の戦士達の教育係を元々勤めていたこともあり、雑魚の掃討や守り神級の魔物の集団討伐なども効率的にこなしながら、配下の戦士やイオス達3人のレベリングも順調にこなしてくれた。

レベルが上がるにつれ、目に見えて強くなった彼らは破格の速度で進行した。

結果、緑の領地は数日で一掃され、橙の領地もその後数日で都市部に近いところにいるわずかな残敵掃討を残すのみ、という所まで討伐が進んだのだそうだ。

ある程度目途が見えた際、活動範囲が都市部が近すぎるということで隠密行動が不可能と判断、残敵くらいなら橙でも処理できるだろう、ということで撤収した、とのことだった。

帰還してきた彼らを『鑑定』したが、全員大幅にレベルが上昇し、レベル100で足踏みをしていたホノカはレベル100を大幅に超えていた。

レベル10台程度だったイオス達も順調にレベルを上げ、帰還した時点でレベル80に到達しており、レベルだけ見ればほぼ一人前の戦士になっており、彼らについては帰還後もホノカ達と鍛練を続けている。



3カ月が過ぎる頃には、『灰色』の領地内には、『春』が訪れた。

と言っても、大戦があったのが春だったので、季節的に言えば夏になるが。

この『春』というのは、寒さを通り過ぎ、草木が芽生え、花々が咲き乱れ始めるように、農業・商業・その他様々な部分で、これまでの季節が冬だったのか?というほどの躍進を見せたのだ。

言うまでもなく、『女神ヴァイラスの恩寵』の効果を拡張する中継器が完成し、それらが効果を発揮し始めた為だ。

レギルジアに限定されていた『女神ヴァイラスの恩寵』が、改良・更新され、試験的に運用を開始した中継器を使用することでカンベリアやアーングレイドの周辺地域以外にも波及し始め、灰色領地の大半をカバーするにいたった。

が、今現在は処理能力の問題で、これ以上の拡張は危険だろう、とローマンさんからの忠告もあり、拡張作業は一旦停止した。

もっと広い範囲まで効果範囲を拡張できるようになればしたいところだが、無理をして問題を起こすつもりもない。

農業・林業や養蚕のようなものなど、自然や生物に関連する産業、医療環境に関しては、『女神ヴァイラスの恩寵』は常に需要がある。

破格の効果を発揮する為、引く手数多ではあるのだが、アマヒロにもこれ以上の拡張はおそらく無理だろうと女神ヴァイラス様からは聞いている、と伝えてある。


同時並行として、レギルジアに居ついていた間に、神殿の方にも着手していた。

レギルジア近隣の小山の山頂部を平滑に切り崩し、小山に原生していた樹木を一旦全て伐採、残っていた根っこや雑草も全て一旦腐食・乾燥させ、焼き払い、その上に神木レベルの大木と化すジャイアントセコイアのような樹木の種を大量に植えた。

更に『女神ヴァイラスの恩寵』によるブーストで、数百年から千年はかかると言われている巨木化を2か月で達成させた。

当時、ナインと二人でその作業をしていたが、もりもりと背を伸ばしていく様は、さながら『ジャックと豆の木のようなもの』だった。

3か月経つ頃にはそれらは祭壇をドーム状に避けるように成長、標高150m程度の小山に樹高250m、幹の直径が20mの巨木が幹と幹を隙間なく密着させるように成長した。

その威容は、まるで小山ではなく一本の巨大な樹木のような形となった。

大体計画通り、世界樹をくりぬいたような見た目になったので、計画目標は達したと言っていいだろう。

お金をかけなくてもこれだけやっておけば、見た人は何か神々しさを感じるだろう、やったのは完全に人間のチート能力によるものだけれど。

活気づいたレギルジア・カンベリア・アーングレイド、その他の村々は、その恩寵に感謝し、レギルジアを訪れ、近隣の女神ヴァイラスの神殿に赴いてはその威容に驚愕し、信心を増し、レギルジアから神殿に通じる街道には、日々行列が出来るほどだった。


農作物は、ロクにビニールハウスもないというのに、季節に関係なく様々な農作物が安定して育ち、虫害や植物の病気などにもかからず、堆肥を作っている肥溜めは例年にないほど早く発酵するので非常に短時間で肥料になる。

その上、芽を吹いた作物は例年類を見ないほど高速で育ち、その一度の実りの量も例年の3倍を軽く超えており、実質的に農作物の収穫量は昨年の10倍以上になった。

酪農は、家畜たちが病知らずで育ち、非常に頑健で、乳産業や食肉の分野が非常に成長し、増えた家畜たちの糞を利用した堆肥生産が進む、というサイクルも促進された。

更に、家畜の毛皮や毛、皮革を利用した産業も増進し、特産物が更に増えることになり、レギルジアはその城壁の外に更にもう一段の城壁を増築することを決定し、繁栄を極めようとしていた。


カンベリア、レギルジア、アーングレイドを始めとした灰色の各村・都市は喫緊の課題として、嬉しい悲鳴をあげていた。

増えすぎた食糧生産に追い付かず、食料品倉庫が足りなくなったのだ。

作物が溢れて困る、という今までにはあり得ない嬉しい悲鳴を上げることになり、各所で食料品倉庫が急拵えで新設を迫られた。

野外に置いていてもあまり傷みが見られないと言っても、折角女神様のおかげで得た実りを無駄にするのは許されないことだろう、と、農家達は率先して商人へと協力を依頼し、商人の倉庫群も利用されることになった。

商人達はこれら消費しきれない食料品が今後も更に増え続けることを見越し、輸出に関して、農業部門を管理するトップと行政側のトップ、両者との打合せを進めている。

不作で食料品の不足する領へ輸出するのが需給のつり合いもとれるだろう、という結論に達したものの、運送料が安くできなければ近隣から買い付けた方が安くなってしまう為、慈善事業ではなく商売である、という点も加味して考え、需給両者がWin-Winとなるような形が検討されていた。

そこで、非常に安価で舗装が可能な資材と職人達がレギルジアのアグリア商会から無償供与されることとなった。

アグリア商会はここ数か月でぐんぐんと成果を上げており、レギルジア最大手の商会となっていた。

特に行商をグレードアップさせた都市間輸送の分野で、他商会の追随を許さない速度で投資・開発を進め、非常に業績を伸ばした。

彼らは、『今こそ多大なる恩をいただいた女神ヴァイラスとその巫女姫であるフミフェナ様へ恩返しをする時だ』という気風で街道整備の計画を行い、灰色領内の主要都市間の街道は3か月でほぼ敷設を終えると言った尋常ではないスピードで事を進めることに成功した。

これにはサウヴァリーさんとは異なる土木系作業のチート級アビリティを持つ職人達が総動員され、休むことなくフル稼働したらしく、整備された道路は片側2車線+歩道付きの道路で、凹凸もほとんどなく、道中に存在した岩や樹木は建材として近隣の都市へと運搬されて販売され、更に対費用効果が上昇、更に整備加速するなど、非常に効果的に整備計画は進められた。

使用された資材は、私が以前アグリア商会でプレゼンした硬化する土だ。

整地した上で適切に施工された結果、その道路はサスペンションの硬い馬車であってもほとんど揺れない非常に滑らかに均された道路となった。

その結果、レギルジアを中心とした交易ルート構築が進み、非常に高速で安定した輸送が可能な都市間街道を見て、灰色行政側も便乗し、各所への動線についてもルート整備が進められることとなった。

後の話ではあるが、アグリア商会はこの事業により、王都方面からも都市間道路の舗装工事についても受注するようになり、更に店を大きくすることになるのだが、割愛する。


領内の食糧事情が劇的に改善し、数か月の成果としてはあり得ないほどの収穫や増益を得た家庭が多く、結果、労働力の増加の為であったり、余裕を得たことによって子供を増やす方針を固めた家庭(特に農家)が多くなり、都市間の空白地帯の開発計画も各都市で乱立しはじめ、灰色領は発展途上の活気に満ち溢れ始めた。



大戦から5ケ月が経つ。

私フミフェナ・ペペントリアは4歳の誕生日を迎えた。


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