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灰色の御用聞き  作者: 秋
25/45

21話 灰色の嫡子の苦悩

「で、何が見たかったんですか、兄上は。

私が既に報告書送ったのに、信用ならなかった、ということですか。」

「はは、怒らないでおくれ、ヒノワ。

あんな短い文章で語れるような対象じゃないだろう、あの子は。

それとも何かい、君はあの子があんなレポート2枚や3枚で表しきれる子だと、僕の目を見て言えるのかい?

あの報告書を見て、僕が何も感じないとでも?」

「・・・まぁ、それはちょっと・・・。」


馬車に乗ったヒノワは、扉が閉まるなり早々に話を振ってきた。

今回のフミフェナ嬢達・・・武具鑑定士達の所へのヒノワの訪問は、実際は僕が秘密裡に訪問する為、ヒノワに頼み、同行してもらったものだった。

色々と複合した理由があるけれど、世間体のある、見掛け上高貴な身分の自分からすれば、身分を隠した状態で直接目にする機会というのが是非欲しかった。

戦士達は基本的に素顔を晒し、特定の理由がなければ甲冑を纏う事は少ない為、偽装は難しい。

対して、護衛騎士達は基本的にフルプレートメイルにて『個を殺す』こと、『身を挺して守護対象を護る』ことを前提としている存在である為、護衛対象を護る為であれば例え王族が相手であっても甲冑を着込んだまま面を上げず、顔を隠す無礼が許されている。

護衛騎士や近衛騎士が纏う甲冑は、非常に強靭で使用者の肉体能力を向上させる作りになっており、重量が非常に重く、鍛錬のみではまともに動かないほどの物だが、複製や偽造防止として、非常に高価なシステム・術式・金属が使用されていて、『護衛騎士』として鎧に登録された者だけが軽快に操ることができる仕様となっている。

この製法は御用鍛冶以外は製作できないよう秘匿されていて、技術を漏洩させた者や模倣した者、盗んだ者、伝えられた者は即死刑という厳罰が法でも定められており、余程の命知らず以外の者でなければ複製などできないようになっている。

模倣すら許されない技術で製作された武具で、契約を介さなければ重すぎて動くことすら困難な武具である、という時点で、護衛騎士の甲冑を装備した者は偽装の可能性が基本的にない存在であることも広く認知されている。

逆に、王族や貴族達は、その偽装不可への信頼性の高さを活かし、契約を行って護衛騎士を装って街に繰り出したり、僕のように身分を偽って他者と面会する際に使用したりと、様々な用途で秘密裡に使われている。

今回の僕の目的はひとつ、噂の幼女の為人を調べることだ。


「しかし、流石にヒノワが推す子だ。

君の報告書にあった通りのレベルであると僕も保証しよう。

4歳弱でレベル480、桁違いだね。

君よりもレベルが高く、成長次第だが器量も良く、年下で、『白』かと見紛うかのごとき白き髪・・・。

彼女のような存在がいる・・・来訪者とは言え、彼女が戦貴族出身ではないとは、俄かには信じられない事実だよ・・・。

血統については詳細は分からないけど、まぁ、戦貴族ではないのは間違いないね。」

「やはり、ありませんでしたか。」

「あぁ。

僕が見れば隠していても絶対に・・・そう、これに関してはいかに隠蔽されても100%感知できる『アレ』が見当たらなかった。

まぁプライバシーを尊重して公にしない方がいいことがいくつか・・・それこそ1つではない数があったけど、為人には関わりのない話だから大半は割愛しよう。

ただ、関わりのある話もある。

彼女は既にあの年齢にして自分の身体の改造を施していて、しかも外からは見えないように、触っても分からない深さの肉の中・・・つまり身体の内側に何か埋め込んでいる。

粒子の煌めきがあんなに歪な人間は見たことがないし、煌めき方の特徴から推測すれば、アーティファクトに余剰EXP粒子を吸われている時に似ている。

それに、身体から迸る“オーラ”のバランスがあまりに偏っているし、戦闘用なのか効率向上用なのかは不明だが、かなり尖ったピーキーな肉体操作を要しているだろうね。

まぁ、身体の主要な部分に躊躇なく余さず入っている。

幼い身体にあれだけメスを入れて自分の身体を改造するとは、まぁなんとも恐ろしい幼女だ。

戦闘能力向上にしろ効率向上にしろ、レベリングの為に必要な処置なのだろうけれど、身体の成長が待てないほどの欲求なのかな?

彼女のレベリングが異常な速度で進むのは、まだ幼女という呼称が似合う年齢にも関わらず、自分の身体の改造も辞さない獰猛な成長欲求、そういったものも影響があるのかもしれないね。」

「・・・レベルは育つでしょうが、かなり身体的な成長に悪そうな肉体改造ですね。」

「はは、肉体改造なんて、生まれ持って肉体に恵まれた戦貴族の子供には必要ないから君は気にした事はないかもしれないけど、フミフェナ嬢は一般市民出身で血統も戦貴族の血は入って無さそうだから、先天的な意味で言えば肉体的には恵まれていない。

まぁ、身体の表面には一切埋め込まれた物が見えないようにしてあるのだから、僕のような人間以外には分からないように処置はしたんだろう。

それに、彼女はおそらくそれで身体的成長が止まったとしても、いや、もっと言えば寿命が縮んだとしても気にしないだろう。

短い時間ではあったけれど、彼女のそう言った点は理解できた。

“思い切りがとても良い”、これはヌアダ殿からの報告書にもあった。

僕も同感だ、彼女はそう言った『今世は何がなんでも長生きしたい』という意思を感じないな。

どちらかというと、『今世は何がなんでもやりたいことがやりたい』という感じだったね。」

「確かに、そうかもしれません。」

「あぁ、そうだ、先に言っておくよ。

詳細不明だけれど、彼女は非常に広域の情報を偵察・監視することが可能なようだ。

ま、つまり、ここも、勿論盗撮・盗聴可能ということだね。

可能である、というだけで、今現在しているかどうかはともかく。

・・・先ほど、我々が面会していた時も、彼女の元にあちこちから情報が集まっている気配を感じた。

それも、普通の人間なら頭が秒間100回くらい爆発しても全然足りないような情報量が常時入っては出ていき、飛び交っている。

見ている僕ですら頭が吹き飛ぶんじゃないかというようなとんでもない量だ、彼女の脳みそは僕の1000倍くらいはあるんじゃないかな?

それらをどう処理してどう把握して、どう操作しているのかは全く想像もつかないが、彼女の能力だと考えた方がいいだろうね。

生半可な能力じゃない、灰色の領地全域をカバーしていてもおかしくないレベルだ。

ひょっとすると、僕が出張ってきていることも、事前に気付かれていたかな?」

「流石兄上、私の配下の『鑑定』ではそこまでは判別不可能でしたのに、そこまでお気づきですか。

やはり、極めつけに優秀ですね。

彼女がどこまでの範囲のどれくらいのことまでを知っているのかは分かりませんが、能力については概ね正しいと思います。

あの宿に入る前には既に知っていたと思いますよ。

場合によっては、アーングレイドを出る前から既に知られていたかもしれませんが、まぁ大差ないでしょう。」

「・・・そうか、君は彼女がある程度何ができるか知っているんだね。

それと、訂正しておくが、僕は“飛びぬけて”優秀なわけではない。

全てがほどほどなだけだ、一般人に比べれば努力の甲斐もあって多少優秀であるのは否定しないが、君に優秀だと評されるほど優秀ではないよ。

生まれついて飛びぬけて優秀な君のような天才ではないし、君の配下達のようにたゆまぬ努力でのし上がった秀才達のように優秀でもない。

血統には恵まれたし、僕なりの努力もしたが、だが、僕は君達には劣っている。

僕は自分を過大評価するつもりは一切ない、そこは肝に銘じてくれ。

ちょっと変わった能力として、他の人よりも深く様々な情報が抜き取れる、そんなアビリティを持っているだけだよ。」

「御謙遜を。

私は、戦貴族・・・いえ、他の貴族や王族を含めましても、兄上ほど若く優秀な戦士でもある統治者は見たことがありません。

私が保証致します、兄上は非常に優秀です。

過大ではありません、弓の腕だけで言えば、私は天賦の才に恵まれて兄上を上回ったかもしれませんが、その他の才能で兄上を上回ったことなどありませんからね。

私を優秀と評してくださるなら、兄上も勿論優秀ですよ。

立場もおありで、成長の過程で様々な愚鈍な教育もあったでしょうに、フェーナのことを正当に評価できる、その一点においても、兄上は傑物と申せますでしょう。」


この尋常ではなく優れた異母妹は、いつも僕を褒めてくれる。

少し前までは、おべっかばかり使う御機嫌取りが仕事なのかと思うような部下達も多くいたが、彼らの言葉で少なからず特別な地位にいるような優越感に浸っていた時期がある。そんな自分の黒歴史は思い出したくもない話だけれど、僕にもそういう時期はあった。

今となっては、そういった配下の者達の言葉は全くもって心に何の潤いももたらさないが、この妹の言葉はいつも僕の心を潤してくれる。

父と分家筆頭戦士であった叔母との間に生まれた異母妹だ。

叔母は父とは幼い頃からの従兄妹の関係性であり、幼馴染でもあった。

灰色分家筆頭戦士として名を馳せたレベル100オーバー、分家においては史上最高値であるレべル145にまで到達した麗しの弓の名手。

その美貌と武芸は他色の戦貴族達から求婚の手紙が頻繁に届くほどであったにも関わらず、その一切に応じず、成人する頃にようやく父に乞われて側室として父に嫁いだ。

要は、昔から父と恋仲ではあったが、父の身分もあり、正妻を他家から招いて、正妻との子ができるまで結婚を待っていた恋人同士であったということだろう。

弓の腕前は、レベル100の壁にぶつかった本家の弓使い達を凌駕し、レベル的に父に劣ってはいたが、技術的に筆頭戦士を名乗っても問題ないほどの技量だった。

彼女は父の立場を慮り、筆頭戦士は『灰色』直系の最強の者が名乗るのが習わしであり、自分は父よりも劣る、として、一歩引いて分家を率いていたが、彼女の腕前と立場はどう足掻いても父を除いた全ての本家の戦士達を凌駕しており、それも本家と分家の確執の元になっていた。

ヒノワの母は、父の正妻との子である僕にも優しく、時には弓の手解きもしてくれていたし、個人同士の確執はなかった(と信じたい)が、立場上、彼女と僕の関係は分家からはいい目では見られていなかったのは間違いない。

だが、そんな優しく、強く、美しい叔母も、ヒノワを出産する際に亡くなってしまった。

叔母の死にまつわるアレコレは酷く本家と分家の断絶を招いた。

ヒノワが3歳になるまでの3年間は、よく内乱に到らなかったな、というほどの険悪な関係だった。

だが、今はそんな確執も険悪な関係もほぼ、ない。

ヒノワの存在がそれら全てを吹き飛ばしたのだ。

『灰色直系』として過不足ないどころか歴代最高を記録するほどの出生時の高レベル。

叔母から受け継いだ美しい美貌に、『灰色』をその身に顕現させたかのような美しい灰色の髪と瞳。

生後しばらくはその夜泣きの波動だけで本家の邸宅の外壁がひび割れ、照明のガラスは砕け散った。

赤ん坊であるにも関わらず、その泣き声だけで頑丈な建物を破壊しそうになるほどの圧倒的身体能力。

物心ついた頃には、“来訪者”であることが確定し、その能力と知能から灰色麾下の者達を畏怖させ、数々の逸話が広がった。

勿論、ヒノワは分家筆頭であった叔母の娘でもあるので、その存在は分家の希望ともなり、本家もその圧倒的存在感に一歩引いた形となった。

生後数年もたつと、幼子とは思えない弓の腕前を振るい、歴代筆頭戦士として上から数えた方が早いと言われる父を歴代最年少で追い抜き、4歳になるころには灰色の戦貴族の筆頭戦士として君臨した。

ヒノワが生まれた直後には、僕はすぐさまこの子に無駄な対抗心を持つのは、本当に無駄なことだと感じていた。

神に選ばれた弓使いとはまさに妹のことであり、妹が生まれるまで将来筆頭戦士になるのは間違いなしと言われた自分の弓の腕前は、生後数年で妹に追い抜かれた。

ヒノワの前では、僕が数年鍛錬した程度の技術は、児戯に等しい技術であると言え、伸びしろ・・・才能の差は比較するまでもなかった。

その頃から、僕は灰色の嫡子として弓を窮めることに全精力を傾けることをやめ、窮める分野を方針転換し、当主としての勉強に重きを置くようになった。

それを認めた父から、歴代最年少で後継者としての領主代理業務を任されるようになったのは、皮肉なことなのかもしれない。

一方、その所為で、一時期は僕を推すことで自分達の権勢を強めようとしていた派閥から、この子には何の責任もない出生の問題だけで、イジメが横行し始めていた。

中でも僕の母は、この子を特別に虐げていた。

戦貴族の当主ともなれば一夫多妻が認められている為、自分の愛しい夫が幼馴染の恋仲の女を側室として迎えることも、正妻として寛大な心で受け入れよう、いっそ側室の子供も、優しく育て、自分の息子を支える側近にしよう、そういう余裕も叔母の妊娠中は見られたが、叔母は『史上最高の戦貴族』に相応しい娘を産んだのだ。

加えて、叔母はヒノワ出産したその日に息を引き取った。

母は正妻であり、誰憚ることのない過不足のない健康な直系男子を産んだというのに、父はヒノワの存在を称賛し、叔母の死を大変に悼み、分家からは叔母を死に追いやったのは母だと、何の根拠もなく皮肉を言われることもあったようだ。

そんな状況では、ヒノワを疎んだとしても、仕方がないことだったのかもしれない。

しかし、母がやるのなら、と、本家も、分家も、と、一族中がこの子を蔑もうとしていた。

そして、父もそれを傍観し、それらをやめさせようとすることはなかった。

もっとも、それらはヒノワに何の精神的敗北感を抱かせることはなかったが。

幼い身ながら、出生や身分を理解して我慢し、耐え、時には裏からやり返していたが。

4歳になる頃には差別のピークも通り過ぎ、徐々に勢いは衰えていったが、一度根付いた差別意識は一族の中では中々なくならず、イジメに近いあれこれはしばらく続いた。

そんな時期もあったというのに、この子は僕にも、一族にも、一切の復讐をなさなかった。

僕はその頃から、それが我慢できず、いっそヒノワがやらないのであれば、僕が粛清をやらねばならないと考え始めていた。

僕が13歳になる頃、父から全権を預ける当主代理に任命する、という辞令が下った際、国を統べる王にも顔見世と承認をもらう為に王都にその旨の報告に行ったのだが、僕はその帰り道で、そのまま配下の粛清を決行した。

領地に着くなり、父を馬車に残し、1人で早馬で領都に戻り、側近達を集め、一族の者達を集めた。

そして、名を読み上げ、罪状に従って一人一人処罰を言い渡し、投獄したのだ。

その後は、流石に重罪の者以外の命までは取っていないが、ヒノワを虐げていた貴族や本家・分家の者、父に反感を持ちヒノワを祀り上げようとしていた不心得者を捕え、投獄した後、重罪の者を晒し者として処刑した。

そして、実の母もそう時を空けず拘束し、僻地のアキナギ家の別荘に幽閉した。

母の実家に連なる者達も降格したり左遷したり、財産を没収するなどし、徹底的に膿となるものを排除した。

体制の腐敗とはこうして清浄化していくものだ、と父は言い、特に反対もせずに僕の行動を見守っていた。

父がポツリとも愚痴も後悔も述べることもなかったのは、情故に自らの手が汚せなかったこともあったのかもしれない。

対外ではなく、対内、しかも正妻という父自身に直接関わる身内まで処分する、というのは、情にほだされた年配の者にはできない仕事でもある。

領内の大粛清の際、実働部隊としてヒノワも一役買って出てくれたのだが、その働きは筆舌にし難く、今この領地でヒノワの存在を知っている者で、彼女に対して逆らおうと言う者はほとんどいないだろう。

それくらいのことを、自分とヒノワ、我々兄妹はやり尽くしたのだ。

後悔はしていない。

界隈では身内まで粛清するとは情けはないのか、というような話も流れたが、そもそも圧倒的強者であるヒノワに対してよくもまぁあれほど馬鹿なことを仕出かした者達を放置したものだ、というのが自分の感覚だったので、それが実母だとしても、筆頭戦士足り得る妹を蔑んだ者達を許すつもりはない。

囚われた者達は、強者としての矜持を奪われ、資産まで奪われたとあっては、流石に大半の者は大人しくなった。

いくらかの処罰の後、投獄前よりも良い立場に戻った者もおり、今となっては、不満もそう聞くことはない。

勿論、反省の見られない者については、その後、投獄されたままの者や、処刑することになった者も存在するが、これからの領地運営に当たって内紛の基となる要素を排除できたことに関して、僕は躊躇せず実行してよかったと感じている。

ヒノワに、自らを蔑んだ者達を全て殺さずにいる僕を恨んでいないのか、と問うた答えは、「兄上は悪くない。兄上の為にも、彼らを害するのは良くない。なので、連中には何もしない。」だった。

妹は、兄だけが親族を粛清するという泥を被ることを良しとせず、共に戦ってくれた。

もし、自分や、妹の負担を軽くしてくれる存在・・・『脅威』として圧倒的戦力と権力を持つ存在がいてくれたなら、抑止力が働き、ここまでの血は流れなかった事だろう。

そうなれていなかった父を憎んだし、そう支え導かなかった母を恨んだ。

そして、自分自身が、そうなれていなかったことだけは、今になっても後悔している。


「彼女が、もう3年早く生まれてくれていればな。」

「大粛清を、彼女にやらせていた、ですか?

もし、その当時、今のフェーナと同じ存在が私の傍にあったなら、領内の人口は激減したでしょうね。」

「・・・恐ろしいことを言うものではないよ。

僕がおしっこちびったら誰がこの馬車を掃除することになると思っているんだい?

そう、僕だ。」

「その時は、私も拭き掃除を致しましょう。

・・・まぁそれはそれとして。

“あれ”は、身内を引き締めることにも勿論意義がございましたが、次期当主である兄上と筆頭戦士である私と共に、泥を被り、領内を清浄化させたという自負を皆に抱かせたことも重要でございました。

必要なことだったのです、兄上を恨んではおりませんし、私も後悔していません。」


この子が、せめて男子だったならば。

いや、歴史上、女子が当主になったことはないが、ヒノワほどの女傑は歴史上いなかったというだけのことであり、この子が当主たり得ないなどということがあるのだろうか?

大粛清と呼ばれる粛清活動を行った後、ヒノワこそが一族の長になるべきだ、と、この子自身、そして父にも告げたが、その時は二人共が揃って否定し、僕を推してくれた。

正直、この子なくして今の自分はなかったと、大声で明言できるほど、感謝している。

あの時はまだヒノワが幼過ぎた所為だろうか、とも思ったが、今なら分かる。

当主というのは、最強の者でなくてもいいのだ。

筆頭戦士は、当主とは別であってもいい。


「はは、ありがとう。

で、話は本題に戻るんだが・・・前述の通り、僕の偽装は失敗したわけだが、先ほどの会見時、フミフェナ嬢から全身くまなく“嘗められた”ようでね、おそらく僕がアマヒロである、ということ以上の、アレコレはバレた。

可能な限り隠蔽していたが、他の護衛騎士は放置して、ピンポイントで僕だけを執拗に“嘗め回した”ことから考えても、僕を見つけたら何かを調べようと狙われていたんだろうね。

出来れば刺激しないように行動してくれ、という君の要望を叶えられなくて申し訳ない。

なるべくは頑張ったんだが・・・。」

「いえ、お気になさらず。

フェーナの前では、無意味なことだったかもしれませんが、敵対するつもりはない、というポーズは必要です。

蛇足にはなっていないとは思いますが、余計なことをだったかもしれません。

お手数をおかけいたしました。」


フミフェナと呼ばれた白髪の幼女の眼力は鋭く、入室した段階、つまり最初から既に視線が大半の時間、アマヒロの眼を貫いていた。

おそらくだが、入室前から既にロックオンされていたと見た方がいいだろう。

そして、入室から退室までの間、何かよく分からない能力で全身を嘗め回すように徹底的に走査された。

自分もフミフェナ嬢の詳細を調べるべくスキルを発動させたが、おそらく彼女からもスキルか術式で自分もあれこれ調べられただろうことは間違いない。

次期当主である自分を相手にしても躊躇する仕草は一切なく、いっそ言うなら“次期当主と名乗っていない今なら、護衛騎士だと思っていました次期当主とは知りませんでした申し訳ありません、という言い訳が成り立つでしょう?”というくらいの思い切りのいい嘗め回しっぷりだった。

立場を公にされてからではできないから、今の内にやっておくか、みたいな発想でベロンベロンと全身を嘗められたような感覚に陥ったのだ。

なまじ対象の力を深く調べることのできる能力を持っているだけに、レベル480の化け物に至近距離から全身を嘗め回される恐怖というのは、ヒノワや他の戦士達よりも大きかったのは間違いない。

どこに龍の口の中に全身入り、その舌で嘗め回されて何でも噛み砕く鋭い牙をコツコツと当て甘噛みされて、炎のブレスの種火がチロチロと除く喉奥を見せられて、微動だにせず、平然としていられる人間がいるというのか?

僕の能力は言ってみれば、常人よりは相手を深く知れるだけだ。

相手が自分より強くとも抗う能力があるわけでもない。

そして、他者よりも相手を深く知れる為、圧倒的強者の口の中にいる恐怖は、比較すれば自分以外の誰よりも圧倒的に大きい。

正直、小便を少したりともちびらず、目も泳がせず、手足を震えさせず、少しの身じろぎのみで耐えきった自分を褒め讃えたい気分だ。

僕は良くやった、もう彼女にはあまり関わり合いになりたくない、とその時思ったものだ。

当主になれば、否が応でも関わり合いになりそうであるが、何かあるごとに彼女の御機嫌を伺わなければならないのであれば、いっそ彼女に跪いて全て任せたいくらいだ。

不用意に地雷でも踏んで、機嫌を損ねたらどうなるのか。

自分だけで済めば良いが、女神の巫女とも言われる彼女の能力が何処まで及ぶのか想像したくもない。


「君は、あれほど恐ろしい能力の持ち主を、どうやって手懐けたんだい?

彼女の目の前に立って、たった数十分の間接的な対面ではあったが、あれほどの恐怖は久しく感じたことはない。

それこそ、王都で初めてバランギア卿に会った時にやらかした時以来だ。

一手で、自分がどれだけの存在であるのかを僕に理解させたんだ、僕が偽装して君と一緒に来た理由も、一瞥して察していただろうね。

彼女の知り得ている情報と、持ち前の知能によって、1を知られれば10や20は軽く察してしまうかもしれない。

そこから30や40は疑念を持たれたかもしれないと思うと、心の平穏を保つのは難しいよ。

下手に手を出すと、大やけどを負うどころか、骨も残らないかもしれないね。」

「ご理解いただけたようで、ありがとうございます。

正直申し上げて、私は彼女を下手につつくことを良しとしていません。

“何が起きても証拠は残らない”可能性が高いので・・・。

あまり引っ掻き回すようなことは避けていただきたいのですが。」

「なに、重々承知しているよ。

カンベリアを取り巻く戦の大功労者は、彼女だ。

ここカンベリアが他の領の魔物の攻勢の中でも群を抜いて戦略的に進行されていたのは間違いなく、投入された戦力も他領の数倍・・・そうだね、聞いている話だけでも数値的な比較で12倍ほどはあったことだろう。

カンベリアはもったかもしれないが、おそらくアーングレイドとカンベリアの中間地帯は焼け野原でもおかしくない攻勢だった。

他領とは比較にならないほど周到に準備された、とんでもない飽和攻撃だよ。

特に報告書にあった蠅の亜人の特殊能力、あんなものがもしフミフェナ嬢に気付かれず、今後も討伐できていなかった場合のことを考えると、恐ろしいよ、まったく。

彼女がいなかった場合、更にいつその蠅蟲人が敵軍をステルス状態で送ってくるのか、ずっと怯えながら戦力配置の計画を練らなければならないところだった。

一般人・軍の被害を他領の1/10以下に抑え、今回の戦の厄介な能力持ち・・・転移能力持ちのタルマリン、使役している眷属にステルス状態を付与可能な能力を持っていたグジを討伐した。

こんなことができる戦士は他にいないだろう。

手を出したら我々戦貴族であったとしても無事に済まないどころか、血族ごと滅びるのは、目に見えていると言って過言ではない。

どういった能力であればそんなことが可能なのかは推測でいくつか考えてはいるが、具体的には彼女から聞くしかない、機会があれば君から聞いてみてくれ。

僕や他の者が下手につつくと気が付いたら死んでそうだしね、あまりやりたくはない。

まぁそういった訳で、『僕が』手を出そうというんじゃないから安心していいよ。」

「でしたら、良いのですが。

では、どういった意図で、こんな強引な手段を取られたのですか?」

「父上から件の戦士について詳細に報告せよ、と指示があったのは確かだけど、自分の眼で早目に確かめておきたかったんだ。

これからも君という存在と共にあるのならば、この『灰色』からは切って考えることはできない存在になる、そんな人物に身分関係なく会うのに、早すぎることはない、そう判断したから。

まぁ、あの調子では身分はおそらく簡単に察しているだろうけどね。」


ヒノワから送られてきた彼女についての2,3枚程度の報告書。

ただそれだけを見ただけでも分かる“特殊な存在”の気配。

民を統べ、為政者となるべき者にとって、ある種、忌むべき存在である可能性も否定できなかった。

いや、今現在でも否定できるかは分からないが、少なくとも、ヒノワとフミフェナ嬢に敵対さえしなければ、・・・彼女の『味方側』なのであれば、こちらはただ恩恵を受ける側になれる、そういった予感はした。

だが、彼女の心変わりがあれば、どうなるかなど想像もつかない。

報告書にあったヒノワからの注意書きに、アンチェイン(拘束不可)、アンタッチャブル(不用意な干渉不可)であり、絶対の忠誠を誓うと言われた当人ですら完全に制御できるか不明である、と記載があった。

納得だ。

あの幼女は、恐ろしい存在だ。

戦貴族の戦士のような闘争に飢える者でもないし、虫も殺さないような聖女のような慈愛の持ち主でもなく、また傲慢な圧倒的強者を演じる訳でもなく、大きな理念に従う勇者のような存在でもない。

思想も、我の強い独裁者のようなものではないし、ヒノワに隷属するような自らを卑下するような奴隷思想でもない。

ただただ、淡々と自らの“やると決めたこと”を完璧にこなす。

ヒノワの報告書に『レベリングという言葉・作業に異常なこだわりがある』とあった。

では、それ以外に関してなら比較的融通はつくのか?という疑問を持っていたが、彼女に直接会った感想としては、答えは“否”だ。

見た目柔和なイメージはあるし、おそらく対外的に、社会的に、ある程度他者と協働してやっていこうという思いはあると思うが、彼女が強く「こうしよう」と思ったことは、レベリングに関係なく必ず達成させる、しかもその邪魔者は特別な感情もなく蹴散らし成し遂げる、そういった強い精神・・・いや頑固さと言うべきか、非情さというべきか、そういったものも感じた。


「まぁ、彼女について色々と調べたり話したりはしたいが、とりあえず王都にフミフェナ嬢を連れていく案は、全て却下だ。

各所への刺激が強過ぎる。

得られた情報に関しては、要所には書類を提出して報告はする。

彼女について詳細を求められても、当家から出せるのは報告書の情報まで。

この方針でヒノワも動いてくれるかい?

僕も、父上にこの方針は厳守してもらうようお願いする。」

「分かりました。

しかし、それでは、あちこちから異論が上がるのでは?

どう足掻いても、事情の説明でフェーナの存在がやり玉にあがるのは目に見えています。

それに、そこまでの英雄が現れたともなれば、様々な派閥で政治的ムーブも発生することでしょうし、余計にあちこちから呼び出しがかかるのではありませんか?

目聡い方ならば、目の当たりにすれば皆、兄上のように納得するでしょう。

頭の悪い馬鹿当主共なら・・・とりあえず一度、一同平伏させればいいのではありませんか?」

「強引だなぁ、ヒノワは。

だが、君の言う通り、彼女は今代に限って言えば、現段階であの強さだ、これからの成長を加味すると最強格の中でもトップレベルであるのは間違いがないし、彼女を巡ってアレコレとゴシップな話が飛び交うことになるかもしれないわけだから、後々の事まで考えると、王都に顔見世に行って貰うのが正しい。

より強き者を上に上げる、という戦貴族の定例、性質上、彼女がこれから派閥の形成を行うのであれば、戦貴族に召し上げられる可能性もある。

もしくは、王の顧問・・・バランギア卿のような存在になる可能性もある。

いずれにしろ、早目に実力を衆目に暴露し、顕在化させることも必要なことだろう。

目聡い方や気配を察する者なら、彼女に出会った瞬間に平伏し靴までも嘗めるだろうけど、馬鹿な人もいるからね、噛み付いたりアレコレ嫌がらせをしたり嫌味を言ったりとあれこれやるかもしれない。

・・・だけど、考えてもみなさい。

これは、我々戦貴族の界隈の都合だ。

一般人出身であり、“来訪者”である彼女は、貴族出身者や学の無い一般民衆とは違う。

戦貴族への憧憬も、無学による尊敬も、ない。

我々『灰色』に対しては穏便に過ごしてくれたとしても、その他の戦貴族への対処まで全て穏便に事を納めてくれるだろうか?

君も知っている通り、戦貴族には戦貴族特有の面倒なアレコレもあるし、くだらないイザコザもかなり多い。

それらがフミフェナ嬢の地雷を踏み抜かないと、誰が保証できる?

フミフェナ嬢の逆鱗に触れ、『戦貴族』やそれに関わる全てを敵対視し、分別や手加減すら面倒になって、すべてを無に帰して構わないと全力を以ってあれこれ蹴散らしたらどうなる?」

「結果は分かり切っていますね。

まぁ、バランギア卿以外はサクッと全員死ぬんじゃないでしょうか?」

「王や王族が彼女に興味を示し、地位に任せて下手につついたら・・・いや、無理矢理手籠めにしようとしたら、どうなる?」

「王はどうでしょうね、穏便に収めてくれるような気もしますが・・・。

フェーナでも流石に王を殺すことまではしないんじゃないでしょうか?」

「彼女は、おそらく君の立場を考え、それだけなら償いについて詳細に取り決めた後、穏便に事を納めるだろう。

だがもし、王や王族が、彼女が君に絶対の忠誠を誓っており、彼女を手に入れる為には君が邪魔になると、君を排斥するための行動・・・そうだな、例えば『灰色』への大幅な課税、軍事行動、戦貴族位の剥奪、醜聞のでっち上げなどという手に出る可能性もゼロではない。

・・・まぁしかし、周りがそこまで馬鹿ではないだろうから、それは止めるだろうけどね。

それも叶わないと知って、八つ当たりのように彼女の周囲へ様々な嫌がらせを開始したとしたら、どうなると思う?」

「勿論、反撃することでしょうね。

それも、彼女が思いつく最大の意趣返しの方法で。」

「では次に、逆に王や王族の立場に立って、最も嫌だと思うことも考えてみよう。

君の言う最大の意趣返しの方法とはなんだ?

自分達が殺されることか?」

「まぁ、大抵の者はそうではないでしょうか。」

「違うな。

彼女は簡単には殺さず、徹底的に相手にダメージを与え続け、すぐに死に至ることがないよう、じわじわと苦しめることに終始するだろう。

おそらく、王は最後まで殺さない。

生殖能力を何らかの方法で奪い、妃達や太后、王位継承権を持つ者達を全員殺し、王位継承権を持たない子供達や血縁者も全員殺す。

王の存在意義とは、国を良くし、次代へと引き継いでいき、次の代に渡す前には自分が引き継いだ頃よりもよりよくして引き渡す、というものだ。

自らの命乞いをするのは、おそらく常に死を覚悟している者以外であれば、ほぼ100%に近い人間がするだろうから、聖人君子でもなければ無理だろう。

まぁ末期の命乞いは度外視するとして。

自らは生かされるのに、次代を担う自分の血の繋がった後継者が全て失われる。

そして、次に隠匿していた自らの汚職や欲望の果てを明らかにされ、歴代の王たちの罪や痴態まで全てつまびらかにされ、辱められる。

つまり、王としての自分の仕事が全て無に帰すだけでなく、歴代の王たち全ての存在意義まで辱められ、否定され、自分の精神的支柱だった『王の血』の尊厳を失うことになる。

そうなれば、王は追い詰められ自ら命を絶つか、選帝侯から罷免を言い渡されることだろう。

そして、王族が死に絶えた後は、おそらく次代の王は選帝侯のうちのどこかの当主が任命され、任命された者が次代の王としての責務を負う事になる。

だが、その次代の王も、更にその次の王も、先代と同じ道をたどることになる。」

「ホラーのような話ですが・・・そこまで・・・しますかね?」

「選帝侯は12人いるからね。

自らを陥れた王を選んだ選帝侯であったという過去がある限り、責任は取らされる。

そして、当初の選帝侯が全て滅び、その後継者達がフミフェナ嬢と君に好意的な心情を抱いていることを確認したところで、ようやく彼女は落ち着くことだろう。

彼女には、それらを“確実に彼女がやった”と誰もが分かっていたとしても、誰にもどうやってやったのか悟らせずにやりきる力がある、と君の報告書にはあったね。

僕もその通りだろうと思う。

彼女は全て終えた後に、何者からも罪を問われることなく、達成感でスッキリした顔で、君にこう言うだろう。

“時間はかかりましたが、仕事は終わりました、これでヒノワ様の邪魔者はおりません、ご安心下さい”とね。

どうだい、恐ろしいだろう?」


彼女は、常人ではない。

レベルや戦闘能力もそうだが、思想自体に違和感がある。

“来訪者”にそこそこの割合で見られる傾向だとよく教師に聞かされた、極端な指向的な方向性を感じる。

前世の記憶を持ち越して転生した者達は、死を経験した上で生存している為、『この生は棚ぼたである、と感じ、思い切りが良くなりすぎる傾向がある』。

本当なら既に死んでいるのだし、こちらの世界ではやりたいことをやりきって死んでも本来あるべき状態に戻るだけだからやりたいようにやってもいいだろう、といった感覚なのだ。

今世での棚ぼた的に手に入れた生を手放したくない、優位にある立場を失いたくない、そう言った『今世』の中で生きる者達にとって、そういった存在ほど恐ろしいものはない。

“来訪者”の大半も、そういう者達ではあるのだが、一部は彼女と同様、行動が振り切れているのだという。

彼女は、敵対さえしなければ、好意的とは言えずとも、実力行使には移さないだろう。

例えば、能力的に知り得た我々に不都合な情報については、基本的には聞いていない風に放置してくれるだろうし、気が向けば処理もしてくれるだろう。

自分に飛び火しそうなものなら、場合によっては解決も請け負ってくれるだろう。

が、翻って敵対し恨みを買ったならば、その末期は想像もしたくない末路を辿ることになる。

全てが暴露され、名誉も資産も家族も、大事にしている全てのモノを無くしてから、ようやく殺されることだろう。

ただ早い、ただ力が強い、ただ頭がいい、そういった単純な人間ではない。

彼女の恐ろしいポイントは、それらがなかったとしても恐ろしい、というところだ。

もしレベルが低く、戦闘能力も低く、頭が良くなかったとしても、『敵対したら絶対にいい未来は待っていない』類の危険人物だ。


「まぁ、要は君の言った通り、アンチェイン・アンタッチャブルが我々の方針だ。

我々は『調べたければご自由に、但し、問題が発生した際は自己責任、地雷を踏んで逆鱗に触れた場合には家ごと消滅してもいいという覚悟をもってあたられたし、『灰色』は彼女を庇護する立場であり、手だしについては抗議し、手出ししたことによって損害が発生したとしても如何なる場合であってもフミフェナ嬢を全面的に支持するものとし、他色に一切の擁護も賠償もしない。』

このスタンスを徹底し、推し進めることを『灰色』の方針とする。」

「なるほど。

その方が賢明だと私も思います。」


彼女は、彼女が設定した地雷を踏み抜いた者に対しては、徹底的に相手の全てを破壊し、否定する。

それも、追随出来る限り、全てを。

彼女は力を手に入れて増長する類の人種ではない。

おそらく、おそらくだが、手に入れた能力のほとんどを秘匿しながら、相手を恐怖のどん底に叩き落しながら、淡々と自分の害となる人物を人知れず追い詰め、殺していく。

それこそ淡々と、完璧に、一分の漏れもなく、幼子から床に臥せる老人にまで、下手をすると胎児から死体にまで、躊躇なくやり遂げるだろう。

気紛れに見逃す相手もいるかもしれないが、気紛れの域を越えない程度の割合だろう。

僕には分かる、あの子なら、やる。

絶対に。

絶対の忠誠を誓っているというヒノワに対しては、分からない。

そもそも、どう言った理由で妹に絶対の忠誠を誓った?

飼われている訳でもなければ、会ったのはまだ数回だと聞いているし、立場的に庇護されている訳でもない。

個人への忠誠に一切の理由がないとすれば、妹はどういった手段で彼女を懐柔したのか?

その忠誠によって、我々は同様に守護対象に入るのか?

分からない事だらけだが、少なくとも、敵対意識を持たれるような行動は厳禁だ。


「まぁ、極端に振り切った仮定の話だ。

現王も次期後継者も、その他の王族も、その周りもそこまで馬鹿じゃあない。

ただ、社会的な立場があるから、彼女を謁見させた場合、他の目もある中で4歳にもならない幼女に初対面で色々な権限やれ、とは軽々には言えないだろう。

内々に直接会って話し、選帝侯の中でも比較的融通の利く方々に根回しをし、バランギア卿に承認を取って、そこまで終わって、ようやく謁見、が最低限必要なルートだな。

かと言って、立場的な問題でも彼女をなしのつぶてでは王家の恰好もつかない。

討伐内容に沿った褒章だけは、王家の名義で出してもらうのが順当だろう。

他の戦貴族が強要して彼女を現地に召喚した場合は、どう転んでもトラブルしか起きないだろうからね、うちとしては、拒否する方針としよう。

調べたいなら自分達で調べろ、死んでも知らない・・・いや、死ぬだけならラッキーだと思ってかかってね、と。

自分達で調べたなら、納得もできるだろうし、地雷を踏み抜いたとしても自己責任だと前振りしておけば、何があっても他家には『自己責任と申したではありませか』で話は通るだろうしね。

いくらか人身御供というか、晒し者になってくれれば後続は続かないだろう。

フミフェナ嬢には、『前置きはしてあるから、地雷を踏んだ者には独自の判断で対処してよし』と言っておこう。

まぁ、『ヒノワの許可も出来るだけとってね』とも付け加えておこうかな。」

「なるほど。

・・・ところで、兄上が彼女を娶る、というような選択肢はないのですか?」


ブフッ、と飲み物も飲んでいなかったというのに、吹き出してしまう。

僕と、彼女が夫婦になる?

不可能だ。

いや、彼女が僕との結婚を望むのなら、『灰色』の未来の為にも良いのかもしれないが、僕から彼女を欲するというのは、地雷原を走り抜けて竜の逆鱗に触れてまた地雷原を走り抜けて逃げる、それくらいの生存率の低い自殺行為だ。


「不可能だ。

不可能だが・・・もし、僕と彼女が夫婦になった場合、どうなると思う?」

「とりあえず、『灰色』は今後、少なくともフェーナが死ぬまでの間、盤石になりますね。

兄上の婚約者であるレイラ様との関係性がどうなるかが心配ですが。」

「まぁ、それはそうだ。

それに、パワーバランスが悪すぎる。

まず、現在の僕の婚約者であるレイラ嬢、及びその出身地である『紫』本家との確執が発生する。

戦貴族の当主は一夫多妻制を許されているから、制度としては両方を娶ることになったとしても、問題はない。

ないが、レイラ嬢にしろフミフェナ嬢にしろ、どちらを正妻にしてどちらが側室になるのだ、と、またややこしくなるだろう。

もし二人に折り合いがついたとしても、周囲が放っておかない。

そして、彼女を娶るとなると、二人が親密で仲良くしてくれた場合であったとしても、僕の序列が急上昇する可能性がある。

そうなると僕の台頭を許したくない他の戦貴族の勢力から、また痒くもない程度の嫌がらせにストレスを感じることになるだろう。

そうなった時、また君が全部解決してくれるのかい、ヒノワ。」

「ご勘弁願いたいですね。」

「そうだろう。

彼女には普通に恋愛結婚をしてもらい、普通に出産して家族を作ってもらい、普通に年を重ねて、普通に人並の生活を送って、いつかは土の下で眠ってもらわなければならない。

最悪の可能性だけを言うなら、彼女が全てに絶望し、ヒトという種族自体に牙をむいた時が最悪だ、人類が滅びる未来が確定するまで、一か月もかからないだろう。

僕たちは彼女に普通の人生を歩んでもらうための最大限の努力をしなければならない。」

「私も、あまりに不条理なことだけは思い留まるようお願いしておきますが、基本的には彼女の思うようにさせるつもりにしております。

まぁ、どういった人生を歩んでもらうのかは、度外視してもいいのではないでしょうか?」

「うん、まぁ、その辺りは任せるよ・・・。

立ち位置の微調整はヒノワに任せるが、僕の立ち振る舞いが難しいよ。

フミフェナ嬢・・・いや、殿、様、どういう敬称がいいのだろうな。

父上はまだご健在だし、僕はまだ若すぎる。

僕が順調に仕事をこなして当主となるにしても、まだ10年15年は先だ。

僕が数年内に主導権を握るなんてのは夢物語だよ、恐ろしくて仕方ない。」

「存外、話してみれば良い子ですよ。

きっと、敵となったら、気が付く前にはもうこの世にはいませんから、苦しまずに死なせてくれますよ。

・・・という冗談はともかく、まぁ、あまり深く気にしなくてもいいんじゃないですか?」

「・・・そうだね・・・。」


一段落着いた頃、手元にあった資料を再度読み返し、数日前にヒノワの上げてきた報告書、配下に調べさせていた報告書、周辺環境のデータを集めさせた資料を読み返していたが、やはり一つの確信に到る。


「その資料は?」

「これも、フミフェナ嬢の件で、あれこれ調べたものだよ。

女神ヴァイラス、君も先程聞いていただろう。」

「フェーナを巫女に指定したという女神様ですか、確か生命に関する権能を握っているとかなんとか。

良いことではないですか、レギルジアはどの業界も好況に沸いていると聞いていますよ。

カンベリアやアーングレイドも、副次的に潤う事でしょう。」

「知らんぷりはしなくてもいいぞ、違和感は君も感じているだろう。

この資料を読めば明らかだよ、レギルジア近郊の発展は異常過ぎる。」


ヒノワが気付かないはずがない。

ここまで明確に分かるほど、あらゆる業界で業績を上げた者の報告書が上がってくる。

しかも、非常に分かりやすいほど、明確に上昇したものばかりだ。

逆に下げ幅の大きい者もピックアップさせたが、これは汚職などで私腹を肥やしていた業者などが軒並み破産秒読みとなるほどの下降幅を見せている。

報告してきた者の推測では、レギルジアでは悪徳商人は完全に絶滅したと言ってよい状態になっており、汚職や背任の多い官吏も次々と職を辞しているという。

それもそのはず、そう言った者達は女神ヴァイラス降臨後、酷い者から順に謎の急死を遂げており、それらの死体には謎の紋様が必ず分かるように浮かんでいるのだという。

しかし、大商人や権益を握っている者、貴族や金持ちが全てそのようになるのかと言えばそうではなく、報告者の分析では『女神ヴァイラスへの背任』が原因である、と明言する記載があった。

例えば、女神ヴァイラスについて記載した推測の文書を一般市民に販売しようと本を作っていた者達は、責任者達が軒並み死亡した。

次に、女神ヴァイラスの石像を造って販売しようとしていた石細工職人をまとめている親方や発案者も死亡。

女神ヴァイラスの神殿を自分達の権益の及ぶ場所に建設し、参拝者から参拝料を取り、土産物などを販売して儲けようとした者も軒並み死亡した。

明らかになっている範囲でこれだけあり、明らかになっていないものまで含めると、膨大な数の者が女神ヴァイラスの恐ろしさをそれこそ身をもって体験しているのだろう。

しかし逆に、真っ当な商売で真っ当な利益を上げている者達は、皆上向きの業績を上げている。

ただでさえ好況に沸いている都市であるので、女神ヴァイラスの神殿へ詣でようと近隣の都市からも商人達が訪れ、ついでとばかりに行商や商隊がやってくるのだ、農作物の異常な豊作という恩恵だけではなく、そういった理由から様々な物の輸出入も増え、都市外から流入する富は女神ヴァイラス降臨前の5倍に匹敵するという。

それが全て女神の恩恵であると、当人たちが認識し、報告書に記載できるほど劇的な効果があったのは間違いない。

レギルジアは、今、まさに都市が成立した後、最も活気に沸いている。

大抵、神という存在は、実際に存在するかしないかは重要ではないのだ。

民衆が「神ならばどうするか」という非常に高尚な高次の存在を設定し、それを哲学的に突き詰めた設定によって支持される存在、それが神であり、神への信仰とはつまり自分への自制の一つであり、自己洗脳や統治者の思想操作の一種でもある。

神の御業だと感じる何かがあれば神の恩寵だと感じ、災害があれば神の怒りだと感じる。

他者を貶める際の大義にすることもあれば、民意発揚の為に利用することもある。

現実には、そこに何か神そのものによる影響ではない原因が存在するはずだが、都合によってこじつけられ、そう扱われているだけなのだ。

だが、女神ヴァイラスは違う。

これほどの恩恵と罰をもたらす女神など、聞いたことがない。

明らかにレギルジアが神の恩寵としか表現できないほどの現象が次々と発生し、報告されていて、調査にいった者達が一同口を揃えて「女神ヴァイラスの恩寵は桁違いであり、都市の受ける恩恵は歴史書を紐解いても見当たらないほどのもので、女神ヴァイラスの実在は疑いようもない」と評するくらいだ。

そこまでの女神となれば、おそらく伝説上に名前くらいは残っているだろう、もしかすると建国王の時代に存在した紙なのではないか。

そう思い、王都の著名な歴史学者や、神殿勢力の神官の元に手紙で問い合わせてみたが、返事は芳しくない。

幾人かの学者からは遡って調べてみる、と言ってくれているが、誰も彼も「初めて聞く名前の女神だ」と言っている。

現実にここまで影響力を及ぼす女神が過去にも存在したのであれば、歴史学者や神殿関係者達が名前すら聞いたことがない、などということがあるはずがない。


「女神の恩寵は間違いなくもたらされているが、『女神ヴァイラス』という名の神は、“存在しない”。

いや、違う、語弊があるな。

存在はするが、それはフミフェナ嬢その人だろう。

彼女は、何かしら考えがあって、自分自身を神化することを避け、架空の神をでっち上げ、巫女姫となることで何かしらの目的を果たしているのではないか、と僕は考えている。」

「・・・そうですね、そうかもしれません。

私もその推論は、似たようなものを持っておりました。

ですが、その話はもう少し詳しく調べてから結論を出した方がよいと思います。」

「それは、何故だ?

僕はもうこの結論に疑いすら持っていないんだが。

彼女以外にこんな能力を発揮できるほどの強者がいるとは、到底思えない。

いたとするなら、それこそ神だ・・・けれど、僕は悲しいかな、女神ヴァイラス以外の神の恩寵を確認したことがない。

いや、神が実在し、その恩寵が今までも人知れずもたらされていたのだとするなら、ここまで桁違いの恩寵を下賜してくれる女神ヴァイラスはそれこそ桁違いの存在だ、神よりも上位の存在であるとしか思えない。」

「いえ、そちらではなく・・・。

女神ヴァイラスが、彼女の能力の発現と同時に発生したと考えて良い、という点では兄上と同感です。

ですが、彼の女神様は、スターリア殿や部下から上がってきた報告書を読み、フェーナとの話を聞いている限り、フェーナ本人から切り離された状態でその権能を発揮しているように思うのです。」

「どういうことだ?」

「いくら彼女が優れているとしても、同時並行的に起こされている現象があまりに多岐であり、広範です。

ヒトに処理できる能力を明らかに越えています。」

「・・・つまり、女神ヴァイラスはフミフェナ嬢が生み出した存在であり、フミフェナ嬢本人ではなく、独立した存在として実在する、ということか。」

「私の感覚からして、非常に広範囲に様々な恩寵を与えるほどの粒子の遠隔操作というのは、それこそ天文学的な数字になるほどの燃費の悪い作業なのです。

何せ、一つ一つの情報について、通常の術者がその手で賄おうとしても、一般的な術者なら何十万人ほどいないと実現不可能な恩寵がもたらされています。

それを1人の人間が遠距離で操る、というのは現実的な話ではないですね。

遠隔操作というのは、その手で行う場合よりも非常に難易度の高い操作や負荷がかかり、距離が遠くなればなるほど、操作内容が難しくなればなるほど、等比級数的に難易度も負荷も上がっていきます。

矢の扱いに特化した私が、放った『矢』の再召喚をすること、ただそれだけですらかなりの労力を払うのです。

報告書にあるレベルの権能を発揮しようとすると、レベル480程度ではきかないほどの高レベルの粒子内包量が必要であり、かつそれに伴った制御能力を必要とします。

例えて言いますと・・・兄上は食事の際、お箸を使いますね。

目の前の食事をとる際は問題ないでしょうが、では10m先に膳を並べてある場合、どうやって食事をしますか?」

「・・・箸が10mではそもそも口に入れられないな。

誰かに膳から食事をよそってもらい、僕の元まで持ってきてもらうようにしなければいけないだろう。

・・・つまり、そうか、同じ結果だとしても、取るべき行動も方法も異なるのか。」

「そういうことです。

方法は不明ですが、レギルジアで瞑想のように不動の状態でただただ神の如き能力を発揮する為だけに行動力の全てを費やしたとしても、処理能力は足りないでしょう。

まして、普通に生活しながら、そして戦闘もしながらでは、不可能な話です。

彼女はカンベリアにいるときも、戦場にいるときも、そのような素振りを一切見せていませんし、レギルジアにいる間も、そう言った素振りはなかったと聞いています。

女神ヴァイラスは、フェーナから発生したのだとしても、今は既に完全に別離し、スタンドアロンで稼働している、フェーナから発生した別個体である、それが私の推論です。」

「高次な分身体ということか。

・・・しかし、分身体にそこまでの能力を発揮することはできるものか?」

「通常は無理でしょう。

ひょっとすると、フェーナ自身に『分身』に関するハイグレードの・・・チートレベルのアビリティが備わっている可能性があります。

そのくらい、術式やスキルで賄えるレベルを超えていますから、他者で再現性のあるものではないでしょう。

得てして、そういう謎の技術が登場した場合は、大抵の場合は特殊なアビリティによるものである場合が多いものです。

もしスキルや術式でそれを成しているのだとすれば、それはそれで空前絶後の天才であると呼べるでしょうね。」

「ということは、ひょっとするとフミフェナ嬢が生みの親だとしても、彼女自身が操っていない別個の存在であり、場合によっては別の意思を持って動いている、という可能性もある、ということか。」

「そうかもしれません。

完全に制御下に置いていて、指示を出すだけの使役体なのかもしれませんし、ひょっとすると女神ヴァイラス自体がフェーナの本体で、私達が見たフェーナが偽装の為に作られた分身体なのかもしれません。

もし女神ヴァイラスが分身体だった場合、分身体がフェーナ本体をレベルで上回っている可能性も出てきますね。

そのような分身体が、もし、本体に戻った場合、どうなるんでしょうね。」

「まさかとは思うが、分身体の粒子を取り込んでさらに強くなるのか?」

「フェーナをレベル480と鑑定した兄上なら分かるでしょう。

彼女は既に体の大半の細胞が粒子化している。

細胞の粒子化の壁を越えた者は、世界との親和性が急上昇する。

そして、粒子の吸収効率が倍化し、レベルキャップの解放によりレベリングスピードが格段にアップします。

女神ヴァイラスは粒子だけで構成された分身体だと思われますので、そのレベリングスピードは全ての肉体を粒子化できない実体を持つフェーナよりも早い可能性も高い。

女神ヴァイラスは推定レベル1000・・・つまりは神と呼ばれる領域のレベルは既に超えているでしょう。

この仮定が正しかった場合、粒子だけで構成された女神ヴァイラスを吸収したほぼ全身が粒子化されているフェーナのレベルはいくつになると思いますか?

流石にいくら分身体であると言っても、自分の完全複製体ではないはずですから、かなりのロスも出るでしょうから、単純な足し算にはなりませんが。

それに、いくらフェーナが化け物じみているとは言え、器もある程度容量に制限はあるでしょう。

となると、おそらく一度全存在と合体することはないでしょうが、段階を踏んだ上で最終的には少なくともレベル600。

そのくらいは軽いでしょう。

下手をすると、女神ヴァイラスが既にレベル1000よりも高い可能性もありますし、フェーナ本人のレベルも上がっているかもしれませんから、そうなるとフェーナはレベル700にまで到達する可能性すらありますよ。」

「魔物ですら到達しえない領域だが、そこまで到達してヒトの形を保てるのか?」

「まぁ、それこそ神のみぞ知る、というものではないでしょうか。

次元が違い過ぎるので、推測も難しいです。

私の知らない原理が働いていれば分かりませんが・・・正直、女神ヴァイラスは神と呼称して問題ないレベルにまで既に到達していて、これから更に上昇する可能性もあります。

フィードバックのようなもので彼女の人格に変化が発生する可能性も否定できません。

まぁそのような状態になると、私に忠誠を誓ってくれたフェーナの意思が残るのか、少し疑問ですね。

彼女の本領が発揮されたら・・・まぁ、『種を滅ぼす』という意味では最強になるでしょうね。

先日の戦で、彼女がディーやその側近を倒さず、私にその戦功を譲ったのは、彼女が私に気を使っただけでしょう。

彼女なら容易に、戦闘にすらならずに、討ち滅ぼしたことでしょうから。

どういう能力なのか詳細はわかりませんが、フェーナが広域に即死スキルのようなものを発現させているのは、おそらくレベリングの為ではありましょうが、対象は強かろうが弱かろうが、多かろうが少なかろうが全て殲滅されています。

重要なのは、この『全てが』というところですね。

基本的には、私を始めとする遠距離攻撃に特化した戦士の攻撃というものは、『発射する際にどれだけの精度を究められるか』というポイントについて練度によって上下しますが、あくまで『発射まで』であって、『着弾を操作し、着弾した者を必ず殺す』ものではありません。

『弓』を拝命し、弓矢については並ぶ者なしの自負はございますが、私の矢とて頑丈で巨大な魔物がいれば一発では仕留めきれませんでしょうし、距離が離れれば離れるほど威力は減衰致します。

しかし、フェーナの能力は近くとも遠くとも、効果がそれほど変わっているようには見受けられません。

どうターゲッティングしているのか、もしくはターゲッティングの必要のないものなのか、その分類は不明ですが、何十キロ離れようとも、皆一様に同じ死に方を迎えます。

それがヒトに向けられたなら、ヒトは死に絶え、ヒトの食料たる家畜や野生の獣に向けられたなら、ヒトは動物性タンパク質の摂取が非常に困難となるでしょう。」


ゴクリ。

生唾を飲み込んだ音が、馬車内に響き渡る。

もし女神ヴァイラスがフミフェナ嬢と同様の能力を持っていると仮定すると、スタンドアロンで稼働していて、独自の判断基準でそのような能力を行使可能なのだとするなら、危険極まりない存在だ。

いや、だがスタンドアロンで稼働する分身体にそこまでの致命的な能力を付与するだろうか?

僕の願望としては、そうでないことを祈りたいが。

だが、ヒノワの推測を聞く限り、『女神ヴァイラス』は既に様々な能力を発揮してレベルが本体を上回っており、既にフミフェナ嬢からかけ離れた意思を所持している可能性もある。

普通に考えれば、女神ヴァイラスの巫女という立場はフミフェナ嬢が自分で考えて自分に授けたという形式を整え、能力は自分の物ではなく女神ヴァイラスから授けられたモノであるという論理を言い訳に作ったのだと思う。

が、本当にスタンドアロンで稼働しているのなら、女神と呼んで支障のないレベルまで成長した後、自分を生み出した本体であり自分と最も相性の良い身体を使っているフミフェナ嬢を巫女に指名した、という説も否定できない。

順序がおかしい気はするが、別個に意思をもったのであれば、実体を持たない者が本体であるフミフェナ嬢を最も相性の良い肉体を持つ者として、基点とするのは当然の帰結であるとも言え、理にかなっている。

いや待てよ、彼女はレベリングに異常にこだわりがある、と言っていた。

ひょっとすると、元から自分1人でレベリングすることに効率が悪いと感じ、別途自分以外の身体で粒子を吸収し、それを自らに吸収することで急速なレベリングを可能にする、と言ったシステムを構築して動いていたとしたら?

生まれてから4年、しかも戦貴族の血族でもない幼女が、既にそこまでの領域に到達している?

動き始めたのがいつなのかは知らないが、そういうレベリングの為の方策の一つなのだとしたら、発想が危険過ぎる。

・・・。

ここまでくると、彼女のレベリング思想は、我々人類の発想の範疇にない。

レベル100を超えただの超えていないだの、というちんけな話に終始している戦貴族の戦士達のレベリングの矮小さは、彼女と比べれば滑稽といったらない。

彼女の前で、戦貴族達が自分は剣や槍、弓矢の扱いが上手い、人類の到達点レベル100だ、俺は貴様より強い!などと威張り散らしながら彼女を値踏みするような者達など、傍から見ていたら鼻息を散らすよりもつまらなくて仕方ないことだろう。


「・・・なるほど、とてつもない話だ。

ヒトの歴史が塗り替わるな。

自分達の世界が如何にちんけで滑稽なのか思い知らされる思いだ。」

「えぇ、ですから、不用意に女神ヴァイラスを貶めないでください。

最悪、フェーナの意思とは関係なく、あっけなく兄上が死亡する可能性があります。

私はまだ庇護対象に設定されている可能性が高いですが、兄上はそうでない可能性もある。

『灰色』当主になっていただく、という約束は守っていただかなければ。」

「分かっているよ、むしろそれは僕の夢であり、求めているものでもあるのだから、君に言われるまでもない。

気を付けるようにするよ。

顔合わせ等は、君に一任する。

カンベリアには三日ほど滞在する、と関係各所に伝えてはいるから、明日と明後日はカンベリア城下で身分を隠して二日ほど滞在する予定だ。

予定が決まったら連絡をくれたまえ、向かうようにするよ。」

「分かりました、またご連絡致します。」


ふぅ、とため息が漏れる。

これは盗聴されている前提で成り立ってきた会話だが、何処まで聞いているだろうか。

手紙に書いた通り土曜日に会ったとして、彼女に嫌悪感を抱かれない程度には彼女のことを知っているよ、と間接的に伝える、という意図で行った会話だったが・・・自分の立場的に、どのような顔で会えばいいのか不安でいっぱいだ。

ヒノワの兄、これはどの程度の立ち位置だ?

戦貴族の次期当主、レベル100の弓使い、こんなものは彼女の前では吹けば飛ぶ称号だ、ひけらかす度胸はない。

自分を落ち着けるような文言はないか、と、フミフェナ嬢関連の資料のいくつかを鞄から取り出し、ザザッと読み返してみるが、もう何度も見た書類だ、見返して分かるような記載はない。


「その資料、私も読ませていただいても?」

「いいよ、まぁ君なら彼女に聞いた方が早いかもしれないがね。」


レギルジアを探らせていた者から上がってきていた資料をヒノワに渡す。

9つも下の妹ではあるが、妹は“来訪者”だ、資料を読むスピードが常人の域を逸していても、まぁ“来訪者”だしな、とあきらめもつく。

今まで、妹が生まれてから、妹が何かを間違った姿はほとんど見たことがない。

間違った事例も、その人の感覚で間違っていると評されただけで、客観的に見れば間違っていないと言えるような事例が2,3回あったくらいだ。

周囲があらかじめ求めていた程度の知識は全て勉強し、習得していた神童。

弓も3歳になる頃には、自分は追い抜かれていた。

灰色が所蔵している修練用の3歳児用弓は、一般人の成人弓使いが使うとしても強弓であり、そこらの大人の弓使いが引いても一切使い物にならないほどのものだが、ヒノワはそれでは飽き足らず、僕と同じ弓を使い、大人用の弓どころか灰色筆頭戦士だった父を圧倒する矢を放ち、間もなく筆頭戦士である『弓』の称号を継いだ。

フミフェナ嬢も化け物だが、この妹も化け物なのだ。

自分も周囲にはやれ神童だのやれ天才だのと持て囃されたものだが、妹を目の前にしてそれはなんと恥ずかしく滑稽な冗談なのだろう、と笑い倒したものだ。

確かにフミフェナ嬢はレベリング方法や異常に広域に能力を発揮する技術など、異世界出身者がこれまで築いてきた数百年の歴史を一人で塗り替えるほどの逸材だ。

だが、『灰色の戦貴族』として史上最高の神童、天才と呼ぶべきは、目の前に座っている、妹、ヒノワだ。

僕は当主として鎮座すると同時に、ヒノワを筆頭戦士と立て、陰に日向にと支え、次期当主は僕とレイラ嬢の子供か、ヒノワが婿を取って作った子供、そのどちらか優秀な方が据えられる、そういう形式になる。

僕と紫の令嬢レイラの子供も、血筋的には戦士として相当なエリートになる予定ではある。

だが、ヒノワと今最も近しい男性である黒色筆頭戦士であるヌアダの間に生まれる子供は一体どうなるのだろう、という期待はある。

史上最強の化け物が生まれそうなものだが、なんでもない平凡な子供でも生まれれば、妹とヌアダも人の子だったのだな、と安堵することもできそうでもあり、どちらでも僕の期待を裏切らないからだ。

まぁ、化け物が生まれる可能性の方が高そうだが・・・。

出産適齢期を迎えるまでまだ10年近くあるので、その話もまだ先の話ではあるが、未来に楽しみがあるのはいいことだ。

ペラペラとページをめくっていき、分厚い報告書をすさまじい速度で読了したヒノワから、微笑みと共に報告書が返される。

ニッコリと笑った妹ほど恐ろしいものはない。


「なるほど、よく調べられましたね、兄上。」

「調べ、まとめたのは配下の者達だ、帰ったらヒノワに褒められていたぞ、と伝えておくとしよう。

ヒノワも調べていたのだろうが、評価はどうだ。

僕の配下達のレポートは、合格点をやってもいいレベルか?」

「褒めてあげてください、戦の後から部外者が調べたにしてはかなり詳しく調べてあります。

ですが、一つ、彼女に関連することで、大事なことが漏れておりますね。」

「なんと。

これ以上、何かあるというのか。

もう数度読み込んだこれらの分厚さの報告書を見る度に、毎度驚かされるというのに、まだ記載する内容があるとは、心が折れそうだよ。」

「敢えて私の口から語らせていただきますが、彼女の装備を作った、ナイン・ヴァーナント技師について、記載はありますが、詳細な調査が行われた形跡がありません。

おそらく報告書を迅速にまとめる為にフェーナをメインで調査した結果であろうとは思いますが・・・。

彼は有名な技師であるので、詳細は知らずともどういう存在かは皆知っているだろう、という先入観があった可能性はあります。

短時間で報告書をまとめる必要があった為に省いた情報なのだろうと思いますから、短い時間でまとめたにしては非常に良くまとめられている、とは言えますが。」

「不足部分について、補足可能なら、補足してもらえると有難いが。」

「あの装備についての詳細について記載がないことは、機密故致し方ないかと思いますが、製作者と彼女の関わりは無視できない関係性なのは間違いありません。

彼とフェーナは、まぁ肉体的な年齢差もありますので恋仲であるとか男女の仲であるとか、そう言った事はないかと思いますが、短期間であったとしても入魂の仲であると言って過言ではないでしょう。

まぁそれは置いておきましょう。

彼について、気になる所は別のところです。

・・・彼もまた元々レベリングに目がなく、しょっちゅうレベリングに出ておりまして。」

「うん?

レアアーティファクト職人達が、素材やレベルを求めて狩りに出かけるのは、ままあることだと聞いたことがあるのだが、そういうものではないのか?

まして、ナイン・ヴァーナント技師と言えば、僕でも名前を知っているほど有名な技師だ、生半可な職人や技師に比べれば、より貪欲に高等な技術や高級な素材を求めるのは当然の帰結だろう。

・・・が、違うのだろうな。」

「彼に関しては他に特筆すべき点があります。

彼も、実はフェーナに出会うまではレベル50台だったのです。

公になってはおりませんが、とある方法で調べた結果、今の彼のレベルは、180。

つまり、彼も既に短期間でフェーナには劣るものの、我々戦貴族直系をしても比較にならないレベルアップ速度を記録しているのです。」

「180・・・!?」


確かにそれが事実なら、とんでもないことだ。

フミフェナ嬢が化け物であることは、まま現れる稀な例としてあり得ることではあるが、こんな身近に、しかもフミフェナ嬢の縁者と言っていいレベルの者にそれほどの者がいる。

これは、戦貴族の存在意義を根底から覆す可能性を示唆する。

戦貴族とは、その強さを以てヒトの護り手であることを矜持に日々戦っているのだ。

日々戦いに明け暮れ、大半の戦士達は99に到達した所で足が止まり、100に到達すれば最早レベリングは不要だと切り捨てる者も多いほど、100から101への壁は大きい。

何故なら、100以上のレベルに達する為には、ヒトとしての生命体としての肉体から、ヒトとEXP粒子の融和したヒトを超えた肉体へと変化しなければならないからだ。

つまり、肉体組成の変容を許容できる年齢以下でレベル100に到達しなければ、いくらEXP粒子をその身に宿そうとしても、そもそも100の壁は超えられないのだ。

それは戦貴族直系の血族の者にしか伝えられておらず、門外不出とされてはいるが、それ以外の者達もレベル100の壁を越える為のキーが何か存在することには気づいていることだろう。

概ね、早熟の天才ほどレベル100を突破している者も多く、一般論としてもレベル100を超える為には25歳未満でレベル100に到達していなくてはならない、というような説もよく都市伝説のように飛び交っている。

まぁそういった流れで、99もしくは100に到達した者は、レベリングよりも技術の上達を狙った修練に切り替えることも多く、100オーバーの戦士は色付き戦貴族を含めても、国全体で知られている戦士のリストに上がった名前は100もない。

戦貴族直系はそもそも『アレ』を所持して生まれる為、そもそも粒子との親和性が高い。

いわば生まれつきレベルキャップが解放されているようなものであり、生誕の段階で非常に高レベルで生まれてくることもあり、レベル100を超えるのも非常に早い。

特に生誕の段階で『色付き戦貴族の嫡男』であることが確定した、僕のような『クラスバフ』という経験値バフを受けている者でも、修練を積んでようやく15歳で160程度だ。

これは戦闘が伴ったものではなく、単純に『領地を治める者』としてのクラスと僕個人の適性が非常に高い場合に起きるクラスバフによるものだが、基本的には一般人など比較にならないほどの速度で、何もしなくとも基本レベルが上がって行くのだ。

これは領主スキルによるEXP粒子回収の効果によるものをクラスバフが倍増させたものであり、戦闘技術に紐付けられた技術によるレベルアップではないが、他の色付き戦貴族の当主たちも大体似たようなものだ、勝手にレベルが上がる。

生まれつき強く、時間を経て成長するだけで強くなり、ベース部分である基本レベルが高ければ、勿論、修練すればその他の者を圧倒する速度で上達する。

フィジカル的な条件が同一である場合、レベル100で戦闘技術が90の者と、レベル160で戦闘技術が60の者、どちらが強いかと言えば、後者の方が強い。

それほど、レベルとは理不尽、無慈悲かつ単純明快なものだ。

我々戦貴族直系とは、そういうある意味“存在自体が努力をコケにしている存在”であるのだ。

ヒノワ、ヌアダ両名については生まれ持った戦闘能力が歴史上類を見ないレベルで備わっている上に、早々に守り神級の魔物を多く討伐しており、二人で地形を変えるほどの修練を日々行っており、自己研鑽にも余念がない。

この二人については、努力をコケにしている存在ではないが、基本レベルの部分に関して言えば、やはり血統がものをいっている部分は否定できないだろう。

血統とは、この世界においては非常に重要なファクターであり、生きていく上でその名前ではなく能力が非常に重要な要素となるのだ。

しかし、それを覆す存在がいるのはいる。

稀にだが、確かにそういう存在は確認されているし、今の色付き戦貴族とて、能力の落ちた家は降格され、頭角を現した一般家庭出身の戦士がその地位に立ったこともある。

フミフェナ嬢は、おそらくそう言った戦士の中でも、更に特異な存在であり、おそらくこれから戦貴族の界隈で彼女を中心とした騒動が続くだろう、とはこの報告書を呼んだ段階で想像はしていた。

だが、市井の、しかもアーティファクト職人が、そこらの戦貴族の戦士を上回るレベルである。

しかもフミフェナ嬢と会ってから、という短期間に、だ。

・・・まさか、フミフェナ嬢と同様、何かレベリングに関しての特殊技術を開発し、二人でそれを用いてレベリングしているのか?


「ナイン・ヴァーナント技師は国家公認技術士であり、基本的に対面出来ないシステムですから、調査には時間がかかりますからね。

そして、短期間でフェーナ当人へ関連する情報を集める為、彼を調べるところまでは時間が足りず、身元もはっきりしている有名人であるが故に後回し、もしくは優先度を下げた為にこうなったのかもしれません。

ですが、おそらく、当人と直接相対してまでの調査はしていないのだろうと思いませんね。

会ったのなら、このような報告書にはならないでしょうから。」

「ふむ、まぁ、確かに。

しかし、市井出身の者が、短期間で、しかも人知れず、レベル180到達とは、な。

フミフェナ嬢は一体どんな技術を用いているのだろうな。」

「フェーナ個人の技術というよりも、ナイン・ヴァーナント技師とフェーナ二人の開発した何かによる物ではないでしょうか?

ナイン・ヴァーナント技師は世界でもトップレベルのレアアーティファクト職人でありますから、おそらくアーティファクトによるものかと思いますが、フェーナに出会うまでの彼は、ただの優秀なレアアーティファクト職人でしたから。

フェーナと接触した後から、フェーナも彼も急激にレベルが上がっておりますから。二人が出会ったことによって、ブレークスルー的に技術が発展し、何かが出来上がったのかもしれません。

彼はフェーナがレベリングや戦に時間を費やしている間も、大半の時間は職人として、技師として、工房に籠り複数のアーティファクトを作り上げ続けていると、私の配下からは報告が入っています。

報告にある限りは、工房から出てレベリングに要した時間はフェーナの1/10以下、いえ、それよりもぐっと少ないことでしょう。

加えて、彼は戦には参加しておらず、守り神級の魔物との対峙もしていないと思います。

数々の守り神級の魔物や万単位の魔物を倒したフェーナであれば、あのレベルは納得できますが、彼はそういった一般的に強者と呼ばれる存在を討伐していない為、レベル100の壁を突破するほどのEXP粒子を一体どうやってその身に宿したのか、という謎があります。

彼女よりも更に謎の多いレベリングを行っていると言ってもいいでしょう。」

「それだけ調べているということは、ヒノワは、『彼』に随分前から着目していたのか。

確かに、EXP粒子の溢れかえる戦場ならともかく、レギルジアという後方都市にいながら、一体どうやってレベリングをしているのだ、という疑問は誰でも抱くだろうな。

加えて、日がな1日製作活動をしながら、一体どうやってこんな短期間にそこまでレベルを上げていた・・・?」

「・・・私の推測も、ないことはないのですが・・・。」

「・・・まさか。」


話の流れから考えても、ヒノワの言いたいことは分かる。

明らかにレベリングに要する時間も機会も非常に少ない、レアアーティファクト職人。

であるにもかかわらず、流石にフミフェナ嬢よりは低いとは言え、戦貴族の本家嫡子レベルの高レベルにまで到達している。

しかも、その分岐点はフミフェナ嬢と出会ってから。

つまり・・・。


「「『ナイン・ヴァーナント技師とフミフェナ・ペペントリア嬢、女神ヴァイラス。

この三者に何か繋がりがある』」」

「より具体的に言えば、ナイン・ヴァーナント技師は女神ヴァイラスから何らかの方法で、直接粒子を受け取っているのではないでしょうか。

私は、そう考えています。」

「・・・まぁ受け渡し方法は分からないけれども、多分そうなんだろうね。

でないと説明がつかなさすぎる、必要とされるEXP粒子の量を考えれば、大半都市にとどまっている者が短期間に集められる量じゃない。」

「加えて、レベルキャップの解放は本来、戦貴族が生まれつき持っている『アレ』を所持しているか、レベル200以上の魔物を自ら討伐した場合のみ発生します。

つまり、ナイン・ヴァーナント技師も守り神級の魔物を単独で討伐した経験がある、ということになると思いますが・・・。」

「・・・有り得ないな。

それこそ、ナイン・ヴァーナント技師は、ヒノワの配下の者の目を盗んで、戦の時に何処かの村で守り神級の魔物を討伐したのだと考えた方が早いくらいだが・・・。

それ以外で、レギルジア近隣で守り神級の魔物なんてものが発生していたら、大騒動になっているはずだが、聞いたことがないよ。

確か、報告書で、各地を隠遁しながら移動していた『赤目』ですら準守り神級の魔物で、しかも既にフミフェナ嬢が討伐したとも見たから、準守り神級の魔物すらいないんじゃないか?」


平然と流してしまいそうだが、『赤目』と呼称された準守り神級の魔物とて、小物ではない。

レギルジアや近隣から選抜された精鋭部隊が辛酸を嘗めさせられたこと数回、果たして討伐叶う事はなく、逃げおおせた魔物なのだ。

それがいとも容易く討伐され、おそらくフミフェナ嬢の最初の踏み台となった。

逆に言うと、それほど逃げ足の速い魔物でもなければ、基本的にはハンターや討伐隊が粗方処理してしまっているし、守り神級に匹敵する魔物がいれば前線の最精鋭の部隊が派遣されて討伐されているはずなのだ。

そうそう踏み台となるような強力な魔物もいないのは間違いない。

守り神級の魔物など、レギルジア近辺に現れたら大騒動だ、自分もヒノワもすぐに知らせを受け、動いたことだろう。


「他の条件があるのではないか?と疑った方が論理的だと思うが・・・どうだろう?」

「確かに、その可能性はあります、が、現況、その論理の根拠になる理論がないことも事実です。

机上の空論であり、現実味のある話ではありませんが・・・仮に、レベル200の魔物を倒した際に得られる粒子量に相当する量の粒子を、女神ヴァイラスから受け取っていたとしたら、理論的には可能な話なのではないかと考えます。

これについては、実験ができないので、仮にそうであったとしても、実証できませんが・・・。」

「ふむ・・・だが、ただそこにあるだけのEXP粒子とは、粒子の意思にそぐわぬ者には寄り付かず、大量に放出されたとしても基本的には散逸してしまうものだ、というのが常識のはずだ。

散逸するロスを含めても、レベル200の魔物を個人で倒したのと同等量の粒子となるほどの量を注ぎ込まれれば話は別かもしれないが・・・それほど膨大な粒子を放出できる存在など常識的な存在ではないな。

・・・ナイン・ヴァーナント技師には戦貴族の血は入っていないのだね?」

「それは間違いないかと。」

「・・・何にしろ、フミフェナ嬢は別としても、ナイン・ヴァーナント技師については追加で調査が必要なようだね。

僕の方では・・・そうだな、うちの分家の女子で、嫁ぎ先の決まっていない娘の婿候補としてリストアップしておくこととしよう。」

「う~~ん、それはやめといた方がいいような気が・・・。」

「うん?

人格的に問題があるということか?

いや、確かに、いくら国家公認技師で名前と性別以外のことが非公表だとは言え、僕でも名前を知っている職人がどんな人物か知られていないというのも不思議な話だな。

ひょっとして、かなり突飛な変態的性癖を持っているとか・・・いや、普通に考えれば既に交際中の女性がいる、もしくは婚約しているとか・・・?」

「いえ、その、なんというか・・・。」

「・・・いや、いい、分かった、やめておこう。」


なるほど。

ヒノワが口を濁す理由。

今ここで爆死するつもりはないので、この足は引っ込めることにしよう。


大きい戦を終えた後であり、バタバタとしている非常に忙しい期間であるにも関わらず、部下達が頑張って仕事を前倒しで終えてくれて、久方に取れた休みを利用した作戦だ。

今日の目的は果たしたが、メインの目的は明後日、土曜日の面会だ。

僕を含めた『灰色』の将来は、彼女と面と向かって話し合うその面会時に、どれだけの話が出来るかにかかっている。

僕のメンタルは土曜日まで持つだろうか?

僕には分かる、彼女は既に僕に知られていることを前提にしつつも、それでも探知できない方法で追尾してきており、何らかの方法で盗聴・盗撮を行っているに違いない。

だが、いつ始まっていて、いつ終わっているのかも知る方法はないので、常時そうされていると考えるしかないのだ。

更に、僕はヒノワと打ち合わせた内容に応じて、これから部下にレギルジアに情報を探らせに行かせなければならない、あれだけの情報を得て、動かないという選択自体が怪しさを生むかもしれないからだ。

彼女が僕の行動にどこまで関心を抱いていて、どこまで把握されているのか分からないというのは、逆にいつも通り振る舞えば問題ないということでもあるが、そこまでまともな思考回路を維持できるだろうか。

そう思うと、胃が、・・・痛くない。

いや、そういえば、これだけ頭を悩ませ、血流も悪くなっているだろうに、頭も痛くない。

・・・いや、深くは考えるな。

きっと、僕のメンタルは、レベルに応じて鍛えられたのだ。


半ば、理由が分かりながらも、僕は知らないフリをした。

それもまた、メンタルを維持する方法であるだろうから。

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