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灰色の御用聞き  作者: 秋
22/45

18話 英雄の反撃

「ディー。」

「どうした、グジ。」

「・・・眷属が森についたが、緊急事態だ。

タルマリンとデルートが瀕死の重傷を負っている。

死んではいないが、動けない程度にはダメージを負い、倒れ伏しているようだ。

・・・連れて行った15匹の護衛は、既に見当たらん。

状況から考えると二人を置いて逃げたとは思えんし、ツインテイル同様、消し飛んだように見える。」


室内がザワザワと騒がしくなる。

ツインテイル消失に続いて、タルマリン配下の15名の強者も消失。

加えて、この方面では唯一ディーに匹敵する強者だったはずのタルマリン、ディーの側近でありハイオークロードに片足を突っ込んでいた強者であるデルートが瀕死。

確かにタルマリンは軽率な出撃ではあったが、室内にいた者達からすれば、タルマリンが思い立ったように出撃することはよくある光景でもあり、全てを完璧に解決してあっさりと帰ってくる、自信に溢れるドヤ顔で凱旋する姿も今まで何回、何十回と見てきた。

それが、出撃してすぐであるというのに、既に護衛はおらず、当人は瀕死だという。

最早、何が起きているのか、想像するのも難しい。

例え自分達よりも圧倒的に強い者達がタルマリンと対峙したのだとしても、果たして出撃から数分でここまでの戦闘をこなせるのだろうか?

ゴクリ、と唾を飲み込む者が大勢いた。

魔の勢力の評価基準は『強さ』だ。

圧倒的な強者を瞬時に捻じ伏せる更なる強者の存在は、本来彼らの心を奮い立たせるものだが、タルマリンやデルート、その護衛達を数分でこの状況にまで追い込む強者ともなると、『見てみたい』『戦ってみたい』よりも、『恐ろしい』が上回る。

そう、なまじ強者であるが故に、タルマリンやデルート、その従者・護衛達が如何に強いかはは理解していて、そんな彼らを一瞬で圧倒するほどの強者が、自分達の想像力では想像できない。

そんな者がいるのなら、自分達も一瞬で消滅する可能性があるのではないか?

自分達はある種、その生き様、散り様に高い誇りを抱き、支えとして立っているのだ。

華々しい血風の戦の痕も残せず、ただ消え去るなど、とても許容できない。

そんなことが起きたら、自分達の何十年、何百年は一体なんだったのか。

恐ろしさが身に回ると、ブルリ、と震えすら起きる。


「なんだと!?」

「しかしおかしい。

・・・ツインテイルの時もそうだったが、戦闘の痕跡が一切ない。

倒れている二人以外は、護衛達の痕跡が一切残っていない。

蒼き粒子の残滓も、何も・・・。

完全に、ツインテイル達が消失したときと同じ状態だ。」

「もしやツインテイルとその軍勢を滅ぼした敵がまだ森にいたのか・・・?

・・・二人の救出は可能か?

まだその敵はその場にいるか?」


グジは首を左右に振る。

グジの視界に映る生命反応のある生物は血溜まりに沈む二人しか見えない。

他の護衛達は姿形もないし、残滓も残っていないが、状況から見れば死んだだろう。

タルマリンとデルートほどの強者がほんの数分で地に倒れ伏している。

この二人が瞬殺されたのであれば、先に排除されたであろう護衛達は瞬時の内に消滅させられたと考えるのが無難だろう。

だが、グジが如何にかなり広範囲に視界を広げても、敵影らしい反応はない。

もしや、自分達には探知できない方法で現地に隠れていたのか?とも考えられる。


「ダメだ、かなり範囲を広げてみたが、反応がない。

敵影はないようだ。

しかし、さっき出て行って、それから10分・・・いや、15分も経っていないぞ。

一体何があったというんだ。」

「・・・タルマリンとデルートは息があるのだな?

・・・死んだ者には悪いが、これは敵の尻尾の毛一本だけでも掴めたかもしれん。

ツインテイルが行方不明になった件は何があったのかを確認することはできなかったが、二人が生き永らえているというのなら、推測はできる。

グジがその存在を認識できないのであれば、待ち伏せの可能性は低い。

加えて、戦闘の痕跡がないのであれば、おそらく痕跡を残さないように戦ったのではなく、罠、もしくは設置式の術式・・・そうだな、時間経過で一定のレベル以下の者が即死するほどのダメージを負う何らかの呪術的な罠が仕掛けられているのではないか?

タルマリンの術式、デルートの体術を相手に、一切の戦闘の痕跡を残さないというのは、俺や・・・俺以上の強者であっても、おそらく不可能だろう。

それに、戦闘でタルマリンとデルートを無力化したのであれば、捕らえるなりトドメを刺すなりしても良いはずだ、現地に放置する理由がない。

タルマリンやデルートが瀕死とは言え、その姿を残しているのは、接敵しておらず、レベル300を超えた者ならば耐えきれる威力の罠・術式に嵌まったと考える方がいいだろう。

護衛達とツインテイル達はそのレベルまで達していなかったので消し飛んだ、タルマリンとデルートはそのラインを越えていたから生き残った・・・そうは考えられんか?

ツインテイルや従者達が消し飛ぶほどの術式を仕込んだ者も、流石にタルマリンやデルートのようなレベル300を超える高レベルの者があんな所に来ると思って罠は仕掛けていなかったのだろう。

もしくは単純にそこまで強力な罠を仕掛けることができなかっただけかもしれないが。」


確かに、ディーの言う通り、レベル300の者など、そうそういるものではない。

前線からある程度距離のあるこの都市に現れるのは、せいぜいレベル100~150程度までだろう。

レベル200のツインテイルですら、あの森近辺で発生したら只人族の世界では大惨事のはずだ。

そう考えれば、術者は自分に可能な限り最大の罠を仕込んでいて、それが結果的にレベル300未満を殺し尽くすほどの罠だった、という方が納得はできる。

そして、それほどの威力の罠であれば、普通は生存者など残るはずもない。

日常的に監視を要するような要所でもないし、ひょっとすると術式の実験場だった可能性すらある。

どちらにしろ、グジの索敵圏内には罠にしろ術式にしろ管理していた者は見当たらない。

どうやって管理していてどうやって発動させたのか原理は不明だが、この世界には原理は分からなくとも理不尽なほどの破壊力を撒き散らすモノはいくつもある。

中には理不尽過ぎて理解するのは諦めた方がいいようなことも、ある。

タルマリンの『転移』のような、先天的に与えられた固有アビリティである場合、本人以外には本人から説明されなければ良く分からない原理のものの方が多い。

原理はこの際横に置いておくとして、『レベル300以下の者が消滅するほどの何か』がある、もしくはいるのは間違いない。


「だが、タルマリンとデルートが生き残ったことによって、そこに何某かが存在することが明らかになった。

デルート、従者達、術者として極みにあるタルマリンですら気付かないほどの秘匿性の高い罠、術式なのだ、おそらく今まで被害に遭ったものは漏れなく跡形もなく消し飛び、罠は発覚せず、消し飛んだ者は今まで一切罠や術式の痕跡も残さなかったことだろう。

そして、一切の痕跡を残さずに全てを消し飛ばしていたおかげで、今までその存在が発覚したことはなかったはずだ。

であれば、今まで話に聞いた事もないのも納得できる。

これほどの術式は聞いた事もない。

正直、我々魔の者ですら理解できぬほどの物だ、只人族の物であるというのなら、そこにあるのは相当の秘術のはずだ。

となれば、術者は生き残りが『一定以下のレベルの対象者を跡形もなく消し飛ばすほどの威力の罠、術式が存在すること』を言いふらされたくはないだろう。

敵勢力側である我々だけではない、下手をすると身内・・・只人族に対してもこういった秘匿性の高い情報を知られるのは、術者にとっては致命的な問題としているかもしれん。

問題の解決の為、おそらく術者は証拠を隠滅・・・つまり生き残りを始末しようと思うのが順当な考え方ではないか?」


当然、そこまでの驚異的な術式・罠であるならば、秘匿された術者は『暗殺』にも秀でていることは語るまでもなく理解できることだ。

ひょっとすると、只人族の内側、それも相当な強者を今までに暗殺してきた暗殺者の家系、もしくは系譜であるのかもしれない。

秘匿性の高い暗殺術というものは、いつの時代でも、どこの勢力でも、どんな種族であっても権力に用いられるものだ。

グジ達、魔の勢力に知られるのは勿論問題だろうが、只人族の中ですら術者が発覚すると術者がその身を追われることになる可能性も十分考えられる。

いや、技術として継承されているもので他に使用者・継承者がいるのであれば、存在が発覚した段階で使用者は既に処刑されているという可能性もありえなくはない。


「・・・タルマリンとデルートが危ないな。」

「眷属がどれくらいの時間滞在したら消し飛ぶか、時間計測をしておけ、グジ。

ひょっとすると、一定以上の実力者が特定のポイントに行ったら発動する、もしくは時限式の物かもしれん、上位眷属もすまんがいくらか動員してもらうぞ。

状況確認が出来たら、タルマリンとデルートを救出する。」

「分かった。

レギルジア近辺に詰めていた・・・ツインテイルとやりとりをしていた上位眷属がまだ近くにいる。

既に下位眷属は現地にいるが、合流させ、実地検分と共に救出に向かわせる。

可能なら我が眷属に先行して救出作業をさせた方が早いかもしれん。」

「そうだな、とりあえず少数の・・・前線を抜けられるだけの救出部隊を派遣するが、確かに間に合わんかもしれん。

現地の術式の具合次第では眷属を多数失うことになるかもしれんが・・・。

グジの眷属を頼りにするほかないかもしれん。」

「痛いは痛いが、俺の眷属は補充が効く、かまわん。

タルマリンとデルートを失う方が損失は大きい。」

「グジ、お前の負担ばかり増やして申し訳ないが、レギルジアから森に向かう術者らしき者についても引き続き探知を続けてくれ。

今後、同様の罠を別途仕掛けることができるとすれば、こちらの犠牲は増える一方だ。

可能なら捕縛、もしくは討つことが後顧の憂いを断つことになるだろう。」


確かに、そうだ。

これほどの秘術は聞いたこともないし、只人族の術者からすれば何もかも消し飛ばすほどの出来の術式だ、自信作だっただろうことは想像に難くない。

が、生き残りを作ってしまうなど、術者や術者に指示した者も想定外のはず。

グジですら聞いたことがない強烈な効果を発揮する術式、もしくは罠など、秘術の中の秘、前述の通り、発覚は術者にとって致命的だ。

個人であったとしても、組織に属する者だったとしても、軍に属する術者であったとしても、必ずその存在を秘匿することを優先するだろう。

秘匿性の高い物というものは、管理者が何かしら緊急事態を知らせる仕組みを作っているものだ。

術者がどういう立場であったとしても、生き残りを放置することはまずないと考えたほうがいいだろう。

だが、グジがあの森やレギルジアを監視しているということは、おそらく只人族側は気付いていないはずだ。

術者はあの森で起きた新しい事態を解決する為の方策を相談する相手以外には事態に気付かれていないと考えるだろう。

どちらかと言えば、秘密の漏洩を防ぐ為に、自ら隠蔽に積極的に動くくらいのことはするはずだ。

いつくるのかは分からないが、術者が向かってくるのなら、グジは真っ先に気付く。

術者からすれば、罠にかかった獲物に気を取られて急いでくる可能性も高い。

証拠隠滅と魔の勢力の強力な戦力を削ることができれば、失態どころか逆転のチャンスだ、そう考え諸々の隠蔽もそぞろに大急ぎで向かってきてもおかしくはない。


「そうだな、見つけることが出来たなら、多少無理をしてでもここで術者を捕えるか、殺したいところだな。」

「グジの索敵で拾えないほど遠距離から連中を殺す寸前まで行く術式を使用する強者だ、戦貴族の飼っている秘蔵っ子の可能性もある。

所属の如何は知らんが、只人族の中でもかなり特異な能力持ちなのは間違いないだろう。

これほどの効力を発揮する能力であれば、公にされていれば我々・・・いや、グジが知っていてもおかしくないはずだからな。」

「俺も様々な戦線をあちこちくぐり抜けてきたが、このような事例は聞いたこともない。

似たような術式の系統だったものも聞いたことがない。

俺よりも遥かに長生きのタルマリンやディーが噂話すら知らないのなら、尚更だ。」

「俺も初耳だし、タルマリンも知らんだろう。

これほど強力で遠距離から発動可能な術式が何処でも何時でも使えるというのなら、我等は既に絶滅しているのは間違いない。

タルマリンやデルートが短時間でそこまでの状態に至るというのであれば、俺も、お前も、この部屋にいる上層部の誰であっても、おそらく即死はしなくとも似たような状態にまではなるだろうから、下位の者がどうなるかは推して知るべし、というところだな。

が、まぁ、今そうはなってはいない。

現在も我々が滅ぼされていないということは、何か敷設に条件があり、使用可能な術者も多くない・・・ひょっとすると一代に一人という類のスキルかもしれん。

定点設置型の呪術術式となれば、発動時以外も待機状態とは言え術式を維持する必要もある。

ある程度近くにいなければ維持はできんだろうから、術者の所在はおそらくレギルジアか、森にほど近いレギルジア近郊だろう。

・・・俺の考えはこんなものだが、どうだ、グジ、異論はあるか。」


ディーの推測は、なるほど、理解できる。

これまで色々な戦線を渡り歩いてきたが、何処の戦場でもこんな事象の報告は聞いたことがないのは前述の通りだ。

敷設・設置に条件があり、特殊なユニークスキル・アビリティを持つ者が特定条件下でしか敷設できない、特殊な術式ではないか、とは自分も思っていた。

設営に大がかりな工事が必要であり費用的・期間的な問題で前線に設置できない、術者が術式から一定の距離内にいなければ発動できない、特殊な環境下でなければそもそも発動しない、土地に何か関係がありそこでしか敷設できない、術者が罠の媒体を複数用意できない、罠設置後に経過した時間が威力に比例する術式だった、人里では実験できないほどの高威力の術式を開発しその実験に生物のいない森を利用していた、など、物理的要因で複数設置できない、もしくは、設置しにくい理由は考えられる。

これほど強力で秘匿性の高い術式があちこちで使われていたなら、他の戦線でも原因不明の行方不明者が続出し、どこそこに向かった者達が何処にも見当たらないというような話が噂レベルであったとしても話題にはなったはずだ。

赤樫の森にいつ設置された物なのかは不明だが、ツインテイルが布陣するよりは前に、何かしらの目的を以って敷設したものだろう。

前線から離れたあんな森にそこまで強力な術式を敷設しなければならない理由とは一体なんだったのか?

只人族の何かしら重要な封印の地という訳でもなさそうであるし、元々強力な魔物が沸くような濃密な粒子濃度でもない。

元々どういった意図で設置されたのかは自分達には知り得ない話ではあるが、あの森で絶命した者達、そして今現在倒れ伏した二人、加えて自分達にとっては迷惑極まりない存在だ。


「あの森の件に関しては、分かった。

推論としては理解できた。

だが、カンベリアの撤退戦も進めなければならない。

そちらはどう展開するつもりだ?」

「それについては考えがある。

最悪の状態まで既に想定されている戦場よりも、今はレギルジアのタルマリンとデルートの件を優先せねばならん。

おそらく、敵術者本人は、おそらく術式に特化した個体だ、直接的な戦闘力は大した事はないだろう。

秘蔵っ子であれば、戦貴族の血族の者が近接に秀でた護衛をつけているだろうから、生半可な戦力では返り討ちになるかもしれんが・・・向こうの人的資源の余裕はどんなものだろうな?」

「どういうことだ?」

「レギルジアに詰めている戦貴族の戦士は、レベル100が二人程度、残りは90台が大半だという報告を以前お前から受けたことがあるな?

おそらく、只人族の繁殖速度、成長速度ではそれからほとんど増えておらんだろう。

レベル100の戦士二人がその術者の護衛としてついていたとしても、その程度蹴散らすのは容易いことだ。

カンベリアの足止めは後詰の別の補充兵を充てて継続し、フェネリスとシュネルークをレギルジア方面に突撃させる。

その術者を捕らえた、もしくは殺した場合はその者を上位存在として認めると通達する。

理想を言えば、我々がその術者を奪取し、魔人化させることで利用できれば、只人族を大幅に削り、かつこちらの戦力も大幅に増すこともできる、が、最悪死んでもいい。

術式ならばそれを解除してもらわねばならんから、可能なら生きて捕えるようにはしてもらいたいが、な。」

「・・・確かに、ここから出撃したのでは、タルマリンの転移なしでは増援は時間がかかりすぎるし、我が眷属が二人の救出に手間取るようであれば、別の手もあった方がいいのは間違いない。

その2つの勢力がカンベリアから南にまで進めるのなら、このまま使い捨てるよりも意義のある方向に向けることにはなる。」


これが、ここまでの流れを誘導されたものでなければ、だが。

グジは少し、嫌な予感を覚えた。

感覚としては、踏んだら作動する罠に足を乗せる直前に感じるような、ゾクリとした嫌な予感だ。

グジは、『彼の方』の大いなる計画をある程度聞かされている。

今回のツインテイルは不発に終わったが、大陸の各地で大首領級の勢力を有する群れが同時多発的に「気が付いたときには手遅れ」となるような浸透奇襲戦略を進行しており、表立って見える大陸全体の広範囲に亘る魔の勢力の攻勢は、それらの欺瞞の為の作戦だ。

そうと気付かせない為の・・・もしくは分かっていても対応せざるをえない戦局にもっていく為のものである。

この方面に関して言えば、比較的最前線を除けば只人族の戦力の密度は比較的薄く、方面中央に位置する灰色後方を乱すことで、他地域の後方も連鎖的に乱すための布石を打つ、という戦略だった。

はっきり言って、苦戦することや相手に与えた損害の多寡については懸念はあったとしても、作戦そのものが破綻することは想定されていなかった作戦でもあり、予備の作戦も稼働していない。

加えて、二次的な展開は難しいほど主戦力の集う拠点とレギルジアでは距離が開いている。

このままカンベリアを攻め続けるのも実際に無駄ではあるので、『カンベリアの圏内から脱出が可能だ』という前提条件付きであれば、ディーの作戦も理には適っている。

が、そもそもそれが可能ならばフェネリス達も苦労しないだろう、とも思った。

それ自体上手くいかないのであれば、その作戦は実行する前から瓦解したも同然だ。

ここまで破綻した作戦で机上の空論が果たしてどこまで現実的に機能するのか、想像もつかない。

グジの頭には、タルマリンとデルートを自分の眷属が救出できなかった場合、カンベリア戦でこれ以上無駄な犠牲を出さないよう撤退戦に移行するようディーに進言したい、という考えしか浮かんでいなかった。

タルマリンとデルートがもしも、『釣り餌』だった場合、ディーの言う展開は向こうの思惑通りになってしまっているようにも感じたからだ。


「そもそもフェネリスやシュネルークはカンベリア圏内から脱出・・・どころか南下して進軍できるのか?

カンベリアから出てくる追撃部隊や、あの『矢』が飛んでくる。

タルマリン達のいる森までたどり着けるかすら分からんのではないか。

しかも、カンベリアからレギルジアまで、奴らの全速力でもどう足掻いても2時間以上はかかる。

追撃を振り切りながらであれば、もっと時間がかかる場合もあるだろう。

一方で、いくら足の遅い只人族でも、レギルジアからあの森までは急げば1時間半もあれば到着できる。

そうなると、1時間以内に術者がレギルジアから出てくれば、術者がタルマリンの下に辿り着く方が早い計算になる。

上位眷属がタルマリン達の救出に失敗した場合、この作戦ではそもそも間に合わないような気がするんだがな。

俺には色々と作戦自体に無理があるように感じるが。」

「であるならば、カンベリアには俺も出撃し、正面から大々的に攻め、フェネリス達を追撃する余裕すらないほどカンベリアにくぎ付けにしてやろう。

流石に“アキナギ”と“黒い盾”は俺とて倒せんだろうが、奴らの手足たる戦貴族以外の兵どもを屠り、こちらに集中させ、追撃に向かえんよう、手当の必要な雑魚の負傷者を大量に発生させる。」

「なんだと・・・?」


暴虐のディーと呼ばれるオークキングは、元々血の気が異常に多い脳筋の筆頭と呼ばれた戦闘狂だった。

オークは繁殖力もそこそこ高く、率いている勢力の者達の総数は500万にも達する。

また、血統は違うが、オーク種族自体は他にもたくさんおり、ディーの為ならばと参戦する勢力も多数いるだろうから、総数で考えるとその数は1500万はいてもおかしくない。

母数1500万の勢力の頂点となった故、暴虐とまで言われた脳筋の戦士が、タルマリンに師事し、拠点に留まりながら配下を指揮する我慢を覚え、戦略を学んで頭領としてここまでに至ったのだ。

しかし、そのディーがついに我慢の限界を迎えている。

この場に、憤ったディーを諫めることができる者はいない。

自分以外には。

グジのハラワタは、ストレスでネジ切れそうであった。

確かにディーの言う通り、ディー本人が正面に立ち、軍を展開したならば味方の士気も爆上がりするであろうし、そうなれば敵もこちらに集中せざるを得なくなるのは間違いない。

が、そもそもそれは当初議題としても持ち上がった話であり、その場では却下された案でもある。

何故なら、強く『彼の方』から止められていたからだ。

もしこちらの脅威度が高くなりすぎた場合、戦貴族の筆頭戦士が複数現れるなどの可能性も考えられ、掃討に注力された場合、上位存在はともかく、下位存在や弱い配下は圧倒的な戦闘力同士の戦闘の余波で壊滅的な損害を被る可能性があるからだ。

今は、敵から見れば「いつも通りのただの力押し」が複数同時多発した、という程度の認識にとどめておかなければならないのだ。

今この段階で方面戦力の一角が崩壊するほどの損害を被れば、『彼の方』の計画に必要な戦力が失われる可能性がある。

それは避けなければならない。


「ダメだ、ディー。

差し向けるなら他の者にしろ。」

「何故だ、グジ。

俺はここまで我慢した。

頭の血管が切れるのかと思う程歯噛みし、掌の皮が裂けるほどの悔恨も味わった。

ツインテイルは何処かに消え、タルマリンの戦略は何者かに破られた。

その上、しりぬぐいに出撃したタルマリンやデルートが瀕死で転がっているという。

こちらの方策は最早、収拾のつけようもない、破綻と言っていい状態になってしまった。

そこまででも俺はもう耐えられんかったというのに、その上、タルマリンとデルートを救いに行ってはいけないというのか、そんなもの、俺には・・・絶対に耐えられん。

タルマリンとデルートだけでも救い出す為に、我々が、いや、俺がカンベリアに出撃するのは間違っているというのか。

それに、俺が言った言葉は、頭に血が上っていなくとも、有効だと考えたものだ、それにも理はないと言うのか?」

「確かに、ディーならばあの弓と盾の化け物を相手にしてもそうそう死ぬことはないだろうし、雑魚相手なら殺さぬよう圧倒して蹂躙することも可能だろう。

だが、その後が問題だ。

考えろ、今は生きているとは言え、タルマリンとデルートの救出が叶わん場合はどうする?

その上、お前が重傷を負ったり、最悪死んでしまった場合・・・お前達3人がこの戦線から一気に、同時に失われる可能性を考えろ。

タルマリンには悪いが、タルマリンほどの強者ではなかったとしても、参謀としての役目だけで言えば、代わりとなる参謀はいる。

だが、ディー、お前の代わりはこの方面には誰もいない。

いずれ、ディーの領域にまで踏み込む者はいるだろうが、今この時にはいない。

お前がいなくなれば、連中はもっと活発にこちらに攻め込んでくることになるぞ?

それも、お前や、タルマリン、デルートのいないこちらの前線に、だ。

そうすると、こちらの勢力圏はより大幅な後退を余儀なくされるのは間違いない。

部族を率いる者として、そこまで考えているのか。」


ギリギリ、とディーの掌から床に血が滴り落ちる。

グジとてこんなことは言いたくないし、可能ならタルマリンもデルートも救いたい。

だが、グジから見ると、タルマリンもデルートも“ギリギリ死なないように生かされている”ように感じる。

タルマリンほどの術者なら、意識があるのならば、瀕死と言えど何かしら連絡術式にて連絡をしてきてもおかしくない。

だが、眷属はタルマリンから何の連絡も受け取っていない。

ディーの見解も理解できるが、タルマリンを殺さない程度に、だが一向に動く気配もない程度に無力化まで行い、更に送られてくる増援や救出部隊に対して既に手を打ち、大物を餌にした罠を更に設置したかもしれない。

タルマリンも出撃前に懸念を示していたが、相手方の動きが全く読めないのだ。

ディーにはまだ詳細に報告していないが、話している最中に、既に下位眷属だけでなく、上位眷属も現地に到着し、既に可能なあらゆる方法での索敵・探知を開始している。

現地を統括する上位眷属からの報告でも、現地に術者の痕跡・気配は一切確認できないとのことだった。

目的地周辺には今現在は目的としている者が存在していない。

レギルジアに張っている見張りからも、新しく都市から出てきた者は全て追尾して索敵圏内に捉えており、その中に新しい強力な戦力はいないという事も既に分かっている。

森の方向に向かう者達は、ディーの言うような強力な術者ではなく、おそらく森の現地調査を請け負った業者・・・多くの機材や書類を持った者達だ、戦闘巧者ではない。

全て上手くいったとしても、『術者の捕縛、もしくは殺害』は、叶わない。

タルマリン達を襲った罠が時限式、もしくは一定時間その場にいた場合にのみ発動する類のものでないのなら、グジの上位眷属でもタルマリン達二人はすぐに救出が可能かもしれない。

警戒を絶やすな、とは伝えてあるし、タルマリンに近い場所・・・赤樫の大木の近くには近付くな、下位眷属を先に近付け、消失するようであればその時間を計測しろとも伝えてある。

その後、問題ないようであれば、救出作業にかかれ、とも指示した。

これらをディーに全て告げるべきか、悩ましい。

・・・ディーの話はディーの話で実行し、カンベリアに損害を与えつつ自勢力はレギルジアに向かわせ、グジはグジで裏でタルマリン達の救出を進めておいても、今回のタルマリンの計画失敗の失態についての尻ぬぐいはできるのではないか?

『彼の方』が懸念を示されるほどの損害は、今現在既に被っている。

もうここまでくればディーの言う案をそのまま採用した方がいっそ効果的なのではないか、そう思った、が・・・。

だが、どの可能性を考えても、嫌な予感が無くならない。

様々な戦場を渡り歩いてきた、グジの本能があの森の危険性を感じていた。

ディーの言う話も、単純ではあるが、理解できるし、実行すればタルマリン達の救出は上手くいくかもしれない。

だが、『ツインテイル消失からタルマリンが瀕死で昏倒する』までの流れが一切不明だ。

こんな事態は今まで経験したことがない。

経験したことがない事態の場合、えてしてその経緯も今までに経験したことがないものであることも多い。

もし、ディーやグジが想像もできないようなものがこの事態を起こしているのだとすると、下手な行動は自分達の勢力を一網打尽に滅ぼす可能性もある。

もしくは、仮定の段階で間違っており、只人族も他種族も一切関係なく、その土地に突如発生した原因不明の事象がツインテイルの存在が原因となって発動した・・・開けてはいけない地獄の門が唐突に出現し、ツインテイルがそれを不用意に開けてしまった、という線もなくはない。

以前、別の方面で、“闇の坩堝”と呼ばれる底無しの空間亀裂が発生し、そのうちから溢れる瘴気によって魔の勢力の一角が全滅するという事案が100年前にあったことも『彼の方』から聞いたことがある。

意思ある生命体の影響だけではない、この世界は自然に発生する“天災”でも、圧倒的強者やその一党がまとめて命を失うこともあるのだ。

だが天災であっても、罠であっても、上位眷属達が既にある程度近付いてある程度の時間を過ごしても消失していないことから、もう少し様子を見て問題ないようならタルマリン達を救出することは可能なようにも思える。

本当は更に調査を進めてコトが判明してから計画を練りたいが、調査自体が進んでいない為、ここで論理的な説明でディーを落ち着かせる方法が分からない。

だが、なんとなく勘が囁くのだ、これは”釣り針”なのだと。

タルマリン救出が成ったとする。

カンベリアで大きな攻防が始まる。

これが敵の意図した意図的な救出劇の演出だった場合、敵は何を目的としてこんなことをするのか?

そこで、グジはハッと気付くことがあった。


「・・・ディー、落ち着いて聞け。

参謀部ではない、俺の提案を聞いてくれるか。

これは参謀部と話し合って即決してもらわなくてはいけないが、受け入れてくれるなら、タルマリン達を救いつつ、カンベリアを攻める者達をいくらかでも救うことができるかもしれん。」

「すぐ話せ、グジ。

正直、俺にはいい策は思いつかん、お前がより良い策を考えてくれるのであれば、俺が参謀部に認めさせる。

すぐ、分かり易く話してくれ。

どうすればあいつらを救うことが出来る。」

「これが全くの偶発的な事象による被害だった場合と、全てがある者の意図的な演出だった場合の2種類で対策を考えた。

実は、今話している間に、我が眷属が上位眷属も含めてタルマリンのいる森に到着した。そして、索敵・探知を行っているが、今の所、森近辺に敵影や痕跡はなく、レギルジアを発した敵戦力も見当たらない。

そして、一定時間経過しているが、上位眷属だけではなく、自然にいる眷属の同種に近いほどレベルの低い下位の眷属ですら消失していない。

以上の理由から、全くの偶発的な・・・“闇の坩堝”に近い自然現象で奴らが消え失せた可能性も出てきた。

だが、これらがある者の意図したものであり、救出に来た者ら全てを嵌めるための罠である可能性もより深くなった。」

「流石だな、グジ、この短時間でそこまで突き詰めるとは。

で、我々はどう動けば良い。」

「前者の場合は、既に自然現象は消え失せている可能性が高い、というより、その場合はタルマリン達強者のオーラに当てられて自然現象が発した可能性が高い為、無力化された状態の現況であれば、救出は安易に完了させられる。

後者の場合は、厄介だが、現地に配備した上位眷属もレベル140ほどはある。

レギルジアに配されている只人族の戦力相手であれば、戦闘に至れば勝敗は読めないとしても撤退戦程度であれば生き永らえつつ行えるだろう。

タルマリン達をあの森から出すことくらいはできるはずだ。

救出したタルマリンとデルートが動けるかどうかは不明な為、戦略上は非戦闘員として計上することになるが、計算外の戦力が迫らない限りはどうにかなると思う。」

「おぉ、ならば、すぐに実行してくれ。

参謀部にはお前も一緒に提案してくれ。」

「いや、待て、まだ話の途中だ。

まだ話は終わっていない。

問題は、レギルジアを脱したとしても、カンベリア周辺を抜けなくてはならない。

ツインテイル達を送り込んだルートは既に塞がれているかもしれんから、ある程度カンベリアの戦況を変化させ、注意を逸らす必要がある。」

「つまりは、カンベリアの攻勢に何かしら援軍を送る、ということか。」

「そうだ。

タルマリンには申し訳ないが、今回の失態はタルマリンの失態であると、責任の所在を明らかにする。

そして、今現在、タルマリンが救出を要する状況であることもそのまま全体に知らせる。

カンベリアの攻勢に、『タルマリンの救出の為の作戦の一環として、ナーガ達タルマリン麾下の者達も加われ』と指示を出そう。

我々も協力するが、最悪、タルマリンが救出できなかった場合であっても、言い分としては通るだろう。

指揮系統は、エリートナーガの知り合いがいる。

タルマリンとその側近を除けば今現在最上位の序列にあたるから、奴に一連の話を説明しよう。

どうだ。」

「良いも悪いもない、すぐ実行させよう。」

「頼む。

俺は、カンベリア・レギルジアの眷属の把握圏内をもう少し広げてみる。

術者の特定や接近探知があった場合には知らせるので、特別な手配を頼むかもしれん。」

「分かった。」

「ナーガ達は今カンベリアを攻めている勢力よりも強いが、ディーが前線に出るよりは警戒も薄いだろう。

おそらく、カンベリアの防衛を担っている者は“手強い増援が来た”、と思うはずだ。

実際、そうだから、欺瞞も何もない。

おそらく深読みもせず、増援への対策を講じることだろう。

比較的ここから近いカンベリアの西の拠点の脇に、ツインテイルを送り込んだポイントとは別にもう一箇所判明している警戒網の薄い部分がある。

ナーガ達に気を取られている隙に、そこから後詰の戦力を数千、俺の能力で前線に気付かれぬよう工作し、後方まで移送する。

この際だ、タルマリンの救出と報復・・・レギルジア攻略を同時にやろう。」

「そんなことができるのか・・・!?」

「今現在、何が起きたのか検証すればすぐ分かることだが、ツインテイルにしろ、タルマリンにしろ、同じ場所に布陣したことで被害を被った訳だ。

これが自然現象であっても、何者かの意図的な誘因であったとしても、今現在、被害はあの森だけでしかおきていない。

その理由を検証するだけの材料はないが、森は放置だ。

確かに術者は排除しておきたいが、この際、もうあの森に来るかどうかはどうでもいい。

もし術式である場合であっても、流石に、今想定されるほどとんでもなく強力な術式を都市城壁の全周に設置はできないと見ていいだろう。

前線より後方の都市の城壁にそこまでのリソースを割くとは思えんしな。

設置しているとしても、おそらく門の周りだ、門の周りを避け、城壁を登れば、全周どこからでも登れるとみていい。

それに、ディーの推測通り、あの都市には元々、大戦力に即時対応できるほどの防衛戦力はほとんどいない。

加えて、援軍もすぐはこないだろうと推測される。

ツインテイル、タルマリンを討伐したと自称する者を領主が手引きして顔見世をするということは、おそらく領主がカンベリアにいる戦貴族のトップ・・・おそらくヒノワと呼ばれる弓使い、もしくはその名代と話をし、そこにいたるまでの経緯はどうあれ、『現在脅威は存在していない』という話はある程度して、話を合わせているはずだ。

であれば、カンベリアは既に戦後の事態収拾の処理は始めていたとしても、増援の準備はおそらくしていないだろうから、送り込んだ数千の兵がレギルジアを攻め落とすまでに到着するという事態もないだろう。

以上の理由から、数千でもレギルジアを包囲し、強襲・陥落させる戦力としては十分以上のものになる。

別途、送り込む数千のうち1000程度は、前線を抜けたところで戦力を小隊に分けて散らし、カンベリアより南側の小規模の村落を蹂躙させ、生活基盤を破壊させる。

只人族は軟弱だ、数日飲み食いしなければ勝手に野垂れ死ぬ。

そして、雑魚でも強者と同じくらい喰うのだ。

雑魚を殺さずに怪我をさせて後方へ押し込み、後方の食料を減らし、手当に働く非戦闘員を増やし、非戦闘員で埋め尽くしてやるのだ。

食糧難になるだろうし、そこで民族内で内部の諍いも起きるだろう。

村々の蹂躙の際には重々、殺し過ぎないよう、ほどほどに攻めさせることを徹底させ、救援を各所に求めさせ、訪れる敵後方の戦力をバラバラにするように動くことも徹底させる。

レギルジアから特筆して強力な戦力が現れる可能性もゼロではない、小隊のうちの一つを中隊規模の数に揃えて、強力な・・・ネームバリューのある者に統率するものであると名乗りを上げさせろ。

そいつが全小隊を仕切っていると相手に思わせ、もし即時対応の強者が訪れた際のターゲットに祀り上げるんだ。

レギルジアの主力はおそらくそちらに出撃することになるだろうから、都市に留まる戦力はせいぜい知れた戦力しか残らんはずだ。

そうすればより攻め落とす際のリスクは減らすことができるだろう。

そして、そこまで演出しておけば、おそらく、只人族は度重なる我ら魔の勢力の侵攻から自分達の前線の『警戒網』に抜け目があると感じ、穴を塞ぎに東奔西走することになり、穴だと思った部分の周りに防衛戦力を留めることになる、そうなれば前線は、更に後方への送る援軍の余裕をなくすことになるだろう。

そしてレギルジアは都市は制圧・占拠するのではなく、焼き払い、完全に破壊する。

都市民を虐殺するのは後回しで、あらゆる建物に放火して回るのだ。

そうすれば、死体に偽装されて重要な人物を殺し漏れたり等の可能性は減らせるだろうし、火炎の嵐に包まれた状態で無事にいる術者はあぶりだせるだろう。

術者が強く、直接殺せなかったとしても、撤退しながら都市に放火し、燃やし尽くせば術者は逃げ場を失って焼かれて死ぬか、窒息して死ぬかだろう。

術者自身に身を守る術があったとしても、都市ごと全て焼き尽くす火勢に耐え抜けるかどうかは分からんし、耐え抜けたとしても、その間喉や肺も焼け付かせるほどの熱波が襲い掛かり呼吸もままならん状況になる。

その状況にまで追い込めば、直接手を下さずとも、只人族には生存は難しいのではないか?

気が付いたら殺してしまっているかもしれんぞ?」

「なんともはや・・・。

グジよ、お前が味方で良かったぞ。

ここにいる参謀などより余程参謀のようではないか。」

「なりふり構わないならこういう方法もある、というだけのことだ。

スマートな正攻法なら、タルマリンの策が最も軍のモットーに合っているし、今回の謎のトラブルさえ無ければ、タルマリンのやり方が最も良かったのは間違いない。

飽和攻撃は本来、制圧作戦には向かないのだ、何せ、都市は跡形もなく焼け野原になるからな。

今回は領地制圧が目的の戦略じゃない、都市が焼け野原になろうが、駆け抜け、蹂躙することが本懐だ。

本来の作戦は、攻め込んだ土地は我々が接収し、利用するものだから、破壊のみを行うこの作戦は推奨できないが、この際はそんなことを言っている場合ではないだろう。」

「分かった。

その策を全面的に支持する。

この部屋にいる者達に一緒に説明してくれるか、俺では心許ないかもしれん。」


ディーとグジはその後、参謀部に同じ内容を説明し、全員の承認を得る。

そして、『彼の方』にも報告、決裁を受けた。

『彼の方』からは失態を責める言葉はなく、命を落とした者、これから命を落とす者への哀悼の意と共に、これから挽回するべく存分に本分を発揮することを期待する、と好感触を得た。

更に、より作戦の成功率を上げる為に、ディーが戦場に出て戦線を押し上げて維持することも認める(但し、所定の予定時間を経過した後は必ず撤退すること、もし傷を負うような事態があれば配下を犠牲にしてでもディーは生き残ること優先して撤退することを約束させられた)、という良い話ももらえた。

援軍は、ない。

魔の勢力には超特急・・・超高速で移動可能な飛行型大型ドラゴンがおり、ここ『灰色』の勢力圏内以外であれば、奇襲的な用途で用いられており、効果的だと戦略的に認められた場合には降下強襲する、ということもドラゴンの勢力圏であればよくある。

只人族側の対策は、弓や術式による対空攻撃に限られる為、対策の取れない地域等では比較的多用されるし、効果も抜群にある。

但し、降下した後の脱出手段がない場合も多いこと、元々数の少ない飛行型大型ドラゴンを撃墜される可能性の高い戦場で出撃させることによって戦力を削がれることを『彼の方』が嫌っていること、そもそもそういう戦場での出撃をドラゴン達が拒否していることもあり、それらの懸念材料のない戦場でのみ現在は運用を許されている。

ここでこれが行われていないのは、勿論ここが『灰色』の化け物達の勢力圏内だからだ。

何代も前の灰色貴族筆頭戦士に、別の戦線で飛行型ドラゴンが出撃した者全てが軒並み撃墜された事案があったのだ。

高度1万メートルまで登れば流石に撃たれんだろう、とその高さにまで至ったことはあったが、乗せられた者がその高度に耐えられず、致し方なく高度を下げることになった。

その際、結局それが原因で当時の『灰色筆頭戦士』をはじめとした精鋭弓兵の矢に撃たれて撃墜され、乗っていた兵達も降下中に、地上に辿り着くことすらできずに、全て弓矢で射落とされるという、惨憺たる結果を残すことになる。

今現在、この領域を治めているのはその『灰色』であり、この飛行ドラゴンによる移動は色々な意味で不可能である。

『灰色』の領地に近付くことすらドラゴン達の中では禁忌とされており、『彼の方』も今回の援軍にそこまで強行するほどの強いプッシュをしていない。

飛行型大型ドラゴン以外での援軍の派遣は時間がかかりすぎる、今回の攻防に間に合わせるなら、隣接した前線の後方戦力をこちらの後方に応援として回してもらうことくらいだろうが・・・隣接した前線も、緩い戦線ではない、そうそう戦力となるほど練兵された兵の余分もない。

それはディー、グジも承知した上で援軍は無理だろうとは思っていた。

もし、近隣に出張ってきている遊軍があれば回してもらえないか、という程度の希望的観測だった。


「援軍は流石に無理があったが、それでも・・・良かったな、ディー。

『彼の方』からの承認もあるならば、俺も快く協力できる。

あの『化け物』とかち合わないようにだけは俺から誘導し、支援する、お前はお前で本分を全うしてくれ。

流石にディーが出てくれば、向こうも必死で『化け物』どもをお前に差し向けてくるだろうと思うが、俺がそうはさせん。

お前の本領を発揮させれば、只人族の雑魚どもなど、一捻りだろう。

今回の戦は、連中のバックアップ能力を削る為のものだ、可能な限り削ったら、撤退作業は俺がやる、お前は存分に暴れればいい。」

「ありがとう、グジ。

・・・お前がいてくれてよかった。

タルマリン達のことはお前に任せる、宜しく頼む。」

「分かった、必ず。

俺はナーガ達と打合せしなければならない、席を外すが、用があれば我が眷属を置いていくので連絡をくれ、すぐに対応する。」

「了解だ。」


ガシ、と力強く握手を交わし、二匹は分かれた。

騒々しく動き始める司令室は、待機する司令班を残し、3割はグジに、2割はディーについていくことになった。

分かれた後、ディーとグジは最早目線を合わすことはなかった。

二人の決意の背中は、同じ意思を抱いていた。

これから、如何に只人族を相手に本領を発揮してもよいと、上から通達があったのだ。

これまでのような搦め手ではない。

これから始まるのだ、自分達の本当の戦いは。

血沸き肉躍る戦場など久々だ。

配下の兵を、敵の顔色を伺いながら派遣し、敵戦貴族の動向に一喜一憂するような戦いがしたくて自分達はここまできたのではないのだ。

自分達の本領が発揮できる戦場に出撃することこそが誉れであり、誇りである。

華々しい戦果を挙げたとしても、例え、この戦場で自らの命が散ったとしても、本懐を遂げたのであればそれらも誉れであり、誇りなのだ。

配下の者達はその姿に鼓舞される。

これこそが自分達の憧れる最強の一角なのだ。

彼らこそが自分達の英雄。

自分達は彼らを応援し、自らの勤めを果たすのみだ。

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