15話 初陣
歓迎会は特に問題もなく華やかに開催された。
新入生・在校生を盛大に歓迎する宴であることは勿論だが、『灰城』に勤めるスタッフや騎士・戦士達への慰労も兼ねた会だったようで、音楽隊によるオーケストラ演奏や、美しい衣装に身を包んだ男女二人の演舞もあり、豪華な食事や高価な酒類の提供も行われ、盛況のまま午後11時頃まで続いた。
ワイワイ騒がしく盛り上がっていた会場の雰囲気を変える轟音が鳴り響いたのは、ベランピーナが挨拶回りを概ね終えたか、と思った頃だった。
都市内は夜11時にもなるとほぼ真っ暗で、メイン通りと灰城を除けば月や星の明かりくらいしかないが、だからこそと言うべきか、音がなった方角を見ると、何かが赤く光っているのがよく見えた。
平時にはない轟音、しかもそれが都市の北側・・・北門から聞こえてきた、となると、騎士・戦士達は、その音が示す事態に思い至り、身構え始める。
数十秒後には、カンカン、という警鐘の音が近づいてくる。
「全員静粛に!!
歓迎会は一旦中断し、対処に当たる!
デシウス、全ての討伐隊を率いて現地に先行!
状況確認後、必要と思われる予備戦力を除いてデシウスの判断で段取り動かしていい。
騎士隊集合!文官、状況伝達を確認!
マリアリア、被害現場周辺の住民の避難指揮!
ヌアさん、MLFの面々の陣頭指揮をお願い!ブリーフィングルーム1使用!
新入生諸君、在校生諸君はヴァイス以下教員の指示に従って避難!
行動開始!!」
「「「「はっっ!!」」」」
ヒノワの声に、俄かに緩んでいた顔を引き締めた者達がせわしなく、そして規律よく訓練された動きで動き始める。
ここカンベリアは最前線都市、こういうこともよくあるのだろう。
近隣には、城壁に囲まれた都市の他にも、あちこちに小規模な集落、村はあるが、基本的にはこのカンベリアより北にはヒトは住んでいない。
カンベリアより北側には、守り神レベルの怪物が率いるかなり大きな群れが少なくとも3つあり、アキナギ家主導の部隊と、生活圏拡大を賭けて闘争中なので、無力なヒト達が日々の生活のことだけを考えて生きていける世界というのは、ここカンベリアより以南となる。
それは領民全てが、知っている話であるし、事実であり、現実なのだ。
アキナギ家は現当主の代になってから、カンベリアを最前線の補給基地として造り上げ、カンベリアから随時前進し、砦や要塞を橋頭保として築きながら前線を押し上げ始め、一進一退を続けていたらしいが、ヒノワ様がカンベリアに入られてからというもの連戦連勝を続け、既に10年停滞していた戦線はずいぶん前に通り過ぎ、数年以内には次の補給拠点の建設予定地まで進捗できるのはないかと推測されている。
が、と言っても大陸は広く、完全に前進基地が後方全てをカバーするものではない。
それらはあくまで“攻めの点”であるので、網の目は比較的荒く、敵勢を全て防ぐものではない。
もし橋頭保、前進基地の攻略を意図した敵勢が大挙して訪れた際には、防衛に執着せず、拠点は破棄する前提で遅滞戦闘を繰り返しながら後退し、場合によっては敵勢を誘い込んで敢えて占拠させても良い構造にもなっている。
基本的には遠距離攻撃で包囲殲滅する方針に転換する際に『敵から奪った拠点』という抗い難い誘惑を相手に与え、敵をできるだけ狭い場所に密集させることを意図したものであろうと思われるが、場合によっては、拠点ごと燃やしたり、爆破したりすることもあるという考え方かもしれない。
聞いた限り、調べた限りではそういった程度の考えで設営された物だ。
なので、そこは最前線ではあるが防衛線ではない。
守り神を筆頭とする敵陣営からすれば、そのまま逆となるので、そこが防衛線であるし、最前線はカンべリアであるということになる。
王都北領について言えば、黒色、紫色、灰色の3色の戦貴族が最前線を維持し、ヒトの生活圏を広めるべく、日々戦いを続けているが、圧倒的強者である戦貴族が一方的に常時前進しているわけではないのは、守り神側の勢力側も無為無策で防衛を行っているわけではなく、戦略的な防衛を行ってきているからだ。
今回のカンベリアを襲撃したのは、何らかの戦略的な目的をともなった攻撃だろうというのは想像に難くない。
どういった戦略目的があるのかは分からないけれど、狙いがカンベリアだけでないことは間違いない。
だが、カンベリアは戦力も万全、今後の対処も、領都からの援軍も望めることから考えても、心配は一切ない。
が、ここカンベリアはともかく、看過できない場所もある。
移動中にあちこちに撒いていたアレコレが、カンベリア北門辺りが赤く燃え上がった頃から、唐突に数千に達する大量の魔物の反応を拾った。
中には、並大抵ではないレベルの強度の反応も含まれている。
北門辺りに存在する異常に強い強度の反応3つが守り神級の魔物だと仮定すると、それと同等の反応である。
つまり、“レギルジアのすぐ近くまで、守り神級の魔物が数千の軍勢を連れて迫っている”。
どういう経路を辿ったかは不明だけれども、カンベリアの北側を襲撃しながらも、別動隊がカンベリアの裏に抜け、カンベリアよりも南側数十キロ・・・レギルジア近くまで進軍していると考えるのが妥当だ。
別勢力が同時進行している、という可能性もあるが、相当な打合せがなければここまでの芸当はなされていないだろう。
レギルジアも最前線近くの都市であるので、灰色の戦貴族分家筋の一族が交代で滞在し、カンベリアを抜けた魔物達の襲来に備えているし、軍備もされてはいる。
モンスターハンターや冒険者、様々な狩人や討伐隊等、軍隊以外の戦力も少なくはない。
どちらも少ないとは言えない戦力ではあるが、『守り神を含む数千の強力な魔物』を相手に立ち回る処理能力は絶対にない、と断言はできる。
防衛に徹したとしても、配備された戦力では包囲された際に対処しきれない。
カンベリアほど高くはない城壁は、強力な魔物を大量に同時に防ぐものではない。
あちこちから都市に侵入され、人々は蹂躙され、都市機能はズタズタになる。
つまり、このままでは確実にレギルジアは壊滅することになる。
ナインや、家族のいるレギルジアが。
「ベランピーナ先生。」
「フミフェナか。
他の生徒達はどうした?」
「ヴァイスさんが引率を。
ヒノワ様はどちらにいらっしゃいますか?」
「号令をかけた後は、控室にヌアダ殿他、MLF幹部の皆さまと移動された。
ヒノワ様に用か?」
「はい。
気になることがありまして、急ぎで取り継ぎをお願いしたいのですが。」
「あの距離の問題が把握できているのか?
・・・ヒューリィ、2年生を率いて寮に移動しろ。
私はこの子とヒノワ様の所に行く。」
「・・・この子は?新入生ですか?」
ヒューリィの目は、大人がするよりも、より猜疑に富んでいた。
自分よりも圧倒的に小さい体躯、怪しい雰囲気を纏う3歳前後の幼女となると、在校生に思い当たる節はないだろうし、必然的にこの場にいるのであれば、だれかの子供ではなく、新入生であるということは推測できるだろう。
自分は帰らせるのに、この幼女は連れていくのか?
ヒューリィのその心情は、言葉には出なかったが、ベランピーナを見つめる目が強く語っていた。
「ヒューリィ、後程詳しく紹介するが、新入生のフミフェナ・ペペントリアだ。
肉体の年齢は3歳半ちょっとらしいが、見た目には騙されるな。
いい意味でも悪い意味でもこの子は化け物だ、油断したら本当に死ぬぞ。」
「・・・ベランピーナ先生、後で覚えておいてくださいね。
ヒューリィ先輩、初めまして、フミフェナ・ペペントリアと申します。
後程、しっかりご挨拶致します。
しばしベランピーナ先生はお借りしますね。」
「ヒューリィ・ナイヴィです、よろしく、フミフェナさん。
・・・それでは、先生、ご指示通り、僕は2年生と寮に戻ります。」
「頼んだ。それではいこう、フミフェナ君。」
ベランピーナと共にヒノワ様のいる控え室に向かい始めたが、二人の背中を見つめるヒューリィの瞳は、振り返りはしなかったけれども、私には知覚できた。
様々なデータが彼は男性だと告げていたが、ベランピーナ(男性)を連れていく私のことを、まるで旦那を愛人に取られた妻がするような憎悪を含んだ瞳でずっと睨んでいた。
・・・生前、腐女子でもあった私からすれば、この状況が片付いたら、詳しく話を聞いてみたい。
・・・まぁそれはおいといて。
ベランピーナと一緒に向かった控室はブリーフィングルームを兼ねており、60人程度は軽く収容できるような大きさで、会議室のようなテーブルの並びとなっていた。
進行をしているのはヌアダ様、その左右に50代~60代くらいのベテランの戦士が2名補佐としてついている。
私を除けば最年少であるヒノワ様は、ヌアダの斜め後ろで座って目を瞑っている。
その他、列席している様々な装備の人達は、おそらく部隊の長や副長が集まっていると思われ、人口密度が高いこともあって室内は異常に濃い粒子の濃度の気配を感じる。
おそらくレベル100未満の武官は一人か二人程度、残りの40人50人はレベル100だろう。
控室の入り口に差し掛かると、ベランピーナが軽い礼と、ヌアダへのアイコンタクトを行っていたので、真似をし、ベランピーナについて席の後方へ移動する。
会議の内容は、現況報告の上がっている防衛状況の確認、周囲の敵勢の状況確認についての進捗報告が主で、どの部隊がどこへ対処していくのか、を定めていくものだった。
が、ある程度聞いていたが、明らかにレギルジア方面への救援の話は出ない。
既に対処済みであるというのなら蛇足になるのかもしれないが、雰囲気的にそんな感じでもなかった。
「敵はまさに動員可能な戦力を総動員した、といって過言ではない数の軍勢だ。
先程も言ったが、灰色貴族領北方で現在敵対している守り神級の魔物、『青蛇』『三
つ目獅子』『白狐』3勢力全てが確認されていて、奴らの麾下、2万数千が北側に布陣し
ている。
どういった意図かは未だ不明ではあるが、こちらもそれなりの総力を持って当たる必要
がある。
皆、死線をくぐる覚悟をする必要があるということだ、心するように。
流石に、守り神級の魔物3体に加えて2万数千の軍勢ともなると、出血は免れない、
少なくない被害が出ることも間違いないだろうからな。
基本的に、守り神級の魔物は私、ヒノワ様どちらかでなければ単独での討伐は難しいと
思われる。
守り神級の魔物討伐の定石通り、前衛の先頭は私が担当し、露払い及びとどめはヒノワ
様が担当される。
皆は私と共に出撃、ヒノワ様の射線を確保する為の陣を敷き、左右へと展開する。
いつも通りだ、諸君。
訓練通り、対処する。
雑魚は後進に任せつつ前進し、強敵は私やソルティが対処する。
敵兵は多いが、悉くを殲滅する。
いつも通り、我らはカンベリアより南に魔物は通さん、それだけだ。」
ヌアダがそう言った所で、控室にいる者全てがコクリ、と深く頷いた。
敵が数万、という言葉に怯える雰囲気ではない。
各々の瞳には、闘志が燃え滾るようである。
騎士達は、まさにこんな時の為に日々鍛え、備えてきたのだ。
そして、自分達の戦闘能力を余すことなく発揮できるほどの戦場というのは、彼らであってもそう多くはない。
自分達の使命を果たすと共に、自分達の集大成を示す場でもあるのだ。
血沸き肉躍る、というような雰囲気である。
「他に何か気付いたこと、意見のある者はいないか?
なければ、ヒノワ様の瞑想が終わり次第、出撃する。」
「よろしいでしょうか?」
ブリーフィングも概ね終わり、ヌアダの言葉のあと、うおおおおおお!と気合を入れて叫ぼうと思っていた長達の目にとまどいが見える。
誰だこの幼女は、とか、ベランピーナに娘がいたのか、とか、まぁ色々だとは思うけど、大半は、何故こんな幼女がブリーフィングで口を出すのをヌアダ様が許したのか、だろう。
「なんだ、フミフェナ嬢。
ここにいる者たちは遊んでいるわけではないのだ、君に分からないことを答えるための
学校ではないし、今その余裕はない。
ブリーフィング中に聞いたことについての質問等であれば、ベランピーナ師に伺え。
そうでないのなら、簡潔に口に出すといい。
一体、どういう要件でベランピーナ師を連れてここへ?」
流石にヌアダ様は話が早い。
ベランピーナがヒューリィを連れず、私を連れている時点で、私がベランピーナを連れてきたのだということに、何も言わず気付いたのだろう。
少し会っただけだというのに、よく私のことを理解してくれているようだ。
「発言しても?」
「構わない。簡潔に頼む。」
「私がベランピーナ先生と共に入室した頃からお聞きした限りの編成では、レギルジア方
面への救援の編成がなかったように思うのですが、既に対処済みということでしょう
か?」
「レギルジア方面への救援?
ははは、何を言っているのだ、この幼女は。
レギルジアはここカンベリアより南に数十キロはある都市だぞ?
敵襲は北側、敵勢力の拠点も全て北側にあるのだ。
探知能力者や前線網が把握しきれない程度の少数、かつ強力でない魔物であればすり抜
けたかもしれんが、レギルジアにも戦力はある、その程度の数や雑魚なら対処は可能だ。
ベランピーナ氏、子供に勉強させるのはいいが、時間の無駄だ、それくらいは先に教え
ておけ。
勉強の為、立ち会っても良いと思うが、発言はさせるな。」
「・・・いや、待ってください、ライブラ殿。
レギルジア方面・・・?
メイリス殿、レギルジア方面への遠距離索敵は行われたましたか?」
「いいえ、ヌアダ殿、レギルジア方面に関しては行っておりません。
ライブラ殿がおっしゃられた通り、強力な反応が抜けた形跡がない為です。
また、今日この時より以前に防衛網を敷く各拠点からは前線を抜かれたという情報はな
いし、襲撃の報告も上がっていない。
連絡の途絶えた拠点もなく、襲撃直後の状況確認でもほかの拠点周囲に敵勢がいた形跡
はないと報告があったはずだ。」
「至急、レギルジア方面への遠距離索敵をして、彼女の言の確認を取ってください。
・・・フミフェナ嬢、ことの真偽はこれから確認するが、君の知る限りのことを教えて
くれ。」
「待て、ヌアダ殿。
この幼女はどこの誰だ?
見る限り、誰かの子供か、新入生だろう。
そんな幼女の戯言が信用に足るのか?
今は戦時、それも緊急のだ。
時間と資源の浪費だと思うが?」
「アレル殿、現在の地位は、今この場、そして戦場には、現在関係がない。
そしてこの子は『来訪者』です、肉体的年齢に意味がないことは貴方がたも承知の上で
しょう。
何か知っているのなら、重大な事案を見逃す懸念は払拭するべきです。
ということだ、フミフェナ嬢、続けてくれ。」
「ありがとうございます、ヌアダ様。
レギルジアの北20㎞、西に5㎞の辺り背の高い赤樫のある森に、守り神を含む数千・・・
概ね6000~8000ほどでしょうか、正確な数字までは不明ですが、その程度は潜
んでいます。
統率している魔物は・・・小柄な、ヒト型・・・ヒトにかなり近い亜人の形態です。
かなり強力な反応が見受けられますので、守り神級の魔物と認定して良いかと思います。」
「守り神だと!?」
「数千!?事実なのか!?」
「・・・ツインテール。」
「ヒノワ様。」
「みんな、静かに。」
ヒノワ様の目が開き、みんなに目を向け、そういうと、控え室の中はシーン、と静寂に包まれた。
ツインテール?
「確か・・・紫が対峙してる奴で・・・ステルス・欺瞞技能に長けた勢力がいたでしょ。
率いている守り神級の奴は亜人、ダークエルフの『ツインテール』ってコードネーム付
けられてたと思うよ。
この辺は抜かれてないとは思うし、紫の所からこっちまで抜けてくるとしても、道中に
目撃証言やら被害報告なんかあってもおかしくないんだけど、報告では上がってない
よね?
俄には信じられない数だけど、でも・・・確かに何か変な感じはする。
ただの力押しだけでカンベリアは落ちない。
しかも、私やヌアさん他、ほぼほぼフルメンバーが都市内にいるタイミングでわざわざ
総力戦仕掛ける意味も良く分からないし、そんな不用意な連中ならもう討伐できてるは
ずだしね。
となると・・・他に何かあるだろうな、ってのは皆同じ意見だよね?
フェーナの持ってきた情報、私の所感だと根拠はない勘だけど、信じていいと思う。
多分だけど、『ツインテール』とその配下数千はフェーナの言った位置にいるだろうね。」
「どう対処致しますか?」
そう尋ねるヌアダ様の瞳は少し暗い。
そして、控え室にいる者たち皆の顔色も悪い。
ヒノワ様が『いる』、というのであれば、間違いなくそこに敵はいる、というのは、灰色戦貴族に仕える者達にとっては、これまで何度も証明されてきた共通認識らしい。
彼女の下で働いてきた騎士達、戦士たちは皆、ヒノワ様がいるといった敵がいなかった試しがないことを知っているし、いないといった敵がいたことがないことも知っているのだ。
幼女の戯言と笑った話が、ヒノワの言で確証が取れてしまったということでもあり、そして、レギルジアの命運はまさに風前の灯火であることも確定したということでもある。
どう足掻いても、ここからレギルジアまで援軍を送る為に、編成・準備・移動・敵陣の偵察までやると、布陣に半日以上はかかる。
レギルジアの防衛戦力では、敵勢をある程度削ぐことはできても、守り神級の魔物+数千の魔物を食い止めることはできず、都市内に多数の魔物の侵入を許すことになるのは目に見えている。
魔物の足なら、レギルジアの城壁などあってないようなものだからだ。
城壁は魔物が入りにくくする為の物であって、入れない物ではない。
少数、もしくは雑魚であれば乗り越えるまでに討伐していることの方が多いし、乗り越えるまでに要した時間で配備を完了し、城壁内ですぐさま対処することも多いが、それは対象が配備された防衛戦力よりも少ない場合の話だ。
魔物の足で1時間もかからない距離に布陣した敵勢を相手に、今この場から被害無しの対処は不可能。
つまり、だれがどう考えても、レギルジアが焼け野原になる前になんとか到着できるかどうか、という対応にならざるを得ない。
レギルジアの被害を瞬時に計算した長達の中には、口を開けたまま慌てている者もいるくらいだ。
皆理解したのだ、レギルジアの被害は甚大・・・場合によっては壊滅もありうる、と。
「正直、私も皆の内心に同意するよ。
ここから、今からすぐ準備しても、間に合わないと思うし、レギルジアの防衛戦力じゃ
防衛戦は無理だ。
フェーナの言う距離なら守り神をはじめとした魔物の足だと1時間もかからないうちに
襲われるし、ここから3時間も4時間もかけて向かったんじゃ、開戦までには間に合わ
ない。
我々が到着する頃には相当被害が出るね。
『狙撃』でいくらかは減らせると思うけど、この距離じゃ流石に守り神を一撃とはいか
ないだろうし、有効な戦術ではないね。
それに、今このカンベリアも余談を許すような戦況じゃないみたいだし、余裕を持って
『ツインテール』軍に対処する程の余分な戦力を割く余力は正直あんまりない。」
ヒノワ様の『狙撃』というものがどういうものか私は知らないけれど、長達の反応を見るに、それは余程強力な攻撃なのだろう、名前からしても単体を狙い撃つ類のスキルに聞こえるから、彼らの心情からすれば『狙撃』に望みを託したい部分もあったのかもしれない。
「ということで、ねぇ、フェーナ。
発言についての責任は問わないから、何かいい方法がないか提案してくれないかな?」
「ヒノワ様!?こんな幼女に献策させるのですか!?」
「アレル殿。
先ほど、ヌアさんに言われなかった?
情報や知識の前に、年齢も地位も立場も関係ない。
それでも文句があるなら、この子は私がスカウトしてきた子なんだ、私が聞くよ?」
「・・・差し出がましいことを申しました。」
「・・・いくつか、お認めいただけるのであれば、対処可能かとは思います。」
ざわ、とはならなかったけれども、即答で策を述べる意思を見せた幼女に、長達は目を見開いていた。
そりゃ、私も会議室に3歳児が乱入してきて献策開始したら度肝を抜かれるだろうけど、自分が3歳児側だと意外と気にもならないものだ。
そもそも報告だけなら別の人に伝えてしてもらってもよかった。
でも、対処については私個人が行った方が間違いない。
レギルジアが滅んでもらっては困る。
それに、これはチャンスでもある。
誰に憚ることなく、経験値を・・・粒子を稼ぐ機会でもあるのだ。
「いいよ、ものによっては考えるけど、基本的には認める方向で。続けて?」
「はい。
では、まず1つ、アキナギ・ホノカ様に、私の指示を受け入れていただけるようヒノワ
様から指示していただきたく思います。」
「それは構わないけど、どうやって連絡を取るつもりなの?」
「先ほど、直接連絡を取れるよう、特殊な手段を手配致しました。」
「なるほど。認める。」
「ありがとうございます。」
ホノカ個人に守り神級モンスターを討伐する能力はない、ということはヒノワ様も承知のはずだが、彼女を使って何をするのかを尋ねもしなかった。
そもそも、私がホノカの存在を何故知っているのかすら問わない。
それら諸々を含めて、認めるとおっしゃっていただいたのだろう。
ざわざわ、とようやく小声の騒ぎが広まり始めた。
こちらの世界での遠距離への連絡方法と言えば、術式を用いた電報のような短文が術式を構築した通信施設間でやりとりが可能な程度で、タイムラグなしの連絡のやり取りは実現していない。
ナインの開発した通信機はオーバーテクノロジーといって過言ではないが、ここでナインの通信機を出したらきっと執拗にナインが色々要求されることになるので使わない。
こと、『アレの配備』の終わった地域への連絡であれば、私に敵う者は多くないはずだ。
連絡方法が構築可能な状況であれば、私はほぼタイムラグどころかノータイムで連絡が可能だ。
特に、ホノカにおいては。
その通信手段についても、ヒノワ様はお尋ねにすらならない。
「次に、私が対処致します行動について、対処方法についてもお尋ねにならず、一切見届
けられぬよう、配下の方々へ徹底していただきたく思います。」
「それはどういう意味だ?」
「ライブラ殿、今は私がフェーナと話しているんだが?」
「いえ、ヒノワ様。
これだけは言わせていただきます。
これは軍議であります。
レギルジア方面への敵勢力の侵出を見破れなかったことについては我々側の失態であり
ましょうし、事実であるのなら一早く知らせてくれたこの幼女には感謝するしかありま
せん。
ですが、対処をするのに方法も知らせず、見届けることすらさせぬとは、どういう了見
なのか。
それとこれとは話が違う。
ヒノワ様がどう言われようと、到底承服しかねる。」
「だ、そうだけど?」
「ライブラ・エメリヒ・レルボルン様。
レギルジアには私の家族が、大切な人達がいますので、放置はできません。
貴方様がレギルジアを救っていただけるのですか。」
「・・・貴様はレギルジア出身か。
私がレギルジアを救う訳ではない。
個人の武力・意思のみで動くのは軍隊ではないのだ。
武力ならヒノワ様やヌアダ殿、知略ならデシウス殿や文官の方々がおられる。
彼の方々を含めた、この場におられる各隊の長達の意見を聞かず、総意を得ずに、軍を
動かすのは、例えヒノワ様であっても許されぬ所業。
唐突に現れて唐突に指揮を執ることになった貴様がホノカ殿を使ってレギルジア配備の
兵を動かすのは到底承服できぬ、という話だ。
軍隊には指揮系統というものがあり、指揮系統が軍隊の責任を負うのだ。
貴様には勝敗や兵士たちの命、軍の統率、その他諸々の責任を負うだけの権利がない。
だが、レギルジアを救いたいという気持ちは私だって一緒だ。
その方法を皆で打合せ、成果に結びつけるためのブリーフィングがこの場なのだ、理解
しろ。
ホノカ殿を使って、レギルジアの軍を、兵をどうするつもりだ?
どういう策を用い、どのような布陣をし、どう展開して、どう守り神級の魔物に対処す
るというのか、何故我々に説明できんというのだ?
貴様の策に問題がなければ、皆の了承を取ればよい話だ。」
「軍は動かしません。」
「なんだと?
ではどうやって守り神級モンスターと数千の魔物に対処するのだ。
まさか貴様が単独で討伐できるとのたまうのではなかろうな?」
「お答えできません。」
「この・・・!」
「はいはい!ストップストップ!
フェーナ、具体的に話せない、ってのは流れから大体わかった。
折れるつもりがない、ってのも理解した。
けど、これから人生何十年かずっと説明なしで活動するわけにも、何から何まで秘密に
しとく訳にもいかないでしょ?
手法は問わないし、どうするか、は隠しててもいいけど、結果をふわっとボカシて、ど
うなるかだけでも教えてくれないかな?」
「ヒノワ様がそうおっしゃるのならば・・・。
簡潔に申しますと、雑魚を利用し、守り神級モンスター・・・ツインテールでしたか?
を孤立させ、正確な表現は異なるかもしれませんが・・・『餓死』させます。」
・・・。
静寂の後、控室内に爆笑の渦が生まれた。
「がぁっはっはっはっは、餓死、餓死ときたか!」
「防衛できるかどうかすらも分からないと言っているのに、守り神級モンスターを
兵糧攻め?
そんな戦略聞いたこともないわ!!
今からどうすればレギルジアを襲撃する直前まで迫った敵勢を餓死に追い込む?
そんなことができるなら、我々が普通に援軍を出した方が幾分も早いわ!!」
がやがや、と私を批判する声があちこちから噴出する。
私は全くもって正当な方法を提示しているだけなので、意に介さないが、隣にいるベランピーナには悪いことをしたかもしれない。
若干、蒼い顔をしているのは見なくても分かる。
『餓死』が正しい表現でないことは知っているし、原理的には全く異なるものだから、この場限りの嘘偽りであるが、真実は述べなくても結果は同じになる。
相手は、EXP粒子の枯渇と病気で死亡するが、病気の原因は全て私が回収していくので、死体に残る痕跡は『死んだ』という事実のみである。
後からもし誰かに見られていたとしても、『何か良く分からないが死んだ』という痕跡しか鑑定結果には出ない。
「ふむ・・・。
『餓死』ねえ。
大体の論理は分かってるんだよね?」
「論理も勿論ですが、これに関しては実証実験も完了しております。
守り神級モンスターでは初ですが、準守り神級モンスターでは実地試験済みです。」
「何・・・?」
「準守り神級モンスターでは実地試験済み・・・?」
「レベル148の準守り神級モンスター、俗称『赤目』のサイクロプス、正式呼称「ブー
ロン」にて実験を行い、実験開始から22分で死に至らしめました。
こちらが討伐証明部位です、お確かめを。」
ポケットから取り出したのは、『赤目』から摘出したEXP粒子の高濃度粒子結晶。
おぉ、という小さい感嘆の声がいくつか漏れる。
人間の心臓に匹敵するレベルの致命的部位であり、対象を死に至らしめなければ決して手に入らない部位を証拠として提示する。
サイクロプスの瞳は、サイクロプスの死後に小さく縮み、粒子のみが凝縮して残滓として遺体が全て腐敗して消え去ったとしても、美しい宝玉が残る。
そして、それは対象が強ければ強いほど、レベルが高ければ高いほど美しく、宝玉内の屈折面が増え、『赤目』ほどのサイクロプスの物となると、無加工でもおそらくほぼ真球であるにも関わらずブリリアントカットのダイヤモンドに匹敵する美しさと輝きを誇る。
アーティファクトの素材としても、宝石としても無類の価値を誇る代物だ。
いずれナインに加工してもらおうと思って持ってきていたけど、盗まれたりしたらいけないから、と思ってポケットに忍ばせて収納していたのだが、正解だった。
準守り神級モンスター、『赤目』。
レギルジア周辺で知られている限り最も高レベルだが、潜んでいて居場所の知れていない、そして討伐依頼の少なく放置されていたモンスター。
受動的な意味での人的・資源的な被害は少ないが、能動的に遭遇した際には幾度も多数の被害を発生させる脅威であり、僻地であれば放置されたであろうが、レギルジアよりも南を生活拠点にしていると思われた為、幾度も討伐隊が派遣された魔物である。
ホノカも同行した討伐隊50人に少なくない被害を与え、討伐隊を撤退に追い込んだ、という実績もあり、討伐隊の戦力測定の結果、相対評価はレベル148前後と、レベル帯からして準守り神級モンスター指定となった。
カンベリアよりも南側、更にレギルジアよりも以南のヒトの生活圏から離れた森や谷、高山など隙間に潜んでおり、生活痕などの残骸から、ヒトの生活圏を抜けて、集落ごと移動しながら生活していることが知られていた。
彼らは巨体であるのに逃げ足が非常に速いことで知られており、討伐隊の調査が空振りすることも多数、居所を掴んだ後に出撃した際であっても、逃げ切られること数回というお粗末な結果を残していた。
元々、生活地周辺のヒトの村落等への被害も非常に少ない為、領主への陳情、ハンターギルドへの討伐依頼も非常に少なく、出兵して成果なしでは戦貴族や討伐隊の面子もあることなので、受動的対応に切り替えた。
ヒトの生活圏に侵入してきたり、サイクロプスの村落の生活圏の特定が済んだ際に討伐隊を編成しよう、という方針が都市運営陣の統括委員会で決議されたのは、おそらく討伐隊の面々からの強い要望も影響しただろう。
つまり、実質放置されていたということだ。
ウィルスや菌と言った実戦闘力に欠ける能力でどこまでのことが可能なのか実証する為、私はその情報を知った時から『赤目』をかなり早い段階から探していた。
情報屋や森の魔物に探査用の無害な『アレら』を散布して広め、集まった情報を精査して範囲を絞っていき、最終的に発見に至ったのはレギルジアを離れる数日前の話だ。
サイクロプスと呼ばれる種族は一つ目の巨人のイメージが強いが、意外と体躯は大きくはなく、大きい者でも5m前後、通常個体は3~4m程度と、ヒトよりは大きいが、こちらの世界で言うと特段大きさで目を向く類の種族ではなかった。
大きいものだと体長が20mを超えるようなサイズのモンスターも普通に存在する世界であるので、相対的には小さい部類になるだろう。
傘下の種族の生活圏は山奥の谷間にあり、ヒトが生活するには向かない立地の為、所在が知られていなかったようだった。
レギルジアから南東に50kmという超遠距離使役となったが、苗床は大量にあり、村落に存在する住人全員に感染させるのにそう時間はかからなかった。
『赤目』が村落に帰還した際に、村落を完全にパンデミック終末期の様相に堕とし、得られた粒子でアレらを更に凝縮、発達、賦活化させる、というスパイラルを発生させ、『赤目』にそれらをぶつけ、複数感染させる。
流石にレベル148ともなると、そこらによくある感染症への耐性は不備なく備えているようだったが、私が自分で選りすぐった複数の病・感染症のうちの大半は『赤目』の体内で繁殖することに成功し、身体の内側から蝕むことができた。
こちらの世界のウィルスや菌というのは、二極化されている。
一つは、広く広まっているモノ。
生命力の強い者は耐性が得られている場合が多く、広がり具合としては既に寄生している生命体・・・ヒトと共存しているといって過言ではない程度に弱毒化し、一様に存在している。
もう一つは、発症後の症状が強力すぎるモノ。
こちらは耐性を得る前に宿主側が死亡してしまう場合も多く、生活圏が広く重なっていないこちらの世界では、集落ごと短期間で絶滅してしまい、そのまま長い年月放置されたり、都市圏に近ければ調査隊が遺体ごと焼却処理され、無害化され、終わってしまう、ということも多い。
こちらは広まっていないだけにあまり変異も起こしていないが、保菌者がほぼいない為に感染例も分類されておらず、更に耐性を得ている生命体が非常に少なく、致死性が非常に高い上に治療法も確立されていない。
私があちこちで回収してきたモノらは元からそうした凶悪な存在であり、非常に希少な生存地域・・・一部の生命体だけが共存に成功し、他地域から隔離されて温存されていた所から回収した物ばかりだ。
だが、毒やスキルによる攻撃に見せかけるのであれば、即効性や任意の対象への感染力の強化、タイミングの操作、感染後に一時的に無毒状態で広げることができるか、などが必須項目となる為、日ごろから自律的に効率のいい感染具合の調整や、実際に稼働させた際に必要となるスキルの鍛錬を続けていた。
粒子回収の効率からすると実際に至近距離で吸収するよりは効率は落ちるが、使役しているモノ達を自律的に現地活動をさせる為に粒子を現地徴収をしながら活動させることにも成功している。
私が意図した方向性さえ示してやれば、稼働する為のエネルギーは苗床が勝手に調達してくれるし、繁殖する為のエネルギーも不要、全て苗床側のエネルギーで賄えてしまうので、私がやることといえば『彼ら』を指示して飛ばし、使役し、支配し、操作することだけだ。
そして、通常の個体であれば数分で絶命するレベルの致死性の病、感染症を体内から随時進捗させつつ、周囲のサイクロプスで繁殖させた『彼ら』を更に増殖させ、『赤目』にぶつけて負担をかけ続けていく。
開始から22分後には、『赤目』は絶命し、全身から膨大な体液と『彼ら』を零しながら大地に倒れ伏した。
『彼ら』経由で送られてくる粒子は膨大な量で、すぐさまレベルも上がった。
討伐証明部位である瞳の粒子結晶については、『彼ら』の集合体経由で移動させ、確保した。
現地に漂っている粒子については、放散させることをよしとせず、吸い切れない分は現地の亡骸に保有させたまま温存し、ゆっくりとこちらに送らせている。
閑話休題。
こちらの世界のモンスターは、毒、魔物の体内に繁殖している雑菌等についての耐性は強い。
ただ、『毒耐性』『病気耐性』みたいな一括りの完全耐性は相当レアで、かつ上位ランクのアビリティに該当する模様で、おそらくそういった上位アビリティを持った上位種族は少ない。
(上位ランクに属する個体のアビリティは戦闘や統率・支配に向いた物の可能性が高く、毒や雑菌への耐性は生命体が免疫として、生命力で耐えられるという意味で大なり小なり備えていることは多いが、アビリティとして広義的な完全耐性を所有している上位種族は存在していないと考えられる。)
「ヌアさん、その粒子結晶、『赤目』の奴かどうか確認できる?」
「『赤目』についての情報が欠落していますので、この場で確実にその『赤目』かどうかは
私には分かりかねますが、確かにレベル148相当のサイクロプスから生じる物である
と思います。
加えて、レべル148相当のサイクロプスの瞳でここまで美しく、かつ未加工の状態で
市場に出回ったなら、富裕層の話題になったのではないかと思います。
市場に流した場合の流通価格から考えますと、一般人には手が出ないほどの高額になる
でしょうから、おそらく彼女が私財を全てを投げうっても購入は不可能でしょう。
購入した物ではなく、何らかの方法で手に入れた物であるのは間違いないかと。
それが討伐なのか、譲渡なのか、窃盗なのかは分かりませんが、まぁ・・・窃盗である
なら討伐した者から盗難の届け出くらいは出ているでしょうし、そこまで有力な者が
ここ最近で失踪したという話も聞きませんから、前者のどちらかかと思われます。
まぁ、つまりは・・・彼女自身かどうかは問わぬとしても、討伐してきたのは事実で
あるということです。」
「と、いうことだけど・・・。
まだ異論のある人?」
控室はシン、と静まり返る。
物的証拠は強い。
それに加えて、私に何かある、というより、ヒノワ様がそろそろ痺れを切らせてイライラしている。
私が見ても分かる、ヒノワ様は普段の清々しい気配をよそに、獰猛な狩人の気配を漂わせており、精神状態も落ち着いてはいるが、攻撃的になっている。
おそらくこの状態のヒノワ様がキレたら滅茶苦茶怖いのだろう。
加えて、ヒノワ様の勘や感覚というものに対する信用がある。
どこの馬の骨とも知れない幼女がどういった手段で入手したかは不明だが、準守り神級モンスターを討伐した実績の証明を見せた。
レベル148相当のサイクロプスなど探しても他にそういる魔物でもない、おそらく『赤目』の物で間違いないだろう、というのはここにいる者達であればすぐに理解はした。
であれば、何かしらの方法でおそらく『赤目』と呼ばれるレベル148相当のサイクロプスを討伐したのは間違いない。
が、この幼女はおそらく3歳か4歳といった身の丈であり、個人での討伐は間違いなく不可能であると推測できるので、おそらく組織的な背景、もしくはバックアップがあり、討伐証明部位を手に持ってこれる何かしらの立場にある者であるのはないだろうか。
おそらくこの場にいる者達全ての認識外の組織だろうが、ヒノワ様も認める方向のようなので任せても構わないのではないか?
だが、そうなると見せたくない物とは、なんだ?
どんな方法なのか知られると大変に問題のある技術なのか。
それとも、知られてはいけない公になっていない組織や強者を利用した戦闘なのか。
いや、この幼女は美しい容姿に加えて艶やかな珍しい白い髪を持っているので、ひょっとしたら表に出ていない『白』の係累ではないか。
この幼女が『白』がヒノワ様に送ってきた、公にできない取引を持ち掛けてきている使者であるとするならば、建前上、ヒノワ様の対応も理解できる。
何かしらの要因で近隣にいた『白』が、顔の知れていない係累の使者を使用して情報を『灰』に提供し、かつ配慮して表立って名乗らず、『白』の本家が別途そちらは対処するつもりなのではないか。
ならば『灰』の面子を立てていることにもなり、大物が出てくるよりは噂話に尾ひれもつかないだろう。
加えて、「何故こんなところに『白』が出張ってきているのだ」という余計なツッコミもできなくなる。
ひょっとすると、実は裏でヒノワ様はその存在を知っていて、彼女がその使者であることに気付いたのであれば、この処置も理解できる。
『白』ならば問題なく対処できるだろう、ならば対処を任せても問題ないのではないか。
小声で隣の人とこそこそ話している人達の言葉は大体そんな感じだった。
概ね、この場にいる人達はみなそう考えているようだった。
けど、きっと彼らは真実に辿り着くことはない。
「では、ヒノワ様の特命でもあるので、今回の、レギルジア方面の対処は、彼女、フミフ
ェナ・ペペントリアに一任することを、このヌアダ・ファラエプノシスが承認する。
異議のある者は申し出ろ。」
「「「異議なし!」」」
「フミフェナ嬢、手法に対する秘匿については、ヒノワ様の言もあるので秘匿で構わない
が、手勢や補佐等の必要はないか。
あるのなら、要望程度の武官・文官数名程度をそちらに割くくらいはできるが。」
「ありがとうございます、ヌアダ様。
いえ、レギルジアにおります私の知己と、ホノカ様さえ融通していただけましたら、私
の方でどうにか対処可能かと思います。
時間との勝負になろうかと思いますので、すぐ動ける者のみで対応致します。
あとは、相互の連絡係のみどなたか付けていただければ、それで十分かと。」
「分かった。
では連絡係は・・・そうだな、戦時で授業・研究も一旦休止になると思われるので、ベ
ランピーナ氏か、今日馬車で同行していた護衛騎士の誰かでどうだ、こちらの都市で君
の『顔』をまともに知っている者となるとそのくらいだろう。
新入生では君の案内はつとまらんだろうしな。」
「わ、私ですか!?」
「ありがとうございます。
どなたでも構いません、その時のご都合にお任せ致します。」
「オーケー!
じゃあ、とりあえず、カンベリアはカンベリアで北門に先行したデシウスが戦略練って
くれてるだろうし、ここでの段取りはここまでとする。
全員出撃準備にかかるとしよう。
メイリス、ブリーフィング中にデシウスから連絡あったかな?」
「デシウス殿からは、現地に到着し、対処を開始した、という報告が数分前にありました。
敵勢は展開をゆっくり広げていてカンベリア3方を覆う隊形を取り始めている為、その
対処に一部野戦で対処に当たる、とも報告がありました。」
「了解、まぁ、その辺りはデシウスに任せよう。
私は鐘楼に登るので、ヌアさんはいつも通りに。
さて・・・。
ヌアさんも言ってたけど、これだけの敵勢となると、流石に負傷者どころか死者ゼロも
難しい。
だけど、ここにいる貴方達、各部署の長は勿論、それぞれの担当している隊の一人一人
が、この都市の、ヒトの、灰色の重要な財産だ。
無駄に散らしていい物ではないし、有為だとしても簡単に散らしてもらっては困る。
自分も生き残り、仲間も生き残らせ、民も死なせない、そう心掛けて。
・・・行くぞ!!!」
「「「「おぉっ!!!!」」」」
ブリーフィングを終え、長達は副官と共に各々が自分達の隊へと戻り隊のブリーフィングを開始したようだった。
なまじ身体能力が尋常でなくなると効率的な段取りというものが億劫になるのかもしれないが、資材等の準備に余念がないのは文官だけだ。
武官は自分の装備品と配下の戦闘配置にしかほとんど興味を寄せていない。
勿論、彼ら高レベルの騎士・戦士達は、移動速度も尋常ではなく早いので、足りない物があれば拠点防衛線なら不足はないと考えているのかもしれない。
一般人が走っても数十分はかかるであろう北門まで5分もあれば到着できるだろう。
武装や交代シフト等の打合せを入念に行ってから移動するつもりのようだが、全員走って行くつもりのようだった。
だけど、明らかに後方支援の段取りが間に合っていないようにも感じる。
私は私で、準備はそう多くないが、『現地』でのアレコレの段取りは済ませてから出発したい。
目を閉じ、数分ではあるが遠距離での操作に集中する。
うん、予定通り展開できそうだ。
現地に到着するまでの時間くらいは出撃する雰囲気もない。
明らかに布陣は終わっているが、見た感じは出撃合図待ちのようである。
ひょっとしたら、別の部隊と進軍開始の時間を定めているのだろうか?
不思議なのは、数千に上る軍勢だというのに、守り神級の魔物やその周囲を囲む幹部陣、明らかに下士官であろう各部隊の一段高位そうな指揮系統、そのほとんどが口を開いていないことだ。
どうやって意思疎通を図っているのか全く理解できないが、テレパシーのようなものか、もしくは遠隔では把握できない何か特殊な技術でやりとりしているのだろうか。
おかげで、盗聴しているのに全く意図が把握できない。
「どうかした?フェーナ。」
「これはヒノワ様。
先ほどはありがとうございました。」
「うぅん。
また成果は報告してね、出来れば私にだけはどういったことするのか後ででもいいので
教えてくれると助かるけど。」
「分かりました、後程、詳細も踏まえてご説明させていただきます。
・・・あと、唐突で申し訳ありませんが、こちらをお持ちください。」
「これは?」
兼ねてから用意していた、連絡用のアイテム、『桔梗玉』。
澱むような濃く、濁った紫色をした宝玉。
触った感じは宝石、見た目はマーブル模様の透かしのほとんどない濃い色のアメジストのような感じだ。
ヒノワ様は光に照らしながらクルクルと玉を回しながら覗き込んでいた。
「害のある物ではありませんが、飲み込んだりはなさらないでください。
私個人と、私を経由して特定の人物に直接連絡が可能な『桔梗玉』と申します。
あまり数が用意できておりませんが、ヒノワ様にはお渡ししておきたく・・・。」
「ありがとう、貰っておくね。
なるほど、ホノカさんにはこれで連絡取ればいいんだね?」
「はい、ホノカ様に直通で連絡がつくようになっておりますので、ヒノワ様はその玉を握
って、私かホノカ様、連絡したい相手を思い浮かべながらお声掛けください。
ホノカ様には、耳におそらく直接つながることになるのでびっくりされるかもしれませ
んが・・・ホノカ様側はそのまま喋って貰えればそのままヒノワ様の持つ玉に声が伝わ
るようにしてあります。
ホノカ様側から発信がある場合は、左の手の甲に右手を重ねて私の名を呼んでください、
とお伝えくだされば連絡が取れるようになっております。」
「了解、じゃあ、今から連絡しようかな。
私もすぐに行かないといけないからね。
気を付けてね。
・・・フェーナの武運を祈る!」
「ありがとうございます!
ヒノワ様のご武運をお祈り申し上げます!
吉報をご期待下さい。」
深々と敬礼した私を背に、手を上げて歩いて行くヒノワ様は『桔梗玉』に喋りかけ、ホノカに連絡を取りながら、大勢を引き連れて歩いて行く。
ヒノワ様が向かうのはおそらくこの都市で最も高い場所、『灰城』の最上部だろう。
現場指揮は配下の者に任せ、戦貴族本家直系の『弓』の称号持ちであるヒノワ様の本領を発揮する弓矢を用いた攻撃をされると思われる。
・・・この目で見てみたいが、それは彼らに任せることにしよう。
私は、レギルジアへ。
「で、どうする、フミフェナ。
これからの方針と、私がどうすればよいのかだけでも指示してから動いてくれると助か
るんだが。」
「話の早い方で助かります、ベランピーナ先生。
私はこれから全速力でレギルジアまで走りますので、先生はこちらに残っていただいて、
連絡係を務めていただけると助かります。
何かあればこちらに話しかけてください、これが通信機の代わりとなりますので。」
「・・・これは?」
「『桔梗玉』です、私個人と、私と連絡網を構築した一部の方に対してのみ連絡のやり取り
が可能なアーティファクトです。」
「・・・君特製のアーティファクトということか?
恐ろしい技術だな、売りに出ているのか?」
「私を中継した連絡先にしか管制できないので、汎用の通信機としては役に立ちませんよ。
ですから、これを研究しようとしたりしないでくださいね、死にますよ?」
「・・・魂に刻んでおこう。」
「賢明です。
数が限られておりますので、後程回収致しますので、宜しくお願い致します。
では、私は急ぎますので、ここで失礼致します。
準備したらすぐにレギルジアに発ちますので、現地についたらご連絡します。
定時報告の時刻は到着から1時間置きで、先生から確認の連絡をいただけますか?
返信がなかった場合は、10分後に再度連絡をください。
2度続けて返信がなかった場合は、死亡判定としていただいて結構です。」
「分かった。
君がどれほどの偉業を達成するつもりなのか知らんが、無事に帰還することを祈る。」
ベランピーナと敬礼を交わした後、急いで準備を開始する。
準備と言っても、私は身軽だ、食糧はレギルジアで提供していただく予定であるし、武装もベルトだけだ。
持っていくものと言えば、『ドロップ品収集用の袋』と、その他諸々雑多くらいだ。
『黒装』のみ展開し、この状態で可能な全速力で駆け始める。
私には吸い切れない・・・数回レベルが上がったくらいでは器から膨大な量のEXP粒子が溢れて零れてしまうほど多量にベルトに温存されている為、膨大な量の粒子在庫があり、それらを広義的な意味で燃料として使用し、脚力に出力している。
脳内の運動処理能力さえ確保できるなら、私はほとんどカロリーを消費しなくてもEXP粒子の出力だけで移動が可能だ。
移動速度はおよそ時速250km程度になるだろう。
流石にこの形態で戦闘速度で時速250kmでは動けないが、移動だけならこの形態が最も楽なように元々構成してあるので、比較的負荷は軽い方だ。
討伐するだけなら近付く必要はないが、粒子の吸収力や量、質が向上することに加え、守り神級の魔物となるとどんな『ドロップ品』が手に入るか分からない、それに討伐した証明部位や素材等は現地に赴いて回収する必要がある。
それに、知覚する限り、対象は知能も高そうだ。
近づかなければ得られない情報等もあるかもしれない。
北面の3勢力は知らないが、こちらの目標は亜人だ。
成長して高い知能を持った獣ではなく、生来高い知能を持っている亜人、ダークエルフ。
かなり長命であることは知られているので、守り神級にまで上り詰めた存在であるならば、何か重要な情報を持っているかもしれないし、今回の戦についての機密情報も握っているかもしれない。
建国王が守り神達との独立闘争を共に戦ったエルフやドワーフ、ダークエルフ、ゴブリン、オークを代表とする亜人種族は、100年前くらいまではヒトと共に生活していたと言われるが、100年前を契機にヒトと袂を分かったと伝えられている。
100歳を超えているダークエルフで、色々と情報を教えてくれるような対象だといいのだけど。
カンベリアとレギルジアの都市間は舗装や周辺整備も整っており、大半の移動距離は障害もほぼない地域での移動なので、カンベリアから目的地に到着するまでの時間はおよそ20分というところだろう。
勿論、既に『赤目』と同様の汚染作業は出発前には段取りを完了しているので、到着までにはほぼ準備はできていると言ってもいい。
段取りというのは大事だ。
「フミフェナ・ペペントリア殿、聞こえるだろうか。
これでいいのだろうか?
フミフェナ・ペペントリア殿、聞こえますでしょうか。
アキナギ・ホノカと申します。」
既に移動は開始していたが、早速に、ホノカから連絡がきた。
ヒノワ様からの伝言はちゃんと伝わったようだ。
「聞こえます、アキナギ・ホノカ様。
フミフェナ・ペペントリアと申します。
状況等はヒノワ様からお聞きになられておられますでしょうか?」
ホノカから確認作業として一つ一つ説明された話からすると、概ねブリーフィングでヒノワ様と話した内容はきちんと伝わっているようだった。
ただ、ホノカ本人も守り神級の魔物に対する力不足は自分で認識しているようで、不安そうな声が節々から伝わってきていた。
「フミフェナ殿、でいいだろうか?
私に死んで来い、というのなら、ヒノワ様の命であるのならば、守るべき民達を守る為
ならば、私は甘んじて死を賜るつもりだが、それでレギルジアの街は守れるのだろうか?
確かに索敵に向かわせた結果、フミフェナ殿のおっしゃる通りの戦力が布陣済みである
ことは確認できました。
そして、私では、そしてレギルジアに存在する戦力では、あの戦力に対してまともにぶ
つかって勝利するだけの能力がないことも確認できました。
正直、全力を尽くしたとしても、『ツインテール』とやらまで、私が辿り着けるかどうか
すら、あやふやである、というのが正直な感想です。」
「フミフェナで結構でございます。
ホノカ様、私がお願いしたいのは数点のお願いを受理していただきたい、ということだ
けです。
そして、勘違いしておられるようですが、今回の防衛戦に関しては、ホノカ様が腕を振
るわれる機会はほぼないと思います。」
「・・・どういうことだろうか?」
「守り神級の魔物やその配下の魔物は、『悉く滅ぼします』ので、討ち漏らした配下の魔物
がもし発生してしまった際に、レギルジアに到達しないよう、城壁の北側の警戒を保っ
てほしいのです。」
「・・・貴方が・・・守り神級モンスターを『滅ぼす』?
失礼、フミフェナ殿はいずこかの戦貴族の使いの方・・・いや、筆頭の方の偽名だろう
か?」
「いえ、違います。」
「では申し上げるが、守り神級の魔物とは、レベル100の戦士である私や私の同僚達の
軍の力を以てしても、単体ですら対峙すれば全滅は必至、軍勢を引き連れている守り神
級の魔物と対峙すれば、最早時間稼ぎも難しいような相手です。
一部の戦貴族直系の、最上位の方達であれば単独での討伐も叶うかと存じますが、そう
でもなければ、そもそも討伐が難しい相手なのです。」
「存じております。」
「・・・知っていても、討伐が可能だとお考えなのですね?
・・・ヒノワ様より、フミフェナ殿の提案には全て是と答えよ、詳細については尋ねる
な、と指示されております、
この際、貴女の事を信じているヒノワ様を信じ、貴女に従いましょう。
では、私はレギルジアに滞在している戦力をまとめ、レギルジア城壁北側に布陣し、戦
闘待機をしていればよいということで、よいでしょうか?」
「いえ、おそらく、討ち漏らしたとしても取りこぼした雑魚が数十体程度流れるくらいか
とは思いますので、ホノカ様であれば単独でも処理可能な程度かと思います。
ひと所に固まっていてくれればよいのですが、探知範囲外に残党がいないとも限りませ
んので、その警戒だと思っていただければ。」
「・・・了解しました。
一つだけ、宜しいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「貴女は・・・いえ、貴女様は、もしや女神ヴァイラス様の御使いではありませんでしょ
うか・・・?」
「いえ、違いますが・・・。
ヒノワ様の委任は受けましたが、女神様の御使い等ではないですね・・・。」
「・・・そうですか・・・。」
「参考までに、何故女神ヴァイラス様の御使いだと思ったのか、簡潔に教えていただけま
せんか?
御使いというのは、頻繁に出現するものなのですか?」
「詳細は不明ですが、レギルジアを庇護してくださっている女神様であり、実在されてお
られます。かの女神様がご降臨なされた後、領主殿が女神様を祀った神殿を建設したと
ころ、市街の流行り病で亡くなる者が激減し、農作物の芽吹きや収穫が目に見えて増え、
都市周辺の野良の魔物の数も激減した、というデータが既に取れております。
女神ヴァイラス様が生命を司る女神様であられることは疑いようの余地もなく・・・。
今回のカンベリアの方々が気付かなかった『ツインテール』一党のレギルジア襲撃の一
報を貴女がヒノワ様に警告なさったとお聞きして、ひょっとしたらフミフェナ殿が、最
早女神ヴァイラス様がレギルジアを守る為に遣わされた御使いではないかと推測した次
第でありました、忘れて下さい。」
「女神ヴァイラス様のことは分かりませんが・・・レギルジアには私の家族や、大事な人
がおりますので、魔物に襲撃されるのを座視するわけには参りません。
察知したのは、たまたま私の探知範囲に引っ掛かった為に察知できた、という次第です。
ホノカ様はご不安かもしれませんが、お約束します。
魔物は必ず殲滅し、レギルジアは必ず守ります。
後程、戦況報告等はまた私から致しますので、ホノカ様は前述通り、レギルジア城壁北
側にて索敵、戦況確認を続けておいていただければ有難く思います。
もし、私の反応が無くなった場合には、ヒノワ様に私が戦死した旨を報告の上、指示を
仰いでいただければ。」
「了解致しました。
・・・もし、レギルジアから供出できる戦力で御入用でしたら、私に連絡をください。
貴女のご武運をお祈り申し上げます。
・・・女神ヴァイラス様の恩寵が貴女にももたらされますよう、御祈念致します。」
「ありがとうございます。
それでは、後程。」
女神ヴァイラスの事を知っているかと言えば、間違いなく知っているし、御使いでないというのも嘘ではない。。
何せ、女神ヴァイラスの本体、いわゆる『中身』は私本人なのだから。
やはり大体計算通り、流行り病の減少(都市内に入った段階で人体に有毒なモノは無毒化)、農作物の豊作化(植物に有益な菌類の賦活化)、魔物の激減(殺傷力の高い『彼ら』を蔓延させて、都市に一定距離まで近づくと死に至るよう設定している)という大まかに自分に課していた3つの要素は女神ヴァイラスの神聖化に役立ったようだ。
ここはひとつ、『ツインテール』を討伐した後は、レギルジアで女神ヴァイラスの威光を高めるような演出を加えてもいいかもしれない。
「“何用だ、黒い装いの者よ。”」
あれこれ考えているうちに『ツインテール』達のいる森を目視できる距離に辿り着こうかという距離になり、ベランピーナとホノカに予定位置に到着し、これから動くことを伝え、準備をしていたところ、唐突に脳内に音声が鳴り響く。
『桔梗玉』や『彼ら』による情報伝達ははあくまで空気振動を介している物理的な情報伝達手段であるが、この声はテレパシーのような術式を介して送られているようだ。
とりあえず、いきなり戦闘開始もあれなので、用意していた白旗を掲げる。
「“貴様は何者だ。
体躯からすると亜人、ゴブリンであろう。兜を取り、姿を、証を見せよ。
それ以上不用意に近付くならば殺す。“」
・・・多分白旗の意味は通じなかったな・・・。
しかし、非常に流暢なヒト語であり、『ツインテール』がわざわざ警告してきたのは、いずこかからの伝令か何かもしれないと思ったのだろう。
加えて、ヒト族が肉体年齢4歳未満でこれほどの動きをすることは不可能であることも知っている、と。
・・・まぁ、体躯の小さいゴブリンなら体躯の大きさは納得できるかもしれないけど、ゴブリンが私くらいの速度で移動してたらそれはそれで不気味だと思うけど。
そうか、わざわざトップがこんな術式で連絡してきたということは、背後で糸を引いている“首謀者”はヒトか、ヒトに限りなく近い亜人なのかもしれない。
私が“首謀者”からの緊急の伝令か何かかと思ったのだろう、でなければ確認する必要がない。
ヒトはこの襲撃についてまだ気づかれていないと思っているだろうから。
ひょっとすると出撃待機していのは、伝令を待っていた?
となると、カンベリアを襲撃している3勢力もその“首謀者”が動かしているのかな・・・?
まぁいいや、と頭部の武装のみ解除し、収納していた髪の毛も鎧に絡まないようにまとめる。
「貴方が『ツインテール』でしょうか?
ふむふむ、なるほど、確かに美人さんなダークエルフさんですね、初めて見ます。」
「“何だと?”」
『ツインテール』からすれば、術式で音声しか届けていないはずなのに、初めて見るとはどういうことだ、と思うだろう。
しかも、術式ではない物理的な音声で『ツインテール』にも私の声が聞こえたはずだ。
『彼ら』は既に軍勢に感染して彼女自身やその周囲を囲む状態になるほど充足しているし、最早その濃度は大気を満たすほど充満しているといって過言ではない。
ここまで近づけばほぼ肉眼で見るのと大差ないほどの解像度で確認できるし、声を伝えようと思えば『彼ら』を経由して声を届けることもできる。
容姿の詳細等を眺めるだけなら、いっそ敵の一挙手一投足に警戒しないといけない至近距離に身を置くより、これくらいの距離で『彼ら』を経由した方がより詳しく見ることもできそうだ。
年齢の計測方法が分からないので年齢については分からないが、スタイルはかなり細身で、率いている軍勢と比較してもかなり貧弱だ。
胸はあまり膨らんでいないが、腹には子供も産んでいる形跡がある、つまりは女性だ。
彫像のような麗しい体躯をしている上に武器も持っていないので、おそらく肉体派ではなく、術式で戦う類の戦闘スタイルと思われる。
私の周囲に遠視系の術式が展開している雰囲気はないので、向こうは肉眼で物理的に私を観察していると思うが、どこまで見られているんだろうか?
彼女が口を開けば開くほど加速度的に感染は進捗させられるのだが、ほとんど口を開けていないので、配下への指示もほとんどこの術式で伝達していると思われる。
彼女を取り巻く配下は3人褐色というよりもグレーに近い肌をし、弓で武装した見目麗しいダークエルフであり、おそらく準守り神級のレベルにあると思われた。
他の軍勢は大半が褐色のダークエルフが3000程度、男女比率は大体9:1くらいか。
大半は弓で武装しており、近接武器は細身の剣を持った者がちらほらいるくらいだが、おそらく近衛兵のような存在であろうと思われる。
前衛として近接戦闘を担当するのはダークエルフが使役している魔物だろう。
魔物の構成は、キメラのような巨体の魔物、巨狼、妖精のような羽根の生えた超小型の亜人のような者が合計で4000といったところだろうか。
妖精のような、というのは、物語で見るようなファンシーな可愛らしい感じではなはく、クトゥルフで見たわ、というような結構邪悪でグロな造形をしているので、クトゥルフ世界に出てきた妖精引っ張ってきました?というような感じだ。
「初めまして、フミフェナ・ペペントリアと申します。
種族は、ヒトですよ。」
「“只人族だと?
ははは、貴様のような只人族がいてたまるものか。
何処の勢力の者だ?よく化けるではないか。
あの方の使いでないというのなら、さては、グジが只人の市街に潜入させていた工作員
だな。
我らの蹂躙を見届けろとでも言われてきたのだろう?“」
「・・・なるほど。
走ってきた方向までは探知できてなかったようですね。
うーん、潜入工作員がいたというのは聞いた事がないですね、レギルジアにいる住民な
ら大半のサーチはしているはずなんですが。
『ツインテール』さん、ちょっと取引しませんか?」
「“取引だと?
取引がしたいのなら、さっさと自らの出自を明らかにしろ。
そもそも、たった一人で取引を提案できる立場だと思っているのか。
捕らえて、拷問にかけてもいいんだぞ。“」
「へぇ。
いいんですか、“彼の方”に確認も取らずにそんなことして。」
・・・なんとなく悩む素振りが見えた。
彼の方なんてのはあてずっぽうで言ったが、どうやらそんな呼び方をされている黒幕が本当にいるみたいだ。
しかも、おそらく『ツインテール』よりも強い勢力ような雰囲気だ。
そして、明らかに私のことを自分達の陣営の、どこか別の勢力の派遣した者だと勘違いしているようで、逆に拍子抜けだ。
「“何を取引したいのか言ってみろ。”」
「ありがとうございます。
取引したい商品はひとつだけです。
貴女の持っている情報が欲しい。
その情報がいただけるなら、貴女や皆さんを生かして帰してあげてもいい。
いただけないのであれば、貴女の全てを奪ってから、もう一度交渉します。
それでもダメなら貴女を殺します。
どうでしょう、取引していただけますか?」
「“ふざけているのか?
取引が成り立たんだろうが。
私を誰だと思っている。
ツインテイル・カンリ・メル・ボールだぞ。
貴様のような化けるのだけが上手い小物にそのような所業が出来るはずもないし、そも
そも私どころかこやつらにすら敵わんだろう。
もういい、貴様が何処の誰だろうが、これ以上会話に付き合っていられん。
私にここまで腹を立たせたのだ、死をもって償え。“」
おっと、本名がツインテイルだったのか、コードネームも髪型も侮れないな。
変わらずツインテイルさんは口を一切動かしていないにもかかわらず、側近のダークエルフを含め魔物が100ほどゾロゾロとこちらに向かってくる。
「分かりました、それが貴女がたの回答ということでよろしいんですね。
では、交渉決裂ということで。
残念です。」
『彼ら』に増殖し、宿主を殺すレベルまで賦活化し、活動せよと指示を出す。
音が聞こえるような脈動がそこかしこから発生し、それはいっそ森を揺らすかのようだった。
数秒後には、近づいてきていた魔物も、側近のダークエルフも、ツインテイルさんを囲んでいた軍勢も唐突に倒れ伏し、重なった音で地響きのような音が鳴り響く。
レベル基準で考えると同じ準守り神級の魔物でも、体力に優れたサイクロプスとは違い、貧弱なダークエルフはレベルは高くとも基礎体力が相対的に低く、倒れ伏すまでに要した時間はほんの一瞬だった。
ツインテイルさんの軍勢は、残存戦力1。
つまり、ツインテイルさん以外は全員、死に絶えた。
私の能力はまさに対多、特に露払いに向いている。
ヒノワ様と二人で討伐に出れば、おそらくこの瞬間にヒノワ様が弓を引けばツインテイルも即死したことだろう。
わなわな、という震え具合の擬音が相応しいレベルで、ツインテイルさんが震え始める。
恐怖なのか、仲間を全て失った悲哀なのか、これらの虐殺を許した自分の無力を悔やんだのか、またはその全てなのかは分からないが、戦意を失ったようで、膝をつく。
その頃には、既に軍勢の遺体から高濃度のEXP粒子が大気中に滲み出てきていたが、滲み出た瞬間から消え失せていく。
『彼ら』に触れた直後、私へと送られ、ベルトへと蓄積されるからだ。
こちらの世界では戦闘で亡くなった人たちの残滓は、戦場に悲哀の残骸として通常は漂っており、生存者はその死を悼むものだが、この戦場には私がいることによって、一欠片、一粒の粒子すら余さず漂っていない。
おそらく、これでしばらく必要ないどころか、レベル100までに必要とされるEXP粒子は溜まっただろう。
恐るべきは、これほどの粒子を蓄積しても底なしに吸い上げるナインの作ったベルトだ。
彼の想定したキャパシティとはいったいどれほどだったのかと、冷や汗が出る。
閑話休題。
さて、私からすると、ダークエルフという強くとも地の体力の少ない種族は相性が抜群に良かった。
最早ボーナスステージと言っても過言ではなかっただろう。
美味しすぎて、顔のにやけを抑えられているか自信がない。
この調子だと、ツインテイルさんが余程善戦してもらわないと、あっさり勝利してしまいそうだ。
「お仲間は全員亡くなられてしまいましたが・・・。
どうしましょう、もう一度交渉させていただいていいでしょうか?
情報、いただけます?」
「“き・・・貴様は、何者なのだ・・・。
こんな・・・キイルやピピ達までが、一瞬で・・・。
術式の気配はなかった、あったなら私が許さなかったはずだ・・・。“」
「あ、それともう一つ。
私は先ほど、貴女の全てを奪ってから再交渉します、と言いましたよね?
貴女の故郷や拠点に存在する方々も同様に全て死に絶えましたよ。
可哀想に、貴女が情報を喋ってくれただけで十万、十五万の命が救えたというのに。」
「“なっ・・・なっ・・・。”」
「だから言ったじゃないですか、貴女の全てを奪う、って。」
嘘だけどね。
流石に、何処から湧いて出たのか分からないツインテイルさんの勢力の本拠地や故郷がどこかなんて、今さっきついたばかりの私には分からない。
だけど、ツインテイルさんにはそんなことは分からないはずだ。
そして、もうツインテイルさんの体内に根を下ろした『彼ら』は、ツインテイルさんの身体を心底グズグズに変えてしまっている。
遠距離で連絡を取る術式が何十キロ何百キロ届くのか分からないけれど、もし連絡を取って確認を取るならかなりのキャパシティを要するだろう。
術式の制御に加えて、今この場で私への警戒、そして私の不興を買わないための会話もしなければならないのだから。
だが、今のツインテイルさんに、それらをこなす余裕は、精神的にも、体力的にも存在しない。
そして、何故かは分からないが、未だに生命は保たれているというのに、既にツインテイルさんの体内から粒子が滲み出てきている。
私が出る傍から吸い出している為にツインテイルさん自身は気が付いていないが、おそらく私が把握できる彼女の身体の状態は、万全な状態の調子に比べれば、パフォーマンスは3割にも満たないくらいしか発揮できないだろう。
「“な、何を喋れと言うのだ。
全てを奪われた私に、一体何が残っているというのだ。
キイルを、ピピを、故郷の皆の命を奪ったという貴様に、一体何を言えというのだ!!
言って、何が残る!!
全てを、全てを・・・失った、この私に!!!
殺す、殺してやる、今すぐに!!“」
そう言ったツインテイルさんは激昂してそのままの勢いでぶっ飛んできていたが、その速度は100km/hにも満たない、せいぜい80km/hといったところだ。。
おそらく、術式で私をどうこうしようとしたのに何故か術式が全く使えなかったことに、焦っているのだろう。
レベル200を超えるという守り神級の魔物というと、べらぼうなポテンシャルを誇ると思われるが、こここの場にいるのは術式に長けた術者タイプの、しかも身体スペックだけで敵を圧倒するタイプではないダークエルフという種族の、ツインテイルさんだ。
一般の民衆ならそのツインテイルさんでもポテンシャルだけでどうにでもなっただろうけど、私をどうこうしようと思うのは、この時点からでは最早どう考えても悪手過ぎだろう。
元々武器すら持っていない術者が術式を使えなくなった時点で、どうにもならないのはツインテイル自身が重々理解していただろうけど。
『彼ら』に指示し、彼女の体内に残るカロリーを一瞬で吸い尽くし、強制的な脱力を起こさせ、高速で移動する為のエネルギーを枯渇させる。
続いて、手足の筋肉や血管、骨を冒し、壊死させると、躓いたように転げたツインテイルさんから腐れた手足が根本から千切れ飛ぶ。
最早その顔には恐怖しか浮かんでいない。
ゴロンゴロン、と転がり始め、いくらか進むと地面に身体のあちこちを削られながら私の方へと向かって滑ってくる。
最早ここまでくると、笑ってしまいそうな動きだ。
ざざーっと滑りながら転がってきたので、頭を足で踏んで止める。
「“あ、あぁ・・・あああああああああああああああああ!!!
私の、手が、足が・・・。
一体、一体何なのだこれは・・・。
貴様は、何なのだ・・・。“」
「・・・この状況下でも叫ばないってことは、ひょっとして声帯が壊れてるんですかね?
それか、何かの儀式の生贄としてささげたとか?
ダークエルフって元々は声帯あるんですよね?多分」
見下ろしても、足元には血だまりは出来ていない。
血すら出ないほど血行が悪くなっているのだろう。
手足のない達磨と化した状態でも平然と生きているのはただただ生命力故だろう。
「ダークエルフの討伐証明部位って、確か脳味噌にある闇の魂の結晶体とかでしたっけ?
情報ももらえないみたいですし、首ごといただいていきますね。」
「“や、やめ、やめ、ろ・・・やめてくれ・・・。
お願いだ、私からもうこれ以上奪わないでくれ、何でもする、情報も喋る!
だから、これ以上、酷いことをしないでくれ、頼む・・・。
生かしてくれるのなら、貴女に従おう!!
わ、私は役に立つぞ!!
ダークエルフの女王の娘なのだ、高貴な血筋なのだ!!!
私にしかわからない術式もたくさんある、全て、全て貴女に捧げます!!!
だから、だから・・・“」
「貴女、レギルジアで暴虐の限りを尽くそうとしていたんでしょう?
カンベリアを襲う3勢力を囮に。
で、『彼の方』から情報を知らされていない3勢力とは別に自分達の勢力だけでヒト族の
市街を襲い、命を奪い、粒子を奪い、希少品を奪い、他の勢力を出し抜いて自分達の勢
力の強化を目論んでいた。
加えて、元々エルフやダークエルフはアーティファクトに目が無いと聞きますし、貴女
の副次的な目的はレギルジアにいるアーティファクト職人の作品群だったんでしょう?
そんな目先の物にしか興味のない貴女から、そんなに有益な情報が得られるとは思いま
せんね。
それに、私は貴方のような従者を必要としていません。
私にとって、貴方を生かす意味があるんでしょうかね?」
「“な、何故そこまで分かっていて先ほどは情報の取引を持ち掛けたのだ!!
私は・・・私は、こんなことになるなど、想像もしていなかった、いや、まさかこれは
タルマリン様の計画なのか!?
私達を排除する為に、飢えを我慢させた上で貴様のような化け物のいる場所に単独勢力
で向かえと言ったのか!?
おのれ、おのれ、タルマリン・・・許せん、呪ってやる・・・呪ってやるぞ・・・この
命潰えようと、必ず、必ず貴様を呪い、殺してやる・・・。“」
「なるほど、タルマリン、と・・・。
呪いって術式じゃなく、なんかアビリティですかね?
種族特有のものじゃないですよね?
どうやって発動するのかな?っと・・・。」
「“や、やめろ・・・ぎゃああああ、やめろ、やめてくれ、あぁ、あああああああああ、あ
が、あぁ?あが・・・ああぁ!?あががががが・・・・”」
「ふんふん、なるほど?ふむふむ?」
彼女の脳髄に電極代わりに『彼ら』を圧縮して構成した『棒』を突き刺し、電極ごしに鑑定スキルを発動する。
知能の高い魔物で何回か試して実験したが、この方法が一番効率良くステータスを知れる。
流石に、某漫画みたいにしても、考えていたこととか、深層心理みたいなものを覗いたりとかはできなかったけど、電極をグリグリ動かしながら鑑定スキルを使っていくと、かなり色々なことはわかる。
今回は特に知能の高い亜人、しかも相当長命のダークエルフなので、他にも何か知れればいいんだけど。
言ってみれば、ゲームのプログラムは開けないけど、セーブデータのソースコードが開けるみたいなイメージかな?
何が入っていたか、どこの数値がどれか、くらいは判別が付く感じだが、知らない表示については何の表示なのか分からないのは変わらない。
ある程度判別の付く領域を調べたことで色々な術式を所持していたことは分かったので、テレパシーみたいな術式やその他便利そうな術式だけいくつか覚えておく。
10分ほどクチュクチュあっあっなやり取りが続いていたところ、唐突にツインテイルさんが動かなくなり、鑑定スキルも遺体の反応しか示さなくなった。
残念ながら術式はいくつかしか拾えなかったが、これはこれで致し方ない。
時間をおかず、膨大な量のEXP粒子が放出され始め、ベルトの蓄積量が今まで見たこともないような速度で圧倒的な量の吸収を示す。
その頃、ビキビキ、と、想定していなかった音が鳴り響く。
ベルトが壊れたのか?と思ってベルトを覗き見ても、どこもどうにもなっていない。
なんだ?
またビキビキ、と何かが割れ壊れるような音が鳴り響く。
頭だ。
私の頭から何かが壊れる音が聞こえる。
痛みを全く伴っていないので自分の頭から聞こえているような気がしていなかったが、音源は頭蓋内でなっているように感じる。
「これは・・・マズイやつかな・・・。」
ひょっとすると、ツインテイルさんの呪いが私に発動したのかもしれない。
まだまだやりたいこともあったのに、4歳にならずに死ぬことになるとは・・・。
・・・。
ビキビキ!!
・・・。
ビキビキビキビキ・・・・!!!
何も起きない。
音だけが続いていて、不気味なことこの上ない。
自分を鑑定してみても、呪いの類は一切見当たらない。
・・・いや、一点おかしい部分があった。
レベル相当部分の数値は、昨晩見た時は「51相当」でしかたなかったが、今見ると、78/110という結果になっている。
78となると、27もレベルが上がったことになるが、どういうことだろう。
そして、/があり、その横に110とある。
ひょっとしてこれは、レベル上限が解放されたのだろうか?
たった、1回の戦闘で・・・?
だが、ビキビキ、という音は止まらない。
少しずつ間隔は長くなっているが、何度もビキビキ、という音が聞こえる。
おかしい。
レベルが上がって私の器に余裕があれば自動で粒子を注入する設定にしているベルトの粒子残量が、すさまじい勢いで減っていく。
ベルトは、『彼ら』から送られてくるEXP粒子を討伐直後から、今もずっと周囲から吸い続けていて蓄積したEXP粒子は増える一方だったはずだが、残量数値は増える量よりも減っていく量の方が随分多いようだ。
レベルアップの反動だろうか、痛みというより、疲労、脱力感のようなもので気が遠くなる。
眠い。
「こちら、カンベリアのベランピーナだ。
フミフェナ、聞こえるか。
そちらの状況はどうだ。」
気が遠くなっていたようで、ベランピーナの定時連絡が入ってようやく目が覚める。
どうやら接敵から1時間経過していたようだ。
すぐさま自分の身体に異変がないか再度探査してみたが、外観上は全く変化がなかった。
やはり問題はレベルの方だ。
「こちら、フミフェナです。
お疲れ様です、ベランピーナ先生。
こちらはまだ少し取り込み中です。
そちらは何か進捗はありましたか?」
「戦闘準備中だったか、邪魔をして悪かった。
こちらの状況は、悪くない。
開戦直後から、ヌアダ殿が騎士隊と共に敵陣に突入し、『青蛇』配下の準守り紙級の魔物
を既に5体も討伐したそうだ。
他の2勢力もかなりヌアダ殿の隊への攻勢を強めているそうだが、おそらくヌアダ殿と
ヒノワ様は守り神級を即殺し、戦貴族の最上位でなければ対処できない魔物を速攻で減
らす方策なのだろう。」
「なるほど。
ヒノワ様はどうされておられるので?」
「『三つ目獅子』に対して超遠距離狙撃を行っておられる。
既に3発ほど放っておられ、『三つ目獅子』を討ち取ってはいないそうだがその周囲は地
面に巨大なクレーターを作るほどの痕跡が観測されている。
長距離弓隊による雑魚の足止め等も続けているらしく、端から軒並み敵影が消え失せる
ほどの飽和攻撃が続いているそうだ。
おそらくあと30分も経てば『三つ目獅子』もその配下も悉く消滅することになると思う
ぞ。」
「流石ヒノワ様、矢のみでそこまで・・・。」
「そちらはどんな塩梅だ。
『ツインテール』は動いていないのか?レギルジアは救えそうか。」
「そうですね、『ツインテール』以下、こちらにいる魔物は動いていません。
敵勢の出撃までに間に合いましたので、レギルジアには一兵たりとも逃しませんとも。
私も今のうちにアレコレ準備を進めておりますので、進捗したらまたご連絡します。」
「分かった。
気を付けて行動しろ。
こちらの戦闘はかなりこちらに優位だ。
ヌアダ殿とヒノワ様は、本日中に守り神級の魔物3体を討伐するつもりだ。
今後の生活圏拡大の戦闘を念頭に、戦線から逃走した魔物の討伐戦も既に討伐隊に指示
しておられる。
逃走した者の討伐まで含めると1日では片はつかんかもしれんが、数日の内には勝利す
ること間違いなしだろう。
あとは、お前のところさえうまく運べば、こちらの損害はほとんどなく全て丸く収まる。
少し時間はかかるとは思うが、守り神が減れば、そちらへの援軍の余裕も出るだろう、
討伐が難しいようなら、時間を稼いでくれればいいと思うぞ。」
「それは朗報です。
気を付けて行動します。
では、後程、いい報告ができるように祈っていてください。」
「武運を祈る。」
嘘はついていない。
ツインテイルさんは動いてないし、以下この森にいる魔物は全く動いていない。
何せ、既に全員死んでいる。
ベルトの粒子残量がほぼ増えていっていないので、おそらくこの森にいる魔物は残滓すらほぼ放出していない。
後始末と言えば、討伐証明部位の収集やレアドロップ、装備品等の回収くらいか。
通信が終わった後、自分を鑑定すると、レベルは101/110になっていた。
ベルトの粒子残量は、ここに来るまでに溜まった分よりも少ない量しか残っていない。
ほぼ全てレベルアップに使われてしまったということだ。
101。
一般的に非常に高い壁・・・というより到達点、ゴールがレベル100。
一般的な戦士であれば誰しもが衝突する1段目の壁であるレベル99、生涯を架けた壁であるとされる100をも超えたレベルである101。
99→100ですら、一般の戦士達には非常に高いハードルであると言われ、100→101に至っては、今までに観測されたヒトの数は数え切れるほどであり、どうすれば到達できるのかは不明で、そこに到るために要する粒子量は尋常ではない量であると聞く。
ただ、明らかに空前絶後の戦績を修めている戦貴族直系の戦歴を誇る者が各時代にいたはうだが、彼らでもレベル100を超えてはいなかったと伝えられており、100を超える為には何か特殊な条件が必要であるのではないかとも言われている。
「レベル101、かぁ・・・。」
レベル上げが趣味であり、レベル上げが人生の意味である私からすると、この状況は非常に悩ましい状況だ。
どうやら、レベル上限を突破して101まで到達した。
それ自体は有難いことだが、これはヒトの社会の中で受け入れられることなのか。
もし、これが問題視されるようであるならば、私は実験動物のように研究対象になるかもしれない。
しかも、これは初陣だ。
初陣で、守り神級の魔物の討伐に立ち会う者はいるだろうけど、見届けました、と報告したところで、レベル51だった者が帰ってきたらレベル101になっていました、など、どう見ても何か不自然なことがあったと思うだろう。
いや、優秀さ、強さを重視する環境から考えると、レベル101の少女の誕生を讃えられるだろうか?
しかし、ひょっとすると101なら讃えられても、102・・・110に到達した時には、迫害や研究の対象にされてしまいはしないだろうか?
私は自分で言うのもなんだが、私のレベリングへのこだわりは狂人並だ。
そして、私の能力は今回のことでも証明できてしまったが、自分よりも圧倒的に上位の、かなり強力な魔物であっても変わりなく優位に狩りができてしまう。
おそらく私のレベルアップ速度はベルトの影響もかなり大きいとは思うが、おそらく肉体の素質が元々レベリングに向いているのだろうと推測はつく。
この肉体の素質、そして私の性格、性向、このベルトの性能からすれば、そう遠くない内にレべル110に到達するのは自分のことながら自明の理だろうと思う。
・・・まぁ、そこで止まればいい。
だけど、120、130、140と上限が上がって行ってしまった場合、私はヒトの中でまともに生きていけるのか。
どうするか。
そう悩みながら、森に倒れ伏した魔物達の討伐証明部位を摘出・切断作業を繰り返している時、ふと思った。
「あれ?私でレベル101なら、ヒノワ様やヌアダ様はもっとレベルが高いのでは?」
ホノカも言っていた。
戦貴族最上位の戦士なら単独でも守り神級の魔物の討伐は可能だと。
そして、ヴァイスも言っていた。
ヒノワ様は5歳で既に守り神級の魔物を討伐していて、それから現在までに既に何度か守り神級の魔物を討伐していると。
私のような特殊な方法ではなく、純粋な戦闘能力で単独で勝利できるヒノワ様やヌアダ殿は、力量・技術がとんでもないとしても、基本性能がレベル100のままでレベル200の守り神を圧倒しているとは考えにくいのではないか?
毎回、今回の私とツインテイルさんのように相性が抜群であるとは考えにくい。
であるなら、ヒノワ様達もレベル表示を欺瞞しているのでは・・・。
「気にしても仕方ないか。
作業終わったら報告だけして、レギルジアにいこ・・・。」
ヒノワ様の持っている『桔梗玉』から、ヒノワ様の状況を確認すると、ヒノワ様は光り輝く気配を讃えながら、矢を放ち終わった美しい残心の姿のまま、立っていた。
数秒後、姿勢を崩された辺りで、報告の連絡を入れる。
「ヒノワ様、よろしいでしょうか。」
「あぁ、お疲れ様、フェーナ。
終わったのかな?」
「はい、討ち漏らし無しで全て討伐完了致しました。
討伐証明部位の回収も間もなく終わりますので、終わり次第、レギルジアに報告に向か
います。」
「おぉ、はやっ!!
え、守り神ももう倒したの?
すげー、初陣だよね・・・?」
「ヒノワ様もお疲れ様です、美しい粒子の輝きでございます。」
「・・・見えてるの!?
やらしいね、フェーナ、ははは。」
「ヒノワ様、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「うん、いいよ。
こっちも少し休憩だからね。」
「あの・・・これは部外秘で・・・。」
「いいよ。」
「・・・レベルが上がったんですけど・・・。」
「うん、うん。」
「昨日は51だったんですね。」
「そうだね、そのくらいだったね。
そんなレベルでどうやって守り神倒したのかすんごい気になってる。」
「先ほど、ツインテールを討伐した直後辺りに、頭からビキビキと何かひび割れるような
音が聞こえまして・・・。」
「ふむふむ、・・・ん?
あー、聞こえちゃったかー、ビキビキ。」
「はい・・・聞こえてしまいました。
まずいでしょうか?」
「そうだね~~、・・・まずいかもな~~。」
「・・・私、カンベリアに戻れますでしょうか・・・?」
「う~~ん・・・。
フェーナ、自分の鑑定もできるんだったよね?いくつになってる?」
「101でした。」
「ん~、101ならなんとかなるかなぁ・・・。
ツインテール、レベルいくつだった?200くらい?」
「はい、お察しの通り、レベル200ちょうどでしたので、上限なのかと思っておりました。」
ヒノワ様は懐をごそごそと漁り始め、数秒後に懐から出した物は、白い矢だった。
・・・いやどう見ても、ヒノワ様の懐に収まるサイズではない。
矢筒ではなく、防具の内ポケットを漁っていたのだ。
全長50㎝近い矢なんてそんなところに入るはずがないのに、それがヒノワ様の手にある。
まるで手品を見ていたような気分だ。
「これ、見える?」
「はい、見えます、白い矢ですね。」
「ちょっと、そこでじっとしててね。」
「?
はい、じっとします。」
ドスッ。
胸の辺りに、急に長い物が突き刺さった。
「うっ!!??」
「とりあえずこれで帰っては来れるんじゃないかな?
『鑑定』されても実レベルの半分くらいの数値しか表示されないから、昨日51で今1
01なら、大体表示は51のままになると思うよ。」
「そ、そうなのですか、ありがとうございます・・・?
・・・すみません、ヒノワ様、私、今、何をされたんでしょうか・・・。」
「ん?さっき見せた白い矢を飛ばしてフェーナに刺したんだけど?」
遠隔とは言え、全く矢を飛ばした気配は分からなかった。
流石はヒノワ様。
しかし、突き刺さった物はその残滓も残していないし、私の胸に風穴が明いているわけではない。
刺さったのは白い矢だったようだけど、刺さった瞬間ですら白い矢は見えなかった。
ひょっとすると、傷痕を残さずに私を貫通して遥か彼方まで飛んで行ったのかもしれないけど。
「これは欺瞞の矢と言ってね、刺さった対象はレベル表示がバグる。
レベルを欺瞞することしかできない限定機能付きの矢なんだけど、結構便利なんだ。」
「レベル表示がバグる・・・?」
「分かってるかもしれないけど、この世界は『ゲーム』の中みたいなものだよ。
根本のシステムみたいなものが物理法則の外にあって、EXP粒子が様々なことに干渉し
て事象を変化させてしまう。
基本的に全ての事象はそういう介在を許した上でのレスポンスになる。
ただ、結構ガバガバなシステムで、色々なデータ鑑定なんかは改竄が簡単で、レスポン
スが出る前に割り込んで誤魔化したり、バグ利用で変な出力を出すことも可能なんだ。
これはその一つ。」
「な、なるほど・・・。」
それは初耳だった。
『鑑定』スキルの意味とは一体何なのか、という話になってしまいそうだが、まぁ目利きを鍛えろ、という話で済みそうだし、『鑑定』スキルも極まればその辺りも見通せるのかもしれないし、両方鍛えろ、という話で終わることか。
・・・そして、レベル表示がバグるの前、重要な言葉を素通りしてしまった気がする。
『レベルが半分くらいの数値しか表示されない』
・・・つまり、普通に鑑定でレベル100であるヒノワ様は・・・。
「ヒノワ様、こんなことを聞くのは宜しくないとは思うのですが、今、レベルいくつなの
か聞いても良いですか・・・?」
「秘密だよ?」
「はい、絶対に誰にも、漏らしません。」
「320。」
「さんびゃくにじゅう。」
「ははははは、変な顔!!!あはははははは。」
「ヒノワ様からも見えているのですか・・・?」
「当たり前だよ、フェーナの可愛いお顔からヒップラインまでちゃーんと見えてるよ。
・・・私を誰だと思ってんの?」
ゾクリ、と背筋が凍る。
いや、凍るというより、背中から、肋骨の隙間にたくさんの氷柱を突き刺されたような感じだ。
ヒノワ様の方を見ていた私の視線と、見返すヒノワ様の視線が交差した。
私の方がヒノワ様を一方的に覗き見ていたと思っていたが、ヒノワ様の瞳は確実にこちらを、私の眼球をターゲッティングしている。
眼球から頭蓋までを細い針を突き刺されたような幻痛を感じる。
眼球が、視線が、ヒノワ様から目を離すことを許さない。
体も動かすことができない。
蛇に睨まれた蛙状態だ。
ヒノワ様が私を殺そうと思ったら、おそらく気が付かないうちに私は死ぬ。
目玉から長い矢を突き出して物言わぬ屍となる。
それが痛感できた瞬間、ダラダラと良くない汗が流れる。
「ふふふ、冗談だよ、冗談。
可愛いフェーナを殺すわけないじゃない。
こっちも、あと2,3時間もあれば片付くから、レギルジアに行っといで。
カンベリアに戻ってきたら、詳しい話をしてあげるから、連絡頂戴。」
「は、分かりました。
失礼致します。」
恐ろしいお方だ。
ヒノワ様が視線を外してくれた後、ふぅ、と、ようやく落ち着いて目線を下げる。
目の前の地面に、自分の背後の樹に、自分の左右のあちこちに、灰色に染められた矢が突き刺さっている。
今まで刺さっていなかったはずなのに、正確に私から50cm離れた部分に、矢が綺麗に突き刺さっている。
カンベリアの鐘楼からここまで、私が気が付かない速度で矢を放ったとすれば、マッハ2や3は間違いなく超えていただろう。
実際はもっと速い、おそらく考えたくないとんでもない速度だったはずだ。
そんなとんでもない速度で矢が飛んでくれば、矢がこんなに綺麗な形で残るはずがない。
矢は衝撃で砕け散り、その衝撃は地面にクレーターを作り、ソニックウェーブは木々を薙ぎ倒し、副産物の衝撃波で、四方を囲まれた私は押しつぶされて死んだはずだ。
それらが、ない。
音も、衝撃波もないし、矢が突き刺さった部分にはクレーターや破砕跡すらない。
まるで鋭利な矢先を手で押し込んで刺したような刺さり具合だ。
物理現象を完全に超越した矢の挙動を制御を行い、副産物であるソニックブームや衝撃波を起こさずに矢を放つ技術を有している。
狙撃銃どころの暗殺能力ではない。
ヒノワ様に狙われたら、死んだ後に『どこからか分からないがヒノワ様に射抜かれた』という結果が分かる、という恐ろしい結末になるということだ。
まさに、弓矢の申し子の呼び名はヒノワ様の為にある言葉だ。
はぁ。
ちょっとこりゃヤバイくらいレベル上がったぞ、と思ったら、すぐ天狗の鼻をへし折られてしまった。
大人しく、討伐証明部位でも集めてさっさとレギルジアに行こう・・・。
そうして、私は数千体の魔物から目ぼしい討伐証明部位をサクサクと解体して取得した後、レギルジアに歩いて向かい始めた。
後始末については、死体からアンデッドなどが発生しても嫌なので、『彼ら』に命じて遺体を餌場にし、毛や骨すら残らないよう食い尽くしてもらった。
残滓は森の栄養になってもらえばいい。
さて、レギルジアに着いた後、どうしようかな。
とりあえずレギルジアの首脳陣には余計な詮索をされないように、くさびを打っておこう。
私の初陣は、守り神討伐という勲と、レベル101という報酬を得たが、調子に乗って伸びた鼻を叩き潰された苦い思い出もセットでついてくることになった。
だが、ヒノワ様というとんでもない目標が出来たのは大きい。
きっと、私はヒノワ様に追い付くことはないのだろうけれど、近づいていくことはできるはずだ。
ヒノワ様は6歳でレベル320。
・・・どう見ても追いつけなさそうであるが、きっと、もっと私もレベルを上げて見せる。
この初陣を糧に、もっともっと、レベリングを続けてみせる。
よりレベリングへの熱意が燃え上がった。
凹んでなんていない!
・・・凹んでいないけど、歓待が終わったらとりあえずナインに会いに行こう・・・。
そう思いながら、トボトボと街の中に入っていった。




