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灰色の御用聞き  作者: 秋
18/45

14話 3歳児の生徒

ベランピーナ・デリー、男性、33歳。

灰色の戦貴族、アキナギ家が統治する北方開拓領に生息する魔獣、モンスターの類の生態学を専門として研究している、自他共に認めるモンスター研究の第一人者である。

研究と実際の経験、両方に基づいた理論により、目的とするモンスターの狩猟に最適な武装、最適なパーティ構成を考案することに定評があり、レベリング研究を行う部署の研究者と共に様々な研究を行っている。

元々前世ではアーチェリーで国の代表になるレベルの技術を有していたこともあり、こちらの世界でもそれを活かし、討伐任務に参加する際には遠距離戦闘支援を担っている。

主に取得しているスキルも、弓を用いる遠距離戦闘支援に使えるもの、ソロで弓でレベリングが可能なスキル構成を自分で検証・最適化し、取得している。

研究に疲れたり、鬱憤が溜まった際には、研究所から離れ、自分の為のレベリングに勤しむこともあり、ソロで弓を持って前線に近い狩場に立っている。

元々、自らも様々な現場に立たなければ気が済まない部分もあり、研究分野も前世の経験がある程度応用すれば活かせるし、レベリングは研究の一助にもなるので、やはり前線に立てる戦貴族領の研究者になってよかった、と思っている。

レベリングはそう困ることもなく続けているが、研究者達の中では高い方とは言っても、元々レベリングが可能になったのが18歳頃、現在33歳で15年ほどはレベリングと研究を重ね、つい先日、ようやく78にまで到達したところだ。

出生直後から神童扱いされて飛び級で大学に進学し、在学中には王都での研究機関への所属を内定してもらっており、最高の研究環境を約束されていたが、安全のため、戦場に立つことはできないと聞いたときは、随分やる気が削がれたのを覚えている。

安全であるとは言っても、前線への配属を禁止される、つまり生きた情報の入ってこない王都での研究は、ベランピーナにとっては退屈極まりなく感じるものだったからだ。

その話を聞いてからというもの、まだ研究機関に在籍すらしていないにも関わらず、王都の研究機関よりも研究への規制や縛りの緩い、最前線での研究とレベリングを渇望するようになり、いずれかの戦貴族領への転属を考え始めていた。

大学卒業後は、しばらく研究所に勤めながらも、貴族主催の夜会によく出席していた。

希望が叶い、数か月の内には、夜会で出会った灰色の戦貴族当主アキナギ・テンダイに見込まれて灰色領に転属することになった。

その時に、王都の貴族や研究機関から引き留めや妨害などの悶着があったが、その際にはテンダイの庇護によりなんとか転属が適うことになったので、テンダイには多大な恩義を感じている。

その後は、テンダイに頼み込んで長男の教育係を任せてもらうようになったり、様々な施策を提議する様々な会議を主導する会議所の委員の一人に登用されるようにもなった。

ヒノワが生まれたのは、職場、家庭、研究も随分と足元が固まり、安定してきた頃だ。


彼女の出生はベランピーナに深く関わってくることだったので、少し彼女の話を挟むとしよう。


ヒノワの出生については、ベランピーナは良く知っている。

丁度、自分の長男が生まれた1週間後のことだった。

彼女の出生に際しては、色々な逸話が生まれるほどの特異な出来事が多く起きた。

詳しくはあまりにも多く、そして長くなるので割愛するが、ヒノワの母親がヒノワを産み落とした瞬間に、空に半円ではない、真円の虹が発生したのを建物の外にいたほぼ全領民が確認したのは、最早伝説になっている。

また、もう一つ伝説になっているのは、彼女が生まれた瞬間、都市内にいた人間の内側が、震動するような、身体が大きく鼓動するような大きな衝撃に見舞われた。

おそらく、この世界の全ての有機物、無機物に存在する粒子が、新しく誕生した太陽の如く強い波動の圧力により、物理的に衝撃を受けたのだろうと言われていて、粒子を多くふくんでいる人体も例に漏れず、激しい震動が起きたのだと言われている。

彼女は出生の時点で他を圧倒する、戦貴族としても前例のないほどの、桁違いのとんでもない粒子包括量を誇っており、また、彼女の才能自体も他者の追随を許さぬ高レベルであった。

生後0歳0日にしてレべル85という前例にない数値を叩き出したのだ。

王都から調査員が派遣され、調査員が驚愕のあまり卒倒し、目が覚めると祈りのポーズをとってしまった為、現人神なのでは?という噂まで立ってしまった、という逸話もある。


そして彼女の出生の曰くはまだまだある。

彼女の母親は、所謂分家にあたる外戚の当時の筆頭戦士で、本家当主のテンダイを除けば本家に連なる者達よりも圧倒的に強い、当主以外の本家の者からすると煙たい存在であると言われていた。

母親は、当主であるテンダイからすると2歳年上の叔母にあたる近縁であったこと、そしてテンダイとの間には婚姻関係はなかったにも関わらず、幼い頃からの仲睦まじい恋仲であったことも問題となった。

正妻は王都の大貴族の長女で、テンダイは政略結婚で結婚することになったのだが、実際には正妻がテンダイに惚れ込んで父親に頼み込み、政略結婚を成立させたことは周知の事実だった。

当主テンダイは、正妻との間にヒノワよりも4歳年上の長男と2歳年下の次男を設けており、出生の段階で既に長男を嫡子として認可しており、王都からも承諾を得ている。

長男次男共に戦貴族直系として過不足ない戦闘適性を所有していることも生後すぐには判明していて、生後すぐから英才教育は開始されている。

婚姻外の庶子扱いとなるヒノワは、本来末席が与えられるどころか、一切の社会的地位も得られず、戦貴族としての庇護が受けられない、ただの分家の女子の一人となるはずだった。

母親の妊娠が分かった際にも、既に嫡子として優秀な長男を出産していた正妻はさほど気にしておらず、血族を騒がせるようなことさえしないのであれば、母親もお腹の中の子供も、正妻側から身を害するようなことはしない、とわざわざ外妾である母親に正式な親書を送るほど、当初は本家側が分家側と波風を立てないように逆に気を使っていたような気配すらあったのだ。

が、本来隠蔽されるはずだった彼女の出生はあまりにインパクトが強すぎ、出生の直後から衆目を集めることになり、そして出生後、“来訪者”であることも確定し、実際にヒノワは戦貴族としての戦闘能力、統治能力についても乳児の段階から既に頭角を現して成長していった為、能力至上主義を何よりも優先する、という建前が存在する戦貴族としては重用せざるを得ず、若干5歳という前例のない若年にして前線近くの一都市を任せられるまでになった。

勿論、その着任にあたって各所と一どころではないくらいの悶着はあったが、特にヒノワと正妻の間に大きな溝が生じた。

その原因の一つはヒノワの母親の死だ。

母親はヒノワを産み落とした後、自らの死を即座に直感したらしく、「皆さん、この子のことをどうかよろしく頼みます、私のこれまでの命は全てこの子の為にあったのです」と言い残して、産後すぐに息を引き取ってしまったのだ。

母親を当代最強の戦士であると定めていた分家からは、「正妻がヒノワごと煙たがっていた母親を殺そうと企てたせいで母親は死んだのだ」という疑念も生み、正妻と分家の間にも軋轢が生じた。

どちらも彼女の出生の“曰く”となってしまうものだったが、彼女の異常さはその”曰く”をも一蹴するほどのものだった。

彼女は幼いながらも長男次男とも非常に仲睦まじい兄妹関係を構築することに成功し、長男を嫡男であると殊更に立場を明確にしながらも、灰色戦貴族を盛り立てる手伝いもしている。

そして、若干5歳にして灰色の戦貴族の当代最強の称号『弓』の名まで手に入れるほどの技量も示し、最前線では自ら先頭を走りモンスターを討伐し、旗下の騎士、戦士達の崇拝も集めている。

又、軋轢が生じた母親の生家や現在の分家筆頭に対しても様々な方策を示して柔らかな着地を成功させ、正妻に対しては守り神レベルのモンスターを討伐した際に採取した素材から生成した、非常に貴重で高額な宝玉、『緋色の万華鏡』と呼ばれる美しい宝石を献上し、正妻との関係も改善している。

元々前線都市として設営されてきたカンベリアも、ヒノワが着任して以降、サウヴァリー氏を都市開発顧問として迎えて様々な建築物が新たに築かれ、周囲のモンスター発生率も非常に低くなるまでに討伐も進み、豪華さはなくとも非常に栄えた前線都市となった。


ベランピーナが知る限り前例のない出生を経た、将来、自分の知る限り最も優秀となるであろう彼女を見たとき、ベランピーナの脳内には稲妻が走った。

出生時には既に灰色の戦貴族旗下の研究機関に在籍していたこと、自分が研究者であることも天祐だと思い、生後1歳のヒノワに自分を売り込み、わざわざ灰色貴族領首都のテンダイお膝元の研究所室長という好待遇を蹴って、より最前線に近いカンベリアに移住してきた。

そうして彼は研究者として日々自分の望んだクオリティの仕事を行えるようになり、今日このベランピーナが構成されている。


そのヒノワからの依頼で、昨年から、研究の傍ら、アキナギ高等能力開発学校幼年部で座学を教えることになった。

戦貴族領での教職というのは、“様々な理由”で離職があるので、教師というのはいつも不足気味だ。

前任の教師も教職と討伐隊の掛け持ちだったそうだが、本職の討伐隊の職務中、顎と喉、足に障害が残るほどの重傷を負ったらしい。

命には別条がないほど回復はできたが、教職としては満足に働けないと本人から辞職の届け出があったそうだ。

ヴァイスからそういう事情の引き継ぎ説明を受け、自分にも起こり得ることである、肝に銘じなければ、と思ったのも2年前のことだ。

前年度の新入生7人の担任は今日までが任期であり、今年度、つまり今日からは新入生10人の担任となる、と上司にあたるヴァイスから告げられていた。

研究者としての来歴は、王都の学校での在学中も含めるともう15年ほどになるが、教師としては今年が2年目となる新米教師だ。

前年度のカリキュラムで改善点を見出し、それを自分なりに改善し、今年度はそれを活かした授業を行い、生徒達への教育の充実と共に自分の研究時間も安全も十分に確保する、というスマートで合理的な授業カリキュラムを構成し、実行する予定としていた。

一旦完成させた授業カリキュラムの改造に現在も躍起になっており、実のところは昨晩もほぼ徹夜で、今現在も寝不足で眠いところをおしてイベントに参加するところだ。

前年度担当した7名を今年度の新しい担任となる同僚に紹介すると同時に、引き継ぎを行う作業も歓迎会の最中に行う予定としており、それを終えれば次は今年度の生徒達の引率もしなければならない。

今日行われる今年度新入生の歓迎会は、前年度の終業式でもあり今年度の始業式も兼ねている。

昨年度担当した優秀だった7名の生徒達との別れを感慨深く感じながらも、これから担当する生徒達と顔を合わせるのを楽しみに思い、新入生歓迎会に向かっていた。

ふと、自分はあくまで研究者であると信じていたが、そんな感慨を感じるなど、少し教師への適正もあったのかもしれない、とほんの少し思って頬を緩ませて苦笑していたところ、珍しい顔だったのか生徒達に怪訝な顔で見られたので顔を引き締める。

会場の入り口が見えたあたりで、当の会場にざわめきが広がっていることに気付いた。

会場にいるであろう子供達や大人達、そして自分もそうであるし、引率している7名もそうだが、この学校に所属する、あるいは所属する予定の者達は全員前世の大半の記憶がある”来訪者”であるので、肉体年齢相応のイタズラや元気なおしゃべり程度のことは存在するにしても、会場全体にざわめきのようなものが起きることは普段あまりない。

肉体に依存してしまう精神状態とは別に、中身である魂の精神年齢は若い者でも20歳以上、守るべき規律を守る程度の自意識はあるからだ。

(ヒノワ領の長老格に該当する者だと、最も老いた者で120歳という者もいる。)


「珍しいですね。何の騒ぎでしょう、デリー先生。」

「分からんな、誰か会場で倒れたのかもしれん。

 ここには会を主催する班も医療班もいるだろうし、何かあったなら彼らへ連絡もはいっているだろう。

 我々はどちらでもないのだから、気にせず予定通り向かえばいい。

 参加者全体周知が必要な出来事やトラブルなら全体放送でもあるだろうしな。

 俺の役目は君たちの引率だ。

何、君たちのことなら信用している、無事席についてくれよ。

 1年目に君たちのような問題児のいない学年を受け持てて俺は幸運だった。

 今年度の新入生もヒューリィ、君たちのように優秀であってくれたらいいんだが・・・。」

「はは、そうですね。

 でも、”来訪者”なら、みんな中身は大人なんじゃないでしょうか?

 外見や年齢はまばらでしょうけど・・・。」

「確かに、そうだな。

 さて、ヒューリィ、会場が近い、皆の服装を正させておけ。」

「分かりました、デリー先生。」


前年度、7名の”1年生”を統率していたヒューリィと呼ばれた男の子は、前世を20歳で終え、こちらの世界で11歳になるので、中身の純粋な合計年齢は31歳になる。

前世では自分と同じ研究職につくべく、大学の研究室に所属していたそうだ。

専攻の分野こそ違えど、教えれば共有できる知識も多く、こちらの知識の飲み込みも早かった。

前世で35歳まで生きて、今世で33年生きているベランピーナが合計年齢68歳になることを考えると、ヒューリィとは年齢が非常に離れているが、何故か気が合い、彼は未だ在学中ではあるが既に研究の手伝いをしてもらっている。

彼は前年度担当した7名のリーダー的存在として、まとめ役としても優秀な能力を発揮しており、ベランピーナから見ても飛びぬけたとは表現できないながらも、高く評価していた。

実際、能力的には研究でも頼りになる助手のような存在であるが、どちらかというとゼミを持つ教授職に向いているように感じた。

ベランピーナは、若い身体が如何に重要であるのかを2度目の人生で体感し、知識や研究意欲を維持できている今現在が自分の研究者としてのピークであることを理解してもいた。

これから老いて衰えていく自分の人生は、彼ら若く優秀な研究者への引継ぎや道行きを開拓する作業であるとも考えている。

そして自分の跡を継いで行く研究者達の筆頭にヒューリィを推すべく、様々な有力者との会合にヒューリィを同行させている。

今日も同僚への引き継ぎを済ませた後は、若く優秀な戦貴族の面々、そしてこの都市のトップのヒノワを始めとしたこの領地の有力者への挨拶にヒューリィを同行させる予定としていた。


「デリー先生、こちらにいらっしゃいましたか。

 少し会場入りは待っていただけますか?

後ほど、係の者が連絡しにきますので。」


生徒達に会場での立ち振る舞いについて説明していたところ、背後から同僚に声を掛けられた。


「了解しました、ドレヴァー先生。

 しかし、これは何の騒ぎなのです?」

「あぁ・・・なんと表現したものか・・・。

 なんでも12歳の3年生、レブランが3歳の新入生に因縁をつけたのが事の発端だそうで。新入生がレブランに反論したところ、騒ぎに発展したとか・・・。」

「3歳の新入生ですか、一人いましたね、確かフミフェナ・ペペントリアですね。

 ヒノワ様が一筆書いていた女子です。

 まずいですね、そのレブランですか、その生徒はおそらくその女子がヒノワ様の関係者だと知らないでしょう。

 今日の歓迎会にはヒノワ様も参加されるとのことですから、もしヒノワ様が懇意にしている女子を入学初日から苛めて虐げているなどの噂が立ってしまってはまずい。

・・・ヒノワ様が来られるまでそう時間もない、非常に宜しくない。

 早急に対処しましょう、私も同行します。」

「あ、いえ、・・・新入生は物理的な被害を受けていませんし怪我もしておりません。

より言うならばレブランは彼女に触れることすらできていませんでしたが・・・。

 事実関係だけを言えば口論の末、レブランが水をかけようとして新入生に避けられて床に水を撒いた、同級生3人で囲んで殴りかかろうとして全員空振りした後、今の騒ぎになっておりまして・・・。

 騒動になっている問題は、トラブルよりもレブランがその後突然倒れた為、その関連でバタバタしていた次第でして・・・。」

「突然、倒れた・・・?

 医療班はなんと?」

「レブランは・・・今、心臓が止まっているそうです。

 おそらく、このまま絶命するのではないかというのが医療班の見解です。

 歓迎会の直前にこのようなことが起こるとは、本当に困ったものです。」

「・・・ふむ・・・。」

「今、治療が行われていますが、生きている人間であれば少なからず発している粒子放出がほぼないとのことなので、倒れた時点で絶命領域に達していたのかもしれません。

 その3年生は私も含めた30人以上はいる衆人環視の元で倒れましたが、食事にも手をつけていませんでしたから毒や食中毒、アレルギー等も考えられませんし、急に倒れるような類の持病もなかったとのことですから、突発的な心臓麻痺か脳出血などによるものの可能性が高いのではないか、とのお話しでした。」

「新入生の歓迎会で、初対面の3歳児を相手に因縁をつけてイジメを起こし、騒ぎを起こすだけ起こして自らは心臓麻痺か何かで12歳で命の危機ですか、教育リソースの損害を鑑みるに、愚かだという感想以上に怒りが込み上げてきますね。

 来訪者支援機構を反故にして本校に在学するだけの気概があるのであれば、他者への不和や下位の者へのイジメ等が如何に無駄、いっそ言うなら害悪である、ということが理解できているものだと思っていましたが・・・。

 そんな愚か者がうちの学校に在籍していたとは、ついぞ聞いておりませんが・・・今年の3年生の担当はトレーシア先生でしたね、彼女はどうしているんですか?」

「私は会場外にいた関係者の方へ連絡をするよう言いつかっていてこうして走り回っている為、詳しくは分かりませんが、おそらくレブランの傍についているのではないでしょうか。」

「なるほど。

 ヒューリィ、この場は任せる、連絡があるまで待機していてくれ。

 指示を仰ぐ必要がありそうなことがあれば誰かを使って呼ぶように。

 緊急性が高い場合は君の裁量で皆を指揮してくれて構わない。

 みんなも、ヒューリィの指示に従ってくれ。」

「分かりました。

 先生はどうされるんですか?」

「医療班以外の現場検証人が必要だろう、私が見てくるとしよう。

 突然倒れたということだから、おそらく突発的な心停止で間違いないだろうし、伝染する病気ではないのは間違いないだろうがね。

 心停止直後に粒子放出が皆無というのは寿命を迎えた老人の死に方だ。

 普通は、心停止の後、生命が完全に断たれた後に粒子は一気に放出量が増加し、半日程度は残滓が残るものだ。

 レアな死因には時に危険な兆候もある場合がある、その為、私が確認してくる。」

「分かりました、お気を付けて。」

「ドレヴァー先生、足を止めてすいませんでした、私も現地に行ってみます。」

「そうですか、分かりました。

 おそらく、現地にはトオル殿がいらっしゃると思いますので、詳細は彼に聞いてみてください。」

「了解です。それでは。」


騒動の中心に近付くにつれて、人口密度は高くなる。

会場には既に250人前後いたようだが、問題の中心地には皆近付かないようにしている所為か、遠巻きの輪を抜けると中心地にはすぐ到達できた。

横たわり苦しんでいる様子もなく最早死化粧を施された遺体のようにすら見える少女・・・おそらくレブランと、少女の胸に手を当て目を閉じているトオル、彼の傍で少女を心配そうに見つめる女性トレーシアがいた。


「お疲れ様です、トオル殿、トレーシア先生。

 この子の具合はどうですか。」

「デリー先生・・・。」

「ベランピーナか。

 宜しくはないな、この娘の余命は幾ばくも無い。

 今、術式で無理矢理心臓を動かして呼吸させ、延命しているが、術式の手応えからすると再鼓動するような気配がない。

 粒子放出もあまりにか弱く、ほぼ絶命領域の放出量だ。

 まだ12歳とのことだが、これでは寿命だったと見た方が無難かもしれんほどにな。」

「なるほど、お邪魔でなければ私も診させていただいてよろしいでしょうか。」

「術式の邪魔さえしなければ、構わん。

 貴様が現場検証をするというのなら、俺から現状だけ説明しておこう。

 俺は騒動の時にはここにはいなかったが、連絡を受けるまでの時間、受けてから到着するまでの時間を含めて10分程度でこちらに到着した。

 到着した後、すぐさま術式で外傷などを調査したが、身体の外側にはダメージと呼べるほどのものはなかった。

 内臓の方のダメージは、心臓だけが妙に弱っていることを除けば、特にない。

 他の内臓は若い身体特有の元気さを保ったままだ。

 俺が到着した時にはまだわずかながら心臓が動いていたが、到着から2~3分すると鼓動が止まった。

 そして貴様も診て分かる通り、粒子放出量があまりに微弱だ。

 最早、老衰で死にゆく老人と同様の死に体と言って問題ない程度。

 現状、分かっているのはこれくらいだ。」

「・・・そうですか・・・。

 トレーシア先生、ここは私が引き継ぎますので、3年生と、2年生の引率をお願いします。

 2年生はヒューリィに統率させていますので、彼に指示を伝えてもらえれば円滑に引率できると思います。」

「分かりました、レブランをお願いします、デリー先生、トオル様。」


トレーシアが小走りにその場を離れるのを確認した後、ベランピーナは周辺の粒子の微細な動きへの感知能力を引き上げ、術式で調査を開始した。

トオルも慣れたものなのか、術式に集中し始めた。


「・・・全然いないな。

 放出がないなら内側に粒子を溜め込んでいるのではないかという想定もしていましたが、体内に内在する粒子もほとんど見当たりません。

 ここに来るまでにほぼ全ての粒子を失っていたとみる方が自然ですね。

これほど体調を崩していたのなら、出歩くことすら難しいだろうに、新入生に食って掛かって生命力の浪費も甚だしいですな。

場合によっては最悪宿舎で誰にも看取られずに老衰で死亡していたかもしれませんね。

 ・・・診る限り、やはり寿命の可能性が高い・・・しかしこんな若い肉体年齢でそんなことがありうるのか?」

「俺もそう思うがな。

 何にしろ、そこのお嬢さんに話を聞いてみる方が早いかもしれん。

 フミフェナ嬢、状況を説明してくれ。

 何度聞かれたか分からんが。」


ベランピーナが振り向くと、背後に3歳から4歳の女児が立っていた。

見目麗しく、白い髪はよく手入れされていて、おそらく昼間、陽射しがあれば美しく輝くだろうと思われるほどの艶がある。

服装は前世で良く見たアスリートの来ていたアンダーウェアのような物の上からこちらの世界でよくある生地を用いて縫製された比較的上等な服を着ているようだ。

様々なヒト、生物、魔獣を見てきたベランピーナから見ても、その立ち姿は超然としていて、今まで見たことのない不気味な気配を感じた。

ベランピーナが尊敬するヒノワの纏う気配は、まるで秋空の空気のような色彩豊かであるような、しかし綺麗に透き通った気配だが、この幼女の周囲はまるで真空のような息苦しさを持ちながら、距離感を測りかねるような・・・境界線の曖昧な、そしてゆらめくような気配だ。

長いベランピーナの人生で初めて出会うタイプである。

事実、彼女の周囲のEXP粒子濃度は異常なほどの空白の気配を湛えている。


「君が、フミフェナ・ペペントリアか。」

「はい、初めまして、ベランピーナ・デリー先生。

 今日からお世話になります。

 新入生のフミフェナ・ペペントリアと申します。」


眼前の少女はペコリと頭だけを下げる。

生前の経験上、この手の挨拶をする子供は日本出身者が多かった気がする。

・・・態度もお利口な小学生と言ったものであるが、何故か不気味な印象を感じる。

何だろうか。

・・・それに私の名を既に知っている?

ヴァイスからは何も聞いていないが、既に送迎の移動中に情報が周知されているのだろうか。

空気感と相まって気味が悪いが、まぁいい。


「君がこのレブランと口論に到ったと聞いているが、何があったのか君から語ってくれないか。」

「分かりました。

 まず、あちらにいる他の新入生と共にヴァイスさんの引率でこちらの会場に入場したのが30分ほど前です。

私達は大人しく座席に座っていて、名前と年齢程度の簡単な自己紹介をしていました。

 自己紹介が終わった後は、騒がない程度の談笑をヴァイスさんから許可されていましたので、皆で小声で話をしていました。

いくらか時間が経った後、レブランさんを始めとした3年生が通りかかられました。

 何故か私を見咎めたレブランさんを含めた3人ほどの女性の先輩方が足を止められ、私に詰め寄られました。

『もっとまともな恰好で出席できないのか』『戦貴族でもない一般市民の3歳児を入学させるとは、この学校はいつから保育園になったのか』『ここにいるのは皆来訪者であり、早熟なのは皆一緒なのだからお前が幼くとも特別扱いされることはない』と言ったような言葉を、こちらが何も言わないうちに急にまくしたてられまして・・・。」

「・・・それは難儀だったな。

 まぁたまにはいる・・・。

それで?」

「”サッと調べたところ”、彼女のレベルは概ね50というところでしたので、『12歳にもなってたかだかレベル50で早熟と言えるのですか?3年間、何を学んでこられたのですか?一緒にしないでもらえますか』と素直にお話ししたところ、激怒されまして・・・。」

「煽り過ぎだろ・・・。」

「・・・色々突っ込みたいところばかりだが、『たかだかレベル50』というのは言い過ぎではないか。

 戦貴族は例外とし、彼らには及ばずとも、12歳でレベル50というのは十分将来有望だ。

 そのくらいのグレードの生徒であれば、前線で20歳まで生き残れば将来的にレベル100に到達していてもおかしくない。」


年を重ねると言うのは、大事なことだ。

レベリングを開始した時期によって生徒達の在学中のレベルはある程度決まってくる。

だが、入学した年齢というのもそこに覆しがたい要素を加えてくる。

どれだけ大物を数多く倒したとしても、一定期間内にEXP粒子を吸収できる上限、成長できる上限が存在するのだ。

現状12歳であれば入学時は9歳、となると高くても入学時のレベルは9から11といったところだろう。

そこから3年でレベル50に到達するほどの生徒だったなら、この学校に在学している武官候補としては十分将来有望で、最上位とは言えないが、上位グループの中から上の層に準じる程度には優秀な生徒であると言えるだろう。

少なくとも怠惰に学生生活を過ごしたとは言えないレベル帯だ。

他の要素も検討するならば、体躯の大きさは性別に応じた程度の大きさにはなるので、同レベル帯の男子に比べれば筋力等の問題で出力自体は弱いかもしれない。

女子は男子よりも早く成長するが、成長期に差し掛かった男子ほど急激に成長することはないので、同年代の男子が比較して強いとも言える。

そして、レベリングの際の危険回避の意味でも女子は男子よりも比較的危険度の低い所を主にあてがわれているので、男子のトップクラスの生徒に比べて少しレベルが低いのだとしても、それは年齢・性別に依存する部分が主な原因であるので、レブランの大きな怠慢とは言えない。

それに、レベルアップが始まると身体に大きな負荷がかかる上、短期間に複数回レベルが上がることはないので、クールタイムを取って、とやっていると、あまりパワーレベリングも頻繁に行うことはできない。

どれほどの粒子を注いだとしても一回のレベルアップでは1以上のレベルが一度で上がることはない為、過剰なパワーレベリングは得られる粒子の大半を無駄にしてしまうことになる。

在学中の生徒に関しては、そういう無駄を省くためにも、レベルアップの負荷時に生徒の安全を確保する為にも、原則一人ではなく多人数で協働してモンスターを狩猟し、一人当たりが得られる粒子を減らしたとしても、リスクを避けて安全にレベルを上げるソフトなパワーレベリングが推奨されているくらいだ。

(勿論、一部のレベリング廃人、戦貴族等、超ハードなレベリングを続けている者もいる)

この幼女がどれほど優秀なのかは知らないが、このレブランのレベルが『たかだか』と言われるということは、この学校が批判されているということでもある。

ベランピーナとしては、レブランはこの際どうでもいいので彼女を擁護するわけではないのだが、『たかだか50』ではないということは主張しておかなければならない。


「そんなものなのですか・・・。」

「そんなものだ。

 君はまだ幼いからこれから座学を学ぶことになると思うが、彼女はたかだか、とは言えん程度に実技・・・特にレベリングについては優秀で、相応の努力もしていると容易に想像できるレベル帯のところにはいるよ。

・・・まぁ君にたかだか、と言われたことでこの子が激昂したのは理解できる。

この子が激怒し、それで?」

「殴りかかってこられました。」

「レベル50の12歳を含む3年生3人が、新入生の3歳児に殴りかかっただと?」

「えぇ、3人がかりで。」

「馬鹿な。

・・・それで周囲の者は誰も助けに入らなかったのか?

 一体この学校の生徒は何処まで質が悪化してしまったというんだ。

 これはトレーシア先生もご存知の話なのですか?

 レベル50の生徒が3歳児の新入生に殴りかかるなど、いじめなどという範疇におさまらない、即逮捕もありうる暴挙だ。

 しかも対象がヒノワ様の一筆入りの曰く付きの生徒。

 管理者の問題が問われてもおかしくない。」

「待て待て、ベランピーナ。

 この子が故意に言葉にしていない情報を教えてやる。

 そのお嬢さんは、今日、昼の時点でレベル51だ。」

「51・・・?

 この子は3歳・・・少なくとも4歳にはなっていないのですよね?」

「3歳半だったか?

まぁそんな細かいことはどうでもいいが・・・。

今日の昼間、そのお嬢さんには知らされていなかった突発的な能力査定が送迎中に行われることになった。

ヌアダ殿が馬車に迫った際にどれくらいで察知し、どう対応するのか、そしてどう感じるのか、という内容で実施された。

されたんだが、レーウィン第四隊長とスイフリー以下、馬車の護衛のレベル80台の騎士8人を完全に置き去りにし残像を残すほどの圧倒的な速度で疾走、黒色戦貴族のヌアダ殿に襲い掛かって目前まで肉薄し、轟音を鳴らして撃墜されたのに、気絶するだけで済むような剛の者だよ。

 その上、一般市民の3歳児なくせに特殊なユニーク武具持ち、んで、ヴァイス達が探していたヒノワ様より年下の侍女候補、更にヒノワ様が直のスカウトで推挙されたヒノワ様お気に入り、と、まぁ盛り沢山のお嬢さんだ。

 ・・・つまりはその子はいい意味でも悪い意味でもバケモンだ。

 実際、レベル50の生徒3人に襲い掛かられて、触れられることすらなく全て回避したそうだし、反撃もしていないから、煽られたと思って余計この生徒が激昂していたそうだ。」

「・・・あの、トオルさん、今日会ったばかりの3歳児相手に酷くないですか・・・?」

「俺はお前を3歳児だとは思ってねぇよ。

 聞いたぞ、出会いがしらに年齢について聞いてきたサウヴァリーに脅しかけたんだろ。

 逆鱗に触れるつもりはねぇから年齢については言及しねえが、お前はもうちょっと他の3歳児を見て勉強しろ、3歳児ってもんを。

 だから中身の年齢なんて聞かれるんだよ、マセてるってレベルじゃねえぞ。」

「・・・うぅん・・・、そればかりは言い返せませんね・・・。」

「そうだろ。」

「3歳でレベル51というだけでも異常過ぎる。

 その上、レベル80の騎士を置き去りにして・・・?

 黒色戦貴族のヌアダ殿に肉薄するところまで迫り、更にあの方に反撃されて気絶で済んだ・・・?

 一体、どういう冗談なのですか、トオル殿。」


まず、生まれた段階からレベル40近い戦貴族とは違い、一般市民の出で3歳ではどれだけ頑張ってもレべルなんてものは5とか6くらいまで。

何せ、クラスを取得するほどのまともな粒子内包量が維持できないので、スキルやら何やらにブーストがかけられない。

いくら努力してもレベリングが可能なのはクラス・スキルを取得できた後、というのが定説だった。

ベランピーナの頭の中でも、ヒノワ様の肝入りの生徒が3歳と聞いたときは、座学は良いが、レベリングは数年先になるな、レベル5や6では狩場に出ることすら危ないか、護衛騎士等の段取りもしなくてはいけないか、などという想定もしていたくらいだ。

そして、レベル51が真実だとしても・・・トオルが51というなら51なのだろうが、そうだとしても、レベル80だの100だのといった騎士達を置き去りにするというのはあり得ないだろう。

彼らは普段から最前線で高速移動するモンスター達と戦闘で渡り合っており、モンスターと徒競走せよと言われたらそれは負けるだろうけれども、瞬発的な感覚だけで言えば、モンスター達の速度にも引けを取らない。

前線で戦う者達が普段から負傷続きではいくら治癒術式があるとは言え、多大な労力や費用をかけて育成してきた命を失う可能性もあり、それでは損失が大きくなってしまう。

なので、こちらの世界のヒトで戦闘に従事する者はまず、人的損失を出さないよう、徹底して目と手を鍛えることから始めている。

最悪、致命傷を避けられれば治癒の可能性がある、という状況に持っていくためだ。

まして、護衛隊に所属するような騎士達は普通の騎士達よりも更に目を鍛えているはずだ、護衛対象に害を及ぼすものを早期発見して駆除する役割を担っているのだから。

そんな彼らを、レベル51の”ヒト”が置き去りにするなんてことはまず不可能だ。

レベルというのはあくまで粒子の内包量の数値が目安となるだけだから、速度というものには直接関与しない。

ただ、自重と強い筋力で生じた衝撃・反動による自傷を避けられ、ひいてはそれが筋力強化をして出力を上げても安全に戦闘することができるのがレベルの高さの強みでもある。

・・・が、言ってみればレベルが高くても体躯が悪ければ出力は低くなるので、幼い戦士たちは基本的に座学、知識面から勉強し、体躯が成長してからレベリングすることが多い。

特に近接戦・・・格闘戦ともなると体躯がモノをいうものであり、いくらレベル51とは言え、3歳児が護衛隊の騎士達を置き去りにするほどの疾走を見せる、というのは想像もつかない。

そして、カンベリアにいる者達からすれば、国どころか世界を見渡しても数人しか見当たらないという最上の戦闘エリートであり、ヒトではおおよそ並ぶ者はないと言われる戦貴族の直系の上位者、黒の戦貴族出身のヌアダ・ファラエプノシスと灰の戦貴族のアキナギ・ヒノワというのは、一般人からすると想像もできないほどの化け物だ。

普段は接しやすい人達であるとは言われているが、戦闘に到れば最早その戦闘は天災の如く激しく、敵対した者は粉砕され、跡形も残らないと言われている。

事実、討伐時に何かしらの痕跡が必要な物であったり、犯人が必要となる捕り物であった場合を除けば、ヌアダが出張った場合も、ヒノワが出張った場合も、敵対者は存在した痕跡を残すことすらできず消滅している。

簡単に戦力差を比較するいい事例として語り草になっているのは、半年前に行われたカンベリアの祭りの催しとして行われた、ヌアダ1人とレベル100の戦士10人による単騎対複数の模擬戦だ。

戦士10人は最前線でモンスターを相手に日ごろから連携して狩りを行っており、その練度もヒノワをして高水準であると評されたグループであったが、結果は惨憺たるものだった。

まず、先行して放たれた後衛の弓、術式の遠距離攻撃は全て弾かれ、続いて突撃した前衛はタンクも含めて全員一撃で昏倒、ゆっくり歩いて進軍を開始したヌアダに向かって必死に攻撃を重ねた後衛も有効なダメージを与えることもなく全員一撃で昏倒させられたのだ。

所用時間は2分。

公に公開されていた催しだった為、観衆として押し寄せていた一般民衆はその分かり易い圧倒劇に大いに沸いたが、観戦していた戦士達は拍手をしながらも心胆を寒からしめる心境だったという。

ちなみにベランピーナも観戦していたが、レベルが違いすぎて「レベルが違い過ぎて何もわからん」と分析すら諦めたレベルの戦力差だった。

そんな彼を相手にし、トオルに轟音と言わしめるほどの大音響を響かせる打撃を受けながらも気絶で済ませ、そして昼にそのダメージを受けたというのに、数時間経ったとは言え、打撃痕も見当たらないし、既にダメージがないかのように見えるので、ヌアダの手加減が完璧だったか、彼女がダメージを反らすなり散らすなりしてダメージを軽減したか、どちらかというより両方だろう。

以前観戦した試合で昏倒させられた戦士達は前衛も後衛も「手加減された」と皆一言で言って笑っていたにも関わらず、絶妙に骨が砕けない程度に殴られ大きく腫らし、三日はベッドの上だった。

新入生への実力査定としてヌアダが手加減をして実力を測ったのだとしても、護衛騎士を振り切ってヌアダに肉薄する所まで到達することが出来る実力があり、戦闘時は敵対者を物理的に消し去る攻撃力を持つヌアダの攻撃を手加減されてとは言えども、受けて気絶する程度で済む異常な技術もしくは耐久力まで持っていることになる。

トオルの言の通り、化け物だろう。


「事実だよ、このお嬢さんはヒノワ様の用意された実力査定で『望まれた程度』の結果は出した。

 まぁ、そこはどうでもいい話だ、下情報くらいに思っとけ。

 問題は、そうだな。

 今回の騒ぎはこの子がこのお嬢さんに因縁吹っ掛けて、どういう訳かこっちがぶっ倒れて死に掛けてる。

 実際、攻撃を受けた形跡も、食事等の毒やアレルギーの形跡もない。

だが、意識はどうか知らんが、明らかに身体が自発的に死に体になっている。

 ・・・お前、ひょっとしてこの子を殺そうと思ったか?」

「初対面で通りがかりにあまりに無礼な発言をまくしたてられ、流石に五月蠅かったのでイライラして一瞬本気で殺すぞ、とは思いましたけど、全く何処も触れてさえいませんけども?」

「・・・まぁ俺もそう思うし、お前がそう言うのなら、本当に触れていないんだろうな。

 そこは俺も保証してやる。

だが、他の可能性はある。

 ・・・ひょっとすると、お前の強すぎる殺気に当てられてこいつがぶっ倒れた可能性はある。」

「殺気で人が死ぬのですか・・・?」

「・・・そういうこともある。

 ・・・らしい。

 その症例について経験したことはないが、ショック死とはまた別らしい。」

「フミフェナ君。

 このような『粒子が体から自然放出されていない』状態というのは、既に粒子を全て放出してしまった・・・こちらの世界の生命体の身体が寿命を迎えた際によくある光景なんだが、もう一つありうる状態とすると、自殺ではなく、生きていながらに『生きていることを諦めた』人間の状態であるとも言える。

 私には信じられんが、このレブランの本能が、君の殺気を浴びて、『これから死ぬ』と感じて心臓を止めるのではなく、『生き残るのは無理だ、既に死んだ』と身体の方が判断し、即座に粒子が散逸してしまったという可能性がある。

 心的な要因以外で、身体自体が生を諦める、という事態があることも否定できない。」

「はぁ・・・難儀なこともあるものですね、別に殺そうと思えばこの方くらいならいつでも殺せるとは思いますが、逆に言うと殺気とかそういったモノを出すほど“殺そうか”と思った事はないというか、何か出したような記憶はないんですが・・・。」

「・・・まぁ、普通に血圧が上がって脳出血ってラインも捨てがたいところではあるが。

 何にしろ、お前の気配は命の危機のある者には危険過ぎる、ベランピーナと一緒に会場外へ退出してくれ。

気付けをして再蘇生を試してみる。」

「御許可さえいただけるなら、会場外へ退出致しますよ。」

「構わん。

 ベランピーナ、そういうことだ。

 このお嬢さんがいなければ蘇生はできるかもしれん。

 チャレンジはしてみる。

 無理だったらヒノワ様に報告して、裏で葬儀の準備だがな。

 ・・・とりあえずこいつを連れて行ってくれ。」

「分かりました、トオル殿。

 ・・・フミフェナ君、こちらだ。」


ベランピーナが先導しようと先を行こうとしたが、フミフェナは後をついてこようとしていなかった。


「どうした?」

「一つだけ試してみたいことがあるのですが。」

「・・・何をするつもりだ?」

「鼓動を取り戻しても粒子が元に戻らなければ生命力が戻らずに死んでしまうかもしれません。

 粒子に余裕のある分、この方に注ぎ込もうかな、と。」

「フミフェナ君、それはしかし・・・他者に・・・君に協調した粒子が、別の人間に定着するのか?

 散逸するだけで無駄になるのではないか。

 こういった症例の場合は、心鼓動を再開させて、生命活動を再開させ、後は本人の回復力に任せるべきだと思うが。」

「まぁ、一般的にはベランピーナの言う通りだな。

 実施成功例みたいなものでもあるのか?

 流石にこの場で人体実験します、というのは見過ごせんぞ。

 失敗したらどうなるのか分からんが、この場で人体爆発なんてのは俺はゴメンだ。

 それに、もしお前の術式に一切の問題がなくても、回復せずこの子が死んだら殺人扱いになる可能性もある。

 やめておけ。」

「・・・散逸している、元々この方の中にいた粒子であれば問題ないのでは?」

「・・・は?」

「そんなものが本当に判別できて、それだけを収集できて、それが元通りに戻せて、その状態が問題ない、という理論があれば、そうだな。

 だが、それはやってみなければ分からん。

 それよりはまだ、普通に蘇生した方が俺は安全率は高いと思うがね。」

「・・・実施例も理論もありません。

 差し出がましいことを申しました、申し訳ありません。」

「医療行為は実験ではないからな。

 そこは履き違えるな。

 実験がしたいなら、最前線で敵性生物で実験して、医療行為として問題ないか手順を踏んで確認してから他に方法の考えられない者への臨床、安全性の検討が済んでからにしろ。

 でないとお前がどれほど有能だったとしても、その手順が結果的に正しかったとしても、マッドサイエンティストの名は避けられん。

 お前の言ってる方法は前例が無さすぎる、確かに言ってることは正しそうに聞こえるが、実証結果というのは得てして理論通りにはいかんもんだ。」

「待ってください、トオル殿。

 ・・・一つ確認だが、君は粒子を任意に抽出して注入するスキルを持っているんだな?

 相当レアなスキルだと思うが、生態学の専門家の一人として今君の言った行為がどういう結果を生むのか、非常に興味がある。

 こういうのはどうだろう、トオル殿の心鼓動再開術式が失敗し、絶命判定となり死亡確定となった後にだが・・・。

 別室に搬送し、君の術式で粒子を注入、うまくいけばそのあと再度トオル殿の治療を行う、というのはどうだろうか。」

「絶命判定が下りたとしても、実験体じゃなくて遺体だぞ。

 もしその術式で、遺体がバラバラになっちまったら遺体損壊になるんだ。

 お前、生徒にどんな業を背負わせようとしてるのか分かってんのか。」

「しかし、絶命よりは・・・一縷の望みに賭けてみるのも手ではないでしょうか?

 肉体の賦活化に成功すれば、蘇生も可能になるかもしれませんし・・・。」

「他の要因の病状の可能性もないことはない。

 脳の障害の可能性を考慮するなら、心鼓動を現況の維持状態から再鼓動状態まで活性化させることで脳出血等が進捗する・・・もしくは脳圧が高まって脳出血、最悪頭がパーン、ってのもあり得る。

 俺がやる術式は前世からの経験則と、実際にこちらの世界で俺が様々な場面で実証実験を行って、その可能性が極めて少ないという結果を出し、検証した上で構築された術式だ。

 それを実証実験も検証もなく、一発勝負で実験として実施して失敗した場合、お前は急死した子供を実験体にした研究者になるんだぞ。」


あーだこーだと三者で話している間に5分程度は経過しただろうか。

流石に呼吸・心鼓動をトオルの術式で強制的に維持していると言っても、術式を停止したらすぐにでも心停止してしまう状況であり、回復の兆候はないようだった。

歓迎会の予定遅延が気掛かりであることも含め、トオルが口論を止めて処置に入ることを宣言する。

トオルの指示で、一旦、フミフェナとベランピーナは連れだって退場し、席を外すことになったが、これはベランピーナにとって好機だった。


会場から50mほどは離れた空き室に入ると、適当な席に案内し、フミフェナを座らせる。


「・・・君は、確かその肉体での年齢は3歳半~4歳だったな。」

「はい、ベランピーナ・デリー先生。」

「これは答えられたらでいいが、生前はどういった生活をしていたのだ。」

「隠す必要は一切ないので端的に申し上げますが・・・。

 至って普通の、どこにでもいるようなOL・・・建材卸店に勤める独身の女でした。

 お聞きになりたいのは戦闘経験があるかどうか、とかそういったことでしょうか?

 生前の私には一切の格闘技や武術の心得はありません。

 ダイエット目的以外の運動も特にしておりませんでしたので、飛んだり跳ねたり斬ったり斬られたりなんていうのは経験したことがありませんし、当然体術も素人そのものです。

 強いて言うならば、重度の漫画やゲームの中毒者・・・オタクだったとは言えるかもしれませんが、戦闘はほぼこちらの世界に来てからしか経験していません。

 ふふ、死因もゲームのやり過ぎが原因でした。

 やり込めばやり込むほどレベルが上がる世界に転生できるなど、ゲーマー冥利に尽きると言えばそうとも言えたかもしれませんが・・・技術も知識もまだまだ不足しています。

 シンプルにいって、ただ前世の知識を受け継いだだけのこちらの世界三年生と言って過言ではありませんよ。

 こちらの世界の良く分からないシステムについては、情報量も少なくて全然分かっていませんから。」

「ふむ、なるほど。

 俺は生前、研究者だった。

 そして今世でも研究者だ。

 こちらの世界ではモンスター・・・魔獣の生態について研究していて、俺自身も最前線に同行し、戦闘にも参加している。

流石に最前線で戦闘をメインにしている面子とはレベル帯が異なるとしても、定期的に必要とされる程度にレベリングを継続していて、それでもまだレベルは78になったばかりだ。

 おそらくこのペースでは前線で働ける50歳頃までにはレベル100には到達できないだろう。

 レベリングについての研究は、別の担当委員会が存在するので共同研究の際に多少聞きかじった程度で、本来専門外ではあるんだが、一般人ならおそらく最前線に駐留し続けるくらいでなければレベル90にも達さないだろう。

俺には研究があるから自分のことは諦めるが、君の現況について興味がある。

 生誕時から高レベルで、その後も破格のスピードでレベルが上がる戦貴族の血族は別として、だ。

 生誕した段階でレベル0、1歳になってようやくレベル1という一般人から、どうやったら君のような4歳にならない内にレベル51にもなるという者が現れるのだ?

 君は自分の出生環境について親族から説明は受けていないか?

 ひょっとしたらどこかの戦貴族の落胤・・・庶子にすらなっていない、戦貴族の血族なのではないか?

 君の髪は非常に美しい白い髪だ。

 “白色”の戦貴族の一族が同様に美しい白い髪をしている、というのは聞いたことがあるかね?

 君の係累のどこかで白色貴族の血が入っていたりはしないか?」

「いえ、そういったお話は聞いていないですね・・・。

 ただ、私の装備品を共同開発していたアーティファクト職人の方も言っていました、私のレベルアップの際のクーリングタイムが通説よりも相当早い、と。

 そちらの原因はまだ分かりません、まだそういった原因を追究する環境にないものですから・・・。

ですが、ヒノワ様が私のスカウトに来られた際の私のレベルは10かそこらでした。

 出生の段階で高レベルであるという戦貴族の血族であるとは考えにくいのではないでしょうか。」

「・・・スカウト時というと半年ほど前か。

 3歳で10でも相当高い方だが、半年で10から51まで上げたのか?

 そもそも、たった3歳でどうやってレベリングをしたのか、何をどう倒したのかも気になるが・・・。」


ベランピーナがそう言った所で、フミフェナの顔は一切何の感情も示さなかった。

喋るつもりが一切ないのはぱっと見ですぐわかる。

秘密であるのはおそらく公然の事実なのだろう、おそらくこの都市に至るまでにヴァイスやヌアダ、トオルが聞いたはずだが、伝言としてベランピーナには情報が来ていない。

おそらくレベリング・・・戦闘だけでなく、自らのレベルを上げる為の手法が周知の技術ではない可能性もあるということだろう。

既存の手法なら、シンプルにそう言えばいいだけなのだから。


「君は答えそうにないな。

ふむ、そうだな、そのレベルアップ速度は私が今まで聞いた誰よりも早いように感じる。

 常人では有り得んくらいに、だ。

 いや、戦貴族であってもそんな速度でレベルが上がることはないのではないか?

 おそらく、歴代戦貴族を遡っても数えられる数しかいないだろう。

 君の先天的なアビリティが影響しているという線もあるが・・・。

 差し支えなければ君の先天的アビリティを教えてくれないか。」

「差し支えなどない程度に単純なものですよ。

 速度上昇(中)、恒常的に移動速度が少し上昇する、というありふれたアビリティです。」

「ふむ、戦闘において機先を制し、高速戦闘時に相対者よりも速度で先んじるというのは非常に優位なアドバンテージだ。

 特に、速度を競う者達にとって、頂点に近づいた者達にとって、そのほんの数%の速度上昇がどれほど渇望するものかは、・・・君も分かっているようだな。

 まぁそうか、なるほど、君は速度偏重型か。

 攻撃力は武器性能任せで速度で相手を翻弄して武器を叩きつける戦法であれば、確かにスキルに要する粒子量も少なくて済むし、体躯が小さく体重が軽い今なら尚有利である、ということか。」

「早期にレベリングを開始するには適切かと思いまして・・・。

 趣味も生き甲斐もレベリングなもので・・・。」

「他にはないのか?

 先ほど、レブランに元の宿主に粒子を戻すだのなんだのと言っていたが。」

「そちらは、スキルですね。

 私はある程度の粒子を選別し、特性ごとに分別し、ある程度操作するスキルを修得しています。」

「それはまたレアなスキルだな・・・。

 トオル殿も接触した対象者の体内の粒子を操作して対象者本人の回復力を活性化させる類の医療術式を持っていると聞いたが、術式ではなくスキルなのか。

 我々には修得できない類のものか?」

「そうですね、おそらくですが私以外には修得できない類のモノかと思います。」

「ギフテッド、か。

 レベリング作業を行いつつ、そのスキルで粒子を効率良く分別して吸収することで他者よりレベルアップのクールタイムを短くすることができる、といったところか。」

「私本人も理解できておりませんが、そうかもしれません。」


原理上はあり得る話だが、レベリングの研究を専門にしている研究者からそういった理論が構築されたとは聞いたことがない。

実際、同様のスキルを持つ者が一切いなかったとは考えられないが、そういうスキル所有者が異常に高レベルであったという話も聞かないし、彼らがレベリングに寄与する能力を所有していたとも聞いたことがない。


「君は、書類に記載のあった限りでは商人になりたいんだったな・・・。

 ヴァイスさんからも聞いているが、君はヒノワ様が探しておられた侍女候補の一人でもあるのだろう?

3歳でレベル51に達する才能を、商人や侍女として埋もれさせるには、将来が有望過ぎる。

色々な意味で、これから引く手数多で苦労するだろう。

 戦貴族やら貴族の次男三男の嫁に是非という家もあるだろうし、戦闘の苦手な長男を抱える戦貴族なら長男の正室になって、家を率いてくれという家もあるだろう。

最前線で働くとしても、トオル殿から聞く程度の情報しかないが、レベル80台の騎士をレベル51で振り切るほどの君の速度重視のビルドであれば、傷を多く受けるタンク等ではなく、うまく立ち回れば傷もそう気にならない程度の強行偵察や前衛としても働けるだろう。

本当にそのような・・・商人や侍女が進路でいいのか?」

「申し上げた通り、私はただ早熟なだけで、それ以外の特別な才能はないと思っています。

 あとはどの方面にどれくらいの努力を傾けていくか、だとも思っていますけど。

 正直、商人になりたいと思ったことにそこまでの執着はありません。

 主に家族が望んだので、その通りにしよう、と思ったのが発端ですので。

 そして、ヒノワ様の侍女というのもまだ確定ではないとお聞きしています。

 ベランピーナ・デリー先生、私は、自身をどれだけ自分の思うがままに仕上げられるか、という鍛錬願望以外には今のところ、今世の願望という願望はないんです。

 ただ、一つだけ。

 ただ、レベリングだけがしたいんです。

 可能なら、今すぐにでも行きたい。

 可能なら、24時間365日、一生レベリングしていたいんです。

 ここにいるのは、ヒノワ様から望まれたから、という理由のみです。

 本当なら、ずっと、最前線で魔獣やモンスターを狩っていたい。

 それが本音です。」


そう言った彼女の目は、先ほどまでの平常時とは異なり、狂気に彩られていた。

目の色が変わったような、と言っても過言ではなかった。

白に近い灰色だった瞳は、赤みを帯びていた。

彼女を取り巻く周辺の空気が軋む。

いや、空気の軋むような幻聴が聞こえる。

彼女を取り巻く周辺の空気が歪む。

いや、ぐにゃぐにゃと歪んでいくような幻覚を覚える。

そして、彼女を取り巻く真空のような空白の空間が広がっていく。

最早ベランピーナの眼力では、彼女の周囲に粒子を見つけることができないくらいに、実際に粒子が消え失せていく。

それはまるで、周囲のEXP粒子を吸い尽くすブラックホールが突然あらわれたような不気味な光景だった。

何せ、この世界には多かれ少なかれ、空気中には一定の割合でEXP粒子が漂っていて、空白の空間などありはしないのだから。

ベランピーナ本人も、風や圧力などは何も発生していないというのに、彼女に引き寄せられる・・・いや、身体を吸収されているかのような感覚を覚えた。


「そ、そうか。

 ・・・君の才能は・・・先天的な肉体の特徴としては、確かに君の言う通り特別なものはないのかもしれないが、君を造り上げた君の精神性は、この際、特殊だと告げておこう。

 レベリングによって成し得る、何か果たすべき目的や目標があるのかは・・・聞かないでおこう、正直私は君が怖いからね。」


本心ではあったが、冗談めかしてそうベランピーナが言うと、フミフェナはおっかない気配を振り払い、また普通の幼女のような気配に戻った。


「ふふ、先生も不躾な方ですね、今日初めて会った3歳の幼女に酷くないですか・・・?

 それは確かに、中身の精神年齢は3歳ではありませんけど、3歳の身体だと3歳の身体なりに思うところもあるんですけど・・・。」

「・・・トオル殿の言葉の意味がようやく理解できたよ。

 君はいい意味でも悪い意味でも化け物だ。

 君の能力を具体的に知った訳ではないが、私の経験上、君のようなタイプの人間は周囲と比較して色々な面が突出、表出してしまう可能性が高い。

 しつこく言うが、いい意味でも、悪い意味でも、だ。

 身体的にも、頭脳的にも、環境的にも、きっと君よりも優秀な者は多数存在するだろう。君がトップグループに所属するのは間違いないが、トップオブトップではないのは間違いない。

だが、そんな彼らよりも君は目立つだろうな。

優秀なところも目立つし、そうでない部分も目立つし、何なら全て目立つだろう。

 周囲の人間が出来る限り真円に近いコミュニケーションを取ろうとしているところに、剣山のような、ウニのような球体が近づいているようなものだ、目立って仕方がないはずだ

 すぐさま前線に出て一人でやっていくのなら、まぁそれもいいだろう。

 が、ここは一応、体裁上は学校だ。

 君が卒業後に戦士になるのか、家庭に入るのか、商人になるのか、侍女になるのかは知らないが、君がここで学ぶべきは座学やレベリングに関してより、社会との協調性になるかもしれんな。

 私は研究者と教師を兼業で担っていて、元より社会との協調性は低い方だが・・・君はおそらく本質的に私よりも酷い。」

「それは・・・うぅ・・・頑張ります・・・。」


そう言ってしょんぼりする姿は、三歳半という年齢がそうさせるのかは分からないが、先ほどまでの気配は皆無、年齢相応の庇護欲をくすぐるような可愛らしい動作だった。

これでレベル51、高レベルの護衛騎士を振り切る戦闘能力持ちだというのだから、末恐ろしい女子であることは間違いない。

ベランピーナの中でのフミフェナという女子は、肉体と精神、レベルと年齢がアンバランスな状態なのだろう、極めて不安定な台の上に立っているように見えた。


「ヒノワ様やこの子のような、明らかに自分よりも優秀になるだろ子供を、支え、導いていくことも教師の役割か・・・。

なんとかなればいいが・・・。」



結局、トオルの蘇生術式は成功し、緊急の事態は解除され、レブランは病院施設へと移送されることになり、予定通り歓迎会は開催されることになった。

フミフェナは新入生の列へと戻っていき、同級生達に混ざってチョコンと着席し、歓迎会を迎えることになった。

フミフェナと分かれた後、ベランピーナも歓迎会に参加する為に着席しようとしていた所、トオルに手招きされた。

レブランの症状について、トオルから経過報告を受け、二人で現地の状況をいくつか検証することになり、歓迎会の挨拶が始まるまでの間、少し話すことになった。

二人の共通認識として、身体が衰弱死直前に至るほどの強烈な粒子の喪失によるショック症状が心停止に至った理由であるだろう、と結論付けた。

ベランピーナとトオルは、何故そうなったのか、具体的には分からないが、その原因はほぼ間違いなくこれはフミフェナの粒子を操る能力が関係していると推測した。

通常、あそこまで粒子が喪失した状態では出歩くことも不可能で、他人を挑発してイジメをするほどの余裕すらなかっただろうと思われた為、おそらく“あの場で粒子が喪失した”と考えられるからだ。

そして、喪失した粒子はフミフェナが全量、手元に持っていたのだと結論付けた。


「お前の感じた空白の領域は、俺も感じた。

 戦貴族の重鎮の濃密過ぎる超高濃度の粒子の空間というのは体験したことがあるが、その逆というのは体験したことがない。

 俺は、感知能力はともかく、戦闘能力は大したことがないから、実際にあいつがどれくらいヤるのかは検討がつかんが、現況でもかなり危険人物のように感じるな。

 レベル51ってのは、あくまで“現況”だな。

聞いた限りのレベルアップ速度は、普通には有り得ん速度だ。

奴がこのままのペースで継続していくのなら、近いうちにレべル100に到達するのは間違いないだろう。

流石にヌアダ殿やヒノワ様ほどではないと思うが・・・奴の戦闘能力は戦貴族に匹敵すると思うか?」

「トオル殿の基準がヒノワ様とヌアダ殿だから比較対象が狂っているだけですよ。

 王都で出会った戦貴族の当主や当代最強と言われる各色のトップレベルの戦士達には劣るでしょうが、そこそこの戦貴族くらいなら、比較すれば彼女の方が、それこそレベル51の現況でも十分に上回っているでしょう。

少なくとも彼女はそれに準じる存在までのし上がる素質もあるでしょうし、能力も、意欲もあるでしょう。

 おそらくレベル100に甘んじることなく、それこそ戦貴族本家の直系を凌駕するところまで研鑽を積むことは想像に難くない。

 ヒノワ様、ヌアダ殿ほどのレベルはまた別の話なので、比較は不可能ですが・・・。」

「まぁ、あの様子だとそこそこでやめるような性質じゃあねえしなぁ。

 さっきもおっかない気配撒き散らかしてやがったし。」

「ご存知でしたか。

・・・彼女のギフテッドスキルは危険ではありますが、貴重です。

出来ることなら、死の危険のある前線よりは出来るだけ早い段階で戦貴族の妻としてでも引っ込んでくれればいいんですが・・・。」

「研究対象にでもするのか?

 ・・・下手するとレブランじゃないが、お前も殺されかけるかもしれんぞ。」

「おっかないですね・・・。

 ・・・なまじ冗談とも言えないのが彼女の恐ろしいところですが・・・。」


今回の事件については、故意か、それとも無意識の所業かは不明だ。

ただ、フミフェナは手の内を簡単に晒すことを嫌っているとトオルも言っていたので、殺すつもりだったのなら、分析されても自分の名前が出てこない程度に隠蔽して殺しただろう、おそらくその程度には陰湿で、その程度可能なくらいには優秀だろう、と分析していた。

ベランピーナとトオルの予想だが、おそらくフミフェナ自身にイラつきはあっただろうが、物理的に殺すほどの害意はなかったと思われる。

だが、それでもレブランの身体の中に内包されている粒子を、強制的に根こそぎ剥ぎ取って吸収してしまった可能性が高い。

通常、ヒトの体内にある粒子というのは、そのヒトの存在に縛り付けられているものであり、色々な理由で放出されることはあっても、死んだ時もしくは欠損した部位などの『生命活動を終えてしまった存在』にならない限りは根こそぎ失われることはない。

そして、放出された粒子は、『生命活動を終えてしまった存在』の気配を感じさせながら、周囲の大気中に漂っていることが多い。

だが、レブランの体内にはほぼ粒子がない死体に近い状態であり、レブランの周囲には放出された粒子、あるいはその気配すらなかった。

無意識下でここまでの状況が生み出されたのなら、明確な悪意、害意を向けられた際に、対象者がどうなるのかは、推して知るべしだろう。


「恐ろしい話だが、この話はヴァイスとヒノワ様、ヌアダ殿くらいの最低限の情報共有にとどめておくか。

 他の者に広めるのはまずいな、下手すると全員殺されるかもしれん。」

「えぇ、まぁ個人の秘匿された能力を周知するなど、マナー違反とも言えますしね・・・。

 ただ、この調子で引き続き犠牲者が増えては問題でしょう、それとなく本人に知らせ、同じようなことを起こさないよう釘を刺す必要はあるかと思いますが・・・。」

「それはお前がなんとかするしかないだろ。」

「・・・私が死にかけたら、助けてくださいね・・・。」

「ははは、まぁ、近くにいりゃあな。」


厄介な3歳児を教えることになってしまったものだ。

しかし、こういう生徒がいる方が教師冥利に尽きるかもしれない、なんなら彼女が悲鳴を上げそうな授業すら計画してやろうか。

そう思い、思いのほかウキウキしながら、ベランピーナは席に戻っていった。

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