12話 『カンベリア』
馬車に揺られ、都市に入ってから1時間、私ことフミフェナを含めた新入生4人、ヴァイスさん、護衛騎士達、そしてヌアダ達は都市中央にある官庁舎の入っている高層の建物群の中を進んでいた。
ヴァイスが灰城と呼ぶ城は既に見えていたが、こちらの世界に来てから目撃した様々な建物と比べ、あまりに異質な建物であった。
中世、近代、色々な建物が入り混じる道中も異質なものを感じていたが、その建物は近未来的ですらある。
近づくに連れてその光景の違和感はどんどんと増していく。
数分のうちに、外装に豪華な装いの一切ない、”城のような”ところに到着する。
その威容は、前世に実際に見た、もしくは写真や本で見た近代以前の様々な大規模な建物、城を技術的・規模的に圧倒している。
いや、この建物だけなら前世の超巨大企業の物流倉庫等に比べればまだ小さいかもしれないが、ここカンベリアを囲む圧倒的に巨大な城壁を含めて『城塞都市』と銘打つならば、この建物は本丸に該当する部分になり、実際に都市の指揮者が陣取る建物として表現するならば破格に大きい。
極太の柱状の建物・・・いっそビルと呼んだ方が早そうな建物が一定間隔で4本立ち、上部にその4本の建物を支柱にした、どでかい頭でっかちの台形のような形の建物が乗っかっているかのような感じだ。
日本人ならそのような形の建物に思い当たる物があるだろう。
だが、その建物と比較して規模は数倍大きく、数値として的確かは不明だが、ざっくり表現して高さ数倍、面積は概ね10倍にしたような感じだ。
フミフェナはレギルジアでしか生活したことがない為、レギルジア以外の都市の中央官舎は確認したことはないが、この建物はおそらくこちらの世界の建築物の最大級の建築物であろうことは疑いがないだろう。
これだけの物を建てようと思えば、必要とする高度な技術が存在することが前提となるのは勿論のことだが、技術が存在するとしても必要とする建築費用は規格外に過ぎると思われた。
砦としての機能も備えているのか、前世に見た似た某建物と異なり、外壁はガラスや装飾の類はほとんどなく、ほぼ頑丈な鉄筋コンクリートのような黒い岩のような、そんな外壁に覆われていて、城の防衛機構のような開閉可能に見える窓のような物がいくらか取り付けられている。
オーバーハングの斜面にいくつか投射物を投下する、もしくは弓を射る為の小窓らしき物が存在しており、この城に攻め入ろうとする場合は完全に上部から狙い撃たれることになる構造になっているようだ。
逆に言うと、これだけ巨大な本丸だというのに、有利に上方から攻撃を行う据付の迎撃兵器が存在していないようにも見える。
柱部分の高さは15階建てのマンションやビル程度はあり、台形部分の最上部は同程度の高さを積み重ねたくらいの高さにある。
つまり、最上部の高さはゆうに100mを超えている。
・・・この建物、昇降施設がない場合は徒歩で上がることになるが、動力のついたエレベーターやエスカレーターはあるのだろうか、ないとしたら何らかの階段以外の昇降施設がない場合は昇降が相当大変そうだ。
柱と柱の間の部分はデザイン性以外で特に意味も何もないように見えるが、台形部分の底のすぐ近くの最上部にはビルメンテナンス用のゴンドラが各々ぶら下がっていて、そこから弓を射るのか清掃用のゴンドラなのか良く分からないが、おそらく昇降用の物であろう手回しのハンドルを除けば、丸ごと前世から持ってきたような、不気味な違和感が強く感じられた。
いずれにしても、こちらの世界での・・・というか周囲の現実と見た目でかなりの乖離があり、技術的な問題も勿論とんでもないが、目視で見るだけでも見た目で非現実感が凄い。
感知されたら厄介だけれど、初見の重要建造物なら探索するしかないだろう、ということで探索用に気付かれないように微小なリンクを広げていく。
あまり見咎められるリスクを冒さないよう、さしあたり短時間で済むマッピング程度に留める。
「・・・。」
ジーっと、ヌアダがこちらを不審げに眺めていたが、この偵察について咎められることはなかった。
ヌアダに構わず偵察を進めていくが、リンク先の光景を見る限り、コレらに対して防衛機構等は反応していないので、敵対行動を取らない限りは反応・攻撃されないのか、もしくは現在は警備装置は私のリンク網にそもそも反応できていないのかもしれない。
一通りの走査が終わるまで30秒程度。
おそらく傍目から見ると虚ろな遠い目をしていたと思われるが、ヌアダ以外は気にしていない様子だった。
「ヌアダ様、何か・・・?」
「・・・いや、何も?
いい神経をしているな、と思っただけだよ。」
「・・・そうですか。」
何処まで気付いてるのか良く分からないけど、手を止めろと言われない辺り、こいつ何かやってんな、くらいの察しはついている程度なのかもしれない。
「すっげ・・・。
どうなっているんだ・・・。
こっちの世界のファンタジー要素盛り盛りの建物なのか?
本当に城なのか、これ。」
「・・・見栄えより防衛能力を優先した、城っていうより砦みたいなものですね。
工法については、おそらくこちらの世界の技術でも実現可能な範囲の技術で建てられているのは間違いないと思いますから、建物の構造自体はファンタジー要素は入っていないんじゃないでしょうか。
というのも、ファンタジー要素を除けば、建築技術に関しては前世の日本の技術はこちらの世界と比較するとかなりというか大分オーバーテクノロジーですが、それらは持ち込みできる物に制限があるそうです。
こちらの世界にとって未来過ぎる化学的・科学的にオーバーテクノロジーに該当する技術は、世界から弾かれるそうなので、おそらく使われていないでしょう。
ですから、こちらの世界でこんな建築を実現するなんて、とんでもないことですよ。
勿論、予算を捻出した施主様もとんでもないですし尋常ではないお金持ちだと思いますが、計画・設計・施工を監督した人がヤバイですね、語彙力が飛ぶほどに。
天才と表現するだけでは足りません。
設計技術も勿論そうですが、規格化された工場製作品を安定した品質で手に入れている辺りも異常です。
こちらの世界にはまず機械がほぼ存在しませんから、普通に資材を調達するとなると、手作りで規格統一された素材製造を行うことになります。
工場自体が存在しいないでしょうし、本来できないはず・・・なんですが、実際に目の前に存在していますから、おそらく計画に先立って、何らかの製造ラインを自ら実現して建築したのだと思われます。
それに、規模が規模だけに、これだけの資材の量を確保しなければならないと考えると、前世の流通ラインと比べると比較にならない程に納期がかかると思います。
資材を揃える為の準備だけでも10年、そしてそれを使って建築するのに更に20年くらいかかっていてもおかしくないと思います。
見た所建築されてからの築年数は・・・そうですね、2~3年ですよね?
・・・いつから着工して建造された物かは分かりませんが、とりあえず言えるのは、元の世界の技術を可能な限りこちらの世界の技術で再現し、ここまでの物を造り上げた方は、天才どころか化け物レベルだという、いい意味で感嘆しか出てこない、ってことですね・・・。」
「・・・確かに前世でも見たことないね、こんなの・・・。」
「俺は知っているぞ、これは日本の建物だろ、観光で見たことがある。
これより何倍も小さかったけど・・・。」
「はっはっは、そんなに褒めても何も出んぞガキども。
いや、”来訪者”だったか?
失礼、私はサウヴァリー・レストデンス。
この『城』を建築した設計者であり、現場監督であり、施工者だよ。」
「これは、初めまして、サウヴァリー・レストデンスさん。
私はフミフェナ・ぺペントリアと申します。
前世では日本で建材卸の代理店で営業をしておりました。
まさかこちらの世界でこんなに巨大なビッ〇サイトを目撃することになるとは思いませんでした。
こちらの世界の技術や素材だけで一体どんな工法を採用したらこんな建物が建造できるのですか?
『城』というからには、外的要因の破壊にも強いのでしょう?」
「はは、そうか、君も日本出身か。
いいだろう、これ。
従来にない形状の物を、という依頼でな、砦っぽくない建物で応用利きそうなものがないかいくつか考えて、この形、意外と防衛面で考えると割と良さそうだったんでな、やってみたんだ。
前世では日本の大手ゼネコン会社の設計屋でな、まぁパクリ元のあの建物には携わっていなかったが、威容を示すにはいいかなと思ってデザインはパクらせてもらってそのまま馬鹿でかくしてみた。
私には建築系の特別なチートと呼んで支障ないレベルの高グレードのアビリティがあってね、それを活かしてこちらの世界では建築屋をやっている、という訳だ。
強度はそうだな、そちらにおわす黒の戦貴族のヌアダ殿が全力で破壊作業を開始したとしても、数日では崩壊せん程度には頑丈ではあるだろう。
『お嬢様』の『狙撃』でも飛んでこない限りはまぁ詰めてる兵がいれば長持ちする構造にはなっているよ。
まぁ防衛機構がフル稼働したら守り神級の魔物に襲われても1か月はサンドバックになっても耐えられる・・・というか傷もつかない程度には頑丈になってる。」
「守り神級の魔物というものがどれくらいかは分かりませんが、とんでもなさそうですね。
もしお時間いただけそうなら、そのチートアビリティも含めて建築技術についてご教示いただきたいのですが・・・。
こちらの都合で申し訳ないのですが、今、こちらのヒノワ様が携わっておられる学校に入学する準備をしなくてはならず、これから寮に向かうところでして・・・。」
「はは、知ってるよ、ここに来る新人さんにこの建物の感想を聞くのが俺の・・・おっと、私の趣味でな、今回はいつもよりいい収穫だった、お嬢ちゃんに褒めても貰えたしな、概ね満足だ。
んで・・・お嬢ちゃんは建築屋になる予定なのか?
ヴァイスのおっさんからは今日来るのは”こっち”の志望者だと聞いてたんだけどな。」
サウヴァリーは腰に下げた剣の柄をトントンと手の甲で叩いてニヤリと笑った。
『鑑定』等はしていないが、なんとなく身のこなしを見る限り、剣の心得もありそうだ。
「ふふ、私は欲張りでして、戦闘方面も勿論護身の為に鍛えたいのですが、商人としても大成したいと思っていますし、前世の仕事のこともありますから建築にも大変興味があります。」
「はっはっは、こりゃ欲張りなお嬢ちゃんだな!!
・・・お前さん、中身何歳だ?」
ビキッ。
”何か”が砕ける音が聞こえる。
ノラン達3人がアワアワとし、ヴァイスも冷静を装っているが後ろ手に冷や汗が浮かんでいるのが窺い知れる。
砕けたのはサウヴァリーの着ている服の貝殻を加工して作られた化粧の前止めボタンだ。
貝殻を削ってボタンに加工している為、幼児が素手で力を込めた程度でもヒビなどがあれば簡単に割れる脆い物であることは既に知れている物の為、手も動かさずにアレの力で負荷を掛けて砕いた。
「うん・・・?」
「おや、サウヴァリーさん、ボタンが割れたようですよ。
先端とがっておりますので、手を怪我されませんよう。
奥様にボタンを付け替えてもらってくださいませ。」
「・・・これはとんでもなくおっかないのが来たな。
ヴァイスのおっさん、この子は今何をしたんだい?」
「少なくとも、手と足は動いておりませんでしたね。
・・・ですよね?ヌアダ殿。
ちょっと不安になってきました・・・。」
「はは、えぇ、確かに手と足は動いていませんでしたね、多分。
彼女が地面や空気の流れに全く痕跡を残さずに先程の3倍くらいの速度で動けるならちょっと分かりませんけど。」
「・・・つまりはアレかい、超能力的な・・・。
いやはや恐ろしい女子だな・・・。
・・・あまり藪蛇には突っ込まないようにしますよ・・・。」
「そうしてください、彼女はヒノワお嬢様が『特別』印を捺したお嬢さんですので、貴方の知覚能力だと気が付いたら死んでいてもおかしくありませんよ。」
「おま・・・おっさん、先に言えよ!!」
サウヴァリーと護衛騎士達がダべり始めたところで、ヴァイスから『城』の圏内に入った所で馬車から降りて集会所のようなところで待機するよう指示があり、下働きであろう人達の持ってきた椅子に皆が腰掛け、注がれたお茶やジュースを各々飲んでくつろいでいた。
こちらの世界にも前世と同じように果物ジュースや植物の葉を焙煎して茶を煮出す『お茶』は存在していたが、ここで出されたジュース、お茶は、前世の日本で飲んだ物にかなり近い物だ。
ひょっとすると、アキナギ家の天領地ではそういった物へ近づける果物やチャノキに近い物の品種改良が進んでいるのかもしれない。
それに、ジュースが入っている器は、こちらの世界ではゴーベルト様が使っている物以外では見たことがないガラス製のコップ、お茶の入っている器は陶器製の物だ。
元日本人の来訪者なら、望郷の念のある人達はこぞって買い集めること間違いないだろう。
たった3年半離れただけの元の世界の面影の懐かしさに少し頬が綻んでいたようで、ヴァイスやトオルが父親のような目でこちらを眺めていたことに気付くのが遅れた。
顔を素の状態に戻すべく平静を取り戻し、周囲へのリンクを広げる作業に集中する。
そこそこにレベルも上げてきて自分の探知能力にも若干の自信が芽生えてきていた頃ではあったけれど、やはり自分の及ぶ所ではない能力を目の当たりにすると、若干心が折れそうにもなる。
半径300mを圏内に収めようかという偵察範囲を擁していたにも関わらず、一人の少女がその場に現れるまで一度も探知できていなかった。
対象への感染にまで及んでいなくても浮遊しているモノ達がいる為、大抵掌握した空間内に何かが存在するのであれば、自分でフィルターを掛けた存在以外は探知できるようにしてあるのにも関わらず、探知できない。
偵察範囲300m内に一度も空気中に漂う物を動かさずにここまで移動してくるとは、どういう技量の移動技術なのかもとても気になる。
「やぁ、お待たせした。」
正面から歩いてきた少女は、私の主になる女傑。
灰色の戦貴族、アキナギ家直系の女子、アキナギ・グレイド・ヒノワ様(6歳)だ。
聞く限り、ミドルネームは戦貴族の色を示す英語が元になっているそうなので、色を除けば率直に『あきなぎひのわ』という日本人名になるだろう。
ヒノワ様はヴァイスの言っていたレベル100到達者の証である青いオーラを、『一切』放っていない。
ベルトで粒子放出を強制的に吸収して自己循環している私とは違う。
より更に洗練された粒子放出量の制限を行っている為、そこに存在しているのかすらまともに感じられないほど気配が薄い。
又、常日頃から気配を消して動くことを自分への義務としているのか、正直空気に漂うモノ達による接触探知というある意味自分の手の延長のモノによる物理的な接触がなければ、目視してすら私にはまともに探知できていない。
今なら半年前よりも良く分かる。
あまりにも存在感が儚く、希薄過ぎる気配に超常的なものを感じさせ、白銀に輝く灰色の髪の美しさは最早女神のようだと表現できるだろう。
容姿の美しさも勿論あるが、美しすぎる粒子制御が他者にそう感じさせる。
おそらくこちらの世界でも最上位かそれに準じる・・・ありていに言って神にも匹敵するレベルだろう。
見たところヌアダもヒノワ様に倣ってかなり綺麗に制御してはいるが、超常的と表現できるほどではない。
いや、ヒノワ様が洗練され過ぎていて、隣り合うほどの距離で比較された場合に目立つだけで、きっとヌアダも私と並んだら私の歪な粒子制御の方が醜く映ることだろう。
通常のレベル100の戦貴族やハンター等の強者は、その強さを誇るかのように迸る青いオーラを見せびらかす傾向にある、と良く聞く。
何せ、一般人とは明らかに一線を画すどころではない実力差が目に見える形で現れる為、庇護すべき一般人からの畏怖と同時に憧憬を以って見られることになるのだから。
特に実力がほぼそのまま序列に影響する上に、優秀であることがそのまま高評価に繋がることを知っている者達でもあるので、レベル100に到達した強者達からすれば隠す意味などない、という考えも理解できる。
それを考えると、ひけらかすどころか隠しているようですらあるヒノワ様とヌアダは彼らよりは少し変わった部類に入るようだ。
ヒノワ様に声を掛けられてから、即座にザッと膝を折り、頭を垂れる。
一番早かったのは私とヌアダだった。
若干ヌアダの方が早かったが、これは私が”速過ぎるのも良くないかもしれない”と敢えて少しタイムラグを作ったことによるもので、単純に遅れた訳ではなくほぼ同時だった、という言い訳をしておく。
だがしかし、ヌアダの膝を折るタイミングがベストだったのは認めるしかないようだ。
きっとヒノワ様に仕えて長い為にタイミングを心得ていたのだろう。
若干敗北感もあるが、他の面子よりも早かったのは少し満足した。
ヌアダと私に遅れて、ヴァイス、護衛騎士達、サウヴァリーと続き、私が膝を折った理由を察してノラン達が片膝を折った。
「ノラン。パラメイン。イオス。
初めまして、ヴァイスから聞いているかと思うけど、私がアキナギ・グレイド・ヒノワです。
長旅・・・ってほどでもないけど、馬車旅お疲れ様。」
「「「はっ!ありがとうございます!!」」」
有り体に言って、ヒノワ様はその容姿の美しさも他者の追随を許さぬ美少女だ。
将来、傾国の美女に成長することに疑問はないが、現状でもおそらく男性を虜にするのは容易だろうセクシーな雰囲気を感じる。
そんなヒノワ様からニッコリと笑いかけられながら労われれば、10歳になるかならないかの年齢の男性など骨抜きだろう。
「ヴァイス、ヌアさん、レーウィンさん、彼らの護衛ありがとう、お疲れさまでした。」
彼らは会釈だけで済ませた。
アイコンタクトだけで通じる背景があるというのは羨ましい限りだ。
「サウヴァリー氏、今年の新人の感想はお気に召しましたか?」
「いやぁ、貴女も恐ろしい女傑だが、あっちのちっちゃいのはとんでもないな。
ヴァイスのおっさんが早く教えてくれないから、危うく死ぬかもしれないところだった。」
「はは、そしてお疲れ様、フェーナ。
待っていたよ、久しぶりだね、元気にしてたかい?
いい感じに見えるね。」
「はい・・・。
まだまだレベリングが間に合っておらず、御前に立つというのにこのような未熟な姿を晒すのが恥ずかしい限りです・・・。
申し訳ありません!」
ある程度成長して感知能力の上がった今だから尚更恥ずかしく感じる。
おそらく私では、これから3年間血反吐を吐くほどの鍛錬を繰り返しても、今のヒノワ様と同じ位置にはたどり着けない。
レベリングを開始して半年と言えば確かに短いだろうけど、この人の前に立つのが恥ずかしい。
自分のレベリングへの情熱は何だったのか?
基礎的な環境が違う?
それは100人いれば100人違うのだから当然だろう。
必死にやってきたつもりではあったけれど、意地でも凡才なりに頑張ると決めたのではなかったのか。
悔しい。
恥ずかしい。
先ほどヌアダに軽くいなされてあっさり気絶させられた時にも出なかったというのに、ヒノワ様を前にして話すだけで涙が流れてくる。
ナインという他の人よりも恵まれた人脈を得て、慢心し、ベルトを粒子を集めて基礎レベルを上げることに重点を置き過ぎたのだ。
それがどうだ、目の前のヒノワ様は。
レベルは当然100オーバーだろうに、まるで触れば消えてしまうほどの空気のような存在感に、攻撃に転じれば気が付く間もなく即死するのではないかという圧倒的な力量差を感じさせる不吉な”匂い”を放っている。
私の偵察網に一切感知されずにここまで到達したことといい、その存在といい、積み上げた技量、死体の桁が違う。
レベルだけが絶対的なことではないとは知っていたはずなのに、技量の極致を見て私は震え上がるよりも感嘆と後悔で大粒の涙を落とした。
「泣き止んで、フェーナ。
何言ってるの、半年でレベル51まで上げたんでしょ?
庇護もなしの3歳半の子がソロでだよ、凄いよ!上等上等!
それにその装備、ヴァイスの報告にあったけど、面白い装備をヴァーナント技師と作り上げたみたいだね。
褒めてあげるから、あとでじっくり見せてね。」
「・・・はい、ヒノワ様。」
頭をポンポン、としたヒノワ様の手は、流石に6歳の女の子の手なので小さかったが、その時の私にはとても大きく感じられた。
「さーて、じゃ、みんな、この後とりあえず寮に荷物を置いてきてもらおうかな。
寮まではレーウィンさん、護衛隊で案内してあげてくれる?」
「はっ!」
「みんなには歓迎会を用意しているから、楽しみにしててね。
晩御飯のときはたくさん在校生と先生方がいるけど、同い年くらいの子もたくさんいるからね。
たくさん美味しい物が並ぶから、お腹は空かせておいてほしいな。」
「了解しました!」
「分からないことがあったら詳細はヴァイスに聞いてね。
じゃあ、ヴァイス、フェーナ達のこと、頼んだよ。
私は少し兄上と打ち合わせがあるので、少し離席する。」
「分かりました、ヒノワお嬢様。
このヴァイスめにお任せください。」
挨拶が終わる頃には建物内の走査はある程度済むかと思っていたけど、思ったより防疫がしっかりしており、重要区画にはしっかりと粒子探知除外の装置が組み込まれているようで、偵察に出したモノ達からの連絡が途絶えた為、思ったよりは情報収集はできなかった。
調べた感じとしては、やはり、城塞としての機能は言うほど多くないようだ。
単純に、でかい、硬い、頑丈、という意味ではおそらくこの世界でトップランクに入る建物であることは間違いなさそうだが、おそらく基本的には防衛は城壁の防御力を前面に押し出した『硬さ』を要に行うつもりなのだろうと思われる。
何せ、攻撃に使うであろう備え付けの兵器が一切見当たらない。
引き籠っても問題ない要因がある、ということなのだろう。
極太の柱のような建物の1つが自分達が今後、主に生活する区画になると思われる学校や寮に当たる部分だ。
普通、こういう施設は外部に作るのが当たり前だと思うけれど、どういった意図があるのかは読み取れない。
残りの3本(?)の建物は、官庁機能を持たせた役所が2本、都市周辺の様々な職業のギルド本部・軍中枢の詰め所が1本となっている。
おそらく都市内の幾つかの区画官庁の本庁になると思われ、明らかに過剰な部屋数を与えられており、上層階は会議室や福利厚生施設になっているフロアが多いようだ。
一定以上のセキュリティの効いた部分は侵入できなかったけれど、各棟の最上階に近い部分に幹部や首長の配置されているフロアがあるのはフロア解説のボードで確認できた。
「フミフェナさん?」
「はい、なんでしょう、ヴァイスさん。」
「いえ、何やら意識が別の所に飛んでらっしゃったようでしたので・・・。
大まかには今ご説明した通りの生活をしばらく・・・そうですね、郊外へのレベリングが始まるまでは何か月か続けていくことになろうかと思いますので、慣れるまで我慢してくださいね。
それまでレベリング作業はできないかと思いますが・・・問題ありませんか?」
「えぇ、問題ありません。
わざわざご説明ありがとうございました。
座学も必要なことです、レベリングの為の準備と思えば必須であると理解しております。」
「え、えぇ、だったらいいのです。
貴方を見ていると私は自分を不甲斐なく感じますよ。
貴女はその体躯でそこまで作り上げた能力を持っているというのに、ヒトの極みの一人であるヒノワ様に劣ることに落涙するほど・・・悲嘆するだけの気概が、ある。
・・・一方、我々にはもう、ない。
あの方々に辿り着けない、ということを魂に、身体に、色濃く染まるほど染み付けて、納得してしまいましたから。
・・・説明については、私も仕事ですからお気になさらず。
それでは、午後7時、下階の大食堂でお待ちしておりますよ。」
「はい、わかりました。
ご足労いただきましてありがとうございました。」
「いえいえ、それでは失礼します。」
英国紳士と称して支障ない手馴れた軽やかな礼を受け、こちらもペコリと礼をした。
・・・ヴァイスが立ち去るのを見届けようと思っていたが、立ち去る様子がないことに疑問を抱いた。
まだ何か言う事があるのだろうか。
「これから他の方達の所にも同様の説明に伺ってくる予定ですが・・・。
そうですね、立ち去る前に少し爺の長い独り言を聞いていただけますか。」
「はい、なんでしょうか。」
「ヒノワ様は戦闘力、現場での指揮能力は戦貴族直系の人間として6歳にして頭角を現しておられる姫君です。
そして、ここカンベリアと『灰城』を見ていただいて分かる通り、都市開発の計画とそれを担う予算の捻出のために行われた事業でも商才を発揮し、またサウヴァリー氏の協力を受けながらも城壁建設においても才覚を顕し、また職業の整理統括を行うなどで治政を行う政治力にも秀でており、私が思うに国で最も優秀な・・・そうですね、『戦』という冠のついていない貴族の中でも最上位数人の内の一人ではないかと思っております。
その完璧に優秀なお嬢様ですが、一つ難儀な点がございましてね。」
「・・・それは一体?」
「ヒノワ様は戦貴族として・・・早熟過ぎるのです。
同性の、同年代の、同程度に優秀な・・・ライバルと称していいお友達がいらっしゃらないのです。
周囲は大人しかいない環境で、ヒノワ様は黒の戦貴族、ファラエプノシス家がヒノワ様のお付きにと派遣してくださっているヌアダ殿と、ほぼたった二人でこの国の戦貴族のトップと言える領域にまで達したのです。
ですが、あのお二人の環境は人の生育環境として正常ではありません。
そして、この『灰色』戦貴族の為・・・ヒノワ様やヒノワ様のお兄様の世代を支える若手が不足している状況も宜しくない。
そういった経緯から、元より在野の来訪者を受け入れる器を担う一方、幼い優秀な者を集めているのは事実ですが、ヒノワ様の侍従については特に喫緊の課題でした。
ヒノワ様のライバルともなりうるほど優秀な女性、それもヒノワ様よりも若い方が尚良い。
これはテンダイ様からの提案でしたが、アキナギ家の方々は皆様が同意され、私がその人材の捜索の責任者に据えられました。
ですが、ヒノワ様のライバル足り得る実力を身に付けられそうな女性というのが、複数の候補を上げるどころか幅広く調査してもほぼ見付かりませんでした。
又、ヒノワ様は今でこそ6歳ですが、探し始めた頃は去年の夏ごろ、つまり5歳頃でした。
5歳より若い女性で、ヒノワ様ほどの才覚を宿している人物を見つけ出す、ということは、非常に難易度の高いミッションでした。
出生から既に特別なものであることが当然である王族や戦貴族の子供以外では、とても見当たらないクオリティを求められたのですから、まさに霞を掴むような状況から始まったのです。
そんな時、ようやく探し当てたのが貴女でした。
カンベリアからほど近いレギルジアで、とある商店の主が囲っている、将来有望どころか、3歳で即戦力の商品開発、研究をしている女性がいる、しかもレベリングという言葉を知っていて、レベリングが趣味であると言っているのを聞いたことがある、という情報が手に入った時は我々は歓喜しましたよ。
そして、その報を聞いてすぐさまヒノワ様が直接出向かれ、貴女を勧誘し、スカウトに成功した、という朗報を引っ提げて帰ってきたと聞いたときは、家臣一同、祝福の宴を開いたほどです。
・・・かなり無理のある条件に見当たる人物を探すのに我々、ヒノワ様傘下の者が1年半、どれほどの労力を費やし、どれだけ心を砕いたのか、知っておいてくださいとは申しませんが、それほど求めていた人材が貴女である、ということは分かってほしいのです。
本来、これはお伝えしてはいけないお話です。
貴女にお伝えしたのは、我々は『よくいる一山いくら』の幼女をスカウトしたのではない、ということです。
年齢や経験を一様に差別して行うことはありません。
ここ『灰色』では、他領よりも尚更厳密な能力主義です。
優秀であれば例え幼児でも現場のリーダーに据えられますし、壮年であったとしても無能であれば戦場にすら出ず、領内で農作業者にでも据えられることでしょう。
これから先は、器用であれば器用であるほどよく、レベルは高ければ高いほどよく、戦闘能力が高ければ尚良く、気の利く者ならば更に良く、知略に優れるなら最上に良い。
・・・これからの貴女の奮闘を願います。」
「感謝致します、ヴァイスさん。
・・・ですが、本当に、お気遣いなく。
私は、やりたいだけやらせていただくだけです。
それで私を重用してくださるかは、ヒノワ様がお決めになられれば良いお話ですから・・・。」
「結構です。
・・・あと、こんなことを貴女に頼むのも筋違いかもしれませんが・・・。」
「なんでしょう?」
「今日同行した3人は今日の出来事で粗方、貴女がどういう存在なのかは認識したでしょうが、今後貴女と初対面となる人間にとっては、衝撃が大きいでしょう。
敵を作るのは構いませんが、私は貴女をヒノワ様の侍女に推薦するつもりですので、可能な限りその辺りの配慮をいただけると有難いのですが。」
「侍女ですか、お受けするかは分かりませんが、そのお話、了解致しました。」
本来、私ごときにするものではないと思うけれど、ヴァイスは最敬礼をしてこの場を離れていった。
カンベリアの姫君、アキナギ・グレイド・ヒノワ。
少なくとも、彼女が親族や家臣団からその才能を見込まれて慕われているのは理解できる。
数年前までは、ヴァイスはアキナギ家の本家、当主であるテンダイお付きの執事だったと記録にあるが、今現在はヒノワ様をサポートする職務についているので、おそらく本家からヒノワ様へ送られた人材支援の内の一人なのだろう。
ヒノワ様がスカウト時に使った言葉から察するに、侍女、侍従というのは所謂召使いという意味ではなく、秘書のような側付きの世話人のことになるだろう。
御用商人にもしていただけるとは聞いていたので、こちらの都市で商会を開かせて貰えたらとは思っていたけれど、カンベリアの灰城を見る限り、物流に関しては一度サウヴァリー氏に話を聞いてから構築を始めた方が良さそうな気がしてきた。
何万、何十万tにものぼる規格を統一した資材を用意できた資材供給能力、その資材を買い集めることができた資金力、建築するために要した職人達の手配や従来にないであろう工法の教育の徹底など、とても想像がつかない。
しかも、それらの下準備の手配が全てそろったとしても、本体の工事だけで前世の日本のゼネコンが何年何十年とJVでやるような規模の工事を、たった一人の建築士が全て段取りしたとは思えない。
おそらく、こちらの世界に流れてきた『来訪者』の建築士や技術者等の協力者が多数いると思われるので、物流に関してはそれから考えるべきことだろうと思う。
「さて、とりあえず準備をしますかね・・・。」
そう、私には休む暇などない。
今日、今までよりも、更にモチベーションは上がっている。
自重している暇などない。
それに、最早躊躇する必要もない。
私は私のやりたいことをやる。
ヒノワ様の御用聞きとして、一流の商人にもなってみせる。
マッチポンプであっても構わない。
食事会も楽しみではあるが、私にはそれ以上の目的があるのだ。
そう、私はレベリングがしたいのだ。
他は全てその為のおまけ。
それが私がこの世界に転生した目的なのだから。




