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灰色の御用聞き  作者: 秋
15/45

11話 白い髪の幼女

遅くなって、そして長文になってしまいました。

「一旦、ご挨拶に下車させていただいても?」

「構いませんとも。

 おっと、ノラン君、パラメイン君、イオス君、君たちは馬車から降りてはいけない。

 御者側の窓から見学させてもらうといい。」


ヴァイスの言う通りに男子三人で御者のいる方へ移動する。

しかし、フミフェナはどうやって馬車から降りるのだろうか。

馬車自体は馬が全力疾走している訳ではないのでそこまで速度は出ていないが、時速15㎞から20kmは出ているので、馬車の少し開けた窓からも柔らかい風が馬車の中に吹き込んでくるくらいだ。

イオスから見ると、とてもこんな幼女が飛び降りて怪我をしないで着地し、挨拶に向かえるとはとても思えなかった。

いやそもそも飛び降りる意味は何なのか。

こんなに離れた位置から飛び降りても、幼女が走るよりもどう考えても馬車の方が速いし、黒い騎士の元まで行くなら近付いてから降りればいいのではないか。

いや、ひょっとすると、彼女が飛び降りると周囲の騎士が馬車を止めてくれる、という算段なのだろうか。

イオスから見ると、彼女の逡巡している姿は走っている馬車からそのまま降りるかどうかを迷っているように見えた。

飛び降りたら危ないんじゃないか?先に馬車を停めてもらったほうがよくないのか?と聞こうとした瞬間、彼女はそっと、蝶番の軋む音すら鳴らないほど丁寧に扉を開けた。三人の目の前で白い残像を残して掻き消える。

走る馬車から少女が飛び出してくるかもしれない、場合によってはすぐ御者に命じて馬車を止めさせなくてはならないという立場にある護衛騎士達は、一挙一動漏らさず観察していたはずの彼女を見失い、目を見開いて驚いている様子が見て取れた。

ただ、護衛騎士隊長一人だけは線のような白い残像を追って、馬車の進行方向を見ている。

イオスが馬車の窓に顔を向けようと思った頃には、彼の見ている方向から甲高い狂声と、ほぼ同時にまるで鋼鉄の塊と鋼鉄の塊が衝突したかのような、鈍いようでそれでいて甲高い金切り音が響き渡った。

イオス達三人も、ヴァイスも、そして馬車の周囲の護衛騎士も、その音でようやく馬車の進行方向正面にいた黒い装いの騎士の腕に、年の離れた幼い妹を抱くかのように抱えられたフミフェナがいることに気付いた。


「えぇ・・・なんだ今の・・・。

 イオス、あれ、フミフェナ・・・だよ・・・な・・・。」

「あぁ・・・うん、多分そうだな・・・。」

「どうなってんだ・・・目の前で消えたぞ。」


その後もヴァイス、護衛隊長ともに御者に馬車を止めさせなかった為、馬車はそのまま移動し、既に大分黒い装いの騎士に近づいているが、フミフェナが扉から飛び出した位置からだと、彼の所までゆうに50m以上は離れていた。

そして、見失ってから衝突音が聞こえるまでの時間は1秒~2秒しかなかったように、イオスには感じられた。

つまり、彼女は馬車から飛び出してから50mを1秒かそこらで駆け抜け、黒い騎士に接触し、何らかの戦闘行動を取り、コンマ何秒かでヌアダがフミフェナを制したことになる。

始動から衝突まで、たった1秒か2秒。

初速の遅いはずの始動の所作すら残像しか確認できなかったが、距離と時間から考えると、衝突直前のトップスピードは時速200kmを超えていたのはおそらく間違いないだろう。

3歳半の身の丈で出せる速度なんてたかが知れている、それどころか馬車からまともに飛び降りることすら満足にできるのかと、たかを括って油断していた護衛騎士達は完全に意表を突かれた様相だ。

護衛騎士達も「おいおい、まじかよ。」「速過ぎだろ、あの子・・・。」「隊長以外見失ってたろ、後でどやされるぞ・・・。」「俺もほとんど残像しか見えんかったぞ・・・。」だのと小声で喋りながら歩いている。


「素晴らしい結果とも言えますが・・・予想外でしたね・・・。

 無事ですか、ヌアダ殿。」

「ははは、まぁ、無傷ですけどね。

 聞いていた話と違いますよ、ヴァイスさん。

 こんなに速いなんて聞いてなかったので驚きましたよ。

 おかげで、手加減したけどとっさに頭部を盾でかなり強打してしまった。

 念の為にトオルさん、彼女を診てあげてください。」


フミフェナを抱いた黒い騎士が馬車まで近づくと、御者は馬車を停止した。

ヴァイスが毛布を馬車の床に敷き、ヌアダは幼女をそっと横たえる。

そこだけ切り取って見ると、まるで年の離れた兄妹のようで、年相応に抱っこされて眠くなって寝てしまった妹と、世話をしている兄の日常のような微笑ましい光景に見える。

だが、現実は違う。

イオスは勿論、その場にいるヌアダと呼ばれる黒い騎士以外全員、微笑ましさを感じている者はいない。

今起こった出来事が、そんなに生易しい出来事ではなかったからだ。

フル武装であったにも関わらず、離れてみていた人間ですら残像しか確認できない常軌を逸した速度で疾走したこともそうだし、その速度を乗せた体重・装備の重量を乗せた運動エネルギーの攻撃を御され、大音響に準じる大威力の打撃で戦貴族上位の騎士に殴られたというのに、彼曰く手加減されたとは言え、気絶程度のダメージで済ませてしまった3歳の幼女。

そしてそんな超高速でぶっ飛んできた幼女の攻撃を無傷で受け止め、反動で相手を殺してしまわないように受け流し、更にそれほどの実力を持つ幼女を絶妙な手加減で気絶に留める力量を持つ10歳の少年。

不気味さすら感じるほど自分達と次元の違う世界の出来事に、イオスを含め、皆一様に諦観を抱かざるを得なかった。

『あぁ、この幼女と少年は自分達とは生きていく世界が違うのだな』と。

そう思わざるを得ない、格差を体感したのだ。

対抗心というのはある程度”遺憾ながら今の自分よりは上か互角と認めざるを得ない”と思える実力を持つ相手に対して抱く感情だ。

イオスには、そしてパラメインもノランも、現在のフミフェナの立ち位置にすら、何年かかれば追い付けるのか、想像がつかない。

そして、今後彼女は自分達ではついていくことすら出来ない速度で成長していくであろうことは想像に難くない。

つまりは一生追いつくことがない・・・交差しない成長曲線を見せられたのだ。

三人共が努力でどうにかなるレベルは超えているように感じた。

そこに対抗心など、芽生えようはずがなかった。

イオス達三人は口々に「すげぇな・・・。」「あんなのが同期かよ・・・。」「住む世界が違い過ぎるだろ・・・。」だの、様々に愚痴を挟んでいたが、内心はシンプルに敗北感を通り越して、いっそ感嘆の境地に到っていた。

そしてそれは、馬車の周囲にいた護衛騎士達も同じだった。

自分たちが例えこの先、レベル100に到達しても、おそらく自分達では先ほどの幼女の突撃はヌアダほど華麗にさばくことはできないだろうと、そう直感した。

何なら、50m先の馬車にいる3歳半の幼女が襲ってくるかもしれない、と予告された上で、分かっていても無様に喉元に槍を突き付けられていた、という最悪の想定も絵空事ではなく普通に有り得る。

そして、自分達の肉体年齢3歳半の頃にあの幼女と同じことが出来たかと考えれば、確実にできなかっただろう、ということも同時に理解した。

イオスは先天的に”耳が異常に良い”為、馬車の外で護衛騎士達が「まぁヌアダ殿だからな。」「あの方は我々とは次元が違うんだ、あの幼女は良く向かっていったよ。」「いやぁ俺が襲われる役でなくて良かった良かった。」とボソボソとした声で呟かれた声も全て聞きとっていた。

彼らは流石に年齢もいっているので、戦闘のプロとしてヌアダとの間にある覆しがたい実力差については認識しており、おそらくその辺りはとうの昔に諦めがついているようだが、彼らもプロである以前に一人の戦士であるので、ヌアダとは別に、幼女の一撃については考えさせられるところがあったようだ。


トオルと呼ばれた護衛騎士がヌアダと場所を入れ替わり、フミフェナの治療に入る。

ヴァイスからの指示で、彼女が目覚めるまで小休止することに決まり、全員が街道の脇に寄って休憩に入った。

ヌアダの周囲に自然に円陣を組むように人の集まりが出来ていたが、イオス達3人はその辺りの配置の定石が分からないため、無難に少し離れて彼らを眺めていた。

なんとなくだが、おそらく護衛隊、そしてイオス達を引率するヴァイスよりもヌアダが立場的に偉く、指示を仰ぐための普段からの整列の一種なのだろうと思った。

フミフェナへの対処から考えても、ヌアダがここにいる誰よりも強いのは明らかだろう。

自分と1歳2歳しか変わらないこの少年が、とんでもない化け物である。

その事実に、イオスはヌアダに興味と憧れを抱き始めていた。


「ヌアダ殿、先ほどは申し訳ありませんでした。

 正直、力不足にも我々は隊長以外、先ほどの出来事の最中、あの子を見失ってしまいました。」

「私からも謝罪を。

 護衛隊長を言いつかっておきながら、一瞬護衛対象を見失い、しかも手出しする暇もなくヌアダ殿に接触させてしまいました。

 処分は如何様にも・・・。」

「大丈夫です、スイさん、レーウィン隊長。

 今回の件は、正直、僕も聞いてた情報と違う!と思いましたので。

 そうですね、責任を問うなら、情報収集を担っていたヴァイスさんの責任ですよ。

 報告は正確に。

 そうですよね、ヴァイスさん?」

「これは、手厳しいですね・・・。

 皆さんには、特にフミフェナさんには申し訳ないことをしてしまいました。

 ・・・まさか口を挟む間もなく、そして躊躇なくヌアダ殿にあんな『ご挨拶』を見舞うとは想像もしておらず・・・許可してしまった私としては言い訳のしようもありません・・・。」

「ふふ、まぁ意地悪はこれくらいにしておきましょう。

 事前にヒノワ様から、彼女の性格なら僕がこういう動きをすればこうくるのではないか、と予測を伺っていたので、警戒はしていましたよ。

 ただ、扉が開いたなと思ったら予想の倍くらいの速度でフェイント入れながら一瞬で走って来るし、予想外にも程があるぞ!って感じでしたけど・・・。

 あの速度だと、対処しようと思ったら初動から0.05秒くらいのところで止めないと振り切られていたと思いますよ、敵対者ならともかく、護衛対象の所作で不意打ちに気付いた後に0.05秒の判断を咄嗟にできるかと言ったら、実際のところ難しいと思います。

 要は、これは下車と『ご挨拶』を許可したヴァイスさんの責任です、ということになりますね。

 なので、本当に気にしないでくださいね、レーウィン隊長。

 僕からもちゃんとその旨は報告書に記載しますから。」


ヌアダの言葉で護衛騎士達、特に隊長のレーウィンが目に見えてホッとする様子が見て取れた。

そして、ヴァイスは軽くも聞こえるその声に冷や汗のようなものを流していた。

きっと、護衛騎士達には、ヌアダが致し方ないと判断した、いう言い訳が必要だったのだろう。

もしフミフェナが敵で、ヌアダが護衛騎士よりも弱かったという仮定状況ならば、ヌアダは死んでいたかもしれない。

護衛としては”運良く護衛対象が襲撃者よりも強かったので難を逃れました”なんて不名誉にも程がある報告になる。

それくらいの失態でもあった、ということだ。

ヴァイスの冷や汗は、彼よりも上位の人間がヌアダの説明を聞いて、どう処分されるか想像したことによるものかもしれない。


「いやぁ、ほんと早かったですね、この子、アビリティで高速移動でも持ってるんですかね?」

「うちの娘より小さいのに、俺の全力より速いってどういうことなの?

 下手すると足自慢の斥候のヤマダさんより早いんじゃないの?」

「俺は全然追えてなかったから分からないが、単純な移動速度ならこの子の方が早いんじゃないか?

 ヤマダさんも速いけど、姿が残像しか見えないなんてことなかったからな。

 でも、ヤマダさんの場合は隠形スキル系が充実してるから足の速さは最重要じゃないんだよ。

 ね、ヤマダさん。」

「いや君たち、言っとくけど僕はもう40超えてるからね?

 そんな元気に走り回るのはちょっと・・・。

 ていうかあの子、こっちでは3歳半くらいなんだろ?

 僕はもう前世と含めると今年で79歳になるんだよ、そんな若くて健康な才能溢れる幼女と比べられてはかなわんよ、君達はもっと老体を労わってくれないかい?

 ・・・とまぁ、冗談はともかく、先が恐ろしい幼女だね、ヒノワ様も大概だが・・・。

 あれはもう足の速さとかいう問題じゃないね、多分人体の限界を超えている。

 勿論、3歳半の肉体であれだけの速度が出ること自体が異常だけど、鍛え上げた成人でもあんなスピードは出ないよ。

 多分、僕の知らない《纏い》の特殊な使い方で筋力を強化しながら、関節や筋肉が自壊しないように保護しながらリミッターを外しつつ、脳の処理能力の限界まで加速しているんじゃないかな?

 人間が限界だと思ってる能力も自壊を前提としたら出力としては倍くらいまでは出るからね。

 人間の精神が自壊への恐怖を本能的に持っているから脳がリミッターを掛けてしまって、通常は無意識的に制御されてそんな出力は出せないようになっているけど、身体が壊れないようなシステムを作ることによって脳のリミッターを常時解除している状態を訓練して身に着けているとかそんなんじゃないか?

 まぁ、一般人の域を出ない僕には想像もつかないね。

 あの子が前世でどういう人だったのかは分からないけど、こっちにきて3年半で我々の想像外の能力を身に付けるなんて。

 ところでトオル君、具合はどうだい?」


護衛隊の医療担当であろうトオルと呼ばれた護衛騎士は、聴診器のような検査器具を当てていたが、粗方見終わったようで器具を片付けて馬車の入り口に腰かけた。

見た目は30歳くらいのように見えるが、顔を見なければ小さいおじいさんにも見える。

端的に言って目付きと姿勢が悪かった。

特徴的な身長は155㎝くらいと護衛隊の中でもダントツ一番で小柄で、アッシュグレーの長髪を後ろでまとめており、右頬にクローバーのような入れ墨を入れている、という昔やんちゃやってました、って感じの人に見えたけど、それよりも、闇が深そうな眼光はあまりお近づきになりたくない雰囲気を醸し出していた。


「そうだな、あんだけバカでかい音が鳴ったから、見た目は問題なくても中身がぐちゃぐちゃかもしれんと思ってたんだが、脳味噌も腹の中身も無事そうだ。

 ヌアダ殿の手加減もあるが、おそらく”中”の《纏い》も習得して十分に習熟し、衝撃を受けた時にも十分に機能させていた証拠だ。

 小さいが、立派な戦士だな、この子は。

 あの速度で移動して衝突、急停止すると全てのエネルギーが身体へのダメージとして反動が起きたはずだが、筋肉や腱も傷めていないし、内臓や脳も流石にノーダメージではないが、気血の流れに大きな乱れはないから、大きなダメージを負ってはいなさそうだ。

 シンプルに、盾による打撃の衝撃によるダメージで一時的に気を失っているだけだな。

 脳震盪と大げさに言うほどでもない。

 ひょっとするとヌアダ殿の打撃に防御を間に合わせようとして、防御が間に合ったのかもしれん。

 速過ぎて正直その場面を見てなかったから、どう対処しようとしたのか具体的にはよく分からんが。

 武装が見当たらんから、武装が砕け散ったことで緩衝材になった、とかかもしれん。

 そういえばこの子は飛び出したときは黒い武装をしていたと思うが・・・。

 よもや頭部への打撃だけで全身の鎧が粉微塵に砕けるほどのとんでもない打撃ではなかったのだろ?

 破片は既に回収したか、鎧をヌアダ殿が脱がせたのか?」

「いえ、僕は何もしていないですよ。

 ・・・障害が残るようなことがなくてよかった。

 防具の件については、少ししか見れなかったのでどういった防具かは不明でしたが、パッと見でもかなりの防御力のある防具だなと見込みましたので、あの衝撃で微塵となるほど砕けることはないでしょう。

 そもそも、徹らない可能性も考えられた為、あの打撃は衝撃力が防具を貫通する形で打撃をしました。

 防具の方は金属鎧だとしたら傷もほとんどつかないくらいだったんですが、彼女が気絶したら霞に溶けるように消えていきまして・・・。

 鎧の消え方は、まるで、そうですね・・・召喚獣みたいな感じでしたよ。

 召喚獣も術者が召喚を解除するとブワーっと足元からじっくり消えていくじゃないですか、あんな感じでした。」

「あぁ、あれは粒子展開技術を応用した疑似外装だそうですので、似たような感じじゃないでしょうか。

 おそらく彼女が気を失った時点で粒子の供給が止まって消失したのだと思いますよ。

 面白い装備ですよね。

 便利そうなので欲しいのですが、彼女にしか使えない仕様になっているそうで、聞く限りは同じ物を作っても我々では装備できない可能性が高そうですね。」

「なるほど、ということは血統装備の類かな?

 僕もあまり見たことがない類の装備みたいですので、ユニーク武具の可能性もあるかな。」


イオス達の目の前にいた時は・・・黒装?と言っていた全身鎧と小槍を装備していたはずだが、ヌアダとフミフェナが衝突した辺りにも破片らしき物はイオスが見る限り一切落ちていなかった。

馬車内で変身シーンを見ていないと、確かに外見はフミフェナの体格に合わせて製作された金属製の全身鎧にしか見えなかっただろう。

イオスからすれば、全身鎧姿に変身するなど魔法のようなチート技術としか思えなかったが、戦貴族ならひょっとするとポンポン持っている技術かもしれない、と考えてもいたので、ヌアダ達ですら頻繁に見る物でない、というのを聞いて、やはりこれは先天的なアビリティではないかと思い始めた。

戦貴族ですら装備の判別がつかないとするなら、彼女『も』先天的なアビリティで何かを得ているとしか思えない。

イオス自身も大したアビリティではないが、先天的なアビリティを取得していて、それを秘密裡に活かして今まで生きてきた、というか死の危険を避けて生き延びてきた。

ひょっとすると、彼女も同様にアビリティで今まで生きてきたのだろうか。


「しかし、あの素晴らしいスピード。

 レーウィン隊長やスイさんをほぼ置き去りにした馬車からの飛び出し方の欺瞞と演出。

 馬車の外の状況のほぼ正確に把握して、周囲に伏兵や狙撃がないことを確認して障害物が僕一人であることを確認してから、不意を突いて一直線に僕を狙う着眼点も悪くない。

 馬車の床面・壁面に残った足跡は綺麗な物で、凹みや破損も見られない。

 通常、あれだけの速度で突進すればあちこちボコボコにするものですが、移動経路の隠蔽技術なのか、備品保護の為の気遣いか、僕への警戒が成したことなのかは不明ですが、素晴らしい体術も既に持っているようですね。

 そして、我々の知らない”ユニーク武具”を手に入れて、《纏い》も使いこなしているように見受けられるので戦闘経験も少なくはないと考えます。

 こうなると、最早こちらの世界で肉体年齢が三歳半であるというのはこの際度外視して良いでしょう。

 前世では武芸を一切やっていない、一般的な日本のOLだったと聞いていましたが、こちらの世界で3年半しか過ごしていないというのにここまで練り上げ、仕上げているとは、このお嬢さんの『中身』は少々常軌を逸しているようです。

 流石、ヒノワお嬢様が『特別』と推す女性だ。

 純粋なレベルの方はまだ50台前半くらいでしょうけど、この先のレベリングでレベルの方はおそらくすぐに100まで到達するでしょう。

 戦闘技術はまぁ年数が物を言うでしょうから、おいおいつけていくとして、”レベルを上げる為に必要な能力”は既に網羅しているようですし、現段階の戦力でもすでに立派に前線でやってけますね。

 それに装備や足の速さだけが気になる所じゃないですよ、僕は索敵能力の方が気になりますね。

 もう少し詳しく聞いてみないと分かりませんが、先ほど一瞬垣間見た感覚だと、索敵能力はおそらく我々の知る何よりも広範囲かつ短時間による走査が可能なように思えます。

 偵察とか対人潜伏とかなら一線級じゃないですか。」

「えぇ!?

 レベル50台前半なんですか?

 僕らより上のレベルかと思いましたよ・・・。

 いやでも3歳半でレベル80は流石にないか、レベリングしてもレベルキャップが上がらないもんなぁ。」

「スイ君もそう思いますか。

 ははは、ヌアダ殿にそこまで言わせるなんて、いやぁ、先が楽しみだなぁ。」

「はは、本当ですね。

 ですが、彼ら3人には、ちょっと目の毒だったかもしれません。

 萎縮していないといいんですが・・・。」


いやいや、萎縮してない、なんてことは絶対にない。

むしろ、あれを見て萎縮しないなんてことがあるのか逆に聞いてみたい、とイオスは思った。

無言でイオスが同意を求めて振り向くと、パラメインとノランも首をガックリさせ、両手を上げるモーションを取っていた。

そりゃそうだ。

僕だってお手上げだ。


「毎年はやってないですよね?これ。

 僕の時にはこんなことなかったもんなぁ。

 あの子が『特別』だから実施されたってことなんでしょうか?」

「そうですね、僕はそう聞いています。

 ヒノワお嬢様から『面白い子が来るからちょっとちょっかい出してきて』という指示があって僕が出張ることになったんですが・・・まぁ、確かに面白い子ですね。

 僕に襲いかかる時、殺すつもりで襲っても僕は死なないだろうという推測の元で全力で殺しに来てましたし、思い切りはいい。

 あそこで僕が立ち塞がったことを『性能評価試験』の一つだと認識し、中途半端に言葉を濁して普通の『ご挨拶』では評価が良くないだろうと判断し、自分の生命の危機へかかわる様々なリスクを勘案し、それに対して得るメリットを計算し、そして自分の『秘密』については隠匿したまま望む程度の評価点が得られるだろうと打算が全てついた上での突撃。

 年齢相応の可愛げはありませんが、まぁそれも『特別』ということですね。

 僕が彼女を指導する機会があったなら、前線に出る前に一度、思い切りが良すぎる所だけは指導するかな、というところでしょう。」

「ヌアダ殿のことを知っていたんでしょうか?

 正直、我々だったら本当に死んでいてもおかしくない攻撃だったと思いますが。」

「おそらく、『鑑定』系のスキルで、僕がヌアダ・ファラエプノシスかそれに準じる戦闘能力は所持している黒の戦貴族ゆかりの者だということは判別していたようですよ。

 なんだろう、よく受ける『鑑定』系スキルのような”覗かれている”粒子のこそばさとは別の感覚を感じましたので、従来にない『鑑定』系スキルを受けたような気がします。

 いや、正しくないな。

 うーん、なんというか、『鑑定』と『分析』は間違いなく遠距離で受けましたが、視覚的には直視されていなかったので、遠隔で肉眼を経由しない”覗く”系統の、変わったタイプのスキルを所持しているようですね。

 最低でも半径100m以内は一瞬で走査されていたと思います、場合によってはそれより広かったかもしれませんが。

 僕を認識してから周辺状況を把握するまで1秒も経っていなかったですし、おそらく護衛騎士がいるということで、護衛騎士の領分を冒さないように索敵を引っ込めてたんでしょうが、広域の状況把握能力も非凡なものがあるのは間違いないようです。」

「とするとあれですか、我々が彼女の能力査定の邪魔をしてしまっていた・・・ということですか。」

「それは彼女がそう考えてそうしただけのことなので、ヒノワお嬢様なら『他人が自分の領分だと主張して脅してきても納得できるまで自分でやらないのが悪い、手遅れになったなら自業自得だ』と言うと思いますので、気にすることはないかと。

 あの動きだと不用意に衝突してしまった場合、彼女自身の身体がその衝撃に耐えらえないことは勿論当然あるし、衝突した相手が彼女よりも圧倒的に頑丈でなければ二人ともが死んでいてもおかしくない。

 彼女は僕に襲い掛かる時、オーラの出方、筋肉の動き、目線、その他全てを同時に確認しながら疾走し、あくまで僕が殺すつもりでは来ていないことを察して、自分の実力がどこまで通じるか試すついでに、あわよくば自分の実力の宣伝に利用し、かつ僕が自分をどこまで保護しようとするかも確認しようとしたように見えました。

 つまり成果はどうあれ評価はされると判断しての突撃であり、程度の多少はあってもダメージを負う前提で突撃してきた、ということですね。

 いやぁ、彼女の計算通りっぽくて嫌なんですけど、評価せざるを得ませんでしょう?」

「はー、なんちゅうお嬢さんだよ全く・・・。」

「ま、ともかく、彼女が『特別』なのはよく分かりました。

 なんとなく僕を使った『彼女の能力周知』だったような気がしますが、ヒノワお嬢様の御意思であるというのならにべもありません。

 僕の評価としては、彼女はヒノワお嬢様付きの侍女候補生として申し分ないでしょう。

 ですよね、ヴァイスさん。

 それに、レーウィン隊長やスイさんやヤマダさんのお墨付きもいただけそうですしね。」

「えぇ、ヌアダ殿の評をして『思い切りが良すぎる』という点は正直私としては侍女としてどうかとは思いますが・・・能力には問題ないのではないでしょうか。

 これからどう成長するか楽しみですな、伸び代があるだけに。

 我々はもうロートルだということを自覚せねばなりませんね、ねぇ、ヤマダさん。」

「だからもう自分から歳だっつってんだろ!

 お前と同い年だろ確か。」

「おふざけもその辺にしろ、ヤマダ、ヴァイス。

 そろそろこの子が起きそうだ、そろそろ周辺警戒をした方が良くないか、隊長殿。」

「そうか、じゃあそろそろ動くかね。

 ヤマダさん、周囲を5分くらいで回れる程度で一周グルッと頼む。

 スイさん、レン、コイズ、メデリースは周囲展開開始。

 トオルはその子についてあげてくれ。

 ヴァイスさんは、彼ら3人の監督を続けてください。」


各々が頷いた後、彼らの展開は早かった。

流石にベテランの兵士っぽい動きだ。

ヌアダは馬車の前面に立ち、何やらしていたようだが、イオスには何をしているのかは分からなかった。

そうして5分くらい過ぎた頃、ようやくフミフェナが目を覚ました。


「おはよう、お嬢さん、意識ははっきりしているか?

 どこか具合のおかしいところは無いか。

 ゆっくり起き上がって、身体を動かして確認してみてくれ。

 俺が調べる範囲では怪我はないようだったが。」

「申し訳ありません、ご迷惑をお掛けしたようで・・・。

 ・・・えぇ、とりあえず問題なさそうです。」

「それは良かった。

 俺はマシバ・トオルだ、ヒノワ様の御領地で医者の端くれをしている。

 君はヌアダ殿に突撃を敢行し、盾の強打を食らって気絶していた。

 キチンと覚えているかな?」

「はい、そこまでは覚えています。

 治療していただきありがとうございます。

 痛いところも、傷めた所も特にないようです。」

「礼は不要だ、これは仕事なのでな。

 君が気絶していたのは、そうだな、15分くらいか。

 俺には不要だが、後でヌアダ殿には謝罪と感謝を伝えた方が良い。

 彼が君を柔らかく受け止めなければ君は重傷を負っていた可能性もあったのだからな。

 そして、ここまで君を連れてきてくれたのも彼だ。

 要らないアドバイスかもしれないが、彼は戦貴族直系の男子で、10歳だ。

 君が軽くあしらわれたのは、致し方ないことだったと俺は思うよ。

 だから、”落ち込む必要はない”。

 さて、ヴァイスさん、じゃあ後は任せるよ。

 俺はヌアダ殿に伝えてこよう。」

「・・・えぇ、お気遣いありがとうございます、トオルさん。」


トオルが馬車の外に出ると、イオス達三人は若干居心地が悪くなった。

フミフェナがヴァイスの方に向き直し、ガバッと頭を下げて礼をした。


「ヴァイスさん、お騒がせ致しまして申し訳ありませんでした。

 監督役のヴァイスさんの立場も考えず、突飛なことを致しました。」

「うーん、まぁ、我々の発破の掛け方もまずかったですからね、お気になさらず。

 むしろヒノワお嬢様に、3歳児に出し抜かれてヌアダ殿のお手を煩わせることになるのは我々が油断していたからだ、と突っ込まれることになりそうなので、そちらの方が私としては恐ろしいところです・・・いやほんとに・・・。

 しかし、いい意味で予想を裏切られました、フミフェナさん。

 ノラン君、パラメイン君、イオス君の三人はこれから伸びる逸材であることは間違いありませんが、貴方に関して言えば、実力に関しては最早文句のつけようがありません。

 生前、武道を修めているわけでもない普通のOLとして生活していたとお聞きしておりましたが、一体どういう生活をしていれば貴方のような仕上がりになるのです?」


ノラン、パラメイン、そしてイオスもフミフェナのお顔を覗き込む。

知りたい。

3歳半の女の子の身体で可能なことなのであれば、自分達にも参考になるかもしれない。

そう思って当然だ。

落ち着いてくると、逆に高揚してきているのだ。

三人も男なのだ、初めて見る高レベル戦士の姿に、自分も努力すれば前世では明らかに不可能な、夢と憧れても叶わないような強さまで到達できるかもしれない、と思い描けば、心躍らないわけがないのだ。

男子が強くカッコいい姿に憧れるのは精神年齢が何歳になっていようが変わらないのだ。

心の中で目の前の幼女には多分この先も敵わないと思っていても。


「私のレベリングの方法のことでしょうか?」

「端的に言ってそうなると思いますが・・・。

 いくつか気になるのですが、まず一番大きな問題として、どうやってレベルキャップのCT・・・クールタイムを短縮しているのですか?

 普通、それだけの幼さでそのレベルなど有り得ないことです。

 そして第二の大きな問題、どこでそれだけの膨大な粒子を収拾したのですか?

 第三、たった3歳半と言っても行動が可能になった頃から計算しても1年以下しか期間がなかったはずですが、どうやってその装備を揃え、修練し、レベルを上げたのですか?」

「全て企業秘密ということでお願い致します。」

「「「「えっ」」」」


彼女はそう言ってペコリと頭を下げると無言になって小さいお人形のように馬車の座席に座った。

一切答えるつもりがない、と・・・。

三人+ヴァイスさんは絶句してガックリと肩を落とした。

あまり間を置かずヌアダも馬車に入ってきた。


「目が覚めたようですね、フミフェナさん。

 ・・・ん?どうしました?」

「いえ、お気になさいませんよう。

 先ほどは失礼致しました、フミフェナ・ぺペントリアと申します。

 フェーナとお呼びくださいませ。

 先ほどは失礼を働き強襲した私を優しく受け止め、こちらまで運んでいただいたとマシバ様から伺いました。

 ありがとうございました。」

「いえいえ、こちらも謝らねばなりません。

 お互い様、ということで、納得していただけますかね?

 では、フェーナ。

 少し話があるんだが、時間をもらってもいいかな?」

「はい、どうぞ。

 可能なことでしたらお話致します。」


ヌアダはヴァイスの隣に座り、腰に下げていた剣や左手に持っていた盾等を脇に置き、ジッとフミフェナを眺めた。


「レベルは51、《纏い》は既にスキルレベル100オーバー。

 今のところキャラビルドはほとんどAGI全振りのステータス。

 と言っても、スキルは戦闘系以外の物を多数履修しているね?

 直接戦闘はAGIと装備、技術で補って、速度で圧倒するスタイルにしたのかな。

 そして、戦闘以外のことをスキルで補助する形式をとるのかな?

 商人志望だと聞いているから、『鑑定』系への特化・・・もしくは拡張的な能力か。

 どうだろう、当たっているかな、大まかなプロファイリングなんだが。」

「・・・満点です、と回答すれば満足ですか?」

「はは、いや何、君の防具と《纏い》を貫通させた攻撃の浸透の仕方、手応えで戦闘能力自体は大体察している。

 稼働期間たった半年でそこまで上げたとなると、僕としてはレベルアップCTの方が気になるかな。」


!!??


全員の頭の上にビックリマークとはてなマークがいくつも飛んだ。



ノランは農村育ちで、5歳になる頃には農作業に従事していた。

農夫や木こり、鉱夫等はその仕事を続けていれば、モンスター等を倒す仕事以外では最もレベルが上がる職業だと言われていて、一般的に年齢相応(年齢=レベル)の数値を超え、戦闘を生業とする人間以外であれば一般人の中ではかなり強い方に分類される。

ノランの知り合いの中では、野生の獣を狩って毛皮を売ったり食肉にすることを生業としている腕自慢の狩人(おそらく40歳くらい)がレベル50に到達しており、近隣に生活する人達の中ではダントツで最強だった。

多少のモンスターの接近等はノランが物心ついた頃から既に彼が追い払っていて、村落を守り、村に冬の寒さを凌ぐ為の毛皮や食肉を供給してくれる彼を尊敬していた。

モンスターの群れによる強襲があった際に最後まで抵抗したのであろう彼も巻き込まれ亡くなってしまったと聞いたが、彼を尊敬する気持ちには変わりはなかった。

ノランの目標は、彼のようになることだった。

モンスター達を倒す為の能力を手に入れ、彼のように、いや彼よりも強くなり、モンスターの脅威に晒される無力な人達を守りたいと願っていた。

そんな彼がレべル50だったというのに、目の前の白い髪の幼女はレベル51。

つまりはモンスターや獣と長年戦った狩人よりも目の前の幼女の方が経験値を多く得ている計算となるのだ。

ノランにはどうやったら半年でそんなことが可能になるか全く想像もつかなかった。

ただただ、ノランには彼女の存在は特異な、別の世界の人間にしか見えなかった。



パラメインも貴族の次男として、嫡子の予備の任を終えた後は家を出ていかなくてはならない身の為、成人後に身を立てて騎士になるための鍛錬が必要だろうと、幼い頃から屋敷を護衛していた戦士から合間を見て鍛えてもらっていた。

明らかに身体つきが鍛えた人のそれであるノランやイオスには劣るだろうとは思っていたが、一般人よりは訓練して筋力もレベルも強いはずだった。

ヴァイスから迎えが来る、という話を聞いた時には「同じ馬車に3歳の女の子もいますよ」と聞いていたので、パラメインは一緒に馬車に乗る縁もあるのだから、その子は大きくなるまで自分が守ってあげよう、という騎士のような気分すら持っていた。

だが、彼女は自分の何倍も強く、何倍も努力していた。

いくら天才でも、生後三年半、レベリングを開始してたった半年でレベル51など、到底生半可な鍛錬ではなかったはずだ。

目の前の少女は、それだけの努力をしたのだ。

彼は目の前の少女が尊敬に値する、自分が目指すべき姿があるのだと思った。

『神の天啓』

彼女はきっと、自分がこの世界で仕えるべき存在であり、この馬車での出会いは、神が自分に彼女に仕える為に設けた機会だったのだと思った。



イオスは、ただ絶句するのみだった。

前世では総合格闘技もやっていたし、こちらの世界でもその継承できた戦闘技術と獣人特有の生来の肉体能力で何度も主にならず者との対人戦闘をこなし、ある時には『殺人』についても経験していた為、同年代の中では突出して強い方であり、スカウトを受けた時にヴァイスの仲間に『鑑定』で見てもらった時には、レベル10台中盤、おおよそ14か15まで到達していると聞いた。

同年代の子供が平均7か8であることを思えば破格の数値だということも聞いていた。

なので、イオスとしては、フミフェナの先ほどの行動を見るまではいくらレベルが高いと言っても、レベル10以下だと思っていた。

それが、レベル51。

先ほどの行動を見る限り20や30ではないだろうと思っていたが、それより遥かに高かった。

しかもそこまで到達するまでに要した時間はたったの半年・・・。

自分が見てきた、体験してきた地獄とは次元が違う鍛錬が必要なように思えた。

イオスには目の前の幼女は気味の悪い化け物のように見えた。

自分が何年間も続けた地獄のような日々を何倍何十倍にして、半年間に圧縮して経験する。

そんな鍛錬を可能にする精神も異常だし、そんなレベリングをしながらレベリングに必要な装備を手に入れる手法も発想も異常だし、そしてたった3歳半の身体でそれを実行しようとする考え方が最も異常だ。

それらが3歳半の幼女の身体で実行されるのだ、きっと誰から見ても気持ち悪い

存在全てが異常に過ぎるからだ。



「あまり乙女の秘密を暴いて人前でペラペラ喋るというのはどうかと思います、ヌアダ様。」

「勘違いしてもらっては困るから事前に言っておくが、僕は特別な分析能力は持っていない。

 今言ったプロファイルくらいは調査段階の資料にある程度の情報を持っていれば、最前線の人間なら何割かの人間が分析できる程度の話だ。

 流石に、君がどういう能力を隠しているかは分からないが、君が秘密主義であることは良く分かった。

 確かに絶対にバレてはいけない秘密があるならば隠しておいたらいいが、もう少し表向き問題ない程度の情報は自分から晒していくべきだとアドバイスしておこう。

 様々なストレスは思わぬ所を捌け口としてしまうことがある。

 利益がない限り、秘密主義の人間を好んで仲間の和に入れよう、という者はそう多くはない。

 最前線の兵というものは、戦時には全身全霊全力の自分というものを曝け出しながら戦うものだ。

 普通の指揮官の指揮する戦場で、急造の隊に編成されたとき、自分の実力や出来ることを隠しながら戦場に入り、ちぐはぐな編成が組み込まれ、無駄の多い作戦を実行して戦ううちに、命令に従って全てを費やして戦っていた仲間達は死に、場合によってはその影響で自分も致命的な怪我を負う、といった場面になる可能性も有り得る。

 作戦を練る者が、編成する兵の特性を理解していなければ、いずれはそうなる。

 分かっていたなら何故言ってくれなかった、何とか出来たのに何故やってくれなかった、そういう不満も表出してくる。

 それに、一人で出来ることも限られてくる、そうなると仲間と協力しなくては達成できないことも多くある。

 戦貴族であってもそうだ。

 君はソロ志向なのかもしれないが、正直言ってソロは成長という観点から見ると効率が悪い。

 また、ソロの難点として”他人の戦う姿を見る機会が少ない”という大きいデメリットもある。

 他人と面と向かって戦う機会など、そう多くない。

 他の人はどうやって戦っているのだろうか、他の人はどう工夫しているのだろうか、そういうことを日ごろから見ている方が参考にもなるし、自分自身の改善であっても、外の目から見た評価も必要となる場合もある。

 そうしたことから試行錯誤も進みやすくなるものだ。

 君はなまじ才能があって、ここまで成功してきているだけに中々その辺りの改心は出来ないだろう。

 だが、この先、それでは成長は鈍るぞ。」

「だから、鼻っ柱を折る為にヒノワ様がヌアダ様を私に差し向けられた、ということですか。

 ですが、私は自覚しております。

 ソロによるリスク、デメリット、そして現在の私の鍛錬不足、レベル不足、戦闘経験不足、この世界への認識や知識の不足も。

 それらを補うために、自分で調査・勉強できる範囲では調べて勉強し、不足する部分は今後更に精進させていただくつもりでこちらに参ったのです。

 自分の特性は、それらを学んだあとに問題ないと判断した部分まで、相手が調べればわかるという程度の表出に留めるのが良いと思うのですが、積極的に他人に自らの特性・・・言い換えれば弱点まで晒せ、と言うのですか?

 何処かに情報が洩れ、万全の対策をされて命を狙って襲われたらどうするのです?」

「鼻っ柱を折る、というよりは、ヒノワお嬢様なりの気遣いだ。

 『戦貴族とはこういうものだ』というのを体感しろ、ということだろうね。

 手合わせを頼まれたりいきなり攻撃されることがあるかもしれないとは聞いていたけど、馬車から直行で攻撃してこられたので、咄嗟に攻撃してしまったんだ、それについては謝罪させてもらおう。

 本当は、優しく手合わせするだけの予定だったんだ。」


イオス達3人からすると、全然立ち位置の違う話なので聞き耳を立てるに留まっていたが、ある意味自分達への講習でもあるのだろう、と感じてはいた。

灰色の戦貴族、その直系の、おそらく嫡子ではない、娘であるヒノワ様ですら、さして厳重な戦力の必要のないスカウトした子供たちの送迎にこれだけの戦力を供出できるマンパワーがある。

外部の人間に対して対外的に大仰に戦力誇示をするのではなく、これから内側に来る人間に対してその実力の一端を示し、”君達は、我々は、これから、彼らと同じく戦力となる、もしくはそれを支える礎となるのだ。”ということを分かりやすく伝えた、ということか。


「特性云々に関しては、それを言い始めると、事前に何も知っていなくても相手が勝手に戦闘中に気付くこともあるし、弱点欠点など関係なく即さっくりやられることもあるだろう。

 戦場ならいつでも背後は無防備だ、油断していて仲間に襲いかかられれば同じように弱点欠点など関係なく殺されてしまう、ということも当然の如くある。

 フレンドリーファイアをカットするようなシステムも特にない、”ムカつくと思う者に流れ矢でも刺さって死ねばいいのに”、と適当に矢を放つ者がいないとも言えないし、当てるつもりがなくても致命傷になる流れ矢が当たる可能性も勿論ある。

 だが、本当に極限に迫った、生死のかかった戦場というものは、そういうものを超越する。

 『あいつが死ぬと俺の命が危ない』『あいつが死ぬと敵にトドメが刺せない』『あいつが死ぬと兵站が止まって飯が食えなくなる』、全て自分の生存の為に必要なことだが、他人から”そう”思われた時、自分を守る口実は他人も守る口実になる。

 公表したら致命的になる技術や、機密に準じる技術、緊急時の為の奥の手を持っておくのは勿論いい、むしろ持っておくべきではある。

 ただ、自分が他人に与える情報の多寡で自分の価値を上下させるような生活をしていると、相手に全て暴露されてしまったら、その後の価値は下がらざるを得ない。

 君が胸に抱く秘密が、どれほど崇高なものなのか、どれだけつまらない下らないものなのかは分からないが、ね。 

 全ての情報がバレて内実共に晒されたとしても一向にダメージがないと言える、逆に知られた後に仲間が君を絶対に守ってやらなければならない、と思うほどに他人に必要とされる。

 そうなれば他人を一顧だにしないほど強くなるよりも現実的に強固になり、それこそが君の命の価値を決めることになるだろう。

 ”他人を信頼し、自分の命とも言える物を扱い、生業とする”、商人とはそもそもそういうものではないのかな?」

「つまりは・・・とりあえずめちゃくちゃ要約すると、全員手懐ければいいじゃん、ってことですか・・・?

 極端というか・・・大雑把過ぎませんか・・・?」

「はっはっは、戦貴族と言うものに夢を抱いていたのなら申し訳ないが、実力至上主義だからな。

 勿論、指揮官がそうあるべきなのは当然としても、末端の戦闘員だとしても、同様だ。

 周囲の仲間、同僚、民や行政官、色々とあるが、出来る限り戦略的、戦術的な思考も止めてはならないよ。

 戦闘中、そういう思考を常時全開で、ずっと考えながら戦える余裕のある者なんて、ほとんどいないけどね。

 戦闘ともなると、身体は臨戦態勢となり、脳内麻薬も出るし、普段おとなしい者でも高揚し、おたけびを上げて戦う。

 もっと言うと、人によっては短絡的になり、本能的になる傾向にある。

 それらを制御するには強力な自制心が必要となるが、自分以外を気にすることがない立場では、冷静に判断する発想が失われ、喜怒哀楽、刹那的な感情にその制御をもっていかれる。

 自分の仲間、守るべき家族、仕えるべき主、護衛すべき対象、自分を見ている対象、そういう他人がいてこそ自制心は強力に維持され、困難な状況になっても冷静に判断をしなければならないと自分を強く律するものだ、ということは忘れないでほしい。」

「・・・わかりました、肝に銘じておきます。」


フミフェナは頑固そうだが、多少なりとも考えるところがあったのか、口を噤んだ後、目を瞑ったまま動かなくなった。

まるで意識はそこにないかのように、だが姿勢よく大人しく座っていた。

ヌアダはフミフェナとの話を終えると、いくらかヴァイスと話した後、馬車を離れて都市に戻ると言い、どこからか連れてきた馬に乗って走り去った。

しばらくの静寂の後、ヴァイスから現地カンベリアに到着した後の流れ、新しい住居の生活の仕方などについてカンファレンスがあり、フミフェナを除く乗員同士については今世での出来事などの会話がはずんだこともあり数時間をそう退屈せず、何事もなく日が落ちる前には目的地に到着した。


灰色の戦貴族、アキナギ本家の直轄領の内、最も栄えていると言われるアキナギ・ヒノワ様が治める大都市カンベリア。

通常、都市の主要部分は城壁に囲まれていて、都市外に村の集落が数多く存在して、都市圏を構成している。

ノランが済んでいた所がまさにその都市外集落の一つであり、城壁に守られていない土地というものは、防衛の観点から言えば防衛能力が皆無であるので、何かしらの理由で人を襲いに来たモンスター等に襲われると、たまたま戦貴族が警邏していたとか、有力なハンターが滞在していた、とかでない限り、集落ごと滅びてしまう場合も多い。

全て城壁で囲むべきである、というのは当然のことではあるが、維持するためのコストがとんでもないことになる為、大抵の都市ではやはり主要部分のみ城壁で囲う、という形態を取っている。

イオスの目の前に広がるカンベリアの城壁は、前世で見たコンクリートのようにも見えるが、随分黒っぽい色をしていて、型枠の跡も見当たらず、外見はごつごつした一枚の石のようにも見え、そして高さは30m近くあるように見える。

高さだけでも相当異常だが、その構築規模も異常だ。

その構築規模は一般の人間を大幅に上回るイオスの視力を以ってしても、全体が把握できないほど広い。

おそらく、ここまでの物となると、高さ・大きさだけではなく、強度も通常の城壁よりは強固なのだろう。

まさか一枚の石をくりぬいて都市を作ったわけでもないだろうから、多分あれは何かイオスの知らない素材により建築されたものなのだろう。

それまでずっとじっとしていたフミフェナも瞼を上げ、近づく城壁をジロジロと見ていた。


「・・・すごいですね・・・。

 まさかこんな物がこちらの世界で建築できるなんて・・・。」

「フミフェナさんに称賛していただけるとは、ヒノワ様もお喜びになるでしょう。

 これはヒノワ様の統治下で進められた、都市圏全域を覆う4層の城壁の一番外縁に当たる城壁です。

 中央の灰城はもっとすごいですよ。

 この都市には、建材や建築に詳しく、”こちらの世界での建築”について究めておられる建築家の”来訪者”、サウヴァリーさんがいらっしゃいますから。」

「サウヴァリーさんと言うと・・・レギルジアのジアー温泉施設の建築をなさった方ですか?

 ゴーベルト様がリゾート施設として利用されておられるので、二回ほど連れて行ってもらったことがあるんです。」

「そうですね、色々な都市を渡って来られている建築家とのことですから、そうかもしれません。

 ヒノワ様からフミフェナさんは建築関係のお仕事についておられたと聞いておりますので、機会があればお話ししてみてはいかがですか?

 話も進むかもしれませんよ。」

「機会があれば、本当に是非会ってお話を聞いてみたいですね。

 ・・・そう言えば、これだけの規模の都市からこちらに・・・レギルジア方面に向かう馬車や商人とすれ違っていませんよね?

 今も、見えている城門からこちらに向かって出てくる人が全く見えませんが・・・。」

「お気付きなのでは?

 何事もなければ、安全な街路の護送に護衛騎士をこんなにたくさんつけることはありませんよ。」

「・・・何かあったのですね。

 それも、完全に城門を封鎖すべき緊急事態のようなものが。」

「はい。

 ただ、ご安心下さい。

 貴方がたをお迎えに上がるまでに、戦貴族本家の方々の出征により掃討は完了しており、念のため明朝まで閉鎖としているだけです。」

「・・・なるほど。」

「ヴァイスさん、一体何があったんですか?」

「とりあえず、今日は学校につきましたら、貴方がたの宿舎に案内しますので、そちらで明日の準備をしてください。

 詳しくは、明日、お知らせすることになるでしょう。」

「分かりました。」


城門も先触れに護衛騎士が先行していたこともあり、ヴァイス達の案内によりスムーズに越えることが出来、都市内のキレイな煉瓦の舗装を馬車が進むと、急に今までお尻を悩ませていた震動が止み、一気に楽になった。

街道沿いには、石造、木造、レンガ造から鉄筋コンクリート造らしき物まで混在する、まるで色々な時代の建物がそこかしこに混在して立ち並ぶ不思議な都市。

イオス達がこれから様々なことを学ぶことは、きっと今までの生活を否定するようなレベルのものになるだろう。

そして、おそらく同期入学することになる白い髪の幼女、フミフェナ・ペペントリアの背を追うことになる生活にもなるだろうことは、今この段階でも想像がつく。

イオス達3人は都市の中を馬車に揺られながら、そんなことを言葉に出していないにも関わらず、同一の感情を抱いていた。

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