10話 実力差
「さぁ、どうぞ、空いているお席にお座りください。」
「ありがとうございます!お邪魔します!」
入ってきた子が頭を下げるのと同時に、先に乗っていた3人もペコリと頭だけ下げる。
ヴァイスさんの案内で馬車に乗ってきた子供はこれで私を含めて4人目。
今日乗車する予定だった子供達は全員乗ったことになるようだ。
私以外の三人は皆、男の子だった。
荷物の積込が済んだのを確認すると、ヴァイスさんも乗り込んでくる。
要人やそのお世話の人間等を乗せる為の豪華な装飾の馬車(およそ定員10名)だったが、私以外は結構荷物も多かったようで、最後の子の荷物を積み込むとこの人数でもあまりスペースに余裕はない感じになった・・・けど、小さい子供4人がちょこん、と座る分には全く以って問題なかった。
高そうなスーツケースで5つも6つも持ってきた子もいたようで、親が過保護なのか、異世界転生者ならではのものなのかは分からないけど、一番荷物が少ないのが女性である私だったのは興味深い。
しかし男の子でもこんなに荷物持ってくるもんなんだな・・・。
「では、改めまして。
バステッド・ヴァイスと申します。
灰色の戦貴族、アキナギ家の本家、次女アキナギ・ヒノワ様付きの執事をしております。
そして、貴方がたがこれから入学される学校の教頭でもあります。
まぁ、学校と言っても、身体が出来上がるまでの間、成長を阻害しない程度にトレーニングする訓練をしてもらいつつ、こちらの世界で生きていくための基本的な座学を知識として学んでいただく施設と思って貰えれば結構です。
これは貴方がたの元居た世界で言うなれば、職業訓練学校のようなものです。
なので、学問を究めたい方などは、別途ハイスクールや、大学校というものがありますので、ある程度学年が進めばそちらに編入していただくことになるかと思います。
・・・そうですね、貴方がたの緊張を解くために更に情報を足しておきますと、実は私も異世界から転移してきた元地球人、出身はイギリスで、1950年出生で1980年頃にこちらに転移してきました。
おそらく合計しても貴方がたよりは長生きしており、又こちらの世界でも貴方がたよりは長く生活しております。
言って見れば貴方がたのこちらの世界での先輩になりますね。
なので、気負いなく、気兼ねなく、これからお付き合いくださればと思います。」
おぉー、と小さい感嘆が全員の口から出た。
確かにこちらの世界の人は異世界人って感じの少し骨格や体つきが地球人っぽくない感じがするんだけど、確かに白人の人独特のスラッとした感じや英国紳士風の威厳のようなものも感じる。
年齢は50歳くらいはいってそうなので、こちらの世界で20年くらいは過ごした計算になるのかな?
「我々のスカウトが貴方がたの所に伺った際にご説明したかと思いますが、貴方がたがこれから向かう学校は、在籍者全員が元地球人の異世界転生者です。
元の出生国籍はバラバラなようですが、こちらの世界では言語は全員共通で通じますので、意思疎通で言語が問題になることはありません。
加えて、私が教頭を務める学校、アキナギ高等能力開発学校では、”出生の差異”についての差別は一切ありません。
全て実力主義です、戦闘能力にしろ指揮能力にしろ、交渉能力、事務能力、全て、です。
それだけは皆さん、ご了解くださいね。」
男性女性年齢その他に関わらず、又、こちらの世界で受ける生家の影響は一切ない、そして生前の出生についても影響は一切ない、ということかな。
貴族だろうが奴隷だろうが、みんな平等に”実力”で差別される、と。
望むところではあるけれど、そこまで割り切って言われると、少し緊張してしまう。
アキナギ家のスカウトに応じた私達4人の異世界転生者は、何らかの理由で今までこちらの世界の”来訪者”を支援する機構への参加を見送って在野になっていた人間だ。
在野の”来訪者”は基本的に、今の生活を気に入っていてそのまま普通に第二の人生を歩みたいという人間と、支援機構への参加に疑心を抱いている人間の2通りに分かれているらしい。
その辺りはみんなどう考えて決めたのか気になるところだ。
私は単純に、やりたいことと方向性が合致したこと、あとはヒノワ様の人柄に惹かれたところもあったので即決しただけだから、ダメだったらダメだったで別の事を始めればいいだろう、と思っている。
まぁ私のことはいい。
まず、”来訪者支援機構”について。
こちらの世界には、異世界転生・異世界転移してきた者を庇護し、適役につける真っ当な国立の支援機構が何百年も前に設立されて、今私のいるこの時まで真っ当なポリシーを誤らず、クリーンなまま維持されているそうだ。
これはヒノワ様から聞いた話プラス自分でも調べた結果なので、裏側等はともかく現経営状況としては間違いではない。
ヒノワ様も調査したことがあると言っていたけど、荒も見付からず、対応も柔軟で、問題は見つからなかったそうだ。
ついでにヒノワ様も何度か勧誘されたらしい。
実際、今現在も数百人に及ぶ異世界からのそういった”来訪者”は、周囲や機構の人間に推されるか、自ら国に申請し、役所の仕事であったり、技術開発の仕事だったり、農業や工業を担う仕事をしたり、と言った様々な仕事の中から、各々に向いた職業の適役に配されている。
待遇も能力に準じるだけの地位に差別なく就くことが出来、賃金もそれに合わせて高くなる為、優秀な”来訪者”は自ら申し出てそういうシステムに組み込まれることが大半だ。
中には貴族にまでなったような”来訪者”も多くいるというから、システムに組み込まれることで差別されるわけではない、唐突に異世界に放り込まれた上で不当な差別を受けてそのまま何も出来ない、というシステムになっていない、というのは間違いないようだ。
ただ、私からするとその”健全”と囁かれる運営に、一点だけ、違和感を感じる。
”EXP粒子、端的に言って経験値を大幅に稼ぐ仕事”へ就く人間が皆無なのだ。
その支援機構は、頼ってきた在籍者とその適正職への配属までの履歴を公表しているので確認してみたけど、”来訪者”は一切、軍の前線や冒険者やハンター等のモンスター討伐に関する仕事へ配属された履歴が存在しなかった。
大半の人間がシンプルに適職ではない、と判断されたのであればそれも納得できる。
だけど、今まで支援機構を頼った”来訪者”全員が戦闘系の職へ適正なしと判断されたことへは疑問しかない。
出生の特性から戦闘職への適正が異常に高かったりすると内乱の元になるとか、もしくは戦貴族への国からの配慮?
しかし、ヒノワ様なんて”来訪者”であることを隠している素振りすらないような気がするから、いっそ戦闘特性のある”来訪者”は戦貴族への紹介・編入があってもおかしくないはずなのに。
確かに異世界の知識やそれの応用、現地での順応によって生活に関する技術、食糧事情や医療技術の発展を異世界出身者が担うことでこの世界のヒトの生活域が広がってきたのは間違いないだろうけど、おかしくはないだろうか?
発見して国へ報告した者や自治体には”来訪者輩出の地への助成金”として多くの報酬も国から出るから、”来訪者”が生まれたり、突然現れた際にはその町自体がお祝いされ、歓迎されるので、自分から隠している場合を除けば基本的に100%に近い数の”来訪者”が把握されている。
ド田舎の辺境ですら、それこそ村の英雄扱いで名前を彫った石像が飾られるという話もあるくらいなのだから、田舎に生まれたから恩恵に与れない、ということもないだろうし、戦闘職への適正率0%なんてあり得るんだろうか。
戦貴族に生まれた”来訪者”以外は、経験値を稼がせてはならない、というような不文律でもあるんだろうか?
ヴァイスさんの言では、実際のところはほぼ全数のヒトはその支援機構へ参加し、その他の数%のみが自分が”来訪者”であることを隠して生活している、という感じだそうだ。
そんな環境な中で、『飼い殺されて生活するのは真っ平だ』といった思想の持ち主がここに4人集まった、ということ。
そう考えると、癖が強かったり、何かしら事情があったりするのかもしれない。
かなり変わったメンバーがいたとしても不思議ではない。
自分も含めて。
「目的地に到着するまで6時間ほどありますので、差し当たり、自己紹介等から始めましょうか?
そうですね、乗り合わせた順番だと在り来たりですから、最後に乗ったノラン君からお願いします。」
「え、僕ですか!?
ごほん、では、僕からご挨拶を。
僕はノラン・パーヴィ、こちらの世界の年齢で6歳、元の世界で26歳、合計すると今32歳?ですかね?
元の世界では、中国の雲南省昆明の出身です。
前世での職業は、農民で、こちらの世界での稼業も農業でした。
色々調べた結果、私は来訪者支援機構への参加は見送り、普通のこちらの世界の人間として順応して生活する予定・・・でしたが、私の家はレギルジア城外の小村にあり、モンスターの強襲により私を残して村ごと全滅してしまいました。
私が生き残ったのは、村で穫れた作物をレギルジアに売りに来ていた為でした。
村が滅びたことも知らず、行商を終えて村に帰ったところでモンスターに襲われ、こちらの世界での人生も終わったかと思った時、村を襲ったモンスターを討伐に来てくれていた灰色の戦貴族の皆様に助けられ、こちらのレギルジアで一旦保護していただいていたところでした。
私の願望はただ一つ、6年とは言え、私の家族や良くしてくれた村のみんなの魂の為、モンスターを討伐する戦貴族の討伐隊に入り、私と同じような境遇の人間を生まないように、モンスターを倒し続ける仕事に就きたいと、そう思ったからです。以上です!」
一発目からハードなの来たわ・・・。
チラッと横目で見た他の二人も、うわぁ、という顔をしているが、熱い志を語るノラン君の目には入らないようだ。
出自は知っているだろうに、ヴァイスさんも意地悪なことだ。
最初がノランで開始したということは、最後は私なのだ、ノランからこの調子では私の時にがっかりされてしまいそうな展開だ。
ノランは本当に普通のルックス(失礼)、普通の身長、短い薄いグレーのような髪の男の子だ。
素朴を絵に描いたような素朴な少年という風情だけど、特に目が特徴的だ。
両目とも赤色をしていて、漫画とかだと目の異能力を持ってそうなほど、キレイな赤色をしている。
「次は私ですね、私はパラメイン・グレシュタイン・レル・メルンと言います。
今、こちらの世界で7歳になるところですが、前世では17歳でしたので、計24歳というところです。
前世の出身地はアメリカ、イリノイ州シカゴの生まれで、高校生でした。
今世では、メルン家という男爵家の次男として生まれましたので、語弊のないように言って、余程の贅沢を望まなければ普通に生活するのに何不自由ない家庭で、元々来訪者であることも周囲には黙っていましたし、機構への参加は考えていませんでした。
ノラン君ほどのヘヴィな事情ではありませんが、私の方は最近、6歳上の長男から家督相続に当たり、邪魔になったので社会的に死ね、といった指示がありまして、家庭内で居場所もなく、かと言って機構に参加したのでは最悪兄の目に留まると殺される可能性もあるしどうしようかな、と迷っていたところに、たまたまヴァイスさんがスカウトにいらっしゃって・・・本当に助かりました。
私には高尚な目的はありません、ただ、どうせ生きていくならやれることはやってから死のう、とそう思うので、スカウトにのり、今日みなさんとご一緒した、というところです。
パラメイン、もしくはファラと呼んでくれると嬉しいです。」
貴族出身は貴族出身で、まぁ家庭内の問題は難しいんだろうけど、お兄さん『社会的に死ね』ってまた無茶苦茶な指示出したな・・・そしてそれをまたちゃんと飲むパラメインもパラメインだ。
いや、意訳しただけで実際はもっとえげつない場面だったかもしれないか、逃げ場は用意してもらえたからそこで出来る範囲のことはしようって感じかな。
パラメインは貴族出身だけあってかなりイケメンだが、こちらの世界の奇抜な遺伝的な髪色(人によっては生まれつき髪色がピンクとか、青色、銀色や緑色など、前世では考えられないような髪色が普通)によってピンク色の髪色をしており、その影響か7歳にしても若干、中性的に見える。
貴族的な立ち振る舞いは確かに貴族っぽい感じだけど、やせ型で背丈も高くなく、雰囲気は少し小物感もする。
「次は僕だね、イオス・ライナ、8歳だ。
前世はインドの・・・まぁ地域やカーストはどうでもいいよね、20歳の時に気が付いたらこちらで赤ん坊だったから、今28歳扱いになるの?かな。
これ、合計年齢だと女の子の時失礼だよね?
まぁ大人扱いしてもらえると有難い。
今世では幸い、ド平民だが、安定して商売できている野菜などの作物を仲介して販売するスーパーのような店の店長の家系に生まれたので、僕も家を継いでそのスーパーを切り盛りするつもりでいた。
ただ、何処かで僕の知らない内に恨みを買っていたんだろうけど、家族のほとんどを賊に殺されてしまった。
店も破壊され、家も火を付けられてなくなってしまってね。
犯人特定してぶっ殺してやろうかと思ったんだけど、警察代わりの警邏隊曰く、犯行はどこぞの貴族の仕業で、捜査も止められる可能性が高くて、その上、雇ってる護衛はレベルが高いから襲いに行っても殺されるだけだ、なんて言われたよ。
僕はノラン君のように他人の為というわけじゃないけど、強くなって、その貴族をぶっ殺す、ってのが目的でヴァイスさんのスカウトにのったんだ。
なんでも戦貴族はレベル100だかくらいのレベルらしいから、まぁそこまで上がらなかったとしても、都市内の貴族の護衛がレベル30とか40なら余裕でぶっ殺せるらしいしね。」
「ゴホン。
イオス君、スカウトの時にも言いましたが、本当にそんな犯行を行うと、君が戦貴族に討伐されることになるんですよ?
対モンスターよりも、対人間の方が、討伐隊の隊員の精神に負荷もかかる、なるべくならそういう犯行は『妄想』で止めておいてもらえると有難いのですが。」
「殺さなきゃいいんでしょう?
それに逮捕されるときはおとなしく逮捕されますよ、僕の目的はそこで終わるわけだから。」
「はぁ・・・なるべくそうならないことを祈りますよ・・・。」
ヴァイスさんも頭が痛そうだ。
イオスは賢そうだし理性的な見た目をしているように感じたけれど、思い切りが良すぎて、かなり問題児っぽい。
男性ではあるけれど、整った女性顔とも取れる美形顔だ。
髪は白色、肌が褐色で帽子を被っているが、・・・うん?
「イオスさん、その耳は・・・?」
「あぁ、言い忘れていた。
僕は兎獣系の亜人族だ。
帽子を被っていたのによく分かったね。」
「少し、目が良いもので・・・。
しかし、初めて見ました、後で少し触らせてください!」
「あぁ、構わないよ・・・。」
兎獣系の亜人族・・・!?モフモフ・・・!
書物によると、ヒト族は古くから亜人族という種別の種族と共に生きてきたらしい。
亜人であるから差別される、といった傾向はないそうだけど、とある出来事でそもそもヒトの生活圏内に普通に存在するのは珍しいと思う。
100年ほど前から急激に魔物や獣に近い形態を持つ亜人は文明的、理性的な面を失い、狂暴な思想や本能的な破壊衝動に駆られるようになり、ヒトと共に暮らすことはなくなり、共生できない亜人達はヒトの生活圏から離れた、と読んだことがある。
見た限り、イオスの耳は人としての普通の耳もちゃんとあり、外見は完全に人だ、帽子の中に別にウサミミが生えてる、という事実さえ知らなければ、人にしか見えない。
ひげもないし、毛皮もない。
ひょっとすると、獣としての傾向が少ないからこそ生き残った種族だったのかもしれない・・・が、そんな地雷を踏み抜くほど私も迂闊ではない・・・と思っていたけど、質問してしまった。
幸いモフらせてくれるらしいので、後で存分にモフらせてもらおう。
「では、最後は、私ですね。
私の名前はフミフェナ・ぺペントリアです、フェーナとお呼びくださいませ。
こちらの世界に来てから3年ほどになります。
前世では、日本に生まれ、建材等を扱う商社に勤めておりました。
こちらでは、アグリア商店という大商店の番頭の娘として生まれました関係で、商店主であるアグリア様には良くしていただいておりました。
私にも高尚な目的というものはないのですが、今世での目標である『商人として成功すること』と、『可能な限りレベリングをし続けること』を両立させることが出来る、とヒノワ様に直接お会いした時に口説かれまして、ヒノワ様にお仕えすべく招聘に応じました。
趣味、『レベリング』、好きなこと『レベリング』、将来の目標『レベリング』です。
以上です。
皆さんには仲良くしていただけると有難いです。」
ペコリ、と頭を下げ、幼い子供の可愛さアピールも忘れない。
・・・まぁ、自己紹介だけど、嘘は言っていない。
いずれ敵対するかもしれないし、情報を漏らされるかもしれないので、詳細は伝えなかっただけだ。
馬車に乗った段階で『鑑定』系のスキルをくまなく使って、私以外の3人については先行して調べた。
ノラン、Lv8。
パラメイン、Lv6。
イオス、Lv14。
私フミフェナ、『Lv51』。
レベル差はかなり大きい、多分三人ともレベリングと呼ばれる作業はまだ行っていないのだろう。
イオスは年齢からすると少しレベルが高いので、ひょっとすると手習い程度に戦闘訓練的なものはうけたのかもしれない。
『鑑定』系のスキルへの欺瞞として、ベルトで粒子の自然放出量をほぼゼロに抑えているので、もしこの中に『鑑定』系のスキルに特化している人がいたとしても、私の正確なレベルを推し量ることは難しいだろうし、出来るレベルの人がいたとしたら、それは仲間に引き入れるべき優れた能力だ。
菌を操るスキル、ウイルスを操るスキル、細胞に関与するスキルは余程そういう知識に優れた人でもなければ、概ね『鑑定』されても結果に対して分析されることはないし、外部から確認できる表出している部分から対外的にバレることはないし、おそらく私のレベルを正確に『鑑定』できるほどの能力持ちだったとしても、私から自己申告しない限りは他人に知られるモノではないと私は思っている。
「3歳・・・?」
「はい、パラメインさん、3歳です。
もうじき4歳になりますが。」
「へぇー、3歳かー、前世では何歳だったの?
前世でも女だったの?結婚はしてた?
転生した時の先天的なアビリティは何もらったの?
レベルはいくつくらい?クラスとかスキルは何取るつもり?」
「・・・ノーコメントで。
イオスさん、デリカシーという言葉はご存じですか?」
「知っているよ、大人のつまらない気遣いだってことはね!
君は将来、相当な美人になりそうだよね、目鼻だちしっかりしてるし!
こっちの世界に来てから許嫁とかいるの?
まだ手がついていないなら、僕とかどうかな?
きっと僕なら君を幸せにできると思うんだけど。
君がお嫁さんになってくれるなら、僕は復讐を思い留まって、君の為に人生を費やしてもいい!
どうだい?」
「おい、やめろ、イオス。
初対面の女性に失礼だぞ。」
「どうしてだい?ノラン。
美人になりそうな女の子がいたら、褒めない?
生前は彼女も作らないでストイックに生活していたのかい?
それに、優秀な女性ってのは売り切れるのも早いんだ、早く予約しておくのは不合理なことじゃないよ。
それに、結婚が即、性的なモノに繋がるわけじゃない、結婚ってのは契約なんだ、この子が幼くても、僕のお嫁さんになってくれるというなら、いっそ今から婚約だけでもしたいくらいだ。」
「ありがとう、ノランさん、ですがお気遣いなく。
イオスさん、褒めていただけるのは有難いことなのですが、私の価値観とは合っていない、ということはお伝えしておきます。
貴方の人生観は貴方の勝手ですが、私にも自分の人生観があり、今この段階で貴方と人生を共にする、という約束はできません。
私は容姿を誇ってここにいるのではありませんし、伴侶を求めにきたのでも、恋愛をするために来ているのでもありません。
15年後、お気持ちに変わりなければお誘い下さい、その際に検討致します。」
フフッと、ヴァイスさんが苦笑し、手を挙げてストップをかけた。
「お三方、そこまでにしておいてください。
到着すれば数日のうちに分かることなので事前に言っておきますが、このお嬢さんは『特別』です。
まだ入学もしておりませんが、現在在校している生徒を含めても最も有望な生徒の一人ですよ、おそらく順調にいけばここ15年でヒノワ様お一人を除いてトップの成績を修めるんじゃないでしょうか。
貴方がたをお迎えする間にいくつか聞き取りをしていますが、彼女は既にレベリングにも取り組まれていて、既にスキルや装備も揃えておられる女傑ですよ。
つまり、現段階で言えば貴方がたよりも遥かに高レベルの戦闘巧者であるということです。
セクハラや過去に下手に突っ込んだり女性差別を行ったりして、フミフェナさんの御機嫌を損なった場合、命の保証は出来かねますので、お気をつけください。
警告はしましたので、これ以降は自分の命は自分で守ってくださいね。」
「3歳でもうレベリングしてるのかい!?
すごいな君は!今レベルいくつなんだい!?
どうやってレベリングしてるの?」
「やめなよイオス、そういうのがダメなんだって!」
「そうですね、あまり具体的なことは言いたくないですけど・・・現況の私の状態は、レベルにしろ容姿にしろ、自慢でも何でもないので穿った見方は避けていただければとは思います。
私は皆さんより早く独自にレベリングを開始していたので、現段階で比較してレベルが高いだけだと思います。
あくまで先行していた、というだけのアドバンテージです。
今後、追い抜かることもあるかとは思いますから、あまり気にしないでくださいね。」
実際、将来的にこの中の誰かが私よりレベルが高くなる可能性も勿論ある。
社会的に勤めるべき会社もなくなって純然なるレベリング廃人となった私がレベリングでそこらの誰かの後塵を拝すとは思いたくないけど、何事も天才や異才というのはいるもので、前世でもこいつはやべぇな、とかその発想はなかった、みたいな人もたくさんいたのだから、自分が常時トップグループの存在であるというような油断はしない。
凡才は凡才なりに、工夫し、最適化し、合理的にやれることを全部やっていれば、天才には及ばなくても匹敵することができるのは前世でも私が証明してきたことだ。
出会って1時間にもならない人達、しかもまだ俄然成長期の少年達を相手に意地を張る必要はないだろうけど、私だって手放しで負けるつもりはないのだ。
「ところでフミフェナさん、あまり女性のプライベートなことに口を出すのも余り良くないかとは思うのですが、”隠し過ぎる”のも問題ですよ。
どうせバレるのです、過剰な謙遜は後で疎外感を生みます。
”非常に高レベル”であることは悪いことではありません、具体的な情報や数字は伏せても良いと思いますが、貴方が『どの程度の位置にいるのか』くらいは示しても良いのではないですか?」
余計な真似を・・・。
いや、しかしどういった意図でヴァイスさんは私のレベルを開示させようとしているのだろう。
別に今この場で私の状況を暴いても、誰も得をしないだろうに・・・。
まさか、この中に、私が競い合うべき好敵手がいるとか、そういう類の話だろうか?
この三人はヴァイスさんがスカウトしたとさっき聞いたことだし、彼らの競争心を煽る・・・とか?
でもそれなら到着して、実習が始まってから知ってもいいはずだ、何の企みなのか全然分からない。
「どういうことでしょうか?
ヴァイスさんのおっしゃる意味が良く分かりません、実習等が始まればすぐ分かることを、わざわざ今この場でこの方たちを相手に披露しなければならないのですか?
具体的な情報を避けて状況報告することに、意味はないと思いますが。」
「この幼女こっわ・・・。」
「パラメインさん、黙っててもらえます?」
「お、おぅ・・・。」
「はは、いえ何、貴方が『特別』なのだという一端を披露してはもらえませんか?
・・・貴方は一人で立ち行く人生を歩むつもりかもしれませんが、突出した力というのは嫉妬や疎外感の他にも人の心から色々なモノを削ぎ落としてしまいます。
貴方は賢明だ、自分の立ち位置や状況も弁えているし、自分が現段階でトップグループにはいないことも理解している。
しかし、貴方は商人として動くアグリア・ゴーベルト様の元にいて、何を学んだのでしょう?
貴方は商人になるのを目標としているとも聞いておりますが、商人とは、他人がいて初めて成り立つものです。
これから向かう学校というのは、貴方を独り立ちさせるための教育を施すところではありません。
えぇ、貴方は実際のところ、放っておいても戦貴族を除けば年齢不相応な若年でトップレベルにまで到達可能でしょう。
ヒノワ様が貴方をスカウトしたのは色々な意味があってのことだと思いますが、貴方のレベリングの手助けのためだけにそうしたのではないと私は思っております。
より具体的に申せば、貴方のお仲間を作ってあげたかったのだと思いますよ、あの方は『特別の中の特別』です。
お生まれの立場もありますからね。
貴方に寂しい思いをさせたくないと思ったのでしょう。」
「・・・良く分かりませんが、披露すれば納得していただけるのですね?」
「できれば貴方にも納得してほしいところですが、そうしていただけると有難いですね。」
「分かりました。」
ベルトの粒子吸引機能を一旦オフにし、自然粒子放出量を元に戻す。
流石にゼロから51レベルの放出量まで増えたので落差で少し粒子濃度がブワッと風を帯びたように広がったのを感じる。
粒子の風が凪いだ一瞬、ヴァイスさんの前髪が不自然にチリッと静電気のような火花が見える。
何か耐性か抵抗スキルでも使っているのかもしれないけど、私相手に耐性スキルを発動する?
一体何を警戒しているんだろう、トーネルト事件の件は誰にも分からないことのはずだけど。
「これで良いのでしょうか?」
「結構です。貴方の武装も少し、見せていただけると有難いのですが、可能でしょうか?」
「この際、どうせ今後見せることになろうと思いますので、構いません。
少しスペースを空けてくださいますか?」
4人が少し離れてスペースを空けてくれたので、立ち上がって保護領域が家具に食い込まないように接触している部分がないか確認する。
外装の武装はナインと二人でデザイン案を考え、既にこういう展開のことも考えていくつか展開パターンを製作していた。
「”黒装”!」
パキパキ、という音と共に、服で隠したベルトを中心に同心円状で外装が私の身体を覆っていく。
全身を覆うまでの速度は本当は0.5秒以下で完了するが、あくまで『変身っぽさ』を追求して3秒程度かかるように調整している。
頭まで全てを覆う黒い全身鎧(西洋風)と、プラスアルファで私が個人的にこの外装に合わせて調整して出力した黒い小槍もセットで装備する。
全力展開した場合の『変身』は2重形態有りのカブトムシフォームの方だけど、こちらの形態は防御力全振りのガチガチ構成だ。
何の効果も付与されていない成形小槍がメインウェポンになる為、攻撃力はそこまで期待できないけど、速さと防御力でゴリ押しする、技術も経験もない初期レベリング用に計画して設計したもの。
「今の私のフル武装はこれです。」
「おぉ・・・すごいな・・・小さいけど・・・。」
「・・・は?」
「パラメインさん、一言余計ですよ。
フミフェナさん、ありがとうございます。
初めて見る装備品の数々ですが、どちらの工房の作でしょうか?」
「レアアーティファクト製作で有名なサキカワ工房、ナイン・ヴァーナント技師による物です。
見ていただいた通り、これは従来の鋼製の武具ではありません、アーティファクトによる仮初の物です。」
「なるほど、ということは、これは粒子展開技術の一つ、ということでしょうか?
いずれにしろ、恐ろしい装備品を開発されましたね、ヴァーナント技師は・・・。
しかしこのような素晴らしい武具となると、破格の値になりそうなものですが、購入されたのですか?
ゴーベルト殿からの贈り物とか?」
「ヴァーナント技師と共同開発、技術検証という名の試験体として無償で貸与していただいている物です。
防御力や動きやすさだけなら鋼製の武具よりも重さがほぼないので破格の性能です。
又、鎖帷子等の下履きの重さや蒸れ、関節部のぎこちなさもなく、動作性にも非常に優れています。
レアアーティファクトを介して粒子で形成されている物ですので、展開に時間のかかること、私の意志による発動がなければ展開を維持できませんので、装備して着込めば後は常時保護されるという鋼製武具のような利点はありません。
しかし、破損しても展開し直せば再構成できるので、防具のメンテナンス不要、破損による修理も不要、収納不要、などなど、非常に便利です。
・・・”使えれば”、ですが。」
「”使えれば”ですか、となると、そのアーティファクト作品には制約か条件が必要なようですね・・・。
そうですね、例えば・・・膨大な粒子出力がなければそもそも維持できないというレベルに依存する物でなければ、貴方の遺伝子が前提であるシステム装備『血統特性装備』、いくつかの自らの特性を封じてアビリティを発現させる『誓約』により発動する『誓約装備』、製作者と装備者による共同発動を前提とした『パス・ルート特定制限装備』、身体自体に装備品を埋め込んで身体から発生する粒子を動力源とする『インプラント装備』・・・他にもいくつか条件系の装備品があるとも耳にしたことがあります。
そのいずれか、もしくはその複数を組み込んで他者には使用できないようにする盗難防止も兼ねている、ということですか。」
「ご想像にお任せ致しますが、”私以外の者には盗んでも発動させることはできない”ということは申し上げておきますので、御了承ください。」
「と、いうことです、お三方、納得できましたか?」
納得できましたか、というのは、こいつはもうこの世界のシステムにある程度理解があるぞ、ということと、こいつはもうお前らより強いから余計なトラブルを起こすな、とかそういった含みのものか。
それか、こういうこともできるから知っておけ、ということか。
「現物を見ると我々との違いは納得せざるを得ませんね。
ヴァイスさん、彼女がすごいのは分かりましたが・・・我々とレベルが違いすぎませんか?
いくら3歳とは言え、彼女は既に実戦レベルのように見える。
同じ学校に同学年としてこんな規格外の子が通うのですか?」
「そうですよ、ノラン君。
その年々によって大なり小なり在校生の質も異なりますが、貴方がたは生誕から管理されて育った家畜ではないのですから、日々の過ごし方で現段階での成長具合は異なるでしょう。
彼女は、レベリングに関しては貴方がたよりもずっと早く、工夫して努力し、3歳半ばでそこらの大人を圧倒的に上回るレベルと装備を手に入れていることが今分かりましたね?
ですが、人間の一生というのは、価値とは、レベルだけで語れるものではありません。
これはフミフェナさんを否定するわけではありませんが、貴方がたを否定するわけではないことを知ってほしいのです。
我々の学校ではあくまで”来訪者”の皆様方がこちらの世界で安定して生活できるよう協力すると共に、可能であればアキナギ家の領地で様々な仕事に就いていただくことを願って開設されたものです。
入学時点でもそうですが、卒業時典でも、同学年であってもレベルに大幅な差が生じるのは致し方ないことです。
もっとレベルを上げたければ更にレベリングをすればよいですし、レベル以外のことに意義を見出したならそちらに取り組めばよいだけのことです。」
なるほど、出汁に使われたのは業腹だけど、巧妙だ。
極端な例として使われたのだろう。
「ちなみに・・・おそらくですが、フミフェナさんは歴代戦貴族の方々を見渡しても、同年代で同レベルにまで到達した方は片手にも満たない数しかいらっしゃらないでしょう。
最終的な”強さ”というものは個人の経験や相性にも因るのでなんとも言えませんが、3歳半での入学といい、ヒノワ様に続く最速でのレベル100到達が見込まれるほどです。
もしそれが達成された場合、これは戦貴族を除く者の最短記録を5歳以上更新するくらいの出来事です。
どうです、彼女がどれくらい『特別』なのかはわかりましたか?」
「ぶっ飛んでますね・・・。
いや、勿論フミフェナちゃんもぶっ飛んでるけど、我々がこれからお世話になる学校もアキナギ・ヒノワ様が元はと言えば開設されたのでしょう?
たしかまだ僕と同い年か僕より一つ年下なくらいだったはずだ。
すでにレベル100、”来訪者”のための学校も開設、領地運営、戦貴族としての職務・・・。
とんでもない方のようですね、ヒノワ様は。」
「たしかに。
私の記憶ではアキナギ家本家のヒノワ様と言えば、今まだ6歳くらいだったかと。
もうレベル100に到達しておられるとは・・・。」
「正確に言えば、ヒノワ様が生誕なされる数年前、御長男であり嫡子でもあられるアマヒロ様がご誕生された折に、御父上でありこの領地を治めておられるテンダイ様が開校された、が正しいですね。
尤も、その後、ヒノワ様が主導でかなりシステムが改善されたことは確かです。
そして、ヒノワ様がレベル100に到達されたのは5歳4か月の頃だったと記憶しております。
それはそれは、美しいオーラをお纏いになられて帰還され、一族みなが祝福に湧きましたよ。
貴方がたも覚えておくとよいですが、レベル100に到達された方々は、皆、全身から青いオーラを迸らせてしまうようになります。
そして、その青いオーラを制御できるようになると、今度はその制御技術でオーラの輝き方が変わる。
戦貴族の方々に関わるようになれば必然的に高頻度で青いオーラを目撃することになりますので、御不快に思われない程度に見ておくと良いかと思いますよ。」
ヒノワ様はレベル100超えてるのは確定っぽいけど、蒼い粒子飛んでないんだよなぁ・・・。
ベルトなしでほぼ完全に制御できるんだろうな、多分・・・。
と、フルフェイスで頭部の隠れる装備をしていて目線を悟られないのをいいことに、ぼーっとして別時空に飛んでいた私の意識を呼び戻したのは、馬車の外に感じる尋常ならざる粒子の気配だ。
少しつまらなさを感じていたところで急激に背筋に寒気が走り、嫌な予感を感じる。
腰を沈めて、バッと戦闘態勢に入るが、3人は私の戦闘態勢への移行に驚いている。
気付いているはずのヴァイスさんは、顔色も変えていないし行動もしていない。
いや、そもそも外にいる私より遥かに強いはずの護衛の方々はどうしたのだろう?
知っている人があらかじめ予定していた行事なのだろうか?
鍛錬を開始する前の私でも気付くことができるほどの粒子濃度を感じるというのに、外で一切騒ぎがないのはおかしい。
いくら馬車の外だとは言っても、気付かないとなると・・・他の3人はやはりまだ粒子についての知識がないのか。
偵察能力をフルパワーで展開したところ、やはり周囲の護衛騎士達は無力化されているのではなく、予定のイベントが始まったようだ、というような雰囲気で馬車から離れて随行状態に移行している。
馬車はレギルジアと目的地であるヒノワ様直轄領カンベリアの道中を走っているところだが、周囲には大きいものも小さいものも、一切の魔獣の反応がない。
護衛騎士の方々の目線の先、馬車から50mほど離れた所に明らかに化け物的な存在感の何かがいた。
チラ、とヴァイスさんを振り返ると、ニッコリと微笑まれた。
「良い反応ですね、気付くのがあと3秒ほど早ければ最前線でも即戦力かと思いますが、貴方の年齢を考えますと、それでも素晴らしく優秀だと私は評価します。
戦士の端くれとして、生誕からたった3年でそこまで練り上げた貴方を私は尊敬します。
ヒノワ様が『あの子は特別だ。』とおっしゃっていましたので、我々ヒノワ様の元で働く者達は皆、貴方の来訪を楽しみにしておりました。
これは、我々なりの歓迎というやつです。
まぁ、言い方を変えれば洗礼ともいいますか、ははは。」
「・・・歓迎感謝致します。一旦、ご挨拶に下車させていただいても?」
「構いませんとも。
おっと、ノラン君、パラメイン君、イオス君、君たちは馬車から降りてはいけない。
御者側の窓から見学させてもらうといい。」
致し方ない。
洗礼というなら存分に堪能させてもらおう。
馬車の扉を開けると同時に、現段階で知覚時間拡張で制御可能な最高加速状態まで一気に加速する。
馬車から飛び降り、全力で走る。
51レベルの最高加速状態ともなると、もはや周囲の速度はスローを通り越してスーパースロー状態だ。
速度だけで言えば、私は最早馬車周囲を護衛していた戦貴族の強者達ですら超越したはずだ。
扉の開いた馬車を眺めている護衛騎士達の視線を置き去りに、私は小槍を振りかぶって突きかかる。
前方にいる黒い薔薇の紋様の刻まれた大盾を持った騎士。
黒色の戦貴族、ファラエプノシス家の三男でヒノワ様の護衛の役目にあり、幼くして当代最硬の前衛と名高い、10歳の男の子、ヌアダ・ファラエプノシス。
名前だけは聞いたことがあるし、おそらく化け物みたいな強さだから、手加減は絶対必要ない。
10歳で当代最高峰の前衛として名を馳せているので、おそらくは彼も”来訪者”だ。
「はあああああああああああっっっ!!!」
接触する直前までは、こちらの速度にまるでついてきている雰囲気はなかった。
小槍が彼の盾を通り過ぎようとした瞬間、彼が一瞬で小槍を巻き取るように盾を持たない手で掠め取っていった。
そして、カツン、という甲高い音がなり、私の意識はそこで途絶えた。




