9話 準備完了、出立の日
「ふぁあああああああ!!!!????」
工房の高窓から差し込む日光がポカポカ気持ち良く、一度起きたけど普通に二度寝をかましてスヤスヤ寝ていた私を起こしたのは、ナインの素っ頓狂な叫び声だった。
「うーん、おはよう、ナイン、何、どうしたの?」
「え、な、なんで、フェーナが、僕の布団に、裸で・・・!?」
裸。
本当だ、気が付いたら裸だったようだ。
そういえば昨晩、あまりに眠くて服を脱いで布団に潜り込んだところまでは記憶がある。
「あぁ、服を脱いで布団に潜り込んだところまでは記憶があるんだけど、服着た記憶がないね、ごめん驚かせて。」
「いや、いいから服着て!とりあえず布団で隠して!」
「3歳の女児のすっぽんぽんなんて見ても気にならないでしょ?
私も気にしてないから大丈夫だよ。
よくあることだよ、3歳児のすっぽんぽん見るなんて。」
「そういう問題じゃないから!」
そういえば前世では割と裸族だったけれど、今世ではすっぽんぽんで寝たのは初めてな気がする。
今世での自宅は自宅であって自宅ではなかったかもしれない。
しかしナインもロリコンでもないだろうに、厳しいものだ。
いや、3歳児相手に興奮する人はロリコンじゃない呼び方するんだったか?
まぁどうでもいいか。
「ごめんごめん、とりあえず昨日着てた服着て、借りてる部屋に戻るよ、少し失礼。」
「うん、そうして。
とりあえず今後、僕の布団に勝手に入るのは禁止!
あと、すっぽんぽんというか裸も禁止!!わかったね!!」
「勝手に入ったらいけない、ってことは、承諾があれば入ってもいいんだ?」
「いいからさっさと部屋に戻りなさい!!」
「あはは、それじゃ、朝ご飯食べたら、戻ってくるね、9時くらいでいいかな?」
「9時ね!了解!」
ナインの面白い声も聞けたことだし、ここはこれで退こう。
工房を離れた後、サッと気分を切り替える。
トーネルト邸で起きた惨劇について、どうなったかの状況を確認する。
そこで前段の話に戻る。
急速に貯蓄の粒子が増え過ぎた部分もあるので、レベルアップ速度に『器』の回復が間に合っていない状況がしばらく続くことになりそうだ。
これだけ貯蓄があればしばらくはレベリング活動する必要もなさそうだし、ヒノワ様の領地に行くまでは”問題が頻出する”ような活動は控えた方がいいのは間違いなさそうだ。
トーネルト邸の門扉近辺に張り付けていたモノ達から、おそらく前日までに発注がかかっていた荷物を届けにきた商人が複数確認できた、という報告があった。
いつもであれば門番が出てきているはずの時間である午前7時を回っても誰も出てこない。
声をかけても誰の返事もなく、ほのかに血の匂いも漂っている。
そんな状況に一般人である商人達も不審なものを感じたようで、邸宅の周りをぐるっと回って帰っていったらしい。
商人達がタダ働きさせられたと感じたのであれば早々にしかるべきところに訴え出るだろうし、不審な血の匂いに危機感を抱いた者は行政を頼るだろうし、どちらにしても早ければ今日にでも調査の手が入るだろう。
どこまでやれるのかを実験として行った事例ではあるので、どこかで一度は行わなければいけない事案ではあったけれども、かと言って同様の例を作って繋げて考える人がいても困る。
同様の処理を続けて行って見落としや不備があった場合、想定外の人に芋づる式に辿られたり、私が事件へ関連したことまで辿られては困る。
ということで、しばらくはヒノワ様の領地で通わせてもらえる教育施設に通いながら、表向きは普通にレベリングする方針にすることに決めた。
都市を出るまでに誘拐等の余計な事案に巻き込まれないことを祈るばかりだ。
現在、私が育てたモノ達は自然消滅しないよう存在維持能力に長けたものを選別してあり、近づいた者に感染までに留めるよう指示を出し、英気を養う・・・と言っては言い方に問題はあるけど、いつでも増殖に着手できるように苗床を増やして自分たちの存在が消えてしまわないように休止状態で維持に努めるよう言い聞かせてある。
目的としては、不用意に近づいてしまった、無駄足を踏んだ商人達、調査に来るであろう調査隊の靴や服、手指に付着したら体内への微量の感染・最低限必要な増殖まで持っていければ長時間感染・飛沫での滞空・付着状態での維持もできるようにしてあるので、調査隊等に付着した後は別の意図でも使えると思われる為だ。
というのも、調査隊は何らかの形で、事件等の情報を集めて、書類にまとめあげ、管轄している部署に報告を上げ、その部署から都市の経営陣にまで報告が昇ると思われるので、領主邸の近辺、もしくは領主邸まで情報収集の網が広がれば情報の集まる部分を押えて、かなりの情報網を築けると思ったからだった。
都市内については、問題として認識されないよう隠蔽するのであれば、無毒状態で感染しつつも人体と共存できるモノを選別・育成して、情報収集ツールとして使用していくのがベストだろう。
使ってみて分かったことだけど、だいぶん増殖させて飛沫を高濃度で滞空させた密室等については、感染者を直接媒介しなくても、空間から情報を認識できるようだから、危険人物に関しては直接感染させる意味すらないので、そのあたりは強引に推し進めるのは邪推を生むだけかな。
経験値としての粒子の回収方法としては、もう少し効率のいい方法がないか検討する方針だ。
ヒノワ様の領地についてから詳細は検討する予定だが、経験値稼ぎ・・・俗に言う『レベリング作業という名の経験値産出者の虐殺』は、基本的には都市外部で活用することに決めた。
主に、都市外に頻繁に出入りする冒険者、ハンター等を媒介にするのがいいだろう。
理想を言えば戦貴族が編成する討伐隊がいいけど、戦貴族だと『鑑定』系に特化した人がしょっちゅう体調検査したりしてるだろうし、最悪、人為的に感染させられていることに気付かれる可能性もあるし、気付かれた場合に一番リスクが高いのも戦貴族だから、あまり高望みはしない方がいいかな。
一通り段取りすべき部分は段取りし、自分を『鑑定』、状態に変化はないかを確認する。
自分で操作していて、自分が重篤な状態に陥ったのでは本末転倒であるし、自分に変わったモノがついていたのであれば、それを操作して育成していくのも良いかと思ったけど、特に何もないようだ。
ただ、『器』が超回復し、既に満たしていた粒子がほぼ全て消費されていた為、眠っている間にレベルアップは果たされたようだ。
すぐに『器』に粒子を注ぎ、またレベルアップするまで待機することになる。
中々、連続でレベルアップできないシステムというのは面倒だけど、概ね1日~2日でレベルアップできている。
この調子であれば、まだ閾値は高くないし、急激に必要な経験値が増えたりしなければ1か月~2か月はレベルアップの為の粒子は貯蓄分で事足りるのではないだろうか。
場合によっては、一定レベルを超えるとレベルが上がりにくくなるような設定も考えられるので、その辺りは後日考えるとしよう。
水浴びをして朝食を取り、身支度を整えた後、ナインの工房を訪れ、ベルトの最終調整を行う。
ナインの自画自賛は決して誇張表現ではなく、所定の性能は全て完全に実装されていた。
Ver0.8から既に実装済みだった超強力な強制粒子吸引、そして吸引した粒子を貯蓄しておく膨大なキャパシティのタンク機能、生体の表面を覆う薄い肉体保護のコーティング機能、筋力や骨格に作用して強化を行う肉体ブースト機能はそのままキープ。
追加機能として、さらに外側に極小のバリアのような粒子で形成する装甲と武具、装甲武具自体のデザイン出力を自分で作成、調整可能であること。
つまり、重装甲状態でも装甲をパージしてキャス〇オフすることも可能ということ・・・。
後は、ポテンシャルを全て発揮できるよになるまで、自分を鍛えるだけだ、ということだ。
これなら安心してレベリングすることができる。
そう確信できるだけの外装の防御力と出力方法の変更の完成度を確認できた。
これで、ヒノワ様の領地に行く前の準備は完了する。
でも、そうだな。
少し、寂しい気持ちはある。
これで現在考えうることは全て、やるべきことはやってしまった。
家族の元を離れ、たくさんの厚意を与えてくれたナインとも離れることになる。
前世では10年以上ずっと一人でいたし、ゲームも基本的にはネットで繋がりのある人と一緒にゲームをすることはあっても、あまりソロプレイで寂しいと思ったこともないし、実生活で人恋しいと感じるような性質でもなかったんだけど、こちらの世界では優しくしてくれた人が多すぎたのか、会えなくなる人がいる、ということに感傷も多少はあるものだな、と感じた。
「これでどうかな、フェーナ。」
「完璧だよ、ナイン。
あとは私が自分の成長具合とか見ながら調整すればいいし。
残る問題はほとんど私のレベルと年齢に起因する物ばっかりだし、あとは私が頑張るだけだね。
ありがとう、ナイン。」
「それは良かった。
ところで、聞かせてくれる?
調整中に確認したから僕の方でも確認してるけど、君のレベルは昨日36になったところなのに、今日もう既に37に達するグレードだ。
一体、どうやってレベルを上げてるんだい・・・?」
おかしなことを聞くものだ、と思った。
先天的なアビリティでそうなったのではないことは私本人が知っているし、ナインにも隠していない。
ナインが作ったベルトの能力でそうなったのだから、ナインは知っていて当然のデータのはずなのに。
いや、ひょっとすると、自分と他人はどこかに差異がある?
他人のレベリングの感覚についてはそう言えばあんまり深く聞いた記憶がなかった。
「簡単だよ、一般的な粒子吸収量、吸着量を1とすると、私はそれをこのナイン特製のベルトのおかげで10とか15にすることができるから、効率が全然違うんだよ。
それと、普通のヒトだと『器』から溢れた分はただ溢れさせたままになって、残った分は放流するしかないけど、私にはナインの作ったこのベルトがあるから、普通は溢れてしまう分も全部吸い寄せて貯めていられるし。
『器』にちょっとだけ溢れるくらいに粒子を注いだら、レベルアップ開始するじゃない?
『器』がレベルアップ作業始めるといくら粒子を注いでもレベルアップ作業は始まらなくて待機中になるけど、溢れた分や余った残りは全部ここに貯蓄しておけるから、『器』さえ準備が出来れば、同様の作業を繰り返すだけ、ってね。
だから、ロスが極端に少ないのはあると思うよ。
それに、法則はよくわからないけど、たくさん粒子が手に入った時は1日とか2日でレベルが2上がったりしたこともあるよ。
ベルトさえあればナインも同じようにできるはずだから、試してみてもらえれば分かると思うけど・・・。」
「確かに、ベルトの性能についてはその程度の仕様にしたつもりだし、レベルアップのシステム自体は僕の見解と相違ないね。
けど、『器』はそんなに早く回復しないよ、普通は。」
「ん・・・?
1日とか2日で回復しない?」
「しない。
普通は、1週間か10日かそれくらいは掛かるよ。
何か僕の知らない技術かアビリティか何かで早く回復しているんじゃないか?」
・・・しないのか。
『器の回復速度上昇』みたいな特殊技術は使っていないし、そんなチートなアビリティも特に持っていない。
「正直言って、私、チートアビリティも持ってないし、そんな特殊な技術も使っていないけどなぁ・・・。
なんでだろう。」
「理由は分からないな、だけど、ひょっとすると、今フェーナがやっているレベリング法が『器』にとって回復が早くなる方法なのかもしれないね。
僕はまだこのベルトで本格的にレベリング作業をしたわけじゃないから、やってみればすぐわかることなのかもしれないけど・・・。
戦貴族の方々はそのあたりのノウハウは良くご存知だろうけど、フェーナは無自覚にそれに近いことをしていた、という可能性もあるんじゃないか?
レベル50を超えてくると、急にレベル上がりにくくなるから、今と同じようなペースでは上がっていかないかもしれないけど、僕は10歳くらいからレベリング開始して今のレベルだからね・・・。」
「うーん、どうだろう?」
ナインの感覚と私の感覚は大きく違うようだ。
詳しく聞いてみると、戦貴族から聞いた話では、レベル50辺りで一段階目の壁があり、それから10区切りくらいずつ壁は高くなっていき、レベル100でそれまでと比較して更に急激に上がりにくくなるらしい。
必要な経験値たる粒子が99→100に必要な量は98→99の100倍以上なのではないか、と言われているらしい。
一応、レベル100以上になった人も存在している為、上がらないことはないらしい。
ただ、レベリングのトップエリート達である戦貴族ですらなんとかレベル100に到達した後、そのほとんどが101に上がらずに人生を終えているという事実から考えて、100の壁は厚そうだ。
戦貴族を除くとレベル100で一時代に3桁存在するかどうか、101以上に到達した者は一桁とかその程度の非常に稀な確率でしか存在していないのだそうだ。
その為、戦貴族の主力達は全員レベル100に到達した時点で、一旦レベリング専念からトレーニング方法をそれ以外のことにシフトし、スキルを鍛え、スキルビルドを調整し、修練を積んで技術を鍛え、トレーニングをして筋力を鍛え、装備を整えていく。
ナインの見立てでは、ヒノワ様が極端に自然粒子放出量を抑えているのは、『鑑定』等への欺瞞に加えて、そういった鍛錬の末に、様々な無駄を省いて収斂させる技術を極めたのではないか、とのこと。
生前やっていたMMORPGのゲームでも、同じレベルカンスト勢でも、練りに練られたガチビルド・ガチ装備のキャラとそれを巧みに操る高プレイヤースキル持ちのプレイヤーと、そこそこにテンプレビルド・テンプレ化された装備のキャラをそこそこ操るプレイヤーとでは、天地程も実力差があった。
中にはガチ勢の中でも突出している化け物みたいなプレイヤーもいたし、ほんとにレベルカンストなのかと疑いたくなるようなほど何もできない雑魚もいた。
そして、完全に同レベル、同程度のプレイヤースキル、同環境に於いて実力差となるのはより上位の装備を持っているかどうか、装備も同等ならば、あとはどれだけ周到に用意された戦略であるか、それも同等ならあとは時の運だ。
確かにレベル制のシステムではあるけど、レベルだけで比較する意味はない、とも言える。
しかし、大半の人が同じようにレベル100でほぼ横並びなのだとしたら、ステータス欺瞞は必要なのだろうか?
「まぁ、レベルってあくまで器の容量と出力の問題だからね。
タンクだけでかくても使い方が拙ければ扱いきれないものだし、レベル100で鍛錬していたとしてもビルドの方向性やその時その時の対峙する問題との相性もあるだろうし。
世界一のボディビルダーが世界一格闘技強いの?って話と似たような感じかな、要はすごい筋肉をしていてパワーが強くても使い方へたっぴじゃ意味ないし、かと言ってそれが全く意味ないのかと言えば、シンプルに筋力が必要な場合もあるだろうし、世界一のボディビルダーが格闘技極めたらそりゃもちろん強いだろうから、基本的に筋力を鍛える必要はあるからね。
どう使うのかも問題だし、戦闘に限らず”使い方”、戦うまでの”準備”というか戦略も必要になるものだし。」
「それはそうだよね。
多分、このベルトで下駄を履かせた状態にしても、武芸百般一切やってきてない私なんかだと、レベルが同じかそこそこ低い熟練の武芸者の人と普通に戦ったら負けるんだろうね。
ただ、戦い方を問わないなら、戦略次第で勝敗は明確に決まるものじゃないと私は思ってる。
脳筋にはなりたくないとは思うけど、実際脳筋のごり押しも強いから悩ましいけど・・・。」
「何事もそうだよ。
頭でっかちの理論押しも脳筋の人には難儀する相手かもしれないし、その逆も然りだから、まぁ向いてるビルドを考えればいいんじゃないかな?
ただ、まぁ鍛錬の段階で道具が悪いと変な癖がついて良くない、ってのも職人の間では当たり前の話ではあるからね、フェーナみたいに準備からガッツリ用意するタイプは珍しいかもしれないけど、まっとうな手順であるとも言えるとは思うよ、どういうビルドにするにしてもね。」
「うん、ありがとう。
慰めでもありがたいよ、ナイン。」
おそらく、重装甲状態ならレベル37の私が使っても相当な防御力は発揮できるから、これだけでも普通に戦うよりも大きなアドバンテージではあるだろう。
実際、真正面から戦闘する場面に遭遇した場合、相手に攻撃が通じる状態であれば加速を含めたブースト状態でかなり下駄を履かせることはできると思うから、適正レベルはかなり上乗せしてもいいとも思う。
逆に、攻撃が通じないような相手だと、逃げの一手しかないくらい攻撃力には問題があるので、今後の成長とローマンさんが提供してくれるという武具に賭けるしかないかな、という状況かな。
それに、強度の高いトレーニングを行う際も、関節や筋肉、腱を傷めずにトレーニングできる、というだけで効果は劇的であるとも言える。
ここまでくると、後は武芸の経験が全くない私が、今世で武芸を習得してモノになるのか、という問題だけになるだろう。
その辺りはまぁ、今後鍛錬していくしかないけど。
「さて、これで僕の任務は完了だ。
あとは君の鍛錬にかかっている、と。
君のレベルアップ速度なら、リアルに戦貴族に迫ってるか、下手したら一族直系レベルまで到達できるかもしれない、楽しみにしているよ。
この4か月はほんとに充実していた、本当に、君がいなくなった後、しばらく燃え尽き症候群に陥りたい気分になるくらいにね・・・。
仕事が詰まってるから休んではいられないけど・・・。」
「はは、ありがとう、ナイン。
そうだね・・・これで私がヒノワ様の領地に行くまでの予定していた準備は全て終わったよ。
これで準備については後顧の憂いなし、って感じだし、心置きなくレベリングに励めるってものだよ。
ほんとに感謝してる。」
「・・・フェーナ、こんなことを今更聞いて済まないとは思うけど、確認させてくれ。
君は技術者として生きることに興味はないのかい?
もしくは、科学者、研究者、ハンターや冒険者、傭兵、魔獣討伐隊、戦貴族、いくらでもあるよ。
そう、選択肢はいくつもある、本当に将来、商人をするのかい・・・?」
ナインの疑問は尤もだ。
全く同じ質問をローマンさんにもされたことだしね。
レベリングをするだけなら、多分このベルトを装備して魔獣討伐しまくった方が確実で、手っ取り早くて、回ってくる装備品も強いだろうから、相対的に街にいるよりも強くなれるだろうことは間違いない。
ヒノワ様の領地でパワーレベリングしてもらえるなら、そこでもっと効率のいいレベル上げも教えてもらえるかもしれない、その場合はレベリング速度だけ見ればゴリゴリに最適化したビルドで構成するのが確かに最高の効率を生み出すだろう。
逆に、レベリングしながら商人になるというのであれば、技術者や研究者であっても同様にレベリングできるのでは?というのも理解できるし、選択肢を商人に絞った理由が聞きたいのかな?
レベリングの効率だけなら本職も戦闘職の方がいいだろうし、本業の裏でレベリングをするなら他の職でも構わないだろうというのも他人のことなら分かる。
だが私は”そうではない”。
前世でもあまり理解はしてもらえなかったけど、『最速で最も効率のいいレベル上げ』がしたいのではなく、私は『自分で課した縛りの中でレベル上げという作業』がしたいのだ。
そりゃゲームなら、時間の制限もあるし効率のいいレベル上げを好んでキャラクターを育成していた面もあったけど、しかしそれはプレイヤーたる私が絶対安全な場所から操作していて、仮初の命を操作しつつ、仕事等で自由な時間が限られている、という縛りがあっての試行錯誤の末のものだ。
勿論こちらの世界でも時間に制約があるのは違いがないけど、VRどころではないリアルな世界であるので、レベルリング作業自体が非常に危険な立ち位置で行うことになるから、プレイヤーではなくなった私本人の環境は全く異なる。
獣の歯や爪が肌に食い込んだだけ、下手すると道行きで引っ掛けた植物の毒やばい菌ですら死ぬ可能性がある。
あるいは、火の息でも吹かれようものなら焼け死ぬ、氷の息でも吹かれようものなら氷の彫像と化す可能性すらある。
何されてもノーダメ!攻撃したら相手は一撃で粉砕される!みたいなチート能力持ちでもない限り、そんな環境で真正面からレベリング廃人をやってられるほど、私のメンタルは強くないので、ガチ戦闘職は選択の自由があるなら避けたいところだ。
そりゃ異世界最強になって俺TUEEEもしたいところだけど、既に異世界転生して俺TUEEEしてる戦貴族出身者なんて生まれた段階で私より数段恵まれているし、トップランナーになるには環境が悪すぎる。
どうしても最強になりたいのではなく、どうしてもレベリング作業をしたいだけなので、命を賭したレベリング作業の副産物として最強になることはあるかもしれないけど、最強になるために命を賭してレベリングするのではない。
「ナイン、前も言ったけど、私、レベリング作業がしたい、という目標があるだけなんだよ。
そして、私を産んでくれた両親、祖父母が望んだような立派な商人にもなる、これは職業という言い方がややこしければ本業として、と言い換えるけど。
だから、それは両立するつもりなんだ。
でもレベリング作業から足が遠のく職業はもちろん嫌だし、かといって生業としてハンターや冒険者や討伐隊をやって、私は家族や周囲の期待に応えられたことになるんだろうかと言えば言えないだろうし、そもそも私もただただ戦うだけの人生よりも、商人をやってみたかった、ってこともあるからね。
だから、私のなりたい職業は『商人』だよ、これは揺るがない。
クラスは・・・まぁこれから選ぼうかな、って感じだけど・・・。
スキルビルドはレベリング作業開始してから細かいところは決定して調整していこうかなって思ってるんだ。
逆に、ナインこそ、ずっとアーティファクト職人をやるの?
一回、ヒノワ様のところで一緒にレベリング作業をしてから、ってことにはならないの?」
「僕は、多分この先も、ずっと、この工房にいるかなぁ・・・。
作りたい物を全て作り終えるまでは、創作をやめるつもりはないんだ。
時には素材集めに行ったり、自分のレベリングをしたりすることはあるだろうけど、本業はあくまでアーティファクト職人だからね。
いや、ほんとに余計なこと聞いちゃったね。
君の意思の固さは僕も知っていただろうに、本当に余計なことを聞いた。」
「うぅん、いいんだ。
そうやって私のこと考えてくれるナイン、私は好きだよ。」
「え、あ、うん、ありがとう・・・。」
照れちゃって可愛い。
15歳の少年らしい感じだ、前世で何歳で死んだんだろう、この子は・・・。
中身アラサー通り越してアラフォーに近づいている私より年下だろうとは思うけど・・・。
・・・虚しいから中身の年齢のことは考えないようにしよう・・・。
ベルトの調整が終わった後は、仮面〇イダー等の特撮の話で盛り上がり、気が付いた頃には夕方になっていた。
ナインの工房で思いつく限りやるべきことを済ませた後は、ナインと一緒にローマンさんの工房にも挨拶に伺い、そのまま、またナインの工房に戻って今度はベルトに関係ない他の作業を見学させてもらった。夕方、ローマンさんの工房にお邪魔している間にアグリア商会から連絡があったおうで、明朝には迎えの馬車を向かうように段取りしているとのことだったので、一晩ナインの工房に泊めてもらった後、サキカワ工房を離れることになった。
今度のお迎えは、アグリア商会の威信にかけて安全に送迎する、と上等な送迎用馬車に、護衛の方付き、という大判振る舞いの予定だそうだ。
別に貴賓ではないので、安全にさえ送って貰えるなら普通の荷馬車でも良かったんだけど、ゴーベルト様が辛抱ならなかったようだ。
見送りはご遠慮させていただいていたが、ナインだけはどうしても、ということで皆に冷やかされながら馬車には待ってもらうことになった。
「じゃあ、またね、ナイン。」
「うん、またね、フェーナ。
体に気を付けて。」
「それはこっちのセリフ!!
ほんとちゃんと寝てね、死ぬよ。」
「はは・・・それはお互い様だよ。
そんなに遠い所じゃないけど、僕はあんまりここから離れられないから、君が帰ってこない限りはあんまり会いに行けたりはしないからね、『通信機』でまた連絡するよ。
・・・現実問題、相談に乗ってもらわないといけない案件もあるかもだし・・・。」
「はは、いいよ、連絡待ってる。
うん、全然相談してね、楽しみに待ってるよ。」
「君の”これからの旅路”を応援している、元気でね、フェーナ!!」
「またね、ナイン!」
帰路の馬車は全く問題も生じず・・・と言っても護衛付きの送迎馬車だったので、誰が乗っているのか、などのざわめき程度はあったみたいだけど、ほぼほぼ時間通りに到着し、ゴーベルト様に謝意を伝えに行った後、いつもの日課に戻った。
朝4時に起きて体操をしてから菌やウイルスの育成や分別を行って空気中に漂わせ、その日時間の許す限り遠くの家庭を覗き見し、盗聴・盗撮をしつつ朝食をいただき、巡回指示を出した個体から得られた回収した粒子を回収してベルトに貯蓄していくことも忘れない。
このスキルはスキルレベルが上がれば上がるほど意味があるし、実際問題スキルは手放しで使用できる便利な物でもあるので、ある程度の設定を行った後はその特性に従って自律的に稼働してもらうのみ、だ。
その後は、日中はほとんどアグリア商会でゴーベルト様やメッスビィさんから座学や礼儀作法を教わったり、アグリア商会のメイドさん達に着せ替え人形にされたりしながら過ごし、夜は寝る時間を削って自分なりのレベリングについてまとめたりしていた。
荷造りについては、なるべく荷物は少なく、という指定もあったけれど、物欲らしい物欲も特になかったので、引っ越しにあたって必須だと思った荷物はベルトと筆記用具のみだった。
しかし、筆記用具だけの鞄では余りにも不自然過ぎるだろうと思って、大きめの鞄一つに着替えや教科書等の本、研究ノートを詰めて無理矢理完了させていたので、荷造り自体はものの数十分で終わった。
兄と姉は実家を出る際に、妹がいなくなると聞いて泣いていたけど、一生の別れではないからまた帰ってきます、と伝えたらいってらっしゃい、と快く送り出してくれた。
両親はアグリア商会に出入りしているので、時たま会う程度だったけど、今までにないスキンシップの頻度だったようにも思えた。
祖父母と叔母は、ヒノワ様の領地までついてこようとしていたみたいだったので、なんとか家族に引き留めてもらい、居残ってもらった。
祖父だけは荷物をまとめた後届けてもらわないといけない物がいくつかあるので、後日私の寄宿先に寄ってもらう手はずにはしてあるけど。
前世では、両親は早くに事故で亡くしていたし、祖父母は両親と仲が良くなかった為、両親が亡くなるまで会ったこともなく、葬儀の手伝いをこなして貰った後はお別れし、20年以上一人で暮らしていた。
文字に書き起こしてみると数行で済む話ではあるけれど、家族の温かみのようなものは、とても心身が落ち着くものなんだな、と、そう感じた。
ヒノワ様からのお迎えが来ると聞いた当日の朝。
ヒノワ様から、ゴーベルト様の面子もあるので、自宅ではなくアグリア商会に迎えを寄越す、とは事前に聞いていたけど、馬車は人を幼児を送迎する大きさとはとても思えない大きさと豪華さだった。
移動に1日半くらいしかかからない隣接した地まで移動するだけとは思えないほど厳重な外装、完全武装した護衛(レベル80オーバーだろうヤバイオーラを放つ戦貴族の関係者と思われる方)が6人もついていた。
道中に危険があるとは思えないので、戦貴族のお迎えだぞ!という威厳を示すためのものだろうか。
「アキナギ・ヒノワ様の使いで、フミフェナ・ぺペントリア嬢をお迎えに上がりました。
荷物はどちらにございますでしょうか?
我々の方で積み込み等はこちらでやっておきますので、ご家族の方達へお別れのご挨拶等がまだでしたら、手早くお済ませください。
しばらく、帰省はできなくなりますので、念入りに。」
物凄い丁寧な壮年の紳士が一人、馬車から降り立ち、私に向かって小さくお辞儀しながらそう言った。
護衛の方々が六人、御者と侍女のような方が二人、3歳児の送迎にしては非常に人数が多いが、馬車は10人乗っても余裕がありそうな大きさだったので、ひょっとすると、相乗りで別の子供も一緒かな?
見た限りは馬車にはほかに誰も乗っていなさそうだし。
「フミフェナ・ぺペントリアです、よろしくお願いいたします。
荷物はこちらの鞄で全てです、宜しくお願い致します。
又、家族との別れは既に済ませており、家族に断りを入れて一人で参りました。
お気遣いありがとうございます。」
「そうでしたか、ヒノワ様からお聞きした通り、しっかりされておられますね。」
「いえ、そのようなことはありません。
これから先、いつ戻ってこれるか分からないのです、このお話が決まった段階で、家族にはもう二度と会えないかもしれないと伝え、その前提で、感謝をできる限り伝えました。
可能な限り私の分も、兄と姉に愛情を注いでほしい、とも。
まぁ、元々、私は両親とは少し疎遠ではありましたので、少し複雑な顔をされましたけども・・・。」
「はは、変わったお嬢さんですな・・・。
わたくしはバステッド・ヴァイスと申します。
簡単に申し上げますと、ヒノワ様のご領地で、貴方がた『来訪者』の子供たちのお世話をさせていただいている者の代表代理でもあります。
本日は、あと三人ほど一緒に送迎することになっております、この後、相乗りしていただくことになりますので、ご了承ください。」
「分かりました、よろしくお願いします、ヴァイス様。
徒歩で向かえ、とおっしゃられるよりは余程有難いことです、ヒノワ様のご配慮に感謝して乗車させていただきます。」
「どうぞこちらへ。」
私はその紳士の差し出した手を取り、馬車に乗せていただいた。
これから、私の人生が始まるのだ。
私はおそらく傍目にも分かるくらいウキウキしながら、馬車に乗り込んでいた。




