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灰色の御用聞き  作者: 秋
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7話 極小の追跡

御者と叔母の救出は一瞬で済んだ。

ベルトを加速状態にして倉庫に突入し、監視の顎を飛び蹴りで蹴り抜いて昏倒させた後、後ろ手にロープで拘束する、そこまでやって所要時間15秒だった。

顎と頸椎と後頭部から色々砕けたようなヤバそうな音が聞こえたけど、あまり気にしないことにしよう。

しかし、賊というのはこんなに低レベルの一般人みたいな人がやるものなのだろうか?

戦貴族や一部の冒険者等の都市の外でモンスターとも戦うガチ勢と、エンジョイ勢である一般人では差があるとは思っていたけど、下っ端の賊は一般人に毛が生えた程度のレベルのように感じる。

・・・いや待てよ。

よくよく考えると、都市内で生きている人にとって、モンスターと戦ってのレベリングどうこうがない中でレベル40もあるとめちゃくちゃ強い部類なんじゃないだろうか?

ひょっとすると、賊の頭領は人殺し等の経験があったりするか、もしくは都市の外でモンスターと戦ったりしてレベルを上げたことがあるのかもしれない。

都市の外に出ることのない民衆からすれば、一部の人が特別であって、残りの人達はそれなりでしか成長できないと思っているだろうし、レベリングする方法自体があまりないのだから。

今の段階で私はレベル36になっているけど、ナインがすでにレベル62だそうなので、今回襲撃してきた賊くらいなら、ベルトを装備したナイン本人が救出に来ていたなら全員一人で瞬殺できたかもしれない。

頭領さんは多分、戦貴族を始めとしたレベリングガチ勢を除けば、エンジョイ勢トップクラスということになるだろうけど、流石に都市外にも出て素材を集めたりレベリングもしているナインと比べたら可哀想か。

見たことのある戦貴族関係の方はヒノワ様だけだけど、6歳のヒノワ様ですら、予想ではレベル99を下回ることはない。

多分、120以上ある。

ヒノワ様が戦貴族の中での序列がどれくらいなのかは知らないけれど、おそらく相当上の方だろうとは思う。

ナインの話では、戦貴族の方々は皆、溢れんばかりの蒼き粒子を迸るように身体から漏れ出させており、その波動で一般人を卒倒させてしまうこともあるレベルらしいが、ヒノワ様は漏れ出る粒子を制御して極小にすることができるらしく、おそらく『鑑定』系のスキルに対して偽装ステータスを表示させるための物だろうとのことだった。

(『鑑定』は放出されている粒子量、内包されている粒子量を計測して数値を出しているが、『分析』ではその数値を基準に一定の数値に達した状態をレベルとして暫定的に算出している。)

以前は『鑑定』のレべルも低かった上に、失礼を働いて機嫌を損ねてはいけないと使用はしなかったが、おそらく使用したとしても”見せてもいいところまでの数値”しか見えなかっただろう。

まぁヒノワ様は比較対象として的確じゃない、多分あの人は例外なのだろうと思おう。

じゃあ普通のヒトに許容されているレベル上限がいくつなのか、いくつまでレベルを上げることができるのか、を考えると、具体的な例があるわけじゃないから実際のところは分からないけど、多分一般人、戦貴族をはじめとする生まれ付き強くなれる才能持ちの人、異世界転生者でそれぞれ異なるのではないかと見ている。

単純に、想像だけど、出生の段階でかなり分類されているような気がするから。

上限数値を仮定するなら、一般人が~60、戦貴族等が100~200、異世界転生者が100~250くらいだろうか?

ヒノワ様がパワーレベリングをする上で、異世界転生者を集めているところから推測するに、おそらく異世界転生者は知識面、アビリティ面の優位性もあるだろうけど、基本としてのレベルキャップがこちらの世界の住人より上限が高いのだろうと思う。

例えば同時にレベルを上げ始めたレベル1同士を一定レベルごとに比較を行った時、どちらかのレベルが±10程度なら両者が互角でも不思議はないけど、レベル上限が異なり、片方は上限に到達して停止しているのに対し、もう片方はレベルが更に上がり続けるのであれば、初期はともかく、ある程度レベルが上がって熟練してくると絶対的な数値として分かりやすい”レベルが相手より高い”という差が有利なのは否定しがたい事実だからだ。

青田買いを行い、育て、配下とする。

育ち切った配下はただそのレベルだけで他者を圧倒できる、という論理だ。

しかし、異世界転生者を集めて、ヒノワ様は一体何をしようとしているんだろうか。

その辺りは、来週ヒノワ様の迎えが来れば、それ以降でヒノワ様に伺う機会も訪れるだろうか。


まぁいいや、とりあえず目の前のことを片付けよう。


「叔母様、無事でしたか?

 お怪我はありませんか、賊に汚い手で触れられたりしていませんか?」

「大丈夫よ、フェーナ、その人意外と紳士だったからロープが痛くないかとかまで聞かれるくらいの気遣いようだったわよ。

 しかし・・・貴方、こんなに強かったのね・・・この人死んでないかしら。」

「大丈夫だと思いますよ、しばらく起きないとは思いますけど。

 うふふ、叔母様、私、小さいですけど、実は結構強くなったんですよ。

 私を運ぶ担当の二人は、手強くて一人死なせてしまいましたが、もう一人はこの方と同じ状態です。

 私達が来ないことに気付かれたり何かの理由で賊が戻って来ないとも限りませんし、早々にこの場を離れましょう。

 手荷物等で奪われた物はありませんか?」

「死なせたって・・・えらくあっさりしてるわね・・・。

 大丈夫よ、御者さんは・・・どうするの?」

「御者さんもご一緒していただきたいですが、立場がよくわかりませんので聞きましょうか。

 さて、貴方は誰に言われて、わざとゆっくり馬車を走らせたのですか?

 ことと次第によっては、ここであなたを殺していかなければならないのですが・・・。

 あぁ、嘘はいけませんよ、すぐバレますからね。

 3歳児だと思って舐めてもらっては困ります。」


チャキ、と音が鳴るようにナイフを御者の喉元につきつける。

嘘を判別するようなスキルやアーティファクトを持っているわけではないけど、追い詰められた人の精神状態なら嘘かどうかの判別はそんなに難しいものではないだろう。

御者の目が右に左に不審に動き、額からもこめかみからも、ダラダラと汗が出ていた。

しゃべれない、ということだろうか。

回答の如何に寄らず、この人はもう私の中ではギルティ、だ。

回答を待つ時間も勿体ないので、御者にも未実験のモノを数種類投入して、随時感染させていく。

このスキルのこういう場合の利点は、今のところ誰にも感知されていないことからも推測できる通り、兆候も気配も変化もほとんどないようで、スキルを発動して色々細工を行っていても、誰にも気付かれる気配がないことだ。

逆に欠点は、準備に時間と手間がかかることと、コンマ何秒で作用させられるものではないこと、だろうか。

だがそれは手持ちの問題であって、今後そこは努力次第で改善できるのかもしれない。


「ふむ、口に出せない方からの依頼、ということですか。

 ゴーベルト様が背景の怪しい方を雇うとは思えないので、アグリア商会に雇用されたときも、雇用された後も後ろ暗いところのない問題のない人生を歩んでこられたのでしょう?

 何故今、私を誘拐しようと思ったのでしょう。

 一体、誰が貴方に声をかけて、私を誘拐させようとしたのですか?」

「い、言えない・・・。

 それに、私はゆっくり走れ、と聞いて走っただけなんだ。

 人攫いに加担するつもりはなかったんだ!本当だ!

 それに、このままだと開放されても私は殺される・・・私はどうすればいいんだ!?」

「どうすればいいかなんて私には分かりませんし、聞かれても困りますね・・・。

 ゴーベルト様が私をどこかに売ったのならもっと早く処理されていそうですし、サキカワ工房の関係者の情報があったなら私があの程度の戦力で護送できるほどヤワな装備をしていないことは分かっていたはずです。

 となると、私を欲するにあたり、どこから誘拐に値すると私に値段をつけた人がいるのか、それが気になっているんですよね。

 貴方がこのまま開放された場合に殺されてしまう程度には網が広くて、他の賊のような汚れ仕事担当の手下なり下請けなりを派遣することができる程度には手広く悪いことをしていらっしゃる方からの指示ですね。

 私になにがしかの価値があると判断する程度には情報を持っていて、そんなことができる組織に属している方となるとかなり限られてきますが、私の戦闘力についての情報を持っていないあたりから察するに、アグリア商会の商売敵の商会のオーミランジュ商会かインフラ系担当のお貴族様の手ですかね。

 うーん、トーネルト男爵殿が怪しいでしょうかね?」

「っ!!」


素直な人だ、しかしとなると、御者も賊と同罪ってことになるかな。

トーネルト男爵は、私のいる都市を治めている城塞都市レギルジアで、インフラ整備を領主様から割り振られて担当し、各種工事を請け負っている貴族の一人だ。

インフラ整備と言っても、舗装されていない街道の石や砂利を取り除いて土を敷いて均したり、といった土木作業をメインとした作業を担当していた。

技術力はほとんど不要であっても、規模自体は大きいので人数が必要、という典型的な土木工事メインだ。

下水道・下水溝を整備したお貴族様は、ツヅキ侯爵家という一族が総出で担当しており、首都を始め各最前線の開拓都市に引っ張りダコの為、この都市には住居を構えていない。

実際のところ、トーネルト男爵家は元々別の貴族が担当していた土木工事を、自分も一枚噛ませろ、自分のところの人間たちに工事をさせろ、と無理やり領主様に直談判し、他のインフラ担当の貴族が担当するはずだった工事を無理やり割り込んで受注したり、他にも平民に対して裏で色々よろしくないことを行っているという噂もある、悪名高いクズ貴族であるともいえる。

取り潰し・・・もしくは一族が全滅したならなったで、領主様も『じゃあ仕方ないな』程度で済ませそうな気もする、いやいっそ御の字なのではないだろうか、と思う程度の勢力である。

もし領主様がご愛顧してるような貴族のところで不審な事件が発生したら、領主様も良く調べただろうけど、トーネルト男爵なら多分、そういうところに比べれば幾分手は緩むだろう。

何が起きたかは調べられると思うけど、投入したモノには感染者が死亡した後は自然に存在する濃度まで密度を下げて、監視のための残滓だけを残して、余りのモノは私の手元まで戻るように指示してある。

原因不明の感染症、不審な襲撃の痕跡もなく、手早く済んで目撃者もおらず、感染を警戒されてあまり深掘りされない、理想を言うなら深く調べられずに丸ごと焼却して滅菌処理される、そういう処理に持っていくのがいいだろう。


「まぁ、トーネルト男爵殿ならやりそうなことですね。

 裏取りが必要っぽいので、ここで決めつけるのはまずそうですけど・・・。

 でも、貴方はこのままここに置いていきますね。

 大丈夫です、貴方には聞こえていなかったかもしれませんが、すでに憲兵か警邏隊に連絡してありますので、じきこちらに来ます。」

「い、いやだ、助けてくれ・・・。」


ブンブン、と首を横に振られてもなぁ。

別に私には自分を誘拐しようとした一味の一人を助ける義理もないし・・・。


「きっと、頭領さんやほかの方が戻ってくるよりも早いですよ。

 逮捕されれば収監されますので、まぁ暗殺されるとしてもそんなに早くはありません。

 救出が男爵の手の者かどっちが先になるかは分かりませんけど、救出が早いといいですね。

 さて、ちょっとだけ移動させてもらって猿轡をして・・・っと、こんなもんでいいかな。

 叔母様、行きましょう。

 賊の応援か増援でも来ると面倒ですし、早目に引き上げるとしましょう。」

「分かったわ。」


賊と御者に張り付けたモノ達には、いつ合図しても良いよう、準備のために徐々に増殖するように指示を出し、その場を離れた。

叔母と共に倉庫を出て、20分ほど歩いて離れた後、ナインに通信機で電話を掛ける。

大丈夫だったか、というナインの問いに対して、(経験値が)非常に美味しかった、と回答したところ、ドン引きされたが、警邏隊と共にこちらに向かっているとのことだった。


その後、警邏隊と一緒に救出に来たナインに事情を説明し、賊たちは警邏隊に引き渡し、私と叔母はナインに同伴してもらい、馬車もすぐ段取りできないとのことだったので、徒歩でサキカワ工房に向かったが、到着したのは午後10時にもなろうかという時間だった。

やはり3歳7か月児の徒歩の速度は遅い・・・。

移動中に、賊Bは頭領率いる賊達に、御者は警邏隊に確保され、それぞれ移動を開始したのが、自分の貼り付けたウイルスの移動で確認できた。

徒歩で移動中、何回か休憩があったので、その際にそれぞれに意識を向けてみると、大気中のウイルスを辿っていくことができたので、御者の方は後回しにして賊Bさんが連行されたトーネルト男爵邸に意識を集中させた。



どうやら、頭領さんがトーネルト男爵の館で、依頼主の前で賊Bを折檻しているようだ。

映像も、音も拾えたようだ、道中は濃度が低い所為かほとんど情報は拾えなかったが、濃度の濃い部分はある程度詳細に確認できる。

大気中のモノ、感染して増殖したモノ、両方からの情報を統合しているので、ドローンを操作しているVR画面で確認しているような感覚だ。

これは情報収集方法としては便利過ぎる。

(賊Bさんはダオークさんという名前でしたか。頭領さんはネストさん、と。

 さて、じゃあみなさん、ダオークさんを媒介に大増殖して、ネストさんとトーネルト男爵、その他、館にいる人間全員に感染し始めてください。

 御者が逮捕されたことを知っているみたいですから、動き始めるとしたら明朝でしょう。

 明朝までに、感染者が動けなくなる程度まで症状を悪化させておいてください、早い分には早くても構いません。

 致死性の量まで増殖するタイミングは私からまた連絡しますね。)

言葉ではないけど、了解した、というようなニュアンスの回答があった気がする。

ウイルス等には仮想人格等を設定しないと、意思疎通等は難しいようなので、スキル取得はそちらも進めた方がいいかもしれない。

しかし、気になるのはその意思疎通部分のみなので、思ったより菌・ウイルス操作が低燃費なのに便利だ。

ひょっとすると、苗床としての生命体がいることで増殖についてはセルフ私本人からの操作リソースのみで済んでいることが大きいのかもしれない。

私がこれからやるべきことがドンドン決まっていくので、嬉しい。



賊Bことダオークは、ネストにボコボコにされて昏倒したところで、他の賊達に地下牢まで運ばれたようだった。

ちょうどいいのでダオークを起点に地下牢も調べてみたけど、地下からの避難口等も見当たらないようだ。

一人も逃がしてはならないミッションであったので、真っ先におこなったのが邸宅内にどれくらいの人数がいるのか、ということだったが、それを確認することは容易だった。

空気中に飛散、浮遊しているモノからの情報と、感染してコロニーと化した苗床の数で、トーネルト男爵の館にいる人間の数も把握できていた。

その数、22人。

苗床はてんこ盛りだ。

既に全員が何時卒倒して倒れるかまでほぼ操作できる状態まで感染が進んでいる。


「ネストよ、どうする。

 ロイニーはその娘に殺され、死体も警邏に確保されたんだろう。

 娘を確保してあのゴーベルトめに痛い目を見せてやろうと思ったのが、どうだこのザマは。

 これでは私が逆に痛い目を見ることになるではないか、笑い話ではないのだぞ。

 ロイニーの死体から私まで遡られたらどうするつもりだ。

 何故、他にもあの娘の護送をつけなかった。」

「申し訳ありません、トーネルト様。

 ・・・率直に申し上げて、4歳にもなっていない幼児一人の護送に二人つけた時点で、十分すぎるだろうと油断しておりました。

 問題は、道中にあるかもしれない、ひょっとすると後追いの商人がいるかもしれない、と先行して警戒に当たる方針としたのがアダとなりました。

 しかし、まさか、あんな小さなガキにロイニーが殺されて、ダオークとデイルが一撃で昏倒させられて拘束されるだなどと、誰が予想できるというのか・・・。」

「そんな言い訳が通じると思っているのか!!

 10人も連れて行ったのだろうが!!

 しかも、アグリア商会に潜り込ませていたレウールを使った上に、奴まで警邏に捕縛されるとは・・・。」

「は!申し訳ありません!」


トーネルト男爵は持っていた杖でネストを何度も殴り付け、息切れするまで殴り続けた。

が、ネストもレベル40ある戦闘職である為、男爵の嗜虐心を煽るようなダメージを負うこともなく、トーネルト男爵は顔を真っ赤にしたまま、一向に落ち着く気配はなかった。


「はぁ、はぁ、ごほっごほっ、ネストよ、やるべきことは分かっているのだろうな。

 はぁ、最終的に、最悪、私まで辿られたとしても、私には貴族特権がある、逮捕もされんし罰されもせん。

 だが、それをネタに様々な事業から撤退させられた場合、我がトーネルト家が負う損失はどれほどになる!?」

「しかしそれは男爵が指示されたことが始まりなのでは・・・。」

「それは分かっている、だから私はお前を殺していないのだ、詰まらん理由で仕出かしたことに追い詰められている事は認識しておる、だが、ここに至っては致し方あるまい。

 レウールとデイルが拘束されている収容所を探し出せ!

 私が関与したことは漏れないようにせねばならん、明朝すぐに処理せねば間に合わん。

 看守に鼻薬を嗅がせて解放できそうか確認しろ、ダメなら毒を持たせろ。

 ジャック!!

 金を用意してやれ。」

「了解致しました、ご主人様。

 おいくらほd・・・ごほっごほっ・・・失礼しました。

 おいくらほどご用意すればよろしいでしょうか。」

「200もあればいいだろう。

 しかし、風邪か?ジャック。

 私には移すなよ、明日の屋敷の仕事は引き継ぎして1日休め。」

「了解致しました。

 ありがとうございます、部下に引継ぎし、明日、1日お休みさせていただくようにします。」

「ごほっごほっ・・・うむ、咳が出るな、流行り風邪か?

 私も早く寝るか・・・。

 明日、医者を段取りしておけ。私の診察が終わったら、お前も見てもらえジャック。」

「は、分かりました。ありがとうございます。」


いや、残念ながら貴方がたには明日の朝は来ない。

ネストが屋敷を出て屋敷の外の手下の段取りをするのだろうと思っていたけど、段取りは先ほどジャックと呼ばれた執事が全て担当するようだ。

あくまでネストは現場を監督するだけの役割だった、ということか。

レベル40程度での戦闘職でも病原菌やウイルスに対して病魔への耐性を持っていない、ということは、ネストへ感染が成功した段階で確認できた、これも大きい進歩だ。

ジャックの指示を受けて町に向かおうとした下っ端の中に潜む様々な菌やウイルスを急激に増殖させる。

強烈な腹痛が彼らを襲い、続いて強烈な嘔吐と認識できないうちに垂れ流す糞便、急激に体温が上昇して42度を超える高熱を発し、頭が割れるのかと錯覚させるほどの頭痛が襲い掛かり、更に気管支が膨れ呼吸困難になって痙攣しながら、倒れこむ。

もう、誰も屋敷からは逃れられない。

私の可愛い菌やウイルスに耐性の持つ者は一人もいない、明朝までもったとしても、意識を失ったまま明日中には命を落とすだろう。

屋敷の敷地から出られず色々な物を垂れ流しながら倒れこんだ下っ端に気付いた屋敷の他の者が何が起きたのかと近づくが、彼らも、同じようになって倒れこむ。


「おかしい、一体何が起きている!?

 あいつらは何故、あそこで倒れている!!」

「分からん、近づくな!

 トーネルト様に報告しろ!ジャックさんにどうしたらいいか聞いてこい!」

「ごほっごほっ・・・の、喉が・・・頭が・・・あ、あぁあ・・・漏れ・・・。」

「どうした!病気・・・か・・・!?

 おい!!

 くそっ、意識を失ったか・・・。

 しかし、一体、何の病気だ、聞いたことがないぞこんな症状!!

 誰か医者を呼んで来い!!」

「・・・屋敷から出ようとしたら、あいつらみたいになるんじゃないか・・・。」

「もし屋敷の中であんな病気が流行っていたのだとしたら、全員死んじまうぞ!!

 あいつらもまだ唸ってる、生きてるはずだ!

 自分たちも病気にかかってるかもしれんのだぞ、死にたいのかお前たち!行け!」


いや、逃がすわけない。

一人も逃がさない。

別に、私の縁故の者は誰も殺されてないし、傷すら付けられてないし、いっそ言うなら誘拐に関しては紳士的ですらあった。

恨みも憎しみも特にない。

だけど、私は過剰にやりすぎることに決めた。

ナインの話では、過剰過ぎる科学、過剰過ぎる破壊、過剰過ぎる創造、そういったものは異世界の神様にある程度制限されると聞いた。

おそらく、”転生した者が長く居つくこと”に何かしらの意味があって、大幅に異世界転生者、異世界転移者を減らしたくないのだろうと思われるが、転生時にも今も、私のところには何のアクションもないので、システムとしての障害はないと判断した。


様々な実験をさせていただき、すべからく全ての命をいただく。

そして、得られた成果、得られた粒子、得られた経験値は無駄にしない。

それが命をいただく者としての責務だと思ったから。


「さようなら、トーネルト男爵、ネスト。その他の方々。

 特に恨みはないけど、ごめんなさい。

 じゃあ、後は任せるね、みんな。」


私はその段階で指示をやめ、報告のみを後ほど受け取ることを伝え、意識を元の身体に戻したので、その後どうなったかを知ったのは翌日のことだった。

混乱、狂気、惨劇の果て、トーネルト男爵の邸宅に静寂が訪れたのは、日が昇る直前だったそうだ。

収容所に収監されていた御者、賊Cことデイルも風邪を原因とする体調不良を装ったウイルスを増殖させ、同じように宿主が死亡後に私の手元に戻るよう指示していたが、翌日の昼頃には手元に役目を終えて帰ってきたので、おそらく死亡推定時刻もそれくらいだろう。

他の遠距離攻撃での生命体破壊がどうやって粒子を吸収するのかは分からないけど、私の手法で生命体破壊をした場合、帰還した菌やウイルスが運んできてくれるようだ。

ただ、ベルトで吸収するほどの粒子は手に入らなかった。

24人分全て合計して、ようやくロイニーと呼ばれた賊Aさん3人分くらいだ。

今のレベルを思えば破格ではあるけど、ロスはとても多いのは間違いない。

全量吸収する為には、ベルトを装備して現地に行く必要がありそうだ。

ただ、モンスターならともかく、対人間で、しかも異常事態の発生した現場にいた人間なんて怪しすぎるだろうし、誰かの目に触れるては本末転倒だ、トーネルト男爵邸に行くのはデメリットが多すぎる。

今回は、一週間分以上はレベルが上がり続けることになるだろうと思われる分量は手に入れたので、レベルアップの際の疲労も考えて、一週間程度は大人しくしていようと決めた。




トーネルト男爵邸で起きた惨劇が発覚したのは、翌日の昼頃だった。

普段通りであれば、朝には執事から食材や連絡などの指示を受けた使用人達が町に繰り出してくるのに、今日に限っては誰も来ていない、ということを不審がった取引先達が警邏隊に伝え、警邏隊が貴族邸に調査を行う旨の報告を上げ、了承が出て馬に乗り、トーネルト男爵邸に到着したのは正午前のことだった。


「総員、停止!!停止だ!!」

「は!」

「・・・総員、抜剣!

 あと、副長は供を一人連れて詰め所に戻って、部長から領主様に調査応援と取り次ぎを依頼しろ。

 ・・・トーネルト男爵邸への内部調査は応援が必要だ、何かが起きたのは間違いないらしい。

 副長達が戻るまで、我々はここで戦闘待機態勢で待機する。

 周囲への警戒を厳にしろ!」


警邏隊は前日も誘拐事件に出動していたばかりであったが、貴族の邸宅への調査訪問となると隊長格は最低でもいなくてはいけないだろうと、副長も連れて6人で出動したが、失策だったと思い至った。

通常、取次を担当する門番がいるはずだが、まず門番が外にいない。

つまりは事件が起きたのは門番が外に立っていない夜中の内であり、出てきていないということは門番は逃げたか死んでいるかどちらかだろうということだ。

そして、塀と門に目隠しされているにも関わらず、中で確実に何かがあったことが分かる匂いがする。

血の匂い、糞便の匂い、それと・・・なんだろう、他にも何か匂う。

二日続いてこんな事件に駆り出されることは、警邏隊として働き始めて20年になる隊長、ドーイー・グラニの経験でもめったにないことだった。

数回はあったことだが、その際は、何かしら大きな事件で繋がっていることがあることを経験則として知っていた。


「一体、何が起きたというのだ・・・。

 大事の障りでもなければいいのだが・・・。」


領主直属の調査隊とその護衛、警邏隊の多方面部署の応援は迅速に移動を開始し、トーネルト男爵邸に到着したのは3時間後だった。

それはドーイーにとって、僥倖とも言えるスピード感の動きではあったが、大事でなければいいな、という淡い希望が叶うことはなかった。

門の外からの呼びかけに応じることがなかった為、調査隊と警邏隊は破城槌を使用して門を破壊して敷地に立ち入ることとなったが、その先の光景を見て絶句することになる。


「これは・・・毒か!?それともまさか、流行り病か!?」

「調査隊の方々、こういう場合はどうすればよいのでしょうか?」

「毒物であれば、人為的な事件ともなろうが、流行り病となると、不用意に調査して我々に移ってしまった場合、市井の人々にまで感染が広がってしまうかもしれんし、これ以上近付くのは危険だな。

 邸宅内に生命反応がないかだけ、これから大規模調査術式を使って確認するので、もしあれば救助活動が可能か検討する。

 ない場合は、家財等は勿体ないが、市井の安全も考え、内部調査は行わず、このままトーネルト男爵邸を燃やし尽くすしかないだろう。

 我々の方で領主様に一応、確認を取るので、警邏隊の方々は邸宅に出入りする者がいないかだけ、警戒しておいていただけるだろうか。」

「分かりました、警邏隊!聞いた通りだ!少し邸宅から離れ、全周を警戒しろ!

 近付く者も邸宅から出てくる者も全員確保だ!!」

「調査隊、生命反応走査の大規模術式を使用しろ。

 遠距離鑑定が可能な者は、倒れている者らの状態を確認しろ、おそらくあの状態だと死んでいるとは思うが・・・状態の確認ができればしておきたい。

 生存者がいれば、助けられないとしても、事情だけでも聞けそうなら聞いておきたいしな。」

「はっ!同時並行で進めます!」


調査隊の隊長、シモン・ベルモンドは調査が進むにつれて、顔をしかめていった。

遠距離鑑定の結果、構内に目視で見える人間は全員死亡。

生命反応走査の結果、邸宅内に生存者がいないことも確認できた。

目視で見える死体の状態は、多少の怪我は見られるが、外傷も特に魔物や強盗の類を含めた何かの襲撃を現すような物は存在しないように思えた。

病気の場合は、痕跡が残っていればある程度推測できるが、被害者たちの死因は原因不明、いや、表現が難しい。

”原因が多すぎて特定不可能”と言った方が正しいか。


「隊長!ベルモンド隊長!!戻りました。こちらが領主様からの手紙です!!」

「確認しよう。

 ・・・毒物、病気の如何を問わず、感染拡大予防を第一に、トーネルト男爵邸を完全焼滅せよ、とのご指示だ。

 家財荒らしは愚か、敷地内に足を踏み入れることも不許可、破った者には厳罰とのことだ。

 投擲油と火矢の準備がいるな。

 警邏隊の方々、グラニ隊長殿、全周包囲を明朝まで、交代制で維持できますでしょうか?」

「可能です、シモン隊長殿。

 既に増援を依頼しておりますので、じきに交代要員が来るかと思います。」

「ありがとうございます、では我々は完全焼滅の準備だ。

 焼滅確認後、邸宅内の井戸等を確認する。

 又、下水、上水に毒物が混入していないか調査する用意もしておけ。

 大丈夫だとは思うが、焼け跡から病原菌が飛散している可能性も考え、全身を覆う防護服とマスクも用意が必要だ。

 あと、近隣の住民にも声をかけて回れ、病気で倒れた、もしくは亡くなった者が大量発生していないか調査しろ、別班を編成して取り掛かるよう本隊に依頼する必要がある。

 全て用意し、明朝から作業を開始する。

 いいな!!」

「は!!」


調査隊、警邏隊はこうして忙しく走り回ることになったが、調査の結果は芳しくなかった。

相当な量の油が邸宅の敷地に投げ込まれ、敷地内の物、全てを完全に焼き尽くすほどの火力が放たれた影響もあるかもしれないが、敷地内に掛けられた大規模な鑑定と分析による結果は”22人の死体が存在した痕跡”を示す程度でしかなく、上下水道の汚染もなかった。

近隣住民の被害も見当たらず、連絡が取れなくなる前日までトーネルト男爵邸と取引で誰かしらに接触していた業者なども確認してみたが、全員一様に”何の兆候もなかった”と口を揃えて言っており、そして全員病気等に感染している症状は出ていなかった。


「ここで、一体、何が起きたというのだ・・・?」

「分かりません・・・。

 こんなことは私も経験したことがない、新種のモンスター等による襲撃でしょうか?」

「勿論、私も経験したことはないが、新種のモンスターであったとしても、他の地域に被害が一切見られない理由が分からない。

 人間の仕業だとすると、とんでもないことだ。すぐさま捜査せねばならん。

 だが、正直なところ、トーネルト男爵は色々”噂”の絶えなかったお貴族様だ、様々なところに恨みを買っていた可能性もある、我々調査隊が二の足を踏むように流行り病と見せ掛け、22人を一人一人丁寧に毒物で殺害した可能性もある。」


広がりやすい感染病、致死率の高い感染病は、医療技術が発展していない為、基本的には自然治癒に任せるしかない。

治癒魔術、治癒魔法、治癒術式等の様々な治療技術も存在しているが、総数が少なく多数への対応性が低い為、あてには出来ない。

シモンは以前に、感染病が原因で全滅に近い状態に陥った村落を調査した際には、既に完全に手遅れであり、領主に相談し話し合った結果、村落ごと完全焼滅が決定され、シモン自ら行ったこともある。

幸い、都市近郊ではあっても辺境と呼べる小さい村だった為、都市にまで被害が広がることはなかったが、村には1000人程度はいたのだ、それが全滅する病気も存在するということを知っている。

(あの時は、まだ若く、まだ息のある生存者もいた村を焼くことに、心を病みそうになったものだ。

 だが、指示を出された領主様も、そして現地で指揮を執った私も、あの時の判断は間違っていなかった。

 おそらく今回も、これで良かったはずだ。

 あのような悲劇を繰り返して良いはずがない。)


シモンとドーイーは、現地で知り得る限りの情報を全て集め、領主を含める都市経営を担う上層部にレポートを提出した。


『襲撃の痕跡、毒物、病原菌、呪術、魔法などの複数の鑑定、分析、調査をしたが全て検出不可。

 死者、トーネルト男爵、その妻、子供、他邸宅内にいた22人全員の死亡確定。

 目視で確認できる限り、目を剥いている死体が多く、苦しんだ末の死亡と思われる。

 目視できる範囲の被害者全員から吐血・吐瀉があり、流行り病による病死か、毒物、呪術による殺害の疑い有り。

 但し、近隣住民や取引先、他接触のあった者たちに確認を取った所、事前の兆候は皆無。

 又、その者らの何らかの病気の兆候皆無。毒物の取り扱い履歴も皆無。

 呪術調査の術式を行った結果、別の盗聴呪術と思われる術式は発見されたが、邸宅内の人間を殺し尽くすような術式は見当たらず。

 拠って、現地で発生した事象は原因不明。

 今後の調査が必要である。』


この事件は数時間後、都市経営陣である上層部の会合に議題として挙がった際、今後トーネルト事件と名付けられることになる。

しかし、この事件は将来的にも解決することはなく、迷宮入りすることになった。


そして、レポートに触れた者達は皆、そのレポートに触れた時点でフミフェナの関与した様々なモノに感染していることに気付かなかった。

つまり、この時点でフミフェナの二次的な目的であった都市経営陣への『追跡』の種蒔きが既に完了したということでもあった。

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