プロローグ1話
「わーい!5連休だーーー!これでボス粘着できるー!やったー!」
私は、日森史那。
地元の女子高を卒業後、短大に進学、その後、地元企業のOLとして働いていた、
世間一般から見れば、普通でどこにでもいる32歳(♀)だった。
ただ、他の人と違うと自己評価できるポイントがあるとすれば、趣味に没頭する時に生じる引き籠り能力。
トイレに入る時間以外のほぼすべてを省略して趣味を続行し、食べる時間、
寝る時間すら惜しみ、連休となればトイレ以外ずっとゲームをやり続けることができた。
できたというのは表現に無理があったかもしれない、身体の疲労を無視して精神力で無理矢理続けてしまう性質だった、と言った方が正しいかもしれない。
「流石に、5日、貫徹は、厳しかった、かな・・・。」
はまっていたMMORPGの1時間ごとにPOPするボス数体に狙いを定め、
1日24時間、5日間複数のボスに順番に延々と張り付き、別の端末でボスの合間に別ゲームの複数のキャラの
レベル上げにも励み、数分できた合間には更に別の端末で別のゲームも同時並行で進めるという、
平日には絶対にできない、まさにゲーム尽くしの天国のような毎日だった。
連休最終日の夜、流石にそろそろ食事を摂ろうと席を立とうとした瞬間、視界が暗転し、
顔面をどこかに強打した。体が動かない。
「あれ・・・これ・・・やばいヤツかな・・・。」
目と口以外全然動かない。
そして肺だろうか、胸が苦しい。
これはまさか、シャレ抜きで死んじゃうパターンなのでは・・・。
息ができない。
まさか、こんな死に方をすることになるなんて・・・。
両親も血縁者もいないから、会社の人が早目に探しに来てくれなかったら、孤独死になって、
特殊清掃業者の人のお世話になることに・・・。
マンションの大家さん、ごめんなさい・・・。
そう思っていた頃、急に目の前が明るくなり、体が軽くなった。
第一印象は、景色より何より「あ、これ死んだわ」だった。
「おはようございます、日森史那様。
ようこそ、我々の世界へ。」
「あー、うん、これ、あれですかね、天国か地獄か裁判されるっていうあの・・・。」
「あ、いえ、そういうのではないです。
実は我々が管轄している世界がですね、とある理由によってより強い魂を求めて
おりまして、現世で肉体から離れた魂を勧誘しているところでして。」
「魂ですか・・・?悪魔的なアレですか・・・?」
「あ、いえ、悪魔というわけでもないんですが・・・。まぁ悪魔的なのかなぁ・・・。
あなたの肉体は間もなく死を迎えられますので、我々の世界に新しい肉体を用意します
ので、こちらに移住しませんか?というお誘いです。
お断りいただいても、こちらの世界の輪廻に組み込まれるだけですし、
我々の世界で受肉していただく為に必要な、代償というものもありませんよ。
我々にとってはこちらの世界に受肉していただいただけで利益になりますので」
受肉しただけで利益になる?という胡散臭い話だったけれど、確かにただ生まれ変わる
より、異世界転生を楽しむのもいいだろう、と私は思った。
現世にある未練なんて、今やっているゲームで育成していたキャラクター達を
完成させることができない、という点しか存在しない。
家族もいない、恋人もいない、友達はいたけれどたまに会って情報交換する程度の仲で、
仕事はある程度充実はしていたが、ゲームと生活の為にやっていただけで、
やり残しを感じるほどの未練は残っていない。
現世で即生まれ変わっても、おそらくプレイ可能な年齢に達する頃にはサービス自体が
終了しているだろうし、死ぬ直前まで数年ハマった、というだけで、
あのゲームに特別人生を賭けている訳でもない。
多分、死因はプレイ方法に起因するもので、他のゲームをしていたときに死んでいたと
しても、不思議はないだろうし、別に生への執着はなかったように思う。
生前の私と、今の私が同一の思考回路を持っているかは分からないけれど。
「異世界転生ですか、いいですねえ・・・。でもあれですよね、きっと魂の移住だけで、
ヒーローとかヒロインみたいなのじゃなくてただの一般人になるとかその程度ですよね、
多分・・・。」
「そうですね、貴方の場合、特別扱いをしたり、初期状態でチート性能といった仕様とはしておりませんが、
あなたがやっておられたMMORPGをVRどころかリアルで行える、そういう世界
ですので、あなたの努力次第では自発的に一般人でなくなることはできますよ。」
「なんですって!!本当ですか!!」
「はい、本当ですよ。」
中二病真っ只中なんて年齢ではないけど、私にもいっぱしのオタクらしいそういう願望はあった。
目の前の・・・なんか光っててどんな形してるかも良く分からない存在の話が確かなら、
転生させてもらえるだけではなく、チート性能ではないにしても努力次第で
色々なことができる。
なんて素敵なんだろう。
私のテンションはだだ上がりだった。
目の前の存在は異世界の神みたいな存在なんだろうけれど、現世の神じゃなくても分かるだろう
興奮で胸がときめいて仕方がなかった。
死んでいる所為か、心臓の鼓動音が聞こえることはなかったが。
「姿も何も見えませんが、どなたか知りませんが!ありがとうございます!
ありがとうございます!!!」
「お、おう・・・。
はっ! いえ、感謝は必要ありませんよ、では了承いただいた、ということで
お手続きいたしますね。
誕生して目覚める頃くらいには意識もはっきりしてくるのではと思いますので、
次の生をどうぞお楽しみください。」
「ありがとう!ありがとう誰とも知らない人!!神様!!??ですよね!?
神様、ところで、その新しい世界ってどんなところなんでしょう?
何か、必ずやり遂げなければいけない目的みたいなものとかあるんでしょうか」
「・・・まぁ・・・MMORPGのような世界ですよ・・・?
とりあえず、あなた方『異世界からの転生者』が生きて根付くこと、
それが目的ですので、早々に亡くなられなければ問題ないですよ。
その世界で『何が起ころう』と、我々は関知致しません。」
「それって、マジ物の化物がリアルに襲ってくるとかそういう類のとか性被害とか・・・?」
「はい。
あ、手続き終わりましたので、それでは。次の方もいらっしゃいまして・・・。」
「あ、お、ちょっと、ちょっとまって、せめてなんかオプションつけてくださいオプション!
なんかこういうのってそういうのあるじゃないですか!!
生まれる家選べるとかスキルとかアビリティとかそういう特別なの貰えるとか!
せめて奴隷出身とかそういうのだけ避けてもらえませんか!?」
「申し訳ありません、特にそういうサービスは行っておりません。完全にランダムです。
それでは頑張ってください」
「ないの・・・!?」
「あなたの次の人生に、幸多からんことをお祈りしております。
なに、あなたの『考え方次第』でなんとでもなる世界ですよ、お楽しみ下さい」
そうして私、日森史那は、どこか知らない世界で転生することになった。
ただ真っ白な世界を上に向かって滑っていくような感覚の中、生まれた後、
どんなビルドで自分を育てようか、頭の中はそれで一杯だった。
『考え方次第』でなんとでもなる、MMORPGのような世界、それはつまり、
私にとって、夢のような世界じゃないか。
最強の剣士はどうだろうか?
ガチのマジ物の化け物が襲ってくるのは仕方ない世界だとすると、
自分から立ち向かっていくのは怖い、装備とかはどうなる?
現世と同じような対人にしか役に立たないような武器や防具しかないなら、
ゲームみたいに前衛で戦うのは危険すぎる。
特殊な装備はあっても手に入らないようなら同じだし。
生まれ次第でキツイ、ていうか死んじゃう。
貧乏だと防具なくて死ぬし、いいとこに生まれて勇者みたいな扱いにされて50Gと棍棒渡されて
魔王と戦ってこいみたいなこと言われても死ぬし、そもそも化け物に正面切って戦い挑むなんて
無理な気がする。近接攻撃系のビルドは要検討だ。
ただ、後衛系のビルドよりは耐久力高めるビルドになるだろうし、装備揃えられて訓練も
可能なら死ににくいから検討の必要はある。
では最強の魔法使いはどうだろうか?
まず魔法が存在するのか?から始めないといけない。
考え方次第でなんとでもなる、ということは逆に言えば魔法が存在していない世界で
魔法が開発できるのかもしれないが、しかし開発して使ったら大変なことになるのでは?
魔法がある世界だったとしても、特殊な魔法使ったら面倒なことに巻き込まれるのでは?
広域破壊、回復、蘇生とかができる魔法なんかはもっと大変そうだ、戦争や権力者に使い潰されてもおかしくない。
回復アイテムや回復魔法系が使える可能性があるならそれは欲しいけど、自分限定にして
しないといけないかもしれない、回復魔法が一般的でありふれているなら、
生存力を高められるし、優遇された地位や職につけるならいいかもしれない。
情報収集が最優先だ。
最強の暗殺者とかは、うーん、どうすれば最強の暗殺者になれるのか想像が働かない。
自分に適正があるのか判別がつかない、たぶん、
レベリングが終わればごり押しでなんとかなるところも多いだろうけど、それなら
剣士の方が基本ステータス分だけ強そうだし、私には縁が無さそうだ、得意な人を雇った
方がいくらも建設的だな、きっと。
狙撃銃とかそれに属する攻撃方法があればいいだろうか。
最強の・・・他はなんだろう、よくあるゲームの職なら、格闘家、弓使い、吟遊詩人、
踊り子、盗賊、武器防具の製造職、料理人、あとは・・・そう言えば、昔やっていた
ゲームでは商人系も前衛職にジャンル分けされて、製造系も兼ねてる職があった。
一時期はレベリングに必要なステータスを全て捨てて製造職に就き、製造装備に補正の入る
二つ名付き(ネームド)のランカーになり、キャラ名を言えば誰もが知っている
キャラクターをロールプレイしたこともある。
戦闘で最強を目指すのは、戦いに巻き込まれすぎて波乱万丈過ぎる、物理的に。
異世界の神様も、魔王を倒せ、とか、勇者を殺せ、みたいな使命はないと言っていたしね。
なら・・・
なら、何処まで戦闘職に就かずに異世界でやっていけるか検討してもいいんじゃない?
そうして、私は、生まれたら商人になろう、と決めたのであった。