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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第7章 復讐
91/91

91 ウェディングドレス

 太平洋を見下ろす五浦海岸の断崖に白亜の邸宅が建っていた。プールを囲むルネサンス様式の回廊の奥の広間では、明日の結婚式の準備が整えられていた。洛陽物産の社主だったチョーが持っていた別荘の1つだったが、今は新しい主を迎えていた。真冬にもずっと水を張ったままのプールサイドに、女が1人、白いセパレートの水着に天然ミンクの毛皮のコートを羽織って寝そべっていた。まるでペントハウスに載った写真のように優雅で妖艶な光景だった。彼女の足下には1歳にもならない黒毛のミニチュアダックスがじゃれつき、エントランスには執事の柴崎が控えていた。

 「モモ、モモちゃん」女が愛犬の名を呼んだ。

 「社主様、ご面会者でございますが」執事の柴崎が来訪者を告げた。

 「お祝いなら受け取っておいて。仕事の話なら断って。ハネムーンから帰るまで完全オフだから」佐々木美姫が答えた。チョーが逃亡先のモロッコで消息を絶ったため、彼女が株主代位権を行使して洛陽物産の社主となっていた。

 「目黒様と堂本様とお名乗りです。目黒様は警察バッチをお持ちです。児玉様は車椅子に」

 「バッチは偽物よ。でもいいわ、通して。それから破鬼田を呼んでおいて」

 「かしこまりました」

 柴崎に案内されて、2人がやってきた。

 「宇田川さん、ほんとに変装がお上手ね。でも児玉さんには負けるわね。被災者になりすまして義捐金をせしめ、放射線症の賠償金まで受け取るなんて。しかもそれを全部女にプレゼントするなんて、大した遊び人だわ」

 「それでもあんたには負ける。チョーが国外逃亡したのをいいことに財産を横取りし、洛陽物産を乗っ取るとはな。しかもチョーと結婚したまま、明日は別の男と結婚式か」宇田川が皮肉を言った。

 「チョーとは中国で結婚しただけで、日本では独身なのよ。だから誰と結婚しようと自由でしょう。それに会社を乗っ取ったなんて人聞きが。株主総会の正規の手続きで選出されたのよ」

 「全部わかってるんだ」宇田川が言った。

 「なにがわかってるって言うの。私がこの3年間、チョーとどんな風に過ごしたか知ってるの」

 「だからって犯罪は許されねえ」

 「詐欺師がよく言うわね。さしずめ口止め料でももらいに来たんでしょう。なにを知ってるのか言ってごらんなさいな。値をつけてあげるから」

 「KAZAMIの死体の指に涸沼からもらった指輪を填めたのはあんただ。警察に指輪を発見させ、涸沼があんたの死体だと名乗り出れば、警察が事故の真相にたどり着く。チョーと小手山を業務上過失致死罪と死体遺棄罪で追い落とし、チョーの財産と会社を乗っ取る。これがあんたの書いた筋書きだ。だが、誤算だったのは、この児玉が先に指輪を見つけちまったことだ。それで面倒な回り道をすることになったが、小手山は死に、チョーは行方不明、万事思惑どおりになったな。死体と指輪をここまでうまく使う

とは恐れ入ったぜ」

 「偽刑事さんにそんなこと言われる筋合いじゃないわ。なんなら今から警察を呼んでもいいのよ。どんな証拠があるのかしら。柴崎、なにかお2人にお飲み物を」

 「かしこまりました」

 柴崎が下がり、代わりにタキシードで正装した男がドンペリのフルボトルとシャンペングラスを3つ持って現れた。

 「公二、よく似合うじゃないの」美姫がうれしそうに言った。

 「式のリハーサルをするつもりだったけど、邪魔が入ったみたいだね」

 「いいえ、観客がいたほうがいいわ。私もドレスを着てみるからお友達と待っていて」美姫は立ち上がり、邸宅の中に消えた。

 「積もる話もあるでしょうから、飲みながら話しましょうか」涸沼はプールサイドのテーブルにグラスを並べ、シャンペンを注いだ。細かな泡立ちから芳醇な芳香が立ち昇った。「どうぞ、目黒警部。それから児玉さんも飲めますか」

 「涸沼、おまえには一杯食わされたよ」宇田川が言った。

 「目黒警部、さっき、美姫にしてた話だけど、微妙にずれてますね。真相を僕が説明しますよ」

 「じゃ、話してもらおうか」

 「大友理沙、つまりKAZAMIの死体の指に美姫の指輪を嵌めたのはチョーの出来心ですよ。遺体が発見されたら美姫だとチョーが身元確認する。そうすれば美姫にかけた保険金5億円をもらえる。それで美姫の宝石箱からこっそり指輪を盗んだ。ところがチョーは指輪の計画のことはすっかり忘れて、放射能が怖くなって美姫をおいて国外に逃げた。児玉さん、あなたが指輪を拾ってくれたことはほんとに奇跡でした。その前に津波泥棒が指輪を盗んでその場にまた捨てたこともね。でも、市役所であなたと会ったのは偶然とは言えません。あなたが指輪を持って市役所に現れることはわかっていました。あなたが持ってた指輪に彫られた名前をナオさんが見ましたからね。それからあなたが堂本の偽物だってことも最初から気づいてました。どうしてあなたが指輪を持っているのか、美姫に連絡するとすぐにわかりました。あなたが発見した死体を動かしたのは僕です。宇田川さんのお察しのとおり、僕と美姫は、チョーと小手山を追い落とし、洛陽物産とツバサプロを乗っ取るという計画を思いつきました。だけどまともに告発しても警察が本気で調べてくれるとはかぎらない。それで証拠を捏造することにしたんです」

 「じゃ、お前はなにもかも最初から知っていて、俺と廃棄物調査をしたのか」

 「目黒警部、あなたは本物の刑事以上だ。まさか、ほんとに翼商会をつきとめてしまうとは驚きでした」

 「そうじゃねえだろう。あの証拠は全部てめえがでっちあげたのか」

 「そうですよ」

 「この俺としたことがやられたよ」

 「児玉さん、なにも言わないんですね。ムリをせず病院に戻りましょうよ。治療法はないと思うけど、ここで死なれても困る」車椅子に座ったまま動かない児玉の背中に手を置いた時、涸沼は喀血した。

 「どういうことです」涸沼は血に染まった自分の手を見た。

 「おまえも児玉と同じ原爆症かもな」目黒があざ笑うように言った。

 「どうして。原発の近くにいたことなんかないのに」

 「放射性物質を飲ませるなんて簡単なんだよ」

 児玉の言葉に涸沼は青ざめてワイングラスを見た。

 紫外線を遮断するため、ガウンで全身を覆い、車椅子に座ったまま動かなかった児玉がゆっくりと頭を上げた。「涸沼、俺は明日にも死ぬけど、お前は長く生きて苦しめ」一語一語呪いを込めるような言い方だった。

 「まさか、宇田川、いつから気づいてたんだ」涸沼は目黒警部の正体を知っていた。

 「土佐犬がおまえを襲わなかった時だよ。それでおまえが破鬼田とグルだとわかった。そう考えれば廃棄物調査であっさり翼商会にたどり着いたわけも、いつもタイミングよく破鬼田が登場するわけもわかる。廃棄物調査に使った証拠はおまえのでっちあげだってこともな。朱雀隊が高速道路で小手山を襲撃する計画もおまえがばらしたな。だが、接点のないはずのおまえと破鬼田を結び付けるリンクはなにか、俺も考えたよ。それで黒幕がだれかわかった。おまえらの接点は佐々木美姫しかねえじゃねえか」

 「さすがですね。それを知ってて僕に改造拳銃をつかませたんだ」

 「城山に小手山を撃たせ、正当防衛で破鬼田が城山を撃って敵を討てば幹部の座が約束される。そういうシナリオだったんだろう。だけどどうして城山が小手山を撃つとわかった」

 「暗示をかけたんですよ。宇田川さん、あんたの占いは偽物だけど、僕はほんとに催眠術を使えます。そのためにまず自分に暗示をかけるんです。あんたの術は偽物だから、本物の術があることに気づかなかった。3年間美姫に会っていないと僕は自己暗示をかけたんです。だけど土佐犬は不覚でした。あんたにウソは通用しませんでしたね」

 「あなたも原爆症ってほんとなの」

 涸沼が振り返ると、ウェディングドレスに着替えた美姫が後ずさりしていた。

 「美姫、僕は原爆症じゃない。ドンペりになにを入れたとしたって、すぐに症状が現れるものじゃない」

 「福建飯店で飲んだ紹興酒ならどうかな」宇田川が言った。

 「まさかあのときか」

 「放射能なんてまっぴらよ。私の未来はこれからなのよ。破鬼田、この3人を始末して」美姫は指に填めていたロイヤルブルームーンの指輪をプールに投げ捨てた。

 駆けつけてきた破鬼田が片手で拳銃を構えた。だが、銃口は美姫に向いていた。

 「あねさん、俺も涸沼も利用したんすね」

 「ばかを言わないで、さっさと3人を」

 破鬼田はそのままゆっくりと引き金を引いた。

 「破鬼田、裏切るのか」涸沼が美姫をかばって背中に被弾し、貫通銃創から飛び散った血しぶきがウェディングドレスを赤く染めた。

 宇田川が破鬼田の隙をついて飛びかかり、乱闘になった。片手を失っていた破鬼田は非力な宇田川をねじ伏せられなかった。

 児玉が車椅子からすべり降り、いざるようにして破鬼田が落としたピストルを拾おうとした。それに気づいた美姫が、車椅子を横倒しに押して児玉に体当たりした。児玉は車椅子ごとプールに突き落とされ、動かなくなった。

 「宇田川、そこまでよ。そのゾンビを連れてさっさと帰りなさい。破鬼田は涸沼の死体を始末しなさい」血染めのウェディングドレスを着た美姫がピストルを構えていた。宇田川は破鬼田の首を決めていた腕を緩めた。

 「あねさん、あんたにはかなわねえな。だけど、涸沼まで死んだんじゃ、明日の結婚式は中止すね」破鬼田が言った。

 「止めないわ。あなたと結婚すればいい。あなたは知りすぎた。ここで死ぬか、涸沼の死体を始末して、私と結婚するか選びなさい。結婚するなら裏切りは許してやるわ」

 「あねさん、わかりやしたよ。ですが結婚は願い下げます。結局、愛し合わずに殺し合うことになる」

 「おい、あいつ、やばいぞ」宇田川が叫んだ。

 児玉の体がプールの水の中で青白い光を放って燃えていた。

 「プルトニウムを全部飲みやがったに違えねえ。逃げろ、あいつ爆発すんぞ」

 宇田川が走り出すのを、美姫と破鬼田が呆然と見送った時、プール全体に青い光が広がり、白亜の邸宅が青い閃光に包まれた。ロイヤルブルームーンの指輪が青く輝きながら、爆風に飛ばされて空高く消えていった。

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