85 追跡
まだ薄暗い朝5時過ぎ、豊洲の高層マンションの地下駐車場から、ディムラー仕様のジャガーX351がヘッドライトを点灯して出てきた。運転しているのは田村で、後部座席に小手山と城山香夜子が座っていた。香夜子が小手山から同伴者に指名されるのは初めてだった。
マンションの影からシルバーメタリックの三菱ランサーエボリューションXが現れ、密かに尾行を開始した。運転しているのは美神連合朱雀隊のティファニーこと佐伯ユカリだった。黒い革ジャンを来てレーシンググローブを填めたティファニーは、身長152センチと小柄ながらエルメス(神崎梨花)に次ぐ朱雀隊ナンバーツーのコマンダーで、運転技術はA級ライセンスの保持者だった。
ジャガーは首都高羽田線を横浜に向かい、町田から東名高速に合流した。事前の情報では用賀経由で東名高速に乗るはずだった。横浜経由にしたのは早朝の湾岸線の景色を同伴の女と楽しみたかったからだろうと察した。
ジャガーが東名高速に乗ったことを確認すると、ティファニーはフル加速でジャガーを抜きさり、仲間が待つ足利サービスエリアに先回りした。田村はいつも一定速度で走るので、追跡しなくてもアタックポイントの到達時刻は計算できた。SAには彼女がブラックダイヤと呼ぶガラスデコした黒ダンプが停めてあった。ティファニーはランエボのキーをディオールこと篠沢クルミに渡し、ブラックダイヤのキーを受け取って乗り込んだ。キーの交換は目立たない暗がりで擦れ違いざまに一瞬で終え、言葉も交わさなかった。
他の朱雀隊メンバーもすでにスタンバイしていた。グッチこと昭島ナオはピンクパンサーと呼んでいるピンクダンプ、プラダことキム・ソニは、テポドンと呼んでいるエンジンを換装してパワーアップしたセミトレーラーの運転席に収まっていた。互いに無関係を装うため、各車両は別々に停め、4人の接触は最低限にした。相互の連絡用に、普通のトラック無線ではなく、傍受されにくいデジタル無線機を装備していた。
ジャガーが峠道でテポドンを追い越そうとした瞬間、ブラックダイヤとピンクパンサーが進路と退路を塞ぎ、テポドンが幅寄せして崖下に転落させようというタイミングの難しい作戦だった。ディオールに運転者を交代したランエボは、作戦決行の瞬間、後続車に事故を目撃されないようにブロックする役を担っていた。
各メンバーが別々に出発し、最後にプラダが出発しようとした時、破鬼田のフェラーリが滑り込むようにテポドンの行く手を阻んだ。どうしてばれたの。一瞬、頭が空っぽになった。
「テポドンがエンストした。間に合わなかったら、あんたたちだけでやって」プラダはとっさに無線機に向かってつぶやくと、電源コードを引きちぎり、運転席を自分から降りた。仲間には破鬼田に作戦がばれたことは言わなかった。テポドンは破鬼田配下の男たちの車に包囲されていた。
「破鬼田さん、こんな朝早くにどうしたの」
「オメエこそ朝っぱらからなにやってる」
「あたしは名古屋まで仕事よ」
「空荷でかよ」破鬼田はセミトレーラーの鉄板をバンバン叩いた。
「取りに行くとこでしょう」
「テメエ、リカのダチだろう。仙台でうろちょろしてっから目付けてたんだ。なに企んでやがる」
「あんたたちこそリカになにしたの」
「リカは惜しいことしたな。あれは自爆事故だ。警察もそう言ってる」
「自爆なんてウソでしょう。なんで運転してた田村がピンピンしてんのよ」
「田村だあ。よくそんなことまで知ってんな。オメエ、まさか社長をリカと同じ目に」
「なんのことよ」
破鬼田はプラダたちの計画に感づいて青ざめ、小手山に電話した。
「ちっ、つながらねえ。オメエら、この女、どっかに監禁しとけ。姦っちまってもいいがケガはさせんなよ。商品価値が下がっからな」破鬼田はフェラーリに飛び乗ると、タイヤを軋らせて急発進した。プラダは男たちに逆らわずに黒塗りのグロリアに押し込められた。
こっそりプラダのセミトレーラーを尾行し、事態を見守っていた涸沼が、ジャンパーの内ポケットに忍ばせたピストルに手を伸ばした。
「止めとけ」背後から誰かが涸沼を止めた。
「どうしてここに」涸沼は驚いて振り返った。目黒警部に変装した京膳架空が立っていた。
「せっかく手に入れたチャカをムダに使うんじゃねえ。オメエのターゲットは小手山だろう。今、女を助けたら小手山を襲えなくなるぞ。女たちの計画は失敗だ。あとはオメエの出番だろう」
「でも、今助けないと」
「心配すんな。殺されはしねえよ。ヤクザはむだな殺しはしねえ。オモチャンコにされてから売り飛ばされるだけだ。その前に小手山を殺れば、あの子らも解放されんだろう」
「あの子らって」
「仲間もやばいな。もう小手山を殺るしか手はねえかもな」
「脅かすだけですよ。殺すなんて」
「甘いな。殺る気で襲わなけりゃ脅しになんねえぞ。体かける覚悟はあんのか」
「あります」涸沼は緊張して答えた。
「俺は高みの見物だ。なにがあっても助けねえぞ」
「わかってます」涸沼は内ポケットから手を抜き、プラダを連れ去ったグロリアのテールランプを見送った。その後から、誰が運転しているのか、テポドンがゆっくりと主に従うように発進した。
破鬼田のフェラーリは250キロを超えるスピードで、小手山のジャガーを追った。前方にジャガーを捉えた時、その前方にブラックダイヤの黒いリアハッチが見えた。破鬼田はアクセルをさらに踏み込んだ。ジャガーの後方を抑えていたランエボを一瞬で抜き去り、ブラックダイヤを追い越そうとしていたジャガーにパッシングした。田村が破鬼田のフェラーリに気づき、追い越しをやめて減速した。破鬼田はジャガーとブラックダイヤを抜き去った。前方にはピンクパンサーがいた。破鬼田はピンクパンサーの前に出た。減速した2台のダンプをジャガーがフル加速しながらゴボウ抜きにした。その後を負けじとランエボが追尾していった。
破鬼田が路肩にフェラーリを停めると、2台のダンプも停り、グッチとティファニーが降りてきた。
「お前らの計画は失敗だ。ソニのトレーラーは確保した。助けたかったら手を引け。リカの弔い合戦のつもりだろうが、あれは事故だ。社長を恨むのはお門違いだ。社長だって、リカを失って悲しんでんだ」
「プラダはどこに」
「ソニはプラダって言うのか。お前らが手を引けば手荒なまねはしねえよ。だが、お前らも社長の命を狙って、ただではすまねえぞ。わかってるよな」
「あたしらは手を引くよ。だけど」
「だけどなんだ」
「ディオールは1人でも殺るよ」
「さっきのランエボか。あの車じゃ、ジャガーには追いつかねえ。本気にさせたら田村のドラテクは半端じゃねえぞ」
「やっぱリカの事故は田村の偽装ね」
「ちっ」
「あのランエボはエンジンをボアアップしてるし、ツインターボでフルチューンしてんだ。最高速では及ばないけど、加速だったらポルシェにだって負けない」
「なんでそこまでリカのために」
「ディオールはエルメスがマジで好きだったから」
「ちっ、オメエら、ママゴトも大概にしろよ」破鬼田はフェラーリに飛び乗った。




