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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第7章 復讐
84/91

84 弔い合戦

 プラダと待ち合わせていた「サンチャゴ」に着いたのは12時近くだった。遅れるとメールはしたものの、もう待っていないだろうと思った。ところが直前に電話をすると、まだ待っていると言ってくれた。サンチャゴは8席のカウンター、ベンチシートに2人掛けテーブルが6台、奥に立ち飲みスペースがある老舗のショットバーだった。カウンターの後ろの棚に並んだボトルの数は決して多いとは言えなかったが、満席に近い繁盛ぶりで、ボリュームを上げたラテンミュージックが会話を妨害するように空気を震わせていた。

 プラダはカウンターの一番隅でコーラを飲んでいた。形のいい脚にフィットしたスキニーのジーンズに黒いセーターというカジュアルスタイルで、腰高のスツールに脚を伸ばして座っている姿が、ドレスで着飾っている時よりもチャーミングに見えた。

 「遅くなりました」隣席が空いてなかったので、涸沼は立ったまま挨拶した。

 「いいよ、別に」プラダはクールに言うと、コーラのグラスを掴んでスツールを滑り降り、わざと立ち飲みの混雑の中に割り込んだ。

 涸沼はカウンターでジャックダニエルのショットを頼んでプラダを追った。

 「あんた、地肌から女の臭いがプンプンするよ。どっかで遊んでたでしょう。プラダ様を2時間も待たせて、女とイチャついてたなんてやるじゃん」

 「いろいろ複雑な事情が。でも女じゃなくオカマです」

 「まさかオカマと寝たんじゃないでしょうね。あんたの事情はいつも複雑すぎるよ」

 「リカさんのお話聞かせてください」

 「ああ、そうだったね」プラダは周囲を見回した。隣の客は南米系の男女4人連れで、女2人はサルサのBGMに合わせて終始大きな腰をなまめかしく振っていた。「山梨の病院でさ、リカの口から、あんたの彼女の失踪の秘密を聞いたよ」

 「ほんとですか」

 「うん、まあほんとらしかったよ。死ぬ前にちょっとだけ意識が戻ってさ、一番にあんたに謝ってって。あんなきれいな顔して、多臓器破裂で手術不可能だなんてさ、ちくしょうめ、ぜってえ許さねえ」プラダは悔し涙を見せた。

 「聞かせてください」

 「ちゃんと話すから焦んなよ。あんたの彼女の美姫さんは、3年前に居なくなったんだったよね」

 「そうです」

 「そのちょっと前らしいけど、美姫さんの方からリカにバイトを世話してほしいと頼んできたんだって。300万円前借りしたいって」

 「使い道は」

 「妹の千愛ちゃんがヤンキーでさ、ヤクザに妊娠させられて、おまけに別れると言ったら手切金を要求されたんだって」

 「その相談なら僕も受けましたから間違いないですね。まだ高校生だったし、親にも学校にもばれないように解決したいって」

 「そうなんだ。じゃあ、あんたが貸してあげたらよかったじゃない」

 「手切金なんか払ったって、別れられないからムダだって言いました」

 「それは正しい意見だわね。ヤンキーつっても所詮子供だからね。女孕ませて責任もとれねえ男が最低だってことわかんないわ。だけど美姫さんは、あんたに断られてリカに相談したってことになるね」

 「じゃあ、僕がお金を貸してあげれば美姫は失踪しなかった」

 「結果的にはね」

 「そんな」

 「それだけの金額となると、普通のモデルやパニオン程度じゃむりよね。でも小手山から300万円前借りできたそうよ」

 「どんな仕事だったんですか」

 「秘密のパーティがあって、その余興として奴隷の競売があったそうなの。素人の子を騙して集めてきて、光を通さない特別なコンタクトレンズを填めて視力を奪った上、競売するって趣向だったって。美姫さんには最高額の500万円の値がついたから、小手山は200万の儲け。競り落としたのは中国人のチョーという男だったそうよ。チョーはアパレル系の貿易会社の社主で、半端じゃない大金持ちだって。パーティの後でチョーはキャッシュで500万円払って美姫さんを連れてった」

 「それじゃ人身売買ってことですか」

 「違うわ。1晩だけの遊びだったのよ」

 「1晩で500万ですか」

 「トップモデルや有名タレントとかだったら、1000万で買う男だっていくらでもいるわよ。ワインだっていいものは何百万もするんだから、生身の女がそれ以上高くてもいいじゃない」

 「それは理屈ですけど」

 「ところがチョーは一晩だけで美姫さんを手放さなかった」

 「まさか監禁されたとか」

 「いいえ、チョーと上海で結婚したって。中国で結婚しても日本の戸籍は汚れないのよ」

 「ありえないですよ。だったらどうして、この指輪を死ぬ日までしてたんですか」

 「リカが知ってるのはそこまで。チョーと美姫さんがほんとはどんな関係だったかは知らない」

 「そうですか」

 「それからもう1つ、地震の日にモデルが事故に遭ったという撮影会が開かれたのはチョーの別荘よ。もともとは明治の元勲とかいう政治家が建てた豪邸らしいけどさ」

 「五浦ですか」

 「ええ」

 「チョーを探さないと」

 「日本にはもう居ないわ。原発が爆発した週のうちに海外に避難して、そのまま帰ってないらしいよ。事故のこともあるし、当分日本には帰らないかもね」

 「じゃ、美姫も中国に居るんですか」

 「さあねえ、洛陽物産は世界中に拠点があるらしいからね」

 「小手山ならチョーと美姫の居場所を知ってますか」

 「そうかもね。だけどもうすぐ聞けなくなる。あたしらがリカの敵を討つからね」

 「いつですか」

 「それは言えない」

 「その前に僕がやります」

 「なにをやるの」

 「内緒です」

 「ダメよ、あんた公務員でしょう」

 「辞めれば済むことです」

 「なに考えてんの」

 「プラダさんだって、なに考えてるんですか」

 「あたしらが先よ。失敗したら敵を取ってよ」

 「計画を教えてくれたら。さもなければ今夜やります」

 「あんた、マジなの」

 「本気ですよ」

 「わかった。じゃあ、仲間に紹介するから、どっかで酔を覚ましてきてちょうだい。その安っぽい香水の移り香も落としてよ。ここらへんにはサウナとかいろいろあるけど、油断してオカマ掘られないようにね。後で落ち合おう。なにがあってもあたしらより先に小手山に手を出さないと約束してちょうだい」プラダは言いたいことだけ言うと立ち去ろうとした。

 「セニョリータ…」隣で飲んでいたラテン系の外人がプラダにスペイン語でなにか話しかけた。ナンパしようとしたようだ。

 「エストント…」プラダは流暢なスペイン語で受け答えしてにっこり微笑むと、1人で店を出ていった。プラダは韓国人で世界放浪暦があり、完璧なマルチリンガルだった。

 そこへ香夜子から電話があった。涸沼はプラダの背中を見送りながら、店内の喧騒を避けてトイレに入った。

 「お正月に長岡でゴルフコンペがあって、あたしも参加するの。その後、ホテルでパーティがあるわ。マンションよりホテルの方が警備が手薄だと思うわ」

 「ホテルはどこ」

 「オーベルジュ・ラ・マーレ。小さなホテルなので貸切にするそうよ」

 「小手山の部屋番号は」

 「それはまだわからない。わかったらまた連絡するわ」

 「ありがとう」

 「社長とは話をするだけよね」

 「もちろん」電話を切った涸沼の目が血走っていた。正月のゴルフコンペ…プラダたちの計画が読めたように思った。

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