83 ピストル
アンはホテル「インペリアル」で過ごした時間の大半を、シャワーとメイクと髪のセットアップに費やした。サービスはおざなりでも涸沼からはきっちり約束の料金を徴収した。スパンコールがたくさんついたサテンのドレスで女子大生からキャバ嬢に大変身したアンは、クラブ「インスパイア」に涸沼と同伴出勤し、モエのシャンパンを勝手に開けた。客に使わせた金額の半額がバックされるシステムだった。
延長を1回して、2本目は安物のワインを開け、ようやく風鈴会館の地下2階にあるショーパブ「アラベスク」で、レイナがダンサーをしているという情報を教えてくれた。
涸沼は、レイナを捜しにアラベスクに入店した。プラダとの待ち合わせが気になる時刻になっていたが、レイナに会うのが最優先だった。地下の巣窟のような店内では、セカンドステージが始まっていて、円形舞台の周囲はほぼ満席状態だった。涸沼は入店と同時にレイナを指名し、通路を挟んだ後ろのボックス席から、新宿では珍しくないオカマショーを鑑賞した。小さな舞台を使った早変わりのショーはそれなりに楽しめた。11時近くにショーが終わり、エンドコールでダンサーが紹介された。レイナは身長180センチの大女、いやニューハーフだった。
しばらく待っているとスパンコールをちりばめた派手なドレスに着替えたレイナが現れた。
「ご指名ありがとう。なにか飲んでいい」レイナは大きな口を開けて挨拶した。まだ息が上がっているせいもあり、動作がすべて泳ぐように大きかった。野生的な汗の匂いはオーデコロンでも消しようがなかった。顔も手も涸沼より一回り大きく、大きな偽乳のついた厚い胸板は、肋骨を切除して不自然に狭くされていたが、男の骨格は隠しようもなかった。
「ここは初めて」
「はい」
「ショーは楽しめた」
「はい」
「なんだか大人しい方ね」
「実はレイナさんにお願いがあって来ました」
「なあに、改まって」
「欲しいものがあるんです」
「私ならいつでも」
「もっとやばいものです」
「私よりやばいものって原発とか。ハハッ、それは買えないか」
「六本木の京膳架空という占い師はご存知ですか」
「占いは好きだけど、そんな人知らなーい」
「京膳さんはあなたに会えば手に入ると。それでマヌーシュに行ったんですが会えなくて。だけどアンさんという子に声をかけられて、ここを教えてくれました」
「疲れる話ね。あたし頭悪いからわかんなーい」
「ええ、ほんとに疲れました」
「あんた、アンとやってきたのね」
「いいえ」
「いいのよ、隠さなくても。あの子はそれが仕事。ところであんた、お金はあるの」
「それなりに」
「ちょっと手を握ってみて。力いっぱいよ」
「はい」涸沼はレイナの大きな手を力のかぎり握ったが、硬い筋肉はびくともしなかった。
「デスクワークをしてる手ね。あんたの小さな手でも扱えるブツを探さないとね」
「いくらですか」
「そうねえ、20でどう。タマはどうする。6発入るわ。1発2よ。アンより安いでしょう」
「6発ください」
「お盛んなこと。今日すぐはむりよ。用意できたらアンから連絡させる」
「わかりました」
「あたしはもうあんたとは会わない。女とやる男は不潔よ。サードステージも見てってね。ごちそうさま」レイナは分厚いルージュで汚れたグラスを残して涸沼のボックスを離れた。




