82 出会い喫茶
歩きながらプラダとの電話を終えた時には、すでに歌舞伎町のただ中、閉館したコマ劇場の前だった。涸沼は京膳が描いた地図に書かれた場所を探した。地図はわかりにくく、近くには来ているはずなのに、どうしても目的地にたどり着けなかった。しわくちゃになった地図を拡げて、同じ場所を何度も行ったり来たりして、目当ての店名「マヌーシュ」の看板が、雑居ビルの地下に降りる階段にひっそりと出ているのをやっと見つけた。
どんな店かと恐る恐る階段を降りると、意外と明るいガラスのドアがあって、店内が透けて見えた。カウンターがあり、その奥は明るいカフェのようなスペースになっていた。取り立てて怪しげではなかった。
受付で初めて涸沼はそこが会員制の出会い喫茶だと知った。入会金5千円を払うだけでよく、身分証明証は必要なかったので、涸沼はでたらめな名前と住所を書いた。入店後は1時間千円でフリードリンク、気に入った子がいたら胸につけた番号を店に伝え、1人500円で個室に呼んで15分間デートの交渉をするシステムだった。
「レイナは今日は来てるかな」
「すいません、会員の情報は、名前も含めてお店からは一切教えられないんですよ。自分で交渉して聞いてみてください」受付の男は大仰に恐縮しながら、大きく「7」と書かれたプレートを涸沼に渡した。男女とも番号で相手を指名するのだ。
プレートを着けてフロアに出ると、男女のフロアは1メートルほどの高さと幅のあるパーテーションで仕切られていて、声は聞こえるが、お店を通さずには直接交渉ができないようになっていた。良くできているなと思った。
女性フロアには5人の女性がいた。一番年上でも20台後半、一番若い子は十代に見えた。どの子がレイナかわからないので、5人全員と交渉タイムを持ち、名前を聞いたが、全員ハズレだった。その後も新しい子が入店するたびに交渉したが、レイナは来なかった。プラダが仙台から戻るには間があったが、なんの収穫もなく、2万円ほど浪費してマヌーシュを出た。
「あんた、レイナになんの用なの」路上に出るなり、女に呼び止められた。女性フロアにいた女の1人だった。交渉していた時と同じデニムのショーパンにカラータイツとロングブーツ、ムートンの内張りがついたラム革のミニ丈のジャンパー、典型的なギャル系ファッションが、小柄だがめりはりのきいた体に似合っていた。
「別に。レイナがかわいいってブログの評判を読んだもので」そうしらばくれながら、涸沼は女がお店とグルだと気づいた。デート交渉した女たちには名前を聞いただけで、レイナを捜しているとは言っていない。それを知っているのは店番だけだ。
「あんた、かぎりなく怪しいじゃん。もしかしてマッポ」
「なんのことですか」
「しらばっくれないでよ」
「もしかしてあなたがレイナさんとか」
「違うわよ、名前言ったでしょう」
「アンさんでしたよね。よかったらメアド交換しませんか。店外だとルール違反かもしれないけど」
「あんた、舐めてんの」
「どうしても今夜中にレイナさんに会いたいんです。連絡先を知ってたら教えてもらえませんか」
「誰から聞いたかしんないけどさ、ここにはレイナは来ないよ。ちょっとの間、あたしと離れてついてきなよ」アンは路地を歩きだした。涸沼は他人を装って後をつけた。
アンは携帯を耳に当てて話し続けながら、2丁目の繁華街を抜け、バッティングセンターの脇からホテル街へ向かった。店内では気にしなかったが、ジャンパーの裾から伸びた短い脚が不思議とセクシーだった。学生だと自称していたが、声の印象は20台半ばだ。人通りがどんどんまばらになり、通りの照明もも暗くなった。もしもここで囲まれたら逃げられないと思った時、アンは駐車場に入っていった。
「あんた、2丁目じゃ知られてない顔みたいね」
「それを調べたくて歩き回ったんですか」
「マッポなら面は割れてるからね。中で話そうか。靴は脱いでね」アンは駐車場の奥の車のドアを開けた。広々としたワゴン車で、車種はわからないが古いアメ車のようだった。車内にはシャギーのカーペットが敷かれ、様々な化粧品の香りが入り交じった複雑な臭いがした。
「ここあたしんちよ」
「家」
「ホテルとかでまいんち何度もシャワー浴びてっから、ここで十分。着ない服はトランクルームに預けてるし」
「なるほど。でも駐車料金がかかるでしょう」
「ここのオーナーはずうっと海外で、払わなくてもノーチェックなのよ。ちょっと寒いけどすぐあったまるから」アンはキーをひねった。大排気量のエンジンが鈍く唸った。まだ廃車ではないらしかった。
ベンチレーターから温風が吹き出したので、アンはジャンパーを脱いだ。マヌーシュの店内でも気づいていたが、小柄な体に不自然なほど大きな胸がセーター越しに目の前につきつけられた。
「あんた、レイナからなにを買うつもりか言いな」
「本人じゃないと」
「あたしが取り次いでやるよ。手数料は20パーでどう」
「本人じゃないと」
「じゃ、あたしがレイナ。それでどう」
「ダメですよ」
「ふうん、そっか。じゃ、レイナから連絡させっから、あたしも買ってよ」
「なにを」
「あんた天然なの。さっきの店さ、女子大生だのOLだのって言ってっけど、女はみんなプロよ」
「それは薄々わかりました。アンさんはいくらですか」
「あたし、これから二丁目のキャバなの。あんまし時間ないし、後で同伴してくれんだったら1時間2枚でいいわ」
「レイナさんの連絡先は」
「キャバで教えてあげる」
「わかりました」
「じゃ、やろうか」
「ここで?」
「ほんとばかね、隣のラブホ行くのよ」レイナは車のキーを抜くと、ホテル「インペリアル」に向かった。翻訳すれば帝国ホテルだ。




