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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第7章 復讐
80/91

80 真相

 福建飯店は六本木ヒルズの正面にある高級中華料理店だった。上海蟹の名店として有名で、中国産や台湾産の鉄観音、白酒や紹興酒のコレクションも群を抜いていた。岡光の名を告げると、ウェイターがしたり顔で涸沼を庭園沿いのテーブルに案内した。

 30分ほど遅刻して、伊達メガネをかけた岡光が高級な手縫いのスーツ姿で現れた。行き合う店員がみな愛想笑いを返していた。岡光は高級な単品料理が並ぶメニューには目もくれず、馴染客らしく、五目焼きそばと金華ハムチャーハン、それに10年物の瓶出し紹興酒を注文した。

 「食えよ、うまいぜ」

 「食べたくても口が開きませんよ。ワイヤーで縛ってあるんです」

 「あっ、俺としたことが失敬した。こいつは一世一代のミスだ」岡光は大げさに詫びた。

 「いいですよ、食べてください」

 「酒もいけるぞ。いい烏龍茶や紹興酒はみんな日本に来るんだ。中国人は龍井茶と白酒だからな」

 「お酒もドクターストップなんです」

 「一口だけだよ」岡光はニューボトルの封を切って、透かしの入った中国製の杯に紹興酒を注いだ。

 「カンペイ」岡光は上機嫌で杯を打った。

 涸沼はやむなく一口だけ歯の隙間から紹興酒を啜った。断酒していたせいか、ひどく苦く感じた。それでも我慢して杯を飲み干した。

 「うまいだろ」

 「へんな味ですよ」

 「ほんとか」岡光はまだ飲んでいなかった杯の匂いを嗅いだ。「こいつは酸化してる。換えさせるよ」

 岡光に呼ばれたマネージャーは平身低頭で酒器を取り替えた。

 「今度はどうだ」

 「僕はもう結構です」

 「そんなこと言わずに飲み比べてみろよ。実は俺は知ったかぶりをしていても酒の味はわからん。記憶力がいいだけなんだ」

 「ダメですよ。お酒はカルシウムを溶かすそうなんです」

 「もう骨はついただろう。でもまあいいか」岡光はあっさりあきらめて独酌を始めた。「調査を中途半端でやめて悪かった。あれからいろいろ自分で調べたみたいだな」

 「朧気ですが、全体が見えてきました」

 「話してみてくれよ」

 「一番気になってた3年前の美姫の失踪の理由はわかりませんが、美姫はAKANEという名前で地震の前までモデル事務所に所属していたみたいです。たぶんですが、学生時代の親友に誘われたんだと思います」

 「美神連合のリカか」

 「ご存知なんですか」

 「俺を誰だと思ってる」

 「しかもそのモデル事務所と翼商会はオーナーが同じなんです」

 「ツバサプロの小手山だな」

 「ほんとに千里眼なんですね」

 「続けろよ」

 「ツバサプロでモデルをしてる人から聞いた情報では、地震の日に撮影会でモデルが1人事故死したそうなんです。だけど事故の報道がなかった。これもたぶんなんですが、事故は隠蔽され、死体は福島の処分場に運ばれ、ガレキに混ぜられて棄てられたんです」

 「どうして死体が処分場に運ばれたと」

 「処分場で死体が発見されました。美姫の指輪が見つかった処分場です」

 「津波の被災地ならガレキに死体がゴロゴロ埋まってたからな」

 「だけど不自然なんです。処分場は高台にあって津波に流されていません。死体は自然に流れつかないですから、誰かが運んだことが明らかです。津波の被災者に偽装するなら海岸近くの住宅地に棄てたほうが」

 「それは違うな。地震の日は津波警報がずっと出てて海岸には近づけなかっただろう。海水が引くまで被災地は湖みたくなってたし、その後も海岸通りは通行止めだったし、自衛隊や警察がうじゃうじゃいたよ」

 「なるほど、やっぱりそうですよね」

 「ガレキの撤去はな、死体を捜索しながらやってはいたが、気がつかれないで、ダンプに積まれて仮置場に運ばれた死体も結構あったんだ。だから処分場にガレキと死体が一緒に来たからって不思議じゃない」

 「詳しいですね」

 「これでも津波から生還した口だわ。逃げる時、死体はいっぱい見た」

 「そうでしたか」涸沼もまた津波被災地の惨状を思い出して眉を顰めた。

 「事故があった撮影会ってのはどこで開かれたんだ」

 「茨城の五浦海岸にある別荘です。オーナーはチョーという中国人だそうです。モデルの事故を隠蔽したのは政治家とかが来てて、警察に名簿を出せなかったからじゃないかと思います」

 「その死んだモデルがAKANEだってことか」

 「そうでなければこの指輪の説明がつきません。死体が全裸だったのは証拠隠滅のために脱がせたのではなく、そもそもヌード撮影中の事故だったとすれば矛盾がありません。死体を運んだのは、たぶん破鬼田です」

 「お前がわかるくらいのことは警察もわかってるだろう。なのにどうして死体の身元がわからないんだ」

 「やっぱりそこが疑問ですか。警察に圧力がかかっているんじゃないかと」

 「なるほど、恐ろしく辻褄があった推理じゃないか。で、これ以上、どうしたいんだ」

 「真相を知っている小手山に聞くしかありません」

 「おまえ、それはむりだろう。あいつはバリバリのヤクザだ。極龍会山伊田一家の五代目組長なんだぞ」

 「1つお願いがあるんです」

 「なんだい」

 「ピストルを買いたいんです」

 「ばか言うな。正義のヒーロー気取りで命を捨てる気か」

 「お願いします。最後の運を試してみたいんです」

 「ふうん」

 「だめですか」

 京膳は少し思案する様子を見せた。「なんに使うつもりだよ。相手はプロだぞ。返り討ちに遭うだけだ」

 「僕は真相を知りたいだけです」

 「真相ならもうわかったんだろう。死体を隠したのは気にいらねえが、事故で死んだのはしょうがねえだろう。オメエの恋人は、要するにすべてを承知の上で体を売てったんじゃねえのか」

 「なにを言うんですか」

 「別荘でヌード撮影会なら、そのあとのパーティでなにをするかわかってんだろう」

 「京膳さん、それそれ以上言ったら…」涸沼は怒って見せたが、本気ではないようだった。

 「女神様の化けの皮をはがして悪かったな。破鬼田だって死体を押しつけられた被害者なのかも知れないぜ」

 「ピストルの買い方はご存じないんですね」

 「バカとはもう付き合えねえ。これかぎりだ。歌舞伎町のな、ここへ行ってみろ。レイナから30万で手に入る」京膳は紙切れに地図を書いて渡した。

 「レイナって?」

 「いいからその子を探せよ。おまえと会うのも今日かぎりだな。返り討ちに遭うのが関の山だよ」

 「ピストルは最後の切り札ですから」

 「武勲を祈るよ。さっさと消えろ」

 涸沼は歌舞伎町の地図が描かれた紙片をしっかりと握りしめて六本木を後にした。

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