73 長話
「私も東北なんです」じれったくなったようにKAORIが言った。東北のことをまともに議論したくなったのは初めてだった。知らず知らず辻仲の話術に引き込まれていたにだ。
「知ってるよ。親御さん、津波で亡くされたんだろう。そんなのどおってことないよ。俺の親父は戦争孤児だったし、ひいじいさんは関東大震災で全財産亡くした」
「もっと聞いてもいいですか」
「なんだよ」
「こないだ、津波で壊れた家を見てきたんです」
「ふうん」
「きれいに市役所が撤去してくれてなにもありませんでした」
「そう、よかったじゃない」
「市役所の話だと、津波に強い街を再生するのにジャマだからかたさせてくれって。だけど街なんかできてなくて、草が生えてるだけでした。なんだかアフリカの草原みたいで、ライオンとキリンがいたっておかしくなかった。そこに雹まで降り出して」
「サバンナに雹、想像力豊かだねえ」
「想像じゃなく現実」なんです。どうしてなんですか。どうしてなにも始まらないんですか」
「俺に聞くなよ。でもまあなあ、聞きたいなら話してやるよ」
「お願いします」
「じゃあ、アワビ食べながら聞きな」
「前菜からアワビなんて贅沢ですね」
「食うたびに言うんだけど、この端っこのとこ、ちょっと使い込んだ女のあれに似てるよなあ。昔の人がアワビを神様に捧げたってのわかるわ。で、なんの話だっけ」
「どうして街ができないのか」
「ああ、そっか。はっはは…」
「質問がおかしいですか」
「そうじゃない、学生っぽいストレートな質問がうれしくて。それはね、今の日本にはね、なにもないところにレールを敷ける人間がいないってことだよ。政治家がダメでもなければ、役所がダメでもない、経済がダメでもない。日本人がダメなんだよ。レールがあれば上手に走れるやつはいる。壊れた道や橋を直す仕組みはある。だけど全滅した街を作り直すことはできない。そんな芸当ができた日本人はもう絶滅したんだ。中国には行ったことあるかな」
「いいえ」
「ハルピンや長春にいくと、満州国時代に日本人が作った街並みが残ってる。当時の日本の都市学者が理想の都市を設計したんだ。今の都市学者にはもうあんな街は作れない。戦後作ったのは千里ニュータウン、多摩ニュータウン、千葉ニュータウンみたいな陳腐な住宅団地だけだ。津波で街が全滅したのは気の毒だけど、理想の都市計画をやる千載一遇のチャンスなんだ。だけど日本の都市学者は口先ばっかでなんもできない。欧米の学者の本を翻訳して学者ぶってるだけんだから、いざとなったらいくじがない。日本人がだめなら外国人を呼べばいい。だけど外国人に任せる度胸もない」
「でも復興プランを作ってると聞きました」
「机上で作ったざっくりしたプランだろう。国交省が何十億もつぎこんで作って、それとは別に県も何千万か使って作って、さらに市町村も何百万かかけて作るんだ。だけどどれも夢がない。おまけに実行プランとして煮詰まっていないから使い物にならない。最後には復興プランなんか関係なしに、財務省が決めた予算の範囲で陳腐この上ないものができあがるんだよ。金がないのに無駄遣い。これじゃどうしようもないよね」
「国にはお金がないんですか」
「国にはなくても世界にはある。日本のGDPは500兆円、そこから復興資金を50兆円絞り出すのは厳しい。だけど世界経済は日本の10倍、世界の金融資産はさらにその10倍ある。つまり50兆円は世界の金融資産の0.1パーセントだよ。夢のある復興プランを作って世界から投資を呼び込めばいいんだ。だけど財務省にはそんな発想はなくて、国債と増税だけで50兆円作りたいんだ。それじゃますます国が貧乏になるだけだって気づかない。日本の官僚なんて、エリートぶったって、もうその程度の知恵しか出せないんだよ。だからね、世界の投資家はマレーシアのリゾート開発には金を出しても、東北の復興には関心がない。投資対象になるような夢がないんだ」
「必要なのは夢ですか」
「そう、夢だよ。決定的にそれが欠けてる」
「夢がないのはわかりました。でも、目の前の堤防1つ直せないのはどうしてですか」
「ああ、それはね、災害査定のせいだ」
「災害査定?」
「復旧工事に補助金をつけるかつけないか、主務省庁と財務省の役人が現場を見るんだよ。1回に1週間かける。今回の震災じゃ、それを3千回もやる必要がある。つまり3千週間、延べ60年だね。査定が終わるまでは着工できないんだ」
「省略できないんですか」
「できるよ。一括交付金で市町村に国庫を丸投げすればいい。仕組みはちゃんと作ってあるんだ。だけどそれだと財務省や国交省の権限がなくなるから、骨抜きにしておきたいんだ。一括交付金といったって実質は省庁の紐付きだよ。だからなあんも変わらん」
「財務省のせいで復興が遅れてるんですか」
「市町村が勝手に国庫を使ったら無駄遣いすると思ってるんだよ。信用していないんだ。親のクレジットカードを放蕩息子に預けるようなことになると思ってる」
「びっくりしました」
「まあ、それでも今まではなんとかなる国だったんだ。津波と放射能で、こてんぱんにやられたのに、まだ国を作り変える気がなくて、TPPだって農家と医者の猛反対でできない。いろいろ理屈をこねてるが、変化が怖いんだよ。今までどおりなら兼業農家がクラウンを乗り回し、ヤブ医者でも愛人を囲えるからね」
「原発はどうなるんですか」
「そう次々と畳みかけるなって」
「ごめんなさい」
「いいよ、何を聞かれたって答えられるから」
「そうみたいですね」
「手品師の帽子みたいなもんだよ。だがまあ、食おう。何が一番好きなんだ?」
「伊勢海老です」
「ああわかった。ねえ、伊勢海老を1尾ずつ焼いてよ」
「あいよ」大将が景気よく返事をした。




