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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第6章 取り引き
72/91

72 売り物買い物

 ショータイムが終わった後、パーティは流れ解散となった。リカの指示で、KAORIはカジュアルな私服に着替え、化粧もナチュラルに直してロビーに降りた。アルミ金を多用した6階吹き抜けのロビーは成金趣味にあふれていた。ビビアン・ウェストウッドのアースカラーニットとデニムのショーパンの上から、マーク・ジェイコブズのショートコートを前をはだけて羽織ったKAORIは、どこからどう見ても女子大1年生だった。KAORIの容姿を見てみぬふりをしながら、制服姿のキャビンアテンダントの集団がロビーを横切っていった。

 エントランスから待ち合わせていた男が現れた。パーティ会場ではKAORIを品定めするように見ていたのに、ショータイムが始まる頃には姿を消したあの男だ。

 「こういう学生っぽい格好もかわいいね」男は嘗め回すように私服のKAORIを見た。

 「ありがとうございます」

 「そんなあらたまった挨拶はやめよう」男はKAORIの手を取って歩き出した。年の差カップルが手をつないで歩くのはプロの女と見られるようで嫌いだったが、振りほどくわけにもいかなかった。

 エントランスを出ると、ドアボーイがアカデミー賞授賞式にでも出てくるような白いハマーH2リムジンのドアを開けて待っていた。男はKAORIの手を引いて乗り込んだ。

 「お腹すいただろう」

 「ええ少し」実はパーティではなにも食べておらず、予想外のショータイムでお腹はペコペコだった。

 ハマーはほんの2、3分走っただけで、北新地のど真ん中に停った。

 「店では見た目どおりの学生ってことにしとくといいよ」男はそう言いながら、車中でもずっと離さなかったKAORIの手を引いてハマーを降りた。

 男が入ったのは小さな鉄板焼店だった。

 「辻仲様、お待ちしておりました」絣の和服を着た若い女性が挨拶した。KAORIは初めて男の名前を聞いた。

 辻仲は案内を待たずに、3つある焼き台の一番奥の台に勝手に座った。

 「いらっしゃいませ」すぐに大将らしい男が満面の笑みで挨拶した。

 「アワビとイセエビ、あと野菜を適当に焼いて。酒はなにがあるかな」

 「おいしい滋賀の生酒が入っております」

 「蔵元は」

 「喜量能きりょうよしです」

 「じゃ、それ」男は短気なのか、早口で注文を終えた。すぐに前菜と酒器に入った生酒、ガラスのお猪口が2つ出てきた。

 「まず、乾杯しよう」

 「はい」KAORIはあまり飲まない日本酒を恐る恐る舐めた。口当たりのいい甘口の生酒は、上質の白ワインに似ていた。

 「おいしいです」思わずKAORIは褒めてしまった。

 「そう、じゃこの店にあるだけ飲むといい」

 「辻仲さんはお仕事は」

 「仕事か。いろいろ。本業は選挙プランナーかな。それで大阪に来てた。次の仕事がないんで、そのまま遊んでる。面白い選挙がなけりゃ、東北に行こうかと思ってる」

 「東北でなにをされるんですか」

 「まあそうだなあ、行ってから考えるよ」

 「おもしろい方ですね」

 「うん、まあね。放射能で一攫千金を狙っている輩は多いね。放射性廃棄物の処分場を当て込んで、適地の地上げが進んでる。だが、ほとんどの土地は使い物にならなくて、流動化するだろう。90年代なら、80年代のリゾート法崩れで流動化したゴルフ場計画地や別荘計画地に産廃が不法投棄された。今度は放射能特措法崩れの土地がどうなるか見ものだ。エネルギーで儲けようと企んでる連中もいる。ソーラーファーム、ウィンドファーム、バイオマス、海底直流送電網、スマートシティ、いろいろネタはあるが、どれも新らしがっているようで、実は古いね。土地の流動化と新エネルギー、これは無関係じゃない。千葉の不法投棄多発地帯に今行ってみると、風車が50本も立つウィンドファームになってる。そのうちソーラーもできるだろう。東北の被災地でも、誰も想定していなかった最適な組み合わせが出てくるだろうね。これといってあてはないが、それを見つけに行きたいね。たぶん、今出てるような案は全部、知ったかぶりの連中が他所の成功モデルを移入しただけで東北の地政がわかってないから失敗するだろうね。とくにソーラーはだめだな」

 「放射能はどうなるんですか」

 「今年は規制値に混乱があったね。ホウレンソウと牛肉で規制が違ったりね。廃棄物は8000ベクレルだの10万ベクレルだのって、でたらめな基準を言ってしまって大混乱だった。来年は100ベクレルに落ち着くんじゃないか。もともと原子炉等規制法の基準は100だからね。100と決めてしまえば、水洗いすればいいんだよ。まあ、水が流れて行く川や沼は問題だけどねえ」

 「100ベクレルなら安心なんですか」

 「素人は困ったものだよ。100ベクレルの放射能が怖いなんて環境の専門家ぶった連中が言ってるのは驚くね。人間の腹の中にだって、それ以上あるってのに、100ベクレルが怖かったら、満員電車にも乗れない、人間の腹にも乗れないね。ああ、乗る必要があればだけど。大将、アワビの肝はタレにしてくれ」

 「あいよ。きれいなお嬢さんだ。難しいお話をされてますが学生さんですか」大将が愛想を言った。

 「政経学部だよ。僕の一番弟子だ。一番きれいな弟子って意味だけど」辻仲が冗長に応えた。

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