71 取引
リカは喧騒にまぎれてそっとバンケットルームを後にした。向かったのは地下駐車場だった。白いクラウンのステーションワゴンが、リカの姿を追うようにゆっくりと動きだし、黒塗りのベンツの前に停った。神戸の撮影会にカメラマンべストを着て紛れ込んでいた税務官の岡光が降りてきた。リカはベンツのトランクを開けた。カメラ機材を入れるジュラルミンのトランクが2つ入っていた。
「1億円あるわ。これでいいのかしら」
「安いものですよ。脱税額は5億円を下らない。当局がその気になって摘発すれば、1億円以上は刑事罰必至ですからね」岡光はトランクをステーションワゴンに積み替えながら言った。
「書類はどこかしら」
「ここにあります」岡光はまったく同じ型のトランクをクラウンからベンツに積み替えた。リカはすぐに中身を確かめようとしたが、ロックされていて開かなかった。
「鍵はこれです」岡光は鍵を渡した。「確認されますか」
「信用するわ」
「光栄です」
「なぜ、私を指名したの。それになぜ地下駐車場なの。人気がないわけじゃなし、防犯カメラだってあるでしょう」
「映像が残るからいいんですよ。私に事故があれば、警察は私達の関係を立証できる」
「さすがね」
「これを小手山にいくらで売るつもりですか。手数料は取るんでしょう」
「やぼな質問をするのね。私はパーティに戻るわ。あなたも参加されてはどう」
「政治家や芸人がSMショーに興じるところを隠し撮りしておいて、十年後の出世を待って高値で買い戻させる。いいビジネスだが、リスクも高い」
「あなたに言われたくはないわね」リカは踵を返した。
「1つ教えてもらえますか」誰かの口調をわざと真似たような岡光の声にリカが立ち止まった。
「なにかしら」
「五浦の撮影会で死んだのは佐々木美姫ですか」
「知ってるくせに」リカは振り返らずに歩き続けた。
リカがパーティルームに戻ると、客たちがショーに全員参加し、今まさにクライマックスを迎えるところだった。隣室の扉が開き、ウェディングドレスに着替えたKAORIが、息を呑む美しさで登場した。首輪が外され、鞭打たれた野犬の群れが花嫁に襲いかかった。仮縫い糸で仕立てられたウェディングドレスのレース飾りが、一枚一枚野犬の牙で剥ぎ取られていった。やがてウェディングドレスは白無垢のワンピースになった。KAORIは羽を毟られた鶏のように怯えて立ち尽くしていた。
「もう、およし」女王役のリカがビシッと鞭を鳴らしながら、野犬の群れに警告した。




