70 パーティ
日振は次々とKAORIはVIP客に紹介されたあと、誰かを出迎えにロビーに降りた。少しの間日振から開放されたので、カクテルグラスを手に愛想を作りながら、会場の中を気晴らしに歩き回った。
「地震の日はたまげたな。まさかモデルが死ぬとはね」KAORIの背中に、そんな話題が聞こえてきた。震災復興に絡む利権や談合、政変などの話題が多い中、珍しいゴシップ話だった。KAORIは振り向きたくなるのをこらえて、耳をそばだてた。
「そのお話はなしよ」話題を変えようとするリカの声が聞こえた。
「いいじゃないか、あんたがいたわけじゃなし」
「それはそうだけど」
「あの日のホストもあんたに負けない別嬪さんやったね。名前はなんと言うたかね」もう1人の男が言った。
「その話題、それ以上言ったらレッドカード一発退場処分よ」
「リカさん、そら手厳しいなあ」
KAORIは立ち聞きしていたことをリカに悟られないように、その場をそっと離れた。
「ちょっと待って」KAORIを呼び止めるリカの声が聞こえた。はっとして振り返ったKAORIを、リカの満面の笑みが迎えた。
「ピンクのドレスを着てる子と話してる殿方が見えるかしら」
「はい」
「あなたが気に入ったそうよ」
「挨拶したほうがいいってことですか」
「いいえ、ここではむしろ無視してちょうだい。落ち合う場所は後で指示するわ」
「はい、わかりました」KAORIは初日の夜を買った客の様子を伺いながら、他の客に愛想を振り向けた。
日振がいかにも大物らしい恰幅のいい男をエスコートして会場に戻ってきた。年増だが上品な秘書役の女性を連れていた。
日振が目配せしたのが見えたで、KAORIは目の前の客との話を打ち切った。
「KAORI、こちらはジトーエンタープライズの千元会長だよ。わざわざお祝いに来てくださった」
「ありがとうございます。KAORIと申します」
「ほう、これはまたとびきり別嬪さんや。大阪でも売れるやろ」
「ありがとうございます。会長にお褒めいただき光栄です」KAORIはいつのまにか大人びた流し眼を送れるようになっていった。
「会長に買っていただければだろう」日振が冗談ではなさそうに言った。
「こらこら、わては人買いやないで。ところであんた、大阪は東京とは違うで。別嬪でも芸がないとあきまへん」
「それなら会長、ご心配には及びません。この子は見かけによらず多芸でして」
「ほうか。そら楽しみやな。ハーッハッ」千元は高笑いしながらKAORIの尻を一撫でして、他の客の挨拶に向かった。
「ジトーエンタープライズって」KAORIが日振に小声で聞いた。
「今回の撮影会のプロモーターだよ。関西の芸能界のドンの1人だ」
「彼とも寝るの」
「あの方は売出前の商品には手をつけない。お相手するのはトップクラスのモデルになってからだ」
「そんな大物がどうしてここに」
「うちの社長がKAORIは必ず売れると太鼓判を押したから見に来てくれたんだ。ここだけの話、これから汐田愛李と芦屋の別荘で密会だそうだ」
「シオリンてあの…まだ高校生ですよ」
「歳がどうした。ドラマ200万、CM5000万、映画なら3億は下らないトップ女優じゃないか」
「私はいくらですか」
「モデル料は弾んでも2万だが、今夜のベッドは100万で売るぞ。無名の新人としたら高い方だと思えよ」
「もっと高く売れるようにがんばります」
「ほう、KAORIも大したもんだ。シオリンに負けない。明日からもよろしくな」日振はKAORIのドレスのショルダーストラップを軽く直してから、帰りかけた千元を追いかけてエレベータホールに消えた。
「お待ちかねのSMショーを始めようと思います。撮影は禁止ですのでお気をつけください」リカが宣言すると部屋が暗くなった。KAORIは、いつの間にか自分以外のコンパニオンの姿が消えているのに気づいた。
音楽が流れ出すのと同時に隣室の扉が開き、ショーのコスチュームに着替えた3人のコンパニオンが現れた。1人はレザーのボンテージ、1人はレース飾りでリメイクしたメンズスーツ、1人はショート丈のタンクトップにマイクロミニという露出度MAXのカジュアルだった。
3人は客中になだれ込み、妖艶な演出で客たちに絡み出した。やがて客たちの中に、誘いに応じて服を脱ぎ始める者が現れた。3人は全裸になったM男を首輪につなぎ、四つん這いにして従わせた。
「ちょっといいかしら」リカに呼ばれ、KAORIは隣室に誘われた。そこには豪華な純白のウェディングドレスが飾られ、着付けとメイクの担当も控えていた。「あなたはこれに着替えていただくわ」
「私もショーに参加するということですか」
「あなたが今夜のヒロインよ」
「なにをすれば」
「あなたは野犬の群に襲われる花嫁よ。お客様全員が首輪につながれた時、あなたが登場し、首輪が解き放たれるの。あなたのデビューにふさわしい演出だと思うわ」リカはKAORIにショーのクライマックスを説明すると、客室には戻らずに別のドアから退室した。
客室では客の半数がショーに参加し、半数が傍観者となっていた。フロアを鞭で叩く音が響き、客たちの背中には低温ロウソクの赤い斑点ができていた。




